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title: "長阿含經 · 14 釋提桓因問經"
description: "長阿含經是佛教原始經典四阿含之一，由後秦時期譯師佛陀耶舍與竺佛念共同譯出。該經成書於公元前1世紀左右，屬早期佛教根本聖典，記載了佛陀與弟子們的言行教法。全經共30卷，分為四分，主要內容包括佛陀生平、教義闡述、修行方法及宇宙觀等，系統性保存了原始佛教的基本教理。作為漢傳佛教重要典籍，長阿含經被視為研究原始佛教思想的核心文獻，在佛教經典體系中具有不可替代的權威地位，對後世佛教發展影響深遠。"
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### （一四）佛說長阿含第二分釋提桓因問經第十

> 帝釈天所問経 第十

如是我聞：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛在摩竭國菴婆羅村北，毘陀山因陀娑羅窟中。

> ある時、お釈迦さまは摩竭国の菴婆羅村の北、毘陀山の因陀娑羅窟におられました。

爾時，釋提桓因發微妙善心，欲來見佛：「今我當往至世尊所。」

> その時、帝釈天は微細な善心を起こし、仏陀にお会いしたいと願いました。「今、私は世尊のもとへ参りましょう。」

時，諸忉利天聞釋提桓因發妙善心，欲詣佛所，即尋詣帝釋，白言：「善哉！帝釋！發妙善心，欲詣如來，我等亦樂侍從詣世尊所。」

> その時、忉利天の諸天は釈提桓因が妙なる善き心を発し、仏のもとに参じようとしていることを聞き、すぐに帝釈のもとに赴いて言った。「善きかな、帝釈よ。妙なる善き心を発し、如来のもとに参じようとなさる。我らもまた、世尊のもとに従って参じたいと願います。」

時，釋提桓因即告執樂神般遮翼曰：「我今欲詣世尊所，汝可俱行，此忉利諸天亦當與我俱詣佛所。」

> その時、帝釈天はすぐに音楽神の般遮翼に告げました。「私は今、世尊のもとへ参りたい。あなたも一緒に来なさい。この忉利天の諸天たちも、私と共に仏のもとへ参りましょう。」

對曰：「唯然！」時，般遮翼持琉璃琴，於帝釋前忉利天眾中鼓琴供養。

> 答えて言った、「はい、かしこまりました！」その時、般遮翼は瑠璃の琴を手に取り、帝釈天の前で、忉利天の衆生たちの中にて、琴を奏で供養を捧げた。

時，釋提桓因、忉利諸天及般遮翼，於法堂上忽然不現，譬如力士屈伸臂頃，至摩竭國北毘陀山中。

> その時、帝釈天（釋提桓因）と忉利天の諸天、そして般遮翼（音楽神）たちは、法堂の上から忽然と姿を消した。まるで力士が腕を曲げ伸ばすほどの短い間に、摩竭陀国の北にある毘陀山の中に到着したのである。

爾時，世尊入火焰三昧，彼毘陀山同一火色，時國人見，自相謂言：「此毘陀山同一火色，將是如來諸天之力。」

> その時、世尊は炎の三昧に入られました。すると、毘陀山も同じく炎の色に染まりました。国中の人々がこれを見て、互いに言い合いました。「この毘陀山が炎の色に染まっているのは、如来の諸天の力によるものだろうか」

時，釋提桓因告般遮翼曰：「如來、至真甚難得覩，而能垂降此閑靜處，寂默無聲，禽獸為侶，此處常有諸大神天侍衛世尊，汝可於前鼓琉璃琴娛樂世尊，吾與諸天尋於後往。」

> その時、帝釈天は般遮翼に告げられた。「如来・至真の御方は、まことに拝見することが難しい。しかも、この静かな場所にお降りになり、静寂で音もなく、鳥獣を友とされている。この場所には常に多くの大神天が世尊をお守りしている。そなたは先に進み、瑠璃の琴を奏でて世尊をお楽しませなさい。私は諸天と共に後から参ろう。」

對曰：「唯然！」即受教已，持琉璃琴於先詣佛。去佛不遠，鼓琉璃琴，以偈歌曰：

> （彼は）答えて言った。「はい、承知いたしました。」そして教えを受けるとすぐに、瑠璃の琴を手に取り、まず仏陀のもとへと向かった。仏陀から遠くないところで、瑠璃の琴を奏で、偈をもって歌った。

「跋陀禮汝父，汝父甚端嚴；生汝時吉祥，我心甚愛樂。本以小因緣，欲心於中生；展轉遂增廣，如供養羅漢。釋子專四禪，常樂於閑居；正意求甘露，我專念亦爾。能仁發道心，必欲成正覺；我今求彼女，必欲會亦爾。我心生染著，愛好不捨離；欲捨不能去，如象為鈎制。如熱遇涼風，如渴得冷泉；如取涅槃者，如水滅於火。如病得良醫，飢者得美食；充足生快樂，如羅漢遊法。如象被深鈎，而猶不肯伏；𩣺突難禁制，放逸不自止。猶如清涼池，眾花覆水上；疲熱象沐浴，舉身得清涼。我前後所施，供養諸羅漢；世有福報者，盡當與彼供。汝死當共死，汝無我活為？寧使我身死，不能無汝存。忉利天之主，釋今與我願；稱汝禮節具，汝善思察之。」

> 「バッダレよ、そなたの父は、そなたの父は實に端嚴であられる。</row><row>そなたが生まれし時は吉祥に滿ち、我が心は限りなく愛おしく思う。</row><row>元は小さな緣がもとで、心に欲が生じた。</row><row>それが次第に大きく育ち、まるで羅漢に供養を捧げるかのように。</row><row>釋子は四禪に專らにし、閑靜な地に留まることを樂しむ。</row><row>心を正して甘露を求める。我もまた專らに同じ想いを抱く。</row><row>能仁は悟りを開かんと心を發し、必ずや正覺に至らんと願う。</row><row>我もまた、その娘を求め、必ずや共に在らんと願う。</row><row>我が心は戀慕に染まり、愛しさに離れ難い。</row><row>離れようとしても去ることができず、まるで象が鈎に制せられるかのようだ。</row><row>暑さの中の涼風のように、渴きの中の冷たい泉のように。</row><row>涅槃を得る者のように、水が火を消すように。</row><row>病める者が名醫に遇い、飢えた者が美食を得るように。</row><row>滿ち足りて歡びを生じる。それは羅漢が法に遊ぶがごとし。</row><row>象が深く鈎に繫がれても、なお伏さずに拒む。</row><row>暴れ出して制し難く、放逸に自らを止められない。</row><row>まるで涼しげな池に、多くの花が水面を覆うように。</row><row>疲れ熱した象がその水に浸かれば、全身が清涼を得る。</row><row>我がこれまでに施した全てのもの、諸羅漢への供養。</row><row>世に福報ある者ならば、皆その供養を受けるべきであろう。</row><row>そなたが死ぬならば我も共に死のう。そなた無しに生きて何になろうか。</row><row>寧ろ我が身が滅びようとも、そなた無しでは生きられぬ。</row><row>忉利天の主である帝釋天よ、今まさに我が願いを聞き屆けたまえ。</row><row>そなたは禮節を備えていると稱えられよう。よくよく思い巡らせよ。」</row>

爾時，世尊從三昧起，告般遮翼言：「善哉！善哉！般遮翼！汝能以清淨音和琉璃琴稱讚如來，琴聲、汝音，不長不短，悲和哀婉，感動人心。汝琴所奏，眾義備有，亦說欲縛，亦說梵行，亦說沙門，亦說涅槃。」

> その時、世尊は三昧より起きて、般遮翼に告げられた。 「善いかな、善いかな、般遮翼よ。 汝は清らかな音声をもって瑠璃の琴を和らげ、如来を称讃することができた。 琴の音も汝の声も、長すぎず短すぎず、悲しみと哀調を帯びて、人の心を深く動かす。 汝が琴で奏でる音には、多くの教えが備わっている。 欲望の束縛についても説き、清らかな行いについても説き、 沙門の道についても説き、涅槃についても説いている。」

爾時，般遮翼白佛言：「我念世尊昔鬱鞞羅尼連禪水邊，阿遊波陀尼俱律樹下初成佛道時，有尸漢陀天大將子及執樂天王女，共於一處，但設欲樂，我於爾時見其心爾，即為作頌，頌說欲縛，亦說梵行，亦說沙門，亦說涅槃。時，彼天女聞我偈已，舉目而笑語我言：『般遮翼！我未見如來，我曾於忉利天法講堂上，聞彼諸天稱讚如來，有如是德，有如是力。汝常懷信，親近如來，我今意欲與汝共為知識。』世尊！我時與一言之後，不復與語。」

> その時、般遮翼は仏陀に申し上げました。「世尊よ、私はかつて世尊がウッピラの尼連禅河のほとり、アージュパーラのニグローダ樹のもとで初めて仏道を成就された時のことを思い出します。その時、シハンダ天の大将の子と、音楽を司る天王の娘が一か所に集まり、ただ欲楽にふけっていました。私はその時、彼らの心のありようを見て、ただちに頌を詠みました。その頌には欲の束縛について説き、梵行について説き、沙門について説き、涅槃について説きました。すると、その天女は私の偈を聞くと、目を上げて微笑みながら私に言いました。『般遮翼よ、私はまだ如来にお会いしたことはありませんが、かつて忉利天の法講堂で、あの諸天が如来を称賛し、かくかくの徳があり、かくかくの力があると聞きました。あなたは常に信心を抱き、如来に親しく仕えているのですね。私は今、あなたと親しい友となろうと思います。』世尊よ、私はその時、一言返したきり、その後はもう彼女とは話しませんでした。」

時，釋提桓因作是念：「此般遮翼已娛樂如來訖，我今寧可念於彼人。」時，天帝釋即念彼人。時，般遮翼復生念言：「今天帝釋乃能念我。」即持琉璃琴詣帝釋所。帝釋告曰：「汝以我名并稱忉利天意，問訊世尊：『起居輕利，遊步強耶？』」

> その時、帝釈天はこう思われました。「この般遮翼はすでに如来を楽しませた。今こそ彼のことを思い出そう」と。すると、帝釈天はすぐに彼のことを思い出されました。 その時、般遮翼もまた心に感じて思いました。「今、帝釈天が私のことを思い出してくださった」と。そして、瑠璃の琴を持って帝釈天のもとへ参りました。 帝釈天はお告げになりました。「そなたはわが名と忉利天の意を伝え、世尊にご挨拶を申し上げよ。『ご起居は軽やかで、お歩みは健やかでしょうか』と」

時，般遮翼承帝釋教，即詣世尊所，頭面禮足，於一面住，白世尊言：「釋提桓因及忉利諸天故，遣我來問訊世尊：『起居輕利，遊步強耶？』」

> その時、般遮翼は帝釈天の教えを受け、すぐに世尊のもとへ参りました。頭を地につけて礼拝し、一歩下がって立ち、世尊に申し上げました。 「帝釈天と忉利天の諸天が、私を遣わして世尊にお尋ね申し上げるよう命じました。『ご気分は軽やかで、お歩きになる足取りも健やかでしょうか？』と。」

世尊報曰：「使汝帝釋及忉利天壽命延長，快樂無患。所以然者？諸天、世人及阿須輪諸眾生等，皆貪壽命、安樂、無患。」

> 世尊は答えられました。「帝釈天よ、あなたや忉利天の者たちの寿命を延ばし、安楽と無事を与えましょう。なぜなら、天界の者も、人間も、阿修羅を含むすべての生きとし生けるものは、誰もが長寿と安らぎ、災いのないことを願っているからです。」

爾時，帝釋復自念言：「我等宜往禮覲世尊。」即與忉利諸天往詣佛所，頭面禮足，却住一面。時，帝釋白佛言：「不審我今去世尊遠近可坐？」

> その時、帝釈天は再び心に思いました。「私たちは世尊にお会いし、礼拝するべきです。」そして、忉利天の諸天と共に仏のもとへ赴き、頭を地につけて足を礼拝し、一歩退いて立ちました。帝釈天は仏に申し上げました。「私は今、世尊からどれくらい離れて座ればよいでしょうか？」

佛告帝釋曰：「汝天眾多，但近我坐。」

> お釈迦様は帝釈天にこうおっしゃいました。「あなたの天界の仲間は多いけれど、どうぞ私のそばにお座りください。」

時，世尊所止因陀羅窟，自然廣博，無所障碍。爾時，帝釋與忉利諸天及般遮翼皆禮佛足，於一面坐，帝釋白佛言：「一時，佛在舍衛國婆羅門舍，爾時世尊入火焰三昧，我時以少因緣，乘千輻寶車，詣毘樓勒天王所，於空中過，見一天女叉手在世尊前立，我尋語彼女言：『若世尊三昧起者，汝當稱我名字，問訊世尊：起居輕利，遊步強耶？』不審彼女後竟為我達此心不？世尊！寧能憶此事不？」

> その時、世尊がおられた因陀羅窟は、自然と広々として、何の妨げもありませんでした。その時、帝釈天は忉利天の諸天と般遮翼を伴い、皆で仏足を礼拝し、傍らに座りました。帝釈天は仏に申し上げました。 「ある時、仏は舎衛国の婆羅門の家におられました。その時、世尊は炎の三昧に入られました。私は些細な用事で、千輻の宝車に乗り、毘楼勒天王のもとへ向かう途中、空中を通りかかった時、一人の天女が合掌して世尊の前に立っているのを見かけました。私はすぐにその天女に言いました。『もし世尊が三昧からお出ましになったら、私の名を伝えて、世尊にご挨拶をしてください。お元気で、お歩きになられていますかと。』あの天女は果たして後で私の気持ちを伝えてくれたでしょうか？世尊、このことをお覚えでしょうか？」

佛言：「憶耳！彼女尋以汝聲致問於我，吾從定起，猶聞汝車聲。」

> 仏は言われた。「覚えているか。あの女性はすぐにあなたの声で私に尋ねた。私は瞑想から覚めても、まだあなたの車の音を聞いていたのだ。」

帝釋白佛言：「昔者，我以少緣，與忉利諸天集在法堂，彼諸舊天皆作是言：『若如來出世，增益諸天眾，減損阿須輪眾。』今我躬見世尊，躬見自知，躬自作證，如來、至真出現於世，增益諸天眾，減損阿須輪眾。此有瞿夷釋女，於世尊所淨修梵行，身壞命終，生忉利天宮，即為我子。忉利諸天皆稱言：『瞿夷大天子有大功德，有大威力。』復有餘三比丘，於世尊所淨修梵行，身壞命終，生於卑下執樂神中，常日日來為我給使，瞿夷見已，以偈觸嬈曰：

> 帝釈天が仏陀に申し上げました。 「以前、私は些細な縁で、忉利天の諸々の天人たちと法堂に集まっていました。その場にいた古参の天たちは皆、こう言ったのです。『もし如来が世に出現すれば、天界の衆は増え、阿修羅の衆は減るだろう』と。今、私は世尊をこの目で見、自ら知り、自ら確かめました。如来・至真が世に現れ、天界の衆は増え、阿修羅の衆は減っていることを。ここに瞿夷という釈迦族の女性がおりました。世尊のもとで清らかな梵行を修め、その身が滅び命終わった後、忉利天宮に生まれ、私の子となりました。忉利天の諸天は皆、『瞿夷大天子は大いなる功徳があり、大いなる威徳がある』と称えています。また、他に三人の比丘がおりました。世尊のもとで清らかな梵行を修め、その身が滅び命終わった後、卑しい執楽神の中に生まれ、常に毎日、私に仕えるために来ています。瞿夷はそれを見て、偈をもって彼らをからかいました。

「『汝為佛弟子，我本在家時，以衣食供養，禮拜致恭恪。汝等名何人？躬受佛教誡；淨眼之所說，汝不觀察之。我本禮敬汝，從佛聞上法；生三十三天，為帝釋作子。汝等何不觀？我所有功德；本為女人身，今為帝釋子。汝等本俱共，同修於梵行；今獨處卑賤，為吾等給使。本為弊惡行，今故受此報；獨處於卑賤，為吾等給使。生此處不淨，為他所觸嬈；聞已當患厭，此處可厭患。從今當精勤，勿復為人使；二人勤精進，思惟如來法。捨彼所戀著，觀欲不淨行；欲縛不真實，誑惑於世間。如象離羈靽，超越忉利天；釋及忉利天，集法講堂上。彼已勇猛力，超越忉利天；釋歎未曾有，諸天亦見過。此是釋迦子，超越忉利天；患厭於欲縛，瞿夷說此言。摩竭國有佛，名曰釋迦文；彼子大失意，其後還得念。三人中一人，故為執樂神；二人見道諦，超越忉利天。世尊所說法，弟子不懷疑；俱共同聞法，二人勝彼一。自見殊勝已，皆生光音天；我觀見彼已，故來至佛所。』」

> 「あなた方は仏の弟子であり、私は在家にいた頃、 衣食を供養し、礼拝して恭しく仕えました。 あなた方は何者というのか？自ら仏の教えを受け、 浄眼が説くところを、あなた方は観察しない。 私はかつてあなた方を敬い、仏から優れた法を聞き、 三十三天に生まれ、帝釈天の子となりました。 あなた方はなぜ、私の功徳を見ないのか？ かつては女人の身であったが、今は帝釈天の子である。 あなた方はかつて共に、梵行を修めていたのに、 今はただ卑賤の身にあり、我らに仕えている。 かつては悪しき行いをしたゆえ、今この報いを受ける。 ただ卑賤にあり、我らに仕えている。 この不浄なところに生まれ、他に触れ乱される。 聞けば厭うべき、この場所は厭わしい。 今から精勤し、再び人の使われることなかれ。 二人は精進に励み、如来の法を思惟せよ。 愛着するものを捨て、欲の不浄行を観よ。 欲の縛りは真実でなく、世間を欺く。 象が羈靽を離れるように、忉利天を超えよ。 帝釈天と忉利天の諸天は、集法講堂に集う。 彼らは勇猛の力をもって、忉利天を超越した。 帝釈天は未曾有と嘆じ、諸天もまた見た。 これは釈迦の子、忉利天を超越した。 欲の縛りを厭い、瞿夷はこの言葉を説く。 摩竭陀国に仏あり、名は釈迦牟尼。 彼の子は大いに失意し、後に正念を取り戻した。 三人の中の一人は、なおも楽の神に執着する。 二人は道諦を見て、忉利天を超越した。 世尊の説かれた法を、弟子は疑わない。 共に同じ法を聞き、二人は一人に勝る。 自ら殊勝を見て、皆、光音天に生まれた。 私は彼らを見て、故に仏のもとに来た。」

帝釋白佛言：「願開閑暇，一決我疑。」

> 帝釈天が仏に申し上げました：「どうかお暇をいただき、私の疑いを一つ解いてください。」

佛言：「隨汝所問，吾當為汝一一演說。」

> 仏は言われた：「あなたの問いに従って、私が一つひとつあなたのために説き明かしましょう。」

爾時，帝釋即白佛言：「諸天、世人、乾沓和、阿須羅及餘眾生等，盡與何結相應，乃至怨讐、刀杖相向？」

> その時、帝釈天はすぐに仏に申し上げました。 「天界の者、人間、乾闥婆、阿修羅、その他のすべての衆生たちは、いったいどのような煩悩と結びついているのでしょうか。彼らはなぜ互いに敵対し、刃や武器を向け合うまでになるのでしょうか？」

佛告釋言：「怨結之生，皆由貪嫉，故使諸天、世人、阿須羅、餘眾生等，刀杖相加。」

> 仏は帝釈天に告げられた。「怨みの結びつきが生じるのは、すべて貪りと嫉みによるものです。それゆえに、諸天、世人、阿修羅、その他の衆生たちが互いに刃や杖を向け合うのです。」

爾時，帝釋即白佛言：「實爾！世尊！怨結之生，由貪嫉故，使諸天、世人、阿須羅、餘眾生等，刀杖相加。我今聞佛所說，疑網悉除，無復疑也，但不解此貪嫉之生，何由而起？何因何緣？誰為原首？從誰而有？從誰而無？」

> その時、帝釈天はすぐに仏に申し上げました。「確かにその通りです、世尊よ。怨みや対立が生じるのは、貪りと嫉みのためです。それゆえに諸天、世人、阿修羅、その他の衆生たちが互いに刃や杖を交えるのです。私は今、仏の説かれたことを聞き、疑いの網はすべて除かれ、もはや疑いはありません。ただ、この貪りと嫉みがどうして生じるのか、その原因と縁は何か、誰が最初の源なのか、どこから生じ、どこから消えるのか、それが理解できないのです。」

佛告帝釋：「貪嫉之生，皆由愛憎，愛憎為因，愛憎為緣，愛憎為首，從此而有，無此則無。」

> 仏は帝釈天に告げられた：「貪りと嫉みが生じるのは、すべて愛憎から起こる。愛憎が原因となり、愛憎が縁となり、愛憎が先頭に立って、これによって生じるのである。愛憎がなければ、貪りも嫉みも生じない。」

爾時，帝釋即白佛言：「實爾。世尊！貪嫉之生，皆由愛憎，愛憎為因，愛憎為緣，愛憎為首，從此而有，無此則無。我今聞佛所說，迷惑悉除，無復疑也。但不解愛憎復何由而生？何因何緣？誰為原首？從誰而有？從誰而無？」

> その時、帝釈天はすぐに仏に申し上げました。「まことにその通りです。世尊よ。貪りと嫉みが生じるのは、すべて愛着と憎しみによるものです。愛着と憎しみが原因となり、愛着と憎しみが縁となって、愛着と憎しみが先頭に立ち、これから生じるのであり、これがなければ生じません。私は今、仏のお説きになったことを聞き、迷いがすっかり除かれ、もはや疑いはありません。ただ、愛着と憎しみはまた何によって生じるのか、理解できません。何が原因で、何が縁となって、誰が最初の元凶なのですか？誰から生じ、誰からなくなるのですか？」

佛告帝釋：「愛憎之生，皆由於欲，因欲緣欲，欲為原首，從此而有，無此則無。」

> 仏は帝釈に告げられた：「愛憎が生じるのは、すべて欲に由来する。欲を因とし、欲を縁として、欲がその根源となる。これがあれば生じ、これがなければ生じない。」

爾時，帝釋白佛言：「實爾！世尊！愛憎之生，皆由於欲，因欲緣欲，欲為原首，從此而有，無此則無。我今聞佛所說，迷惑悉除，無復疑也。但不知此欲復何由生？何因何緣？誰為原首？從誰而有？從誰而無？」

> その時、帝釈天は仏に申し上げました。「まことにその通りです、世尊。愛憎が生じるのは、すべて欲に由来し、欲を因とし、欲を縁として、欲がその源となっています。これによって生じ、これがなければ生じません。私は今、仏の説かれたことを聞き、迷いはすべて除かれ、もはや疑いはありません。ただ、この欲はさらに何によって生じるのか、何が因で何が縁なのか、誰がその源なのか、誰から生じ、誰からなくなるのか、それがわからないのです。」

佛告帝釋：「愛由想生，因想緣想，想為原首，從此而有，無此而無。」

> 仏は帝釈天に告げられた：「愛は想いから生じる。想いを縁として想いが起こり、想いが源となる。これによって愛が生じ、これがなければ愛もない。」

爾時，帝釋白佛言：「實爾！世尊！愛由想生，因想緣想，想為原首，從此而有，無此則無。我今聞佛所說，無復疑也。但不解想復何由而生？何因何緣？誰為原首？從誰而有？從誰而無？」

> その時、帝釈天が仏に申し上げました。「まことにその通りでございます、世尊。愛は想いから生じ、想いを縁として想いが起こり、想いがその源となります。これによって愛が生じ、これがなければ愛もありません。今、仏の説かれたことを聞き、もはや疑いはございません。ただ、想い自体はまた何から生じるのか、何が原因で何が縁となって、誰がその源となり、誰から生じて、誰からなくなるのか、理解できません。」

佛告帝釋：「想之所生，由於調戲，因調緣調，調為原首，從此而有，無此則無。帝釋！若無調戲則無想，無想則無欲，無欲則無愛憎，無愛憎則無貪嫉，若無貪嫉，則一切眾生不相傷害。帝釋！但緣調為本，因調緣調，調為原首，從此有想，從想有欲，從欲有愛憎，從愛憎有貪嫉；以貪嫉故，使群生等共相傷害。」

> 仏陀は帝釈天に告げられた。「想いは戯れから生じる。戯れを縁として、戯れを原因として、戯れが根源となる。ここから想いが生じ、これがなければ想いはない。帝釈天よ、もし戯れがなければ想いはなく、想いがなければ欲望はなく、欲望がなければ愛憎はなく、愛憎がなければ貪りや嫉妬はない。もし貪りや嫉妬がなければ、すべての衆生は互いに傷つけ合うことはない。帝釈天よ、ただ戯れを根本として、戯れを縁とし、戯れを原因とし、戯れが根源となる。ここから想いが生じ、想いから欲望が生じ、欲望から愛憎が生じ、愛憎から貪りや嫉妬が生じる。貪りや嫉妬があるがゆえに、多くの衆生が互いに傷つけ合うのである。」

帝釋白佛言：「實爾！世尊！由調有想，因調緣調，調為原首，從此有想由調而有，無調則無。若本無調者則無想，無想則無欲，無欲則無愛憎，無愛憎則無貪嫉，無貪嫉則一切群生不相傷害。但想由調生，因調緣調，調為原首，從調有想，從想有欲，從欲有愛憎，從愛憎有貪嫉，從貪嫉使一切眾生共相傷害。我今聞佛所說，迷惑悉除，無復疑也。」

> 帝釈が仏に申し上げた。 「まことにその通りでございます、世尊よ。想いを整えることによって、因として縁として、整えることが根源となります。ここから想いが整うことによって生じ、整わなければ生じません。もし元々整うことがなければ想いもなく、想いがなければ欲もなく、欲がなければ愛憎もなく、愛憎がなければ貪りや嫉みもなく、貪りや嫉みがなければすべての生きとし生けるものが互いに傷つけ合うことはありません。しかし想いは整うことから生じ、因として縁として、整うことが根源となり、整うことから想いが生じ、想いから欲が生じ、欲から愛憎が生じ、愛憎から貪りや嫉みが生じ、貪りや嫉みからすべての衆生が互いに傷つけ合うのです。今、仏のお説きになることを聞き、迷いがすっかり除かれ、もはや疑いはございません。」

爾時，帝釋復白佛言：「一切沙門、婆羅門盡除調戲在滅迹耶？為不除調戲在滅迹耶？」

> その時、帝釈天は再び仏に申し上げました。 「すべての沙門や婆羅門は、戯れや遊び心を完全に捨て去って、煩悩の跡を滅ぼしているのでしょうか？ それとも、戯れを除ききれずに、滅ぼす道を歩んでいるのでしょうか？」

佛告帝釋：「一切沙門、婆羅門不盡除調戲在滅迹也。所以然者？帝釋，世間有種種界，眾生各依己界，堅固守持，不能捨離，謂己為實，餘者為虛。是故，帝釋！一切沙門、婆羅門不盡除調戲而在滅迹。」

> 仏は帝釈天に告げられた。「すべての沙門や婆羅門が、戯れを完全に除き去って、その跡を滅ぼしているわけではない。なぜそうなのか？帝釈天よ、この世にはさまざまな境界があり、衆生はそれぞれ自分の境界に依り、それを堅固に守り持って、捨て離れることができない。自分の境界こそ真実であり、他のものは虚妄であると考えるからだ。それゆえ、帝釈天よ、すべての沙門や婆羅門が戯れを完全に除き去って、その跡を滅ぼしているわけではないのである。」

爾時，帝釋白佛言：「實爾！世尊！世間有種種眾生，各依己界，堅固守持，不能捨離，謂己為是，餘為虛妄。是故一切沙門、婆羅門不盡除調戲而在滅迹。我聞佛言，疑惑悉除，無復疑也。」

> その時、帝釈天は仏に申し上げました。「まことにその通りでございます、世尊よ。世の中には様々な生き物がおり、それぞれが自分の世界に執着し、固く守り続けて捨て去ることができず、自分の考えこそ正しいと信じ、他は虚妄だと思い込んでおります。それゆえ、すべての沙門や婆羅門は心の迷いを完全に取り除くことなく、ただ表面上の行いを消そうとしているのです。しかし、仏のお言葉を伺い、私の疑いはすべて晴れ、もはや何の迷いも残っておりません。」

帝釋復白佛言：「齊幾調在滅迹耶？」

> 帝釈天は再び仏に申し上げました：「どのくらいの期間、修行を続ければ煩悩の跡を滅することができるのでしょうか？」

佛告帝釋：「調戲有三：一者口，二者想，三者求。彼口所言，自害、害他，亦二俱害。捨此言已，如所言，不自害、不害他、不二俱害。知時比丘如口所言，專念不亂，想亦自害、害他，亦二俱害；捨此想已，如所想，不自害、不害他，二俱不害，知時比丘如所想，專念不亂。帝釋！求亦自害、害他，亦二俱害；捨此求已，如所求，不自害、不害他，不二俱害，知時比丘如所求，專念不亂。」

> 仏は帝釈に告げられた。「調戯には三つある。一つは口、二つは想い、三つは求めである。その口で語る言葉は、自分を害し、他者を害し、また両方を害する。この言葉を捨てて、語る通りに、自分を害さず、他者を害さず、両方を害さない。時を知る比丘は、口で語る通りに、心を乱さずに専念する。想いもまた自分を害し、他者を害し、また両方を害する。この想いを捨てて、想う通りに、自分を害さず、他者を害さず、両方を害さない。時を知る比丘は、想う通りに、心を乱さずに専念する。帝釈よ、求めもまた自分を害し、他者を害し、また両方を害する。この求めを捨てて、求める通りに、自分を害さず、他者を害さず、両方を害さない。時を知る比丘は、求める通りに、心を乱さずに専念する。」

爾時，釋提桓因言：「我聞佛所說，無復狐疑。」

> その時、帝釈天は申し上げました。「私は仏様の説かれたことを聞き、もはや疑いの心はございません。」

又白佛言：「齊幾名賢聖捨心？」

> また仏に申し上げました：「どのくらいの期間、賢聖の心を捨てるのでしょうか？」

佛告帝釋：「捨心有三：一者喜身，二者憂身，三者捨身。帝釋！彼喜身者，自害、害他，亦二俱害；捨此喜已，如所喜，不自害、害他，二俱不害，知時比丘專念不忘，即名受具足戒。帝釋！彼憂身者，自害、害彼，亦二俱害；捨此憂已，如所憂，不自害、害他，二俱不害，知時比丘專念不忘，即名受具足戒。復次，帝釋！彼捨身者，自害、害他，亦二俱害；捨此身已，如所捨，不自害、不害他，二俱不害，知時比丘專念不忘，是即名為受具足戒。」

> 仏は帝釈天に告げられた。「捨てる心には三つの種類がある。一つは喜びの心、二つは憂いの心、三つは捨てる心である。帝釈天よ、その喜びの心は、自分を傷つけ、他者を傷つけ、また両方を傷つける。この喜びを捨てたならば、かつて喜んでいたものに対しても、自分を傷つけず、他者を傷つけず、両方を傷つけることがなくなる。時を知り、比丘が心を集中して忘れないならば、それこそ具足戒を受けた者と呼ばれるのである。帝釈天よ、その憂いの心は、自分を傷つけ、他者を傷つけ、また両方を傷つける。この憂いを捨てたならば、かつて憂いていたものに対しても、自分を傷つけず、他者を傷つけず、両方を傷つけることがなくなる。時を知り、比丘が心を集中して忘れないならば、それこそ具足戒を受けた者と呼ばれるのである。さらに、帝釈天よ、その捨てる心は、自分を傷つけ、他者を傷つけ、また両方を傷つける。この捨てる心を捨てたならば、かつて捨てていたものに対しても、自分を傷つけず、他者を傷つけず、両方を傷つけることがなくなる。時を知り、比丘が心を集中して忘れないならば、それこそ具足戒を受けた者と呼ばれるのである。」

帝釋白佛言：「我聞佛所說，無復狐疑。」

> 帝釈天は仏に申し上げました。「私は仏がおっしゃったことを聞いて、もう疑いの気持ちはなくなりました。」

又白佛言：「齊幾名賢聖律諸根具足？」

> また仏に申し上げました：「どれほどの期間を経て、聖者の戒律を保ち、諸根が具足した者と言えるのでしょうか？」

佛告帝釋：「眼知色，我說有二：可親、不可親。耳聲、鼻香、舌味、身觸、意法，我說有二：可親、不可親。」

> 仏は帝釈天に告げられた。「眼が色を知ることに、私は二つの種類があると言う。親しむべきものと、親しむべきでないものと。耳と声、鼻と香り、舌と味、身と触れ、意と法についても、私は二つの種類があると言う。親しむべきものと、親しむべきでないものと。」

爾時，帝釋白佛言：「世尊！如來略說，未廣分別，我以具解。眼知色，我說有二：可親、不可親。耳聲、鼻香、舌味、身觸、意法有二：可親、不可親。世尊！如眼觀色，善法損減，不善法增，如此眼知色，我說不可親；耳聲、鼻香、舌味、身觸、意知法，善法損減，不善法增，我說不可親。世尊！如眼見色，善法增長，不善法減，如是眼知色，我說可親；耳聲、鼻香、舌味、身觸、意知法，善法增長，不善法減，我說可親。」

> その時、帝釈天は仏に申し上げました。 「世尊よ、如来は簡潔にお説きになり、詳しくはお分けにならなかったのですが、私はすっかり理解いたしました。 眼が色を知る場合、私は二種類があると申し上げます。親しむべきものと、親しむべからざるものです。 耳と音声、鼻と香り、舌と味、身体と触れ、意と法についても、同様に二種類があります。親しむべきものと、親しむべからざるものです。 世尊よ、眼が色を見て、善い法が損なわれ、不善の法が増すような場合、このような眼による色の知り方は、私は親しむべからざるものと申し上げます。 耳と音声、鼻と香り、舌と味、身体と触れ、意が法を知る場合も、善い法が損なわれ、不善の法が増すならば、私は親しむべからざるものと申し上げます。 世尊よ、眼が色を見て、善い法が増し、不善の法が減るような場合、このような眼による色の知り方は、私は親しむべきものと申し上げます。 耳と音声、鼻と香り、舌と味、身体と触れ、意が法を知る場合も、善い法が増し、不善の法が減るならば、私は親しむべきものと申し上げます。」

佛告帝釋：「善哉！善哉！是名賢聖律諸根具足。」

> 仏は帝釈天に告げられた。「善きかな、善きかな。これこそ聖者の戒律であり、諸根が具足している状態と言えよう。」

帝釋白佛言：「我聞佛所說，無復狐疑。」

> 帝釈天は仏に申し上げました。「私は仏がおっしゃったことを聞いて、もう疑いの気持ちはなくなりました。」

復白佛言：「齊幾比丘名為究竟、究竟梵行、究竟安隱、究竟無餘？」

> お釈迦様にお尋ねします。 比丘が「究竟」と呼ばれ、 究竟の梵行を全うし、 究竟の安らぎを得て、 究竟の無余に至るには、 どれほどの修行が必要なのでしょうか。

佛告帝釋：「為愛所苦，身得滅者，是為究竟、究竟梵行、究竟安隱、究竟無餘。」

> 仏は帝釈に告げられた：「愛に苦しめられ、その身が滅びる時、それが究極であり、究極の清らかな行いであり、究極の平安であり、究極の余すところなき境地である。」

帝釋白佛言：「我本長夜，所懷疑網，今者如來開發所疑。」

> 帝釈天が仏に申し上げました。「私は長い間、疑いの網に絡め取られておりましたが、今、如来によってその疑いが解き明かされました。」

佛告帝釋：「汝昔頗曾詣沙門、婆羅門所問此義不？」

> 仏は帝釈に告げられた：「かつてあなたは沙門や婆羅門のもとを訪れ、この意味について尋ねたことがあるか？」

帝釋白佛言：「我自憶念：昔者，曾詣沙門、婆羅門所諮問此義。昔我一時曾集講堂，與諸天眾共論：『如來為當出世，為未出世？』時共推求，不見如來出現于世，各自還宮，五欲娛樂。世尊！我復於後時見諸大神天，自恣五欲已，漸各命終。時我，世尊！懷大恐怖，衣毛為竪。時，見沙門、婆羅門處在閑靜，去家離欲，我尋至彼所問言：『云何名究竟？』我問此義，彼不能報。彼既不知，逆問我言：『汝為是誰？』我尋報言：『我是釋提桓因。』彼復問言：『汝是何釋？』我時答言：『我是天帝釋，心有所疑，故來相問耳。』時，我與彼如所知見，說於釋義。彼問我言：『更為我弟子，我今是佛弟子，得須陀洹道，不墮餘趣，極七往返，必成道果，唯願世尊記我為斯陀含。』說此語已，復作頌曰：

> 帝釈天が仏に申し上げました。 「私は思い出します。 昔、私は沙門や婆羅門のところへ行き、この意味を尋ねたことがあります。 ある時、私は講堂に集まり、諸天の衆と共に議論しました。 『如来は世に出られるのか、まだ出られないのか』と。 その時、皆で探し求めましたが、如来が世に現れた様子は見えず、それぞれ自分の宮殿に帰り、五欲の楽しみにふけりました。 世尊よ、その後、私は多くの大神天たちが、五欲を思いのままに楽しんだ後、次第に命を終えていくのを見ました。 その時、世尊よ、私は大きな恐怖を抱き、身の毛が逆立ちました。 その時、沙門や婆羅門が閑静な場所にいて、家を離れ、欲を離れているのを見て、私はすぐに彼らのところへ行き尋ねました。 『いったい何が究極なのですか』と。 私はこの意味を尋ねましたが、彼らは答えることができませんでした。 彼らは知らないので、逆に私に尋ねました。 『あなたは誰ですか』と。 私はすぐに答えました。 『私は釈提桓因です』と。 彼らはさらに尋ねました。 『あなたはどんな釈なのですか』と。 私はその時答えました。 『私は天帝釈です。心に疑問があるので、尋ねに来たのです』と。 その時、私は彼らに、私が知り見た通りに、釈の意味を説きました。 彼らは私に尋ねました。 『さらに私の弟子になってください。 私は今、仏の弟子であり、須陀洹の道を得て、他の道に堕ちることなく、多くても七度の往復で必ず道果を成し遂げます。 どうか世尊よ、私を斯陀含とお認めください』と。 この言葉を説いた後、さらに頌を述べました。

「『由彼染穢想，故生我狐疑；長夜與諸天，推求於如來。見諸出家人，常在閑靜處；謂是佛世尊，故往󰨤首言：我今故來問，云何為究竟？問已不能報，道迹之所趣。今日無等尊，是我久所求；已觀察己行，心已正思惟。唯聖先已知，我心之所行；長夜所修業，願淨眼記之。歸命人中上，三界無極尊；能斷恩愛刺，今禮日光尊。』」

> 「その汚れた思いから、私は疑いを抱いた。 長い夜を諸天と共に、如来を求め探し求めた。 出家の修行者たちが、常に静かな場所にいるのを見て、 彼らを仏の世尊と思い、近づいて尋ねた。 『私は今、真実の道を問うために来ました。 いったい何が究極の境地なのでしょうか？』 問うたが、答えは得られず、道の行く先は分からなかった。 今日、この比類なき尊き方こそ、私が長く求めてきた方です。 自らの行いを観察し、心を正しく思惟した今、 聖なる方はすでに、私の心の行いを知っておられます。 長夜にわたって修めてきた業を、どうか浄眼をもってお認めください。 人々の中の最上者、三界に比類なき尊き方に帰依いたします。 恩愛の棘を断ち切られる方、今、日光の尊き方に礼拝いたします。」

佛告帝釋：「汝憶本得喜樂、念樂時不？」

> 仏は帝釈天に告げられた：「そなたは、かつて喜びと安らぎを得たその時を覚えているか？」

帝釋答曰：「如是，世尊！憶昔所得喜樂、念樂。世尊！我昔曾與阿須輪共戰，我時得勝，阿須輪退，我時則還，得歡喜、念樂，計此歡喜、念樂，離有穢惡刀杖喜樂、鬪訟喜樂。今我於佛所得喜、念樂，無有刀杖、諍訟之樂。」

> 帝釈は答えて申し上げました。 「その通りでございます、世尊。かつて得た喜びと安らぎを思い起こします。 世尊、かつて私は阿修羅と戦い、勝利を得ました。阿修羅が退いた時、私は喜びと安らぎを得たのです。 しかし、その喜びと安らぎは、穢れや刀杖、争いを伴うものでした。 今、仏のもとで得るこの喜びと安らぎには、刀杖も争いもございません。」

佛告帝釋：「汝今得喜樂、念樂，於中欲求何功德果？」

> 仏は帝釈に告げられた：「汝は今、喜びと安らぎを得ている。その中で、どのような功徳の果実を求めようとするのか？」

爾時，帝釋白佛言：「我於喜樂、念樂中，欲求五功德果，何等五？」即說偈言：

> その時、帝釈天が仏に申し上げました。 「私は喜びと安らぎの境地において、五つの功徳の果実を求めたいと思います。どのような五つでしょうか。」 そして、次の偈を唱えました。

「我後若命終，捨於天上壽；處胎不懷患，使我心歡喜。佛度未度者，能說正真道；於三佛法中，我要修梵行。以智慧身居，心自見正諦；得達本所起，於是長解脫。但當勤修行，習佛真實智；設不獲道證，功德猶勝天。諸有神妙天，阿迦尼吒等；下至末後身，必當生彼處。我今於此處，受天清淨身；復得增壽命，淨眼我自知。」

> 「我が後、もし命終わり、天上の寿を捨つとも； 胎に処して患いを懐かず、我が心をして歓喜せしめよ。 仏は未だ度せざる者を度し、正真の道を能く説く； 三仏の法の中に於いて、我は要に梵行を修めん。 智慧の身を以て居り、心自ら正諦を見る； 本の起こる所に達し得て、ここにおいて長く解脱せん。 但だ勤めて修行し、仏の真実の智慧を習わん； 設い道証を獲ずとも、功徳猶お天に勝れり。 諸の神妙なる天、阿迦尼吒等あり； 下りて末後の身に至るまで、必ず当に彼の処に生ぜん。 我今この処に於いて、天の清浄の身を受け； 復た寿命を増し得て、浄眼我自ら知る。」

說此偈已，白佛言：「我於喜樂、念樂中，欲得如是五功德果。」

> この偈を説き終えると、仏に申し上げました。「私は喜びと楽しみのうちに、このような五つの功徳の果報を得たいと願います。」

爾時，帝釋語忉利諸天曰：「汝於忉利天上梵童子前恭敬禮事，今於佛前復設此敬者，不亦善哉！」

> その時、帝釈天は忉利天の諸天にこう言いました。「あなた方は忉利天において梵童子の前で敬虔に礼拝しました。今、仏の前で再びこの敬意を示すことは、まさに善きことではありませんか！」

其語未久，時，梵童子忽然於虛空中天眾上立，向天帝釋而說偈曰：

> その言葉が終わらないうちに、梵童子が突然、虚空に立ち、天の衆生たちの上に現れ、天帝釈に向かって偈を説いた。

「天王清淨行，多利益眾生；摩竭帝釋主，能問如來義。」

> 天王の清らかな行いは、多くの衆生に利益をもたらす。 摩竭陀の帝釈天の主は、よく如来の教えを問うことができる。

時，梵童子說此偈已，忽然不現。是時，帝釋即從座起，禮世尊足，遶佛三匝，却行而退，忉利諸天及般遮翼亦禮佛足，却行而退。時，天帝釋少復前行，顧語般遮翼曰：「善哉！善哉！汝能先於佛前鼓琴娛樂，然後我及諸天於後方到，我今知汝補汝父位，於乾沓和中最為上首，當以彼拔陀乾沓和王女與汝為妻。」

> その時、梵童子がこの偈を説き終えると、忽然として姿を消した。すると、帝釈天はすぐに座から立ち上がり、世尊の足を礼拝し、仏陀を三度右繞して、後ずさりしながら退出した。忉利天の諸天や般遮翼もまた仏陀の足を礼拝し、後ずさりしながら退出した。 その時、天帝釈は少し歩みを進めてから、振り返って般遮翼に言った。「善きかな、善きかな。汝はまず仏陀の前で琴を奏でて楽しませ、その後で我や諸天が到着するようにした。我は今、汝が父の位を継ぎ、乾沓和の中でも最上の者となることを知った。そなたに彼の抜陀乾沓和の王の娘を妻として与えよう。」

世尊說此法時，八萬四千諸天遠塵離垢，諸法法眼生。

> 世尊がこの法を説かれたとき、八万四千の天たちは塵垢を離れ、すべての法を見る眼が生じました。

時，釋提桓因、忉利諸天及般遮翼聞佛所說，歡喜奉行。

> その時、帝釈天、忉利天の諸天、そして般遮翼の神々は、仏の説かれた教えを聞き、歓喜して受け入れ、実践に移した。

## 佛說長阿含經卷第十

> 仏説長阿含経　第十巻