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title: "長阿含經 · 23 究羅檀頭經"
description: "長阿含經是佛教原始經典四阿含之一，由後秦時期譯師佛陀耶舍與竺佛念共同譯出。該經成書於公元前1世紀左右，屬早期佛教根本聖典，記載了佛陀與弟子們的言行教法。全經共30卷，分為四分，主要內容包括佛陀生平、教義闡述、修行方法及宇宙觀等，系統性保存了原始佛教的基本教理。作為漢傳佛教重要典籍，長阿含經被視為研究原始佛教思想的核心文獻，在佛教經典體系中具有不可替代的權威地位，對後世佛教發展影響深遠。"
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### （二三）佛說長阿含第三分究羅檀頭經第四

> 究羅檀頭経第四

如是我聞：

> このように私は聞きました。

一時，佛在俱薩羅國，與大比丘眾千二百五十人俱，遊行人間，至俱薩羅佉㝹婆提婆羅門村北，止宿尸舍婆林中。

> ある時、お釈迦さまは千二百五十人の大勢の比丘たちと共に、コーサラ国を旅していました。そして、コーサラ国にあるカヌマータヴァッティヤというバラモンの村の北、シーサパの林に到り、そこに滞在されました。

時，有婆羅門名究羅檀頭，止佉㝹婆提村，其村豐樂，人民熾盛，園觀浴池，樹木清涼，波斯匿王即封此村與究羅檀頭婆羅門，以為梵分。此婆羅門七世已來父母真正，不為他人之所輕毀，異學三部諷誦通利，種種經書盡能分別，世典幽微靡不綜練，又能善於大人相法、瞻候吉凶、祭祀儀禮，有五百弟子，教授不廢。時，婆羅門欲設大祀，辦五百特牛、五百牸牛、五百特犢、五百牸犢、五百羖羊、五百羯羊，欲以供祀。

> その時、究羅檀頭という名のバラモンが、佉㝹婆提村に住んでいました。その村は豊かで人々が多く、庭園や浴池、木々は清らかで涼やかでした。波斯匿王はこの村を究羅檀頭バラモンに梵分として与えました。このバラモンは七代にわたり父母が純粋で、他人から軽蔑されることもなく、異なる三つの学問を暗唱し通じ、さまざまな経典を理解し、世の奥深い教えもすべて習得し、さらに大人相法や吉凶の占い、祭祀の儀礼にも長けていました。五百人の弟子を抱え、教えを絶やすことなく続けていました。その時、バラモンは大規模な祭祀を行おうと、五百頭の雄牛、五百頭の雌牛、五百頭の雄の子牛、五百頭の雌の子牛、五百頭の雄羊、五百頭の去勢された雄羊を用意し、祭祀に供えようとしました。

時，佉㝹婆提村諸婆羅門、長者、居士聞沙門瞿曇釋種子出家成道，從俱薩羅國人間遊行，至佉㝹婆提村北尸舍林止，有大名稱，流聞天下，如來、至真、等正覺，十號具足，於諸天、世人、魔、若魔、天、沙門、婆羅門中，自身作證，為他說法，上中下言，皆悉真正，義味具足，梵行清淨。「如此真人，應往覲現，今我等寧可往共相見。」作此語已，即便相率，出佉㝹婆提村，隊隊相隨，欲詣佛所。

> その時、カンダバティ村のバラモン、長老、在家信者たちは、沙門ゴータマが釈迦族の出身であり、出家して悟りを開き、コーサラ国を巡り歩き、カンダバティ村の北にあるシシャの林に滞在していると聞きました。その名声は大きく、世界中に広まっています。如来、至真、等正覚であり、十の称号を備え、天界、人間界、魔、魔天、沙門、バラモンのいずれにおいても、自ら悟りを体得し、他者に教えを説いています。その言葉は上中下のすべてにおいて真実であり、意味と味わいに満ち、清らかな梵行を実践しています。「このような真実の人に会いに行くべきです。今、私たちも一緒にお会いに行きましょう。」こう言うと、彼らはすぐに連れ立ってカンダバティ村を出発し、列をなして仏のもとへ向かいました。

時，究羅檀頭婆羅門在高樓上，遙見眾人隊隊相隨，顧問侍者：「彼諸人等，以何因緣隊隊相隨？欲何所至？」

> その時、究羅檀頭というバラモンは高層の楼閣にいて、遠くから大勢の人が列をなして続々と進んでいくのを見て、そばに仕える者に尋ねました。「あの人々は、どういうわけで列をなして続いているのか？どこへ行こうとしているのか？」

侍者白言：「我聞沙門瞿曇釋種子出家成道，於俱薩羅國遊行人間，詣佉㝹婆提村北尸舍婆林中止，有大名稱，流聞天下，如來、至真、等正覺，十號具足，於諸天、世人、魔、若魔、天、沙門、婆羅門中，自身作證，為他說法，上中下言，皆悉真正，義味具足，梵行清淨。此村諸婆羅門、長者、居士眾聚相隨，欲往問訊沙門瞿曇耳。」

> 侍者が申し上げました。「私は聞いております。沙門瞿曇が釈迦族の出身で出家し、悟りを開かれ、コーサラ国を巡り歩き、カクダバティ村の北にあるシーシャパ林に滞在されていると。その名声は大いに広まり、天下に知れ渡っております。如来・至真・等正覚であり、十の尊称を備えられ、天界や人間界、魔や魔天、沙門や婆羅門の中にあって、自ら真理を体得され、他者に法を説かれます。そのお言葉は上中下すべてが真実であり、意味と味わいに満ち、清らかな梵行を実践されております。この村の婆羅門や長者、在家の人々が集まり、沙門瞿曇のもとを訪ねてご挨拶しようとしているのです。」

時，究羅檀頭婆羅門即勅侍者：「汝速持我聲，往語諸人言：『卿等小住，須待我往，當共俱詣沙門瞿曇。』」

> その時、究羅檀頭婆羅門はすぐに侍者に命じた。「急いで私の言葉を伝えに行きなさい。皆にこう言いなさい：『皆さん、少しお待ちください。私が行くのを待って、一緒に沙門瞿曇のもとへ参りましょう』と。」

時，彼侍者即承教命，往語諸人言：「且住！須我往到，當共俱詣沙門瞿曇所。」

> その時、侍者は教えを承り、人々のもとへ行って言いました。「しばらくお待ちください。私も一緒に、沙門ゴータマのもとへ参りましょう。」

諸人報使者言：「汝速還白婆羅門：『今正是時，宜共行也。』」

> 皆、使者に答えて言う：「汝、速やかに戻り、婆羅門に伝えよ：『今こそまさにその時、共に行くべし。』」と。

侍者還白，諸人已住，言：「今正是時，宜共行也。」時，婆羅門即便下樓，出中門立。

> 侍者は戻って報告しました。「皆、待機しております。『今こそがちょうど良い時です。一緒に出かけましょう』と申しております」と。すると、婆羅門はすぐに階を下り、中門を出て立ちました。

時，有餘婆羅門五百人在中門外坐，助究羅檀頭施設大祀，見究羅檀頭，皆悉起迎問言：「大婆羅門！欲何所至？」

> その時、五百人の余ったバラモンが中門の外に座り、究羅檀頭の大祭の準備を手伝っていました。彼らは究羅檀頭を見ると、皆立ち上がって迎え、尋ねました。「大バラモンよ、どこへおいでになるのですか？」

報言：「我聞有沙門瞿曇釋種子出家成道，於俱薩羅國人間遊行，詣佉㝹婆提村北尸舍婆林，有大名稱，流聞天下，如來、至真、等正覺，十號具足，於諸天、世人、沙門、婆羅門中，自身作證，為人說法，上中下言，皆悉真正，義味具足，梵行清淨。如此真人，宜往覲現。諸婆羅門！我又聞瞿曇知三種祭祀、十六祀具，今我眾中先學舊識所不能知，我今欲大祭祀，牛羊已備，欲詣瞿曇問三種祭祀、十六祀具，我等得此祭祀法已，功德具足，名稱遠聞。」

> 私は聞きました。沙門の瞿曇（くどん）という釈迦族の方が出家して悟りを開き、コーサラ国の各地を巡り、今はカクタヴァティ村の北にあるシーサパ林におられると。その方は大変な名声をお持ちで、世に広く知られております。如来・至真・等正覚と十の尊称を備え、天界や人間界、沙門やバラモンの中にあってご自身で真理を体得され、人々に法を説かれています。そのお話は上中下のどの言葉も真実に満ち、意味と味わいにあふれ、清らかな梵行を示されています。このような真実の人に、ぜひお会いしたいものです。 諸バラモンたちよ。さらに私は聞きました。瞿曇は三種の祭祀と十六の祭具について知っておられると。これは我々のうちの先達や古くからの学者たちも知らないことです。私は今、盛大な祭祀を行おうとしており、牛や羊もすでに準備しています。瞿曇のもとを訪れ、三種の祭祀と十六の祭具についてお尋ねしたい。我々がこの祭祀の法を得ることができれば、功徳を備え、名声を遠くまで響かせることができるでしょう。

時，五百婆羅門白究羅檀頭言：「大師勿往，所以者何？彼應來此，此不應往。大師七世已來父母真正，不為他人之所輕毀，若成此法者，彼應來此，此不應詣彼。」

> その時、五百人のバラモンが究羅檀頭に申し上げました。「大師よ、どうかお出かけになりませぬように。なぜなら、あの方がこちらにおいでになるべきであり、こちらからお出かけになるべきではないからです。大師は七代にわたり、ご両親が純粋で、他人から軽蔑されるようなことはございませんでした。このような立場の方であれば、あの方がこちらにおいでになるべきであり、こちらからあちらへお出かけになるべきではございません。」

又言：「大師異學三部諷誦通利，種種經書盡能分別，世典幽微無不綜練，又能善於大人相法、瞻相吉凶、祭祀儀禮，成此法者，彼應詣此，此不應詣彼。又大師顏貌端正，得梵色像，成此法者，彼應詣此，此不應詣彼，又大師戒德增上，智慧成就，成就此法者，彼應詣此，此不應詣彼。又大師所言柔和，辯才具足，義味清淨，成此法者，彼應詣此，此不應詣彼。」

> また言いました。「大師は異なる学問の三部の経典を暗誦し通達し、あらゆる経書をことごとく弁別することができ、世俗の典籍の奥深い微細な点もすべて習熟し、さらに大人相法に長け、吉凶を占い、祭祀の儀礼に通じています。このような法を成就した者は、彼がこちらに来るべきであり、こちらが彼のもとに行くべきではありません。また、大師は顔立ちが端正で、清らかな色相を得ています。このような法を成就した者は、彼がこちらに来るべきであり、こちらが彼のもとに行くべきではありません。さらに、大師は戒律の徳が増上し、智慧が成就しています。このような法を成就した者は、彼がこちらに来るべきであり、こちらが彼のもとに行くべきではありません。また、大師の言葉は柔和で、弁才に満ち、その意味と味わいが清らかです。このような法を成就した者は、彼がこちらに来るべきであり、こちらが彼のもとに行くべきではありません。」

「又大師為眾導首，弟子眾多，成此法者，彼應詣此，此不應詣彼。又大師常教授五百婆羅門，成此法者，彼應詣此，此不應詣彼。又大師四方學者皆來請受，問諸技術祭祀之法，皆能具答，成此法者，彼應詣此，此不應詣彼。又大師為波斯匿王及瓶沙王恭敬供養，成此法者，彼應詣此，此不應詣彼。又大師富有財寶，庫藏盈溢，成此法者，彼應詣此，此不應詣彼。又大師智慧明達，所言通利，無有怯弱，成此法者，彼應詣此，此不應詣彼。大師若具足此十一法，彼應詣此，此不應詣彼。」

> また、大師は大衆を導く指導者であり、弟子が多く、この法を成就した者は、彼がこちらに来るべきであり、こちらが彼のもとに行くべきではない。また、大師は常に五百人の婆羅門を教授し、この法を成就した者は、彼がこちらに来るべきであり、こちらが彼のもとに行くべきではない。また、大師のもとには四方から学者が訪れて教えを請い、様々な技術や祭祀の方法について問うと、すべて詳しく答えることができ、この法を成就した者は、彼がこちらに来るべきであり、こちらが彼のもとに行くべきではない。また、大師は波斯匿王や瓶沙王から恭敬と供養を受け、この法を成就した者は、彼がこちらに来るべきであり、こちらが彼のもとに行くべきではない。また、大師は財宝に富み、倉庫は満ち溢れ、この法を成就した者は、彼がこちらに来るべきであり、こちらが彼のもとに行くべきではない。また、大師は智慧に明るく達し、言葉は流暢で、ためらいがなく、この法を成就した者は、彼がこちらに来るべきであり、こちらが彼のもとに行くべきではない。大師がこの十一の法を具えているならば、彼がこちらに来るべきであり、こちらが彼のもとに行くべきではない。

時，究羅檀頭言：「如是，如是，如汝等言。我實有此德，非不有也，汝當復聽我說，沙門瞿曇所成功德，我等應詣彼，彼不應來此。沙門瞿曇七世已來父母真正，不為他人之所輕毀，彼成此法者，我等應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇顏貌端正，出剎利種，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇生尊貴家，出家為道，成此法者，我應詣彼，彼不應來此。又沙門瞿曇光明具足，種姓真正，出家修道，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇生財富家，有大威力，出家修道，成此法者，我應詣彼，彼不應來。」

> その時、究羅檀頭は言いました。「その通りです、その通りです。あなた方の言うとおりです。私は確かにこの徳を備えており、持っていないわけではありません。さらに、あなた方に聞いてほしいことがあります。沙門瞿曇（釈迦牟尼仏）が成し遂げられた功徳についてです。私たちが彼のもとへ行くべきであり、彼がここへ来るべきではない理由を。 沙門瞿曇は七代にわたり、父母ともに純粋で、他人から軽んじられることがありませんでした。そのような法を成就された方には、私たちが詣でるべきであり、彼が来るべきではありません。 また、沙門瞿曇は容姿端麗で、剎帝利の家系に生まれました。そのような法を成就された方には、私たちが詣でるべきであり、彼が来るべきではありません。 さらに、沙門瞿曇は尊い家に生まれ、出家して道を求められました。そのような法を成就された方には、私たちが詣でるべきであり、彼がここへ来るべきではありません。 また、沙門瞿曇は威光に満ち、種姓が純粋で、出家して修道されました。そのような法を成就された方には、私たちが詣でるべきであり、彼が来るべきではありません。 さらに、沙門瞿曇は富める家に生まれ、大いなる威徳を持ちながら、出家して修道されました。そのような法を成就された方には、私たちが詣でるべきであり、彼が来るべきではありません。」

「又沙門瞿曇具賢聖戒，智慧成就，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇善於言語，柔軟和雅，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇為眾導師，弟子眾多，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇永滅欲愛，無有卒暴，憂畏已除，衣毛不竪，歡喜和悅，見人稱善，善說行報，不毀餘道，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇常為波斯匿王及瓶沙王禮敬供養，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇為沸伽羅娑羅婆羅門禮敬供養，亦為梵婆羅門、多利遮婆羅門、種德婆羅門、首伽摩納兜耶子恭敬供養，成此法者，我應詣彼，彼不應來。」

> また、沙門瞿曇は聖なる戒律を備え、智慧を成就している。この法を成した者に対しては、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼が来るべきではない。 また、沙門瞿曇は言葉遣いが巧みで、柔らかく優雅である。この法を成した者に対しては、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼が来るべきではない。 また、沙門瞿曇は多くの弟子を導く師である。この法を成した者に対しては、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼が来るべきではない。 また、沙門瞿曇は欲の愛着を完全に滅し、激しさがなく、憂いや恐れを除き、身の毛も逆立たず、喜びと和やかさに満ち、人に会えば善を称え、行いと報いについて善く説き、他の道を誹謗しない。この法を成した者に対しては、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼が来るべきではない。 また、沙門瞿曇は常に波斯匿王や瓶沙王から礼敬と供養を受けている。この法を成した者に対しては、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼が来るべきではない。 また、沙門瞿曇は沸伽羅娑羅婆羅門から礼敬と供養を受け、梵婆羅門、多利遮婆羅門、種徳婆羅門、首伽摩納兜耶子からも恭敬と供養を受けている。この法を成した者に対しては、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼が来るべきではない。

「又沙門瞿曇為諸聲聞弟子之所宗奉禮敬供養，亦為諸天及諸鬼神之所恭敬，釋種、俱梨、冥寧、跋祇、末羅、蘇摩皆悉宗奉，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇波斯匿王及瓶沙王受三歸五戒，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇沸伽羅娑羅婆羅門等受三歸五戒，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇弟子受三歸五戒，諸天、釋種、俱梨等，受三歸五戒，成此法者，我應詣彼，彼不應來。」

> また、沙門瞿曇（釈尊）は諸々の声聞弟子たちから師と仰がれ、礼拝・供養を受けている。また、諸天や鬼神たちからも敬われており、釈迦族、俱梨族、冥寧族、跋祇族、末羅族、蘇摩族なども皆、彼を師と仰いでいる。このような境地に達した者に対しては、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼が私のもとへ来るべきではない。 また、沙門瞿曇は波斯匿王や瓶沙王に三帰五戒を授けている。このような境地に達した者に対しては、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼が私のもとへ来るべきではない。 また、沙門瞿曇は沸伽羅娑羅婆羅門などに三帰五戒を授けている。このような境地に達した者に対しては、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼が私のもとへ来るべきではない。 また、沙門瞿曇の弟子たちは三帰五戒を受け、諸天や釈迦族、俱梨族なども三帰五戒を受けている。このような境地に達した者に対しては、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼が私のもとへ来るべきではない。

「又沙門瞿曇所遊行處，為一切人恭敬供養，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇所至城郭村邑，無不傾動恭敬供養，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇所至之處，非人、鬼神不敢觸嬈，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇所至之處，其處人民皆見光明，聞天樂音，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇所至之處，若欲去時，眾人戀慕，涕泣而送，成此法者，我應詣彼，彼不應來。」

> また、沙門瞿曇が行く所では、すべての人々が恭敬供養する。この法を成就した者は、私が彼のもとへ行くべきであり、彼が来るべきではない。また、沙門瞿曇が至る城郭や村邑では、人々がみな動き出して恭敬供養する。この法を成就した者は、私が彼のもとへ行くべきであり、彼が来るべきではない。また、沙門瞿曇が至る所では、非人や鬼神も敢えて触れ乱すことができない。この法を成就した者は、私が彼のもとへ行くべきであり、彼が来るべきではない。また、沙門瞿曇が至る所では、その土地の人々はみな光明を見、天の楽の音を聞く。この法を成就した者は、私が彼のもとへ行くべきであり、彼が来るべきではない。また、沙門瞿曇が至る所では、もし彼が去ろうとする時、人々は慕い恋しみ、涙を流して見送る。この法を成就した者は、私が彼のもとへ行くべきであり、彼が来るべきではない。

「又沙門瞿曇初出家時，父母宗親涕泣戀恨，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇少壯出家，捨諸飾好、象馬、寶車、五欲、瓔珞，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇捨轉輪王位，出家修道，若其在家，王四天下，統領民物，我等皆屬，成此法者，我應詣彼，彼不應來。」

> また、沙門瞿曇（しゃもんくどん）が初めて出家された時、ご両親や親族は涙を流し、嘆き悲しみました。このような境地を成し遂げた方には、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼がこちらへ来るべきではありません。 また、沙門瞿曇は若くして出家し、あらゆる装飾品や象馬、宝車、五欲の楽しみ、瓔珞（ようらく）を捨てられました。このような境地を成し遂げた方には、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼がこちらへ来るべきではありません。 また、沙門瞿曇は転輪聖王（てんりんじょうおう）の位を捨て、出家して道を修められました。もし在家であれば、四天下を治め、民や万物を統率し、私たちも皆その支配下にあったでしょう。このような境地を成し遂げた方には、私が彼のもとへ赴くべきであり、彼がこちらへ来るべきではありません。

「又沙門瞿曇明解梵法，能為人說，亦與梵天往返語言，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇明解三種祭祀、十六祀具，我等宿舊所不能知，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇三十二相具足，成此法者，我應詣彼，彼不應來。又沙門瞿曇智慧通達，無有怯弱，成此法者，我應詣彼，彼不應來。彼瞿曇來至此佉㝹婆提村，於我為尊，又是貴客，宜往覲現。」

> また、沙門瞿曇は梵法を明らかに理解し、人々のために説くことができ、梵天と往復して言葉を交わすことができる。この法を成就した者に対しては、私が彼のもとへ行くべきであり、彼がこちらへ来るべきではない。また、沙門瞿曇は三種の祭祀と十六の祭具を明らかに理解しており、私たち古参の者でさえ知り得ないことを知っている。この法を成就した者に対しては、私が彼のもとへ行くべきであり、彼がこちらへ来るべきではない。また、沙門瞿曇は三十二相を具えている。この法を成就した者に対しては、私が彼のもとへ行くべきであり、彼がこちらへ来るべきではない。また、沙門瞿曇は智慧に通達し、少しも怯むところがない。この法を成就した者に対しては、私が彼のもとへ行くべきであり、彼がこちらへ来るべきではない。その瞿曇がこの佉㝹婆提村に来られたのである。彼は私にとって尊い方であり、また貴い客人でもある。私は彼のもとを訪ね、お目にかかるべきである。

時，五百婆羅門白究羅檀頭言：「甚奇！甚特！彼之功德乃如是耶？若使瞿曇於諸德中成就一者，尚不應來，況今盡具？宜盡相率，共往問訊。」

> その時、五百人のバラモンがキューラダンタに申し上げました。「なんと不思議なことでしょう！なんと驚くべきことでしょう！彼の功徳はそのようなものなのですか？もしガウタマが多くの徳の中の一つだけでも成就していたなら、わざわざ来るべきではなかったのに、まして今、すべてを具えているというのですか？どうか皆で一緒に、お訪ねしてご挨拶をしましょう。」

究羅檀頭言：「欲行者，宜知是時。」

> 究羅檀頭は言った。「修行を志す者は、ちょうどよい時機を知るべきです。」

時，婆羅門即嚴駕寶車，與五百婆羅門及佉㝹婆提諸婆羅門長者、居士，前後圍遶，詣尸舍婆林，到已下車，步進至世尊所，問訊已，一面坐。時，諸婆羅門、長者，居士，或有禮佛而坐者，或問訊而坐者，或有稱名而坐者，或有叉手向佛而坐者，或有默然而坐者。眾坐已定，究羅檀頭白佛言：「欲有所問，若有閑暇得見聽者，乃敢請問。」

> その時、婆羅門はすぐに宝飾の車を整え、五百人の婆羅門や、佉㝹婆提の諸々の婆羅門、長老、居士たちを従え、前後に取り囲まれて、尸舍婆林へと向かった。到着すると車を降り、歩いて世尊のもとへ進み、挨拶を交わしてから、一隅に座った。 その時、諸々の婆羅門、長老、居士たちは、ある者は仏に礼拝してから座り、ある者は挨拶して座り、ある者は名を称えて座り、ある者は仏に向かって合掌して座り、ある者は黙ったまま座った。一同が着席し落ち着くと、究羅檀頭は仏に申し上げた。 「お尋ねしたいことがございます。もしお時間がございましたら、お聞きいただけますでしょうか。お許しをいただいてから、お尋ねいたします。」

佛言：「隨意所問。」

> お釈迦様は言われました。「何でもお尋ねください。」

時，婆羅門白佛言：「我聞瞿曇明解三種祭祀及十六種祭具，我等先宿耆舊所不能知，我等今者欲為大祭祀，已辦五百特牛、五百牸牛、五百特犢、五百牸犢、五百羖羊、五百羯羊，欲以祭祀，今日顧來，問三祭法及十六祭具，若得成此祀者，得大果報，名稱遠聞，天人所敬。」

> その時、婆羅門が仏に申し上げました。「私は瞿曇（釈尊）が三種の祭祀と十六種の祭具に精通しておられると聞きました。これは私たちの先代の長老たちでさえ知らなかったことです。私たちは今、盛大な祭祀を行おうとしており、五百頭の雄牛、五百頭の雌牛、五百頭の雄の子牛、五百頭の雌の子牛、五百頭の雄羊、五百頭の去勢された雄羊を準備しました。これらを用いて祭祀を行いたいのです。今日お越しいただいたのは、三つの祭祀の方法と十六の祭具についてお尋ねするためです。もしこの祭祀を成就することができれば、大きな果報を得て、名声は遠くまで広がり、天や人々から尊敬されることでしょう。」

爾時，世尊告究羅檀頭婆羅門曰：「汝今諦聽，諦聽，善思念之，當為汝說。」

> その時、世尊は究羅檀頭婆羅門に告げられた。「今、よく聞きなさい。よく聞き、よく考えなさい。あなたのために説きましょう。」

婆羅門言：「唯然。瞿曇！願樂欲聞。」

> おっしゃってください、ゴータマ。ぜひお聞かせ願いたいと存じます。

爾時，佛告究羅檀頭曰：「乃往過去久遠世時，有剎利王，水澆頭種，欲設大祀，集婆羅門大臣而告之曰：『我今大有財寶具足，五欲自恣，年已朽邁，士眾強盛，無有怯弱，庫藏盈溢。今欲設大祀，汝等說祀法斯何所須？』時，彼大臣即白王言：『如是。大王！如王所言，國富兵強，庫藏盈溢。但諸民物多懷惡心，習諸非法，若於此時而為祀者，不成祀法，如遣盜逐盜，則不成使。大王！勿作是念言，此是我民，能伐能殺，能呵能止。諸近王者當給其所須，諸治生者當給其財寶，諸修田業者當給其牛犢、種子，使彼各各自營。王不逼迫於民，則民人安隱，養育子孫，共相娛樂。』」

> その時、仏は究羅檀頭に告げられた。「遠い遠い過去の世に、剎利王がおりました。水を頭に注ぐ儀式を受けた王で、大いなる祭祀を行おうと、婆羅門の大臣たちを集めてこう告げたのです。 『私は今、財宝に満ち足り、五欲の楽しみを思いのままにし、年もすでに老いてきました。兵士たちは強く盛んで、弱さはなく、倉庫は満ち溢れています。今、大いなる祭祀を設けようと思うが、あなたたちは祭祀の法について、何が必要だと言うのか？』 すると、その大臣たちはすぐに王に申し上げました。『はい、大王。王がおっしゃる通り、国は富み兵は強く、倉庫は満ち溢れております。しかし、多くの民衆は悪い心を抱き、さまざまな正しからぬことを習い行っています。もしこの時に祭祀を行えば、祭祀の法とはなりません。盗人を遣わして盗人を追わせるようなもので、使いにはなりません。大王、どうかこうお考えになりませんように。「これは我が民であるから、討つことも殺すことも、叱り止めることもできる」と。王に近い者たちには必要なものを与え、生業を営む者たちには財宝を与え、田畑を耕す者たちには牛の子や種を与えて、それぞれが自分で生計を立てられるようにしてあげてください。王が民を追い詰めなければ、民は安らかに暮らし、子孫を育て、共に楽しむことができるでしょう。』」

佛告究羅檀頭：「時，王聞諸臣語已，諸親近者給其衣食，諸有商賈給其財寶，修農田者給牛、種子。是時人民各各自營，不相侵惱，養育子孫，共相娛樂。」

> 仏陀は究羅檀頭に告げられた： 「その時、王は家臣たちの言葉を聞き終えると、身近に仕える者には衣服と食物を与え、商人たちには財宝を与え、農耕に従事する者には牛と種子を与えました。こうして人々はそれぞれ自分の仕事に励み、互いに侵害したり悩ませたりすることなく、子孫を育て、共に楽しみを分かち合ったのです。」

佛言：「時，王復召諸臣語言：『我國富兵強，庫藏盈溢，給諸人民，使無所乏，養育子孫，共相娛樂。我今欲設大祀，汝說祀法悉何所須？』諸臣白王：『如是，如是，如王所說。國富兵強，庫藏盈溢，給諸人民，使其無乏，養育子孫，共相娛樂。王欲祀者，可語宮內使知。』時，王即如臣言，入語宮內：『我國富兵強，庫藏盈溢，多有財寶，欲設大祀。』時，諸夫人尋白王言：『如是，如是，如大王言。國富兵強，庫藏盈溢，多有珍寶，欲設大祀，今正是時。』王出報諸臣言：『我國富兵強，庫藏盈溢，給諸人民，使其無乏，養育子孫，共相娛樂。今欲大祀，已語宮內，汝盡語我，斯須何物？』」

> 仏は言われました。「その時、王は再び家臣たちを呼び寄せて言いました。『我が国は豊かで軍勢も強く、倉庫は満ち溢れ、民には不足なく与え、子孫を養い育て、共に楽しむことができる。今、私は大規模な祭祀を行いたいと思う。お前たちは祭祀の方法に何が必要かを全て言え』と。家臣たちは王に申し上げました。『その通りでございます。王様がおっしゃる通り、国は豊かで軍勢も強く、倉庫は満ち溢れ、民には不足なく与え、子孫を養い育て、共に楽しむことができます。王様が祭祀を行おうとなさるなら、宮中にお伝えになってはいかがでしょうか』と。そこで王は家臣の言葉通りに、宮中に入って言いました。『我が国は豊かで軍勢も強く、倉庫は満ち溢れ、多くの財宝がある。大規模な祭祀を行いたい』と。すると、妃たちはすぐに王に申し上げました。『その通りでございます。大王様がおっしゃる通り、国は豊かで軍勢も強く、倉庫は満ち溢れ、多くの珍宝があります。大規模な祭祀を行おうとなさるなら、今がまさにその時です』と。王は外に出て家臣たちに告げました。『我が国は豊かで軍勢も強く、倉庫は満ち溢れ、民には不足なく与え、子孫を養い育て、共に楽しむことができる。今、大規模な祭祀を行いたいと思う。すでに宮中には伝えた。お前たちは私に、今すぐ何が必要かを全て言え』と。」

「時，諸大臣即白王言：『如是，如是，如王所說。欲設大祀，已語宮內，而未語太子、皇子、大臣、將士，王當語之。』時，王聞諸臣語已，即語太子、皇子、群臣、將士言：『我國富兵強，庫藏盈溢，欲設大祀。』時，太子、皇子及諸群臣、將士即白王言：『如是，如是，大王！今國富兵強，庫藏盈溢，欲設祀者，今正是時。』時，王復告大臣曰：『我國富兵強，多有財寶，欲設大祀。已語宮內、太子、皇子，乃至將士，今欲大祀，斯何所須？』諸臣白王：『如大王言，欲設祀者，今正是時。』王聞語已，即於城東起新堂舍，王入新舍，被鹿皮衣，以香酥油塗摩其身，又以鹿角戴之頭上，牛屎塗地，坐臥其上，及第一夫人、婆羅門、大臣，選一黃牸牛，一乳王食，一乳夫人食，一乳大臣食，一乳供養大眾，餘與犢子。時，王成就八法，大臣成就四法。」

> その時、諸大臣は王に申し上げました。「おっしゃる通りです。大祭を設けようと宮廷内にはお伝えになりましたが、まだ太子、皇子、大臣、将兵にはお伝えになっていません。王よ、彼らにお伝えください。」 王は諸臣の言葉を聞くと、すぐに太子、皇子、群臣、将兵に告げました。「我が国は豊かで軍勢も強く、倉庫は財宝で満ちあふれている。大祭を設けようと思う。」 すると、太子、皇子、および諸群臣、将兵は王に申し上げました。「おっしゃる通りです、大王。今、国は豊かで軍勢も強く、倉庫は財宝で満ちあふれております。祭りを設けようとなさるなら、今こそふさわしい時です。」 王は再び大臣に告げました。「我が国は豊かで軍勢も強く、多くの財宝がある。大祭を設けようと思う。すでに宮廷内、太子、皇子、将兵にまで伝えた。今、大祭を行おうと思うが、何が必要だろうか。」 諸臣は王に申し上げました。「大王のおっしゃる通り、祭りを設けようとなさるなら、今こそふさわしい時です。」 王はこの言葉を聞くと、城の東に新しい堂舎を建て、王はその新築の堂舎に入り、鹿の皮衣をまとい、香りのよい酥油を体に塗り、鹿の角を頭に戴き、牛の糞で地面を塗り、その上に坐り臥し、また第一夫人、婆羅門、大臣も同じようにしました。一頭の黄色い牝牛を選び、その乳を王が一部、夫人が一部、大臣が一部、大衆への供養に一部、残りは子牛に与えました。その時、王は八つの法を成就し、大臣は四つの法を成就しました。

「云何王成就八法？彼剎利王七世以來父母真正，不為他人所見輕毀，是為成就初法。彼王顏貌端正，剎利種族，是為二法。彼王戒德增盛，智慧具足，是為三法。彼王習種種技術，乘象、馬車、刀牟、弓矢、戰鬪之法，無不具知，是為四法。彼王有大威力，攝諸小王，無不靡伏，是為五法。彼王善於言語，所說柔軟，義味具足，是為六法。彼王多有財寶，庫藏盈溢，是為七法。彼王智謀勇果，無復怯弱，是為八法。彼剎利種王，成此八法。」

> 「王が八つの法を成就するとはどういうことか。その剎帝利の王は、七世代にわたって父母が正しく、他人から軽蔑されることがない。これが第一の法の成就である。その王は容貌が端正で、剎帝利の種族である。これが第二の法である。その王は戒の徳が増し盛んで、智慧が具わっている。これが第三の法である。その王は様々な技術を習得し、象や馬車の操縦、刀や矛、弓矢、戦闘の方法を、ことごとく知り尽くしている。これが第四の法である。その王は大いなる威力を持ち、諸々の小王を統べ、服従させられない者はない。これが第五の法である。その王は言葉を巧みにし、語ることは柔らかく、意味と味わいが十分にある。これが第六の法である。その王は多くの財宝を持ち、倉庫は満ち溢れている。これが第七の法である。その王は智謀に優れ勇気があり、決して臆することはない。これが第八の法である。その剎帝利種の王は、この八つの法を成就するのである。」

「云何大臣成就四法？彼婆羅門大臣七世以來父母真正，不為他人所見輕毀，是為初法。復次，彼大臣異學三部諷誦通利，種種經書皆能分別，世典幽微靡不綜練，又能善於大人相法、瞻察吉凶、祭祀儀禮，是為二法。復次，大臣善於言語，所說柔和，義味具足，是為三法。復次，大臣智謀勇果，無有怯弱，凡祭祀法無不解知，是為四法。時，彼王成就八法，婆羅門大臣成就四法，彼王有四援助、三祭祀法、十六祀具。」

> 大臣が四つの法を成就するとはどういうことか。そのバラモン大臣は七代にわたり父母の系譜が正しく、他人から軽蔑されることがない。これが第一の法である。 次に、その大臣は異なる学問の三部を暗唱し通達し、さまざまな経典を理解し、世の典籍の奥深い道理を総合的に習得している。また、偉人の相法に長け、吉凶を観察し、祭祀の儀礼に精通している。これが第二の法である。 さらに、大臣は言葉遣いが巧みで、語ることは穏やかであり、その内容は十分な味わいがある。これが第三の法である。 最後に、大臣は知恵と謀略に優れ、勇気があり決断力があり、臆するところがない。あらゆる祭祀の方法を理解していないものはない。これが第四の法である。 時に、その王は八つの法を成就し、バラモン大臣は四つの法を成就した。その王には四つの援助と、三つの祭祀の方法、そして十六の祭具があった。

「時，婆羅門大臣於彼新舍，以十六事開解王意，除王疑想。云何十六？大臣白王，或有人言：『今剎利王欲為大祀，而七世以來父母不正，常為他人所見輕毀。』設有此言，不能污王。所以者何？王七世以來父母真正，不為他人之所輕毀。或有人言：『今剎利王欲為大祀，而顏貌醜陋，非剎利種。』設有此言，不能污王，所以者何？王顏貌端正，剎利種族。或有人言：『今剎利王欲為大祀，而無增上戒，智慧不具。』設有此言，不能污王，所以者何？王戒德增上，智慧具足。或有人言：『今剎利王欲為大祀，而不善諸術，乘象、馬車、種種兵法不能解知。』設有此言，不能污王，所以者何？王善諸技術，戰陣兵法，無不解知。或有人言：『王欲為大祀，而無大威力攝諸小王。』設有是言，不能污王，所以者何？王有大威力，攝諸小王。」

> その時、婆羅門大臣はその新居において、十六の事柄をもって王の心を開き解きほぐし、王の疑念を取り除いた。どのような十六か。 大臣は王に申し上げた。 「ある人が言うかもしれません。『今、剎利王が大祭を行おうとしているが、七代前からの父母が正しくなく、常に他人から軽蔑されている』と。たとえそのような言葉があっても、王を汚すことはできません。なぜなら、王は七代前から父母が正しく、他人から軽蔑されることはないからです。 ある人が言うかもしれません。『今、剎利王が大祭を行おうとしているが、容貌が醜く、剎利種ではない』と。たとえそのような言葉があっても、王を汚すことはできません。なぜなら、王の容貌は端正で、剎利の種族だからです。 ある人が言うかもしれません。『今、剎利王が大祭を行おうとしているが、優れた戒律がなく、智慧が備わっていない』と。たとえそのような言葉があっても、王を汚すことはできません。なぜなら、王は戒の徳が優れ、智慧が十分に備わっているからです。 ある人が言うかもしれません。『今、剎利王が大祭を行おうとしているが、諸々の技芸に長けておらず、象や馬車に乗ること、種々の兵法を理解していない』と。たとえそのような言葉があっても、王を汚すことはできません。なぜなら、王は諸々の技術に精通し、戦陣の兵法を理解していないものはないからです。 ある人が言うかもしれません。『王が大祭を行おうとしているが、大きな威徳がなく、諸々の小王を従えていない』と。たとえそのような言葉があっても、王を汚すことはできません。なぜなら、王は大きな威徳を持ち、諸々の小王を従えているからです。」

「或有人言：『王欲大祀，而不善於言語，所說麤獷，義味不具。』設有此言，不能污王，所以者何？王善於言語，所說柔軟，義味具足。或有人言：『王欲大祀，而無多財寶。』設有是言，不能污王，所以者何？王庫藏盈溢，多有財寶。或有人言：『王欲大祀，而無智謀，志意怯弱。』設有是言，不能污王，所以者何？王智謀勇果，無有怯弱。或有人言：『王欲大祀，不語宮內。』設有是語，不能污王，所以者何？王欲祭祀，先語宮內。或有人言：『王欲大祀，而不語太子、皇子。』設有此言，不能污王，所以者何？王欲祭祀，先語太子、皇子。或有人言：『王欲大祀，不語群臣。』設有此言，不能污王，所以者何？王欲大祀，先語群臣。或有人言：『王欲大祀，不語將士。』設有此言不能污王，所以者何？王欲祭祀，先語將士。」

> ある人が言うかもしれません。「王は盛大な祭祀を行おうとしているが、言葉遣いが上手ではなく、語ることは粗野で、意味や趣きが備わっていない」と。たとえそのような言葉があったとしても、王を汚すことはできません。なぜなら、王は言葉遣いが巧みで、語ることは優しく、意味や趣きが十分に備わっているからです。 ある人が言うかもしれません。「王は盛大な祭祀を行おうとしているが、財宝が多くない」と。たとえそのような言葉があったとしても、王を汚すことはできません。なぜなら、王の倉庫は満ち溢れ、多くの財宝があるからです。 ある人が言うかもしれません。「王は盛大な祭祀を行おうとしているが、知恵と謀略がなく、意志が弱い」と。たとえそのような言葉があったとしても、王を汚すことはできません。なぜなら、王は知謀に優れ勇猛果断で、少しも弱さがないからです。 ある人が言うかもしれません。「王は盛大な祭祀を行おうとしているが、宮廷内に告げていない」と。たとえそのような言葉があったとしても、王を汚すことはできません。なぜなら、王は祭祀を行おうとするとき、まず宮廷内に告げるからです。 ある人が言うかもしれません。「王は盛大な祭祀を行おうとしているが、太子や皇子に告げていない」と。たとえそのような言葉があったとしても、王を汚すことはできません。なぜなら、王は祭祀を行おうとするとき、まず太子や皇子に告げるからです。 ある人が言うかもしれません。「王は盛大な祭祀を行おうとしているが、群臣に告げていない」と。たとえそのような言葉があったとしても、王を汚すことはできません。なぜなら、王は盛大な祭祀を行おうとするとき、まず群臣に告げるからです。 ある人が言うかもしれません。「王は盛大な祭祀を行おうとしているが、将兵に告げていない」と。たとえそのような言葉があったとしても、王を汚すことはできません。なぜなら、王は祭祀を行おうとするとき、まず将兵に告げるからです。

「或有人言：『王欲大祀，而婆羅門大臣七世以來父母不正，常為他人之所輕毀。』設有是語，不能污王，所以者何？我七世以來父母真正，不為他人所見輕毀。或有人言：『王欲大祀，而大臣於異學三部諷誦不利，種種經書不能分別，世典幽微亦不綜練，不能善於大人相法、瞻察吉凶、祭祀儀禮。』設有此言，不能污王，所以者何？我於三部異典諷誦通利，種種經書皆能分別，世典幽微靡不綜練，又能善於大人相法、瞻察吉凶、祭祀儀禮。或有人言：『王欲大祀，而大臣不善言語，所說麤獷，義味不具。』設有此言，不能污王，所以者何？我善言語，所說柔和，義味具足。或有人言：『王欲大祀，而大臣智謀不具，志意怯弱，不解祀法。』設有是言，不能污王，所以者何？我智謀勇果，無有怯弱，凡祭祀法，無不解知。」

> ある人がこう言うかもしれません。「王は大祭を行おうとしているが、その大臣である婆羅門の七代前からの家系が正しくなく、常に他人から軽蔑されている」と。たとえそのような言葉があっても、王を汚すことはできません。なぜなら、私は七代前からの家系が正しく、他人から軽蔑されるようなことはないからです。 ある人がこう言うかもしれません。「王は大祭を行おうとしているが、その大臣は異なる学派の三部の経典を上手に唱えることができず、様々な経書を理解することができず、世間の奥深い教えにも通じておらず、偉大な人物の相法を見分けたり、吉凶を占ったり、祭祀の儀礼を適切に行うことができない」と。たとえそのような言葉があっても、王を汚すことはできません。なぜなら、私は異なる学派の三部の経典を流暢に唱えることができ、様々な経書を理解し、世間の奥深い教えにも精通しており、偉大な人物の相法を見分け、吉凶を占い、祭祀の儀礼を適切に行うことができるからです。 ある人がこう言うかもしれません。「王は大祭を行おうとしているが、その大臣は言葉遣いが下手で、話し方が粗野であり、意味や趣きに欠けている」と。たとえそのような言葉があっても、王を汚すことはできません。なぜなら、私は言葉遣いが上手で、話し方は穏やかであり、意味や趣きが十分に備わっているからです。 ある人がこう言うかもしれません。「王は大祭を行おうとしているが、その大臣は知恵と策略が不十分で、意志が弱く、祭祀の方法を理解していない」と。たとえそのような言葉があっても、王を汚すことはできません。なぜなら、私は知恵と策略に優れ、勇気があり、意志が強く、あらゆる祭祀の方法を理解しているからです。

佛告究羅檀頭：「彼王於十六處有疑，而彼大臣以十六事開解王意。」

> 仏陀は究羅檀頭に告げられた：「その王は十六の点について疑いを抱いていたが、その大臣は十六の事柄をもって王の心を解きほぐした。」

佛言：「時，大臣於彼新舍，以十事行示教利喜於王。云何為十？大臣言：『王祭祀時，諸有殺生、不殺生來集會者，平等施與，若有殺生而來者，亦施與，彼自當知，不殺而來者，亦施與，為是故施，如是心施。若復有偷盜、邪婬、兩舌、惡口、妄言、綺語、貪取、嫉妬、邪見來在會者，亦施與，彼自當知，若有不盜，乃至正見來者，亦施與，為是故施，如是心施。』」

> 仏は言われた。「その時、大臣は新たな館において、十の事柄をもって王に教え示し、喜びと利益を与えた。どのような十かというと、大臣は言った。『王様が祭祀を行うとき、生き物を殺す者も殺さない者も、集まってくる者には平等に施しを与えなさい。もし殺生をしてきた者にも施しを与えよ。彼らは自ら気づくであろう。殺生をせずに来た者にも施しを与え、そのために施すのだ、と。このような心で施しなさい。もしまた、盗み、邪な愛欲、二枚舌、悪口、嘘、飾り言葉、貪り、嫉妬、邪な見解を持って会に来る者があっても、施しを与えよ。彼らは自ら知るであろう。盗みをせず、正しい見解を持って来た者にも施しを与え、そのために施すのだ、と。このような心で施しなさい。』」

佛告婆羅門：「彼大臣以此十行示教利喜。」

> 仏は婆羅門に告げられました：「あの大臣はこの十の行いをもって、人々を教え導き、利益と喜びをもたらすのです。」

又告婆羅門：「時，彼剎利王於彼新舍生三悔心，大臣滅之。云何為三？王生悔言：『我今大祀，已為大祀、當為大祀、今為大祀，多損財寶，起此三心，而懷悔恨。』大臣語言：『王已為大祀，已施、當施、今施，於此福祀不宜生悔。』是為王入新舍生三悔心，大臣滅之。」

> また、婆羅門に告げて言った。「その時、その剎利王はその新しい宮殿で三つの後悔の心を起こし、大臣がそれを消し去りました。三つとは何か。王は後悔して言いました：『私は今、大いなる祭祀を行った。すでに行い、これから行い、今行っている。多くの財宝を損ない、この三つの心を起こして、悔いと恨みを抱いている。』大臣は言葉を続けました：『王はすでに大いなる祭祀を行い、すでに施し、これから施し、今施している。この福徳の祭祀に対して、後悔を生じさせるべきではありません。』これが、王が新しい宮殿に入って三つの後悔の心を起こし、大臣がそれを消し去ったことです。」

佛告婆羅門：「爾時，剎利王水澆頭種，以十五日月滿時出彼新舍，於舍前露地然大火𧂐，手執油瓶注於火上，唱言：『與，與。』時，彼王夫人聞王以十五日月滿時出新舍，於舍前然大火𧂐，手執油瓶注於火上，唱言：『與，與。』彼夫人、婇女多持財寶，來詣王所，而白王言：『此諸雜寶，助王為祀。』婆羅門！彼王尋告夫人、婇女言：『止！止！汝便為供養已，我自大有財寶，足以祭祀。』諸夫人、婇女自生念言：『我等不宜將此寶物還於宮中，若王於東方設大祀時，當用佐助。』婆羅門！其後王於東方設大祀時，夫人、婇女即以此寶物助設大祀。」

> 仏はバラモンに告げられた。「その時、剎利王（クシャトリヤの王）は水を頭に注ぐ儀式を行い、十五夜の満月の日に新しい宮殿を出て、宮殿前の露地で大きな火を焚いた。手に油の瓶を持ち、火の上に注ぎながら、『与えよ、与えよ』と唱えた。すると、その王の夫人が、王が十五夜の満月の日に新しい宮殿を出て、宮殿前で火を焚き、手に油の瓶を持って火の上に注ぎながら『与えよ、与えよ』と唱えていると聞いた。夫人や侍女たちは多くの財宝を持って王のもとに来て、王に言った。『これらの様々な宝は、王の祭祀をお助けするものです。』バラモンよ、その王はすぐに夫人や侍女たちに告げた。『止めよ、止めよ。あなた方はすでに供養をしたことになる。私は自ら多くの財宝を持っており、祭祀を行うには十分である。』諸々の夫人や侍女たちは自らこう思った。『私たちはこの宝物を宮殿に持ち帰るべきではない。もし王が東方で大祭祀を行う時には、それをお助けするために使おう。』バラモンよ、その後、王が東方で大祭祀を行った時、夫人や侍女たちはこの宝物をもって祭祀を助けたのである。」

「時，太子、皇子聞王十五日月滿時出新舍，於舍前然大火𧂐，手執油瓶注於火上，唱言：『與，與。』彼太子、皇子多持財寶，來詣王所，白王言：『以此寶物，助王大祀。』王言：『止！止！汝便為供養已，我自大有財寶，足已祭祀。』諸太子、皇子自生念言：『我等不宜持此寶物還也，王若於南方設大祀者，當以佐助。』如是大臣持寶物來：『願已助王祭祀西方。』將士持寶物來：『願已助王祭祀北方。』」

> その時、太子や皇子たちは、王が十五日の満月の夜に新宮殿から出られることを聞き、宮殿の前に大きな火を焚き、手に油の瓶を持って火に注ぎながら、「さあ、さあ」と唱えました。彼ら太子や皇子たちは多くの財宝を持って王のもとに来て、王に申し上げました。「この宝物で、王の大祭をお助けいたします。」王は言いました。「やめよ、やめよ。お前たちはすでに供養をしたのだ。私は十分な財宝を持っており、祭祀は足りている。」太子や皇子たちは心に思いました。「私たちはこの宝物を持ち帰るべきではない。王がもし南方で大祭を行うなら、それをお助けしよう。」同じように、大臣たちも宝物を持って来て、「王の西方の祭祀をお助けしたい」と申し出、将軍たちも宝物を持って来て、「王の北方の祭祀をお助けしたい」と言いました。

佛告婆羅門：「彼王大祭祀時，不殺牛、羊及諸眾生，唯用酥、乳、麻油、蜜、黑蜜、石蜜，以為祭祀。」

> 仏陀はバラモンに告げました：「あの王が大祭を行うときには、牛や羊、その他すべての生き物を殺すことはせず、ただ酥（バター）、乳、胡麻油、蜜、黒蜜、石蜜だけを用いて祭祀を行います。」

佛告婆羅門：「彼剎利王為大祀時，初喜、中喜，後亦喜，此為成辦祭祀之法。」

> 仏陀はバラモンに告げられました：「その剎帝利の王が大祭を行う時、初めに喜び、中にも喜び、後にも喜びます。これが祭祀を成し遂げる方法です。」

佛告婆羅門：「彼剎利王為大祀已，剃除鬚髮，服三法衣，出家為道，修四無量心，身壞命終，生梵天上。時，王夫人為大施已，亦復除髮，服三法衣，出家修道，行四梵行，身壞命終，生梵天上。婆羅門大臣教王四方祭祀已，亦為大施，然後剃除鬚髮，服三法衣，出家修道，行四梵行，身壞命終，生梵天上。」

> 仏はバラモンに告げられた。「その剎帝利の王は大祭を終えた後、髪とひげを剃り落とし、三つの法衣をまとって出家し、四無量心を修め、命終わって梵天の世界に生まれました。また、王妃も大施を終えた後、同じく髪を剃り落とし、三つの法衣をまとって出家し、四梵行を実践し、命終わって梵天の世界に生まれました。バラモンの大臣は王に四方の祭祀を教え終えた後、同じく大施を行い、それから髪とひげを剃り落とし、三つの法衣をまとって出家し、四梵行を実践し、命終わって梵天の世界に生まれました。」

佛告婆羅門：「時，王為三祭祀法、十六祀具，而成大祀，於汝意云何？」

> 仏陀はバラモンに告げられました：「その時、王は三つの祭祀の法と十六の祭祀の具を以て大祭祀を成し遂げました。あなたはこれをどう思いますか？」

時，究羅檀頭聞佛言已，默然不對。時，五百婆羅門語究羅檀頭言：「沙門瞿曇所言微妙，大師何故默然不答？」

> その時、究羅檀頭は仏の言葉を聞き終えると、黙って答えなかった。すると、五百人の婆羅門が究羅檀頭に言った。「沙門瞿曇の話は深遠で素晴らしい。大師よ、なぜ黙ってお答えにならないのですか？」

究羅檀頭答言：「沙門瞿曇所說微妙，我非不然可，所以默然者。自思惟耳，沙門瞿曇說此事，不言從他聞，我默思惟：『沙門瞿曇將無是彼剎利王耶？或是彼婆羅門大臣耶？』」

> 究羅檀頭は答えて言った。「沙門瞿曇の説かれることは微妙で、私が否定できるものではありません。ただ黙っていたのは、自分で考えていたからです。沙門瞿曇はこのことを、他人から聞いたとはおっしゃらず、私は黙って思いました。『沙門瞿曇はもしかすると、あの剎利王なのでは？ あるいはあの婆羅門の大臣なのでは？』と」

爾時，世尊告究羅檀頭曰：「善哉！善哉！汝觀如來，正得其宜。是時，剎利王為大祀者，豈異人乎？勿造斯觀，即吾身是也，我於爾時極大施慧。」

> その時、世尊は究羅檀頭に告げられた。「善きかな、善きかな。そなたが如来を観ることは、まさに適切である。その時の大祀を行った剎利王は、果たして別人であったか。そのように見てはならない。すなわち、この我が身である。私はその時、大いなる施しの智慧を極めていたのだ。」

究羅檀頭白佛言：「齊此三祭祀及十六祀具得大果報，復有勝者耶？」

> 究羅檀頭は仏に申し上げた：「この三つの祭祀と十六の祭具で大きな果報を得るほかに、さらに優れたものがあるでしょうか？」

佛言：「有。」

> お釈迦様はお答えになりました。「あります。」

問曰：「何者是？」

> 「では、それは何ですか？」と尋ねました。

佛言：「於此三祭祀及十六祀具，若能常供養眾僧，使不斷者，功德勝彼。」

> 仏は言われた：「この三つの祭祀と十六の祭具を、常に多くの僧侶に供養し、絶やさないならば、その功徳は先のものより勝れている。」

又問：「於三祭祀及十六祀具，若能常供養眾僧使不斷者，為此功德最勝，復有勝者耶？」

> さらに尋ねました。「三つの祭祀と十六の祭具を常に供養し、僧侶への布施を絶やさないことで得られる功徳は最も勝れていますが、これに勝る功徳は他にあるのでしょうか？」

佛言：「有。」

> お釈迦様はお答えになりました。「あります。」

又問：「何者是？」

> また尋ねました：「では、何がそれなのでしょうか？」

佛言：「若以三祭祀及十六祀具并供養眾僧使不斷者，不如為招提僧起僧房堂閣，此施最勝。」

> お釈迦さまはおっしゃいました。「三種の祭祀や十六の祭具をそろえ、多くの僧侶に絶え間なく供養を続けるよりも、僧侶たちが集う寺院に僧房や堂宇を建てて寄進する方が、はるかに優れた布施である。」

又問：「為三祭祀及十六祀具，并供養眾僧使不斷絕，及為招提僧起僧房堂閣，為此福最勝，復有勝者耶？」

> また尋ねました：「三つの祭祀と十六の祭具を整え、さらに多くの僧侶への供養を絶やさず、また招提僧のために僧房や堂閣を建てる、これらは最も勝れた福徳となりますが、これに勝るものはありますか？」

佛言：「有。」

> お釈迦様はお答えになりました。「あります。」

又問：「何者是？」

> また尋ねました：「では、何がそれなのでしょうか？」

佛言：「若為三種祭祀、十六祀具，供養眾僧使不斷絕，及為招提僧起僧房堂閣，不如起歡喜心，口自發言：『我歸依佛，歸依法，歸依僧。』此福最勝。」

> 仏は言われた：「もし三種の祭祀や十六の祀具を用いて、多くの僧侶を途絶えることなく供養し、また招提僧のために僧房や堂閣を建てるとしても、それよりも、喜びの心を起こし、自ら口に出して『私は仏に帰依し、法に帰依し、僧に帰依します』と宣言する。この功徳が最も勝れている。」

又問：「齊此三歸，得大果報耶？復有勝者？」

> また尋ねました：「この三帰依を揃えることで、大きな果報を得られるのでしょうか？それとも、さらに優れたものがあるのでしょうか？」

佛言：「有。」

> お釈迦様はお答えになりました。「あります。」

又問：「何者是？」

> また尋ねました：「では、何がそれなのでしょうか？」

佛言：「若以歡喜心受、行五戒，盡形壽不殺、不盜、不婬、不欺、不飲酒，此福最勝。」

> お釈迦様はおっしゃいました。「喜びの心をもって五戒を受け、一生涯、殺さず、盗まず、淫らな行いをせず、嘘をつかず、酒を飲まないならば、この福徳は最も勝れている。」

又問：「齊此三祀，至於五戒，得大果報耶？復有勝者？」

> また尋ねました：「この三つの祭祀を整え、さらに五戒に至るならば、大きな果報を得られるのでしょうか？それとも、これ以上のものがあるのでしょうか？」

佛言：「有。」

> お釈迦様はお答えになりました。「あります。」

又問：「何者是？」

> また尋ねました：「では、何がそれなのでしょうか？」

佛言：「若能以慈心念一切眾生，如搆牛乳頃，其福最勝。」

> 仏は言われた：「もし慈しみの心で一切の生きとし生けるものを一瞬でも思いやることができれば、その功徳は最も優れたものとなる。」

又問：「齊此三祀，至於慈心，得大果報耶？復有勝者？」

> また尋ねました。「この三つの祭祀を整え、慈しみの心に至ることで、大きな果報を得られるのでしょうか？それとも、さらに優れたものがあるのでしょうか？」

佛言：「有。」

> お釈迦様はお答えになりました。「あります。」

又問：「何者是？」

> また尋ねました：「では、何がそれなのでしょうか？」

佛言：「若如來、至真、等正覺出現於世，有人於佛法中出家修道，眾德悉備，乃至具足三明，滅諸癡冥，具足慧明，所以者何？以不放逸、樂閑靜故，此福最勝。」

> 仏陀は言われた。「もし如来・至真・等正覚が世に現れ、その教えに従って出家し修行する人がいて、あらゆる徳を備え、さらには三明を具え、すべての迷いを滅し、智慧の明るさを完全に備えたならば、なぜそうなるのか。それは、怠ることなく、静かな境地を喜ぶからである。この功徳は最も優れている。」

究羅檀頭又白佛言：「瞿曇！我為祭祀，具諸牛羊各五百頭，今盡放捨，任其自遊隨逐水草。我今歸依佛，歸依法，歸依僧，聽我於正法中為優婆塞，自今以後，盡形壽不殺、不盜、不婬、不欺、不飲酒，唯願世尊及諸大眾時受我請。」爾時，世尊默然受之。

> 究羅檀頭は再び仏に申し上げました。「ゴータマよ、私は祭祀のために五百頭ずつの牛や羊を用意していましたが、今はすべて放ち、水や草を求めて自由に歩かせております。私は今、仏に帰依し、法に帰依し、僧に帰依いたします。どうか正法の中で在家信者とならせてください。今日よりこの命ある限り、殺さず、盗まず、淫らな行いをせず、欺かず、酒を飲みません。どうか世尊と大勢の皆様、時折私の招待をお受けください。」その時、世尊は黙ってこれを受け入れられました。

時，婆羅門見佛默然受請已，即起禮佛，繞三匝而去，還家供辦種種餚饍。明日時到，爾時，世尊著衣持鉢，與大比丘眾千二百五十人俱，詣婆羅門舍，就座而坐。時婆羅門手自斟酌，供佛及僧，食訖去鉢，行澡水畢，佛為婆羅門而作頌曰：

> その時、バラモンは仏陀が黙ってお招きを受けられたのを見て、すぐに立ち上がり仏陀に礼拝し、三度右繞して去り、家に帰ってさまざまなごちそうを準備しました。翌日、時が来ると、世尊は衣を着て鉢を持ち、大比丘の衆千二百五十人と共に、バラモンの家に赴き、座に就いて坐られました。その時、バラモンは自ら手ずから給仕し、仏陀と僧侶たちに供養しました。食事が終わり鉢が下げられ、手水の行が済むと、仏陀はバラモンのために偈を説かれました。

「祭祀火為上，諷誦詩為上，人中王為上，眾流海為上，星中月為上，光明日為上，上下及四方，諸有所生物，天及世間人，唯佛為最上，欲求大福者，當供養三寶。」

> 祭いにおいては火が最も尊く、詩を詠うことにおいては聖典が最も尊い。 人々の中では王が最も尊く、流れ集まるものでは海が最も尊い。 星々の中では月が最も尊く、光り輝くものでは太陽が最も尊い。 上も下も、そして四方も、すべての生あるもの、 天界の者もこの世の人々も、ただ仏こそが最も尊い。 大いなる福を求めようとする者は、三宝に供養すべきである。

爾時，究羅檀頭婆羅門即取一小座於佛前坐。爾時世尊漸為說法，示教利喜，施論、戒論、生天之論，欲為大患，上漏為礙，出要為上，分布顯示諸清淨行。爾時，世尊觀彼婆羅門志意柔軟，陰蓋輕微，易可調伏，如諸佛常法，為說苦諦，分別顯示，說集聖諦、集滅聖諦、出要聖諦。時，究羅檀頭婆羅門即於座上遠塵離垢，得法眼淨。猶如淨潔白疊，易為受染，檀頭婆羅門亦復如是，見法得法，獲果定住，不由他信，得無所畏，而白佛言：「我今重再三歸依佛、法、聖眾，願佛聽我於正法中為優婆塞，自今已後，盡形壽不殺、不盜、不婬、不欺、不飲酒。」

> その時、究羅檀頭婆羅門は小さな座を取って仏陀の前に座った。世尊は次第に説法を始められ、教えを示し、利益と喜びを与え、布施の論、戒めの論、天に生まれる論を説かれた。欲望は大きな苦しみであり、煩悩は妨げとなり、解脱こそが最上の道であると、清らかな行いを詳しく示された。 世尊はその婆羅門の心が柔らかく、煩悩の覆いが薄く、導きやすいことをご覧になり、諸仏の常法に従って、苦の真理を説き、詳しく示された。また、苦の原因の真理、苦の滅尽の真理、苦からの解脱の道の真理を説かれた。 その時、究羅檀頭婆羅門はその座の上で、塵垢を離れ、清らかな法の眼を得た。まるで清らかな白布が染めやすいように、檀頭婆羅門もまた同じく、法を見、法を得、果報を確かに保ち、他を信じることなく、畏れることのない境地に達した。そして仏陀に申し上げた。 「私は今、重ねて三度、仏と法と聖なる僧伽に帰依いたします。どうか仏陀よ、私が正しい法の中で優婆塞となることをお許しください。今日よりこのかた、命ある限り、殺さず、盗まず、淫らな行いをせず、欺かず、酒を飲みません。」

重白佛言：「唯願世尊更受我七日請。」爾時，世尊默然受之。時，婆羅門即於七日中，手自斟酌，供佛及僧，過七日已，世尊遊行人間。

> 再び仏陀に申し上げました。「どうか世尊、あと七日間だけお受け入れください。」その時、世尊は黙ってそれをお受けになりました。すると、婆羅門は七日間の間、自ら食事を整え、仏陀と僧たちにお供えしました。七日が過ぎると、世尊は人々の間を巡り歩かれました。

佛去未久，時，究羅檀頭婆羅門得病命終。時，眾多比丘聞究羅檀頭供養佛七日，佛去未久，得病命終，即自念言：「彼人命終，當何所趣？」時，諸比丘詣世尊所，頭面禮足，於一面坐。「彼究羅檀頭今者命終，當生何所？」

> 仏が去られて間もなく、その時、究羅檀頭というバラモンが病を得て命を終えました。それを聞いた多くの比丘たちは、究羅檀頭が七日間にわたって仏を供養し、仏が去られてすぐに病を得て命を終えたことを知り、心の中でこう考えました。「あの人は命を終えて、いったいどこへ行くのだろうか？」 そこで、比丘たちは世尊のもとへ赴き、頭を地に付けて礼拝し、一かたわらに座りました。「あの究羅檀頭は今、命を終えましたが、どこに生まれ変わられるのでしょうか？」

佛告諸比丘：「彼人淨修梵行，法法成就，亦不於法有所觸嬈，以斷五下分結，於彼現般涅槃，不來此世。」

> 仏陀は比丘たちに告げられました：「その人は清らかな修行を実践し、教え一つ一つを成就し、また教えに対して何の妨げも起こさず、五下分結を断じ、その場で涅槃に入り、この世に再び生まれ変わることはありません。」

爾時，諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> その時、比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んで受け入れ、実践しました。

## 佛說長阿含經卷第十五

> 仏説長阿含経　第十五巻