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title: "長阿含經 · 24 堅固經"
description: "長阿含經是佛教原始經典四阿含之一，由後秦時期譯師佛陀耶舍與竺佛念共同譯出。該經成書於公元前1世紀左右，屬早期佛教根本聖典，記載了佛陀與弟子們的言行教法。全經共30卷，分為四分，主要內容包括佛陀生平、教義闡述、修行方法及宇宙觀等，系統性保存了原始佛教的基本教理。作為漢傳佛教重要典籍，長阿含經被視為研究原始佛教思想的核心文獻，在佛教經典體系中具有不可替代的權威地位，對後世佛教發展影響深遠。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cm95s9nr004bdjz0u1makoktb"
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## 佛說長阿含經卷第十六

> 仏説長阿含経 第十六巻

後秦弘始年佛陀耶舍共竺佛念譯

> 後秦弘始年間、仏陀耶舎と竺仏念による共訳

### （二四）第三分堅固經第五

> （二四）第三分堅固経第五

如是我聞：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛在那難陀城波婆利掩次林中，與大比丘眾千二百五十人俱。

> あるとき、お釈迦さまはナランダの町にあるパーヴァーリカの林で、千二百五十人の大勢の比丘たちとともに滞在されていました。

爾時，有長者子，名曰堅固，來詣佛所，頭面禮足，在一面坐。時，堅固長者子白佛言：「善哉！世尊！唯願今者勑諸比丘：『若有婆羅門、長者子、居士來，當為現神足顯上人法。』」

> その時、堅固という名の長者の子が、仏のもとに来て、頭面を地に接して礼拝し、傍らに坐った。堅固長者子は仏に申し上げた。 「尊いことです、世尊。どうか今、比丘たちにお命じください。もし婆羅門や長者の子、居士たちが来たなら、神通力を示して、すぐれた人の法を現わしてほしいと」

佛告堅固：「我終不教諸比丘為婆羅門、長者、居士而現神足上人法也。我但教弟子於空閑處靜默思道，若有功德，當自覆藏，若有過失，當自發露。」

> 仏は堅固に告げられた：「私は決して比丘たちに、バラモンや長者、在家信者のために神通力や超人的な能力を示すよう教えることはない。ただ弟子たちには、静かな場所で黙想し、道を思惟するよう教えている。もし功徳があれば、自らそれを隠し、もし過ちがあれば、自らそれを明らかにするのだ。」

時，堅固長者子復白佛言：「唯願世尊勑諸比丘：『若有婆羅門、長者、居士來，當為現神足，顯上人法。』」

> その時、堅固長者子は再び仏に申し上げました。「どうか世尊よ、比丘たちにお命じください。もし婆羅門や長者、居士が来られたなら、神通力を示し、すぐれた修行者の境地を表してくださるようにと。」

佛復告堅固：「我終不教諸比丘為婆羅門、長者、居士而現神足上人法也。我但教弟子於空閑處靜默思道，若有功德，當自覆藏，若有過失，當自發露。」

> 仏は再び堅固に告げました：「私は決して比丘たちに、バラモンや長者、在家の信者の前で神通力や超人的な能力を示すよう教えることはありません。ただ弟子たちには、静かな場所で黙想し、道を思惟するよう教えています。もし功徳があれば、自らそれを隠し、もし過ちがあれば、自らそれを明らかにするのです。」

時，堅固長者子白佛言：「我於上人法無有疑也。但此那難陀城國土豐樂，人民熾盛，若於中現神足者，多所饒益，佛及大眾善弘道化。」

> 堅固長者子は仏に申し上げました。「私は尊者のお説きになる教えに疑いはございません。ただ、この那難陀の都は国が豊かで人々が多く集まっております。もしここで神通力をお示しになれば、多くの人々が利益を受け、仏と大衆の教えの広まりも大いに助けとなるでしょう。」

佛復告堅固：「我終不教比丘為婆羅門、長者子、居士而現神足上人法也。我但教弟子於空閑處靜默思道，若有功德，當自覆藏，若有過失，當自發露。所以者何？有三神足。云何為三？一曰神足，二曰觀察他心，三曰教誡。云何為神足？長者子！比丘習無量神足，能以一身變成無數，以無數身還合為一，若遠若近，山河石壁，自在無礙，猶如行空；於虛空中結加趺坐，猶如飛鳥；出入大地，猶如在水；若行水上；猶如履地；身出烟火，如大火聚，手捫日月，立至梵天。若有得信長者、居士見此比丘現無量神足，立至梵天，當復詣餘未得信長者、居士所，而告之言：『我見比丘現無量神足，立至梵天。』彼長者、居士未得信者，語得信者言：『我聞有瞿羅呪，能現如是無量神變，乃至立至梵天。』」

> 仏は再び堅固に告げられた。「私は決して比丘たちに、バラモンや長者の子、在家の人々のために神通力や超人的な能力を示すよう教えることはない。ただ弟子たちには、静かな場所で黙想し、道を思惟することを教える。もし功徳があれば、それを自ら覆い隠し、もし過失があれば、自らそれを明らかにするように。なぜならば、三つの神通力があるからである。三つとは何か。一つは神通力、二つは他心通、三つは教誡である。神通力とは何か。長者の子よ、比丘は無量の神通力を修め、一つの身体を無数に変え、無数の身体を再び一つに合わせることができる。遠くても近くても、山や川、石の壁も自由自在に通り抜け、まるで空中を歩くかのようである。虚空の中に結跏趺坐し、飛ぶ鳥のようであり、大地を出入りするのは水の中を通るかのようであり、水の上を歩くのは地を踏むかのようである。身体から煙や炎を出し、大きな火の塊のようであり、手で日月に触れ、梵天に立つことができる。もし信心を得た長者や在家の人々が、この比丘が無量の神通力を示し、梵天に立つ姿を見たならば、まだ信心を得ていない他の長者や在家の人々のところに行き、『私は比丘が無量の神通力を示し、梵天に立つのを見た』と告げるであろう。まだ信心を得ていない長者や在家の人々は、信心を得た者に言うであろう。『私は瞿羅の呪文があると聞いた。その呪文によって、このような無量の神通変化を示し、梵天に立つことができるのだと。』」

佛復告長者子堅固：「彼不信者，有如此言，豈非毀謗言耶？」

> 仏は再び長者の子・堅固に告げられた：「その信じない者が、このような言葉を口にするのは、まさに誹謗の言葉ではないか？」

堅固白佛言：「此實是毀謗言也。」

> 堅固は仏に申し上げた：「これはまさしく誹謗の言葉でございます。」

佛言：「我以是故，不勑諸比丘現神變化，但教弟子於空閑處靜默思道，若有功德，當自覆藏，若有過失，當自發露。如是，長者！此即是我諸比丘所現神足。

> 仏陀は言われた。「このゆえに、私は比丘たちに神通変化を現じることを命じず、ただ弟子たちに、静かな場所で黙然と道を思惟せよと教えるのです。もし功徳があれば、自らそれを覆い隠しなさい。もし過失があれば、自らそれを明らかにしなさい。このように、長者よ、これこそが私の比丘たちの現じる神足なのです。」

「云何名觀察他心神足？於是，比丘現無量觀察神足，觀諸眾生心所念法，隈屏所為皆能識知。若有得信長者、居士，見比丘現無量觀察神足，觀他眾生心所念法，隈屏所為皆悉識知，便詣餘未得信長者、居士所，而告之曰：『我見比丘現無量觀察神足，觀他眾生心所念法，隈屏所為皆悉能知。』彼不信長者、居士，聞此語已，生毀謗言：『有乾陀羅呪能觀察他心，隈屏所為皆悉能知。』云何，長者子！此豈非毀謗言耶？」

> 「他心通を観察するとはどういうことでしょうか。ここに、比丘が無量の観察の神通力を現じ、あらゆる衆生の心に思い浮かぶ法を観じ、隠れた行いもすべて識知することができます。もし信心を得た長者や居士が、比丘が無量の観察の神通力を現じ、他の衆生の心に思い浮かぶ法を観じ、隠れた行いもすべて識知するのを見たならば、まだ信心を得ていない他の長者や居士のところへ行き、こう告げるでしょう。『私は比丘が無量の観察の神通力を現じ、他の衆生の心に思い浮かぶ法を観じ、隠れた行いもすべて知るのを見ました。』その信心のない長者や居士は、この言葉を聞いて、誹謗の言葉を生じさせます。『乾陀羅の呪があって、他心を観察し、隠れた行いもすべて知ることができるという。』どうですか、長者よ。これはまさに誹謗の言葉ではありませんか？」

堅固白佛言：「此實是毀謗言也。」

> 堅固は仏に申し上げた：「これはまさしく誹謗の言葉でございます。」

佛言：「我以是故，不勅諸比丘現神變化，但教弟子於空閑處靜默思道，若有功德，當自覆藏，若有過失，當自發露。如是，長者子！此即是我比丘現觀察神足。

> 仏は言われた。「私はこの理由で、比丘たちに神通変化を示すことを命じず、ただ弟子たちに、静かな場所で黙して道を思惟することを教え、もし功徳があれば自ら覆い隠し、もし過失があれば自ら明らかにするようにと。このように、長者よ、これこそが私の比丘の現観察神足なのです。」

「云何為教誡神足？長者子！若如來、至真、等正覺出現於世，十號具足，於諸天、世人、魔、若魔天、沙門、婆羅門中，自身作證，為他說法，上中下言，皆悉真正，義味清淨，梵行具足。若長者、居士聞已，於中得信，得信已，於中觀察自念：『我不宜在家，若在家者，鈎鎖相連，不得清淨修於梵行。我今寧可剃除鬚髮，服三法衣，出家修道，具諸功德，乃至成就三明，滅諸闇冥，生大智明。所以者何？斯由精勤，樂獨閑居，專念不忘之所得也。』長者子！此是我比丘現教誡神足。」

> どのようなものが教え導く神通力でしょうか。長者よ、もし如来・至真・等正覚が世に現れ、十の尊称を備え、諸天、世人、魔、あるいは魔天、沙門、婆羅門の中で自ら証を得、他者のために説法し、上中下の言葉がすべて真実であり、意味の味わいが清らかで、清らかな行いを具えているならば。長者や在家の信者がこれを聞いて、その中に信を得、信を得た後、自らを顧みて考えるのです。『私は在家にいるべきではない。もし在家にいるならば、鎖のように繋がり、清らかな行いを清浄に修めることができない。今こそ私は髪を剃り、三つの法衣をまとい、出家して道を修め、あらゆる功徳を具え、さらには三明を成就し、すべての闇を滅ぼし、大いなる智慧の明を生じさせよう。なぜならば、これは精進に励み、独り閑居を楽しみ、専心に念じて忘れないことによって得られるものだからである。』長者よ、これが我が比丘の現す教え導く神通力です。

爾時，堅固長者子白佛言：「頗有比丘成就此三神足耶？」

> その時、堅固という長者の子が仏に尋ねました。「比丘の中に、この三つの神通力を成就した者はおりますか？」

佛告長者子：「我不說有數，多有比丘成此三神足者。長者子！我有比丘在此眾中自思念：『此身四大，地、水、火、風，何由永滅？』彼比丘倐趣天道，往至四天王所，問四天王言：『此身四大，地、水、火、風，由何永滅？』

> 仏陀は長者の子に告げました。「私は数え上げることはしませんが、多くの比丘がこの三つの神通力を成就しています。長者の子よ、私にはこの集会の中に、このように思惟する比丘がいます。『この身体は四大、すなわち地・水・火・風から成るが、どうすればこれらは永遠に滅びるのか？』と。その比丘はたちまち天道に趣き、四天王のところへ行き、四天王に尋ねます。『この身体を構成する四大、地・水・火・風は、どうすれば永遠に滅びるのですか？』と」

「長者子！彼四天王報比丘言：『我不知四大由何永滅？我上有天，名曰忉利，微妙第一，有大智慧，彼天能知四大由何而滅。』彼比丘聞已，即倐趣天道，往詣忉利天上，問諸天言：『此身四大，地、水、火、風，何由永滅？』彼忉利天報比丘言：『我不知四大何由滅，上更有天，名焰摩，微妙第一，有大智慧，彼天能知。』即往就問，又言不知。

> 「長者よ、その四天王は比丘に答えて言いました。『私は四大が何によって永遠に滅するのか知りません。私の上には忉利天という天があり、それは微妙第一で、大いなる智慧を持っています。その天は四大が何によって滅するのかを知ることができます。』と。 比丘はそれを聞くと、すぐに天道に向かい、忉利天に上って諸天に尋ねました。『この身の四大、地・水・火・風は、何によって永遠に滅するのですか？』と。 その忉利天は比丘に答えて言いました。『私は四大が何によって滅するのか知りません。さらに上には焰摩天という天があり、それは微妙第一で、大いなる智慧を持っています。その天は知ることができるでしょう。』と。 比丘はすぐにそこへ行って尋ねましたが、またも『知らない』と言われました。

「如是展轉，至兜率天、化自在天、他化自在天，皆言：『我不知四大何由而滅？上更有天，微妙第一，有大智慧，名梵迦夷，彼天能知四大何由永滅。』彼比丘即倐趣梵道，詣梵天上問言：『此身四大，地、水、火、風，何由永滅？』彼梵天報比丘言：『我不知四大何由永滅，今有大梵天王，無能勝者，統千世界，富貴尊豪，最得自在，能造化物，是眾生父母，彼能知四大由何永滅。』長者子！彼比丘尋問：『彼大梵王今為所在？』彼天報言：『不知大梵今為所在，以我意觀，出現不久。』未久，梵王忽然出現。長者！彼比丘詣梵王所問言：『此身四大，地、水、火、風，何由永滅？』彼大梵王告比丘言：『我梵天王無能勝者，統千世界，富貴尊豪，最得自在，能造萬物，眾生父母。』時，彼比丘告梵王曰：『我不問此事，自問四大，地、水、火、風，何由永滅？』

> このように次々と尋ねて、兜率天、化自在天、他化自在天に至りましたが、皆が言うには、「私たちは四大がどのようにして滅びるのか知りません。さらに上に、最も微妙で第一の天があり、大いなる智慧を持つ梵迦夷という天があります。その天が四大がどのようにして永遠に滅びるのかを知っています。」と。 そこで、その比丘はすぐに梵道を急ぎ、梵天上に赴いて尋ねました。「この身体を構成する四大、地・水・火・風は、どのようにして永遠に滅びるのでしょうか。」すると、その梵天は比丘に答えました。「私は四大がどのようにして永遠に滅びるのか知りません。今、大梵天王という方がおられ、誰にも勝ることがなく、千の世界を統治し、富貴で尊く豪勢で、最も自在を得て、万物を創造することができ、すべての衆生の父母でいらっしゃいます。その方が四大がどのようにして滅びるのかを知っておられます。」 長者の子よ、その比丘はすぐに尋ねました。「その大梵王は今どこにおられますか。」すると、その天は答えました。「大梵王が今どこにおられるかは分かりません。私の考えでは、まもなく出現されるでしょう。」間もなく、梵王が忽然と出現されました。 長者よ、その比丘は梵王のもとに赴き、尋ねました。「この身体を構成する四大、地・水・火・風は、どのようにして永遠に滅びるのでしょうか。」すると、その大梵王は比丘に告げました。「私は梵天王であり、誰にも勝ることがなく、千の世界を統治し、富貴で尊く豪勢で、最も自在を得て、万物を創造し、衆生の父母である。」 その時、その比丘は梵王に告げました。「私はそのことを尋ねているのではありません。四大、地・水・火・風がどのようにして永遠に滅びるのかを尋ねているのです。」

「長者子！彼梵王猶報比丘言：『我是大梵天王，無能勝者，乃至造作萬物，眾生父母。』比丘又復告言：『我不問此，我自問四大何由永滅？』長者子！彼梵天王如是至三，不能報彼比丘四大何由永滅。時，大梵王即執比丘右手，將詣屏處，語言：『比丘！今諸梵王皆謂我為智慧第一，無不知見，是故我不得報汝言：「不知不見此四大何由永滅。」』又語比丘：『汝為大愚！乃捨如來於諸天中推問此事。汝當於世尊所問如此事，如佛所說，善受持之。』又告比丘：『今佛在舍衛國給孤獨園，汝可往問。』

> 長者よ、その梵天王はなおも比丘に答えて言いました。「私は大梵天王であり、誰にも勝てぬ者であり、万物を創造し、すべての生きとし生けるものの親である」と。比丘は再び告げました。「私はそのことを尋ねているのではありません。私は、四大（地・水・火・風）はいかにして永遠に滅びるのか、と自ら問うているのです」と。長者よ、その梵天王はこのように三度まで、その比丘に四大はいかにして永滅するのか答えることができませんでした。 その時、大梵天王は比丘の右手を取って、人目につかない所へ連れて行き、こう言いました。「比丘よ、今、諸々の梵王たちは皆、私を智慧第一の者であり、知らず見えぬものはないと思っている。だから、私は汝に『この四大がいかにして永滅するのか知らず、見えない』と言うことができないのだ」。また、比丘にこう言いました。「汝はなんと愚かなことをするのか。如来をおいて、諸天の中にこの事を推し尋ねるとは。汝は世尊のもとでこの事を問うべきであり、仏が説かれた通りに、よく受け持ちなさい」。さらに比丘に告げました。「今、仏は舎衛国の祇園精舎におられる。汝はそこへ行って尋ねるがよい」。

「長者子！時，比丘於梵天上忽然不現。譬如壯士屈申臂頃，至舍衛國祇樹給孤獨園，來至我所，頭面禮足，一面坐，白我言：『世尊！今此四大，地、水、火、風，何由而滅？』時，我告言：『比丘！猶如商人臂鷹入海，於海中放彼鷹飛空東西南北，若得陸地則便停止，若無陸地更還歸船。比丘！汝亦如是，乃至梵天問如是義，竟不成就，還來歸我。今當使汝成就此義。』即說偈言：

> 長者よ、その時、比丘は梵天の上から忽然と姿を消しました。あたかも力強い者が腕を屈伸するほどの短い間に、舎衛国の祇園精舎に至り、私のもとに来て、頭面礼足し、一つの面を向けて座り、私に申し上げました。『世尊よ、今この四大、地・水・火・風は、どのようにして滅びるのでしょうか。』その時、私は告げました。『比丘よ、ちょうど商人が鷹を腕に乗せて海に入り、海中でその鷹を放ち、空を東西南北に飛ばせるように。もし陸地を得ればそこで止まり、もし陸地がなければ再び船に帰ってくる。比丘よ、あなたもまたそのようである。梵天にまで至ってこのような問いを尋ね、ついに成就せず、再び私のもとに帰ってきた。今、あなたにこの義を成就させよう。』そして、次の偈を説きました。

「『何由無四大，地水火風滅？何由無麤細，及長短好醜？何由無名色，永滅無有餘？應答識無形，無量自有光。此滅四大滅，麤細好醜滅，於此名色滅，識滅餘亦滅。』」

> 「どのようにして四大、地水火風が滅するのか？ どのようにして粗細、長短、美醜がなくなるのか？ どのようにして名色が滅し、永遠に余すところなく消え去るのか？ 答えは、識には形がなく、量り知れない光を自ら放つことにある。 この識が滅すれば、四大も滅し、粗細も美醜も滅する。 ここにおいて名色が滅し、識が滅すれば、残るものもまた滅するのだ。」

時，堅固長者子白佛言：「世尊！此比丘名何等？云何持之？」

> その時、堅固長者子は仏に申し上げました。「世尊よ、この比丘はどのようなお名前で、どのようにお呼びすればよいのでしょうか？」

佛告長者子：「此比丘名阿室已，當奉持之。」

> 仏は長者の子に告げられた：「この比丘の名は阿室已、これを奉じ持つべし。」

爾時，堅固長者子聞佛所說，歡喜奉行。

> その時、堅固なる長者の子は仏の説かれた教えを聞き、歓喜してこれに従って行った。