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title: "長阿含經 · 27 沙門果經"
description: "長阿含經是佛教原始經典四阿含之一，由後秦時期譯師佛陀耶舍與竺佛念共同譯出。該經成書於公元前1世紀左右，屬早期佛教根本聖典，記載了佛陀與弟子們的言行教法。全經共30卷，分為四分，主要內容包括佛陀生平、教義闡述、修行方法及宇宙觀等，系統性保存了原始佛教的基本教理。作為漢傳佛教重要典籍，長阿含經被視為研究原始佛教思想的核心文獻，在佛教經典體系中具有不可替代的權威地位，對後世佛教發展影響深遠。"
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## 佛說長阿含經卷第十七

> 仏説長阿含経　第十七巻

後秦弘始年佛陀耶舍共竺佛念譯

> 後秦弘始年 仏陀耶舎と竺仏念による訳

### （二七）第三分沙門果經第八

> （二七）第三分 沙門果経 第八

如是我聞：

> 私はこのように聞いた。

一時，佛在羅閱祇耆舊童子菴婆園中，與大比丘眾千二百五十人俱。

> ある時、お釈迦さまは羅閲祇の耆舊童子菴婆園におられました。そこには、千二百五十人の大比丘たちが共に集っていました。

爾時，王阿闍世韋提希子以十五日月滿時，命一夫人而告之曰：「今夜清明，與晝無異，當何所為作？」

> その時、阿闍世王は、韋提希夫人の子である彼は、十五夜の満月の夜に、一人の夫人を呼び寄せて告げた。「今夜は月が明るく、昼と変わらぬほどだ。何をして過ごそうか？」

夫人白王言：「今十五日夜月滿時，與晝無異，宜沐髮澡浴，與諸婇女五欲自娛。」

> 王妃は王に申し上げました。「今夜は十五夜の満月で、昼間と変わらないほど明るいです。髪を洗い、身を清め、侍女たちと共に五欲の楽しみを味わいましょう。」

時，王又命第一太子優耶婆陀而告之曰：「今夜月十五日月滿時，與晝無異，當何所施作？」

> その時、王はまた第一の太子である優耶婆陀を呼び寄せ、こう告げました。「今夜は十五夜で月が満ち、昼と変わらぬ明るさだ。何か施しを行うべきではないか？」

太子白王言：「今夜十五日月滿時，與晝無異，宜集四兵，與共謀議伐於邊逆，然後還此共相娛樂。」

> 太子は王に申し上げました：「今夜は十五夜で月が満ち、昼間と変わらない明るさです。四方の軍勢を集め、ともに謀議を重ねて辺境の反逆者を討伐し、その後ここに戻って共に楽しみを分かち合いましょう。」

時，王又命勇健大將而告之曰：「今十五日月滿時，其夜清明，與晝無異，當何所為作？」

> 王はまた、勇猛で力強い将軍を呼び寄せてこう告げました。「今月十五日の満月の夜は、空が澄み渡り、昼間と変わらないほど明るい。この夜に、何をなすべきだろうか。」

大將白言：「今夜清明，與晝無異，宜集四兵，案行天下，知有逆順。」

> 大将が申し上げました：「今夜は月明かりが清らかに輝き、昼間と変わらぬほどです。どうか四軍を集め、天下を巡視し、誰が従順で誰が逆らっているかを確かめましょう。」

時，王又命雨舍婆羅門而告之曰：「今十五日月滿時，其夜清明，與晝無異，當詣何等沙門、婆羅門所能開悟我心？」

> 王はまた雨舎婆羅門を呼び寄せ、こう告げました。「今月十五日は満月の夜。その夜は澄み渡り、昼と変わらぬ明るさだ。いったいどの沙門や婆羅門のもとへ行けば、私の心を開き悟らせてくれるだろうか？」

時，雨舍白言：「今夜清明，與晝無異。有不蘭迦葉，於大眾中而為導首，多有知識，名稱遠聞，猶如大海多所容受，眾所供養。大王！宜往詣彼問訊，王若見者，心或開悟。」

> その時、雨舎は申し上げました。「今夜は月明かりが清らかで、昼間と変わりありません。不蘭迦葉という方が、大衆の中で導き手となっておられ、多くの知識人たちに知られ、名声は遠くまで聞こえております。それはちょうど大海が多くの水を容れるように、多くの人々から供養を受けているのです。大王よ、どうか彼のもとを訪ねてご挨拶なさってください。王がお会いになれば、心が開かれるかもしれません。」

王又命雨舍弟須尼陀而告之曰：「今夜清明，與晝無異，宜詣何等沙門、婆羅門所能開悟我心？」

> 王はさらに、弟の須尼陀を呼び寄せてこう告げました。「今夜は月明かりが清らかで、昼間と変わらぬほどだ。さて、どの沙門や婆羅門のもとを訪ねて、わが心を開き悟らせてもらおうか。」

須尼陀白言：「今夜清明，與晝無異。有末伽梨瞿舍利，於大眾中而為導首，多有知識，名稱遠聞，猶如大海無不容受，眾所供養。大王！宜往詣彼問訊，王若見者，心或開悟。」

> 須尼陀は申し上げました：「今夜は月明かりが清らかで、昼間と変わりありません。末伽梨瞿舍利が大衆の中で導き手となっておられ、多くの知恵を持ち、名声は遠くまで聞こえております。まるで大海のようにすべてを受け入れ、多くの人々から供養されています。大王よ、どうか彼のもとを訪ねてご挨拶なさってください。王がお会いになれば、心が開かれるかもしれません。」

王又命典作大臣而告之曰：「今夜清明，與晝無異，當詣何等沙門、婆羅門所能開悟我心？」

> 王はまた、典作大臣を呼び寄せて告げられました。「今夜は月明かりが清らかで、昼間と変わらない。いったいどの沙門や婆羅門のもとへ行けば、私の心を開き悟らせてくれるだろうか？」

典作大臣白言：「有阿耆多翅舍欽婆羅，於大眾中而為導首，多有知識，名稱遠聞，猶如大海無不容受，眾所供養。大王！宜往詣彼問訊，王若見者，心或開悟。」

> 典作大臣は申し上げました。「阿耆多翅舍欽婆羅という者がおります。大衆の中で指導者となり、多くの知恵を持ち、その名声は遠くまで響き渡っております。まるで大海のようにすべてを受け容れ、人々から尊敬と供養を受けております。大王よ、どうか彼のもとを訪ねてご挨拶なさってください。王がお会いになれば、心が開かれるかもしれません。」

王又命伽羅守門將而告之曰：「今夜清明，與晝無異，當詣何等沙門、婆羅門所能開悟我心？」

> 王はまた、伽羅という門番の長に命じて告げました。「今夜は月明かりが清らかで、昼間と変わりない。一体どの沙門やバラモンのもとに行けば、私の心を開き悟らせてくれるだろうか？」

伽羅守門將白言：「有婆浮陀伽旃那，於大眾中而為導首，多有知識，名稱遠聞，猶如大海無不容受，眾所供養。大王！宜往詣彼問訊，王若見者，心或開悟。」

> 伽羅守門將が申し上げました： 「婆浮陀伽旃那という者がおります。大衆の中にあって指導者となり、多くの知己を持ち、その名声は遠くまで知れ渡っております。まるで大海のように、すべてを受け容れ、多くの人々から供養を受けています。大王よ、どうか彼のもとを訪ねてご挨拶なさってください。もし王がお会いになれば、心が開かれるかもしれません。」

王又命優陀夷漫提子而告之曰：「今夜清明，與晝無異，當詣何等沙門、婆羅門所能開悟我心？」

> 王はまた優陀夷漫提子に命じて告げさせました：「今夜は月明かりが清らかで、昼と変わらない。どの沙門や婆羅門のもとに行けば、私の心を開かせてくれるだろうか？」

優陀夷白言：「有散若夷毘羅梨沸，於大眾中而為導首，多所知識，名稱遠聞，猶如大海無不容受，眾所供養。大王！宜往詣彼問訊，王若見者，心或開悟。」

> ウダーヤンは申し上げました。「ここにサンジャヤ・ベーラッティプッタという者がおります。彼は大衆の中で指導的な立場にあり、多くの人々に知られ、その名声は遠くまで届いております。大海がすべてを受け入れるように、彼は多くの人々から尊敬と供養を受けています。大王よ、どうか彼のもとを訪ね、お尋ねください。王が彼にお会いになれば、心が開かれるかもしれません。」

王又命弟無畏而告之曰：「今夜清明，與晝無異，當詣何等沙門、婆羅門所能開悟我心？」

> 王はまた弟の無畏に命じて告げさせた。 「今夜は月明かりが清らかで、昼と変わらぬほどだ。 さて、どの沙門や婆羅門のもとを訪ねて、わが心を開き悟らせることができようか。」

弟無畏白言：「有尼乾子，於大眾中而為導首，多所知識，名稱遠聞，猶如大海無不容受，眾所供養。大王！宜往詣彼問訊，王若見者，心或開悟。」

> 弟の無畏が申し上げました。「尼乾子という者がおります。大衆の中にあって指導者となり、多くの人々に知られており、名声は遠くまで聞こえております。それはあたかも大海がすべてを受け入れるかのようです。多くの人々から供養を受けておられます。大王よ、どうか彼のもとへお出かけになり、お尋ねください。王がお会いになれば、心が開かれるかもしれません。」

王又命壽命童子而告之曰：「今夜清明，與晝無異，當詣何等沙門、婆羅門所開悟我心？」

> 王はまた、寿命童子を呼び寄せて告げられた。「今夜は月明かりが清らかで、昼間と変わらない。どの沙門や婆羅門のもとを訪ねて、わが心を開き悟らせようか。」

壽命童子白言：「有佛、世尊今在我菴婆園中。大王！宜往詣彼問訊，王若見者，心必開悟。」

> 寿命童子が申し上げました。「大王よ、今、私のアンバ園に仏陀がいらっしゃいます。どうかお出かけになって、ご挨拶なさってください。もしお会いになれば、きっと心が開かれるでしょう。」

王勑壽命言：「嚴我所乘寶象及餘五百白象。」

> 王は命じて寿命に言われた。「我が乗る宝象と、その他五百の白象を厳かに整えよ。」

耆舊受教，即嚴王象及五百象訖，白王言：「嚴駕已備，唯願知時。」

> 長老たちは教えを受け、すぐに王の象と五百頭の象の準備を整え、王に言いました。「準備は整いました。どうぞお出かけください。」

阿闍世王自乘寶象，使五百夫人乘五百牝象，手各執炬，現王威嚴，出羅閱祇，欲詣佛所。小行進路，告壽命曰：「汝今誑我，陷固於我，引我大眾欲與冤家。」

> 阿闍世王は自ら宝の象に乗り、五百人の妃たちに五百頭の牝象を乗せさせ、それぞれ手に松明を掲げさせて、王の威厳を示しながら羅閲祇を出発し、仏のもとへ向かおうとしました。少し進んだところで、寿命に告げました。「お前は私を欺き、罠にかけ、私の大軍を引き連れて仇敵のもとへ向かわせようとしている。」

壽命白言：「大王！我不敢欺王，不敢陷固引王大眾以與冤家。王但前進，必獲福慶。」

> 寿命は申し上げました。「大王よ、私はあなたを欺くことも、あなたと大衆を罠にかけて敵に引き渡すこともいたしません。どうか前進なさってください。必ずや福と喜びを得られるでしょう。」

時，王小復前進，告壽命言：「汝欺誑我，陷固於我，欲引我眾持與冤家。如是再三。所以者何？彼有大眾千二百五十人，寂然無聲，將有謀也。」

> 王は少し進み出て、寿量に告げて言いました。 「あなたは私を欺き、罠にかけようとしている。 私の兵を敵に引き渡そうとしているのだ。 これが二度、三度と続いている。 なぜそう言えるか？ あちらには大勢の者、千二百五十人がいるのに、静まり返っている。 何か企みがあるに違いない。」

壽命復再三白言：「大王！我不敢欺誑陷固，引王大眾持與冤家。王但前進，必獲福慶。所以者何？彼沙門法常樂閑靜，是以無聲。王但前進，園林已現。」

> 大王、私は決して欺いたり罠を仕掛けたりして、大王と皆様を敵の手に渡すようなことはいたしません。どうか先へお進みください。必ずや福と喜びを得られます。なぜなら、あの沙門の教えは常に静寂を喜びとするゆえに、声が聞こえないのです。どうか先へお進みください。園林はもう目の前に見えております。

阿闍世王到園門，下象、解劍、退蓋，去五威儀，步入園門，告壽命曰：「今佛、世尊為在何所？」

> 阿闍世王は園の門に着くと、象から降り、剣を外し、傘蓋を退け、五つの威儀を去って、歩いて園の門に入り、寿命に告げて言った。「今、仏・世尊はどこにおられますか？」

壽命報言：「大王！今佛在高堂上，前有明燈，世尊處師子座，南面而坐，王小前進，自見世尊。」

> 大王、今、仏は高堂の上におられます。明るい灯りの前に、世尊は獅子座に南面して坐しておられます。王、どうぞ少し前に進んで、ご自身で世尊を拝見なさってください。

爾時，阿闍世王往詣講堂所，於外洗足，然後上堂，默然四顧，生歡喜心，口自發言：「今諸沙門寂然靜默，止觀具足，願使我太子優婆耶亦止觀成就，與此無異。」

> その時、阿闍世王は講堂へと向かいました。門の外で足を洗い、それから堂内へと上がりました。静かに周りを見渡すと、心に喜びが湧き上がり、思わず口をついて言葉が出ました。 「今、ここにいる修行者たちは、皆、静かで心が落ち着いています。心を静める『止』と、観察する『観』の両方が備わっている。どうか、わが子の優婆耶太子も、この方々と同じように、『止』と『観』を成就させられますように。」

爾時，世尊告阿闍世王曰：「汝念子故，口自發言：『願使太子優婆耶亦止觀成就，與此無異。』汝可前坐。」

> その時、世尊は阿闍世王に告げられました。「あなたは子を思うあまり、口から自然に『わが子の優婆耶太子も、このように止観を成就させてください』とおっしゃいました。さあ、どうぞ前に座りなさい。」

時，阿闍世王即前頭面禮佛足，於一面坐，而白佛言：「今欲有所問，若有閑暇，乃敢請問。」

> その時、阿闍世王はすぐに進み出て、仏陀の足に額をつけて礼拝し、傍らに座って仏陀に申し上げました。「今、お尋ねしたいことがございます。もしお時間がございましたら、お聞かせいただきたいのですが。」

佛言：「大王！欲有問者，便可問也。」

> 仏がおっしゃいました。「大王、お尋ねになりたいことがあれば、どうぞお尋ねください。」

阿闍世王白佛言：「世尊！如今人乘象、馬車，習刀、牟、劍、弓矢、兵仗、戰鬪之法，王子、力士、大力士、僮使、皮師、剃髮師、織鬘師、車師、瓦師、竹師、葦師，皆以種種伎術以自存生，自恣娛樂，父母、妻子、奴僕、僮使共相娛樂，如此營生，現有果報；今諸沙門現在所修，現得果報不？」

> 阿闍世王が仏に申し上げました。 「世尊よ、今の人々は象や馬車に乗り、刀や盾、剣、弓矢、武器、戦いの術を学び、王子や力士、大力士、従者、皮細工師、髪結い師、髪飾り師、車大工、瓦職人、竹細工師、葦細工師など、さまざまな技芸によって生計を立て、思いのままに楽しみ、父母や妻子、奴隷や従者と共に喜びを分かち合っています。このような暮らしには、目に見える果報があります。では、今の沙門たちが修行していることにも、現世で得られる果報があるのでしょうか？」

佛告王曰：「汝頗曾詣諸沙門、婆羅門所問如此義不？」

> お釈迦様は王に仰せになりました。「あなたはこれまで、出家者やバラモンたちのもとを訪ね、このような問いを尋ねたことがありますか？」

王白佛言：「我曾詣沙門、婆羅門所問如是義。我念一時至不蘭迦葉所，問言：『如人乘象、馬車，習於兵法，乃至種種營生，現有果報；今此眾現在修道，現得果報不？』彼不蘭迦葉報我言：『王若自作，若教人作，斫伐殘害，煮炙切割，惱亂眾生，愁憂啼哭，殺生偷盜，婬逸妄語，踰牆劫奪，放火焚燒，斷道為惡。大王！行如此事，非為惡也。大王！若以利劍臠割一切眾生，以為肉聚，彌滿世間，此非為惡，亦無罪報。於恒水南，臠割眾生，亦無有惡報。於恒水北岸，為大施會，施一切眾，利人等利，亦無福報。』」

> 王は仏に申し上げました。「私はかつて沙門や婆羅門のもとを訪れ、このような問いをいたしました。ある時、不蘭迦葉のもとに行き、尋ねたことがあります。『人が象や馬車に乗り、兵法を学び、あるいは様々な生業に従事して、現世にその報いを受けるように、今ここで修行に励む人々も、現世で果報を得ることができるでしょうか』と。すると不蘭迦葉は私にこう答えました。『王よ、もし自ら行い、あるいは人に行わせて、伐採し害を与え、煮焼きし切り刻み、衆生を苦しめ悲しませ泣かせ、殺生や盗み、淫らな行いや嘘をつき、壁を越えて奪い、火を放って焼き払い、道を断って悪事を働いたとしても、大王よ、そのような行いは悪ではないのです。大王よ、たとえ利剣で一切の衆生を切り刻み、肉の山として世に満ちさせたとしても、それは悪ではなく、罪の報いもない。ガンジス川の南岸で衆生を切り刻んでも、悪報はない。ガンジス川の北岸で大施食会を開き、すべての衆生に施し、人々に利益を与えても、福の報いはないのです』と。」

王白佛言：「猶如有人問瓜報李，問李報瓜。彼亦如是，我問現得報不？而彼答我無罪福報。我即自念言：『我是剎利王，水澆頭種，無緣殺出家人，繫縛驅遣。』時，我懷忿結心，作此念已，即便捨去。」

> 王は仏に申し上げました。 「まるで、ある人が瓜について尋ねたのに李と答え、李について尋ねたのに瓜と答えるようなものです。あの方もまさにそれと同じでした。私は『現世で報いを受けるかどうか』と尋ねたのに、彼は『罪や福の報いはない』と私に答えたのです。私はすぐに心の中でこう考えました。『私は剎利王であり、灌頂を受けた種族の者である。理由もなく出家者を殺したり、縛りつけたり、追放したりすることはできない』と。その時、私は憤りとわだかまりを心に抱き、この思いを抱いた後、すぐにその場を立ち去りました。」

又白佛言：「我於一時至末伽梨拘舍梨所，問言：『如今人乘象、馬車，習於兵法，乃至種種營生，皆現有果報；今者此眾現在修道，現得報不？』彼報我言：『大王！無施、無與，無祭祀法，亦無善惡，無善惡報，無有今世，亦無後世，無父、無母，無天、無化、無眾生，世無沙門、婆羅門平等行者，亦無今世、後世，自身作證，布現他人。諸言有者，皆是虛妄。』世尊！猶如有人問瓜報李，問李報瓜。彼亦如是，我問現得報不？彼乃以無義答。我即自念言：『我是剎利王，水澆頭種，無緣殺出家人，繫縛驅遣。』時，我懷忿結心，作此念已，即便捨去。」

> また仏に申し上げた。「私はある時、末伽梨拘舎梨のもとを訪ね、『今、人々が象や馬車に乗り、兵法を学び、あるいは様々な生業に従事しているのは、すべて現世に果報があるからです。では今、あなた方の教団で修行している者たちは、現世で報いを得ているのでしょうか』と尋ねました。すると彼はこう答えました。『大王よ、布施も施しも祭祀の法もなく、善も悪もなく、善悪の報いもない。今世もなく、来世もない。父もなく母もなく、天も化生も衆生もない。世に沙門も婆羅門も、平等の行者もいない。今世も来世もなく、自ら証を得て他者に示すこともない。これらがあると言う者は、すべて虚妄である』と。世尊よ、まるで瓜について尋ねれば李のことを答え、李について尋ねれば瓜のことを答えるようなものです。彼もまさにその通りで、私は現世の報いについて尋ねたのに、彼は無意味な答えを返したのです。私はこう思いました。『私は剎帝利の王であり、灌頂を受けた者である。出家者を殺したり、縛りつけ追放したりする理由はない』と。その時、私は憤りと心のわだかまりを抱き、こう考えた後、ただちにその場を去りました。」

又白佛言：「我於一時至阿夷陀翅舍欽婆羅所，問言：『大德！如人乘象、馬車，習於兵法，乃至種種營生，皆現有果報；今者此眾現在修道，現得報不？』彼報我言：『受四大人取命終者，地大還歸地，水還歸水，火還歸火，風還歸風，皆悉壞敗，諸根歸空。若人死時，牀輿舉身置於塚間，火燒其骨如鴿色，或變為灰土，若愚、若智取命終者，皆悉壞敗，為斷滅法。』世尊！猶如有人問李瓜報，彼亦如是，我問現得報不？而彼答我以斷滅。我即念言：『我是剎利王，水澆頭種，無緣殺出家人，繫縛驅遣。』時，我懷忿結心，作此念已，即便捨去。」

> また仏に申し上げました。「ある時、私はアジタ・ケーサカンバラのところに行き、尋ねました。『尊者よ、人が象や馬車に乗り、兵法を学び、あるいは様々な生業に従事するならば、現世でその報いがあります。では、今ここで修行する者たちは、現世で報いを得られるでしょうか？』すると彼は私に答えました。『四大（地・水・火・風）によって命を終える者においては、地は地に帰り、水は水に帰り、火は火に帰り、風は風に帰る。すべては壊れ敗れる。諸々の感覚器官は空に帰する。人が死ぬ時、寝台に乗せられて遺体は塚に運ばれ、火は骨を鳩色に焼き、あるいは灰や土に変える。愚者であれ智者であれ命を終える者は、すべて壊れ敗れ、断滅する法である。』世尊よ、まるで李や瓜の報いを尋ねているのに、彼はそのように答えたのです。私は現世の報いを尋ねたのに、彼は断滅をもって答えました。その時私は思いました。『私は刹帝利の王、灌頂を受けた者である。出家者を殺し、縛り、追い出す理由はない。』と。その時、私は憤りと失望を胸に、この思いを抱いたまま、その場を去りました。」

又白佛言：「我昔一時至彼浮陀伽旃延所，問言：『大德！如人乘象、馬車，習於兵法，乃至種種營生，皆現有果報；今者此眾現在修道，得報不？』彼答我言：『大王！無力、無精進，人無力、無方便，無因無緣眾生染著，無因無緣眾生清淨，一切眾生有命之類，皆悉無力，不得自在，無有冤讐定在數中，於此六生中受諸苦樂。』猶如問李瓜報，問瓜李報。彼亦如是，我問現得報不？彼已無力答我。我即自念言：『我是剎利王，水澆頭種，無緣殺出家人，繫縛驅遣。』時，我懷忿結心，作此念已，即便捨去。」

> また、仏に申し上げました。「私はかつてある時、あの浮陀伽旃延のもとを訪ね、尋ねました。『尊者よ、人が象や馬車に乗り、兵法を学び、さらには様々な生業に従事するなど、すべて現世に果報が現れるように、今、この修行者たちは現在、道を修めて果報を得ているのでしょうか？』と。彼は私に答えました。『大王よ、力もなく、精進もない。人には力もなく、方便もない。因も縁もなく衆生は染著し、因も縁もなく衆生は清浄となる。一切の衆生、命ある類は、すべて力がなく、自在を得られず、怨みや敵対も定まった数の中にあり、この六つの生の中で様々な苦楽を受けるのだ』と。まるで、李の実について瓜の報いを尋ね、瓜について李の報いを尋ねるようなものでした。彼もまたそのように、私は現世で果報を得るかと尋ねたのに、彼は力がないと答えたのです。私はその時、こう思いました。『私は刹利の王であり、水を注いで頂く種族である。理由もなく出家者を殺したり、縛りつけたり追放したりすることはできない』と。その時、私は憤りと心のわだかまりを抱き、この思いを抱いた後、すぐにその場を去りました。」

又白佛言：「我昔一時至散若毘羅梨子所，問言：『大德！如人乘象、馬車，習於兵法，乃至種種營生，皆現有果報；今者此眾現在修道，現得報不？』彼答我言：『大王！現有沙門果報，問如是，答此事如是，此事實，此事異，此事非異非不異。大王！現無沙門果報，問如是，答此事如是，此事實，此事異，此事非異非不異。大王！現有無沙門果報，問如是，答此事如是，此事實，此事異，此事非異非不異。大王！現非有非無沙門果報，問如是，答此事如是，此事實，此事異，此事非異非不異。』世尊！猶如人問李瓜報，問瓜李報。彼亦如是，我問現得報不？而彼異論答我。我即自念言：『我是剎利王，水澆頭種，無緣殺出家人，繫縛驅遣。』時，我懷忿結心，作是念已，即便捨去。」

> また、仏陀に申し上げました。「かつて私は散若毘羅梨子のもとを訪ね、尋ねました。『尊師よ、人が象や馬車に乗り、兵法を学び、あるいはさまざまな生業に従うなら、その報いは現世に現れるとされます。では、今ここで修行に励む人々にも、現世で報いは得られるのでしょうか？』と。 すると彼はこう答えました。『大王よ、現世に沙門の果報はある。そのように問われれば、このように答える。これは事実であり、これは異なり、これは異なるのでもなく異ならないのでもない。大王よ、現世に沙門の果報はない。そのように問われれば、このように答える。これは事実であり、これは異なり、これは異なるのでもなく異ならないのでもない。大王よ、現世に沙門の果報はあり、かつない。そのように問われれば、このように答える。これは事実であり、これは異なり、これは異なるのでもなく異ならないのでもない。大王よ、現世に沙門の果報はあるのでもなく、ないのでもない。そのように問われれば、このように答える。これは事実であり、これは異なり、これは異なるのでもなく異ならないのでもない。』 世尊よ、まるで李の実について尋ねているのに瓜の答えをされ、瓜について尋ねているのに李の答えをされるようなものでした。私が『現世で報いは得られるか？』と尋ねたのに、彼は別の議論で答えたのです。私はこう思いました。『私は剎帝利の王であり、灌頂を受けた身である。出家者を殺したり、縛りつけたり、追放したりする理由はない。』そのとき、私は憤りと失望を胸に抱き、そう思うとすぐにその場を去りました。」

又白佛言：「我昔一時至尼乾子所，問言：『大德！猶如人乘象、馬車，乃至種種營生，現有果報；今者此眾現在修道，現得報不？』彼報我言：『大王！我是一切智、一切見人，盡知無餘，若行，若住、坐、臥，覺悟無餘，智常現在前。』世尊！猶如人問李瓜報，問瓜李報。彼亦如是，我問現得報不？而彼答我以一切智。我即自念言：『我是剎利王，水澆頭種，無緣殺出家人，繫縛驅遣。』時，我懷忿結心，作此念已，即便捨去。

> また仏に申し上げました。「かつて私はある時、ニガンタ（尼乾子）のもとを訪れ、尋ねました。『尊者よ、人が象や馬車に乗り、あるいは様々な生業に従事するとき、それらは現世で果報をもたらします。では、今ここで修行に励むこの人々は、現世で報いを得ているのでしょうか？』すると彼は私に答えました。『大王よ、私は一切を知り、一切を見る者です。残る所なく全てを知っています。歩くときも、立ち止まるときも、座るときも、臥すときも、常に覚醒しており、智慧は絶えず私の前に現れています。』世尊よ、まるで李の実について尋ねているのに瓜のことを答え、瓜について尋ねているのに李のことを答えるようなものです。彼の答えもまさにそれでした。私は現世の報いについて尋ねたのに、彼は一切智について答えたのです。私はこう思いました。『私は刹帝利の王であり、灌頂を受けた身である。出家者を殺したり、縛りつけたり、追放したりする理由はない。』その時、私は憤りと失望を抱き、そう考えた後、すぐにその場を去りました。」

「是故，世尊！今我來此問如是義，如人乘象、馬車，習於兵法，乃至種種營生，皆現有果報；今者沙門現在修道，現得報不？」

> それゆえ、世尊よ、私は今ここに参り、このような意味を尋ねます。人が象や馬車に乗り、兵法を学び、さらには様々な生業に従事するように、すべて現世に果報が現れます。今、沙門が現世で道を修めているならば、その報いは現世で得られるのでしょうか？

佛告阿闍世王曰：「我今還問王，隨意所答。云何，大王！王家僮使、內外作人，皆見王於十五日月滿時，沐髮澡浴，在高殿上與諸婇女共相娛樂，作此念言：『咄哉！行之果報乃至是乎？此王阿闍世以十五日月滿時，沐髮澡浴，於高殿上與諸婇女五欲自娛。誰能知此乃是行報者？』彼於後時，剃除鬚髮，服三法衣，出家修道，行平等法。云何？大王！大王遙見此人來，寧復起念言：『是我僕使不耶？』」

> 仏陀は阿闍世王に告げられた。「今、私は王にお尋ねします。どうぞお考えのままにお答えください。さて、大王よ、王家の使用人や内外の召使いたちは、十五夜の満月の夜に、王が髪を洗い身を清め、高殿の上で多くの侍女たちと共に楽しみを尽くしているのを見て、こう思うでしょう。『ああ、行いの果報はこのようなものか。この阿闍世王は十五夜の満月の夜に、髪を洗い身を清め、高殿の上で侍女たちと五欲の楽しみにふけっている。一体誰が、これが行いの報いであると知ることができようか』と。その後、その人が髪を剃り落とし、三つの法衣をまとって出家し、平等の法を修行したとします。さて、大王よ、大王が遠くからその人がやって来るのを見たとき、果たして『これは私の召使いではないか』と再び思われるでしょうか。」

王白佛言：「不也。世尊！若見彼來，當起迎請坐。」

> 王は仏に申し上げました。「いいえ、世尊よ。もし彼が来るのを見れば、立ち上がって迎え、座を請うべきです。」

佛言：「此豈非沙門現得報耶？」

> お釈迦さまは言われました。「これこそ、修行僧が現世で得る功徳の報いではないか？」

王言：「如是。世尊！此是現得沙門報也。」

> 王は言いました。「その通りです。世尊よ、これは現に得られる沙門の報いでございます。」

「復次，大王！若王界內寄居客人食王廩賜，見王於十五日月滿時，沐髮澡浴，於高殿上與諸婇女五欲自娛。彼作是念：『咄哉！彼行之報乃如是耶？誰能知此乃是行報者？』彼於後時，剃除鬚髮，服三法衣，出家修道，行平等法。云何，大王！大王若遙見此人來，寧復起念言：『是我客民食我廩賜。』耶？」

> さらに、大王よ。もし王の領内に住む旅人が王の恩恵を受けて暮らしていたとします。彼は、王が十五夜の満月の夜に髪を洗い身を清め、高い殿閣で侍女たちと五欲の楽しみにふけっているのを見て、こう思いました。「ああ、あの行いの果報がこのようなものなのか？一体誰が、これが行いの果報であると知ることができようか」と。その後、彼は髪を剃り落とし、三つの法衣をまとい、出家して道を求め、平等の法を実践しました。さて、大王よ。もし大王が遠くからこの人がやって来るのを見たとして、果たして「これはかつて私の領内に住み、私の恩恵を受けた者だ」と思うでしょうか？

王言：「不也。若我見其遠來，當起迎禮敬，問訊請坐。」

> 王は言われた。「いいえ、もし私が彼が遠くから来たのを見たなら、立ち上がって迎え、礼を尽くし、挨拶をして座を勧めるでしょう。」

「云何，大王！此非沙門現得果報耶？」

> 大王、これは沙門が現に得た果報ではありませんか？

王言：「如是，現得沙門報也。」

> 王は言われた。「その通りです。今、沙門の報いを得ました。」

「復次，大王！如來、至真、等正覺出現於世，入我法者，乃至三明，滅諸闇冥，生大智明，所謂漏盡智證。所以者何？斯由精勤，專念不忘，樂獨閑靜，不放逸故。云何，大王！此非沙門現在果報也。」

> また、大王よ、如来・至真・等正覚が世に現れ、その教えに入った者は、ついに三明を得て、すべての闇を滅し、大いなる智慧の光を生じます。それは漏尽智証と呼ばれるものです。なぜそうなるのでしょうか。それは、精進に励み、心を集中して忘れず、独り静かな境地を喜び、怠ることなく修行するからです。さて、大王よ、これこそが沙門の現世における果報ではないでしょうか。

王報言：「如是，世尊！實是沙門現在果報。」

> 王は答えました。「その通りです、世尊。まさにこれこそが沙門の現世における果報でございます。」

爾時，阿闍世王即從坐起，頭面禮佛足，白佛言：「唯願世尊受我悔過，我為狂愚癡冥無識，我父摩竭瓶沙王以法治化，無有偏枉，而我迷惑五欲，實害父王，唯願世尊加哀慈愍，受我悔過。」

> その時、阿闍世王はすぐに座から立ち上がり、頭を仏の足に礼拝して、仏に申し上げました。 「どうか世尊、私の悔い改めをお受けください。私は狂った愚か者で、無知蒙昧でありました。父である摩竭陀国の瓶沙王は法によって国を治め、偏りも曲がりもありませんでした。それなのに私は五欲に迷い、実の父を害してしまいました。どうか世尊、哀れみと慈しみを垂れて、私の悔い改めをお受けください。」

佛告王曰：「汝愚冥無識，但自悔過，汝迷於五欲乃害父王，今於賢聖法中能悔過者，即自饒益。吾愍汝故，受汝悔過。」

> 仏陀は王に告げました。「あなたは愚かで道理を知らず、ただ自らの過ちを悔い改めるべきです。あなたは五欲に迷って父王を害しましたが、今、賢聖の教えの中で悔い改めることができれば、それは自らを豊かにすることです。私はあなたを憐れんで、あなたの悔い改めを受け入れましょう。」

爾時，阿闍世王禮世尊足已，還一面坐。佛為說法，示教利喜。王聞佛教已，即白佛言：「我今歸依佛，歸依法，歸依僧，聽我於正法中為優婆塞，自今已後，盡形壽不殺、不盜、不婬、不欺、不飲酒，唯願世尊及諸大眾明受我請。」

> その時、阿闍世王は世尊の足を礼拝し終えると、傍らに座りました。仏は彼のために法を説き、教えを示し、利益と喜びを与えられました。王は仏の教えを聞き終えると、すぐに仏に申し上げました。 「私は今、仏に帰依し、法に帰依し、僧に帰依いたします。どうか正しい法の中で在家信者となることをお許しください。今日からこの命のある限り、殺さず、盗まず、淫らな行いをせず、嘘をつかず、酒を飲みません。どうか世尊と大勢の皆様、どうか私の願いをはっきりとお受け取りください。」

爾時，世尊默然許可。時，王見佛默然受請已，即起禮佛，遶三匝而還。

> その時、世尊は黙ってお許しになりました。王は仏が黙ってお受け入れになったのを見て、すぐに立ち上がり仏に礼をし、三度右繞して帰りました。

其去未久，佛告諸比丘言：「此阿闍世王過罪損減，已拔重咎。若阿闍世王不殺父者，即當於此坐上得法眼淨；而阿闍世王今自悔過，罪咎損減，已拔重咎。」

> 彼が去って間もなく、仏は比丘たちに告げられた。 「この阿闍世王の罪過は軽減され、重い咎は既に取り除かれた。もし阿闍世王が父を殺さなかったならば、この座において法眼浄を得たであろう。しかし今、阿闍世王は自ら過ちを悔い、罪過は軽減され、重い咎は既に取り除かれたのである。」

時，阿闍世王至於中路，告壽命童子言：「善哉！善哉！汝今於我多所饒益。汝先稱說如來指授開發，然後將我詣世尊所，得蒙開悟，深識汝恩，終不遺忘。」

> その時、阿闍世王は道中で立ち止まり、寿命童子に告げた。 「善きかな、善きかな。あなたは今、私に多くの益をもたらしてくれた。 あなたは先に、如来の教えと導きを説き明かし、それから私を世尊のもとへ連れて行ってくださった。 私はそのおかげで悟りを開くことができ、あなたの恩を深く感じている。 決して忘れることはないだろう。」

時，王還宮辦諸餚饍種種飲食，明日時到，唯聖知時。

> 王は宮殿に戻り、さまざまなごちそうや飲み物を準備しました。翌日、時が来ると、聖なる方はちょうどよい時に現れました。

爾時，世尊著衣持鉢，與眾弟子千二百五十人俱，往詣王宮，就座而坐。時，王手自斟酌，供佛及僧，食訖去鉢，行澡水畢，禮世尊足，白言：「我今再三悔過，我為狂愚癡冥無識，我父摩竭瓶沙王以法治化，無有偏抂，而我迷於五欲，實害父王，唯願世尊加哀慈愍，受我悔過。」

> その時、世尊は衣をまとい鉢を持ち、千二百五十人の弟子たちと共に王宮へ赴き、座に着かれた。王は自ら進んで食事を供え、仏と僧侶たちをもてなした。食事が終わり、鉢を下げ、手を清める水が回された後、王は世尊の足を礼拝し、こう申し上げた。 「私は今、重ねて悔い改めます。私は狂おしく愚かで、迷いの闇に覆われ、道理を知りませんでした。私の父である摩竭陀国のビンビサーラ王は法に従って国を治め、偏りや不正はありませんでした。しかし、私は五欲に惑い、実の父である王を害してしまいました。どうか世尊、哀れみと慈しみをお与えくださり、私の悔い改めをお受け取りください。」

佛告王曰：「汝愚冥無識，迷於五欲，乃害父王，今於賢聖法中能悔過者，即自饒益。吾今愍汝，受汝悔過。」

> 仏陀は王に告げました。「あなたは愚かで道理を知らず、五欲に迷って父王を害しました。しかし今、賢聖の教えの中で過ちを悔い改めることができれば、それはあなた自身の利益となります。私はあなたを憐れみ、あなたの悔い改めを受け入れましょう。」

時，王禮佛足已，取一小座於佛前坐，佛為說法，示教利喜。王聞佛教已，又白佛言：「我今再三歸依佛，歸依法，歸依僧，唯願聽我於正法中為優婆塞，自今已後，盡形壽不殺、不盜、不婬、不欺、不飲酒。」

> その時、王は仏陀の足を礼拝した後、小さな座を取って仏陀の前に座りました。仏陀は王のために法を説き、教えを示し、利益と喜びをもたらされました。王は仏陀の教えを聞き終えると、さらに仏陀に申し上げました。 「私は今、三度にわたって仏陀に帰依し、法に帰依し、僧に帰依いたします。どうか私が正しい法の中で優婆塞（在家信者）となることをお許しください。今日よりこの身のある限り、殺さず、盗まず、淫らな行いをせず、欺かず、酒を飲みません。」

爾時，世尊為阿闍世王說法，示教利喜已，從坐起而去。

> その時、世尊は阿闍世王のために法を説き、教えを示し、利益と喜びを与え終えると、座から立ち上がって去っていかれました。

爾時，阿闍世王及壽命童子聞佛所說，歡喜奉行。

> その時、阿闍世王と壽命童子は、仏が説かれた教えを聞き、喜んでそれに従って行いました。