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title: "長阿含經 · 9 三災品"
description: "長阿含經是佛教原始經典四阿含之一，由後秦時期譯師佛陀耶舍與竺佛念共同譯出。該經成書於公元前1世紀左右，屬早期佛教根本聖典，記載了佛陀與弟子們的言行教法。全經共30卷，分為四分，主要內容包括佛陀生平、教義闡述、修行方法及宇宙觀等，系統性保存了原始佛教的基本教理。作為漢傳佛教重要典籍，長阿含經被視為研究原始佛教思想的核心文獻，在佛教經典體系中具有不可替代的權威地位，對後世佛教發展影響深遠。"
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## 佛說長阿含經卷第二十一

> 仏説長阿含経　巻第二十一

後秦弘始年佛陀耶舍共竺佛念譯

> 後秦弘始年間、仏陀耶舎と竺仏念による共訳

### 第四分世記經三災品第九

> 第四分 世記経 三災品 第九

佛告比丘：「有四事長久，無量無限，不可以日月歲數而稱計也。云何為四？一者世間災漸起，壞此世時，中間長久，無量無限，不可以日月歲數而稱計也。二者此世間壞已，中間空曠，無有世間，長久逈遠，不可以日月歲數而稱計也。三者天地初起，向欲成時，中間長久，不可以日月歲數而稱計也。四者天地成已，久住不壞，不可以日月歲數而稱計也。是為四事長久，無量無限，不可以日月歲數而計量也。」

> 仏は比丘たちに告げられた。「四つのことがらは、長く久しく、限りなく果てしなく、日や月や年の数で測り計れるものではない。どのような四つか。 一つに、世の災いが次第に起こり、この世が壊れゆくまでの間は、長く久しく、限りなく果てしなく、日や月や年の数で測り計れるものではない。 二つに、この世が壊れた後、中間は空っぽで世はなく、長く久しく遠くへだたり、日や月や年の数で測り計れるものではない。 三つに、天地が初めて起こり、まさに成らんとするまでの間は、長く久しく、日や月や年の数で測り計れるものではない。 四つに、天地が成ってから、久しく住んで壊れない間は、日や月や年の数で測り計れるものではない。 これが四つの長く久しく、限りなく果てしなく、日や月や年の数で測り計れないことである。」

佛告比丘：「世有三災。云何為三？一者火災，二者水災，三者風災。有三災上際。云何為三？一者光音天，二者遍淨天，三者果實天。若火災起時，至光音天，光音天為際。若水災起時，至遍淨天，遍淨天為際。若風災起時，至果實天，果實天為際。云何為火災？火災始欲起時，此世間人皆行正法，正見不倒，修十善行，行此法時，有人得第二禪者，即踊身上昇於虛空中，住聖人道、天道、梵道，高聲唱言：『諸賢！當知無覺、無觀第二禪樂，第二禪樂。』時，世間人聞此聲已，仰語彼言：『善哉！善哉！唯願為我說無覺、無觀第二禪道。』時，空中人聞其語已，即為說無覺、無觀第二禪道。此世間人聞彼說已，即修無覺無觀第二禪道，身壞命終，生光音天。

> 仏は比丘たちに告げられた。「世には三つの災いがある。どのような三つか。一つは火災、二つは水災、三つは風災である。また、三つの災いの及ぶ限界がある。どのような三つか。一つは光音天、二つは遍淨天、三つは果実天である。もし火災が起こる時は、光音天にまで及び、光音天がその限界となる。もし水災が起こる時は、遍淨天にまで及び、遍淨天がその限界となる。もし風災が起こる時は、果実天にまで及び、果実天がその限界となる。 では、火災とはどのようなものか。火災が起こり始めようとする時、この世の人々は皆、正しい教えを行い、正しい見解を揺るがず、十の善い行いを修める。この教えを行っている時、第二禅定を得た者が現れると、その者は身を躍らせて虚空に昇り、聖者の道、天の道、梵の道に住して、高らかに声を上げて言う。『皆さん、知ってください。覚えも観察もない第二禅定の楽しみ、第二禅定の楽しみを。』その時、世の人々はこの声を聞くと、上を仰いで彼に言う。『善きかな、善きかな。どうか、私たちに覚えも観察もない第二禅定の道を説いてください。』すると、空中の人はその言葉を聞くと、すぐに覚えも観察もない第二禅定の道を説く。この世の人々は彼の説くことを聞くと、すぐに覚えも観察もない第二禅定の道を修め、この身が壊れ命が終わると、光音天に生まれるのである。」

「是時，地獄眾生罪畢命終，來生人間，復修無覺、無觀第二禪，身壞命終，生光音天；畜生、餓鬼、阿須倫、四天王、忉利天、炎天、兜率天、化自在天、他化自在天、梵天眾生命終，來生人間，修無覺、無觀第二禪，身壞命終，生光音天。由此因緣地獄道盡，畜生、餓鬼、阿須倫乃至梵天皆盡。當於爾時，先地獄盡，然後畜生盡；畜生盡已，餓鬼盡；餓鬼盡已，阿須倫盡；阿須倫盡已，四天王盡；四天王盡已，忉利天王盡；忉利天王盡已，炎摩天盡；炎摩天盡已，兜率天盡；兜率天盡已，化自在天盡；化自在天盡已，他化自在天盡；他化自在天盡已，梵天盡；梵天盡已，然後人盡，無有遺餘。人盡無餘已，此世敗壞，乃成為災，其後天不降雨，百穀草木自然枯死。」

> その時、地獄の衆生は罪が終わり命を終え、人間界に生まれ変わります。そして、無覚・無観の第二禅を修め、その身が壊れ命が終わると、光音天に生まれます。畜生、餓鬼、阿修羅、四天王、忉利天、炎摩天、兜率天、化自在天、他化自在天、梵天の衆生も命を終え、人間界に生まれ変わります。無覚・無観の第二禅を修め、身が壊れ命が終わると、光音天に生まれます。この因縁により、地獄道は尽き、畜生、餓鬼、阿修羅から梵天まですべてが尽きます。その時、まず地獄が尽き、次に畜生が尽きます。畜生が尽きた後、餓鬼が尽きます。餓鬼が尽きた後、阿修羅が尽きます。阿修羅が尽きた後、四天王が尽きます。四天王が尽きた後、忉利天が尽きます。忉利天が尽きた後、炎摩天が尽きます。炎摩天が尽きた後、兜率天が尽きます。兜率天が尽きた後、化自在天が尽きます。化自在天が尽きた後、他化自在天が尽きます。他化自在天が尽きた後、梵天が尽きます。梵天が尽きた後、人間も尽き、残る者はありません。人間がすべて尽きると、この世は崩壊し、災いとなります。その後、天は雨を降らせず、あらゆる穀物や草木は自然に枯れ死にます。

佛告比丘：「以是當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，有為諸法，甚可厭患，當求度世解脫之道。其後久久，有大黑風暴起，吹大海水，海水深八萬四千由旬，吹使兩披，取日宮殿，置於須彌山半，去地四萬二千由旬，安日道中，緣此世間有二日出。二日出已，令此世間所有小河、汱澮、渠流皆悉乾竭。」

> 仏が比丘たちに告げられた：「このことから知るべきである。一切の行いは無常であり、変化し朽ちていくもので、頼りになるものではない。有為の諸法はまことに厭うべきものである。世を超えた解脱の道を求めねばならない。その後、長い時を経て、大きな黒い暴風が起こり、大海の水を吹き荒れた。海水は深さ八万四千由旬あり、その水を両側に吹き分け、太陽の宮殿を取り上げ、須弥山の中腹、地上から四万二千由旬の高さにある太陽の道に置いた。これによってこの世に二つの太陽が現れた。二つの太陽が現れたため、この世のすべての小さな川や溝、用水路はことごとく干上がってしまった。」

佛告比丘：「以是當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。其後久久，有大黑風暴起，海水深八萬四千由旬，吹使兩披，取日宮殿，置於須彌山半，去地四萬二千由旬，安日道中，緣此世間有三日出。三日出已，此諸大水，恒河、耶婆那河、婆羅河、阿夷羅婆提河、阿摩怯河、辛陀河、故舍河皆悉乾竭，無有遺餘。

> 仏は比丘たちに告げられた。「このことをもって知るべきである。一切の行いは無常であり、変易し朽ちて、頼りにすることはできない。すべての有為のものはまことに厭うべきものである。世を超えた解脱の道を求めるべきである。その後、長い時を経て、大いなる黒い暴風が起こり、深さ八万四千由旬の海水を吹き分け、二つに裂き、日宮殿を取って須弥山の中腹に置き、地より四万二千由旬の高さに、日の運行する道に据えられる。これにより、この世に三つの太陽が現れる。三つの太陽が現れた後、これらの大河、すなわちガンジス川、ヤムナー川、サラスヴァティー川、アシラヴァティー川、アマルカ川、シンダ川、ゴーシャ川は、すべて枯れ果て、一滴の残りもなくなる。

「以是當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。其後久久，有大黑風暴起，海水深八萬四千由旬，吹使兩披，取日宮殿，置於須彌山半，安日道中，緣此世間有四日出。四日出已，此諸世間所有泉源、淵池，善見大池、阿耨大池、四方陀延池、優鉢羅池、拘物頭池、分陀利池、離池，縱廣五十由旬皆盡乾竭。

> このことをもって知るべきである。すべての現象は無常であり、変転し、朽ち果て、頼りになるものではない。すべての有為のものは、まことに厭うべきものである。世を超えた解脱の道を求めなければならない。 その後、長い時を経て、大いなる黒い暴風が起こり、八万四千由旬の深さの海水を両側に吹き分け、日宮殿を掴み取り、須弥山の中腹に運び、日の道に安置した。これによって、この世に四つの太陽が現れた。 四つの太陽が現れた後、この世のすべての泉や淵池、善見大池、阿耨大池、四方陀延池、優鉢羅池、拘物頭池、分陀利池、離池など、縦横五十由旬に及ぶものは、ことごとく乾き果ててしまった。

「以是故知，一切無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。其後久久，有大黑風暴起，吹大海水，使令兩披，取日宮殿，置於須彌山半，安日道中，緣此世間有五日出。五日出已，大海水稍減百由旬，至七百由旬。以是可知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。是時，大海稍盡，餘有七百由旬、六百由旬、五百由旬、四百由旬乃至百由旬在。以是可知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。時，大海水稍稍減盡，至七由旬、六由旬、五由旬，乃至一由旬在。」

> このことから知るべきである、一切は無常であり、移り変わり、朽ち果てるものであって、頼りにすることはできない。すべての有為の現象は、まことに厭うべきものである。世を超え、解脱する道を求めるべきである。 その後、長い時を経て、大きな黒い風が激しく吹き起こり、大海の水を吹き分け、日宮殿を取り上げて須弥山の中腹、日の道に置いた。これにより、この世に五つの太陽が現れた。五つの太陽が現れた後、大海の水は次第に百由旬、七百由旬と減っていった。このことから知るべきである、一切の行いは無常であり、移り変わり、朽ち果てるものであって、頼りにすることはできない。すべての有為の現象は、まことに厭うべきものである。世を超え、解脱する道を求めるべきである。 その時、大海は次第に尽きていき、残りは七百由旬、六百由旬、五百由旬、四百由旬、さらには百由旬となった。このことから知るべきである、一切の行いは無常であり、移り変わり、朽ち果てるものであって、頼りにすることはできない。すべての有為の現象は、まことに厭うべきものである。世を超え、解脱する道を求めるべきである。 やがて、大海の水はさらに減り尽き、七由旬、六由旬、五由旬、さらには一由旬となった。

佛告比丘：「以是當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。其後海水稍盡，至七多羅樹、六多羅樹，乃至一多羅樹。」

> 仏は比丘たちに告げられた。「このことから知るべきである。一切の現象は無常であり、変化し朽ちていくもので、頼りにならない。すべての有為の法はまことに厭うべきものである。世を超えた解脱の道を求めねばならない。その後、海水は次第に減り、七多羅樹の高さ、六多羅樹の高さ、ついには一多羅樹の高さまでになった。」

佛告比丘：「以是當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。其後海水轉淺，七人、六人、五人、四人、三人、二人、一人，至腰、至膝，至于󰈷、踝。」

> お釈迦さまは比丘たちにおっしゃいました。「このことから悟りなさい。すべての現象は無常であり、変化し、朽ちてゆくものです。頼りになるものは何一つありません。すべての有為の現象は、まことに厭うべきものであり、この世を超えた解脱の道を求めるべきです。」 その後、海水は次第に浅くなり、七人、六人、五人、四人、三人、二人、一人と、水は腰の高さ、膝の高さ、足首の高さまで減っていきました。

佛告比丘：「以是當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。其後海水猶如春雨後，亦如牛跡中水，遂至涸盡，不漬人指。」

> 仏陀は比丘たちに告げられた：「このことをもって知るべきである。一切の現象は無常であり、変転し朽ち果てる。頼りにすることはできず、すべての有為のものはまことに厭うべきものである。世を超えた解脱の道を求めなければならない。その後、海水は春雨のあとの水のようになり、また牛の足跡にたまった水のように、やがては枯れ果て、人の指先すら濡らすことはなくなるであろう。」

佛告比丘：「以是當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。其後久久，有大黑風暴起，吹海底沙，深八萬四千由旬，令著兩岸飃，取日宮殿，置於須彌山半，安日道中，緣此世間有六日出。六日出已，其四天下及八萬天下諸山、大山、須彌山王皆烟起燋燃，猶如陶家初然陶時，六日出時亦復如是。」

> 仏は比丘たちに告げられた。「このことから知るべきである。一切の現象は無常であり、移り変わり、朽ち果てる。頼りになるものは何一つなく、すべての有為の法はまことに厭うべきものである。世を超えた解脱の道を求めねばならない。 その後、長い時を経て、大いなる黒風が激しく起こり、海底の砂を吹き上げた。深さ八万四千由旬の砂を両岸に吹き付け、波に揺られながら、ついに日宮殿を掴み取り、須弥山の中腹にある日の道に置いた。これによってこの世に六つの太陽が現れた。 六つの太陽が現れると、四天下と八万の天下にあるすべての山々、そして須弥山王までもが煙を上げて燃え焦げた。まるで陶工が窯に火を入れる時のようであった。六つの太陽が現れた時も、まさにそのようであった。」

佛告比丘：「以是當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。其後久久，有大黑風暴起，吹海底沙，八萬四千由旬，令著兩岸飄，取日宮殿，置於須彌山半，安日道中，緣此世間有七日出。七日出已，此四天下及八萬天下諸山、大山、須彌山王皆悉洞然，猶如陶家然竈焰起，七日出時亦復如是。」

> 仏は比丘たちに告げられた：「このことをもって知るべきである。すべての現象は無常であり、変化し朽ちて、頼りにならない。すべての有為のものはまことに厭うべきものである。世を超えた解脱の道を求めねばならない。その後、長い時を経て、大いなる黒風が激しく起こり、海底の砂を八万四千由旬も吹き上げ、両岸に打ち寄せ、太陽の宮殿を吹き飛ばして須弥山の中腹に置き、太陽の道に沿って、これにより世に七つの太陽が現れる。七つの太陽が現れたとき、この四天下と八万の天下の諸々の山、大山、須弥山王はすべて燃え上がり、まるで陶工の窯の炎が立ち上がるように、七つの太陽が現れる時もまたそのようになる。」

佛告比丘：「以此當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。此四天下及八萬天下諸山、須彌山皆悉洞然；一時，四天王宮、忉利天宮、炎摩天宮、兜率天、化自在天、他化自在天、梵天宮亦皆洞然。」

> 仏は比丘たちに告げられた。「このことから知るべきである。すべての行いは無常であり、変化し朽ちていくもので、頼りにできるものではない。すべての有為の法はまことに厭うべきものである。世を超えた解脱の道を求めねばならない。この四天下と八万の天下にあるすべての山々、須弥山はすべて燃えさかり、同時に、四天王の宮殿、忉利天の宮殿、炎摩天の宮殿、兜率天、化自在天、他化自在天、梵天の宮殿もまた、すべて燃えさかるのである。」

佛告比丘：「是故當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為法甚可厭患，當求度世解脫之道。此四天下，乃至梵天火洞然已，風吹火焰至光音天，其彼初生天子見此火焰，皆生怖畏言：『咄！此何物？』先生諸天語後生天言：『勿怖畏也，彼火曾來，齊此而止。』以念前火光，故名光念天。此四天下，乃至梵天火洞然已，須彌山王漸漸頹落，百由旬、二百由旬，至七百由旬。」

> 仏は比丘たちに告げられた。「だからこそ知るべきである。一切の現象は無常であり、変化し朽ち果て、頼りにならない。すべての有為の法はまことに厭うべきものである。世を超えた解脱の道を求めなければならない。 この四天下から梵天に至るまで、火が燃え盛った後、風が炎を吹き上げて光音天に至る。そこで生まれたばかりの天子たちはこの炎を見て、みな恐れおののき言う。『ああ、これは何だ？』 先に生まれた諸天は後に生まれた天子たちに言う。『恐れるな。あの火は以前にも来たことがあり、ここまでで止まるのだ』 以前の火光を思い起こすことから、光念天と呼ばれるようになった。 この四天下から梵天に至るまで火が燃え盛った後、須弥山王は次第に崩れ落ち、百由旬、二百由旬、ついに七百由旬に至るまで崩れ落ちる。」

佛告比丘：「以是當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。此四天下乃至梵天火洞然已，其後大地及須彌山盡無灰燼。是故當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。其此大地火燒盡已，地下水盡，水下風盡。是故當知，一切行無常，變易朽壞，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。」

> 仏は比丘たちに告げられた。 「このことから知るべきである。 一切の現象は無常であり、変化し朽ちていくものである。 頼りにすることはできず、すべての有為のものはまことに厭うべきものである。 世を超えた解脱の道を求めるべきである。 この四つの天下から梵天に至るまでが火に包まれ燃え尽きた後、 大地と須弥山はすべて灰となり跡形もなくなる。 このことから知るべきである。 一切の現象は無常であり、変化し朽ちていくものである。 頼りにすることはできず、すべての有為のものはまことに厭うべきものである。 世を超えた解脱の道を求めるべきである。 この大地が火で焼き尽くされた後、 地下水も尽き、水の下の風も尽き果てる。 このことから知るべきである。 一切の現象は無常であり、変化し朽ちていくものである。 頼りにすることはできず、すべての有為のものはまことに厭うべきものである。 世を超えた解脱の道を求めるべきである。」

佛告比丘：「火災起時，天不復雨，百穀草木自然枯死。誰當信者？獨有見者，自當知耶？如是乃至地下水盡，水下風盡。誰當信者？獨有見者，自當知耶？是為火災。

> 仏陀は比丘たちに告げられた：「火災が起こる時、天は再び雨を降らせず、あらゆる穀物や草木は自然に枯れ死にます。誰がこれを信じるでしょうか？ただ目撃した者だけが、自ら知るのでしょう？このようにして、ついには地下水も尽き、水の下の風も尽き果てます。誰がこれを信じるでしょうか？ただ目撃した者だけが、自ら知るのでしょう？これが火災です。」

「云何火劫還復？其後久久，有大黑雲在虛空中，至光音天，周遍降雨，渧如車輪，如是無數百千歲雨，其水漸長，高無數百千由旬，乃至光音天。」

> 火の劫がどのようにして再び訪れるのでしょうか。その後、長い長い時が経つと、虚空に巨大な黒雲が現れ、光音天にまで達し、あまねく雨を降らせます。その雨粒は車輪のように大きく、こうして数え切れないほどの百年、千年の間、雨は降り続き、水は次第に増え、高さは数え切れない百千由旬にまで達し、ついには光音天にまで及ぶのです。

「時，有四大風起，持此水住。何等為四？一名住風，二名持風，三名不動，四名堅固。其後此水稍減百千由旬，無數百千萬由旬，其水四面有大風起，名曰僧伽，吹水令動，鼓蕩濤波，起沫積聚，風吹離水，在於空中自然堅固，變成天宮，七寶校飾，由此因緣有梵迦夷天宮。其水轉減至無數百千萬由旬，其水四面有大風起，名曰僧伽，吹水令動，鼓蕩濤波，起沫積聚，風吹波離水，在於空中自然堅固，變成天宮，七寶校飾，由此因緣有他化自在天宮。

> その時、四つの大きな風が起こり、この水を支え留めました。どの四つかというと、一つは住風、二つは持風、三つは不動、四つは堅固です。 その後、この水は次第に百千由旬、数え切れないほどの百千万由旬も減っていきました。水の四方から大きな風が起こり、その名を僧伽といい、水を吹き動かし、波を激しく揺らして泡を立て、積み重ねました。風がその泡を水から離し、空中で自然に固まると、天宮へと変わり、七宝で飾られました。この因縁によって梵迦夷天宮が生じたのです。 さらに水は減り続け、数え切れないほどの百千万由旬に至りました。再び水の四方から大きな風が起こり、その名を僧伽といい、水を吹き動かし、波を激しく揺らして泡を立て、積み重ねました。風がその波を水から離し、空中で自然に固まると、天宮へと変わり、七宝で飾られました。この因縁によって他化自在天宮が生じたのです。

「其水轉減至無數千萬由旬，其水四面有大風起，名曰僧伽，吹水令動，鼓蕩濤波，起沫積聚，風吹離水，在虛空中自然堅固，變成天宮，七寶校飾，由此因緣有化自在天宮。其水轉減至無數百千由旬，有僧伽風，吹水令動，鼓蕩濤波，起沫積聚，風吹離水，在虛空中自然堅固，變成天宮，七寶校飾，由此因緣有兜率天宮。其水轉減至無數百千由旬，有僧伽風，吹水令動，鼓蕩濤波，起沫積聚，風吹離水，在虛空中自然堅固，變成天宮，由此因緣有炎摩天宮。其水轉減至無數百千由旬，水上有沫，深六十萬八千由旬，其邊無際，譬如此間，穴泉流水，水上有沫，彼亦如是。

> その水は次第に減り、数千万由旬にまでなると、水の四方から大風が起こり、僧伽という名の風が水を揺り動かし、波を立てて泡を起こし、積み重ねます。風がその泡を水から離し、虚空の中に吹き上げると、自然と固まって天宮となり、七宝で飾られます。この因縁によって化自在天の宮殿が生まれます。 さらに水が減って数百千由旬にまでなると、僧伽の風が水を揺り動かし、波を立てて泡を起こし、積み重ねます。風がその泡を水から離し、虚空の中に吹き上げると、自然と固まって天宮となり、七宝で飾られます。この因縁によって兜率天の宮殿が生まれます。 水がさらに減って数百千由旬にまでなると、僧伽の風が水を揺り動かし、波を立てて泡を起こし、積み重ねます。風がその泡を水から離し、虚空の中に吹き上げると、自然と固まって天宮となります。この因縁によって炎摩天の宮殿が生まれます。 水がさらに減って数百千由旬にまでなると、水の上に泡が浮かび、その深さは六十万八千由旬に及び、際限がありません。それはちょうど、この世で泉から湧き出る水の上に泡が浮かぶようなものです。あの世界もまた、そのようになっているのです。

「以何因緣有須彌山？有亂風起，吹此水沫造須彌山，高六十萬八千由旬，縱廣八萬四千由旬，四寶所成，金、銀、水精、琉璃。以何因緣有四阿須倫宮殿？其後亂風吹大海水吹大水沫，於須彌山四面起大宮殿，縱廣各八萬由旬，自然變成七寶宮殿。復何因緣有四天王宮殿？其後亂風吹大海水沫，於須彌山半四萬二千由旬，自然變成七寶宮殿，以是故名為四天王宮殿。以何因緣有忉利天宮殿？其後亂風吹大水沫，於須彌山上自然變成七寶宮殿。

> どのような因縁によって須弥山ができたのでしょうか。乱れた風が吹き起こり、この水の泡を吹き上げて須弥山を造りました。高さは六十八万由旬、縦横は八万四千由旬で、四つの宝、すなわち金、銀、水晶、瑠璃でできています。 どのような因縁によって四阿須倫の宮殿ができたのでしょうか。その後、乱れた風が大海の水を吹き、大きな水の泡を吹き上げ、須弥山の四面に大きな宮殿を造りました。縦横はそれぞれ八万由旬で、自然に七宝の宮殿へと変わりました。 また、どのような因縁によって四天王の宮殿ができたのでしょうか。その後、乱れた風が大海の水の泡を吹き上げ、須弥山の中腹、四万二千由旬の高さに、自然に七宝の宮殿へと変わりました。これが四天王宮殿と呼ばれるゆえんです。 どのような因縁によって忉利天の宮殿ができたのでしょうか。その後、乱れた風が大きな水の泡を吹き上げ、須弥山の頂上に自然に七宝の宮殿へと変わりました。

「復以何緣有伽陀羅山？其後亂風吹大水沫，去須彌山不遠，自然化成寶山，下根入地四萬二千由旬，縱廣四萬二千由旬，其邊無際，雜色間廁，七寶所成，以是緣故有伽陀羅山。復以何緣有伊沙山？其後亂風吹大水沫，去伽陀羅山不遠，自然變成伊沙山，高二萬一千由旬，縱廣二萬一千由旬，其邊無際，雜色參間，七寶所成，以是緣故有伊沙山。其後亂風吹大水沫，去伊沙山不遠，自然變成樹辰陀羅山，高萬二千由旬，縱廣萬二千由旬，其邊無際，雜色參間，七寶所成，以是因緣有樹辰陀羅山。其後亂風吹大水沫，去樹辰陀羅山不遠，自然變成阿般泥樓山，高六千由旬，縱廣六千由旬，其邊無際，雜色參間，七寶所成，以是緣故有阿般尼樓山。

> また、何の縁によって伽陀羅山があるのでしょうか。その後、乱れた風が大水の泡を吹き飛ばし、須彌山から遠くないところで、自然と宝の山へと変化しました。その根は地中に四万二千由旬入り、縦横四万二千由旬に広がり、その端は果てしなく、様々な色が混じり合い、七宝によってできています。この縁によって伽陀羅山があるのです。 また、何の縁によって伊沙山があるのでしょうか。その後、乱れた風が大水の泡を吹き飛ばし、伽陀羅山から遠くないところで、自然と伊沙山へと変わりました。高さ二万一千由旬、縦広二万一千由旬、その端は果てしなく、様々な色が入り混じり、七宝によってできています。この縁によって伊沙山があるのです。 その後、乱れた風が大水の泡を吹き飛ばし、伊沙山から遠くないところで、自然と樹辰陀羅山へと変わりました。高さ一万二千由旬、縦広一万二千由旬、その端は果てしなく、様々な色が入り混じり、七宝によってできています。この因縁によって樹辰陀羅山があるのです。 その後、乱れた風が大水の泡を吹き飛ばし、樹辰陀羅山から遠くないところで、自然と阿般泥樓山へと変わりました。高さ六千由旬、縦広六千由旬、その端は果てしなく、様々な色が入り混じり、七宝によってできています。この縁によって阿般尼樓山があるのです。

「其後亂風吹大水沫，去阿般尼樓山不遠，自然變成彌隣陀羅山，高三千由旬，縱廣三千由旬，其邊無際，雜色參間，七寶所成，以是因緣有尼隣陀羅山。其後亂風吹大水沫，去尼隣陀羅山不遠，自然變成比尼陀山，高千二百由旬，縱廣千二百由旬，其邊無際，雜色參間，七寶所成，以是緣故有比尼陀山。其後亂風吹大水沫，去比尼陀山不遠，自然變成金剛輪山，高三百由旬，縱廣三百由旬，其邊無際，雜色參間，七寶所成，以是因緣有金剛輪山。

> その後、乱風が大水の泡を吹き、アバニル山から遠くないところで、自然にミリンダラ山となりました。高さ三千由旬、縦横三千由旬、その辺りは果てしなく、様々な色が混ざり合い、七宝でできています。この因縁によって、ニリンダラ山があります。 その後、乱風が大水の泡を吹き、ニリンダラ山から遠くないところで、自然にビニダ山となりました。高さ千二百由旬、縦横千二百由旬、その辺りは果てしなく、様々な色が混ざり合い、七宝でできています。この因縁によって、ビニダ山があります。 その後、乱風が大水の泡を吹き、ビニダ山から遠くないところで、自然に金剛輪山となりました。高さ三百由旬、縦横三百由旬、その辺りは果てしなく、様々な色が混ざり合い、七宝でできています。この因縁によって、金剛輪山があります。

「何故有月、有七日宮殿？其後亂風吹大水沫，自然變成一月宮殿、七日宮殿，雜色參間，七寶所成，為黑風所吹還到本處，以是因緣有日、月宮殿。

> なぜ月があり、七つの太陽の宮殿があるのか？その後、乱れた風が大水の泡を吹き、自然に一月宮殿と七つの太陽の宮殿に変わりました。それらは雑色が混じり合い、七宝でできていますが、黒風に吹かれて元の場所に戻ります。この因縁によって、太陽と月の宮殿があるのです。

「其後亂風吹大水沫，自然變成四天下及八萬天下，以是因緣有四天下及八萬天下。其後亂風吹大水沫，在四天下及八萬天下，自然變成大金剛輪山，高十六萬八千由旬，縱廣十六萬八千由旬，其邊無限，金剛堅固，不可毀壞，以是因緣有大金剛輪山。其後久久，有自然雲遍滿空中，周遍大雨，渧如車輪，其水彌漫，沒四天下，與須彌山等，其後亂風吹地為大坑，澗水盡入中，因此為海，以是因緣有四大海水。海水鹹苦有三因緣。何等為三？一者有自然雲遍滿虛空，至光音天，周遍降雨，洗濯天宮，滌蕩天下，從梵迦夷天宮、他化自在天宮，下至炎摩天宮、四天下、八萬天下、諸山、大山、須彌山王皆洗濯滌蕩，其中諸處有穢惡鹹苦諸不淨汁，下流入海，合為一味，故海水鹹。二者昔有大仙人禁呪海水，長使鹹苦，人不得飲，是故鹹苦。三者彼大海水雜眾生居，其身長大，或百由旬、二百由旬，至七百由旬，呼哈吐納，大小便中，故海水鹹。是為火災。」

> その後、乱風が大水の泡を吹き、自然に四天下と八万天下に変わりました。これが四天下と八万天下が存在する因縁です。さらに乱風が大水の泡を吹き、四天下と八万天下において自然に大金剛輪山となりました。高さは十六万八千由旬、広さも十六万八千由旬で、その端は限りなく、金剛のように堅固で壊れることはありません。これが大金剛輪山が存在する因縁です。 その後、長い時を経て、自然に雲が空に満ち、車輪のような大粒の雨が降り注ぎました。その水は四方に広がり、四天下を覆い、須弥山と同じ高さになりました。その後、乱風が大地を吹き、大きな穴を開け、そこに水がすべて流れ込み、海となりました。これが四大海水が存在する因縁です。 海水が塩辛く苦いのには三つの因縁があります。第一に、自然に雲が虚空に満ち、光音天にまで至り、天宮を洗い流し、天下を清める雨が降りました。梵迦夷天宮から他化自在天宮、下は炎摩天宮、四天下、八万天下、諸山、大山、須弥山王まですべてが洗い清められ、その中にある穢れた塩辛い不浄な汁がすべて海に流れ込み、一つになったため、海水は塩辛くなりました。第二に、昔、大仙人が海水に呪いをかけ、常に塩辛く苦く、人が飲めないようにしたためです。第三に、大海には多くの生き物が住み、その体は百由旬、二百由旬、七百由旬にも及び、彼らが呼吸し、排泄するため、海水は塩辛くなりました。これが火災の因縁です。

佛告比丘：「云何為水災？水災起時，此世間人皆奉正法，正見，不邪見，修十善業，修善行已。時，有人得無喜第三禪者，踊身上昇於虛空中，住聖人道、天道、梵道，高聲唱言：『諸賢！當知無喜第三禪樂，無喜第三禪樂。』時，世間人聞此聲已，仰語彼言：『善哉！善哉！願為我說是無喜第三禪道。』時，空中人聞此語已，即為演說無喜第三禪道，此世間人聞其說已，即修第三禪道，身壞命終，生遍淨天。

> 仏陀は比丘たちに告げられた。「水の災いとは何か。水の災いが起こるとき、この世の人々はみな正しい教えを敬い、正しい見解を持ち、邪な見解を持たず、十の善い行いを実践する。善い行いを修めた後、ある者が無喜の第三禅を得て、虚空へと身を躍らせて昇り、聖なる道、天の道、梵の道に住し、高らかに声をあげて唱える。『皆様、知っておいてください。無喜の第三禅の楽しみを、無喜の第三禅の楽しみを。』そのとき、世の人々はこの声を聞くと、空を見上げて彼に言う。『善きかな、善きかな。どうか私たちにこの無喜の第三禅の道を説いてください。』空にいる人はこの言葉を聞くと、ただちに無喜の第三禅の道を説き明かす。この世の人々はその説法を聞くと、ただちに第三禅の道を修め、身を壊し命を終えて、遍浄天に生まれるのである。」

「爾時，地獄眾生罪畢命終，來生人間，復修第三禪道，身壞命終，生遍淨天；畜生、餓鬼、阿須輪、四天王、忉利天、炎摩天、兜率天、化自在天、他化自在天、梵天、光音天眾生命終，來生人間，修第三禪道，身壞命終，生遍淨天。由此因緣，地獄道盡，畜生、餓鬼、阿須倫、四天王，乃至光音天趣皆盡。當於爾時，先地獄盡，然後畜生盡；畜生盡已，餓鬼盡；餓鬼盡已，阿須倫盡；阿須倫盡已，四天王盡；四天王盡已，忉利天盡；忉利天盡已，炎摩天盡；炎摩天盡已，兜率天盡；兜率天盡已，化自在天盡；化自在天盡已，他化自在天盡；他化自在天盡已，梵天盡；梵天盡已，光音天盡；光音天盡已，然後人盡無餘。人盡無餘已，此世間敗壞，乃成為災。

> その時、地獄の衆生は罪が終わり命が尽きて、人間界に生まれ変わります。そして第三禅の道を修め、身体が壊れ命が終わると、遍浄天に生まれます。畜生、餓鬼、阿修羅、四天王、忉利天、夜摩天、兜率天、化楽天、他化自在天、梵天、光音天の衆生も命が終わり、人間界に生まれ変わって第三禅の道を修め、身体が壊れ命が終わると、遍浄天に生まれます。 この因縁によって、地獄道が尽き、畜生、餓鬼、阿修羅、四天王、さらには光音天までのすべての世界が尽きていきます。その時、まず地獄が尽き、次に畜生が尽きます。畜生が尽きた後、餓鬼が尽き、餓鬼が尽きた後、阿修羅が尽きます。阿修羅が尽きた後、四天王が尽き、四天王が尽きた後、忉利天が尽きます。忉利天が尽きた後、夜摩天が尽き、夜摩天が尽きた後、兜率天が尽きます。兜率天が尽きた後、化楽天が尽き、化楽天が尽きた後、他化自在天が尽きます。他化自在天が尽きた後、梵天が尽き、梵天が尽きた後、光音天が尽きます。光音天が尽きた後、ついに人間も残らず尽きてしまいます。 人間が残らず尽きた後、この世界は崩壊し、災いとなるのです。

「其後久久，有大黑雲暴起，上至遍淨天，周遍大雨，純雨熱水，其水沸湧，煎熬天上，諸天宮殿皆悉消盡，無有遺餘。猶如酥油置於火中，煎熬消盡，無有遺餘，光音天宮亦復如是。以此可知，一切行無常，為變易法，不可恃怙，有為諸法，甚可厭患，當求度世解脫之道。

> その後、長い時が経ち、巨大な黒雲が突然湧き起こり、遍淨天にまで達し、あまねく大雨が降り注いだ。その雨は純粋に熱湯であり、沸き立ち湧き上がり、天上を焼き焦がし、天界の宮殿はすべて消え尽き、少しも残らなかった。 まるで火の中に置かれたバターや油が、焼き尽くされて跡形もなくなるように、光音天の宮殿もまた同じであった。 これによって知ることができる。一切の現象は無常であり、移り変わるものである。頼りにすることはできず、有為の諸法はまことに厭うべきものである。世を超えた解脱の道を求めなければならない。

「其後此雨復浸梵迦夷天宮，煎熬消盡，無有遺餘。猶如酥油置於火中，無有遺餘，梵迦夷宮亦復如是。其後此雨復浸他化自在天、化自在天、兜率天、炎摩天宮，煎熬消盡，無有遺餘。猶如酥油置於火中，無有遺餘，彼諸天宮亦復如是。其後此雨復浸四天下及八萬天下諸山、大山、須彌山王，煎熬消盡，無有遺餘。猶如酥油置於火中，煎熬消盡，無有遺餘，彼亦如是。是故當知，一切行無常，為變易法，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。其後此水煎熬大地，盡無餘已，地下水盡，水下風盡。是故當知，一切行無常，為變易法，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。」

> その後、この雨はさらに梵迦夷天の宮殿に浸透し、焼き尽くして消え失せ、何一つ残ることはありませんでした。ちょうど火の中に酥油を置けば、何も残らないように、梵迦夷天の宮殿もまたそのようでした。 その後、この雨はさらに他化自在天、化自在天、兜率天、炎摩天の宮殿に浸透し、焼き尽くして消え失せ、何一つ残ることはありませんでした。ちょうど火の中に酥油を置けば、何も残らないように、それらの天の宮殿もまたそのようでした。 その後、この雨はさらに四天下と八万天下の諸々の山、大山、須弥山王に浸透し、焼き尽くして消え失せ、何一つ残ることはありませんでした。ちょうど火の中に酥油を置けば、焼き尽くして消え失せ、何も残らないように、それらもまたそのようでした。 ですから知るべきです。一切の行いは無常であり、変化しやすいものであり、頼りにすることはできません。すべての有為のものはまことに厭うべきものであり、世を超える解脱の道を求めるべきです。 その後、この水は大地を焼き尽くし、完全に消え失せました。地下水は尽き、水の下の風も尽きました。 ですから知るべきです。一切の行いは無常であり、変化しやすいものであり、頼りにすることはできません。すべての有為のものはまことに厭うべきものであり、世を超える解脱の道を求めるべきです。

佛告比丘：「遍淨天宮煎熬消盡。誰當信者？獨有見者，乃能知耳。梵迦夷宮煎熬消盡，乃至地下水盡，水下風盡。誰當信者？獨有見者，乃當知耳。是為水災。

> 仏は比丘たちに告げられた。「遍浄天の宮殿が焼け尽きる時、誰が信じようか。ただ目撃した者だけが知るのである。梵迦夷天の宮殿が焼け尽き、さらに地下水さえも尽き、水の下の風さえも尽きる時、誰が信じようか。ただ目撃した者だけが知るのである。これが水の災いである。」

「云何水災還復？其後久久，有大黑雲充滿虛空，至遍淨天，周遍降雨，渧如車輪，如是無數百千萬歲，其水漸長，至遍淨天。有四大風，持此水住。何等為四？一名住風，二名持風，三名不動，四名堅固。其後此水稍減無數百千由旬，四面有大風起，名曰僧伽，吹水令動，鼓蕩濤波，起沫積聚，風吹離水，在虛空中，自然變成光音天宮，七寶校飾，由此因緣有光音天宮。其水轉減無數百千由旬，彼僧伽風吹水令動，鼓蕩濤波，起沫積聚，風吹離水，在虛空中，自然變成梵迦夷天宮，七寶校飾；如是乃至海水一味鹹苦，亦如火災復時。是為水災。」

> 水の災いがどのようにして再び起こるのでしょうか。その後、長い長い時を経て、大きな黒い雲が虚空に満ち、遍浄天にまで達し、周り一面に雨を降らせます。雨粒は車輪のように大きく、このようにして無数の百千万年の間、水は次第に増え、ついには遍浄天にまで達します。四つの大きな風がこの水を支えて留め置きます。その四つとは何か。一つは住風、二つは持風、三つは不動、四つは堅固と呼ばれます。 その後、この水は無数の百千由旬ほど次第に減っていきます。四方から大きな風が起こり、僧伽という名の風が水を吹き動かし、波を揺らし、泡を立てて積み上げます。風が水から離れ、虚空の中で自然に光音天の宮殿に変わります。七宝で飾り立てられ、この因縁によって光音天の宮殿が存在するのです。 水はさらに無数の百千由旬ほど減り、その僧伽の風が水を吹き動かし、波を揺らし、泡を立てて積み上げます。風が水から離れ、虚空の中で自然に梵迦夷天の宮殿に変わります。七宝で飾り立てられ、こうして海の水が一様に塩辛く苦くなるまで、火の災いが再び起こる時と同じように続きます。これが水の災いです。

佛告比丘：「云何為風災？風災起時，此世間人皆奉正法，正見，不邪見，修十善業，修善行時，時，有人得清淨護念第四禪，於虛空中住聖人道、天道、梵道，高聲唱言：『諸賢！護念清淨第四禪樂，護念清淨第四禪樂。』時，此世人聞其聲已，仰語彼言：『善哉！善哉！願為我說護念清淨第四禪道。』時，空中人聞此語已，即為說第四禪道，此世間人聞其說已，即修第四禪道，身壞命終，生果實天。

> 仏陀は比丘たちに告げられた。「風の災いとは何か。風の災いが起こる時、この世の人々は皆、正しい法を奉じ、正しい見解を持ち、邪な見解を持たず、十の善い行いを実践する。善い行いを修めている時、時折、清らかな護念の第四禅定を得る者が現れる。その者は虚空の中に住み、聖者の道、天の道、梵の道を歩み、高らかに声をあげて言う。『皆さんよ、清らかな護念の第四禅定の楽しみを、清らかな護念の第四禅定の楽しみを。』すると、この世の人々はその声を聞き、仰ぎ見て彼に言う。『善きかな、善きかな。どうか我らに清らかな護念の第四禅定の道を説いてください。』虚空にいる人はこの言葉を聞くと、すぐに第四禅定の道を説く。この世の人々はその説法を聞き、すぐに第四禅定の道を修め、身が壊れ命が終わると、果実天に生まれるのである。」

「爾時，地獄眾生罪畢命終，來生人間，復修第四禪，身壞命終，生果實天；畜生、餓鬼、阿須倫、四天王乃至遍淨天眾生命終，來生人間，修第四禪，身壞命終，生果實天。由此因緣，地獄道盡，畜生、餓鬼、阿須倫、四天王，乃至遍淨天趣皆盡。爾時，地獄先盡，然後畜生盡；畜生盡已，餓鬼盡；餓鬼盡已，阿須倫盡；阿須倫盡已，四天王盡；四天王盡已，如是展轉至遍淨天盡；遍淨天盡已，然後人盡無餘。人盡無餘已，此世間敗壞，乃成為災。其後久久，有大風起，名曰大僧伽，乃至果實天，其風四布，吹遍淨天宮、光音天宮，使宮宮相拍，碎若粉塵。猶如力士執二銅杵，杵杵相拍，碎盡無餘，二宮相拍亦復如是。以是當知，一切行無常，為變易法，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。

> その時、地獄の衆生は罪が終わり命を終え、人間界に生まれ変わります。そして第四禅を修め、身体が壊れ命を終えた後、果実天に生まれます。畜生、餓鬼、阿修羅、四天王から遍浄天に至るまでの衆生も、命を終えて人間界に生まれ、第四禅を修め、身体が壊れ命を終えた後、果実天に生まれます。 この因縁によって、地獄道は尽き、畜生、餓鬼、阿修羅、四天王から遍浄天の趣まですべて尽きてしまいます。その時、まず地獄が尽き、次に畜生が尽きます。畜生が尽きた後、餓鬼が尽き、餓鬼が尽きた後、阿修羅が尽きます。阿修羅が尽きた後、四天王が尽き、このように次々と遍浄天まで尽きてしまいます。遍浄天が尽きた後、人間も残らず尽きてしまいます。 人間が残らず尽きた後、この世間は敗壊し、災いとなります。その後、長い時を経て、大僧伽という名の大風が起こり、果実天にまで及びます。その風は四方に吹き広がり、遍浄天宮と光音天宮を吹き、宮と宮を互いに打ち合わせ、粉塵のように砕きます。あたかも力士が二本の銅杵を取り、杵と杵を打ち合わせて残らず砕くように、二つの宮殿が打ち合わされるのも同じです。 これによって知るべきです。一切の行いは無常であり、変化するものであり、頼りになるものではありません。すべての有為の法はまことに厭うべきものであり、世を超えた解脱の道を求めるべきです。

「其後此風吹梵迦夷天宮、他化自在天宮，宮宮相拍，碎如粉塵，無有遺餘。猶如力士執二銅杵，杵杵相拍，碎盡無餘，二宮相拍亦復如是。以是當知，一切行無常，為變易法，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。其後此風吹化自在天宮、兜率天宮、炎摩天宮，宮宮相拍，碎若粉塵，無有遺餘。猶如力士執二銅杵，杵杵相拍，碎盡無餘，彼宮如是碎盡無餘。以是當知，一切行無常，為變易法，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。

> その後、この風は梵迦夷天宮と他化自在天宮に吹きつけ、宮と宮が激しく打ち合い、粉塵のように砕け散り、何一つ残ることはありませんでした。それはあたかも、力自慢の者が二本の銅の杵を手に取り、杵と杵を打ち合わせて、跡形もなく砕き尽くすかのようでした。二つの宮殿が打ち合って砕け散る様も、まさにそのとおりです。このことから知るべきです。一切の行いは無常であり、移り変わるものであって、頼りにすることはできません。すべての有為の現象は、まことに厭うべきものです。世を超えた解脱の道を求めるべきです。 その後、この風は化自在天宮、兜率天宮、炎摩天宮に吹きつけ、宮と宮が激しく打ち合い、粉塵のように砕け散り、何一つ残ることはありませんでした。それはあたかも、力自慢の者が二本の銅の杵を手に取り、杵と杵を打ち合わせて、跡形もなく砕き尽くすかのようでした。それらの宮殿が砕け散る様も、まさにそのとおりです。このことから知るべきです。一切の行いは無常であり、移り変わるものであって、頼りにすることはできません。すべての有為の現象は、まことに厭うべきものです。世を超えた解脱の道を求めるべきです。

「其後此風吹四天下及八萬天下諸山、大山、須彌山王置於虛空，高百千由旬，山山相拍，碎若粉塵。猶如力士手執輕糠散於空中，彼四天下、須彌諸山碎盡分散，亦復如是。以是可知，一切行無常，為變易法，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。其後風吹大地盡，地下水盡，水下風盡。是故當知，一切行無常，為變易法，不可恃怙，凡諸有為甚可厭患，當求度世解脫之道。」

> その後、この風は四天下と八万の天下の諸山、大山、須弥山王を吹き上げ、虚空に置き、高さ百千由旬に達し、山々は互いに打ち合って粉塵のように砕け散りました。まるで力士が軽い糠を手に取り空中に散らすかのようで、四天下と須弥山の諸山はことごとく砕け散りました。このことから、一切の行いは無常であり、変易する法であることがわかります。頼りになるものではなく、すべての有為の法はまことに厭うべきものであり、世を超えた解脱の道を求めるべきです。 その後、風は大地を吹き尽くし、地下水を吹き尽くし、水の下の風も吹き尽くしました。このことからも、一切の行いは無常であり、変易する法であることがわかります。頼りになるものではなく、すべての有為の法はまことに厭うべきものであり、世を超えた解脱の道を求めるべきです。

佛告比丘：「遍淨天宮、光音天宮，宮宮相拍，碎若粉塵。誰當信者？獨有見者，乃能知耳。如是乃至地下水盡，水下風盡。誰能信者？獨有見者，乃能信耳。是為風災。

> 仏は比丘たちに告げられた。「遍浄天の宮殿も光音天の宮殿も、宮と宮が激しくぶつかり合い、粉塵のように砕け散る。誰がこれを信じられようか。ただ実際に見た者だけが、初めて知ることができるのだ。このようにして、ついには地下水も尽き、水の下の風も尽き果てる。誰がこれを信じられようか。ただ実際に見た者だけが、初めて信じることができるのだ。これが風災である。」

「云何風災還復？其後久久，有大黑雲周遍虛空，至果實天，而降大雨，渧如車輪，霖雨無數百千萬歲，其水漸長，至果實天。時，有四風持此水住。何等為四？一名住風，二名持風，三名不動，四名堅固。其後此水漸漸稍減無數百千由旬，其水四面有大風起，名曰僧伽，吹水令動，鼓蕩濤波，起沫積聚，風吹離水，在於空中自然變成遍淨天宮，雜色參間，七寶所成，以此因緣有遍淨天宮。其水轉減無數百千由旬，彼僧伽風吹水令動，鼓蕩濤波，起沫積聚，風吹離水，在於空中自然變成光音天宮，雜色參間，七寶所成；乃至海水一味鹹苦，亦如火災復時。是為風災。是為三災，是為三復。」

> 風災はどのようにして再び起こるのでしょうか。その後、長い時を経て、巨大な黒雲が虚空に満ち、果実天にまで達し、車輪ほどの大粒の雨を降らせます。この大雨は無数の百千万年にわたり降り続き、水は次第に増して果実天にまで達します。その時、四つの風がこの水を支え留めます。どの四つかというと、第一は住風、第二は持風、第三は不動、第四は堅固です。 その後、この水は次第に減り、無数の百千由旬も水位が下がります。水の四面から大風が起こり、その名を僧伽といいます。この風が水を揺り動かし、波を立て泡を生じさせ、その泡を水から離して空中に吹き上げると、自然に遍浄天宮へと変わります。色とりどりに彩られ、七宝でできた宮殿です。これが遍浄天宮の起こる因縁です。 さらに水が減り、無数の百千由旬も水位が下がると、再び僧伽の風が水を揺り動かし、波を立て泡を生じさせ、その泡を空中に吹き上げると、自然に光音天宮へと変わります。これも色とりどりに彩られ、七宝でできています。こうして、海水が再び一味に塩辛く苦くなるまで、火災が再び起こった時と同じ過程をたどります。これが風災です。 以上が三災であり、三つの再び起こる災いです。