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title: "長阿含經 · 12 世本緣品"
description: "長阿含經是佛教原始經典四阿含之一，由後秦時期譯師佛陀耶舍與竺佛念共同譯出。該經成書於公元前1世紀左右，屬早期佛教根本聖典，記載了佛陀與弟子們的言行教法。全經共30卷，分為四分，主要內容包括佛陀生平、教義闡述、修行方法及宇宙觀等，系統性保存了原始佛教的基本教理。作為漢傳佛教重要典籍，長阿含經被視為研究原始佛教思想的核心文獻，在佛教經典體系中具有不可替代的權威地位，對後世佛教發展影響深遠。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cm95s9tdf04udjz0utneigp65"
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### 佛說長阿含第四分世記經世本緣品第十二

> 世記経・世本縁品第十二

佛告比丘：「火災過已，此世天地還欲成時，有餘眾生福盡、行盡、命盡，於光音天命終，生空梵處，於彼生染著心，愛樂彼處，願餘眾生共生彼處。發此念已，有餘眾生福、行、命盡，於光音天身壞命終，生空梵處。時，先生梵天即自念言：『我是梵王大梵天王，無造我者，我自然有，無所承受，於千世界最得自在，善諸義趣，富有豐饒，能造化萬物，我即是一切眾生父母。』其後來諸梵復自念言：『彼先梵天即是梵王大梵天王，彼自然有，無造彼者，於千世界最尊第一，無所承受，善諸義趣，富有豐饒，能造萬物，是眾生父母，我從彼有。』彼梵天王顏貌容狀常如童子，是故梵王名曰童子。

> 仏陀は比丘たちに告げられた：「火災が過ぎ去り、この世界の天地が再び形成されようとする時、福徳と行いと寿命の尽きた一部の衆生が、光音天において命を終え、虚空の梵天界に生まれ変わります。彼らはその場所に執着の心を抱き、そこを愛し楽しみ、他の衆生も共にそこに生まれることを願います。この念いを起こした後、他の福徳・行い・寿命の尽きた衆生たちも、光音天において身体を滅し命を終え、虚空の梵天界に生まれ変わります。 その時、最初に生まれた梵天は自らこう考えました：『私は梵天王、大梵天王である。私を創造した者はなく、私は自然に存在し、何ものにも依存していない。千の世界において最も自在であり、あらゆる道理に通じ、豊かで満ち足りており、万物を造化することができる。私はすなわち一切衆生の父母である。』 後に生まれた梵天たちもまた自ら考えました：『あの先に生まれた梵天こそが梵天王、大梵天王である。彼は自然に存在し、彼を創造した者はなく、千の世界において最も尊く第一であり、何ものにも依存していない。あらゆる道理に通じ、豊かで満ち足りており、万物を造化することができる。彼は衆生の父母であり、私は彼から生まれたのである。』 その梵天王の容貌や様子は常に童子のようであるため、梵王は童子と名付けられました。」

「或有是時，此世還成世間，眾生多有生光音天者，自然化生，歡喜為食，身光自照，神足飛空，安樂無礙，壽命長久。其後此世變成大水，周遍彌滿。當於爾時，天下大闇，無有日月、星辰、晝夜，亦無歲月、四時之數。其後此世還欲變時，有餘眾生福盡、行盡、命盡，從光音天命終，來生此間，皆悉化生，歡喜為食，身光自照，神足飛空，安樂無礙，久住此間。爾時，無有男女、尊卑、上下，亦無異名，眾共生世，故名眾生。

> 或る時、この世が再び世界として成り、多くの衆生が光音天に生まれることがありました。彼らは自然に化生し、歓喜を食とし、身から光を放って自らを照らし、神通力によって空を飛び、安楽で何の妨げもなく、寿命は長く久しいものでした。 その後、この世は大水に変わり、あまねく満ち溢れました。その時、天下は大いに暗く、日月や星辰はなく、昼夜の別もなく、年月や四季の数もありませんでした。 その後、この世が再び変わろうとする時、福も行いも寿命も尽きた余りの衆生が、光音天から命終えてこの世に生まれ来ました。彼らは皆、化生し、歓喜を食とし、身から光を放って自らを照らし、神通力によって空を飛び、安楽で何の妨げもなく、この世に長く住み続けました。 その時には、男女や尊卑、上下の別はなく、異なる名もありませんでした。衆が共に世に生きていたので、衆生と呼ばれたのです。

「是時，此地有自然地味出，凝停於地，猶如醍醐，地味出時，亦復如是，猶如生酥，味甜如蜜。其後眾生以手試甞知為何味，初甞覺好，遂生味著。如是展轉甞之不已，遂生貪著，便以手掬，漸成摶食，摶食不已，餘眾生見，復效食之，食之不已。時，此眾生身體麤澁，光明轉滅，無復神足，不能飛行。爾時，未有日月，眾生光滅，是時，天地大闇，如前無異。其後久久，有大暴風吹大海水，深八萬四千由旬，使令兩披飄，取日宮殿，著須彌山半，安日道中，東出西沒，周旋天下。

> その時、この大地から自然に地味（ちみ）が湧き出て、地面に凝り固まり、まるで醍醐（だいご）のようでした。地味が湧き出たときも同じで、生酥（しょうそ）のようで、味は蜜のように甘かったのです。 その後、衆生たちが手で試しに味見をして、どんな味か知りました。初めて味わって美味しいと感じ、やがてその味に執着するようになりました。こうして次々に味見をやめず、ついには貪り執着し、手ですくって食べ始め、だんだんと固形の食事となりました。固形食を食べ続けると、他の衆生たちもそれを見て、まねをして食べるようになり、食べ続けました。 その時、これらの衆生の身体は粗く荒れ、光は次第に消え、神通力も失われ、空を飛ぶこともできなくなりました。当時はまだ太陽も月もなく、衆生の光が消えると、天地は再び大いなる闇に包まれ、以前と変わらない状態になりました。 その後、長い時を経て、大きな暴風が大海の水を深さ八万四千由旬も吹き分け、両側に押しやり、日宮殿（にっきゅうでん）を掴んで須弥山の中腹に置き、太陽の軌道に固定しました。こうして太陽は東から出て西に沈み、天下を巡るようになったのです。

「第二日宮從東出西沒，時，眾生有言：『是即昨日也。』或言：『非昨也。』第三日宮繞須彌山，東出西沒，彼時眾生言：『定是一日。』日者，義言是前明因，是故名為日。日有二義：一曰住常度，二曰宮殿。

> 第二日、太陽の宮殿が東から昇り西に沈むとき、人々は言いました。「これは昨日と同じだ」と。ある者は「昨日とは違う」と言いました。第三日、太陽の宮殿が須弥山をめぐり、東から昇り西に沈むと、その時人々は言いました。「確かに一日だ」と。日というのは、意味から言えば、前の明るさの原因となるもの、だから日と呼ばれるのです。日には二つの意味があります。一つは常に決まった軌道を進むこと、二つ目は宮殿であることです。

「宮殿四方遠見故圓，寒溫和適，天金所成，頗梨間廁，二分天金，純真無雜，外內清徹，光明遠照，一分頗梨，純真無雜，外內清徹，光明遠照。日宮縱廣五十一由旬，宮牆及地薄如梓柏。」

> 宮殿は四方から遠くまで見渡せるので円形をしており、寒さも暑さも心地よく調和しています。天界の金で造られ、水晶が所々に組み込まれています。二つの部分は天金で、純粋で混じりけがなく、内外ともに透き通り、光は遠くまで照らしています。一つの部分は水晶で、純粋で混じりけがなく、内外ともに透き通り、光は遠くまで照らしています。日宮の縦横は五十一由旬あり、宮殿の壁も床も梓や柏の葉のように薄く繊細です。

「宮牆七重，七重欄楯、七重羅網、七重寶鈴、七重行樹，周匝校飾以七寶成，金牆銀門，銀牆金門，琉璃牆水精門，水精牆琉璃門，赤珠牆馬碯門，馬碯牆赤珠門，車𤦲牆眾寶門，眾寶牆車𤦲門。又其欄楯，金欄銀桄，銀欄金桄，琉璃欄水精桄，水精欄琉璃桄，赤珠欄馬碯桄，馬碯欄赤珠桄，眾寶欄車𤦲桄，車𤦲欄眾寶桄。金網銀鈴，銀網金鈴，水精網琉璃鈴，琉璃網水精鈴，赤珠網馬碯鈴，馬碯網赤珠鈴，車𤦲網眾寶鈴，眾寶網車𤦲鈴。其金樹者銀葉華實，銀樹者金葉華實，琉璃樹者水精華實，水精樹者琉璃華實，赤珠樹者馬碯華實，馬碯樹者赤珠華實，車𤦲樹者眾寶華實，眾寶樹者車𤦲華實。宮牆四門，門有七階，周匝欄楯，樓閣臺觀、園林浴池，次第相比，生眾寶華，行行相當，種種果樹，華葉雜色，樹香芬馥，周流四遠，雜類眾鳥相和而鳴。

> 宮の周りには七重の壁があり、七重の欄干、七重の網、七重の宝鈴、七重の並木が巡らされ、七宝で飾り立てられています。金の壁には銀の門、銀の壁には金の門、瑠璃の壁には水晶の門、水晶の壁には瑠璃の門、赤珠の壁には瑪瑙の門、瑪瑙の壁には赤珠の門、車𤦲の壁には諸宝の門、諸宝の壁には車𤦲の門があります。 また、その欄干は、金の欄干に銀の手すり、銀の欄干に金の手すり、瑠璃の欄干に水晶の手すり、水晶の欄干に瑠璃の手すり、赤珠の欄干に瑪瑙の手すり、瑪瑙の欄干に赤珠の手すり、諸宝の欄干に車𤦲の手すり、車𤦲の欄干に諸宝の手すりとなっています。 金の網には銀の鈴、銀の網には金の鈴、水晶の網には瑠璃の鈴、瑠璃の網には水晶の鈴、赤珠の網には瑪瑙の鈴、瑪瑙の網には赤珠の鈴、車𤦲の網には諸宝の鈴、諸宝の網には車𤦲の鈴がついています。 金の木には銀の葉と花と実が、銀の木には金の葉と花と実が、瑠璃の木には水晶の花と実が、水晶の木には瑠璃の花と実が、赤珠の木には瑪瑙の花と実が、瑪瑙の木には赤珠の花と実が、車𤦲の木には諸宝の花と実が、諸宝の木には車𤦲の花と実がなっています。 宮の壁には四つの門があり、それぞれの門には七つの階段があります。周囲には欄干が巡らされ、楼閣や台観、園林や浴池が整然と並び、様々な宝の花が咲き乱れています。整然と並んだ様々な果樹は、花や葉が色とりどりで、木々の香りは四方に漂い、多種多様な鳥たちが互いに鳴き交わしています。

「其日宮殿為五風所持：一曰持風，二曰養風，三曰受風，四曰轉風，五曰調風。日天子所止正殿，純金所造，高十六由旬，殿有四門，周匝欄楯。日天子座縱廣半由旬，七寶所成，清淨柔軟，猶如天衣。日天子自身放光照于金殿，金殿光照于日宮，日宮光出照四天下。日天子壽天五百歲，子孫相承，無有間異。其宮不壞，終于一劫。日宮行時，其日天子無有行意，言我行住，常以五欲自相娛樂。日宮行時，無數百千諸大天神在前導從，歡樂無倦，好樂捷疾，因是日天子名為捷疾。

> その日、宮殿は五つの風に支えられていました。第一は支える風、第二は養う風、第三は受け止める風、第四は回す風、第五は調える風です。日天子がおられる正殿は、純金で造られており、高さは十六由旬。殿には四つの門があり、周囲には欄干が巡らされています。日天子の御座は縦横半由旬で、七宝でできており、清らかで柔らかく、天の衣のようです。日天子ご自身が放つ光は金殿を照らし、金殿の光は日宮を照らし、日宮の光は四天下を照らし出します。日天子の寿命は天の五百歳で、子孫が代々継承し、途切れることはありません。その宮殿は壊れることなく、一劫の終わりまで続きます。日宮が動くとき、日天子には動くという意識はなく、「私は行き、留まる」と言いながら、常に五欲をもって自ら楽しみを営んでいます。日宮が動くとき、無数の大天神たちが先導し従い、喜び楽しんで倦むことがなく、速やかで敏捷なことを好みます。これゆえに、日天子は「捷疾（しょうしつ）」と呼ばれているのです。

「日天子身出千光，五百光下照，五百光傍照，斯由宿業功德，故有此千光，是故日天子名為千光。宿業功德云何？或有一人供養沙門、婆羅門，濟諸窮乏，施以飲食、衣服、湯藥、象馬、車乘、房舍、燈燭，分布時與，隨其所須，不逆人意，供養持戒諸賢聖人。由彼種種無數法喜光明因緣，善心歡喜。如剎利王水澆頭種初登王位，善心歡喜，亦復如是。以此因緣，身壞命終，為日天子，得日宮殿，有千光明，故言善業得千光明。

> 日天子の身体からは千の光が放たれ、五百の光は下を照らし、五百の光は周囲を照らします。これは過去の善行による功徳のゆえであり、この千の光があるのです。それゆえ、日天子は千光と呼ばれます。 過去の善行による功徳とはどのようなものでしょうか。ある人が、修行僧やバラモンに供養し、貧しい人々を助け、飲食・衣服・医薬・象や馬・車・住居・灯火などを施し、時を選ばず、求めに応じて、人々の願いを拒まず、戒律を守る聖者たちを供養したとします。そのような数々の喜びと光をもたらす行いによって、善き心に満ち歓喜します。それは、王位に即位したばかりの剎帝利の王が水を頭に注がれ、心から喜ぶ様子にも似ています。このような因縁によって、その人は命を終えた後、日天子となり、日宮殿を得て、千の光明を持つに至ります。ですから、善き行いによって千の光明を得るというのです。

「復以何等故，名為宿業光明？或有人不殺生，不盜，不邪婬，不兩舌、惡口、妄言、綺語，不貪取，不瞋恚、邪見，以此因緣，善心歡喜。猶如四衢道頭有大浴池，清淨無穢，有人遠行，疲極熱渴，來入此池，澡浴清涼，歡喜愛樂。彼十善者，善心歡喜，亦復如是。其人身壞命終，為日天子，居日宮殿，有千光明，以是因緣故，名善業光明。

> また、どうして「宿業光明」というのでしょうか。ある人は殺生せず、盗まず、邪淫せず、二舌・悪口・妄語・綺語をせず、貪らず、瞋まず、邪見を持たず、このような因縁によって善い心が喜びに満ちるのです。まるで四つ辻に大きな浴池があり、清らかで穢れがなく、遠くから来た人が疲れ果て、暑さと渇きに苦しんでこの池に入り、清涼に浴して喜び楽しむようなものです。その十善を行う人の善い心が喜びに満ちるのも、まさにこの通りです。その人が命終えて身体を離れるとき、日天子となり、日宮殿に住み、千の光明を放ちます。このような因縁によって、「善業光明」と名づけられるのです。

「復以何緣名千光明？或有人不殺、不盜、不婬、不欺、不飲酒，以此因緣，善心歡喜，身壞命終，為日天子，居日宮殿，有千光明，以是因緣故，名善業千光明。

> また、なぜ「千光明」と呼ばれるのでしょうか。ある人が殺さず、盗まず、淫らな行いをせず、嘘をつかず、酒を飲まなかったとします。この行いによって、善い心が喜びに満ち、その人が亡くなると、太陽の天子となり、太陽の宮殿に住まいます。そこには千の光があり、このような理由から、善い行いによる千の光、すなわち「善業千光明」と呼ばれるのです。

「六十念頃名一羅耶，三十羅耶名摩睺多，百摩睺多名優波摩。日宮殿六月南行，日行三十里，極南不過閻浮提，日北行亦復如是。」

> 六十念の間を一羅耶とし、三十羅耶を一摩睺多とし、百摩睺多を一優波摩とします。日宮殿は六か月かけて南へ進み、一日に三十里進みますが、最も南でも閻浮提を越えることはありません。北へ向かう時も同じように進みます。

「以何緣故日光炎熱？有十因緣。何等為十？一者須彌山外有佉陀羅山，高四萬二千由旬，頂廣四萬二千由旬，其邊無量，七寶所成，日光照山，觸而生熱，是為一緣日光炎熱。二者佉陀羅山表有伊沙陀山，高二萬一千由旬，縱廣二萬一千由旬，周匝無量，七寶所成，日光照山，觸而生熱，是為二緣日光炎熱。三者伊沙陀山表有樹提陀羅山，上高萬二千由旬，縱廣萬二千由旬，周匝無量，七寶所成，日光照山，觸而生熱，是為三緣日光炎熱。四者去樹提陀羅山表有山名善見，高六千由旬，縱廣六千由旬，周匝無量，七寶所成，日光照山，觸而生熱，是為四緣日光炎熱。五者善見山表有馬祀山，高三千由旬，縱廣三千由旬，周匝無量，七寶所成，日光照山，觸而生熱，是為五緣日光炎熱。六者去馬祀山表有尼彌陀羅山，高千二百由旬，縱廣千二百由旬，周匝無量，七寶所成，日光照山，觸而生熱，是為六緣日光炎熱。七者去尼彌陀羅山表有調伏山，高六百由旬，縱廣六百由旬，周匝無量，七寶所成，日光照山，觸而生熱，是為七緣日光炎熱。八者調伏山表有金剛輪山，高三百由旬，縱廣三百由旬，周匝無量，七寶所成，日光照山，觸而生熱，是為八緣日光炎熱。復次，上萬由旬有天宮殿，名為星宿，琉璃所成，日光照彼，觸而生熱，是為九緣日光炎熱。復次，日宮殿光照於大地，觸而生熱，是為十緣日光炎熱。」爾時，世尊以偈頌曰：

> なぜ日は光り、熱く照らすのでしょうか。それには十の理由があります。いったいどのような十の理由でしょうか。 一つには、須弥山の外に佉陀羅山という山があり、高さは四万二千由旬、頂上の広さも四万二千由旬で、その周囲は限りなく広く、七宝でできています。日がこの山を照らし、触れることで熱を生じる。これが第一の理由で、日が光り熱く照らすことです。 二つには、佉陀羅山の外側に伊沙陀山という山があり、高さは二万一千由旬、縦横の広さも二万一千由旬で、周囲は限りなく広く、七宝でできています。日がこの山を照らし、触れることで熱を生じる。これが第二の理由で、日が光り熱く照らすことです。 三つには、伊沙陀山の外側に樹提陀羅山という山があり、高さは一万二千由旬、縦横の広さも一万二千由旬で、周囲は限りなく広く、七宝でできています。日がこの山を照らし、触れることで熱を生じる。これが第三の理由で、日が光り熱く照らすことです。 四つには、樹提陀羅山を離れた外側に善見という名の山があり、高さは六千由旬、縦横の広さも六千由旬で、周囲は限りなく広く、七宝でできています。日がこの山を照らし、触れることで熱を生じる。これが第四の理由で、日が光り熱く照らすことです。 五つには、善見山の外側に馬祀山という山があり、高さは三千由旬、縦横の広さも三千由旬で、周囲は限りなく広く、七宝でできています。日がこの山を照らし、触れることで熱を生じる。これが第五の理由で、日が光り熱く照らすことです。 六つには、馬祀山を離れた外側に尼彌陀羅山という山があり、高さは千二百由旬、縦横の広さも千二百由旬で、周囲は限りなく広く、七宝でできています。日がこの山を照らし、触れることで熱を生じる。これが第六の理由で、日が光り熱く照らすことです。 七つには、尼彌陀羅山を離れた外側に調伏山という山があり、高さは六百由旬、縦横の広さも六百由旬で、周囲は限りなく広く、七宝でできています。日がこの山を照らし、触れることで熱を生じる。これが第七の理由で、日が光り熱く照らすことです。 八つには、調伏山の外側に金剛輪山という山があり、高さは三百由旬、縦横の広さも三百由旬で、周囲は限りなく広く、七宝でできています。日がこの山を照らし、触れることで熱を生じる。これが第八の理由で、日が光り熱く照らすことです。 さらに、上方一万由旬のところに星宿という名の天宮殿があり、瑠璃でできています。日がそこを照らし、触れることで熱を生じる。これが第九の理由で、日が光り熱く照らすことです。 さらに、日宮殿の光が大地を照らし、触れることで熱を生じる。これが第十の理由で、日が光り熱く照らすことです。 そのとき、世尊は偈をもって次のように説かれました。

「以此十因緣，日名為千光，光明炎熾熱，佛日之所說。」

> この十の因縁によって、日は千の光と呼ばれ、 その光は燃え盛る炎のように熱く輝く、 これが仏の日によって説かれたことである。

佛告比丘：「何故冬日宮殿寒而不可近，有光而冷？有十三緣，雖光而冷。云何為十三？一者須彌山、佉陀羅山中間有水，廣八萬四千由旬，周匝無量，其水生雜華：優鉢羅華、拘勿頭、鉢頭摩、分陀利、須乾提華，日光所照，觸而生冷，是為一緣日光為冷。二者佉陀羅山、伊沙陀羅山中間有水，廣四萬二千由旬，縱廣四萬二千由旬，周匝無量，有水生諸雜華，日光所照，觸而生冷，是為二緣日光為冷。三者伊沙陀羅山去樹提陀羅山中間有水，廣二萬一千由旬，周匝無量，生諸雜華，日光所照，觸而生冷，是為三緣日光為冷。四者善見山、樹提山中間有水，廣萬二千由旬，周匝無量，生諸雜華，日光所照，觸而生冷，是為四緣日光為冷。五者善見山、馬祀山中間有水，廣六千由旬，生諸雜華，日光所照，觸而生冷，是為五緣日光為冷。六者馬祀山、尼彌陀羅山中間有水，廣千二百由旬，周匝無量，生諸雜華，日光所照，觸而生冷，是為六緣日光為冷。尼彌陀羅山、調伏山中間有水，廣六百由旬，周匝無量，生諸雜華，日光所照，觸而生冷，是為七緣日光為冷。調伏山、金剛輪山中間有水，廣三百由旬，周匝無量，生諸雜華，日光所照，觸而生冷，是為八緣日光為冷。復次，此閻浮利地大海江河，日光所照，觸而生冷，是為九緣日光為冷。閻浮提地河少，拘耶尼地水多，日光所照，觸而生冷，是為十緣日光為冷。拘耶尼河少，弗于逮水多，日光所照，觸而生冷，是為十一緣日光為冷。弗于逮河少，欝單曰河多，日光所照，觸而生冷，是為十二緣日光為冷。復次，日宮殿光照大海水，日光所照，觸而生冷，是為十三緣日光為冷。」佛時頌曰：

> 仏は比丘たちに告げられた。「なぜ冬の太陽の宮殿は寒くて近づけず、光はあるのに冷たいのか。十三の理由があり、光はあるが冷たいのである。どのような十三の理由か。 第一に、須弥山と佉陀羅山の間に水があり、広さ八万四千由旬、周囲は無量である。その水には様々な華が生えている。優鉢羅華、拘勿頭華、鉢頭摩華、分陀利華、須乾提華である。日光が照り、触れて冷たさを生じる。これが第一の理由で、日光が冷たいのである。 第二に、佉陀羅山と伊沙陀羅山の間に水があり、広さ四万二千由旬、縦横四万二千由旬、周囲は無量である。そこには様々な華が生え、日光が照り、触れて冷たさを生じる。これが第二の理由で、日光が冷たいのである。 第三に、伊沙陀羅山と樹提陀羅山の間に水があり、広さ二万一千由旬、周囲は無量である。様々な華が生え、日光が照り、触れて冷たさを生じる。これが第三の理由で、日光が冷たいのである。 第四に、善見山と樹提山の間に水があり、広さ一万二千由旬、周囲は無量である。様々な華が生え、日光が照り、触れて冷たさを生じる。これが第四の理由で、日光が冷たいのである。 第五に、善見山と馬祀山の間に水があり、広さ六千由旬である。様々な華が生え、日光が照り、触れて冷たさを生じる。これが第五の理由で、日光が冷たいのである。 第六に、馬祀山と尼彌陀羅山の間に水があり、広さ千二百由旬、周囲は無量である。様々な華が生え、日光が照り、触れて冷たさを生じる。これが第六の理由で、日光が冷たいのである。 第七に、尼彌陀羅山と調伏山の間に水があり、広さ六百由旬、周囲は無量である。様々な華が生え、日光が照り、触れて冷たさを生じる。これが第七の理由で、日光が冷たいのである。 第八に、調伏山と金剛輪山の間に水があり、広さ三百由旬、周囲は無量である。様々な華が生え、日光が照り、触れて冷たさを生じる。これが第八の理由で、日光が冷たいのである。 さらに、この閻浮利地の大海や江河に日光が照り、触れて冷たさを生じる。これが第九の理由で、日光が冷たいのである。 閻浮提の地には河が少なく、拘耶尼の地には水が多い。日光が照り、触れて冷たさを生じる。これが第十の理由で、日光が冷たいのである。 拘耶尼には河が少なく、弗于逮には水が多い。日光が照り、触れて冷たさを生じる。これが第十一の理由で、日光が冷たいのである。 弗于逮には河が少なく、欝単曰には河が多い。日光が照り、触れて冷たさを生じる。これが第十二の理由で、日光が冷たいのである。 さらに、太陽の宮殿の光が大海の水を照らし、日光が触れて冷たさを生じる。これが第十三の理由で、日光が冷たいのである。」 その時、仏は偈を唱えられた。

「以此十三緣，日名為千光，其光明清冷，佛日之所說。」

> この十三の縁によって、日は千光と呼ばれ、 その光は清らかで涼やか、仏の日の説かれるところ。

佛告比丘：「月宮殿有時損質盈虧，光明損減，是故月宮名之為損。月有二義：一曰住常度，二曰宮殿。四方遠見故圓，寒溫和適，天銀、琉璃所成，二分天銀，純真無雜，內外清徹，光明遠照，一分琉璃，純真無雜，外內清徹，光明遠照。月宮殿縱廣四十九由旬，宮牆及地薄如梓柏，宮牆七重，七重欄楯、七重羅網、七重寶鈴、七重行樹，周匝校飾以七寶成，乃至無數眾鳥相和而鳴。

> 仏陀は比丘たちに告げられた。「月の宮殿は時に欠けたり満ちたりし、その光も増減する。それゆえ、月の宮殿は『損（欠けるもの）』と呼ばれるのです。月には二つの意味があります。一つは、常に定まった軌道を巡ること。もう一つは、宮殿であることです。四方から遠くから見ると円く見え、寒暖もほどよく調和しています。天の銀と瑠璃でできており、そのうち二分は天の銀。純粋で混じりけがなく、内も外も透き通り、光は遠くまで照らします。一分は瑠璃。純粋で混じりけがなく、外も内も透き通り、光は遠くまで照らします。月の宮殿の縦横は四十九由旬。宮殿の壁と床は梓や柏の葉のように薄く、宮殿の壁は七重。七重の欄干、七重の網、七重の宝鈴、七重の並木が巡らされ、七宝で飾り立てられています。そして、数えきれないほどの鳥たちが互いに鳴き交わしているのです。」

「其月宮殿為五風所持：一曰持風，二曰養風，三曰受風，四曰轉風，五曰調風。月天子所止正殿，琉璃所造，高十六由旬，殿有四門，周匝欄楯。月天子座縱廣半由旬，七寶所成，清淨柔軟，猶如天衣。月天子身放光明，照琉璃殿，琉璃殿光照于月宮，月宮光出照四天下。月天子壽天五百歲，子孫相承，無有異系。其宮不壞，終于一劫。月宮行時，其月天子無有行意，言我行住，常以五欲自相娛樂。月宮行時，無數百千諸大天神常在前導，好樂無倦，好樂捷疾，因是月天名為捷疾。

> 月の宮殿は五つの風によって支えられています。一つは支える風、二つは養う風、三つは受け止める風、四つは巡る風、五つは調える風です。 月天子が住まわれる正殿は瑠璃で造られ、高さは十六由旬。殿には四つの門があり、周囲には欄干が巡らされています。月天子の御座は縦横半由旬、七宝でできており、清らかで柔らかく、天の衣のようです。 月天子の御身は光を放ち、瑠璃の殿を照らします。瑠璃の殿の光は月の宮殿を照らし、月宮の光は四天下を照らし出します。 月天子の寿命は天の五百歳。子孫が代々継承し、途絶えることはありません。その宮殿は一劫の間、壊れることがありません。 月の宮殿が移動するとき、月天子には移動しているという意識はありません。「私は行き、留まる」と言いつつ、常に五欲をもって自ら楽しみを営まれます。 月宮が行くとき、無数の大天神たちが常に先導します。楽しみに倦むことなく、素早く動くことを好みます。このため、月の天子は「捷疾（素早き者）」と呼ばれるのです。

「月天子身出千光明，五百光下照，五百光傍照，斯由宿業功德故有此光明，是故月天子名曰千光。宿業功德云何？世間有人供養沙門、婆羅門，施諸窮乏飲食、衣服、湯藥、象馬、車乘、房舍、燈燭，分布時與，隨意所須，不逆人意，供養持戒諸賢聖人。猶是種種無數法喜，善心光明。如剎利王水澆頭種初登王位，善心歡喜，亦復如是。以是因緣，身壞命終，為月天子，月宮殿有千光明，故言善業得千光明。

> 月天子の身体からは千の光が放たれ、五百の光は下を照らし、五百の光は周囲を照らします。これは過去の善い行いと功徳によってこの光を得たのであり、ゆえに月天子は「千光」と呼ばれるのです。 過去の善い行いと功徳とはどのようなものでしょうか。世の中には、修行者やバラモンに供養をし、貧しい者に飲食や衣服、薬、象や馬、車、住居、灯火などを施し、必要な時に分け与え、人の望みを拒まず、戒律を守る聖者たちを供養する人がいます。そのような数限りない善き行いから生まれる心の喜びと清らかな光が、まるで灌頂を受けて王位に就いたばかりの王の歓びの心のように輝くのです。このような因縁によって、その人は命を終えた後、月天子となり、月の宮殿に千の光を放つのです。ですから、善い行いによって千の光を得るというわけです。

「復以何業得千光明？世間有人不殺，不盜，不邪婬，不兩舌、惡口、妄言、綺語，不貪取、瞋恚、邪見，以此因緣，善心歡喜。猶如四衢道頭有大浴池清淨無穢，有人遠行，疲極熱渴，來入此池，澡浴清涼，歡喜快樂。彼行十善者，善心歡喜，亦復如是。其人身壞命終，為月天子，居月宮殿，有千光明，以是因緣故，名善業千光。

> また、どのような業によって千の光明を得るのでしょうか。世の中には、殺さず、盗まず、邪淫せず、二枚舌や悪口、嘘、無駄話をせず、貪らず、怒らず、邪見を持たない人がいます。このような行いによって、善い心が喜びに満たされます。まるで四つ辻に大きな浴池があり、清らかで汚れがなく、遠くから疲れ果てて暑さと渇きに苦しむ旅人が来て、この池に入り、清涼に浴して喜び楽しむようなものです。十の善行を行う者も、善い心が喜びに満たされるのは、まさにこの通りです。その人がこの世を去るとき、月の天子となり、月の宮殿に住み、千の光明を持つようになります。このような因縁によって、善業千光と呼ばれるのです。

「復以何因緣得千光明？世間有人不殺、不盜、不婬、不欺、不飲酒，以此因緣，善心歡喜。身壞命終，為月天子，居月宮殿，有千光明，以是因緣故，名善業千光。六十念頃名一羅耶，三十羅耶名摩睺多，百摩睺多名優婆摩。若日宮殿六月南行，日行三十里，極南不過閻浮提，是時，月宮殿半歲南行，不過閻浮提；月北行亦復如是。

> また、どのような因縁によって千の光明を得るのでしょうか。世の中には、殺さず、盗まず、淫らな行いをせず、欺かず、酒を飲まない人がいます。このような因縁によって、善き心に喜びが生じます。その人が命を終え、身体が滅びると、月の天子となり、月の宮殿に住み、千の光明を持つようになります。このような因縁によって、善業千光と呼ばれるのです。 六十念の間を一羅耶と呼び、三十羅耶を摩睺多と呼び、百摩睺多を優婆摩と呼びます。 もし太陽の宮殿が六月に南へ進むとき、一日に三十里進み、最も南へ行っても閻浮提を越えることはありません。その時、月の宮殿は半年かけて南へ進み、閻浮提を越えることはありません。月が北へ進むときも同じです。

「以何緣故月宮殿小小損減？有三因緣故月宮殿小小損減：一者月出於維，是為一緣故月損減。復次，月宮殿內有諸大臣身著青服，隨次而上，住處則青，是故月減，是為二緣月日日減。復次，日宮有六十光，光照於月宮，映使不現，是故所映之處月則損減。是為三緣月光損減。

> 月の宮殿が少しずつ欠けていくのは、どうしてでしょうか。それには三つの理由があります。 第一に、月が斜めの方角から昇るため、これが一つの理由で月が欠けます。 第二に、月の宮殿には青い服を着た大臣たちがいて、順番に昇っていくのですが、彼らが住む場所は青く見えるため、月が欠けて見えるのです。これが二つ目の理由で、月が日々欠けていく原因です。 第三に、太陽の宮殿には六十の光があり、その光が月の宮殿を照らして隠してしまうため、光が当たった部分の月が欠けて見えるのです。これが三つ目の理由で、月光が損なわれる原因です。

「復以何緣月光漸滿？復有三因緣使月光漸滿。何等為三？一者月向正方，是故月光滿。二者月宮諸臣盡著青衣，彼月天子以十五日處中而坐，共相娛樂，光明遍照，遏諸天光，故光普滿。猶如眾燈燭中燃大炬火，遏諸燈明。彼月天子亦復如是，以十五日在天眾中，遏絕眾明，其光獨照，亦復如是，是為二因緣。三者日天子雖有六十光照於月宮，十五日時月天子能以光明逆照，使不掩翳，是為三因緣月宮團滿無有損減。復以何緣月有黑影？以閻浮樹影在於月中，故月有影。」

> また、なぜ月光が次第に満ちていくのでしょうか。これには三つの因縁があります。どの三つかというと、第一に、月が正しい方向に向かうため、月光が満ちるのです。第二に、月の宮殿の臣下たちが皆、青衣をまとうことです。その月の天子は十五日に中央に座し、共に楽しみを分かち合い、その光明が周囲を照らし、他の天の光を凌駕するため、光が満ち渡るのです。まるで多くの灯やろうそくの中に大きな松明を灯し、他の灯の明かりを凌ぐようなものです。月の天子もまた同じで、十五日に天の衆の中にあって、他の明かりを圧倒し、その光だけが輝くのです。これが第二の因縁です。第三に、日天子は六十の光で月の宮殿を照らしていますが、十五日には月天子が自らの光を逆に照らし返し、日の光に覆い隠されないようにするためです。これが三つ目の因縁で、月の宮殿が円満で損なわれることがない理由です。また、なぜ月に黒い影があるのでしょうか。それは閻浮樹の影が月の中にあるからで、それゆえ月に影があるのです。

佛告比丘：「心當如月，清涼無熱，至檀越家，專念不亂。復以何緣有諸江河？因日月有熱，因熱有炙，因炙有汗，因汗成江河，故世間有江河。有何因緣世間有五種子？有大亂風，從不敗世界吹種子來生此國，一者根子，二者莖子，三者節子，四者虛中子，五者子子，是為五子。以此因緣，世間有五種子出。

> 仏陀は比丘たちに告げられました。「心は月のようであるべきです。清らかで涼しく、熱さを持たず、檀越（施主）の家に至っても、専心して乱れないのです。また、なぜ世の中に多くの川や河があるのでしょうか？それは、太陽と月に熱があるからです。熱があるから焼けつき、焼けつくから汗（水分）が生じ、その汗が川や河となるのです。だから世の中に川や河があるのです。では、なぜ世の中に五種類の種子があるのでしょうか？大いなる乱れた風が、不敗の世界から種子を吹き寄せ、この国に生えさせたからです。一つは根の種子、二つは茎の種子、三つは節の種子、四つは虚中の種子、五つは子の種子です。これが五つの種子です。このような因縁によって、世の中に五種類の種子が現れるのです。」

「此閻浮提日中時，弗于逮日沒，拘耶尼日出，鬱單曰夜半；拘耶尼日中閻浮提日沒，鬱單曰日出，弗于逮夜半；鬱單曰日中，拘耶尼日沒，弗于逮日出，閻浮提夜半；若弗于逮日中，鬱單曰日沒，閻浮提日出，拘耶尼夜半。閻浮提東方，弗于逮為西方；閻浮提為西方，拘耶尼為東方；拘耶尼為西方，鬱單曰為東方；鬱單曰為西方，弗于逮為東方。

> この閻浮提が正午の時、弗于逮では日が沈み、拘耶尼では日が昇り、鬱単曰では真夜中である。 拘耶尼が正午の時、閻浮提では日が沈み、鬱単曰では日が昇り、弗于逮では真夜中である。 鬱単曰が正午の時、拘耶尼では日が沈み、弗于逮では日が昇り、閻浮提では真夜中である。 弗于逮が正午の時、鬱単曰では日が沈み、閻浮提では日が昇り、拘耶尼では真夜中である。 閻浮提から見て東の方角が、弗于逮から見れば西の方角となる。 閻浮提から見て西の方角が、拘耶尼から見れば東の方角となる。 拘耶尼から見て西の方角が、鬱単曰から見れば東の方角となる。 鬱単曰から見て西の方角が、弗于逮から見れば東の方角となる。

「所以閻浮提名閻浮者，下有金山，高三十由旬，因閻浮樹生，故得名為閻浮金。閻浮樹其果如蕈，其味如蜜。樹有五大孤，四面四孤，上有一孤，其東孤孤果乾闥和所食；其南孤者七國人所食：一曰拘樓國、二曰拘羅婆、三名毘提、四名善毘提、五名漫陀、六名婆羅、七名婆梨；其西孤果海虫所食；其北孤果者禽獸所食；其上孤果者星宿天所食。七大國北有七大黑山：一曰裸土，二曰白鶴，三曰守宮，四者仙山，五者高山，六者禪山，七者土山。此七黑山上有七婆羅門仙人，此七仙人住處，一名善帝，二名善光，三名守宮，四名仙人，五者護宮，六者伽那那，七者增益。」

> 閻浮提という名がついた理由は、その下に金山があり、高さは三十由旬あります。閻浮樹が生えていることから、閻浮金と呼ばれるようになりました。閻浮樹の実はキノコのようで、味は蜜のようです。この樹には五つの大きな枝があり、四方に四本、上に一本伸びています。東の枝の実は乾闥和（ガンダルヴァ）が食べ、南の枝の実は七つの国の人々が食べます。その国々とは、一に拘樓国、二に拘羅婆、三に毘提、四に善毘提、五に漫陀、六に婆羅、七に婆梨です。西の枝の実は海の虫が食べ、北の枝の実は鳥や獣が食べます。上の枝の実は星宿天が食べます。七大国の北には七つの大きな黒い山があります。一つは裸土、二つは白鶴、三つは守宮、四つは仙山、五つは高山、六つは禅山、七つは土山です。この七つの黒い山には七人の婆羅門の仙人がおり、彼らの住処はそれぞれ、一に善帝、二に善光、三に守宮、四に仙人、五に護宮、六に伽那那、七に增益と呼ばれています。

佛告比丘：「劫初眾生食地味已，久住於世，其食多者顏色麤悴，其食少者顏色光潤，然後乃知眾生顏色形貌優劣，互相是非，言：『我勝汝，汝不如我。』以其心存彼我，懷諍競故，地味消竭。又地皮生，狀如薄餅，色味香潔。爾時，眾生聚集一處，懊惱悲泣，椎胷而言：『咄哉為禍！今者地味初不復現。』猶如今人得盛美味，稱言美善，後復失之以為憂惱，彼亦如是憂惱悔恨。後食地皮，漸得其味，其食多者顏色麤悴，其食少者顏色潤澤，然後乃知眾生顏色形貌優劣，互相是非，言：『我勝汝，汝不如我。』以其心存彼我，懷諍競故，地皮消竭。

> 仏は比丘たちに告げられた。「劫の初め、衆生は地味を食してから、長く世に住んだ。多く食する者は色つやが粗く悴み、少なく食する者は色つやが光り潤っていた。それから、衆生は色つやや形貌の優劣を知り、互いに是非を論じ、『我は汝に勝る、汝は我に及ばない』と言うようになった。その心に彼我の区別を存し、争い競う思いを抱いたゆえに、地味は消え尽きた。次に地皮が生じ、薄餅のようで、色も味も香りも清らかであった。その時、衆生は一か所に集まり、懊悩悲泣し、胸を打って言った。『ああ、災いだ！今、地味が初めて現れなくなった』。ちょうど今の人が美味を得て、美善と称え、後になってそれを失い憂い悩むように、彼らもまたそのように憂い悩み悔やんだ。その後、地皮を食し、次第にその味を得た。多く食する者は色つやが粗く悴み、少なく食する者は色つやが潤い輝いた。それから、衆生は色つやや形貌の優劣を知り、互いに是非を論じ、『我は汝に勝る、汝は我に及ばない』と言うようになった。その心に彼我の区別を存し、争い競う思いを抱いたゆえに、地皮も消え尽きたのである。」

「其後復有地膚出，轉更麤厚，色如天華，軟若天衣，其味如蜜。時，諸眾生復取共食，久住於世，食之多者顏色轉損，食甚少者顏色光澤，然後乃知眾生顏色形貌優劣，互相是非，言：『我勝汝，汝不如我。』以其心存彼我，懷諍競故，地膚消竭。其後復有自然粳米，無有糠糩，不加調和，備眾美味。爾時，眾生聚集而言：『咄哉為禍！今者地膚忽不復現。』猶如今人遭禍逢難，稱言：『苦哉！』爾時，眾生亦復如是懊惱悲歎。

> その後、また地膚（じふ）というものが現れ、以前よりも厚く粗くなり、色は天の花のようで、柔らかさは天の衣のようであり、味は蜜のようであった。その時、人々は再びそれを共に食べた。長く世に住み、多く食べる者は顔色が衰え、ごくわずかしか食べない者は顔色がつややかになった。それによって、人々は互いの顔色や姿の優劣を知り、互いに「私はお前より優れている、お前は私に及ばない」と論じ合うようになった。互いを区別し、競い争う心を持ったため、地膚は消え尽きてしまった。 その後、自然に粳米（うるちまい）が現れた。糠（ぬか）や籾殻（もみがら）がなく、調理する必要もなく、あらゆる美味を備えていた。その時、人々は集まって言った。「ああ、災難だ！今、地膚が突然現れなくなってしまった。」まるで現代の人が災難に遭い、「苦しい！」と叫ぶように、その時の人々も同じように悩み悲しんだ。

「其後眾生便共取粳米食之，其身麤醜，有男女形，互相瞻視，遂生欲想，共在屏處為不淨行。餘眾生見言：『咄此為非！云何眾生共生有如此事？』彼行不淨男子者，見他呵責，即自悔過言：『我所為非。』即身投地。其彼女人見其男子以身投地，悔過不起，女人即便送食。餘眾生見，問女人言：『汝持此食，欲以與誰？』答曰：『彼悔過眾生墮不善行者，我送食與之。』因此言故，世間便有不善夫主之名；以送飯與夫，因名之為妻。

> その後、人々は共に粳米を取って食べるようになりました。すると、体は粗く醜くなり、男女の形が現れ、互いに見つめ合ううちに、欲の思いが生じ、人目を避けて不浄な行いをするようになりました。他の人々がこれを見て言いました。「ああ、これは良くない。どうして人々の中にこのようなことが起こるのか」と。 その不浄な行いをした男は、他人に責められるのを見て、自ら悔い改め、「私のしたことは間違っていた」と言い、地面にひれ伏しました。その女性は男が地面にひれ伏して悔い改め、起き上がらないのを見て、食べ物を届けました。他の人々がそれを見て、女性に尋ねました。「あなたはその食べ物を誰に届けるのですか」と。女性は答えました。「あの悔い改めた人、悪い行いをしてしまった人に、食べ物を届けます」と。 この言葉によって、世の中に「良くない夫」という名が生まれました。また、夫に食べ物を届けることから、「妻」という名が生まれたのです。

「其後眾生遂為婬逸，不善法增，為自障蔽，遂造屋舍，以此因緣故，始有舍名。其後眾生婬逸轉增，遂成夫妻。有餘眾生壽、行、福盡，從光音天命終，來生此間，在母胎中，因此世間有處胎名。爾時，先造瞻婆城，次造伽尸婆羅捺城，其次造王舍城。日出時造，即日出時成。以此因緣，世間便有城郭、郡邑王所治名。

> その後、人々は次第に淫逸にふけり、不善の法が増え、自らを覆い隠すようになった。そして家屋を建てるようになり、この因縁によって、初めて「家」という名が生まれた。その後、人々の淫逸はますます増し、ついに夫婦というものが成立した。また、他の人々は寿命や行い、福徳が尽きて、光音天から命終え、この世に生まれ、母の胎内に宿るようになった。これによって、この世に「胎内に宿る」ということが生まれた。その時、まず瞻婆城が造られ、次に伽尸婆羅捺城が造られ、その後、王舎城が造られた。日出の時に造り始めると、その日出の時に完成した。この因縁によって、世の中には城郭や郡邑、王の治める所というものが生まれたのである。

「爾時，眾生初食自然粳米時，朝收暮熟，暮收朝熟，收後復生，無有莖稈。時，有眾生默自念言：『日日收穫，疲勞我為？今當併取以供數日。』即時併穫，積數日粮。餘人於後語此人言：『今可相與共取粳米。』此人答曰：『我已先積，不須更取。汝欲取者，自隨意去。』後人復自念言：『前者能取二日餘粮，我豈不能取三日粮耶？』此人即積三日餘粮。復有餘人語言：『共取粮去來。』此人答曰：『我已取三日餘粮。汝欲取者，自隨汝意。』此人念言：『彼人能取三日粮，我豈不能取五日粮耶？』取五日粮已。時，眾生競積餘粮故，是時粳米便生糠糩，收已不生，有枯稈現。

> その時、人々が初めて自然の粳米を食べた頃、朝に収穫すれば夕方に熟し、夕方に収穫すれば翌朝に熟し、収穫した後もまた生え、茎や稈はありませんでした。ある時、一人の人が心の中でこう考えました。「毎日収穫するのは、私にとって疲れることではないか？数日分をまとめて取っておこう。」そこで彼はすぐにまとめて収穫し、数日分の食糧を蓄えました。 その後、他の人が彼に言いました。「一緒に粳米を取りに行こう。」彼は答えました。「私はもう先に蓄えてあるから、もう取る必要はない。あなたが取りたいなら、ご自由にどうぞ。」すると、その他の人は心の中で考えました。「あの人は二日分以上の食糧を取ることができた。私は三日分の食糧を取れないはずがない。」彼は三日分の食糧を蓄えました。 また別の人が彼に言いました。「一緒に食糧を取りに行こう。」彼は答えました。「私はもう三日分の食糧を取ってある。あなたが取りたいなら、ご自由にどうぞ。」この人は考えました。「あの人は三日分の食糧を取ることができた。私は五日分の食糧を取れないはずがない。」彼は五日分の食糧を取りました。 こうして、人々が競って余分な食糧を蓄えるようになったため、その時、粳米には籾殻や糠が生じ、収穫しても再び生えなくなり、枯れた稈が現れるようになりました。

「爾時，眾生集在一處，懊惱悲泣，拍胷而言：『咄此為哉！』自悼責言：『我等本皆化生，以念為食，身光自照，神足飛空，安樂無礙。其後地味始生，色味具足，時，我等食此地味，久住於世。其食多者顏色轉麤，其食少者色猶光澤，於是眾生心懷彼我，生憍慢心言：「我色勝，汝色不如。」諍色憍慢故，地味消滅。更生地皮，色香味具。我等時復共取食之，久住於世。其食多者色轉麤悴，其食少者色猶光澤，於是眾生心懷彼我，生憍慢心言：「我色勝，汝色不如。」諍色憍慢故，地皮消滅。更生地膚，轉更麤厚，色香味具。我等時復共取食之，久住於世。其食多者色轉麤悴，其食少者色猶光澤，於是眾生心懷彼我，生憍慢心言：「我色勝，汝色不如。」諍色憍慢故，地膚滅。更生自然粳米，色香味具。我等時復共取食之，朝穫暮熟，暮穫朝熟，收以隨生，無有載收。由我爾時競共積聚故，便生糠糩，收已不生，現有根稈。我等今者寧可共封田宅，以分疅畔。』

> その時、多くの人々が一か所に集まり、嘆き悲しみ、胸を叩いて言いました。「ああ、なんということだ！」自分自身を責め、嘆いて言うのです。 「私たちはもともと、みな化生（忽然と生まれること）であり、思念を食べ物とし、身体から光を放ち、神通力で空を飛び、安楽で何の妨げもありませんでした。その後、大地の味（地味）が初めて生じ、色も味も十分に備わっていました。その時、私たちはこの地味を食べ、長く世に住みました。それを多く食べた者は、顔色が次第に粗くなり、食べる量が少ない者は、色つやがまだ光り輝いていました。そこで人々は、自分と他人を区別する心を抱き、傲慢な心を生じて言うのです。『私の色は優れている。お前の色は及ばない』と。色をめぐって争い、傲慢になったため、地味は消え失せてしまいました。 さらに地皮が生じ、色も香りも味も備わりました。私たちはまたそれを共に取って食べ、長く世に住みました。それを多く食べた者は、色つやが次第に粗く衰え、食べる量が少ない者は、色つやがまだ光り輝いていました。そこで人々は、自分と他人を区別する心を抱き、傲慢な心を生じて言うのです。『私の色は優れている。お前の色は及ばない』と。色をめぐって争い、傲慢になったため、地皮は消え失せてしまいました。 さらに地膚（大地の表皮）が生じ、より一層厚く粗くなり、色も香りも味も備わりました。私たちはまたそれを共に取って食べ、長く世に住みました。それを多く食べた者は、色つやが次第に粗く衰え、食べる量が少ない者は、色つやがまだ光り輝いていました。そこで人々は、自分と他人を区別する心を抱き、傲慢な心を生じて言うのです。『私の色は優れている。お前の色は及ばない』と。色をめぐって争い、傲慢になったため、地膚は滅びてしまいました。 さらに自然の粳米（うるち米）が生じ、色も香りも味も備わりました。私たちはまたそれを共に取って食べました。朝に刈れば夕方に熟し、夕方に刈れば翌朝に熟す。収穫してもすぐに生え、蓄える必要もありませんでした。ところが私たちがその時、競って蓄え積んだため、籾殻や糠が生じ、収穫してももう生えなくなり、今では根や稈だけが現れています。私たちは今、いっそ田畑や住居を区画し、境界線を引いて分け合おうではありませんか」

「時，即共分田以異疅畔，計有彼我。其後遂自藏己米，盜他田穀。餘眾生見已，語言：『汝所為非，汝所為非。云何自藏己物，盜他財物？』即呵責言：『汝後勿復為盜。』如是不已，猶復為盜，餘人復呵言：『汝所為非，何故不休？』即便以手杖打，將詣眾中，告眾人言：『此人自藏粳米，盜他田穀。』盜者復言：『彼人打我。』眾人聞已，懊惱涕泣，拊胷而言：『世間轉惡，乃是惡法生耶？』遂生憂結熱惱苦報，此是生、老、病、死之原，墜墮惡趣。有田宅疅畔別異，故生諍訟，以致怨讐，無能決者。『我等今者寧可立一平等主，善護人民，賞善罰惡，我等眾人各共減割以供給之。』

> その時、彼らは田畑を分け合い、境界を定めて、自分のものと他人のものを区別するようになりました。その後、自分の米を隠し、他人の田の穀物を盗む者が現れました。他の人々はそれを見て、言いました。「お前の行いは間違っている。どうして自分の物を隠し、他人の財産を盗むのか？」そして、こう責めました。「二度と盗みをしてはならない。」しかし、それでも盗みは続き、他の人々はまた責めました。「お前の行いは間違っている。なぜやめないのか？」そして、手で杖を持って打ち、その者を人々の集まる場所に連れて行き、皆に告げました。「この者は自分の米を隠し、他人の田の穀物を盗みました。」盗んだ者は言い返しました。「あの者が私を打ったのです。」人々はこれを聞き、嘆き悲しみ、胸を打って言いました。「世の中は悪くなり、悪い行いが生まれてしまったのだろうか？」こうして、憂いと苦しみの報いが生まれました。これが、生・老・病・死の源であり、悪しき世界へと落ちる原因です。田畑や家屋に境界ができ、区別が生まれたため、争いが起こり、怨みが生じ、それを解決する者がいなくなったのです。「今、私たちは一人の平等な主を立て、人々を守り、善を賞し悪を罰するようにしよう。そして、私たち皆がそれぞれ分を減らして、その主を支えよう。」

「時，彼眾中有一人形質長大，容貌端正，甚有威德，眾人語言：『我等今欲立汝為主，善護人民，賞善罰惡，當共減割以相供給。』其人聞之，即受為主，應賞者賞，應罰者罰，於是始有民主之名。初民主有子，名曰珍寶。珍寶有子，名曰好味，好味有子，名曰靜齋，靜齋有子，名曰頂生，頂生有子，名曰善行，善行有子，名曰宅行，宅行有子，名曰妙味，妙味有子，名曰味帝，味帝有子，名曰水仙，水仙有子，名曰百智，百智有子，名曰嗜欲，嗜欲有子，名曰善欲，善欲有子，名曰斷結，斷結有子，名曰大斷結，大斷結有子，名曰寶藏，寶藏有子，名曰大寶藏，大寶藏有子，名曰善見，善見有子，名曰大善見，大善見有子，名曰無憂，無憂有子，名曰洲渚，洲渚有子，名曰殖生，殖生有子，名曰山岳，山岳有子，名曰神天，神天有子，名曰遣力，遣力有子，名曰牢車，牢車有子，名曰十車，十車有子，名曰百車，百車有子，名曰牢弓，牢弓有子，名曰百弓，百弓有子，名曰養牧，養牧有子，名曰善思。

> その時、人々の中に一人、体つきが大きく、容姿端麗で、威厳と徳を備えた者がいました。人々は言いました。「私たちは今、あなたを王に立てたい。民をよく守り、善には賞を与え、悪には罰を与えてください。私たちは共に収穫の一部を差し出して、あなたを支えます。」その人はこれを聞き、すぐに王となることを受け入れました。賞すべき者には賞を与え、罰すべき者には罰を与えました。こうして初めて「民主（みんしゅ、人々の主）」という名が生まれました。 初代の民主に子が生まれ、その名を珍宝（ちんぽう）といいました。珍宝には子が生まれ、好味（こうみ）といいました。好味には子が生まれ、静齋（せいさい）といいました。静齋には子が生まれ、頂生（ちょうしょう）といいました。頂生には子が生まれ、善行（ぜんぎょう）といいました。善行には子が生まれ、宅行（たくぎょう）といいました。宅行には子が生まれ、妙味（みょうみ）といいました。妙味には子が生まれ、味帝（みてい）といいました。味帝には子が生まれ、水仙（すいせん）といいました。水仙には子が生まれ、百智（ひゃくち）といいました。百智には子が生まれ、嗜欲（しよく）といいました。嗜欲には子が生まれ、善欲（ぜんよく）といいました。善欲には子が生まれ、断結（だんけつ）といいました。断結には子が生まれ、大断結（だいだんけつ）といいました。大断結には子が生まれ、宝蔵（ほうぞう）といいました。宝蔵には子が生まれ、大宝蔵（だいほうぞう）といいました。大宝蔵には子が生まれ、善見（ぜんけん）といいました。善見には子が生まれ、大善見（だいぜんけん）といいました。大善見には子が生まれ、無憂（むう）といいました。無憂には子が生まれ、洲渚（しゅうしょ）といいました。洲渚には子が生まれ、殖生（しょくしょう）といいました。殖生には子が生まれ、山岳（さんがく）といいました。山岳には子が生まれ、神天（しんてん）といいました。神天には子が生まれ、遣力（けんりき）といいました。遣力には子が生まれ、牢車（ろうしゃ）といいました。牢車には子が生まれ、十車（じっしゃ）といいました。十車には子が生まれ、百車（ひゃくしゃ）といいました。百車には子が生まれ、牢弓（ろうきゅう）といいました。牢弓には子が生まれ、百弓（ひゃっきゅう）といいました。百弓には子が生まれ、養牧（ようぼく）といいました。養牧には子が生まれ、善思（ぜんし）といいました。

「從善思已來有十族，轉輪聖王相續不絕。一名伽㝹麤，二名多羅婆，三名阿葉摩，四名持施，五名伽楞伽，六名瞻婆，七名拘羅婆，八者般闍羅，九者彌私羅，十者聲摩。伽㝹麤王有五轉輪聖王，多羅婆王有五轉輪聖王，阿葉摩王有七轉輪聖王，持施王有七轉輪聖王，伽楞伽王有九轉輪聖王，瞻婆王有十四轉輪聖王，拘羅婆王有三十一轉輪聖王，般闍羅王有三十二轉輪聖王，彌私羅王有八萬四千轉輪聖王，聲摩王有百一轉輪聖王，最後有王，名大善生從。

> 善きことを思うことより以来、十の族があり、転輪聖王は絶えることなく続いてきた。 第一は伽㝹麤（かぬそ）、第二は多羅婆（たらば）、第三は阿葉摩（あようま）、第四は持施（じせ）、第五は伽楞伽（かりょうが）、第六は瞻婆（せんば）、第七は拘羅婆（くらば）、第八は般闍羅（はんじゃら）、第九は彌私羅（みしら）、第十は聲摩（しょうま）である。 伽㝹麤王からは五人の転輪聖王が現れ、多羅婆王からは五人の転輪聖王が現れ、阿葉摩王からは七人の転輪聖王が現れ、持施王からは七人の転輪聖王が現れ、伽楞伽王からは九人の転輪聖王が現れ、瞻婆王からは十四人の転輪聖王が現れ、拘羅婆王からは三十一人の転輪聖王が現れ、般闍羅王からは三十二人の転輪聖王が現れ、彌私羅王からは八万四千人の転輪聖王が現れ、聲摩王からは百一人の転輪聖王が現れた。 最後に現れた王は、大善生従（だいぜんしょうじゅう）と名付けられた。

「聲摩王有子，名烏羅婆，烏羅婆有子，名渠羅婆，渠羅婆有子，名尼求羅，尼求羅有子，名師子頰，師子頰有子，名曰白淨王，白淨王有子，名菩薩，菩薩有子，名羅睺羅。由此本緣有剎利名。

> 声摩王には子があり、名を烏羅婆といった。烏羅婆には子があり、名を渠羅婆といった。渠羅婆には子があり、名を尼求羅といった。尼求羅には子があり、名を師子頰といった。師子頰には子があり、名を白浄王といった。白浄王には子があり、名を菩薩といった。菩薩には子があり、名を羅睺羅といった。この由来によって、剎帝利という名が生まれたのです。

「爾時，有一眾生作是念言：『世間所有家屬萬物皆為刺棘癰瘡，今宜捨離，入山行道，靜處思惟。』時，即遠離家刺，入山靜處，樹下思惟，日日出山，入村乞食。村人見已，加敬供養，眾共稱善：『此人乃能捨離家累，入山求道，以其能離惡不善法。』因是稱曰為婆羅門。婆羅門眾中有不能行禪者，便出山林，遊於人間，自言：『我不能坐禪。』因是名曰無禪婆羅門，經過下村，為不善法，施行毒法，因是相生，遂便名毒。由此因緣，世間有婆羅門種。

> その時、一人の修行者がこのように考えました。 「世の中の家族や財産はすべて茨や腫れ物のようなものだ。 今こそ捨て去り、山に入って修行し、静かな場所で瞑想すべきである」 そこで彼は家族という茨から遠く離れ、山の静かな場所に入り、木の下で瞑想にふけりました。 毎日山を下りて村に入り、托鉢をしました。 村人たちは彼を見て、尊敬の念を抱き供養し、皆で称賛しました。 「この人は家族の束縛を捨てて山に入り、道を求めることができた。 悪しき不善の法を離れることができたからだ」 こうして彼は「婆羅門」と呼ばれるようになりました。 婆羅門の中には禅定ができない者もいて、山林を出て人間の世界をさまよい、 「私は坐禅ができない」と自ら言いました。 こうして彼らは「無禅婆羅門」と呼ばれました。 彼らは下賤の村を通り、不善の法を行い、毒のような法を施しました。 それによって互いに影響し合い、ついに「毒」と呼ばれるようになりました。 このような因縁によって、世の中に婆羅門という種族が生まれたのです。

「彼眾生中習種種業以自營生，因是故世間有居士種。

> その衆生たちの中には、さまざまな職業を習得して生計を立てる者が現れました。これによって、世の中に在家の種族が生まれたのです。

「彼眾生中習諸技藝以自生活，因是世間有首陀羅種。

> その衆生の中で、様々な技芸を習得して生活を営む者たちが現れました。これによって、世の中にシュードラという階層が生まれたのです。

「世間先有此釋種出已，然後有沙門種。剎利種中有人自思惟：『世間恩愛汙穢不淨，何足貪著也？』於是捨家，剃除鬚髮，法服求道：『我是沙門！我是沙門！』婆羅門種、居士種、首陀羅種眾中有人自思惟：『世間恩愛汙穢不淨，何足貪著？』於是捨家，剃除鬚髮，法服求道：『我是沙門！我是沙門！』

> 世の中にまずこの釈迦族が現れ、その後に沙門の種族が生じた。剎帝利の種族の中に、ある人が自ら思惟した。 「世間の恩愛は汚れ、清らかでない。どうしてこれに執着するに足りようか」 そこで家を捨て、髪と髭を剃り、法衣をまとって道を求めた。 「私は沙門である。私は沙門である」 婆羅門の種族、居士の種族、首陀羅の種族の大衆の中にも、ある人が自ら思惟した。 「世間の恩愛は汚れ、清らかでない。どうしてこれに執着するに足りようか」 そこで家を捨て、髪と髭を剃り、法衣をまとって道を求めた。 「私は沙門である。私は沙門である」

「若剎利眾中，有身行不善、口行不善、意行不善，行不善已，身壞命終，一向受苦。或婆羅門、居士、首陀羅，身行不善、口行不善、意行不善，彼行不善已，身壞命終，一向受苦。剎利種身行善、口行善、意念善，身壞命終，一向受樂。婆羅門、居士、首陀羅，身行善、口行善、意等念善，身壞命終，一向受樂。剎利種身中有二種行，口、意有二種行，彼身、意行二種已，身壞命終，受苦樂報。婆羅門、居士、首陀羅，身二種行，口、意二種行，彼身、意行二種行已，身壞命終，受苦樂報。

> もし、王族や武士の階級の人々の中に、身の行いが悪く、口の行いが悪く、心の行いが悪い者がいて、そのような悪い行いをした後に、身体が滅び命が終わるとき、必ず苦しみを受けることになります。あるいは、バラモン、在家の信者、労働者の階級の人々でも、身の行いが悪く、口の行いが悪く、心の行いが悪い者が、そのような悪い行いをした後に、身体が滅び命が終わるとき、必ず苦しみを受けるのです。 逆に、王族や武士の階級の人々が、身の行いが善く、口の行いが善く、心の思いが善いならば、身体が滅び命が終わるとき、必ず安楽を受けることになります。バラモン、在家の信者、労働者の階級の人々でも、身の行いが善く、口の行いが善く、心の思いが善いならば、身体が滅び命が終わるとき、必ず安楽を受けるのです。 王族や武士の階級の人々の中に、身の行いに善と悪の二つがあり、口や心の行いにも善と悪の二つがある者がいます。そのような人が、身と心に二種類の行いをした後に、身体が滅び命が終わるとき、苦しみと安楽の両方の報いを受けることになります。バラモン、在家の信者、労働者の階級の人々でも、身の行いに善と悪の二つがあり、口や心の行いにも善と悪の二つがある者が、そのような二種類の行いをした後に、身体が滅び命が終わるとき、苦しみと安楽の両方の報いを受けるのです。

「剎利眾中剃除鬚髮，服三法衣，出家求道，彼修七覺意，彼以信堅固出家為道，修無上梵行，於現法中自身作證：我生死已盡，梵行已立，所作已辦，更不受後有。婆羅門、居士、首陀羅剃除鬚髮，服三法衣，出家求道，彼修七覺意，彼以信堅固出家為道，修無上梵行，於現法中作證：我生死已盡，梵行已立，更不受後有。此四種中，出明行成，得阿羅漢為最第一。是時，梵天說是偈言：

> 刹帝利の衆の中から、髪を剃り落とし、三法衣をまとって出家し、道を求める者がいる。彼は七覚支を修め、固い信心をもって出家して道を歩み、無上の梵行を修める。現世において自ら証するのだ——『わたしの生死は尽きた。梵行は成し遂げられた。為すべきことは為された。もはや再びこの世に生を受けることはない』と。婆羅門、居士、首陀羅もまた、髪を剃り落とし、三法衣をまとって出家し、道を求める。彼らも七覚支を修め、固い信心をもって出家して道を歩み、無上の梵行を修める。現世において証するのだ——『わたしの生死は尽きた。梵行は成し遂げられた。もはや再びこの世に生を受けることはない』と。この四つの種姓の中から、明行が完成し、阿羅漢を得る者が現れる。それが最も優れた者である。その時、梵天はこの偈を説いた。

「『剎利生為最，能集諸種姓，明行成具足，天人中為最。』」

> 「王族の生まれは最も尊く、あらゆる種族を統べる力あり、 正しい行いと知恵を備え、天と人の間で最勝である。」

佛告諸比丘：「彼梵天說此偈為善說，非不善說，善受，非不善受，我所印可。所以者何？我今如來、至真、等正覺亦說此偈：

> 仏陀は諸比丘たちに告げられた。「あの梵天が説いたこの偈は、よく説かれたものであり、よく説かれていないものではない。よく受け止められたものであり、よく受け止められていないものではない。私が認めるところである。なぜなら、今、如来・至真・等正覚である私も、この偈を説くからである。

「『剎利生為最，能集諸種姓，明行成具足，天人中為最。』」

> 「『王族の生まれが最も尊く、あらゆる種族を集め導くことができる。 正しい行いと知恵を備え、天と人の間で最も優れている。』」

爾時，諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> その時、比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んで受け入れ、実践しました。

長阿含具足，歸命一切智，一切眾安樂，眾生處無為，我亦在其例。

> 長阿含経の教えは完備し、一切智に帰命し、一切の衆生は安楽を得て、衆生は無為の境地に住す。我もまたその中に在り。

## 佛說長阿含經卷第二十二

> 仏説長阿含経 第二十二巻