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title: "准提三昧行法 · 七持呪"
description: "准提三昧行法（受登集）是明代高僧受登所集的一部佛教经典，主要阐述准提法的修持仪轨与三昧行法。受登为明末清初天台宗高僧，致力于弘扬准提法门。该典籍系统整理了准提咒的持诵方法、观想次第及修行要诀，融合了密教与显教思想，强调通过三昧修证达到解脱。在佛教中，准提法被视为消除业障、增长福慧的重要法门，而本书作为准提修法的权威指南，至今仍被汉传佛教徒广泛修持，具有重要的实践价值与宗教地位。"
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### 七持呪

> 七つの陀羅尼

此真言道。廣大圓融。實相無相。離諸分別。性同虗空。具足三德。不縱不橫。平等遮持。為功德聚。諸佛於此。不動如如。百六十心。善超無礙。而諸眾生。不自證得。無明隨順。三有淪胥。猶持火燼。旋轉不停。揆厥所由。見聞為咎。故我准提如來。悲生無際。從本垂迹。三密頓化。跡從本垂。九字齊彰。契理地之智色。發教門之聲緣。稱體宣流。結成梵字。欲令眾生。開妙覺之知見。成本然之智身。即此見聞。而非見聞。法界色聲。同一究竟。夫第一義理。本無聲字。而聲字能事。為一理門。緣聲入智。因字盡性。離乎聲字。亦無解脫。今之行者。標心立行。破障顯理。若不布字緣聲。入三摩地。無由就路還家。從因證果。故此修法。隨立二門。即緣聲布字持。與入三摩地持。龍樹名此為有相持。無相持也。無相持。至第十章明。有相持者。詳此聲字。並是色法。通為教體。馬鳴云。色性即智。說名智身。天台謂之念法門身也。念誦儀云。從頂至足。以九梵字。安布行者身。故以􌲺唵字布於頂。則成一切種智也。以􌥷折字布於兩瞳神。則成真俗二諦也。以􌯂戾字布左右眼。即成慈悲也。以􌦽主字布於頸喉。即成無礙辯也。以􌯂戾字布左右肩。成四弘誓也。以􌦿准字布心。成如來藏也。以􌧕提字布󰏩。成三三昧也。以􌷌莎婆字布兩䏶。成地波羅蜜也金光明云。十地脚足。天台疏。以十度是十地脚。以􌪰訶字布兩足。是定慧成矣。如是諸法。聚聯成身。色性既智。智性亦色。當此智身布成之時障於是乎破。德亦以是顯。上冥法體。下應羣生。報智身色。垂成于斯矣。又復應知九梵字門。入九賢聖位。因果一合。身法相冥。即成以如來印八大菩薩所加持身。本迹雖殊。不思議一。稱勝法門。葢有由矣。

> この真言の道は、広大にして円融、実相は無相であり、すべての分別を離れています。その性は虚空の如く、三徳を具足し、縦にも横にも偏らず、平等に遮り・持ち、功徳の集まりとなります。諸仏はここにおいて、動じることなく如如として留まり、百六十心を善く超え、障りなく達せられます。しかし、諸々の衆生は自ら証得することができず、無明に随い従い、三有（迷いの三界）に沈み続けます。あたかも火の燃え殻を持って回し続けるかのようです。その原因を考えるに、見聞（見ること・聞くこと）が過ちの元なのです。 それゆえ、われらが准提如来は、限りない悲心を起こし、本（根本）より迹（応現）を垂れ、三密（身・口・意）によって頓に教化されます。迹は本より垂れ、九字が共に顕れ、真理にかなう智と色を現し、教えの門を開く声と縁を起こします。体にかなって宣べ流れ、梵字を結び成します。衆生に妙覚の知見を開かせ、本然の智身を成就させたいと願われるのです。この見聞のままにして、しかも見聞にあらず、法界の色と声は、同じく究竟の境地に至るのです。 そもそも第一義の理には、本来、声も文字もありません。しかし、声と文字の働きは、一つの理の門となるものです。声に縁って智に入り、字によって性を尽くす。声と文字を離れては、解脱もまたありません。今、修行する者は、心を標（めじるし）として行を立て、障りを破って理を顕そうとします。もし文字を配し声に縁って、三摩地に入らなければ、道に就いて家に還り、因より果を証する道はありません。 それゆえに、この修法には二つの門を立てます。すなわち、声に縁り文字を配して持する門と、三摩地に入って持する門です。龍樹はこれを「有相持」「無相持」と名づけました。無相持については、第十章で明らかにされます。有相持とは、詳しく言えば、この声と文字は、いずれも色法であり、通じて教えの体となるものです。馬鳴は「色性すなわち智、智身と名づく」と言い、天台はこれを「念法門身」と謂います。 念誦儀に言うには「頂から足に至るまで、九つの梵字をもって行者（修行者）の身に配す」とあります。すなわち、「唵」の字を頂に配すれば、一切種智を成じ、「折」の字を両瞳に配すれば、真俗二諦を成じ、「戾」の字を左右の眼に配すれば、慈悲を成じ、「主」の字を頸喉に配すれば、無碍弁才を成じ、「戾」の字を左右の肩に配すれば、四弘誓願を成じ、「准」の字を心に配すれば、如来蔵を成じ、「提」の字を臍（へそ）に配すれば、三三昧を成じ、「莎婆」の字を両腿に配すれば、地波羅蜜を成じ「金光明経に云く、十地は脚足なり。天台の疏に、十度はすなわち十地の脚なりと」、 「訶」の字を両足に配すれば、定慧が成就するのです。 このように、もろもろの法が集まり連なって身を成じます。色性すでに智であり、智性もまた色です。この智身が配されて成るとき、障りはここにおいて破れ、徳もまたこれによって顕れます。上には法体に冥合し、下には群生に応じます。報智の身と色は、ここに垂れ成ろうとしているのです。また、知るべきです。九梵字の門は、九賢聖の位に入り、因果一つに合し、身と法が相冥合するとき、すなわち如来の印にて八大菩薩の加持せる身を成じます。本と迹とは異なれども、思議を絶した一体であり、勝れた法門と称される所以です。まことに由縁のあることです。

既安布已。然後聲誦。其誦法者。先了音聲性空。字色無相。聲不緩急。字無前後。心性無性。心不異緣。屈曲梵聲。與九梵字歷歷分明。所布呪身。與九聖相了了不昧。如是念持。進焉不已。一一辨了。無間明闇。自然即見本尊相好光明。眷屬圍繞。與我對坐。是為布字緣聲持法也正身威儀。燒香散華。同聲作是願言。

> 既に配置し終えたならば、その後声に出して誦える。その誦え方というのは、まず音声の性が空であることを理解し、字の色には相がないことを知る。声は緩急なく、字には前後の区別がない。心の性には性質がなく、心は他の縁に動かされない。曲がりくねった梵の声と、九つの梵字が一つ一つはっきりと見える。配置した呪の姿と、九つの聖なる相が明らかに曇りなく現れる。このように念じ持ち続け、進んでやむことがない。一つ一つを弁別し明らかにし、明暗に関わらず絶えることがない。自然と本尊の相好の光明が見え、眷属が囲み繞り、私と向かい合って座る。これが布字の縁によって声を持する法である<note>身を正しく整え、香を焼き花を散じ、同じ声でこの願いを述べる</note>。

我某甲今欲念誦。唯願本尊諸佛菩薩。加持護念。願令速得隨意。所求悉地圓滿。

三唱竟。一禮。布字偈云。先觀圓明無相身。以唵布頂成種智。折布瞳神二諦明。戾布兩眼慈悲視。主布頸喉辨無礙。戾布兩肩弘誓在。准布如來密藏心。提布󰏩腰三三昧。莎婆布䏶地波蜜。呵布兩足定慧成。如是布字想念已。便成准提勝法門。首者作白說呪緣起。

> 三唱終わりて、一礼す。布字の偈に云く、「先ず圓明無相の身を觀じ、唵をもって頂に布して種智を成ず。折は瞳神に布して二諦明らかなり。戾は兩眼に布して慈悲に視る。主は頸喉に布して辨無礙なり。戾は兩肩に布して弘誓ここに在り。准は如來の密藏の心に布す。提は腰に布して三三昧なり。莎婆は䏶に布して地波蜜なり。呵は兩足に布して定慧成る。かくの如く字を布して念想し終われば、便ち准提の勝法門を成ず。首者は白（はく）を作して呪の緣起を説く」。

爾時世尊。愍念未來薄福惡業諸眾生故。即入准提三摩地。說過去七俱胝佛所說陀羅尼。

眾共手結契印。口誦呪言。心存布梵。其契印法。以二手小指無名指。相叉入掌。二中指直竪相拄。二頭指附二中指上節。二大指附二頭指側。即成。

南無颯哆南一三藐三勃陀俱胝南二怛姪他長引三唵折戾四主戾五准提六莎婆訶七

􌲺􌥷􌯂􌦽􌯂􌦿􌧕􌷌􌪰

壇中不便列坐。但行立誦持一百八徧。是悉地滿數。今求三品悉地。是宜三週百八。不多不少。首者依法持珠記數。數滿歸位。以印向頂解散。首者白聞呪證位。

佛說此大准提陀羅尼法時。無量眾生遠塵離垢。得證准提陀羅尼功德。得見十方諸佛菩薩聖眾。決定成就阿耨多羅三藐三菩提白竟。同聲作願。

我某甲以此念誦功德。一切眾生所修真行。求上中下悉地。速得成就三唱一禮。