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title: "大方廣佛華嚴經 · 15 十住品"
description: "大方廣佛華嚴經，又称华严经，由唐代实叉难陀翻译，是佛教重要经典之一。该经成书于印度，后传入中国，成为华严宗的根本经典。内容主要阐述佛陀证悟的无限境界，强调法界缘起、事事无碍的哲学思想，展现宇宙万物相互融通的华严世界观。经中通过善财童子五十三参的故事，揭示菩萨修行的次第与圆满境界。华严经在大乘佛教中地位崇高，被誉为经中之王，对汉传佛教思想影响深远，尤其为华严宗、禅宗等宗派所重视。其广博深奥的教义，成为研究佛教哲学与修行实践的重要依据。"
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### 十住品第十五

> 十住品第十五

爾時，法慧菩薩承佛威力，入菩薩無量方便三昧。以三昧力，十方各千佛剎微塵數世界之外，有千佛剎微塵數諸佛，皆同一號，名曰法慧，普現其前，告法慧菩薩言：「善哉！善哉！善男子！汝能入是菩薩無量方便三昧。善男子！十方各千佛剎微塵數諸佛，悉以神力共加於汝。又是毘盧遮那如來往昔願力、威神之力，及汝所修善根力故，入此三昧，令汝說法。為增長佛智故，深入法界故，善了眾生界故，所入無礙故，所行無障故，得無等方便故，入一切智性故，覺一切法故，知一切根故，能持說一切法故，所謂：發起諸菩薩十種住。善男子！汝當承佛威神之力而演此法。」

> その時、法慧菩薩は仏の威神力を受け、菩薩の無量方便三昧に入られた。三昧の力によって、十方それぞれ千の仏刹微塵数の世界を超えたところに、千仏刹微塵数の諸仏が現れ、皆同じ名号、すなわち法慧と称し、普くその前に現れて、法慧菩薩に告げられた。 「善きかな、善きかな、善男子よ。汝はよくこの菩薩無量方便三昧に入ることができた。善男子よ、十方それぞれ千仏刹微塵数の諸仏は、悉く神力をもって共に汝を加護する。またこれは毘盧遮那如来の往昔の願力と威神の力、及び汝が修めた善根の力の故に、この三昧に入り、汝に説法させようとしているのである。 仏の智慧を増長させるため、法界に深く入るため、衆生の世界を善く了知するため、入るところに妨げがなく、行うところに障害がなく、比類なき方便を得、一切智の性に入り、一切の法を覚り、一切の根機を知り、一切の法を説き持つことができるようにするためである。すなわち、諸菩薩の十種の住を発起させるためである。善男子よ、汝はまさに仏の威神の力を受け、この法を演説すべきである。」

是時，諸佛即與法慧菩薩無礙智、無著智、無斷智、無癡智、無異智、無失智、無量智、無勝智、無懈智、無奪智。何以故？此三昧力，法如是故。是時，諸佛各申右手，摩法慧菩薩頂。法慧菩薩即從定起，告諸菩薩言：

> その時、諸仏は法慧菩薩に無礙智、無著智、無斷智、無癡智、無異智、無失智、無量智、無勝智、無懈智、無奪智をお授けになりました。なぜなら、この三昧の力は、法の本質がそうであるからです。その時、諸仏はそれぞれ右手を伸ばし、法慧菩薩の頭を撫でられました。法慧菩薩はすぐに禅定から立ち上がり、諸菩薩に向かって言いました。

「佛子！菩薩住處廣大，與法界虛空等。佛子！菩薩住三世諸佛家，彼菩薩住，我今當說。諸佛子！菩薩住有十種，過去、未來、現在諸佛，已說、當說、今說。何者為十？所謂：初發心住、治地住、修行住、生貴住、具足方便住、正心住、不退住、童真住、王子住、灌頂住。是名菩薩十住，去、來、現在諸佛所說。

> 仏子よ、菩薩の住処は広大であり、法界や虚空と等しい。仏子よ、菩薩は三世の諸仏の家に住し、その菩薩の住について、今から説き明かそう。 諸仏子よ、菩薩の住には十種がある。過去、未来、現在の諸仏が、すでに説き、これから説き、今まさに説いているものである。その十とは何か。すなわち、 初発心の住、 治地の住、 修行の住、 生貴の住、 具足方便の住、 正心の住、 不退の住、 童真の住、 王子の住、 灌頂の住。 これらを菩薩の十住といい、過去、未来、現在の諸仏が説かれたものである。

「佛子！云何為菩薩發心住？此菩薩見佛世尊形貌端嚴，色相圓滿，人所樂見，難可值遇，有大威力；或見神足；或聞記別；或聽教誡；或見眾生受諸劇苦；或聞如來廣大佛法，發菩提心，求一切智。此菩薩緣十種難得法而發於心。何者為十？所謂：是處非處智、善惡業報智、諸根勝劣智、種種解差別智、種種界差別智、一切至處道智、諸禪解脫三昧智、宿命無礙智、天眼無礙智、三世漏普盡智。是為十。佛子！此菩薩應勸學十法。何者為十？所謂：勤供養佛、樂住生死、主導世間令除惡業、以勝妙法常行教誨、歎無上法、學佛功德、生諸佛前恒蒙攝受、方便演說寂靜三昧、讚歎遠離生死輪迴、為苦眾生作歸依處。何以故？欲令菩薩於佛法中心轉增廣；有所聞法，即自開解，不由他教故。

> 仏子よ、菩薩の「発心住」とは何か。この菩薩は、仏世尊の姿形が端正で、色相が円満であり、人々が喜んで見るが、めったに遭遇できず、大いなる威力をもつことを見る。あるいは神通力を目にし、あるいは記別（予言）を聞き、あるいは教誡を聴き、あるいは衆生が激しい苦しみを受けるのを見て、あるいは如来の広大な仏法を聞いて、菩提心を発し、一切智を求めるのである。 この菩薩は、十種の得難き法を縁として心を発する。それは何か。すなわち、是処非処智（道理の是非をわきまえる智慧）、善悪業報智（善悪の業とその報いを知る智慧）、諸根勝劣智（衆生の根機の優劣を見分ける智慧）、種種解差別智（さまざまな理解の違いを知る智慧）、種種界差別智（さまざまな境遇や性質の違いを知る智慧）、一切至処道智（すべての境地に至る道を知る智慧）、諸禅解脱三昧智（さまざまな禅定・解脱・三昧を知る智慧）、宿命無礙智（過去世を自在に知る智慧）、天眼無礙智（未来などを自在に見通す智慧）、三世漏普尽智（過去・現在・未来の煩悩をことごとく滅ぼす智慧）である。これが十種である。 仏子よ、この菩薩は十の法を学ぶよう勧められるべきである。それは何か。すなわち、勤めて仏を供養すること、生死の世界に安住して楽しむこと、世間を導いて悪業を除かせること、優れた妙法をもって常に教え諭すこと、無上の法を讃歎すること、仏の功德を学ぶこと、諸仏の御前に生まれ、常に摂受（受け入れ導き）を受けること、方便をもって寂静の三昧を説き示すこと、生死輪廻から遠ざかることを讃歎すること、苦しむ衆生のよりどころとなることである。 なぜか。菩薩が仏法に対して心をますます広げ、聞いた法を自ら理解し、他人の教えによらずに悟りを開くようにするためである。

「佛子！云何為菩薩治地住？此菩薩於諸眾生發十種心。何者為十？所謂：利益心、大悲心、安樂心、安住心、憐愍心、攝受心、守護心、同己心、師心、導師心。是為十。佛子！此菩薩應勸學十法。何者為十？所謂：誦習多聞、虛閑寂靜、近善知識、發言和悅、語必知時、心無怯怖、了達於義、如法修行、遠離愚迷、安住不動。何以故？欲令菩薩於諸眾生增長大悲；有所聞法，即自開解，不由他教故。

> 仏子よ、菩薩が修行の地を治めるとはどういうことか。この菩薩は一切の衆生に対して十種の心を起こす。その十とは何か。すなわち、利益を与えたいという心、大いなる慈悲の心、安楽をもたらしたいという心、安らかに住まわせたいという心、憐れみ慈しむ心、受け入れ導く心、守り護る心、自分と同じように思う心、師と仰ぐ心、導き手となる心。これが十である。 仏子よ、この菩薩はさらに十の法を学ぶよう努めるべきである。その十とは何か。すなわち、経典を読み学び多く聞くこと、静かで心穏やかな境地を保つこと、善き師に近づくこと、言葉を和やかに優しくすること、時をわきまえて語ること、心に怯えや恐れがないこと、教えの真意を理解すること、法に従って実践すること、愚かさと迷いから遠ざかること、確固として動じずに住すること。なぜか。菩薩が衆生に対し大いなる慈悲を増し広げ、聞いた教えを自ら理解し、他者の教えに頼らずに悟りを開くためである。

「佛子！云何為菩薩修行住？此菩薩以十種行觀一切法。何等為十？所謂：觀一切法無常、一切法苦、一切法空、一切法無我、一切法無作、一切法無味、一切法不如名、一切法無處所、一切法離分別、一切法無堅實。是為十。佛子！此菩薩應勸學十法。何者為十？所謂：觀察眾生界、法界、世界，觀察地界、水界、火界、風界，觀察欲界、色界、無色界。何以故？欲令菩薩智慧明了；有所聞法，即自開解，不由他教故。

> 仏子よ、菩薩の修行住とは何か。この菩薩は十種の行いをもって一切の法を観じる。何が十かというと、すなわち、一切の法は無常であると観じ、一切の法は苦であると観じ、一切の法は空であると観じ、一切の法は無我であると観じ、一切の法は無作であると観じ、一切の法は無味であると観じ、一切の法は名の通りではないと観じ、一切の法は処所なく、一切の法は分別を離れ、一切の法は堅固な実体がないと観じる。これが十である。 仏子よ、この菩薩は十の法を学ぶよう勧められるべきである。何が十かというと、すなわち、衆生界を観察し、法界を観察し、世界を観察し、地界を観察し、水界を観察し、火界を観察し、風界を観察し、欲界を観察し、色界を観察し、無色界を観察することである。なぜかといえば、菩薩の智慧を明らかにし、聞いた法を自ら理解し、他から教えられることなく悟るためである。

「佛子！云何為菩薩生貴住？此菩薩從聖教中生，成就十法。何者為十？所謂：永不退轉於諸佛所，深生淨信，善觀察法，了知眾生、國土、世界、業行、果報、生死、涅槃。是為十。佛子！此菩薩應勸學十法。何者為十？所謂：了知過去、未來、現在一切佛法，修集過去、未來、現在一切佛法，圓滿過去、未來、現在一切佛法，了知一切諸佛平等。何以故？欲令增進於三世中，心得平等；有所聞法，即自開解，不由他教故。

> 仏子よ、菩薩の生貴住とは何か。この菩薩は聖なる教えの中から生まれ、十の法を成就する。その十とは何か。すなわち、諸仏のところで永遠に退転せず、深く清浄な信心を生じ、法を善く観察し、衆生・国土・世界・業行・果報・生死・涅槃を了知することである。これが十である。 仏子よ、この菩薩は十の法を学ぶよう勧められるべきである。その十とは何か。すなわち、過去・未来・現在の一切の仏法を了知し、過去・未来・現在の一切の仏法を修集し、過去・未来・現在の一切の仏法を円満し、一切の諸仏の平等を了知することである。なぜかというと、三世の中において心が平等となることを増進させ、聞いた法は即座に自ら理解し、他から教えられることなく悟るためである。

「佛子！云何為菩薩具足方便住？此菩薩所修善根，皆為救護一切眾生，饒益一切眾生，安樂一切眾生，哀愍一切眾生，度脫一切眾生，令一切眾生離諸災難，令一切眾生出生死苦，令一切眾生發生淨信，令一切眾生悉得調伏，令一切眾生咸證涅槃。佛子！此菩薩應勸學十法。何者為十？所謂：知眾生無邊、知眾生無量、知眾生無數、知眾生不思議、知眾生無量色、知眾生不可量、知眾生空、知眾生無所作、知眾生無所有、知眾生無自性。何以故？欲令其心轉復增勝，無所染著；有所聞法，即自開解，不由他教故。

> 仏子よ！いかにして菩薩は方便を具足して住するのか？この菩薩が修める善根は、すべて一切衆生を救護し、一切衆生に利益を与え、一切衆生を安楽ならしめ、一切衆生を哀れみ、一切衆生を度脱し、一切衆生を諸々の災難から離れさせ、一切衆生を生死の苦から出離させ、一切衆生に浄信を起こさせ、一切衆生を悉く調伏させ、一切衆生をことごとく涅槃に証入せしめるためである。仏子よ！この菩薩は十の法を学ぶよう勧めるべきである。いかなる十か？すなわち、衆生は辺際がないことを知り、衆生は量りがたいことを知り、衆生は数えがたいことを知り、衆生は不可思議であることを知り、衆生は無量の色を持つことを知り、衆生は計り知れないことを知り、衆生は空であることを知り、衆生は作られるものではないことを知り、衆生は所有するものがないことを知り、衆生は自性がないことを知るのである。なぜか？その心がさらに増して勝れ、何ものにも染着することがなく、聞いた法は即座に自ら理解し、他から教えられることなく悟るようになるためである。

「佛子！云何為菩薩正心住？此菩薩聞十種法，心定不動。何者為十？所謂：聞讚佛、毀佛，於佛法中，心定不動；聞讚法、毀法，於佛法中，心定不動；聞讚菩薩、毀菩薩，於佛法中，心定不動；聞讚菩薩、毀菩薩所行法，於佛法中，心定不動；聞說眾生有量、無量，於佛法中，心定不動；聞說眾生有垢、無垢，於佛法中，心定不動；聞說眾生易度、難度，於佛法中，心定不動；聞說法界有量、無量，於佛法中，心定不動；聞說法界有成、有壞，於佛法中，心定不動；聞說法界若有、若無，於佛法中，心定不動。是為十。佛子！此菩薩應勸學十法。何者為十？所謂：一切法無相、一切法無體、一切法不可修、一切法無所有、一切法無真實、一切法空、一切法無性、一切法如幻、一切法如夢、一切法無分別。何以故？欲令其心轉復增進，得不退轉無生法忍；有所聞法，即自開解，不由他教故。

> 仏子よ、菩薩の正心住とは何か。この菩薩は十種の法を聞いても、心は定まり揺るがない。その十とは何か。すなわち、仏を称賛する言葉を聞いても、仏を誹謗する言葉を聞いても、仏法において心は定まり揺るがない。法を称賛する言葉を聞いても、法を誹謗する言葉を聞いても、仏法において心は定まり揺るがない。菩薩を称賛する言葉を聞いても、菩薩を誹謗する言葉を聞いても、仏法において心は定まり揺るがない。菩薩の行う法を称賛する言葉を聞いても、菩薩の行う法を誹謗する言葉を聞いても、仏法において心は定まり揺るがない。衆生に量があると説く言葉を聞いても、衆生に量がないと説く言葉を聞いても、仏法において心は定まり揺るがない。衆生に垢があると説く言葉を聞いても、衆生に垢がないと説く言葉を聞いても、仏法において心は定まり揺るがない。衆生が度しやすいと説く言葉を聞いても、衆生が度しにくいと説く言葉を聞いても、仏法において心は定まり揺るがない。法界に量があると説く言葉を聞いても、法界に量がないと説く言葉を聞いても、仏法において心は定まり揺るがない。法界に成りがあると説く言葉を聞いても、法界に壊れがあると説く言葉を聞いても、仏法において心は定まり揺るがない。法界に有りがあると説く言葉を聞いても、法界に無しがあると説く言葉を聞いても、仏法において心は定まり揺るがない。これが十である。 仏子よ、この菩薩は十の法を学ぶよう勧められるべきである。その十とは何か。すなわち、一切の法は相なく、一切の法は体なく、一切の法は修するに足らず、一切の法は所有なく、一切の法は真実なく、一切の法は空であり、一切の法は性なく、一切の法は幻のごとく、一切の法は夢のごとく、一切の法は分別なきものである。なぜか。その心をさらに増進させ、不退転の無生法忍を得させ、聞いた法を自ら開き解し、他に教えられることなくするためである。

「佛子！云何為菩薩不退住？此菩薩聞十種法，堅固不退。何者為十？所謂：聞有佛、無佛，於佛法中，心不退轉；聞有法、無法，於佛法中，心不退轉；聞有菩薩、無菩薩，於佛法中，心不退轉；聞有菩薩行、無菩薩行，於佛法中，心不退轉；聞有菩薩修行出離、修行不出離，於佛法中，心不退轉；聞過去有佛、過去無佛，於佛法中，心不退轉；聞未來有佛、未來無佛，於佛法中，心不退轉；聞現在有佛、現在無佛，於佛法中，心不退轉；聞佛智有盡、佛智無盡，於佛法中，心不退轉；聞三世一相、三世非一相，於佛法中，心不退轉。是為十。佛子！此菩薩應勸學十種廣大法。何者為十？所謂：說一即多、說多即一、文隨於義、義隨於文、非有即有、有即非有、無相即相、相即無相、無性即性、性即無性。何以故？欲令增進，於一切法善能出離；有所聞法，即自開解，不由他教故。

> 仏子よ、菩薩の不退住とは何か。この菩薩は十種の法を聞いて、堅固に退転しない。それはどのような十か。すなわち、仏が存在する、存在しないと聞いても、仏法の中で心が退転しない。法が存在する、存在しないと聞いても、仏法の中で心が退転しない。菩薩が存在する、存在しないと聞いても、仏法の中で心が退転しない。菩薩行が存在する、存在しないと聞いても、仏法の中で心が退転しない。菩薩の修行に解脱がある、ないと聞いても、仏法の中で心が退転しない。過去に仏がいた、いなかったと聞いても、仏法の中で心が退転しない。未来に仏がいる、いないと聞いても、仏法の中で心が退転しない。現在に仏がいる、いないと聞いても、仏法の中で心が退転しない。仏の智慧に限りがある、ないと聞いても、仏法の中で心が退転しない。三世が一つの相である、そうでないと聞いても、仏法の中で心が退転しない。これが十である。 仏子よ、この菩薩は十種の広大な法を学ぶよう勧められるべきである。それはどのような十か。すなわち、一を説けば多であり、多を説けば一である。文は義に従い、義は文に従う。有でないものが有であり、有が有でないものである。無相が相であり、相が無相である。無性が性であり、性が無性である。なぜか。すべての法を善く離れることができるように増進させ、聞いた法は自ら理解し、他に教えを仰がなくてもよいからである。

「佛子！云何為菩薩童真住？此菩薩住十種業。何者為十？所謂：身行無失，語行無失，意行無失，隨意受生，知眾生種種欲，知眾生種種解，知眾生種種界，知眾生種種業，知世界成壞，神足自在、所行無礙。是為十。佛子！此菩薩應勸學十種法。何者為十？所謂：知一切佛剎、動一切佛剎、持一切佛剎、觀一切佛剎、詣一切佛剎、遊行無數世界、領受無數佛法、現變化自在身、出廣大遍滿音、一剎那中承事供養無數諸佛。何以故？欲令增進，於一切法能得善巧；有所聞法，即自開解，不由他教故。

> 仏子よ、菩薩の童真住とはどのようなものか。この菩薩は十種の業に住する。その十とは何か。すなわち、身の行いに過ちなく、語の行いに過ちなく、意の行いに過ちなく、意のままに生を受けることができ、衆生のさまざまな欲を知り、衆生のさまざまな理解を知り、衆生のさまざまな境涯を知り、衆生のさまざまな業を知り、世界の成壊を知り、神通力が自在で、行くところに何の妨げもない。これが十である。 仏子よ、この菩薩は十種の法を学ぶよう勧められるべきである。その十とは何か。すなわち、一切の仏国土を知り、一切の仏国土を動かし、一切の仏国土を支え、一切の仏国土を観察し、一切の仏国土に赴き、無数の世界を遊行し、無数の仏法を領受し、自在に変化する身を現し、広大にして遍満する音声を発し、一瞬のうちに無数の諸仏に承事供養することである。なぜか。すべての法において善巧を得ることができ、聞いた法は自ら開き解くことができ、他に教えを請う必要がないように、その境地を増進させるためである。

「佛子！云何為菩薩王子住？此菩薩善知十種法。何者為十？所謂：善知諸眾生受生、善知諸煩惱現起、善知習氣相續、善知所行方便、善知無量法、善解諸威儀、善知世界差別、善知前際後際事、善知演說世諦、善知演說第一義諦。是為十。佛子！此菩薩應勸學十種法。何者為十？所謂：法王處善巧、法王處軌度、法王處宮殿、法王處趣入、法王處觀察、法王灌頂、法王力持、法王無畏、法王宴寢、法王讚歎。何以故？欲令增進，心無障礙；有所聞法，即自開解，不由他教故。

> 仏子よ、菩薩の王子住とはいかなるものか。この菩薩は十種の法を善く知る。何が十かというと、すなわち、諸々の衆生の受生を善く知り、諸々の煩惱の現起を善く知り、習気の相続を善く知り、行うべき方便を善く知り、無量の法を善く知り、諸々の威儀を善く解し、世界の差別を善く知り、前際と後際の事を善く知り、世諦を演説することを善く知り、第一義諦を演説することを善く知る。これが十である。 仏子よ、この菩薩は十種の法を学ぶよう勧められるべきである。何が十かというと、すなわち、法王の処における善巧、法王の処における軌度、法王の処における宮殿、法王の処への趣入、法王の処における観察、法王の灌頂、法王の力持、法王の無畏、法王の宴寢、法王の讃歎である。なぜかというと、進歩増長させ、心に障礙なく、聞いた法は即座に自ら理解し、他からの教えによらないようにするためである。

「佛子！云何為菩薩灌頂住？此菩薩得成就十種智。何者為十？所謂：震動無數世界、照耀無數世界、住持無數世界、往詣無數世界、嚴淨無數世界、開示無數眾生、觀察無數眾生、知無數眾生根、令無數眾生趣入、令無數眾生調伏。是為十。佛子！此菩薩身及身業，神通變現，過去智、未來智、現在智成就佛土，心境界、智境界皆不可知，乃至法王子菩薩亦不能知。佛子！此菩薩應勸學諸佛十種智。何者為十？所謂：三世智、佛法智、法界無礙智、法界無邊智、充滿一切世界智、普照一切世界智、住持一切世界智、知一切眾生智、知一切法智、知無邊諸佛智。何以故？欲令增長一切種智；有所聞法，即自開解，不由他教故。」

> 仏子よ、菩薩の灌頂住とはいかなるものか。この菩薩は十種の智を成就する。どのような十種か。すなわち、無数の世界を震動させ、無数の世界を照らし、無数の世界を支え、無数の世界に赴き、無数の世界を荘厳清浄にし、無数の衆生に教えを示し、無数の衆生を観察し、無数の衆生の根機を知り、無数の衆生を導き入れ、無数の衆生を調伏する。これが十種である。 仏子よ、この菩薩の身体とその行い、神通による変現、過去の智、未来の智、現在の智、仏国土の成就、心の境界、智の境界は、すべて測り知ることができず、法王子たる菩薩でさえも知ることができない。 仏子よ、この菩薩は諸仏の十種の智を学ぶよう勧められるべきである。どのような十種か。すなわち、三世の智、仏法の智、法界に障りのない智、法界に際限のない智、あらゆる世界を満たす智、あらゆる世界を普く照らす智、あらゆる世界を支える智、あらゆる衆生を知る智、あらゆる法を知る智、無辺の諸仏を知る智である。なぜか。一切種智を増長させ、聞いた法をただちに自ら理解し、他からの教えに頼ることなく悟るためである。

爾時，佛神力故，十方各一萬佛剎微塵數世界，六種震動。所謂：動、遍動、等遍動，起、遍起、等遍起，涌、遍涌、等遍涌，震、遍震、等遍震，吼、遍吼、等遍吼，擊、遍擊、等遍擊。雨天妙華、天末香、天華鬘、天雜香、天寶衣、天寶雲、天莊嚴具，天諸音樂不鼓自鳴，放大光明及妙音聲。如此四天下須彌山頂帝釋殿上，說十住法，現諸神變；十方所有一切世界，悉亦如是。又以佛神力故，十方各過一萬佛剎微塵數世界，有十佛剎微塵數菩薩，來詣於此，充滿十方，作如是言：「善哉！善哉！佛子善說此法！我等諸人，同名：法慧；所從來國，同名：法雲；彼土如來，皆名：妙法。我等佛所，亦說十住；眾會眷屬，文句義理，悉亦如是，無有增減。佛子！我等承佛神力來入此會，為汝作證：如於此會，十方所有一切世界，悉亦如是。」

> その時、仏の神通力によって、十方それぞれ一万の仏国土微塵の数ほどの世界が、六種に震動した。すなわち、動き、遍く動き、等しく遍く動き、起こり、遍く起こり、等しく遍く起こり、湧き、遍く湧き、等しく遍く湧き、震え、遍く震え、等しく遍く震え、吼え、遍く吼え、等しく遍く吼え、撃たれ、遍く撃たれ、等しく遍く撃たれた。天の妙なる華、天の末香、天の華鬘、天の雑香、天の宝衣、天の宝雲、天の荘厳具が雨のように降り注ぎ、天の諸々の音楽は鼓を打たずとも自ら鳴り響き、大いなる光明と妙なる音声を放った。この四天下の須弥山頂にある帝釈天の宮殿において、十住の法を説き、諸々の神変を現じたように、十方のすべての世界もまた、ことごとく同じであった。 また、仏の神通力によって、十方それぞれ一万の仏国土微塵の数を過ぎた世界から、十の仏国土微塵の数の菩薩たちが、ここに来詣し、十方に満ちあふれて、このように言った。「善きかな、善きかな。仏子よ、よくこの法を説きました。我ら諸人は、同じく『法慧』という名であり、来たる国は同じく『法雲』といい、その土の如来は皆、『妙法』と名乗られます。我らが仏のもとでも、また十住を説き、衆会の眷属、文句と義理も、すべて同じであり、増減はありません。仏子よ、我らは仏の神通力を承けてこの会に入り、あなたのために証しとします。この会におけるように、十方のすべての世界もまた、ことごとく同じであることを。」

爾時，法慧菩薩承佛威力，觀察十方暨于法界而說頌曰：

> その時、法慧菩薩は仏の威神力に支えられて、十方と法界を観察し、次の偈を説かれました。

「見最勝智微妙身， 相好端嚴皆具足，如是尊重甚難遇， 菩薩勇猛初發心。見無等比大神通， 聞說記心及教誡，諸趣眾生無量苦， 菩薩以此初發心。聞諸如來普勝尊， 一切功德皆成就，譬如虛空不分別， 菩薩以此初發心。三世因果名為處， 我等自性為非處，欲悉了知真實義， 菩薩以此初發心。過去未來現在世， 所有一切善惡業，欲悉了知無不盡， 菩薩以此初發心。諸禪解脫及三昧， 雜染清淨無量種，欲悉了知入住出， 菩薩以此初發心。隨諸眾生根利鈍， 如是種種精進力，欲悉了達分別知， 菩薩以此初發心。一切眾生種種解， 心所好樂各差別，如是無量欲悉知， 菩薩以此初發心。眾生諸界各差別， 一切世間無有量，欲悉了知其體性， 菩薩以此初發心。一切有為諸行道， 一一皆有所至處，悉欲了知其實性， 菩薩以此初發心。一切世界諸眾生， 隨業漂流無暫息，欲得天眼皆明見， 菩薩以此初發心。過去世中曾所有， 如是體性如是相，欲悉了知其宿住， 菩薩以此初發心。一切眾生諸結惑， 相續現起及習氣，欲悉了知究竟盡， 菩薩以此初發心。隨諸眾生所安立， 種種談論語言道，如其世諦悉欲知， 菩薩以此初發心。一切諸法離言說， 性空寂滅無所作，欲悉明達此真義， 菩薩以此初發心。欲悉震動十方國， 傾覆一切諸大海，具足諸佛大神通， 菩薩以此初發心。欲一毛孔放光明， 普照十方無量土，一一光中覺一切， 菩薩以此初發心。欲以難思諸佛剎， 悉置掌中而不動，了知一切如幻化， 菩薩以此初發心。欲以無量剎眾生， 置一毛端不迫隘，悉知無人無有我， 菩薩以此初發心。欲以一毛滴海水， 一切大海悉令竭，而悉分別知其數， 菩薩以此初發心。不可思議諸國土， 盡抹為塵無遺者，欲悉分別知其數， 菩薩以此初發心。過去未來無量劫， 一切世間成壞相，欲悉了達窮其際， 菩薩以此初發心。三世所有諸如來， 一切獨覺及聲聞，欲知其法盡無餘， 菩薩以此初發心。無量無邊諸世界， 欲以一毛悉稱舉，如其體相悉了知， 菩薩以此初發心。無量無數輪圍山， 欲令悉入毛孔中，如其大小皆得知， 菩薩以此初發心。欲以寂靜一妙音， 普應十方隨類演，如是皆令淨明了， 菩薩以此初發心。一切眾生語言法， 一言演說無不盡，悉欲了知其自性， 菩薩以此初發心。世間言音靡不作， 悉令其解證寂滅，欲得如是妙舌根， 菩薩以此初發心。欲使十方諸世界， 有成壞相皆得見，而悉知從分別生， 菩薩以此初發心。一切十方諸世界， 無量如來悉充滿，欲悉了知彼佛法， 菩薩以此初發心。種種變化無量身， 一切世界微塵等，欲悉了達從心起， 菩薩以此初發心。過去未來現在世， 無量無數諸如來，欲於一念悉了知， 菩薩以此初發心。欲具演說一句法， 阿僧祇劫無有盡，而令文義各不同， 菩薩以此初發心。十方一切諸眾生， 隨其流轉生滅相，欲於一念皆明達， 菩薩以此初發心。欲以身語及意業， 普詣十方無所礙，了知三世皆空寂， 菩薩以此初發心。菩薩如是發心已， 應令往詣十方國，恭敬供養諸如來， 以此使其無退轉。菩薩勇猛求佛道， 住於生死不疲厭，為彼稱歎使順行， 如是令其無退轉。十方世界無量剎， 悉在其中作尊主，為諸菩薩如是說， 以此令其無退轉。最勝最上最第一， 甚深微妙清淨法，勸諸菩薩說與人， 如是教令離煩惱。一切世間無與等， 不可傾動摧伏處，為彼菩薩常稱讚， 如是教令不退轉。佛是世間大力主， 具足一切諸功德，令諸菩薩住是中， 以此教為勝丈夫。無量無邊諸佛所， 悉得往詣而親近，常為諸佛所攝受， 如是教令不退轉。所有寂靜諸三昧， 悉皆演暢無有餘，為彼菩薩如是說， 以此令其不退轉。摧滅諸有生死輪， 轉於清淨妙法輪，一切世間無所著， 為諸菩薩如是說。一切眾生墮惡道， 無量重苦所纏迫，與作救護歸依處， 為諸菩薩如是說。此是菩薩發心住， 一向志求無上道，如我所說教誨法， 一切諸佛亦如是。第二治地住菩薩， 應當發起如是心，十方一切諸眾生， 願使悉順如來教。利益大悲安樂心， 安住憐愍攝受心，守護眾生同己心， 師心及以導師心。已住如是勝妙心， 次令誦習求多聞，常樂寂靜正思惟， 親近一切善知識。發言和悅離麁獷， 言必知時無所畏，了達於義如法行， 遠離愚迷心不動。此是初學菩提行， 能行此行真佛子，我今說彼所應行， 如是佛子應勤學。第三菩薩修行住， 當依佛教勤觀察，諸法無常苦及空， 無有我人無動作。一切諸法不可樂， 無如名字無處所，無所分別無真實， 如是觀者名菩薩。次令觀察眾生界， 及以勸觀於法界，世界差別盡無餘， 於彼咸應勸觀察。十方世界及虛空， 所有地水與火風，欲界色界無色界， 悉勸觀察咸令盡。觀察彼界各差別， 及其體性咸究竟，得如是教勤修行， 此則名為真佛子。第四生貴住菩薩， 從諸聖教而出生，了達諸有無所有， 超過彼法生法界。信佛堅固不可壞， 觀法寂滅心安住，隨諸眾生悉了知， 體性虛妄無真實。世間剎土業及報， 生死涅槃悉如是，佛子於法如是觀， 從佛親生名佛子。過去未來現在世， 其中所有諸佛法，了知積集及圓滿， 如是修學令究竟。三世一切諸如來， 能隨觀察悉平等，種種差別不可得， 如是觀者達三世。如我稱揚讚歎者， 此是四住諸功德，若能依法勤修行， 速成無上佛菩提。從此第五諸菩薩， 說名具足方便住，深入無量巧方便， 發生究竟功德業。菩薩所修眾福德， 皆為救護諸群生，專心利益與安樂， 一向哀愍令度脫。為一切世除眾難， 引出諸有令歡喜，一一調伏無所遺， 皆令具德向涅槃。一切眾生無有邊， 無量無數不思議，及以不可稱量等， 聽受如來如是法。此第五住真佛子， 成就方便度眾生，一切功德大智尊， 以如是法而開示。第六正心圓滿住， 於法自性無迷惑，正念思惟離分別， 一切天人莫能動。聞讚毀佛與佛法， 菩薩及以所行行，眾生有量若無量， 有垢無垢難易度，法界大小及成壞， 若有若無心不動，過去未來今現在， 諦念思惟恒決定。一切諸法皆無相， 無體無性空無實，如幻如夢離分別， 常樂聽聞如是義。第七不退轉菩薩， 於佛及法菩薩行，若有若無出不出， 雖聞是說無退轉。過去未來現在世， 一切諸佛有以無，佛智有盡或無盡， 三世一相種種相，一即是多多即一， 文隨於義義隨文，如是一切展轉成， 此不退人應為說。若法有相及無相， 若法有性及無性，種種差別互相屬， 此人聞已得究竟。第八菩薩童真住， 身語意行皆具足，一切清淨無諸失， 隨意受生得自在。知諸眾生心所樂， 種種意解各差別，及其所有一切法， 十方國土成壞相。逮得速疾妙神通， 一切處中隨念往，於諸佛所聽聞法， 讚歎修行無懈倦。了知一切諸佛國， 震動加持亦觀察，超過佛土不可量， 遊行世界無邊數。阿僧祇法悉諮問， 所欲受身皆自在，言音善巧靡不充， 諸佛無數咸承事。第九菩薩王子住， 能見眾生受生別，煩惱現習靡不知， 所行方便皆善了。諸法各異威儀別， 世界不同前後際，如其世俗第一義， 悉善了知無有餘。法王善巧安立處， 隨其處所所有法，法王宮殿若趣入， 及以於中所觀見。法王所有灌頂法， 神力加持無怯畏，宴寢宮室及歎譽， 以此教詔法王子。如是為說靡不盡， 而令其心無所著，於此了知修正念， 一切諸佛現其前。第十灌頂真佛子， 成滿最上第一法，十方無數諸世界， 悉能震動光普照。住持往詣亦無餘， 清淨莊嚴皆具足，開示眾生無有數， 觀察知根悉能盡。發心調伏亦無邊， 咸令趣向大菩提，一切法界咸觀察， 十方國土皆往詣。其中身及身所作， 神通變現難可測，三世佛土諸境界， 乃至王子無能了。一切見者三世智， 於諸佛法明了智，法界無礙無邊智， 充滿一切世界智，照耀世界住持智， 了知眾生諸法智，及知正覺無邊智， 如來為說咸令盡。如是十住諸菩薩， 皆從如來法化生，隨其所有功德行， 一切天人莫能測。過去未來現在世， 發心求佛無有邊，十方國土皆充滿， 莫不當成一切智。一切國土無邊際， 世界眾生法亦然，惑業心樂各差別， 依彼而發菩提意。始求佛道一念心， 世間眾生及二乘，斯等尚亦不能知， 何況所餘功德行！十方所有諸世界， 能以一毛悉稱舉，彼人能知此佛子， 趣向如來智慧行。十方所有諸大海， 悉以毛端滴令盡，彼人能知此佛子， 一念所修功德行。一切世界抹為塵， 悉能分別知其數，如是之人乃能見， 此諸菩薩所行道。去來現在十方佛， 一切獨覺及聲聞，悉以種種妙辯才， 開示初發菩提心。發心功德不可量， 充滿一切眾生界，眾智共說無能盡， 何況所餘諸妙行！」

> 「最勝の智慧の微妙なる身を見るに、相好端厳にしてことごとく具足せり、 かくのごとき尊重なるものは甚だ難遇なり、菩薩勇猛にして初発心す。 比類なき大神通を見、記心及び教誡を聞くに、 諸趣の衆生の無量の苦を、菩薩これをもって初発心す。 諸の如来普勝尊に聞くに、一切の功德ことごとく成就せり、 譬えば虚空の分別せざるがごとし、菩薩これをもって初発心す。 三世因果を処と名づけ、我等の自性を非処とす、 真実の義を悉く了知せんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 過去未来現在世の、所有の一切の善悪業を、 悉く了知して尽きることなからんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 諸の禅解脱及び三昧、雑染清浄の無量種を、 悉く了知して入・住・出せんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 諸の衆生の根の利鈍に随い、かくのごとき種々の精進力を、 悉く了達して分別知せんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 一切衆生の種々の解、心の好楽する各差別を、 かくのごとく無量なるを悉く知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 衆生の諸界各差別、一切の世間に量なきを、 悉く了知してその体性を知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 一切の有為なる諸行道、一一皆至る処あるを、 悉く了知してその実性を知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 一切世界の諸衆生、業に随って漂流して暫しも息まず、 天眼を得て皆明らかに見んと欲し、菩薩これをもって初発心す。 過去世中に曾て所有せし、かくのごとき体性かくのごとき相を、 悉く了知してその宿住を知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 一切衆生の諸結惑、相続して現起する及び習気を、 悉く了知して究竟に尽きんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 諸の衆生の安立する所に随い、種々の談論言語道を、 その世諦のごとく悉く知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 一切の諸法は言説を離れ、性空寂滅にして作ることなし、 この真義を悉く明達せんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 十方の国を悉く震動せしめ、一切の諸大海を傾覆せんと欲し、 諸仏の大神通を具足せんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 一毛穴より光明を放ち、十方の無量の土を普く照らさんと欲し、 一一の光中に一切を覚らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 思い難き諸仏刹を、悉く掌中に置きて動かざらんと欲し、 一切は幻化のごとくを知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 無量刹の衆生を、一毛端に置きて迫隘せざらんと欲し、 人無く我無きことを悉く知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 一毛をもって海水を滴らし、一切の大海を悉く竭きしめんと欲し、 而して悉く分別してその数を知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 思議すべからざる諸国土を、尽く抹して塵とし遺す者なからんと欲し、 悉く分別してその数を知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 過去未来の無量劫、一切の世間の成壊の相を、 悉く了達してその際を窮めんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 三世の所有の諸如来、一切の独覚及び声聞の、 その法を知り尽きて余りなからんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 無量無辺の諸世界を、一毛をもって悉く称挙せんと欲し、 その体相のごとく悉く了知せんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 無量無數の輪囲山を、悉く毛孔の中に入らしめんと欲し、 その大小のごとく皆得知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 寂静の一妙音をもって、十方に普く応じて類に随い演ぜんと欲し、 かくのごとく皆令して浄明ならしめんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 一切衆生の言語法を、一言演説して尽きることなからんと欲し、 悉く了知してその自性を知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 世間の言音に作らざるなく、悉く令して解して寂滅を証せしめんと欲し、 かくのごとき妙舌根を得んと欲し、菩薩これをもって初発心す。 十方の諸世界をして、成壊の相あること皆得見せしめんと欲し、 而して悉く知らんと分別より生ずることを、菩薩これをもって初発心す。 一切十方の諸世界に、無量の如来悉く充満するを、 悉く了知して彼の仏法を知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 種々の変化無量の身、一切世界の微塵等を、 悉く了達して心より起ることを知らんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 過去未来現在世の、無量無數の諸如来を、 一念の中に悉く了知せんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 一句の法を具に演説せんと欲し、阿僧祇劫も尽きることなからんと欲し、 而して文義を各同じからざらしめんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 十方一切の諸衆生の、その流転生滅の相に随うを、 一念の中に皆明達せんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 身語及び意業をもって、十方に普く詣りて碍ることなからんと欲し、 三世は皆空寂なることを了知せんと欲し、菩薩これをもって初発心す。 菩薩かくのごとく発心したまいし已に、応に往詣して十方の国を令し、 恭敬供養して諸如来に、これをもってその退転せざらしむべし。 菩薩勇猛に仏道を求め、生死に住して疲厭せず、 彼のために称歎して順行せしめ、かくのごとくしてその退転せざらしむ。 十方世界の無量刹に、悉くその中に在りて尊主と作り、 諸の菩薩のためにかくのごとく説き、これをもってその退転せざらしむ。 最勝最上最第一の、甚深微妙清浄の法を、 諸の菩薩に勧めて人に説かしめ、かくのごとく教えて煩悩を離れしむ。 一切世間に与等なく、傾動摧伏すべからざる処を、 彼の菩薩のために常に称讚し、かくのごとく教えて不退転せしむ。 仏は世間の大力主にして、一切の諸功德を具足せり、 諸の菩薩をして是の中に住せしめ、これをもって教えて勝丈夫となす。 無量無辺の諸仏の所に、悉く往詣して親近し、 常に諸仏の摂受したまう所となり、かくのごとく教えて不退転せしむ。 所有の寂静なる諸三昧を、悉く皆演暢して余りなからしめ、 彼の菩薩のためにかくのごとく説き、これをもってその不退転せしむ。 諸有の生死輪を摧滅し、清浄の妙法輪を転じ、 一切の世間に著することなく、諸の菩薩のためにかくのごとく説く。 一切衆生の悪道に堕ち、無量の重苦に纏迫せらるるに、 救護帰依の処と作り、諸の菩薩のためにかくのごとく説く。 これは菩薩の発心住なり、一向に志求して無上道を、 我の説く所の教誨の法のごとく、一切の諸仏もまたかくのごとし。 第二の治地住の菩薩は、応にこのごとき心を発起すべし、 十方一切の諸衆生を、願わくは悉く如来の教に順わしめよ。 利益大悲安楽の心、安住憐愍摂受の心、 衆生を守護して己が心と同くする心、師心及び導師の心。 已にこのごとき勝妙の心に住して、次に誦習して多聞を求めしめ、 常に寂静を楽み正思惟し、一切の善知識に親近せしむ。 発言和悦にして麁獷を離れ、言必ず時に知りて畏るることなく、 義を了達して法のごとく行い、愚迷を遠離して心動かず。 これは初学の菩提行なり、この行を行い得るは真の仏子なり、 我今彼の応に行うべき所を説く、かくのごとき仏子は応に勤学すべし。 第三の菩薩の修行住は、当に仏教に依りて勤めて観察すべし、 諸法は無常苦及び空にして、我人無く動作無し。 一切の諸法は楽しむべからず、名字のごとく無く処所無く、 分別する所無く真実無し、かくのごとく観ずる者を菩薩と名づく。 次に衆生界を観察せしめ、及び法界を観ぜしめ、 世界の差別尽きて余り無く、彼において咸く応に観察を勧むべし。 十方世界及び虚空の、所有の地水と火風と、 欲界色界無色界を、悉く観察を勧めて咸く令して尽きしめよ。 彼の界の各差別を観察し、及びその体性咸く究竟することを得て、 かくのごとき教えに勤めて修行すれば、これ則ち真の仏子と名づく。 第四の生貴住の菩薩は、諸の聖教より出生し、 諸有を了達して所有無く、彼の法を超過して法界に生ず。 仏を信ずること堅固にして壊すべからず、法を観じて寂滅に心安住し、 諸の衆生に随って悉く了知し、体性虚妄にして真実無し。 世間刹土の業及び報、生死涅槃悉くかくのごとし、 仏子は法においてかくのごとく観じ、仏より親しく生まるるを仏子と名づく。 過去未来現在世の、その中に所有の諸仏法を、 了知して積集及び円満し、かくのごとく修学して令して究竟せしむ。 三世一切の諸如来は、能く随って観察して悉く平等なり、 種々の差別得べからず、かくのごとく観ずる者は三世を達す。 我の称揚讚歎する所のごときは、これは四住の諸功德なり、 能く法に依りて勤めて修行すれば、速やかに無上の仏菩提を成ぜん。 ここより第五の諸菩薩は、具足方便住と名づけて説く、 無量の巧方便に深入し、究竟の功德業を発生す。 菩薩の修する所の衆の福德は、皆な諸の群生を救護せんがためなり、 専心に利益と安楽を与え、一向に哀愍して令して度脱せしむ。 一切の世のために衆難を除き、諸有を引出して歓喜せしめ、 一一調伏して遺すところなく、皆な令して徳を具して涅槃に向かわしむ。 一切衆生は辺無く、無量無數思議すべからず、 及び称量すべからざる等に、如来のこのごとき法を受く。 この第五住は真の仏子なり、方便を成就して衆生を度し、 一切功德の大智尊は、このごとき法をもって開示したまう。 第六の正心円満住は、法の自性に於いて迷惑無く、 正念思惟して分別を離れ、一切の天人動かす能わず。 讚毀の仏と仏法とを聞き、菩薩及び以て行う所の行と、 衆生の量あること若くは無量なること、垢有ること若くは無垢なること難易度することを、 法界の大小及び成壊、有ること若くは無きこと心動かず、 過去未来今現在を、諦念思惟して恒に決定す。 一切の諸法は皆な相無く、体無く性無く空にして実無く、 幻のごとく夢のごとく分別を離れ、常に楽んでこのごとき義を聞く。 第七の不退転の菩薩は、仏及び法菩薩行に於いて、 有ること若くは無きこと出ること若くは出でざること、この説を聞くと雖も退転無し。 過去未来現在世の、一切の諸仏の有ること若くは無きこと、 仏智の尽くること若くは尽きざること、三世一相種々の相、 一即ち是多、多即ち是一、文は義に随い、義は文に随う、 かくのごとく一切展転して成ず、この不退の人応に為に説くべし。 若し法に相有り及び相無く、若し法に性有り及び性無く、 種々の差別互いに属す、この人聞き已で究竟を得ん。 第八の菩薩の童真住は、身語意行皆な具足し、 一切清浄にして諸の失無く、意に随って受生して自在を得。 諸の衆生の心の楽む所を知り、種々の意解各差別し、 及びその所有の一切の法、十方国土の成壊の相を逮得して速疾の妙神通し、 一切の処中に随念して往き、諸の仏の所に於いて法を聞き、 讚歎修行して懈倦無し。 一切の諸仏国を了知し、震動加持もまた観察し、 仏土を超過して量るべからず、世界に遊行して辺数無し。 阿僧祇の法悉く諮問し、受けんと欲する身皆な自在に、 言音善巧にして充たさざるなく、諸仏無數咸く承事す。 第九の菩薩の王子住は、能く衆生の受生の別を見、 煩悩の現習知らざるなく、行う所の方便皆な善く了知す。 諸法各異にして威儀別れ、世界同じからず前後際し、 その世俗第一義のごとく、悉く善く了知して余り無し。 法王の善巧安立する処、その処所の所有の法に随い、 法王の宮殿若しくは趣入し、及び以てその中に観見する所と、 法王の所有の灌頂の法、神力加持して怯畏無く、 宴寝の宮室及び歎誉と、これをもって法王子を教詔す。 かくのごとく為に説いて尽きざることなく、而してその心をして著すること無からしめ、 ここに於いて了知して正念を修すれば、一切の諸仏その前に現る。 第十の灌頂の真の仏子は、最上第一の法を成満し、 十方無數の諸世界を、悉く能く震動して光普く照らす。 住持往詣もまた余り無く、清浄荘厳皆な具足し、 衆生を開示して数無く、観察して根を知り悉く能く尽くす。 発心調伏もまた辺無く、咸く令して大菩提に向かわしめ、 一切の法界咸く観察し、十方の国土皆な往詣す。 その中の身及び身の所作、神通変現測り難く、 三世の仏土の諸境界は、乃至王子も能く了すること無し。 一切見者の三世智、諸仏法に於ける明了智、 法界無礙の無辺智、一切世界に充満する智、 世界を照耀して住持する智、衆生の諸法を知る智、 及び正覚の無辺智を知る、如来は為に説きて咸く令して尽くす。 かくのごとく十住の諸菩薩は、皆な如来の法より化生し、 その所有の功德行に随い、一切の天人測る能わず。 過去未来現在世に、発心して仏を求むること辺無く、 十方の国土皆な充満し、当に一切智を成ぜざること莫からん。 一切の国土は辺際無く、世界衆生法もまた然り、 惑業心楽各差別し、彼に依りて菩提の意を発す。 始めて仏道を求むる一念の心は、世間の衆生及び二乗、 斯の等も尚また能く知ること能わず、況んや所余の功德行をや！ 十方の所有の諸世界を、能く一毛をもって悉く称挙する、 彼の人は能くこの仏子の、如来の智慧行に趣向することを知らん。 十方の所有の諸大海を、悉く毛端をもって滴らして令して尽きしむる、 彼の人は能くこの仏子の、一念の修する所の功德行を知らん。 一切世界を抹して塵とし、悉く能く分別してその数を知る、 かくのごときの人乃ち能く見ん、この諸の菩薩の行う所の道を。 去来現在の十

## 大方廣佛華嚴經卷第十六

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