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title: "大方廣佛華嚴經 · 之二"
description: "大方廣佛華嚴經，又称华严经，由唐代实叉难陀翻译，是佛教重要经典之一。该经成书于印度，后传入中国，成为华严宗的根本经典。内容主要阐述佛陀证悟的无限境界，强调法界缘起、事事无碍的哲学思想，展现宇宙万物相互融通的华严世界观。经中通过善财童子五十三参的故事，揭示菩萨修行的次第与圆满境界。华严经在大乘佛教中地位崇高，被誉为经中之王，对汉传佛教思想影响深远，尤其为华严宗、禅宗等宗派所重视。其广博深奥的教义，成为研究佛教哲学与修行实践的重要依据。"
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## 大方廣佛華嚴經卷第二十四

> 大方広仏華厳経 第二十四巻

于闐國三藏實叉難陀奉　制譯

> 于闐国三蔵実叉難陀奉　制訳

### 十迴向品第二十五之二

> 十廻向品第二十五の二

「佛子！云何為菩薩摩訶薩不壞迴向？

> 「仏子よ、菩薩摩訶薩の不壊回向とは何か？

「佛子！此菩薩摩訶薩於去、來、今諸如來所得不壞信，悉能承事一切佛故；於諸菩薩，乃至初發一念之心求一切智，得不壞信，誓修一切菩薩善根無疲厭故；於一切佛法得不壞信，發深志樂故；於一切佛教得不壞信，守護住持故；於一切眾生得不壞信，慈眼等觀，善根迴向，普利益故；於一切白淨法得不壞信，普集無邊諸善根故；於一切菩薩迴向道得不壞信，滿足殊勝諸欲解故；於一切菩薩法師得不壞信，於諸菩薩起佛想故；於一切佛自在神通得不壞信，深信諸佛難思議故；於一切菩薩善巧方便行得不壞信，攝取種種無量無數行境界故。

> 「仏子よ、この菩薩摩訶薩は、過去・未来・現在のすべての如来に対して、揺るぎない信心を得ています。なぜなら、すべての仏にしっかりと仕えることができるからです。また、すべての菩薩に対して、最初の一思いで一切智を求める心を起こした時から、揺るぎない信心を得ています。誓ってすべての菩薩の善根を修め、疲れ嫌うことがないからです。 さらに、すべての仏法に対して揺るぎない信心を得ています。深い志と喜びを起こすからです。 すべての仏の教えに対して揺るぎない信心を得ています。それを守り、保ち続けるからです。 すべての衆生に対して揺るぎない信心を得ています。慈しみの眼で平等に観察し、善根を回向して、広く利益するからです。 すべての清らかな善法に対して揺るぎない信心を得ています。限りない多くの善根を広く集めるからです。 すべての菩薩の回向の道に対して揺るぎない信心を得ています。殊勝な様々な願望や理解を満たすからです。 すべての菩薩の師に対して揺るぎない信心を得ています。菩薩を仏のように思うからです。 すべての仏の自在な神通に対して揺るぎない信心を得ています。仏の不可思議さを深く信じるからです。 すべての菩薩の巧みな方便の行いに対して揺るぎない信心を得ています。様々で無量無数の行いの境地を取り入れるからです。」

「佛子！菩薩摩訶薩如是安住不壞信時，於佛、菩薩、聲聞、獨覺，若諸佛教，若諸眾生，如是等種種境界中，種諸善根無量無邊，令菩提心轉更增長；慈悲廣大，平等觀察，隨順修學諸佛所作，攝取一切清淨善根；入真實義，集福德行，行大惠施，修諸功德，等觀三世。菩薩摩訶薩以如是等善根功德，迴向一切智：『願常見諸佛，親近善友，與諸菩薩同共止住；念一切智，心無暫捨；受持佛教，勤加守護；教化成熟一切眾生，心常迴向出世之道，供養瞻侍一切法師；解了諸法，憶持不忘；修行大願，悉使滿足。』菩薩如是積集善根，成就善根，增長善根，思惟善根，繫念善根，分別善根，愛樂善根，修習善根，安住善根。

> 「仏子よ、菩薩摩訶薩はこのようにして壊れることのない信心に安住する時、仏、菩薩、声聞、独覚、あるいは諸仏の教え、あるいは一切の衆生といった様々な境涯において、無量無辺の善根を植え付け、菩提心をさらに増大させます。慈悲は広大となり、すべてを平等に観察し、諸仏の行いに従って学び、一切の清らかな善根を取り入れます。真実の義に入り、福徳の行いを集め、大きな施しを行い、諸々の功徳を修め、三世を平等に観察します。菩薩摩訶薩は、このような善根功徳をもって、すべての智に回向します。『常に諸仏をお見かけし、善き友に親しみ、諸々の菩薩と共に留まり、一切智を念じて心に一刻の忘れることなく、仏の教えを受けて保ち、精進して守り、一切の衆生を教化し成熟させ、心は常に出離の道を志向し、すべての法師を供養し敬い、諸々の法を理解して記憶し忘れず、大いなる願いを修行してすべてを満たす』と。菩薩はこのようにして善根を積み、善根を成就し、善根を増長し、善根を思惟し、善根に心を留め、善根を分別し、善根を愛好し、善根を修習し、善根に安住します。」

「菩薩摩訶薩如是積集諸善根已，以此善根所得依果修菩薩行，於念念中見無量佛，如其所應，承事供養。以阿僧祇寶、阿僧祇華、阿僧祇鬘、阿僧祇衣、阿僧祇蓋、阿僧祇幢、阿僧祇幡、阿僧祇莊嚴具、阿僧祇給侍、阿僧祇塗飾地、阿僧祇塗香、阿僧祇末香、阿僧祇和香、阿僧祇燒香、阿僧祇深信、阿僧祇愛樂、阿僧祇淨心、阿僧祇尊重、阿僧祇讚歎、阿僧祇禮敬、阿僧祇寶座，阿僧祇華座、阿僧祇香座、阿僧祇鬘座、阿僧祇栴檀座、阿僧祇衣座、阿僧祇金剛座、阿僧祇摩尼座、阿僧祇寶繒座、阿僧祇寶色座、阿僧祇寶經行處、阿僧祇華經行處、阿僧祇香經行處、阿僧祇鬘經行處、阿僧祇衣經行處、阿僧祇寶間錯經行處、阿僧祇一切寶繒綵經行處、阿僧祇一切寶多羅樹經行處、阿僧祇一切寶欄楯經行處、阿僧祇一切寶鈴網彌覆經行處、阿僧祇一切寶宮殿、阿僧祇一切華宮殿、阿僧祇一切香宮殿、阿僧祇一切鬘宮殿、阿僧祇一切栴檀宮殿、阿僧祇一切堅固妙香藏宮殿、阿僧祇一切金剛宮殿、阿僧祇一切摩尼宮殿，皆悉殊妙出過諸天；阿僧祇諸雜寶樹、阿僧祇種種香樹、阿僧祇諸寶衣樹、阿僧祇諸音樂樹、阿僧祇寶莊嚴具樹、阿僧祇妙音聲樹、阿僧祇無厭寶樹、阿僧祇寶繒綵樹、阿僧祇寶璫樹，阿僧祇一切華香、幢幡、鬘蓋所嚴飾樹，如是等樹，扶踈蔭映，莊嚴宮殿。其諸宮殿復有阿僧祇軒檻莊嚴、阿僧祇窓牖莊嚴、阿僧祇門闥莊嚴，阿僧祇樓閣莊嚴、阿僧祇半月莊嚴、阿僧祇帳莊嚴，阿僧祇金網彌覆其上，阿僧祇香周匝普熏，阿僧祇衣敷布其地。

> 菩薩大士は、このようにして善根を積み重ねた後、その善根によって得た果報をもとに菩薩行を修めます。そして、一瞬一瞬のうちに無数の仏を拝見し、その機会に応じて供養し、お仕えします。 無数の宝、無数の花、無数の花飾り、無数の衣、無数の傘蓋、無数の幢、無数の旗、無数の荘厳具、無数の給仕、無数の床の塗飾、無数の塗香、無数の抹香、無数の合香、無数の焼香、無数の深い信心、無数の愛楽、無数の清らかな心、無数の尊重、無数の讚嘆、無数の礼拝、無数の宝の座、無数の花の座、無数の香の座、無数の花飾りの座、無数の栴檀の座、無数の衣の座、無数の金剛の座、無数の摩尼の座、無数の宝の絹の座、無数の宝の色の座、無数の宝の経行処、無数の花の経行処、無数の香の経行処、無数の花飾りの経行処、無数の衣の経行処、無数の宝を交えた経行処、無数の全ての宝の絹織物の経行処、無数の全ての宝の多羅樹の経行処、無数の全ての宝の欄楯の経行処、無数の全ての宝の鈴の網で覆われた経行処、無数の全ての宝の宮殿、無数の全ての花の宮殿、無数の全ての香の宮殿、無数の全ての花飾りの宮殿、無数の全ての栴檀の宮殿、無数の全ての堅固で素晴らしい香の蔵の宮殿、無数の全ての金剛の宮殿、無数の全ての摩尼の宮殿、これらはすべて格別に素晴らしく、天界のものを超えています。 無数の様々な宝の木々、無数の種々の香木、無数の諸々の宝衣の木、無数の諸々の音楽の木、無数の宝の荘厳具の木、無数の妙なる音声の木、無数の見飽きない宝の木、無数の宝の絹織物の木、無数の宝の耳飾りの木、無数の全ての花や香、幢幡、花飾り、傘蓋で飾られた木々など、これらの木々は枝葉を豊かに広げ、陰を落とし、宮殿を荘厳しています。 さらに、それらの宮殿には、無数の軒や欄干の荘厳、無数の窓の荘厳、無数の門の荘厳、無数の楼閣の荘厳、無数の半月形の装飾の荘厳、無数の帳の荘厳があり、無数の金の網がその上に覆いかぶさり、無数の香が周囲に満ちて薫り、無数の衣が地面に敷き詰められています。

「佛子！菩薩摩訶薩以如是等諸供養具，於無量無數不可說不可說劫，淨心尊重、恭敬供養一切諸佛，恒不退轉，無有休息；一一如來滅度之後所有舍利，悉亦如是恭敬供養。為令一切眾生生淨信故，一切眾生攝善根故，一切眾生離諸苦故，一切眾生廣大解故，一切眾生以大莊嚴而莊嚴故，無量莊嚴而莊嚴故，諸有所作得究竟故，知諸佛興難可值故，滿足如來無量力故，莊嚴供養佛塔廟故，住持一切諸佛法故，如是供養現在諸佛，及滅度後所有舍利。其諸供養，於阿僧祇劫說不可盡。如是修集無量功德，皆為成熟一切眾生，無有退轉，無有休息，無有疲厭；無有執著，離諸心想；無有依止，永絕所依；遠離於我，及以我所；如實法印，印諸業門；得法無生，住佛所住；觀無生性，印諸境界。諸佛護念發心迴向，與諸法性相應迴向，入無作法成就所作方便迴向，捨離一切諸事想著方便迴向，住於無量善巧迴向，永出一切諸有迴向，修行諸行不住於相善巧迴向，普攝一切善根迴向，普淨一切菩薩諸行廣大迴向，發無上菩提心迴向，與一切善根同住迴向，滿足最上信解心迴向。

> 「仏子よ、菩薩摩訶薩は、これらの様々な供養の道具をもって、無量無数、はかり知れないほどの劫の間、清らかな心で敬い、恭しくあらゆる仏陀を供養し、決して退転せず、休むことがありません。また、一人ひとりの如来が滅度された後に残された全ての舎利に対しても、同じように恭しく供養します。これは、全ての衆生に清らかな信を生じさせるため、全ての衆生が善根を積むため、全ての衆生が諸々の苦しみから離れるため、全ての衆生が広大な悟りを得るため、全ての衆生を大いなる荘厳で飾るため、無量の荘厳で飾るため、様々な行いが究竟に至るため、諸仏の出現が得難いことを知るため、如来の無量の力を満たすため、仏塔や寺院を荘厳に供養するため、そしてあらゆる仏法を維持し続けるためです。このようにして、現在の諸仏と、滅度後の全ての舎利を供養します。それらの供養は、阿僧祇劫の間語り尽くすことができません。このように無量の功徳を積み集めるのは、全て衆生を成熟させるためであり、そこには退転も休息も疲れも厭いもなく、執着もなく、心の働きを離れ、依り所もなく、永遠に依るものを絶ち、自己と我がものとの観念から遠く離れ、如実な法の印で諸々の業の門を印し、法の無生を得て、仏の住むところに住し、無生の性を観じて、あらゆる境界に印を結びます。諸仏は心を守り、発心して回向し、諸法の性に相応して回向し、無作法に入り、所作を成就する方便によって回向し、あらゆる事への執着の想いを捨てて回向し、無量の善巧に住して回向し、あらゆる生存の領域を永遠に超え出て回向し、諸々の行いを修行しながらも相に執着しない善巧によって回向し、全ての善根を広く収めて回向し、あらゆる菩薩の行いを清浄にし広大に回向し、無上の菩提心を発して回向し、あらゆる善根と共に住して回向し、最上の信解心を満たして回向します。」

「佛子！菩薩摩訶薩以諸善根如是迴向時，雖隨生死而不改變，求一切智未曾退轉，在於諸有心無動亂，悉能度脫一切眾生，不染有為法，不失無礙智。菩薩行位，因緣無盡；世間諸法，無能變動；具足清淨諸波羅蜜，悉能成就一切智力。菩薩如是離諸癡暗，成菩提心，開示光明，增長淨法，迴向勝道，具足眾行；以清淨意，善能分別；了一切法，悉隨心現；知業如幻，業報如像，諸行如化；因緣生法，悉皆如響；菩薩諸行，一切如影；出生無著清淨法眼，見於無作廣大境界；證寂滅性，了法無二；得法實相，具菩薩行；於一切相，皆無所著；善能修行同事諸業，於白淨法恒無廢捨；離一切著，住無著行。菩薩如是善巧思惟，無有迷惑，不違諸法，不壞業因，明見真實，善巧迴向；知法自性，以方便力，成就業報，到於彼岸；智慧觀察一切諸法，獲神通智諸業善根；無作而行，隨心自在。菩薩摩訶薩以諸善根如是迴向，為欲度脫一切眾生，不斷佛種，永離魔業，見一切智無有邊際，信樂不捨離世境界，斷諸雜染；亦願眾生得清淨智，入深方便，出生死法，獲佛善根，永斷一切諸魔事業，以平等印普印諸業，發心趣入一切種智，成就一切出世間法。

> 「仏子よ。菩薩摩訶薩は、諸々の善根をこのように廻向するとき、生死に従いながらも決して変わることなく、一切智を求めて退転することがありません。あらゆる生存の状態にあっても心に動揺がなく、すべての衆生を救い渡すことができます。しかし、有為の法に染まらず、無礙の智を失うこともありません。菩薩の修行の位も、因縁も尽きることがなく、世間のあらゆる法も、菩薩を変えることはできません。清らかな諸波羅蜜を満たし、一切の智慧の力を成就します。菩薩はこのようにして、すべての愚かさと暗闇を離れ、菩提心を成就し、光明を示し、清らかな法を増やし、勝れた道に廻向し、あらゆる行いを備えます。清らかな心で、善く分別し、すべての法は心に従って現れることを了知します。業は幻の如く、業の報いは影の如く、諸々の行いは変化の如く、因縁から生じる法はすべて響きの如くであると知ります。菩薩の諸々の行いはすべて影の如くであり、執着のない清らかな法眼を生じ、作すことのない広大な境界を見ます。寂滅の性を証悟し、法は二つでないことを了知し、法の実相を得て、菩薩行を具え、すべての相にまったく執着しません。善く同事の諸業を修行し、白浄の法を常に捨てず、すべての執着を離れて、執着のない行いに安住します。菩薩はこのように善巧に思惟し、迷うことがなく、諸法に違わず、業因を壊さず、真実を明らかに見て、巧みに廻向します。法の自性を知り、方便力によって業報を成就し、彼岸に到り、智慧をもってすべての諸法を観察し、神通智と諸々の業の善根を得て、作すことなく行い、心のままに自在です。菩薩摩訶薩は、諸々の善根をこのように廻向することによって、一切の衆生を救い渡し、仏の種子を絶やさず、魔の業から永遠に離れ、一切智に辺際のないことを見て、世間の境界を離れることを信じ楽しんで捨てず、あらゆる雑染を断ち切ります。また、衆生が清らかな智を得て、深い方便に入り、生死の法を出離し、仏の善根を獲て、すべての魔の事業を永遠に断ち切り、平等の印をもってすべての業に印を押し、一切種智に向かって心を起こし、すべての出世間の法を成就することを願います。」

「佛子！是為菩薩摩訶薩第二不壞迴向。菩薩摩訶薩住此迴向時，得見一切無數諸佛，成就無量清淨妙法，普於眾生得平等心，於一切法無有疑惑；一切諸佛神力所加，降伏眾魔，永離其業；成就生貴，滿菩提心；得無礙智不由他解，善能開闡一切法義；能隨想力入一切剎，普照眾生，悉使清淨。菩薩摩訶薩以此不壞迴向之力，攝諸善根，如是迴向。」

> 「仏の子よ、これが菩薩摩訶薩の第二の『不壊回向』である。菩薩摩訶薩がこの回向に安住する時、無数の仏をことごとく見ることができ、限りない清らかな教えを成就し、あまねく生きとし生けるものに対して平等の心を得て、一切の教えについて疑惑がなくなる。また、全ての仏の力によって加護され、悪魔を降伏し、その業から永遠に離れる。高貴な生まれを得て、菩提心を満たし、他によることなく自ら解する無碍の智慧を得て、一切の教えの意味を巧みに説き明かす。また、思いの力に従ってあらゆる世界に赴き、生きとし生けるものをあまねく照らし、すべてを清らかにする。菩薩摩訶薩は、この不壊回向の力によって、諸々の善根を集め、このように回向するのである。」

爾時，金剛幢菩薩觀察十方，承佛神力，即說頌言：

> そのとき、金剛幢菩薩は十方の世界を観察し、仏の力の加護を受けて、次のような偈を説かれました。

「菩薩已得不壞意， 修行一切諸善業，是故能令佛歡喜， 智者以此而迴向。供養無量無邊佛， 布施持戒伏諸根，為欲利益諸眾生， 普使一切皆清淨。一切上妙諸香華， 無量差別勝衣服，寶蓋及以莊嚴具， 供養一切諸如來。如是供養於諸佛， 無量無數難思劫，恭敬尊重常歡喜， 未曾一念生疲厭。專心想念於諸佛， 一切世間大明燈，十方所有諸如來， 靡不現前如目覩。不可思議無量劫， 種種布施心無厭，百千萬億眾劫中， 修諸善法悉如是。彼諸如來滅度已， 供養舍利無厭足，悉以種種妙莊嚴， 建立難思眾塔廟。造立無等最勝形， 寶藏淨金為莊嚴，巍巍高大如山王， 其數無量百千億。淨心尊重供養已， 復生歡喜利益意，不思議劫處世間， 救護眾生令解脫。了知眾生皆妄想， 於彼一切無分別，而能善別眾生根， 普為群生作饒益。菩薩修集諸功德， 廣大最勝無與比，了達體性悉非有， 如是決定皆迴向。以最勝智觀諸法， 其中無有一法生，如是方便修迴向， 功德無量不可盡。以是方便令心淨， 悉與一切如來等，此方便力不可盡， 是故福報無盡極。發起無上菩提心， 一切世間無所依，普至十方諸世界， 而於一切無所礙。一切如來出世間， 為欲啟導眾生心，如其心性而觀察， 畢竟推求不可得。一切諸法無有餘， 悉入於如無體性，以是淨眼而迴向， 開彼世間生死獄。雖令諸有悉清淨， 亦不分別於諸有，知諸有性無所有， 而令歡喜意清淨。於一佛土無所依， 一切佛土悉如是，亦不染著有為法， 知彼法性無依處。以是修成一切智， 以是無上智莊嚴，以是諸佛皆歡喜， 是為菩薩迴向業。菩薩專心念諸佛， 無上智慧巧方便，如佛一切無所依， 願我修成此功德。專心救護於一切， 令其遠離眾惡業，如是饒益諸群生， 繫念思惟未曾捨。住於智地守護法， 不以餘乘取涅槃，唯願得佛無上道， 菩薩如是善迴向。不取眾生所言說， 一切有為虛妄事，雖復不依言語道， 亦復不著無言說。十方所有諸如來， 了達諸法無有餘，雖知一切皆空寂， 而不於空起心念。以一莊嚴嚴一切， 亦不於法生分別，如是開悟諸群生， 一切無性無所觀。

> 菩薩は揺るぎない心を得て、 あらゆる善行を修めます。 ゆえに仏を喜ばせることができ、 智慧ある者はこれを廻向します。 無量無辺の仏に供養し、 布施・持戒・諸根を調え、 一切の衆生を利益し、 すべてを清らかにせんと願います。 あらゆる最上の香や華、 無数の見事な衣服、 宝蓋や荘厳具をもって、 すべての如来に供養します。 このように諸仏に供養すること、 無量無数、はかり知れない劫（こう）の間、 敬い尊重し、常に歓喜し、 一度も疲れ厭う心を起こしません。 一心に諸仏を想い念じます。 すべての世間の大いなる灯明（とうみょう）、 十方のすべての如来が、 目前に現れて見えないことはありません。 不可思議な無量の劫の間、 様々な布施を心厭わず行い、 百千万億もの劫の中で、 あらゆる善法をこのように修めます。 それらの如来が滅度された後は、 舎利（しゃり）を供養して飽くことがなく、 様々な見事な荘厳をもって、 思いもよらぬ多くの塔廟（とうびょう）を建立します。 比べるものない最も勝れた姿を造り、 清らかな金を宝蔵として荘厳し、 山王のように高くそびえ立つ、 その数は無量百千億にのぼります。 清らかな心で敬い供養した後、 さらに歓喜と利益の心を起こし、 はかり知れない劫の間、世に在って、 衆生を救い、解脱させます。 衆生がすべて妄想であると了知し、 それらに対して一切分別せず、 しかも衆生の根機をよく見分け、 あまねく群生のために利益を施します。 菩薩が修め集めた諸々の功徳は、 広大で最も勝れ、比べるものなく、 その体性がすべて無いと了達し、 このように決定して廻向します。 最勝の智慧をもって諸法を観じれば、 その中に一つの法として生じたものもなく、 このような方便をもって廻向を修めれば、 功徳は無量で尽きることがありません。 この方便によって心を清らかにし、 すべての如来と等しくなり、 この方便の力は尽きることがないゆえ、 福報もまた尽きることがありません。 無上の菩提心を発起し、 一切の世間において依り所とせず、 あまねく十方の諸世界に至り、 しかも一切に滞ることがありません。 すべての如来が世に出るのは、 衆生の心を啓発し導くためであり、 その心の本性を観察するが、 究極的に推し求めて得ることができません。 一切の諸法は余すことなく、 すべて如に入り、体性はなく、 この清らかな眼で廻向して、 世間の生死の牢獄を開きます。 諸々の有（う）を清らかにしながらも、 諸々の有について分別せず、 有の性には所有がないと知りつつ、 心に歓喜と清らかさをもたらします。 一つの仏土にも依り所とせず、 すべての仏土もまた同じであり、 有為の法に染まることもなく、 その法性には依る処がないと知ります。 これによって一切智を成就し、 この無上の智慧で荘厳し、 これによって諸仏は皆喜ぶ、 これが菩薩の廻向の業です。 菩薩は一心に諸仏を念じ、 無上の智慧と巧みな方便をもち、 仏がすべてに依らないように、 願わくは我もこの功徳を成就せん。 一心にすべてを救い守り、 彼らを諸々の悪業から遠ざけ、 このように群生を利益し、 心に念じて決して捨てません。 智地に住して法を守り、 余りの乗（じょう）で涅槃を取らず、 ただ仏の無上道を得ることを願う、 菩薩はこのように善く廻向します。 衆生の言説を取らず、 一切の有為の虚妄な事柄も取らず、 言葉の道に依らないけれども、 言葉なきことに執着もしません。 十方のすべての如来は、 諸法を余すことなく了達し、 すべてが空寂であると知りながらも、 空に対して心念を起こしません。 一つの荘厳で一切を荘厳し、 法について分別を起こさず、 このように諸々の群生を開悟させ、 一切は無性であり、観ずるものもありません。

「佛子！云何為菩薩摩訶薩等一切佛迴向？

> 「仏子よ、菩薩摩訶薩の『すべての仏に等しい回向』とは何か？」

「佛子！此菩薩摩訶薩隨順修學去、來、現在諸佛世尊迴向之道。如是修學迴向道時，見一切色乃至觸法若美、若惡，不生愛憎，心得自在；無諸過失，廣大清淨；歡喜悅樂，離諸憂惱；心意柔軟，諸根清涼。佛子！菩薩摩訶薩獲得如是安樂之時，復更發心迴向諸佛，作如是念：『願以我今所種善根，令諸佛樂轉更增勝，所謂：不可思議佛所住樂、無有等比佛三昧樂、不可限量大慈悲樂、一切諸佛解脫之樂、無有邊際大神通樂、最極尊重大自在樂、廣大究竟無量力樂、離諸知覺寂靜之樂、住無礙住恒正定樂、行無二行不變異樂。』

> 「仏の子よ！この菩薩摩訶薩は、過去・未来・現在のすべての諸仏世尊の回向の道に従い、修行し学びます。このように回向の道を学び修行する時、あらゆる色（形）から、触法（触覚の対象）に至るまで、それが美しいものであれ、醜いものであれ、愛憎の心を起こさず、心は自在を得て、過失がなく、広大に清らかで、喜び楽しみ、憂いや悩みを離れ、心は柔らかく、諸々の感覚器官は清らかで涼やかとなります。 仏の子よ！菩薩摩訶薩がこのような安らぎと楽しさを得た時、さらに心を起こして諸仏に回向し、このように思います。 『願わくは、今私が植えた善根によって、諸仏の楽しみがさらに増し勝りますように。すなわち、不可思議な仏の住する楽しみ、比類なき仏の三昧の楽しみ、限りなき大慈悲の楽しみ、一切の諸仏の解脱の楽しみ、果てしなき大神通の楽しみ、最も尊く重んじられる大自在の楽しみ、広大にして究極の無量の力の楽しみ、あらゆる知覚を離れた寂静の楽しみ、無碍の住処に住して常に正定にある楽しみ、二つなき行を修行して変異することのない楽しみ』と。」

「佛子！菩薩摩訶薩以諸善根迴向佛已，復以此善根迴向菩薩，所謂：『願未滿者令得圓滿，心未淨者令得清淨，諸波羅蜜未滿足者令得滿足。安住金剛菩提之心，於一切智得不退轉，不捨大精進，守護菩提門一切善根；能令眾生捨離我慢，發菩提心，所願成滿；安住一切菩薩所住，獲得菩薩明利諸根，修習善根，證薩婆若。』

> 佛子よ、菩薩摩薩は、あらゆる善根を仏に向けて回向した後、さらにこの善根をもって菩薩に向けて回向します。すなわち、「願いがまだ満たされていない者には、それを円満に成就させ、心がまだ清らかでない者には、清らかにさせ、様々な波羅蜜がまだ満たされていない者には、それを満たさせます。金剛のような悟りの心に安住し、一切智において退転することなく、大いなる精進を捨てず、悟りの門であるあらゆる善根を守ります。そして、すべての生きとし生けるものを、我執と慢心から離れさせ、悟りを求める心を起こさせ、その願いを成就させます。すべての菩薩の境地に安住し、菩薩の明らかで鋭い感覚の働きを得て、善根を修め、すべてを知る智慧（サルヴァジュニャ）を証得します。」

「佛子！菩薩摩訶薩以諸善根如是迴向菩薩已，復以迴向一切眾生：『願一切眾生所有善根，乃至極少一彈指頃，見佛聞法，恭敬聖僧。彼諸善根皆離障礙，念佛圓滿，念法方便，念僧尊重，不離見佛，心得清淨，獲諸佛法，集無量德，淨諸神通，捨法疑念，依教而住。』如為眾生如是迴向，為聲聞、辟支佛迴向亦復如是。『又願一切眾生永離地獄、餓鬼、畜生、閻羅王等一切惡處，增長無上菩提之心，專意勤求一切種智，永不毀謗諸佛正法，得佛安樂，身心清淨，證一切智。』

> 「仏の子よ。菩提薩埵（菩薩摩訶薩）は、このように諸々の善根をもって菩薩に回向した後、さらにすべての衆生に対して次のように回向します。 『願わくは、すべての衆生が持つ善根、たとえそれがほんの一瞬（指を鳴らす間）であっても、仏を見て法を聞き、聖なる僧（サンガ）を敬うものでありますように。そのすべての善根が障害から離れ、仏を念じることが円満になり、法を念じることが巧みになり、僧を敬い、仏を見ることから離れず、心が清らかになり、諸々の仏法を得て、無量の徳を積み、様々な神通力を清め、法に対する疑いの念を捨て、教えに従って住することになりますように。』 衆生のためにこのように回向するように、声聞や縁覚（辟支仏）のためにもまた同じように回向します。 『また願わくは、すべての衆生が地獄・餓鬼・畜生・閻魔王などのすべての悪い場所から永遠に離れ、無上の悟りを求める心（菩提心）を高め、心を一つにしてあらゆる智慧（一切種智）を求め、決して諸仏の正しい教えを謗らず、仏の安楽を得て、心身が清らかになり、一切の智慧を証得しますように。』」

「佛子！菩薩摩訶薩所有善根，皆以大願，發起、正發起，積集、正積集，增長、正增長，悉令廣大具足充滿。

> 「仏子よ、菩薩摩訶薩のすべての善根は、すべて大いなる誓願によって引き起こされ、正しく起こされ、積み集められ、正しく積み集められ、増え続け、正しく増え続け、すべてを広大に完全に満たすものとするのです。」

「佛子！菩薩摩訶薩在家宅中與妻子俱，未曾暫捨菩提之心，正念思惟薩婆若境，自度度彼，令得究竟；以善方便化己眷屬，令入菩薩智，令成熟解脫；雖與同止，心無所著，以本大悲處於居家，以慈心故隨順妻子，於菩薩清淨道無所障礙。菩薩摩訶薩雖在居家作諸事業，未曾暫捨一切智心。所謂：若著衣裳、若噉滋味、若服湯藥、澡漱塗摩、迴旋顧視、行住坐臥、身語意業、若睡若寤。如是一切諸有所作，心常迴向薩婆若道，繫念思惟，無時捨離。為欲饒益一切眾生，安住菩提無量大願，攝取無數廣大善根；勤修諸善，普救一切，永離一切憍慢放逸，決定趣於一切智地，終不發意向於餘道；常觀一切諸佛菩提，永捨一切諸雜染法，修行一切菩薩所學，於一切智道無所障礙；住於智地愛樂誦習，以無量智集諸善根，心不戀樂一切世間，亦不染著所行之行，專心受持諸佛教法。菩薩如是處在居家，普攝善根，令其增長，迴向諸佛無上菩提。

> 「仏子よ。菩薩摩訶薩は、家の中で妻子と共に暮らしていても、決して一時も菩提心を捨てることなく、正しく念じ、一切智の境地を思惟し、自らを度し、他者をも度して、究竟の解脱に至らせます。巧みな方便をもって自らの眷属を教化し、菩薩の智慧に入らせ、成熟した解脱を得させます。共に生活していながらも、心は一切に執着せず、根本の大悲によって在家にあり、慈しみの心から妻子に従いながらも、菩薩の清らかな道に対して何の障りもありません。菩薩摩訶薩は、在家にあってさまざまな事業を行っていても、決して一時も一切智の心を捨てることはありません。すなわち、衣を身に着けるとき、味わいを口にするとき、薬湯を服用するとき、洗面や漱口、塗油や擦身をするとき、振り返って見るとき、歩く、立つ、座る、眠る、あるいは起きているとき、身・口・意の業、これらの一切の所作において、常に心を薩婆若の道に向けて回向し、念をかけ思惟して、決して離れることがありません。すべての衆生を利益するために、菩提の無量の大願に安住し、無数の広大な善根を摂取し、諸々の善を精進して修め、すべてを普く救い、すべての驕りや放逸を永遠に離れ、決然と一切智の地に向かい、決して他の道に向かう心を起こしません。常にすべての仏の菩提を観じ、すべての雑染の法を永遠に捨て、一切の菩薩の学ぶべきところを修行し、一切智の道に何の障りもなく、智慧の地に住して、読誦を愛好し、無量の智慧をもって諸々の善根を集め、心は一切の世間を恋染せず、また行じる行に染着することもなく、一心に諸仏の教法を受持します。菩薩はこのように在家にありながら、すべての善根を普く摂め、それを増長させ、諸仏の無上の菩提に回向するのです。」

「佛子！菩薩爾時，乃至施與畜生之食一摶、一粒，咸作是願：『當令此等捨畜生道，利益安樂，究竟解脫，永度苦海，永滅苦受，永除苦蘊，永斷苦覺、苦聚、苦行、苦因、苦本及諸苦處；願彼眾生皆得捨離。』菩薩如是專心繫念一切眾生，以彼善根而為上首，為其迴向一切種智。菩薩初發菩提之心普攝眾生，修諸善根悉以迴向，欲令永離生死曠野，得諸如來無礙快樂，出煩惱海，修佛法道；慈心遍滿，悲力廣大，普使一切得清淨樂；守護善根，親近佛法；出魔境界，入佛境界；斷世間種，植如來種，住於三世平等法中。菩薩摩訶薩如是所有已集、當集、現集善根，悉以迴向。復作是念：『如過去諸佛菩薩所行，恭敬供養一切諸佛，度諸眾生令永出離，勤加修習一切善根，悉以迴向而無所著。所謂：不依色，不著受，無倒想，不作行，不取識，捨離六處；不住世法，樂出世間；知一切法皆如虛空，無所從來，不生不滅，無有真實，無所染著；遠離一切諸分別見，不動不轉，不失不壞；住於實際，無相離相，唯是一相；如是深入一切法性，常樂習行普門善根，悉見一切諸佛眾會。如彼過去一切如來善根迴向，我亦如是而為迴向；解如是法，證如是法，依如是法，發心修習，不違法相；知所修行，如幻如影，如水中月，如鏡中像，因緣和合之所顯現，乃至如來究竟之地。』

> 「仏子よ。そのとき菩薩は、たとえ動物に与える一握り、一粒の食べ物に至るまで、次のように願いを立てる。『これらの生きとし生けるものが、畜生の道を捨て、利益と安楽を得て、究極の解脱を遂げ、苦しみの海を永遠に渡り切り、苦しみの感覚を永遠に滅し、苦しみの集まりを永遠に除き、苦しみの思い、苦しみの積み重なり、苦しみを生む行い、苦しみの原因、苦しみの根本、そしてあらゆる苦しみの場所を断ち切ってくだされ。願わくは、それらの衆生がすべてこれらを離れ去ることができますように。』菩薩はこのように心を集中して一切の衆生に思いを馳せ、その善根を最優先として、すべての智恵へと回向する。菩薩が初めて悟りへの心を起こすとき、あまねくすべての衆生を包み込み、修めた善根のすべてを回向して、彼らが生死の荒野を永遠に離れ、如来の障害なき安楽を得、煩悩の海を出て、仏の道を修行できるよう願う。慈悲の心はあまねく満ち、悲しみの力は広大で、すべての者に清らかな安楽を得させ、善根を守り、仏法に親しませる。悪魔の境地を出て、仏の境地に入り、世間の種を断ち切り、如来の種を植え、三世の平等な法の中に安住する。菩薩摩訶薩はこのように、すでに積んだ善根、これから積む善根、現在積んでいる善根のすべてを、ことごとく回向する。そしてまた次のように考える。『過去の諸仏や菩薩たちが行ったように、一切の諸仏を敬い供養し、衆生を救済して永遠に迷いから出離させ、励んで一切の善根を修め、それらをすべて執着なく回向した。すなわち、色に依らず、感受に執着せず、倒錯した想いを起こさず、行いを作らず、認識を取らず、六つの感覚器官の場を捨て去る。世間の法に留まらず、出世間を喜び楽しむ。一切の法はすべて虚空の如く、来たるところなく、生じも滅びもせず、真実の実体なく、何ものにも染まらないことを知る。あらゆる分別や見解を遠く離れ、動かず移らず、失われず壊れない。真実の境地に住し、相を離れ、ただ一つの相のみである。このようにして一切の法の本質に深く入り、常に普遍的な善根を修行し、一切の諸仏の集いをことごとく見る。あの過去のすべての如来が善根を回向したように、私もまたそのように回向する。この法を理解し、この法を悟り、この法に依って心を起こし修行し、法の相に背かない。修行することを知る、それは幻の如く、影の如く、水中の月の如く、鏡の中の像の如く、因縁が和合して現れるものであり、ついには如来の究極の境地に至ることを。』」

「佛子！菩薩摩訶薩復作是念：『如過去諸佛修菩薩行時，以諸善根如是迴向；未來、現在，悉亦如是。我今亦應如彼諸佛，如是發心，以諸善根而為迴向：第一迴向、勝迴向、最勝迴向、上迴向、無上迴向、無等迴向、無等等迴向、無比迴向、無對迴向、尊迴向、妙迴向、平等迴向、正直迴向、大功德迴向、廣大迴向、善迴向、清淨迴向、離惡迴向、不隨惡迴向。』菩薩如是以諸善根正迴向已，成就清淨身、語、意業，住菩薩住，無諸過失；修習善業，離身、語惡，心無瑕穢；修一切智，住廣大心，知一切法無有所作；住出世法，世法不染；分別了知無量諸業，成就迴向善巧方便，永拔一切取著根本。

> 「仏子よ。菩薩摩訶薩は、さらにこのように思惟する。『過去の諸仏が菩薩行を修行されたとき、あらゆる善根をこのように回向された。未来・現在の諸仏もまた、すべて同様である。私もまた、それら諸仏のように心を起こし、あらゆる善根をもって回向する。すなわち、第一の回向、勝れた回向、最も勝れた回向、至上の回向、無上の回向、比類なき回向、等しいもののない回向、比較を絶した回向、対立を超えた回向、尊い回向、妙なる回向、平等の回向、正しい回向、大いなる功徳の回向、広大な回向、善なる回向、清らかな回向、悪を離れる回向、悪に従わない回向である。』 菩薩はこのように、あらゆる善根を正しく回向したのち、清らかな身・口・意の業を成就し、菩薩の境地に安住して、いかなる過失もない。善い業を習修し、身と口の悪を離れ、心に汚れがない。一切の智慧を修め、広大な心に安住し、あらゆる法には作為のないことを知る。出世間の法に安住し、世間の法に染まらない。無量の諸々の業を分別して理解し、回向の巧みな方便を成就し、あらゆる執着の根本を永遠に断ち切る。」

「佛子！是為菩薩摩訶薩第三等一切佛迴向。菩薩摩訶薩住此迴向，深入一切諸如來業，趣向如來勝妙功德；入深清淨智慧境界，不離一切諸菩薩業，善能分別巧妙方便；入深法界，善知菩薩修行次第；入佛種性，以巧方便分別了知無量無邊一切諸法；雖復現身於世中生，而於世法心無所著。」

> 「仏子よ。これが菩薩摩訶薩の第三の「一切の仏に等しく回向する」という教えです。菩薩摩訶薩がこの回向に住すると、すべての如来の業に深く入り、如来の優れた功徳に向かって進みます。深く清らかな智慧の境地に入り、すべての菩薩の業を離れず、巧みな方便をよく分別します。深い法界に入り、菩薩の修行の順序をよく知り、仏の種性に入り、巧みな方便によって無量無辺のすべての法を分別して了知します。世の中に身を現して生まれながらも、世間の法に対して心に執着することがありません。」

爾時，金剛幢菩薩承佛神力，普觀十方，即說頌言：

> その時、金剛幢菩薩は仏の御力を受けて、十方すべてを広く見渡し、このように偈を唱えられました。

「彼諸菩薩摩訶薩， 修過去佛迴向法，亦學未來現在世， 一切導師之所行。於諸境界得安樂， 諸佛如來所稱讚，廣大光明清淨眼， 悉以迴向大聰哲。菩薩身根種種樂， 眼耳鼻舌亦復然，如是無量上妙樂， 悉以迴向諸最勝。一切世間眾善法， 及諸如來所成就，於彼悉攝無有餘， 盡以隨喜益眾生。世間隨喜無量種， 今此迴向為眾生，人中師子所有樂， 願使群萌悉圓滿。一切國土諸如來， 凡所知見種種樂，願令眾生皆悉得， 而為照世大明燈。菩薩所得勝妙樂， 悉以迴向諸群生，雖為群生故迴向， 而於迴向無所著。菩薩修行此迴向， 興起無量大悲心，如佛所修迴向德， 願我修行悉成滿。如諸最勝所成就， 一切智乘微妙樂，及我在世之所行， 諸菩薩行無量樂，示入眾趣安隱樂， 恒守諸根寂靜樂，悉以迴向諸群生， 普使修成無上智。非身語意即是業， 亦不離此而別有，但以方便滅癡冥， 如是修成無上智。菩薩所修諸行業， 積集無量勝功德，隨順如來生佛家， 寂然不亂正迴向。十方一切諸世界， 所有眾生咸攝受，悉以善根迴向彼， 願令具足安隱樂。不為自身求利益， 欲令一切悉安樂，未曾暫起戲論心， 但觀諸法空無我。十方無量諸最勝， 所見一切真佛子，悉以善根迴向彼， 願使速成無上覺。一切世間含識類， 等心攝取無有餘，以我所行諸善業， 令彼眾生速成佛。無量無邊諸大願， 無上導師所演說，願諸佛子皆清淨， 隨其心樂悉成滿。普觀十方諸世界， 悉以功德施於彼，願令皆具妙莊嚴， 菩薩如是學迴向。心不稱量諸二法， 但恒了達法無二，諸法若二若不二， 於中畢竟無所著。十方一切諸世間， 悉是眾生想分別，於想非想無所得， 如是了達於諸想。彼諸菩薩身淨已， 則意清淨無瑕穢，語業已淨無諸過， 當知意淨無所著。一心正念過去佛， 亦憶未來諸導師，及以現在天人尊， 悉學於其所說法。三世一切諸如來， 智慧明達心無礙，為欲利益眾生故， 迴向菩提集眾業。彼第一慧廣大慧， 不虛妄慧無倒慧，平等實慧清淨慧， 最勝慧者如是說。

> 彼らの菩薩摩薩埵たちは、過去の仏が説いた回向の法を修行し、 未来・現在の世の、すべての導師が行うところをも学びます。 あらゆる境地において安楽を得て、諸仏如来から称賛され、 広大な光明と清らかな眼を得て、すべてを大いなる智慧に回向します。 菩薩の身には様々な楽（楽しみ）があり、眼・耳・鼻・舌にもまた同じく、 このような無量の優れた妙なる楽を、すべてを最勝の者たちに回向します。 一切の世間のあらゆる善い行い、および諸如来が成就されたものを、 それらすべてを余すことなく摂取し、すべてを喜んで衆生を利益します。 世間には無量の種類の喜びがありますが、今この回向は衆生のためです。 人の中の獅子（仏）が持つすべての楽を、すべての生きとし生けるものが円満に得られますように。 すべての国土の諸如来が、知り見るあらゆる様々な楽を、 願わくは衆生がすべてそれを得て、世を照らす大きな灯明となりますように。 菩薩が得た勝れた妙なる楽を、すべてを生きとし生けるものに回向します。 生きとし生けるもののために回向するとはいえ、その回向に執着することはありません。 菩薩はこの回向を修行し、無量の大悲心を起こします。 仏が修行された回向の功徳のように、私の修行もまた成就し円満になりますように。 最勝の者たち（仏）が成就された、一切智の乗りの微妙な楽、 そして私が世に在って行うところの、諸菩薩の行いの無量の楽、 あらゆる生存の境遇に入り示す安穏の楽、常に諸々の感覚器官を守る寂静の楽、 すべてを生きとし生けるものに回向し、広く彼らをして無上の智慧を修め成就させます。 身・言葉・心の働きそのものが業（行為）ではなく、またこれらを離れて別に業があるわけでもありません。 ただ方便によって無明の闇を滅ぼし、このようにして無上の智慧を修め成就します。 菩薩が修める諸々の行業は、無量の勝れた功徳を積み集め、 如来に随順して仏の家に生まれ、寂然として乱れることなく正しく回向します。 十方の一切の諸世界の、すべての衆生をことごとく摂受し、 すべてを善根によって彼らに回向し、願わくは彼らに安穏の楽を具足させます。 自らのために利益を求めるのではなく、すべての者に安楽を得させたいと願い、 未だかつて戯論の心を起こしたことがなく、ただ諸法は空であり我なしと観じます。 十方の無量の最勝者たち（仏）が、見るところのすべての真の仏子たちに、 すべてを善根によって回向し、願わくは彼らをして速やかに無上の覚りを成就させます。 一切の世間の心を持つ生きとし生けるものすべてを、平等の心で残らず摂取し、 私の行う諸々の善い行いによって、彼ら生きとし生けるものを速やかに仏と成らせます。 無量無辺の諸々の大願を、無上の導師が説かれました。 願わくは諸仏子が皆、清らかになり、その心の楽しみに従ってすべてを成就し円満にします。 広く十方の諸世界を観じて、すべてを功徳によってそれらに施し、 願わくは皆に妙なる荘厳を具えさせます。菩薩はこのように回向を学びます。 心は二つのもの（対立する概念）を計り知ることはなく、ただ常に、法は二つではないと達観します。 諸法が二つであろうと二つでなかろうと、その中で究極的に執着するところはありません。 十方の一切の諸世間は、すべては衆生の想念による分別です。 想念と非想念についても、得るところはなく、このようにして諸々の想念を達観します。 それらの菩薩は身が清らかになれば、すなわち意も清らかで瑕穢がなく、 言葉の業がすでに清らかで過ちがなければ、意が清らかで執着がないと知るべきです。 一心に正しく過去の仏を念じ、また未来の諸導師を憶い、 そして現在の天人の尊（仏）をもって、すべてその説かれた法を学びます。 三世の一切の諸如来は、智慧明達にして心に障りがなく、 利益を衆生のために施そうとして、菩提（覚り）へ回向し諸々の善業を集めます。 その第一の智慧、広大な智慧、虚妄ならざる智慧、顛倒なき智慧、 平等なる真実の智慧、清らかな智慧を、最勝の智慧ある者（仏）はこのように説かれます。

「佛子！云何為菩薩摩訶薩至一切處迴向？

> 「仏子よ。では、菩薩摩訶薩の『すべてに至る回向』とは何でしょうか。

「佛子！此菩薩摩訶薩修習一切諸善根時，作是念言：『願此善根功德之力至一切處。譬如實際，無處不至，至一切物，至一切世間，至一切眾生，至一切國土，至一切法，至一切虛空，至一切三世，至一切有為、無為，至一切語言、音聲。願此善根亦復如是，遍至一切諸如來所，供養三世一切諸佛；過去諸佛所願悉滿，未來諸佛具足莊嚴，現在諸佛及其國土、道場，眾會遍滿一切虛空法界。願以信解大威力故，廣大智慧無障礙故，一切善根悉迴向故，以如諸天諸供養具而為供養，充滿無量無邊世界。』佛子！菩薩摩訶薩復作是念：『諸佛世尊普遍一切虛空法界。種種業所起，十方不可說一切世界種世界、不可說佛國土佛境界種種世界、無量世界、無分齊世界、轉世界、側世界、仰世界、覆世界，如是一切諸世界中，現住於壽，示現種種神通變化。彼有菩薩以勝解力，為諸眾生堪受化者，於彼一切諸世界中，現為如來出興於世，以至一切處智；普遍開示如來無量自在神力，法身遍往無有差別，平等普入一切法界；如來藏身不生不滅，善巧方便普現世間，證法實性超一切故，得不退轉無礙力故，生於如來無障礙見、廣大威德種性中故。』

> 「佛子よ！この菩薩摩訶薩は、あらゆる善根を修行する時、こう心に誓います。『どうかこの善根の功徳の力が、あらゆる場所に届きますように。あたかも真実そのものが、至るところに届き、あらゆるもの、あらゆる世界、あらゆる衆生、あらゆる国、あらゆる法、あらゆる虚空、あらゆる三世、あらゆる有為と無為、あらゆる言葉や音声に届くように。この善根もまた同様に、あらゆる如来のもとへと普遍的に届き、三世のすべての仏に供養を捧げますように。過去の仏たちの願いをすべて満たし、未来の仏たちを完全に荘厳し、現在の仏たちとその国土、道場、集いの会座が、虚空法界のすべてに満ちわたりますように。どうか、確信に満ちた理解の大いなる力によって、広大な智慧に障りがないことによって、すべての善根を完全に回向することによって、あらゆる天の供養具のようにして供養し、無量無辺の世界を満たしますように。』佛子よ！さらに菩薩摩訶薩は、こうも心に誓います。『諸仏世尊は、すべての虚空法界に普遍的に存在しておられます。様々な業によって生じた、十方の語り尽くせないあらゆる世界種、語り尽くせない仏国土や仏境界の様々な世界、無量の世界、限りのない世界、回転する世界、傾いた世界、仰向けの世界、伏した世界、そのようなあらゆる世界の中で、今まさに命を保ち、様々な神通変化を示現しておられます。そこには菩薩がいて、すぐれた理解の力によって、教えを受けるのにふさわしい衆生のために、あらゆる世界において如来として世に出現し、あらゆる場所に至る智慧をもって、如来の無量の自在な神通力を普遍的に示し、法身はあまねく至り、差別なく、平等にあらゆる法界に入ります。如来蔵の身は生まれも滅びもせず、巧みな方便をもって世の中に普遍的に現れ、法の真実性を証してあらゆるものを超越し、退転しない無障礙の力を得て、如来の障りのない見解と広大な威徳の種性に生まれるからです。』」

「佛子！菩薩摩訶薩以其所種一切善根願，於如是諸如來所，以眾妙華，及眾妙香、鬘蓋、幢幡、衣服、燈燭，及餘一切諸莊嚴具以為供養；若佛形像，若佛塔廟，悉亦如是。以此善根如是迴向，所謂：不亂迴向、一心迴向、自意迴向、尊敬迴向、不動迴向、無住迴向、無依迴向、無眾生心迴向、無躁競心迴向、寂靜心迴向。復作是念：『盡法界、虛空界，去、來、現在一切劫中，諸佛世尊得一切智、成菩提道，無量名字各各差別，於種種時現成正覺，悉皆住壽盡未來際，一一各以法界莊嚴而嚴其身，道場眾會周遍法界，一切國土隨時出興而作佛事。如是一切諸佛如來，我以善根普皆迴向，願以無數香蓋、無數香幢、無數香幡、無數香帳、無數香網、無數香像、無數香光、無數香焰、無數香雲、無數香座、無數香經行地、無數香所住處、無數香世界、無數香山、無數香海、無數香河、無數香樹、無數香衣服、無數香蓮華、無數香宮殿，無量華蓋，廣說乃至無量華宮殿；無邊鬘蓋，廣說乃至無邊鬘宮殿；無等塗香蓋，廣說乃至無等塗香宮殿；不可數末香蓋，廣說乃至不可數末香宮殿；不可稱衣蓋，廣說乃至不可稱衣宮殿；不可思寶蓋，廣說乃至不可思寶宮殿；不可量燈光明蓋，廣說乃至不可量燈光明宮殿；不可說莊嚴具蓋，廣說乃至不可說莊嚴具宮殿；不可說不可說摩尼寶蓋、不可說不可說摩尼寶幢，如是摩尼寶幡、摩尼寶帳、摩尼寶網、摩尼寶像、摩尼寶光、摩尼寶焰、摩尼寶雲、摩尼寶座、摩尼寶經行地、摩尼寶所住處、摩尼寶剎、摩尼寶山、摩尼寶海、摩尼寶河、摩尼寶樹、摩尼寶衣服、摩尼寶蓮華、摩尼寶宮殿，皆不可說不可說。如是一一諸境界中，各有無數欄楯、無數宮殿、無數樓閣、無數門闥、無數半月、無數却敵、無數窓牖、無數清淨寶、無數莊嚴具，以如是等諸供養物，恭敬供養如上所說諸佛世尊。願令一切世間皆得清淨，一切眾生咸得出離，住十力地，於一切法中得無礙法明。令一切眾生具足善根，悉得調伏，其心無量，等虛空界，往一切剎而無所至，入一切土施諸善法，常得見佛，植諸善根，成就大乘，不著諸法，具足眾善，立無量行，普入無邊一切法界，成就諸佛神通之力，得於如來一切智智。譬如無我，普攝諸法。我諸善根亦復如是，普攝一切諸佛如來，咸悉供養無有餘故；普攝一切無量諸法，悉能悟入無障礙故；普攝一切諸菩薩眾，究竟皆與同善根故；普攝一切諸菩薩行，以本願力皆圓滿故；普攝一切菩薩法明，了達諸法皆無礙故；普攝諸佛大神通力，成就無量諸善根故；普攝諸佛力、無所畏，發無量心滿一切故；普攝菩薩三昧辯才陀羅尼門，善能照了無二法故；普攝諸佛善巧方便，示現如來大神力故；普攝三世一切諸佛降生成道、轉正法輪、調伏眾生、入般涅槃，恭敬供養悉周遍故；普攝十方一切世界，嚴淨佛剎咸究竟故；普攝一切諸廣大劫，於中出現修菩薩行無斷絕故；普攝一切所有趣生，悉於其中現受生故；普攝一切諸眾生界，具足普賢菩薩行故；普攝一切諸惑習氣，悉以方便令清淨故；普攝一切眾生諸根，無量差別咸了知故；普攝一切眾生解欲，令離雜染得清淨故；普攝一切化眾生行，隨其所應為現身故；普攝一切應眾生道，悉入一切眾生界故；普攝一切如來智性，護持一切諸佛教故。』

> 仏の子よ！菩薩摩訶薩は、自らが積んだあらゆる善根をもって誓いを立て、こうした諸仏のもとで、様々な妙なる華や香り、花鬘、蓋、幢幡、衣服、灯明、その他あらゆる荘厳具をもって供養します。仏像や仏塔に対しても同様です。この善根を次のように回向します。すなわち、乱れのない回向、一心の回向、自らの意思による回向、尊敬の回向、動じない回向、執着しない回向、依らない回向、衆生という心のない回向、競い騒ぐ心のない回向、寂静の心による回向です。 さらにこう考えます。「法界と虚空界の限りを尽くし、過去・未来・現在のあらゆる劫において、諸仏世尊は一切智を得て悟りの道を成就し、無数の異なる名前を持ち、様々な時に正覚を現じ、尽未来際まで寿命を保ち、それぞれ法界の荘厳をもって身を飾り、道場や衆会は法界に満ち、あらゆる国土に時に応じて現れ仏事を行う。このようなすべての諸仏如来に対し、私は善根をことごとく回向し、無数の香蓋、香幢、香幡、香帳、香網、香像、香光、香焔、香雲、香座、香の経行地、香の住処、香の世界、香の山、香の海、香の河、香の木、香の衣服、香の蓮華、香の宮殿、無量の華蓋、広く説けば無量の華宮殿に至るもの、無辺の鬘蓋、広く説けば無辺の鬘宮殿に至るもの、比類なき塗香蓋、広く説けば比類なき塗香宮殿に至るもの、数えきれない抹香蓋、広く説けば数えきれない抹香宮殿に至るもの、量り知れない衣蓋、広く説けば量り知れない衣宮殿に至るもの、思いもよらぬ宝蓋、広く説けば思いもよらぬ宝宮殿に至るもの、計り知れない灯明蓋、広く説けば計り知れない灯明宮殿に至るもの、説き尽くせぬ荘厳具の蓋、広く説けば説き尽くせぬ荘厳具の宮殿に至るもの、さらに説き尽くせぬ摩尼宝の蓋や幢、幡、帳、網、像、光、焔、雲、座、経行地、住処、剎、山、海、河、木、衣服、蓮華、宮殿など、すべて説き尽くせないほど多くの供養物をもって、これらの諸仏世尊を恭敬し供養します。 願わくば、すべての世間が清らかになり、すべての衆生が迷いから出離し、十力の境地に安住し、あらゆる法において無碍の法明を得ることができますように。すべての衆生が善根を具え、ことごとく調伏され、その心は無量で虚空界の如く、あらゆる刹土に至ることなく留まらず、すべての国土に入って善法を施し、常に仏を見て善根を植え、大乗を成就し、諸法に執着せず、あらゆる善を具え、無量の行を立て、無辺の法界に普遍に入り、諸仏の神通力を成就し、如来の一切智智を得ることができますように。 例えば「無我」がすべての法を統摂するように、私の諸善根もまた同様であり、すべての諸仏如来を余すことなく普遍に供養します。すべての無量の諸法を普遍に統摂し、障碍なく悟り入ることができます。すべての諸菩薩衆を普遍に統摂し、究極的に同じ善根を共にするからです。すべての諸菩薩行を普遍に統摂し、本願の力によってすべてを円満にするからです。すべての菩薩法明を普遍に統摂し、諸法を無碍に了達するからです。諸仏の大神通力を普遍に統摂し、無量の善根を成就するからです。諸仏の力と無畏を普遍に統摂し、無量の心を起こして一切を満たすからです。菩薩の三昧・弁才・陀羅尼門を普遍に統摂し、善く無二の法を照らし了するからです。諸仏の善巧方便を普遍に統摂し、如来の大神力を示現するからです。三世のすべての諸仏が降誕し、道を成就し、正法の輪を転じ、衆生を調伏し、涅槃に入ることを普遍に統摂し、恭敬供養を遍く行き渡らせるからです。十方のすべての世界を普遍に統摂し、仏刹を清浄に荘厳し尽くすからです。すべての広大な劫を普遍に統摂し、その中に現れて菩薩行を絶え間なく修めるからです。すべての生存の種類を普遍に統摂し、そのすべての中で受生を現じるからです。すべての衆生界を普遍に統摂し、普賢菩薩の行を具足するからです。すべての煩悩の習気を普遍に統摂し、方便によって清浄にするからです。すべての衆生の諸根を普遍に統摂し、無量の違いをことごとく了知するからです。すべての衆生の理解と欲求を普遍に統摂し、雑染を離れて清浄を得させるからです。すべての衆生化導の行を普遍に統摂し、その機に応じて身を現じるからです。すべての衆生に応じる道を普遍に統摂し、すべての衆生界に入るからです。すべての如来の智性を普遍に統摂し、すべての仏の教えを護持するからです。」

「佛子！菩薩摩訶薩以諸善根如是迴向時，用無所得而為方便，不於業中分別報，不於報中分別業；雖無分別而普入法界，雖無所作而恒住善根，雖無所起而勤修勝法；不信諸法而能深入，不有於法而悉知見，若作、不作皆不可得；知諸法性恒不自在，雖悉見諸法而無所見，普知一切而無所知。菩薩如是了達境界，知一切法因緣為本，見於一切諸佛法身，至一切法離染實際，解了世間皆如變化，明達眾生唯是一法、無有二性，不捨業境善巧方便；於有為界示無為法，而不滅壞有為之相；於無為界示有為法，而不分別無為之相。菩薩如是觀一切法畢竟寂滅，成就一切清淨善根，而起救護眾生之心，智慧明達一切法海，常樂修行離愚癡法，已具成就出世功德，不更修學世間之法，得淨智眼離諸癡翳，以善方便修迴向道。

> 「仏子よ、菩薩摩ヒコウ（大菩薩）は、諸々の善根をこのように回向するとき、『無所得』を方便として用います。業のなかで報いを分別せず、報いのなかで業を分別しません。分別しないながらも法界に遍く入り、なすことなくして常に善根に留まり、起こることなくして勝れた法を精進して修めます。諸法を信じなくても深く入り込むことができ、法に執着しなくても全てを知り見ることができ、作ることも作らないことも、ともに得ることができません。諸法の性質は常に自在ではないと知り、諸法をことごとく見るけれども見るところはなく、一切を遍く知るけれども知るところはありません。 菩薩はこのように境界を了達し、一切の法は因縁を根本とすると知り、諸々の諸仏の法身を見、一切の法が汚れを離れた真実の境地に至り、世間はすべて変化のようであると理解し、衆生はただ一つの法であって二つの性質はないと明達し、業の境を捨てずに巧みな方便を用います。有為の界において無為の法を示すけれども、有為の相を滅ぼし壊すことはなく、無為の界において有為の法を示すけれども、無為の相を分別しません。 菩薩はこのように一切の法が究極的に寂滅であると観じ、一切の清らかな善根を成就し、衆生を救護しようという心を起こし、智慧もって一切の法の海を明らかに達し、常に愚かさの法を離れる修行を楽しみ、すでに出世の功徳を具え成就して、もはや世間の法を学び修めず、清らかな智慧の眼を得て諸々の愚かさの目曇りを離れ、善巧な方便をもって回向の道を修めます。」

「佛子！菩薩摩訶薩以諸善根如是迴向，稱可一切諸佛之心，嚴淨一切諸佛國土，教化成熟一切眾生，具足受持一切佛法；作一切眾生最上福田，為一切商人智慧導師，作一切世間清淨日輪；一一善根充遍法界，悉能救護一切眾生，皆令清淨具足功德

> 「仏の子よ。大いなる菩薩たちは、あらゆる善い行いの根をこのように回向することで、すべての仏の心にかなうものとなり、すべての仏の国を荘厳し清らかにし、すべての生きとし生けるものを教え導き、成熟させ、すべての仏の教えを完全に受け持ち守ります。そして、すべての生きとし生けるものにとって最高の福田となり、すべての商人たちにとって智慧の導き手となり、世の中すべてにとって清らかな太陽の輪となります。一つひとつの善い根は法界全体に満ちわたり、すべての生きとし生けるものを救い守り、彼らを清らかにして、完全な功徳をそなえさせるのです。」

「佛子！菩薩摩訶薩如是迴向時，能護持一切佛種，能成熟一切眾生，能嚴淨一切國土，能不壞一切諸業，能了知一切諸法，能等觀諸法無二，能遍往十方世界，能了達離欲實際，能成就清淨信解，能具足明利諸根。

> 「仏の子よ。菩薩摩诃萨がこのように回向する時、あらゆる仏の種を守り育て、あらゆる众生を成熟させ、あらゆる国土を清らかに整え、あらゆる業を壊さずに保ち、あらゆる法（教え）をありのままに知り、すべての法を等しく観じて二つとなく、十方の世界に自在に赴き、欲望を離れた真実の境地に達し、清らかな確信と理解を成就し、鋭く明瞭な諸根（感覚機能）を具えることができるのです。

「佛子！是為菩薩摩訶薩第四至一切處迴向。菩薩摩訶薩住此迴向時，得至一切處身業，普能應現一切世界故；得至一切處語業，於一切世界中演說法故；得至一切處意業，受持一切佛所說法故；得至一切處神足通，隨眾生心悉往應故；得至一切處隨證智，普能了達一切法故；得至一切處總持辯才，隨眾生心令歡喜故；得至一切處入法界，於一毛孔中普入一切世界故；得至一切處遍入身，於一眾生身普入一切眾生身故；得至一切處普見劫，一一劫中常見一切諸如來故；得至一切處普見念，一一念中一切諸佛悉現前故。佛子！菩薩摩訶薩得至一切處迴向，能以善根如是迴向。」

> 「仏子よ、これが菩薩摩訶薩の第四の『至一切処回向』である。菩薩摩訶薩がこの回向に住する時には、至一切処の身業を得て、あらゆる世界に普く応現することができるようになる。至一切処の語業を得て、あらゆる世界の中で法を説くことができるようになる。至一切処の意業を得て、一切の仏の説かれた法を受持することができるようになる。至一切処の神足通を得て、衆生の心に従って、すべてに赴き応じることができるようになる。至一切処の随証智を得て、あらゆる法を普く了達することができるようになる。至一切処の総持弁才を得て、衆生の心に従って、彼らを喜ばせることができるようになる。至一切処の入法界を得て、一つの毛穴の中から普く一切の世界に入ることができるようになる。至一切処の遍入身を得て、一つの衆生の身の中に普く一切の衆生の身に入ることができるようになる。至一切処の普見劫を得て、一つ一つの劫の中で常に一切の如来を見ることができるようになる。至一切処の普見念を得て、一つ一つの念の中に一切の諸仏がすべて現前するようになる。仏子よ、菩薩摩訶薩は至一切処回向を得て、このように善根を回向することができるのである。」

爾時，金剛幢菩薩承佛威力，普觀十方而說頌言：

> その時、金剛幢菩薩（こんごうどうぼさつ）は仏の力を受けて、広く十方を見渡し、次のように偈（うた）を説かれました。

「內外一切諸世間， 菩薩悉皆無所著，不捨饒益眾生業， 大士修行如是智。十方所有諸國土， 一切無依無所住，不取活命等眾法， 亦不妄起諸分別。普攝十方世界中， 一切眾生無有餘，觀其體性無所有， 至一切處善迴向。普攝有為無為法， 不於其中起妄念，如於世間法亦然， 照世燈明如是覺。菩薩所修諸業行， 上中下品各差別，悉以善根迴向彼， 十方一切諸如來。菩薩迴向到彼岸， 隨如來學悉成就，恒以妙智善思惟， 具足人中最勝法。清淨善根普迴向， 利益群迷恒不捨，悉令一切諸眾生， 得成無上照世燈。未曾分別取眾生， 亦不妄想念諸法，雖於世間無染著， 亦復不捨諸含識。菩薩常樂寂滅法， 隨順得至涅槃境，亦不捨離眾生道， 獲如是等微妙智。菩薩未曾分別業， 亦不取著諸果報，一切世間從緣生， 不離因緣見諸法。深入如是諸境界， 不於其中起分別，一切眾生調御師， 於此明了善迴向。

## 大方廣佛華嚴經卷第二十四

> 大方広仏華厳経 第二十四巻