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title: "大方廣佛華嚴經 · 之三"
description: "大方廣佛華嚴經，又称华严经，由唐代实叉难陀翻译，是佛教重要经典之一。该经成书于印度，后传入中国，成为华严宗的根本经典。内容主要阐述佛陀证悟的无限境界，强调法界缘起、事事无碍的哲学思想，展现宇宙万物相互融通的华严世界观。经中通过善财童子五十三参的故事，揭示菩萨修行的次第与圆满境界。华严经在大乘佛教中地位崇高，被誉为经中之王，对汉传佛教思想影响深远，尤其为华严宗、禅宗等宗派所重视。其广博深奥的教义，成为研究佛教哲学与修行实践的重要依据。"
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## 大方廣佛華嚴經卷第二十五

> 大方広仏華厳経 第二十五巻

于闐國三藏實叉難陀奉　制譯

> 于闐国三蔵実叉難陀奉　制訳

### 十迴向品第二十五之三

> 第二十五品 十種回向（その三）

「佛子！云何為菩薩摩訶薩無盡功德藏迴向？

> 「仏の子よ、菩薩摩訶薩の無尽功徳蔵の回向とは何か。

「佛子！此菩薩摩訶薩以懺除一切諸業重障所起善根；禮敬三世一切諸佛所起善根；勸請一切諸佛說法所起善根；聞佛說法精勤修習，悟不思議廣大境界所起善根；於去、來、今，一切諸佛、一切眾生所有善根，皆生隨喜所起善根；去、來、今世一切諸佛善根無盡，諸菩薩眾精勤修習所得善根；三世諸佛成等正覺、轉正法輪、調伏眾生，菩薩悉知，發隨喜心所生善根；三世諸佛從初發心、修菩薩行、成最正覺乃至示現入般涅槃，般涅槃已正法住世乃至滅盡，於如是等皆生隨喜所有善根。菩薩如是念不可說諸佛境界及自境界，乃至菩提無障礙境，如是廣大無量差別一切善根，凡所積集，凡所信解，凡所隨喜，凡所圓滿，凡所成就，凡所修行，凡所獲得，凡所知覺，凡所攝持，凡所增長，悉以迴向莊嚴一切諸佛國土——如過去世無邊際劫，一切世界、一切如來所行之處。所謂：無量無數佛世界種，佛智所知，菩薩所識，大心所受；莊嚴佛剎，清淨業行，所流所引，應眾生起；如來神力之所示現，諸佛出世淨業所成，普賢菩薩妙行所興；一切諸佛於中成道，示現種種自在神力。盡未來際，所有如來、應、正等覺，遍法界住，當成佛道，當得一切清淨莊嚴功德佛土。盡法界、虛空界，無邊無際，無斷無盡，皆從如來智慧所生，無量妙寶之所莊嚴。所謂：一切香莊嚴、一切華莊嚴、一切衣莊嚴、一切功德藏莊嚴、一切諸佛力莊嚴、一切佛國土莊嚴。如來所都，不可思議，同行宿緣諸清淨眾於中止住，未來世中當成正覺。一切諸佛之所成就，非世所覩，菩薩淨眼乃能照見。此諸菩薩具大威德，宿植善根，知一切法如幻如化，普行菩薩諸清淨業，入不思議自在三昧，善巧方便能作佛事，放佛光明普照世間，無有限極。現在一切諸佛世尊，悉亦如是。莊嚴世界無量形相、無量光色，悉是功德之所成就——無量香、無量寶、無量樹、無數莊嚴、無數宮殿、無數音聲。隨順宿緣諸善知識，示現一切功德莊嚴，無有窮盡。所謂：一切香莊嚴、一切鬘莊嚴、一切末香莊嚴、一切寶莊嚴、一切幡莊嚴、一切寶繒綵莊嚴、一切寶欄楯莊嚴、阿僧祇金網莊嚴、阿僧祇河莊嚴、阿僧祇雲雨莊嚴、阿僧祇音樂奏微妙音，如是等無量無數莊嚴之具，莊嚴一切——盡法界、虛空界，十方無量種種業起，佛所了知、佛所宣說一切世界——其中所有一切佛土。所謂：莊嚴佛土、清淨佛土、平等佛土、妙好佛土、威德佛土、廣大佛土、安樂佛土、不可壞佛土、無盡佛土、無量佛土、無動佛土、無畏佛土、光明佛土、無違逆佛土、可愛樂佛土、普照明佛土、嚴好佛土、精麗佛土、妙巧佛土、第一佛土、勝佛土、殊勝佛土、最勝佛土、極勝佛土、上佛土、無上佛土、無等佛土、無比佛土、無譬諭佛土。如是過去、未來、現在一切佛土所有莊嚴，菩薩摩訶薩以己善根發心迴向：『願以如是去、來、現在一切諸佛所有國土清淨莊嚴，悉以莊嚴於一世界，如彼一切諸佛國土所有莊嚴，皆悉成就，皆悉清淨，皆悉聚集，皆悉顯現，皆悉嚴好，皆悉住持。如一世界；如是，盡法界、虛空界，一切世界悉亦如是，三世一切諸佛國土種種莊嚴皆悉具足。』

> 仏子よ！この菩薩摩訶薩が、 - 一切の業の重障を懺悔し除くことで生じた善根 - 三世の諸仏に礼拝することで生じた善根 - 諸仏に説法を勧請することで生じた善根 - 仏の説法を聞き、精進して修行し、不可思議な広大な境界を悟ることで生じた善根 - 過去・未来・現在の一切の諸仏と一切の衆生のあらゆる善根に随喜することで生じた善根 - 三世の諸仏の尽きることのない善根、そして諸菩薩が精進修行して得た善根 - 三世の諸仏が正覚を成就し、正法の輪を転じ、衆生を調伏されること――菩薩はこれらすべてを知り、随喜の心を起こして生じる善根 - 三世の諸仏が初めて発心し、菩薩の行を修め、最上の正覚を成就し、さらには般涅槃に入ることを示し、その後に正法が世に留まり、やがて滅びるに至るまで――そのすべてに随喜して生じるあらゆる善根 菩薩はこのようにして、言葉にできないほどの諸仏の境界と自らの境界、さらには悟りに至るまで障りのない境界を思い、そのように広大で無量な、さまざまな善根のすべて――積み集めたもの、信解したもの、随喜したもの、円満したもの、成就したもの、修行したもの、獲得したもの、覚知したもの、摂持したもの、増長したもの――を、すべての諸仏の国土を荘厳するために回向します。 それは、過去の限りない劫のあらゆる世界において、すべての如来がお通りになった所のように。すなわち――無量・無数の仏世界の種、仏の智慧が知るところ、菩薩が認識するところ、大いなる心が受け入れるところ、荘厳された仏国土、清らかな業行によって流れ出し導かれたもの、衆生に応じて現れるもの、如来の神通力によって示現されたもの、諸仏の出現という清らかな業によって成ったもの、普賢菩薩の妙行によって興ったもの――すべての諸仏がその中で道を成就し、様々な自在の神通力を示される境界です。 未来の果てまで、すべての如来・応供・正等覚が、法界に満ちておられ、やがて仏道を成就し、すべての清らかな荘厳と功徳を備えた仏土を得られます。法界と虚空界の限りなく、途切れることなく尽きることのないものは、すべて如来の智慧から生じ、無量の宝によって荘厳されています。すなわち――あらゆる香の荘厳、あらゆる花の荘厳、あらゆる衣の荘厳、あらゆる功徳蔵の荘厳、あらゆる諸仏の力の荘厳、あらゆる仏国土の荘厳。如来がお住まいになり、不可思議であり、同じ行と宿縁を持つ清らかな衆生がそこに止住し、未来において正覚を成就するのです。 すべての諸仏によって成就されたものは、世間の目には見えず、菩薩の清らかな眼だけが照らし見ることができます。これらの菩薩は大いなる威徳を備え、過去に善根を植え、すべての法が幻や変化のようなものであると知り、菩薩の清らかな業を普く行い、不可思議な自在三昧に入り、巧みな方便で仏事を行い、仏の光明を放って世間を照らし、限りがありません。 現在のすべての仏世尊も、また同じです。荘厳された世界は無量の形相、無量の光と色を有し、すべて功徳によって成就されています――無量の香、無量の宝、無量の樹、無数の荘厳、無数の宮殿、無数の音声。宿縁の善知識に随順して、すべての功徳の荘厳を示現し、尽きることがありません。すなわち――一切の香の荘厳、一切の花鬘の荘厳、一切の抹香の荘厳、一切の宝の荘厳、一切の幢幡の荘厳、一切の宝の絹織物の荘厳、一切の宝の欄楯（手すり）の荘厳、阿僧祇（無数）の金網の荘厳、阿僧祇の河川の荘厳、阿僧祇の雲と雨の荘厳、阿僧祇の音楽が微細な音を奏でる荘厳――このような無量無数の荘厳の具によって、法界と虚空界のすべて、十方の無量なる様々な業から起こり、仏が了知し仏が宣説する一切の世界――その中にあるすべての仏土を荘厳します。 すなわち――荘厳仏土、清浄仏土、平等仏土、妙好仏土、威徳仏土、広大仏土、安楽仏土、不可壊仏土、無尽仏土、無量仏土、無動仏土、無畏仏土、光明仏土、無違逆仏土、可愛楽仏土、普照明仏土、厳好仏土、精麗仏土、妙巧仏土、第一仏土、勝仏土、殊勝仏土、最勝仏土、極勝仏土、上仏土、無上仏土、無等仏土、無比仏土、無譬喩仏土。 このような過去・未来・現在のすべての仏土のあらゆる荘厳を、菩薩摩訶薩は自らの善根をもって発心し、こう回向します。 「願わくは、このようにして、過去・未来・現在のすべての諸仏のあらゆる国土の清らかな荘厳をもって、すべてを一つの世界に荘厳せん。あたかもそれらすべての諸仏国土の荘厳がことごとく成就し、ことごとく清らかであり、ことごとく集まり、ことごとく現れ、ことごとく荘厳に優れ、ことごとく保たれているかのように。一つの世界がそのように、法界と虚空界の尽きるまで、すべての世界もまた同じく、三世のすべての諸仏国土の様々な荘厳をことごとく備えんことを。」

「佛子！菩薩摩訶薩復以善根如是迴向：『願我所修一切佛剎，諸大菩薩皆悉充滿。其諸菩薩，體性真實，智慧通達，善能分別一切世界及眾生界，深入法界及虛空界，捨離愚癡；成就念佛，念法真實不可思議，念僧無量普皆周遍，亦念於捨；法日圓滿，智光普照，見無所礙；從無得生生諸佛法，為眾勝上善根之主，發生無上菩提之心；住如來力，趣薩婆若，破諸魔業，淨眾生界，深入法性，永離顛倒，善根大願皆悉不空。如是菩薩充滿其土，生如是處，有如是德，常作佛事，得佛菩提清淨光明；具法界智，現神通力，一身充滿一切法界；得大智慧，入一切智所行之境，善能分別無量無邊法界句義；於一切剎皆無所著，而能普現一切佛土；心如虛空，無有所依，而能分別一切法界，善能入出不可思議甚深三昧；趣薩婆若，住諸佛剎，得諸佛力，開示演說阿僧祇法而無所畏；隨順三世諸佛善根，普照一切如來法界，悉能受持一切佛法；知阿僧祇諸語言法，善能演出不可思議差別音聲；入於無上佛自在地，普遊十方一切世界而無障礙；行於無諍、無所依法，無所分別，修習增廣菩提之心；得善巧智，善知句義，能隨次第開示演說。願令如是諸大菩薩莊嚴其國，充滿分布，隨順安住，熏修、極熏修，純淨、極純淨，恬然宴寂。於一佛剎，隨一方所，皆有如是無數、無量、無邊、無等、不可數、不可稱、不可思、不可量、不可說、不可說不可說諸大菩薩周遍充滿。如一方所，一切方所亦復如是；如一佛剎，盡虛空遍法界一切佛剎悉亦如是。』

> 「仏子よ！菩薩摩薩埵は、さらに善根をもってこのように廻向する。『願わくは、私が修行するすべての仏の国土に、偉大な菩薩たちが満ち溢れんことを。その菩薩たちは、体性が真実であり、智慧は通達し、あらゆる世界と衆生の世界を巧みに分別し、法の世界と虚空の世界に深く入り、愚かさを捨てられている。彼らは仏を念じることを成就し、法の真実で不可思議なことを念じ、僧の無量で遍く行き渡ることを念じ、また捨にも念じている。法の日は円満であり、智慧の光は普く照らし、見ることに障りがない。無所得から生じて諸仏の法を生み、すべての衆生の最上の善根の主となり、無上菩提の心を起こす。如来の力に住し、一切智に向かい、すべての魔の業を破り、衆生の世界を清め、法性に深く入り、永遠に顛倒を離れ、善根と大願はすべて空しくない。このような菩薩たちがその国土に満ち、そのような場所に生まれ、そのような徳を持ち、常に仏事を行い、仏の菩提の清らかな光明を得る。法界の智慧を具え、神通力を現し、一つの身がすべての法界に満ちる。大智慧を得て、一切智の行う境に入り、無量無辺の法界の句義を巧みに分別する。すべての仏国土に執着することなく、しかもすべての仏国土に普く現れる。心は虚空の如く、依るところがないが、すべての法界を分別し、不可思議な深い三昧に入り出ることができる。一切智に向かい、諸仏の国土に住み、諸仏の力を得て、阿僧祇の法を開示演説することに怖れがない。三世の諸仏の善根に随順し、すべての如来の法界を普く照らし、すべての仏法を受持する。阿僧祇の諸言語法を知り、不可思議な差別の音声を巧みに演じ出す。無上の仏の自在の境地に入り、十方のすべての世界に障りなく普く遊ぶ。無諍、無所依、無分別を行じ、菩提の心を修習し増広する。善巧の智慧を得て、句義をよく知り、順序に従って開示演説することができる。願わくは、このような大菩薩たちがその国を荘厳し、遍く満ちて分布し、随順して安住し、熏修し極めて熏修し、純浄で極めて純浄であり、恬然として静かに安らかであるように。一つの仏国土の、一つの方角にも、このような数えきれず、量り知れず、辺りなく、比べるものなく、数えられず、称えられず、思議できず、計り知れず、説き尽くせず、説き尽くせないほど多くの大菩薩が周囲に満ちている。一方角がこのようであるように、すべての方角もまたこのようである。一つの仏国土がこのようであるように、虚空の尽きるまで、法界に遍くすべての仏国土もまた、すべてこのようである。』」

「佛子！菩薩摩訶薩以諸善根，方便迴向一切佛剎，方便迴向一切菩薩，方便迴向一切如來，方便迴向一切佛菩提，方便迴向一切廣大願，方便迴向一切出要道，方便迴向淨一切眾生界，方便迴向於一切世界常見諸佛出興於世，方便迴向常見如來壽命無量，方便迴向常見諸佛遍周法界轉無障礙不退法輪。佛子！菩薩摩訶薩以諸善根如是迴向時，普入一切佛國土故，一切佛剎皆悉清淨；普至一切眾生界故，一切菩薩皆悉清淨；普願一切諸佛國土佛出興故，一切法界、一切佛土諸如來身超然出現。佛子！菩薩摩訶薩以如是等無比迴向趣薩婆若，其心廣大，猶如虛空，無有限量，入不思議，知一切業及以果報皆悉寂滅；心常平等，無有邊際，普能遍入一切法界。佛子！菩薩摩訶薩如是迴向時，不分別我及以我所，不分別佛及以佛法，不分別剎及以嚴淨，不分別眾生及以調伏，不分別業及業果報，不著於思及思所起；不壞因，不壞果，不取事，不取法；不謂生死有分別，不謂涅槃恒寂靜，不謂如來證佛境界；無有少法，與法同止。佛子！菩薩摩訶薩如是迴向時，以諸善根普施眾生，決定成熟，平等教化；無相、無緣、無稱量、無虛妄，遠離一切分別取著。菩薩摩訶薩如是迴向已，得無盡善根。所謂：念三世一切諸佛故，得無盡善根；念一切菩薩故，得無盡善根；淨諸佛剎故，得無盡善根；淨一切眾生界故，得無盡善根；深入法界故，得無盡善根；修無量心等虛空界故，得無盡善根；深解一切佛境界故，得無盡善根；於菩薩業勤修習故，得無盡善根；了達三世故，得無盡善根。佛子！菩薩摩訶薩以一切善根如是迴向時，了一切眾生界無有眾生，解一切法無有壽命，知一切法無有作者，悟一切法無補伽羅，了一切法無有忿諍，觀一切法皆從緣起、無有住處，知一切物皆無所依，了一切剎悉無所住，觀一切菩薩行亦無處所，見一切境界悉無所有。佛子！菩薩摩訶薩如是迴向時，眼終不見不淨佛剎，亦復不見異相眾生，無有少法為智所入，亦無少智而入於法，解如來身非如虛空；一切功德無量妙法所圓滿故，於一切處令諸眾生積集善根悉充足故。

> 仏子よ、菩薩摩薩は善根をもって、巧みに一切の仏国土へ回向し、巧みに一切の菩薩へ回向し、巧みに一切の如来へ回向し、巧みに一切の仏菩提へ回向し、巧みに一切の広大な願いへ回向し、巧みに一切の解脱の道へ回向し、巧みに一切の衆生界を清らかにすることへ回向し、巧みに一切の世界において常に諸仏が世に出られることを見ることへ回向し、巧みに如来の寿命が無量であることを常に見ることへ回向し、巧みに諸仏が法界に遍く満ちて、障りのない不退転の法輪を転じられることを常に見ることへ回向します。 仏子よ、菩薩摩薩がこのように善根をもって回向する時、一切の仏国土に普遍に入るゆえに、すべての仏国土は皆清らかになります。一切の衆生界に普遍に至るゆえに、すべての菩薩は皆清らかになります。一切の諸仏国土に仏が出興されることを普遍に願うゆえに、すべての法界、すべての仏土において如来の身が超然として現れます。 仏子よ、菩薩摩薩はこのような比類なき回向をもって一切智に向かい、その心は広大で虚空の如く、限りがなく、不可思議に入り、すべての業と果報が皆寂滅であることを知ります。心は常に平等で、辺際なく、普遍に一切の法界に入ることができます。 仏子よ、菩薩摩薩がこのように回向する時、我と我所を分別せず、仏と仏法を分別せず、国土とその荘厳を分別せず、衆生とその調伏を分別せず、業と業の果報を分別せず、思惟とそれに起因するものに執着しません。因を壊さず、果を壊さず、事象に執着せず、法に執着せず、生死に分別があると言わず、涅槃は常に寂静であると言わず、如来が仏の境界を証得したと言いません。法と共に留まるような僅かな法もありません。 仏子よ、菩薩摩薩がこのように回向する時、諸々の善根をもって広く衆生に施し、確実に成熟させ、平等に教化します。相がなく、縁がなく、計量がなく、虚偽がなく、一切の分別と執着を遠く離れます。菩薩摩薩がこのように回向して後、尽きることのない善根を得ます。すなわち、三世の一切の諸仏を念ずるゆえに尽きることのない善根を得、一切の菩薩を念ずるゆえに尽きることのない善根を得、諸仏国土を清らかにするゆえに尽きることのない善根を得、一切の衆生界を清らかにするゆえに尽きることのない善根を得、法界に深く入るゆえに尽きることのない善根を得、無量の心を修して虚空界と等しくするゆえに尽きることのない善根を得、一切の仏の境界を深く理解するゆえに尽きることのない善根を得、菩薩の業を勤め修習するゆえに尽きることのない善根を得、三世を了達するゆえに尽きることのない善根を得ます。 仏子よ、菩薩摩薩が一切の善根をもってこのように回向する時、一切の衆生界には衆生がいないことを了知し、一切の法には寿命がないことを理解し、一切の法には作者がないことを知り、一切の法には補特伽羅（個我）がないことを悟り、一切の法には忿諍がないことを了知し、一切の法は縁から起こり、住処がないことを観察し、一切の物はすべて依るものがないことを知り、一切の国土はすべて住するところがないことを了知し、一切の菩薩の行もまた処所がないことを観察し、一切の境界はすべて無所有であることを見ます。 仏子よ、菩薩摩薩がこのように回向する時、その眼は決して不浄な仏国土を見ず、また異なる相の衆生を見ることもなく、智によって入るべき僅かな法もなく、また法に入る僅かな智もありません。如来の身は虚空の如きものではないと理解します。一切の功徳、無量の妙法によって円満しているからです。あらゆる場所において、諸々の衆生に善根を積集させ、すべてを充足させるからです。

「佛子！此菩薩摩訶薩於念念中得不可說不可說十力地，具足一切福德，成就清淨善根，為一切眾生福田。此菩薩摩訶薩成就如意摩尼功德藏，隨有所須，一切樂具悉皆得故；隨所遊方悉能嚴淨一切國土，隨所行處令不可說不可說眾生皆悉清淨，攝取福德修治諸行故。佛子！菩薩摩訶薩如是迴向時，修一切菩薩行，福德殊勝，色相無比；威力光明超諸世間，魔及魔民莫能瞻對；善根具足，大願成就；其心彌廣，等一切智；於一念中，悉能周遍無量佛剎；智力無量，了達一切諸佛境界，於一切佛得深信解；住無邊智菩提心力，廣大如法界，究竟如虛空。

> 「仏の子よ、この菩薩摩訶薩は、一瞬一瞬の思いの中で、計り知れないほどの十力の境地を得ます。あらゆる福徳を具え、清らかな善根を成就し、すべての生きとし生けるものの福田となります。この菩薩摩訶薩は、思いのままの如意摩尼の功徳の蔵を成就し、必要に応じてあらゆる楽しみの具をすべて得ることができます。赴く先々で、すべての国を清らかに荘厳し、行く先々で、無数の生きとし生けるものをことごとく清らかにし、福徳を取り集め、諸々の行いを修め整えます。 仏の子よ、菩薩摩訶薩がこのように回向する時、一切の菩薩の行を修め、その福徳は殊勝であり、姿かたちは比べるものなくすぐれています。その威光と力はあらゆる世間を超え、魔王やその眷属も見向きすることすらできません。善根は満ち足り、大いなる願いは成就し、その心はますます広がり、一切智に等しくなります。一瞬のうちに、無量の仏の国土にことごとく遍く行き渡り、智慧の力は限りなく、すべての仏の境地を悟り、すべての仏に対して深い信解を得ます。限りない智慧の菩提心の力にとどまり、その広大さは法界の如く、その究竟は虚空の如くです。」

「佛子！是名菩薩摩訶薩第五無盡功德藏迴向。菩薩摩訶薩住此迴向，得十種無盡藏。何等為十？所謂：得見佛無盡藏，於一毛孔見阿僧祇諸佛出興世故；得入法無盡藏，以佛智力觀一切法悉入一法故；得憶持無盡藏，受持一切佛所說法無忘失故；得決定慧無盡藏，善知一切佛所說法祕密方便故；得解義趣無盡藏，善知諸法理趣分齊故；得無邊悟解無盡藏，以如虛空智通達三世一切法故；得福德無盡藏，充滿一切諸眾生意不可盡故；得勇猛智覺無盡藏，悉能除滅一切眾生愚癡翳故；得決定辯才無盡藏，演說一切佛平等法令諸眾生悉解了故；得十力無畏無盡藏，具足一切菩薩所行，以離垢繒而繫其頂，至無障礙一切智故。是為十。佛子！菩薩摩訶薩以一切善根迴向時，得此十種無盡藏。」

> 「仏子よ、これを菩薩摩訶薩の第五の無尽功徳蔵の回向と名づける。菩薩摩訶薩がこの回向に安住すると、十種の無尽蔵を得る。その十種とは何か。すなわち、仏を見る無尽蔵を得る。一つの毛穴の中に無数の仏が世に出現するのを見るからである。法に入る無尽蔵を得る。仏の智慧の力によって、一切の法がすべて一つの法に収まることを観じるからである。記憶し保持する無尽蔵を得る。一切の仏の説かれた法を受持し、忘れ失わないからである。決定した智慧の無尽蔵を得る。一切の仏の説かれた法の秘密の方便をよく知るからである。意味の趣旨を解する無尽蔵を得る。諸法の理の趣きと区分をよく知るからである。限りない悟りの無尽蔵を得る。虚空の如き智慧によって三世の一切の法に通達するからである。福徳の無尽蔵を得る。一切の衆生の思いを満たし尽くすことができないからである。勇猛なる智慧の覚りの無尽蔵を得る。一切の衆生の愚痴の曇りをことごとく除き滅ぼすからである。決定した弁才の無尽蔵を得る。一切の仏の平等の法を説き、一切の衆生をして悉く了解させるからである。十力と無畏の無尽蔵を得る。一切の菩薩の行を具足し、汚れなき絹の冠をその頂に結び、障りのない一切智に至るからである。これが十である。仏子よ、菩薩摩訶薩が一切の善根を回向する時、この十種の無尽蔵を得るのである。」

爾時，金剛幢菩薩普觀十方而說頌言：

> その時、金剛幢（こんごうどう）菩薩は十方（じっぽう）を広く見渡して、次のように詩句を唱えました。

「菩薩成就深心力， 普於諸法得自在，以其勸請隨喜福， 無礙方便善迴向。三世所有諸如來， 嚴淨佛剎遍世間，所有功德靡不具， 迴向淨剎亦如是。三世所有諸佛法， 菩薩皆悉諦思惟，以心攝取無有餘， 如是莊嚴諸佛剎。盡於三世所有劫， 讚一佛剎諸功德，三世諸劫猶可盡， 佛剎功德無窮盡。如是一切諸佛剎， 菩薩悉見無有餘，總以莊嚴一佛土， 一切佛土悉如是。有諸佛子心清淨， 悉從如來法化生，一切功德莊嚴心， 一切佛剎皆充滿。彼諸菩薩悉具足， 無量相好莊嚴身，辯才演說遍世間， 譬如大海無窮盡。菩薩安住諸三昧， 一切所行皆具足，其心清淨無與等， 光明普照十方界。如是無餘諸佛剎， 此諸菩薩皆充滿，未曾憶念聲聞乘， 亦復不求緣覺道。菩薩如是心清淨， 善根迴向諸群生，普欲令其成正道， 具足了知諸佛法。十方所有眾魔怨， 菩薩威力悉摧破，勇猛智慧無能勝， 決定修行究竟法。菩薩以此大願力， 所有迴向無留礙，入於無盡功德藏， 去來現在常無盡。菩薩善觀諸行法， 了達其性不自在，既知諸法性如是， 不妄取業及果報。無有色法無色法， 亦無有想無無想，有法無法皆悉無， 了知一切無所得。一切諸法因緣生， 體性非有亦非無，而於因緣及所起， 畢竟於中無取著。一切眾生語言處， 於中畢竟無所得，了知名相皆分別， 明解諸法悉無我。如眾生性本寂滅， 如是了知一切法，三世所攝無有餘， 剎及諸業皆平等。以如是智而迴向， 隨其悟解福業生，此諸福相亦如解， 豈復於中有可得？如是迴向心無垢， 永不稱量諸法性，了達其性皆非性， 不住世間亦不出。一切所行眾善業， 悉以迴向諸群生，莫不了達其真性， 所有分別皆除遣。所有一切虛妄見， 悉皆棄捨無有餘，離諸熱惱恒清涼， 住於解脫無礙地。菩薩不壞一切法， 亦不滅壞諸法性，解了諸法猶如響， 悉於一切無所著。了知三世諸眾生， 悉從因緣和合起，亦知心樂及習氣， 未曾滅壞一切法。了達業性非是業， 而亦不違諸法相，又亦不壞業果報， 說諸法性從緣起。了知眾生無有生， 亦無眾生可流轉，無實眾生而可說， 但依世俗假宣示。

> 菩薩が深い心の力を成就すれば、あらゆる法において自在を得る。 その勧請と随喜の功徳をもって、滞りない方便で善く回向する。 三世のすべての如来が、清らかな仏国土を荘厳し世間に満たし、 その功徳のすべてを欠くことなく、回向して清らかな国土を同じくする。 三世のすべての諸仏の法を、菩薩は皆、尽くして観察し、 心で捉えて余すところなく、このように諸仏の国土を荘厳する。 三世のすべての劫を尽くして、一つの仏国土の諸々の功徳を讃えても、 三世の諸劫は尽きることがあっても、仏国土の功徳は尽きることがない。 このように全ての諸仏国土を、菩薩は余すことなく見て、 すべてを一つの仏土の荘厳とし、全ての仏土もまた同じである。 清らかな心を持つ仏子たちは、皆、如来の法から生まれ、 一切の功徳で心を荘厳し、すべての仏国土に満ちている。 それらの菩薩は皆、無量の相好で身を荘厳し、 辯才の説法は世間に遍く、大海のように尽きることがない。 菩薩は諸々の三昧に安住し、全ての行いを具足し、 その心は清らかで比類なく、光明は十方の世界を遍く照らす。 このように余すことのない諸仏国土に、これらの菩薩は皆、満ちている。 かつて声聞乗を思い起こすこともなく、また縁覚の道をも求めない。 菩薩はこのように心清らかに、善根をすべての衆生に回向し、 全てを正しい道へと導き、諸仏の法を完全に知らしめようとする。 十方のすべての魔の怨みを、菩薩の威力はことごとく打ち砕き、 勇猛な智慧は勝るものなく、決然として究極の法を修行する。 菩薩はこの大願力によって、全ての回向に滞りがなく、 尽きることのない功徳の蔵に入り、過去・未来・現在に常に尽きない。 菩薩は諸々の行われる法を善く観察し、その本質に自在ならざるを知る。 諸法の本性がこのようであると知れば、業やその報いを誤って捉えることはない。 色法もなく、無色法もなく、また想もなく、無想もない。 有る法も無い法も全て無く、全てにおいて得るもののないことを知る。 すべての諸法は因縁から生じ、その体性は有るのでもなく、無いのでもない。 しかし因縁やそこから生じたものに対して、結局その中で執着することはない。 すべての衆生の言葉の及ぶところ、その中で結局何も得ることはなく、 名や相はすべて分別であると知り、諸法はすべて無我であると明らかに理解する。 衆生の本性が本来寂滅であるように、このように全ての法を知り、 三世に含まれるものは余すことなく、国土も諸々の業も皆平等である。 このような智慧で回向すれば、その悟りに従って福業が生じる。 この福の相もまたその理解と同じであり、どうしてその中に得るものがあろうか？ このように回向する心には汚れがなく、決して諸法の本性を計り知ることはない。 その本性は全て「本性ではない」と知り、世間に留まらず、また出ることもない。 すべての行われる善き業を、全て衆生に回向し、 その真の本性をことごとく知り、全ての分別を除き去る。 全ての虚妄な見解を、ことごとく捨てて余すことなく、 あらゆる熱悩を離れて常に清涼であり、解脱の妨げのない地に住する。 菩薩は一切の法を壊さず、また諸法の本性を滅ぼしもせず、 諸法は響きのようであると理解し、全てに対して執着することがない。 三世のすべての衆生が、皆因縁が和合して生じたことを知り、 また心の好みや習気をも知るが、決して一切の法を壊すことはない。 業の本性は業ではないと知りながら、諸法の相にも反せず、 また業の報いを壊すことなく、諸法の本性は縁から起こると説く。 衆生に生はないと知り、また流転する衆生もないと知る。 実在の衆生は語ることができず、ただ世俗に依って仮に示すのみである。

「佛子！云何為菩薩摩訶薩隨順堅固一切善根迴向？

> 「仏の子よ、菩薩摩訶薩がどのようにして、一切の善根に随順し堅固に、これを回向するのか、聞きなさい。」

「佛子！此菩薩摩訶薩或為帝王臨御大國，威德廣被，名震天下，凡諸怨敵靡不歸順，發號施令悉依正法，執持一蓋溥蔭萬方，周行率土所向無礙，以離垢繒而繫其頂，於法自在，見者咸伏，不刑不罰，感德從化；以四攝法攝諸眾生，為轉輪王，一切周給。菩薩摩訶薩安住如是自在功德，有大眷屬，不可沮壞，離眾過失，見者無厭，福德莊嚴，相好圓滿，形體肢分均調具足；獲那羅延堅固之身，大力成就，無能屈伏；得清淨業，離諸業障；具足修行一切布施，或施飲食及諸上味，或施車乘，或施衣服，或施華鬘、雜香、塗香、床座、房舍及所住處、上妙燈燭、病緣湯藥、寶器、寶車、調良象馬，悉皆嚴飾，歡喜布施。或有來乞王所處座，若蓋、若傘，幢幡寶物、諸莊嚴具，頂上寶冠、髻中明珠，乃至王位，皆無所吝。若見眾生在牢獄中，捨諸財寶、妻子、眷屬，乃至以身救彼令脫。若見獄囚將欲被戮，即捨其身以代彼命。或見來乞連膚頂髮，歡喜施與亦無所吝。眼、耳、鼻、舌，及以牙齒、頭頂、手足、血肉、骨髓、心腎、肝肺、大腸、小腸、厚皮、薄皮、手足諸指、連肉爪甲，以歡喜心盡皆施與。或為求請未曾有法，投身而下深大火坑；或為護持如來正法，以身忍受一切苦毒；或為求法乃至一字，悉能遍捨四海之內一切所有。恒以正法化導群生，令修善行、捨離諸惡。若見眾生損敗他形，慈心救之，令捨罪業。若見如來成最正覺，稱揚讚歎，普使聞知。或施於地，造立僧坊、房舍、殿堂，以為住處；及施僮僕，供承作役。或以自身施來乞者，或施於佛。為求法故，歡喜踊躍；為眾生故，承事供養。或捨王位、城邑、聚落、宮殿、園林、妻子、眷屬，隨所乞求，悉滿其願。或捨一切資生之物，普設無遮大施之會；其中眾生種種福田，或從遠來，或從近來，或賢或愚，或好或醜，若男若女、人與非人，心行不同，所求各異，等皆施與，悉令滿足。佛子！菩薩摩訶薩如是施時，發善攝心，悉以迴向。所謂：善攝色，隨順堅固一切善根；善攝受、想、行、識，隨順堅固一切善根；善攝王位，隨順堅固一切善根；善攝眷屬，隨順堅固一切善根；善攝資具，隨順堅固一切善根；善攝惠施，隨順堅固一切善根。

> 仏の子よ、この菩薩摩訶薩は、あるいは帝王として大国を治め、威光と徳が広く行き渡り、その名声は天下に轟き、全ての怨敵も従わない者はなく、命令を下す際はすべて正しい法に従い、一つの傘蓋を掲げて広く万方を覆い、国中を行巡しても妨げられることがありません。汚れのない絹で頂上を飾り、法において自在であり、見る者は皆敬服し、刑も罰も用いず、徳に感じて教化に従います。四摂法で衆生を摂め、転輪聖王となり、全てに周く施し与えます。 菩薩摩訶薩は、このような自在の功徳に安住し、大きな眷属を持ち、壊されることなく、様々な過失を離れ、見る者に厭われることがなく、福徳で荘厳され、相好円満で、身体の各部分も均整が取れて備わっています。那羅延の堅固な身を得て、大いなる力が成就し、屈伏できるものはありません。清らかな業を得て、業障を離れています。全ての布施を具足して修行し、あるいは飲食や様々な美味を施し、あるいは車乗を施し、あるいは衣服を施し、あるいは華鬘や様々な香、塗香、床座、房舎や住む場所、優れた燈燭、病気に因る湯薬、宝器、宝車、調良な象馬など、全てを厳飾して、喜んで布施します。 あるいは、王の座している座や、蓋や傘、幢幡や宝物、様々な荘厳具、頂上の宝冠、髻の中の明珠、さらには王位に至るまで、乞われるものがあれば、何も吝むことはありません。衆生が牢獄にいるのを見れば、財宝や妻子や眷属を捨て、自らの身を以て彼らを救い出します。獄囚がまさに殺されようとしているのを見れば、自らの身を捨てて彼の命の代わりとなります。あるいは、頭頂の髪を乞う者を見れば、喜んで施し、吝むこともありません。眼、耳、鼻、舌、及び歯牙、頭頂、手足、血肉、骨髄、心臓、腎臓、肝臓、肺、大腸、小腸、厚皮、薄皮、手足の諸指、肉の付いた爪甲に至るまで、喜びの心をもってことごとく施し与えます。 あるいは、未曾有の法を求めて、身を投じて深い大火の坑に入ります。あるいは、如来の正法を護持するために、身をもって一切の苦毒を受け忍びます。あるいは、一字の法を求めるためにも、四海の内の一切の所有をことごとく捨てることができます。常に正法で衆生を教化し導き、善行を修めさせ、諸々の悪を捨て離れさせます。 衆生が他の者の形を損なっているのを見れば、慈しみの心で救い、罪業を捨てさせます。如来が正覚を成就されたのを見れば、称揚し讚歎して、広く人々に聞かせます。 あるいは、地を施して、僧坊や房舍や殿堂を造り、住む所とします。また、僮僕を施して、働きをさせます。あるいは、自らの身を施して乞いに応じ、あるいは仏に施します。法を求めるために、歓喜踊躍し、衆生の為に、承事し供養します。 あるいは、王位、城邑、聚落、宮殿、園林、妻子、眷属を捨て、乞われるままに、その願いを全て満たします。あるいは、一切の資生の物を捨てて、広く無遮の大施の会を設けます。その中の衆生は様々な福田で、遠くから来る者も、近くから来る者も、賢者も愚者も、好もしい者も醜い者も、男も女も、人も非人も、心行は異なり、求めるものも各々異なりますが、等しく施し与え、全て満足させます。 仏の子よ、菩薩摩訶薩はこのように施す時、善く摂める心を発して、ことごとく回向します。所謂、善く色を摂め、一切の善根に随順して堅固にすること。善く受・想・行・識を摂め、一切の善根に随順して堅固にすること。善く王位を摂め、一切の善根に随順して堅固にすること。善く眷屬を摂め、一切の善根に随順して堅固にすること。善く資具を摂め、一切の善根に随順して堅固にすること。善く惠施を摂め、一切の善根に随順して堅固にすること。

「佛子！菩薩摩訶薩隨所施物無量無邊，以彼善根如是迴向，所謂：『以上妙食施眾生時，其心清淨，於所施物無貪、無著、無所顧吝，具足行施；願一切眾生得智慧食，心無障礙，了知食性，無所貪著，但樂法喜出離之食；智慧充滿，以法堅住，攝取善根，法身、智身清淨遊行；哀愍眾生，為作福田，現受摶食。』是為菩薩摩訶薩布施食時善根迴向。

> 「仏子よ、菩薩摩訶薩が施すものは無量無辺である。その善根を次のように廻向する。すなわち、『最上の食物を衆生に施す時、その心は清らかであり、施す物に対して貪らず、執着せず、惜しむことなく、円満に布施を行う。願わくは、一切の衆生が智慧の食を得て、心に障りなく、食の本質を了知し、貪り執着することなく、ただ法の喜びと出離の食を楽しみ、智慧が満ち溢れ、法によって堅固に安住し、善根を摂取し、法身と智身が清らかに遊行し、衆生を哀れみ、福田となって、現に搏食を受けることを。』これが菩薩摩訶薩が食を布施する時の善根の廻向である。」

「佛子！菩薩摩訶薩若施飲時，以此善根如是迴向，所謂：『願一切眾生飲法味水，精勤修習，具菩薩道；斷世渴愛，常求佛智；離欲境界，得法喜樂；從清淨法而生其身，常以三昧調攝其心；入智慧海，興大法雲，霔大法雨。』是為菩薩摩訶薩布施飲時善根迴向。

> 「佛子よ！菩薩摩訶薩が飲み物を施す時、この善根を次のように廻向します。すなわち——『すべての生きとし生けるものが、法の味わいの水を飲み、精進して修行し、菩薩の道を備え、世間の渇きの愛着を断ち切り、常に仏の智慧を求め、欲望の境地を離れて、法の喜びを得、清らかな法からその身を生じ、常に三昧をもって心を調え導き、智慧の海に入り、大きな法の雲を起こし、大きな法の雨を降り注ぐことを願う』と。これが菩薩摩訶薩が飲み物を施す時の、善根の廻向です。」

「佛子！菩薩摩訶薩布施種種清淨上味。所謂：辛、酸、鹹、淡，及以甘、苦。種種諸味潤澤具足，能令四大安隱調和，肌體盈滿，氣力強壯，其心清淨常得歡喜；嚥咀之時，不欬不逆；諸根明利，內藏充實；毒不能侵，病不能傷；始終無患，永得安樂。以此善根如是迴向，所謂：『願一切眾生得最上味，甘露充滿；願一切眾生得法智味，了知一切諸味業用；願一切眾生得無量法味，了達法界，安住實際大法城中；願一切眾生作大法雲，周遍法界普雨法雨，教化調伏一切眾生；願一切眾生得勝智味，無上法喜充滿身心；願一切眾生得無貪著一切上味，不染世間一切諸味，常勤修習一切佛法；願一切眾生得一法味，了諸佛法悉無差別；願一切眾生得最勝味，乘一切智終無退轉；願一切眾生得入諸佛無異法味，悉能分別一切諸根；願一切眾生法味增益，常得滿足無礙佛法。』是為菩薩摩訶薩布施味時善根迴向；為令一切眾生勤修福德，皆悉具足無礙智身故。

> 「仏子よ。菩薩摩訶薩は、様々な清らかな美味を施します。すなわち、辛いもの、酸っぱいもの、塩辛いもの、淡白なもの、甘いもの、苦いものなど、様々な味わいが潤い豊かに整えられ、身体の四大元素を安らかに調和させ、肌肉をみなぎらせ、気力を強め、心を清らかにして常に喜びを得させます。噛み飲み込む時にも、咳き込まず、逆流せず、感覚器官は鋭く健全で、内臓は充実し、毒も侵せず、病も傷つけず、終始わずらいなく、永遠に安楽を得ることができます。 この善根をもって、次のように回向します。 『願わくは、一切の衆生が最上の味を得て、甘露に満たされますように。 願わくは、一切の衆生が法の智慧の味を得て、すべての味の働きをあるがままに知りますように。 願わくは、一切の衆生が無量の法の味を得て、法界を悟り、真実の境地である大法の城に安住しますように。 願わくは、一切の衆生が大いなる法の雲となり、法界全体に広がって法の雨を降り注ぎ、一切の衆生を教え導き、調伏しますように。 願わくは、一切の衆生が優れた智慧の味を得て、この上ない法の喜びが身心に満ち溢れますように。 願わくは、一切の衆生が執着のないあらゆる美味を得て、世の中のあらゆる味に染まらず、常に精進してすべての仏法を修めますように。 願わくは、一切の衆生が一つの法の味を得て、諸々の仏法に全く差別のないことを悟りますように。 願わくは、一切の衆生が最も優れた味を得て、一切智に乗って決して退転しませんように。 願わくは、一切の衆生が諸仏と異なることのない法の味に入り、あらゆる根機をことごとく見分けられますように。 願わくは、一切の衆生が法の味を増し加え、常に満ち足りて、障害のない仏法を得られますように。』 これが、菩薩摩訶薩が味を施す時の善根の回向です。すべての衆生が精進して福徳を積み、皆が障りのない智慧の身を完全に具えるためのものです。」

「佛子！菩薩摩訶薩施車乘時，以諸善根如是迴向，所謂：『願一切眾生皆得具足一切智乘，乘於大乘、不可壞乘、最勝乘、最上乘、速疾乘、大力乘、福德具足乘、出世間乘、出生無量諸菩薩乘。』是為菩薩摩訶薩施車乘時善根迴向。

> 「仏子よ、菩薩摩訶薩が車や乗り物を施すとき、その善根を次のように回向します。すなわち、 『願わくは、すべての衆生が、あらゆる智慧（ちえ）の乗り物を具足し、大乗（だいじょう）に乗り、壊（こわ）れない乗り物、最も優れた乗り物、最も至上の乗り物、速やかな乗り物、大いなる力の乗り物、福徳が満ち足りた乗り物、世間を超えた乗り物、無量の諸々の菩薩の乗り物を生み出すものに乗ることを得んことを。』 これが、菩薩摩訶薩が車や乗り物を施すときの善根の回向です。」

「佛子！菩薩摩訶薩布施衣時，以諸善根如是迴向，所謂：『願一切眾生得慚愧衣以覆其身，捨離邪道露形惡法，顏色潤澤，皮膚細軟，成就諸佛第一之樂，得最清淨一切種智。』是為菩薩摩訶薩布施衣時善根迴向。

> 「仏の子よ、菩薩摩訶薩が衣服を施す時、その善き行いの根を次のように人々の幸せへと振り向けます。すなわち、『すべての生きとし生けるものが、恥じる心と慎みの衣を身にまとい、誤った道や裸でいるような悪い行いから離れ、顔色はつややかで、肌はなめらかになり、仏たちの最高の喜びを成就し、最も清らかなすべてを知る智慧を得られますように』と。これが、菩薩摩訶薩が衣服を施す時の善き行いの根の振り向け方なのです。」

「佛子！菩薩摩訶薩常以種種名華布施，所謂：微妙香華、種種色華、無量奇妙華、善見華、可喜樂華、一切時華、天華、人華、世所珍愛華、甚芬馥悅意華。以如是等無量妙華，供養一切現在諸佛，及佛滅後所有塔廟，或以供養說法之人，或以供養比丘僧寶、一切菩薩、諸善知識、聲聞、獨覺、父母、宗親，下至自身及餘一切貧窮、孤露。布施之時，以諸善根如是迴向，所謂：『願一切眾生皆得諸佛三昧之華，悉能開敷一切諸法；願一切眾生皆得如佛，見者歡喜，心無厭足；願一切眾生所見順愜，心無動亂；願一切眾生具行廣大清淨之業；願一切眾生常念善友，心無變異；願一切眾生如阿伽陀藥，能除一切煩惱眾毒；願一切眾生成滿大願，皆悉得為無上智王；願一切眾生智慧日光破愚癡暗；願一切眾生菩提淨月增長滿足；願一切眾生入大寶洲見善知識，具足成就一切善根。』是為菩薩摩訶薩布施華時善根迴向，為令眾生皆得清淨無礙智故。

> 「仏子よ。菩薩摩訶薩は常に様々な名高い花を布施します。すなわち、微細で香り高い花、様々な色の花、無量の奇妙な花、よく見える花、喜ばしい花、あらゆる時に咲く花、天の花、人の花、世の中で大切にされる花、とても芳しく心を楽しませる花。このような無量の妙なる花をもって、現在のすべての諸仏、および仏の滅後にある全ての塔や廟に供養し、あるいは説法する人に供養し、あるいは比丘僧宝、一切の菩薩、諸々の善知識、声聞、独覚、父母、親族、さらには自分自身やその他の全ての貧しく孤露の人々に供養します。布施する時に、諸々の善根をもってこのように回向します。すなわち、 『願わくは、一切の衆生がみな諸仏の三昧の花を得て、すべての諸法を開くことができますように。 願わくは、一切の衆生がみな仏の如くになり、見る者を喜ばせ、心に飽くことがありませんように。 願わくは、一切の衆生の見るところが順調で心に適い、心に動乱がありませんように。 願わくは、一切の衆生が広大で清らかな業を具えて行じますように。 願わくは、一切の衆生が常に善き友を思い、心に変異がありませんように。 願わくは、一切の衆生が阿伽陀薬の如く、すべての煩悩の毒を除くことができますように。 願わくは、一切の衆生が大願を成し満ち、皆ことごとく無上の智慧の王となることができますように。 願わくは、一切の衆生の智慧の日光が愚痴の闇を破りますように。 願わくは、一切の衆生の菩提の清らかな月が増長し満ち足りますように。 願わくは、一切の衆生が大宝の洲に入り、善知識を見て、全ての善根を具足し成就しますように。』 これが菩薩摩訶薩が花を布施する時の善根の回向であり、一切の衆生がみな清らかで障りのない智慧を得させるためです。」

「佛子！菩薩摩訶薩布施鬘時，以諸善根如是迴向，所謂：『願一切眾生人所樂見，見者欽歎，見者親善，見者愛樂，見者渴仰，見者除憂，見者生喜，見者離惡，見者常得親近於佛，見者清淨獲一切智。』是為菩薩摩訶薩布施鬘時善根迴向。

> 「仏の子よ！菩薩摩訶薩が花飾りを布施するとき、その善根を次のように回向します。すなわち、 『願わくば、すべての生きとし生けるもの（衆生）が、人々から好まれて見られ、見た人に敬われ讃えられ、見た人に親しまれ、見た人に愛され喜ばれ、見た人に憧れられ慕われ、見た人の憂いを取り除き、見た人に喜びを生じさせ、見た人を悪から遠ざけ、見た人が常に仏に親しく近づくことができ、見た人が清らかとなり、すべての智慧を得ることができますように。』 これが、菩薩摩訶薩が花飾りを布施するときの善根の回向です。」

「佛子！菩薩摩訶薩布施香時，以諸善根如是迴向：『願一切眾生具足戒香，得不缺戒、不雜戒、不污戒、無悔戒、離纏戒、無熱戒、無犯戒、無邊戒、出世戒、菩薩波羅蜜戒；願一切眾生以是戒故，皆得成就諸佛戒身。』是為菩薩摩訶薩布施香時善根迴向，為令眾生悉得圓滿無礙戒蘊故。

> 「仏の子よ！菩薩摩訶薩が香を施す時、諸々の善根をもってこのように回向する。『全ての衆生が戒の香を具え、欠けることのない戒、混ざりもののない戒、汚れのない戒、悔いのない戒、煩わしさから解き放たれた戒、熱悩のない戒、犯しのない戒、限りのない戒、世を超えた戒、菩薩の波羅蜜の戒を得んことを。全ての衆生がこの戒によって、みな諸仏の戒身を成就することを得んことを』と。これが菩薩摩訶薩が香を施す時の善根の回向であり、衆生をして完全なる障りのない戒の集まりを円満に得させるがためである。」

「佛子！菩薩摩訶薩施塗香時，以諸善根如是迴向，所謂：『願一切眾生施香普熏，悉能惠捨一切所有；願一切眾生戒香普熏，得於如來究竟淨戒；願一切眾生忍香普熏，離於一切險害之心；願一切眾生精進香普熏，常服大乘精進甲冑；願一切眾生定香普熏，安住諸佛現前三昧；願一切眾生慧香普熏，一念得成無上智王；願一切眾生法香普熏，於無上法得無所畏；願一切眾生德香普熏，成就一切大功德智；願一切眾生菩提香普熏，得佛十力到於彼岸；願一切眾生清淨白法妙香普熏，永滅一切不善之法。』是為菩薩摩訶薩施塗香時善根迴向。

> 「佛子よ。菩薩摩訶薩が塗香を施す時、諸々の善根をこのように廻向する。すなわち、 『願わくば、一切の衆生が施しの香をあまねく薫じ、すべての所有を惜しみなく施し与えることができますように。 願わくば、一切の衆生が戒めの香をあまねく薫じ、如来の究竟なる清らかな戒めを得ることができますように。 願わくば、一切の衆生が忍耐の香をあまねく薫じ、あらゆる害そうとする心から離れることができますように。 願わくば、一切の衆生が精進の香をあまねく薫じ、常に大乗の精進という鎧を身に着けることができますように。 願わくば、一切の衆生が禅定の香をあまねく薫じ、諸仏の現前する三昧に安住することができますように。 願わくば、一切の衆生が智慧の香をあまねく薫じ、一念のうちに無上の智王となることができますように。 願わくば、一切の衆生が法の香をあまねく薫じ、無上の法において何の恐れもなくなることができますように。 願わくば、一切の衆生が功徳の香をあまねく薫じ、一切の大功徳の智慧を成就することができますように。 願わくば、一切の衆生が菩提の香をあまねく薫じ、仏の十力を得て彼岸に到ることができますように。 願わくば、一切の衆生が清らかな白く善い法の妙なる香をあまねく薫じ、一切の不善の法を永遠に滅し尽くすことができますように。』 これが菩薩摩訶薩が塗香を施す時の善根の廻向である。

「佛子！菩薩摩訶薩施床座時，以諸善根如是迴向，所謂：『願一切眾生得諸天床座，證大智慧；願一切眾生得賢聖床座，捨凡夫意，住菩提心；願一切眾生得安樂床座，永離一切生死苦惱；願一切眾生得究竟床座，得見諸佛自在神通；願一切眾生得平等床座，恒普熏修一切善法；願一切眾生得最勝床座，具清淨業，世無與等；願一切眾生得安隱床座，證真實法，具足究竟；願一切眾生得清淨床座，修習如來淨智境界；願一切眾生得安住床座，得善知識常隨覆護；願一切眾生得師子床座，常如如來右脇而臥。』是為菩薩摩訶薩施床座時善根迴向，為令眾生修習正念、善護諸根故。

> 「佛の子よ！ 菩薩摩訶薩が寝床や座を施す時、その善根を次のように回向します。すなわち、 『願わくば、一切の衆生が天の寝座を得て、大いなる智慧を証得せんことを。 願わくば、一切の衆生が賢聖の寝座を得て、凡夫の心を捨て、菩提心に安住せんことを。 願わくば、一切の衆生が安楽の寝座を得て、永遠に一切の生死の苦しみと悩みから離れんことを。 願わくば、一切の衆生が究竟の寝座を得て、諸仏の自在なる神通を見ることを得んことを。 願わくば、一切の衆生が平等の寝座を得て、常にあまねく一切の善法を熏修せんことを。 願わくば、一切の衆生が最勝の寝座を得て、清らかな業を具え、世に比ぶる者無からんことを。 願わくば、一切の衆生が安穏の寝座を得て、真実の法を証し、究竟を具足せんことを。 願わくば、一切の衆生が清浄の寝座を得て、如来の清浄なる智慧の境界を修習せんことを。 願わくば、一切の衆生が安住の寝座を得て、善知識に常に随い覆い護られんことを。 願わくば、一切の衆生が獅子の寝座を得て、常に如来の如く右脇で臥せんことを。』 これが菩薩摩訶薩が寝床や座を施す時の善根の回向であり、衆生に正念を修習させ、諸々の根を善く護らせるためです。」

「佛子！菩薩摩訶薩施房舍時，以諸善根如是迴向，所謂：『願一切眾生皆得安住清淨佛剎，精勤修習一切功德；安住甚深三昧境界，捨離一切住處執著；了諸住處皆無所有，離諸世間住一切智；攝取一切諸佛所住，住究竟道安樂住處；恒住第一清淨善根，終不捨離佛無上住。』是為菩薩摩訶薩施房舍時善根迴向；為欲利益一切眾生，隨其所應，思惟救護故。

> 「仏子よ、菩薩摩訶薩が房舎（住まい）を施す時、諸々の善根をもって次のように廻向する。すなわち、『願わくは一切の衆生が皆、清らかな仏の国に安住し、精進してすべての功徳を修め、深い禅定の境地に安住し、あらゆる住まいへの執着を捨て離れ、諸々の住まいはすべて実体がないと了知し、世間を離れて一切智に安住し、すべての諸仏の住まいである仏果を摂取し、究竟の道という安楽の住まいに住し、常に第一の清らかな善根に住し、ついに仏の無上の住まいを捨て離れないこと』と。これが菩薩摩訶薩が房舎を施す時の善根の廻向である。一切の衆生を利益し、その機に応じて救護することを思い計らうがためである。」

「佛子！菩薩摩訶薩施住處時，以諸善根如是迴向，所謂：『願一切眾生常獲善利，其心安樂；願一切眾生依如來住，依大智住，依善知識住，依尊勝住，依善行住，依大慈住，依大悲住，依六波羅蜜住，依大菩提心住，依一切菩薩道住。』是為菩薩摩訶薩施住處時善根迴向，為令一切福德清淨故，究竟清淨故，智清淨故，道清淨故，法清淨故，戒清淨故，志樂清淨故，信解清淨故，願清淨故，一切神通功德清淨故。

> 「仏子よ、菩薩摩訶薩が住居を施すとき、あらゆる善根をこのように廻向します。すなわち、 『願わくば、一切の衆生が常に善い利益を得て、その心が安らかでありますように。 願わくば、一切の衆生が如来に依って住み、大いなる智慧に依って住み、善知識に依って住み、尊勝に依って住み、善い行いに依って住み、大いなる慈しみに依って住み、大いなる悲しみに依って住み、六波羅蜜に依って住み、大いなる菩提心に依って住み、一切の菩薩の道に依って住みますように。』 これが、菩薩摩訶薩が住居を施すときの善根の廻向です。それは、一切の福徳を清らかにするため、究極的に清らかにするため、智慧を清らかにするため、道を清らかにするため、法を清らかにするため、戒を清らかにするため、志楽を清らかにするため、信解を清らかにするため、願いを清らかにするため、一切の神通功徳を清らかにするためです。」

「佛子！菩薩摩訶薩施諸燈明，所謂：酥燈、油燈、寶燈、摩尼燈、漆燈、火燈、沈水燈、栴檀燈、一切香燈、無量色光燈。施如是等無量燈時，為欲利益一切眾生，為欲攝受一切眾生，以此善根如是迴向，所謂：『願一切眾生得無量光，普照一切諸佛正法；願一切眾生得清淨光，照見世間極微細色；願一切眾生得離翳光，了眾生界空無所有；願一切眾生得無邊光，身出妙光普照一切；願一切眾生得普照光，於諸佛法心無退轉；願一切眾生得佛淨光，一切剎中悉皆顯現；願一切眾生得無礙光，一光遍照一切法界；願一切眾生得無斷光，照諸佛剎光明不斷；願一切眾生得智幢光，普照世間；願一切眾生得無量色光，照一切剎示現神力。』菩薩如是施燈明時，為欲利益一切眾生，安樂一切眾生故，以此善根隨逐眾生，以此善根攝受眾生，以此善根分布眾生，以此善根慈愍眾生，以此善根覆育眾生，以此善根救護眾生，以此善根充滿眾生，以此善根緣念眾生，以此善根等益眾生，以此善根觀察眾生。是為菩薩摩訶薩施燈明時善根迴向，如是迴向無有障礙，普令眾生住善根中。

> 仏の子よ、菩薩摩薩（ぼさつまかさつ）は様々な灯明を施します。すなわち、酥灯（そとう）、油灯、宝灯、摩尼（まに）灯、漆灯、火灯、沈水（じんずい）灯、栴檀（せんだん）灯、あらゆる香りの灯、無量の色と光の灯です。このように無量の灯を施す時、すべての衆生を利益し、すべての衆生を摂受（しょうじゅ）しようと願い、この善根をもって次のように廻向（えこう）します。 「願わくば、一切の衆生が無量の光を得て、すべての諸仏の正法を照らし出さんことを。 願わくば、一切の衆生が清らかな光を得て、世の中の極微細な色まではっきりと見通さんことを。 願わくば、一切の衆生が曇りのない光を得て、衆生の世界が本来空であり、何も実体がないことを悟らんことを。 願わくば、一切の衆生が限りない光を得て、その身から妙なる光を放ち、すべてを照らさんことを。 願わくば、一切の衆生が普く照らす光を得て、諸仏の教えに対して決して退転することなからんことを。 願わくば、一切の衆生が仏の清浄な光を得て、あらゆる仏の世界にその姿を現さんことを。 願わくば、一切の衆生が障りのない光を得て、一筋の光で全ての法界を照らし渡らんことを。 願わくば、一切の衆生が絶えることのない光を得て、諸仏の世界を照らす光明が尽きることなからんことを。 願わくば、一切の衆生が智慧の幢（はた）の光を得て、世の中を広く照らし出さんことを。 願わくば、一切の衆生が無量の色の光を得て、すべての世界を照らし、神力を示現せんことを。」 菩薩はこのように灯明を施す時、すべての衆生を利益し、安楽にするために、この善根によって衆生を追いかけ、受け入れ、分け与え、慈しみ、育て、救い、満たし、想い、等しく利益し、観察します。これが菩薩摩薩が灯明を施す時の善根の廻向です。このように廻向すれば、何の障りもなく、全ての衆生を善根のうちに安住させることができるのです。

「佛子！菩薩摩訶薩施湯藥時，以諸善根如是迴向，所謂：『願一切眾生於諸蓋纏，究竟得出；願一切眾生永離病身，得如來身；願一切眾生作大良藥，滅除一切不善之病；願一切眾生成阿伽陀藥，安住菩薩不退轉地；願一切眾生成如來藥，能拔一切煩惱毒箭；願一切眾生親近賢聖，滅諸煩惱，修清淨行；願一切眾生作大藥王，永除眾病，不令重發；願一切眾生作不壞藥樹，悉能救療一切眾生；願一切眾生得一切智光，出眾病箭；願一切眾生善解世間方藥之法，所有疾病為其救療。』菩薩摩訶薩施湯藥時，為令一切眾生永離眾病故，究竟安隱故，究竟清淨故，如佛無病故，拔除一切病箭故，得無盡堅固身故，得金剛圍山所不壞身故，得堅固滿足力故，得圓滿不可奪佛樂故，得一切佛自在堅固身故，以諸善根如是迴向。

> 「仏子よ！菩薩摩薩が薬湯を施す時、あらゆる善根をこのように廻向する。すなわち、 『願わくば、一切の衆生が、あらゆる煩悩の覆いと束縛からついに解脱せんことを。 願わくば、一切の衆生が、病の身を永遠に離れ、如来の身を得んことを。 願わくば、一切の衆生が、この上ない良薬となり、あらゆる不善の病を滅ぼさんことを。 願わくば、一切の衆生が、阿伽陀薬（万能薬）となり、菩薩の不退転の地に安住せんことを。 願わくば、一切の衆生が、如来の薬となり、あらゆる煩悩の毒矢を抜き除かんことを。 願わくば、一切の衆生が、賢聖に親しく近づき、諸々の煩悩を滅し、清らかな行いを修めんことを。 願わくば、一切の衆生が、大いなる薬王となり、あらゆる病を永く除き、再び発さしめざらんことを。 願わくば、一切の衆生が、壊れざる薬樹となり、あらゆる衆生をことごとく救い治療せんことを。 願わくば、一切の衆生が、一切智の光を得て、病の矢を逃れ出でんことを。 願わくば、一切の衆生が、世の中の医薬の法をよく解し、あらゆる疾病を救い治療せんことを。』 菩薩摩薩が薬湯を施すのは、一切の衆生を永遠に諸病から離れさせ、究極の安らぎを得させ、究極の清らかさを得させ、仏のように病なく、一切の病の矢を抜き除き、尽きることのない堅固な身を得させ、金剛の囲山にも壊されない身を得させ、堅固で満ち足りた力を得させ、円満で奪うことのできない仏の楽しみを得させ、一切の諸仏の自在で堅固な身を得させるためであり、このようにして諸々の善根を廻向するのである。」

「佛子！菩薩摩訶薩悉能惠施一切器物。所謂：黃金器盛滿雜寶，白銀器盛眾妙寶，瑠璃器盛種種寶，玻瓈器盛滿無量寶莊嚴具，硨磲器盛赤真珠，碼碯器盛滿珊瑚摩尼珠寶，白玉器盛眾美食，栴檀器盛天衣服，金剛器盛眾妙香。無量無數種種寶器，盛無量無數種種眾寶，或施諸佛，信佛福田不思議故；或施菩薩，知善知識難值遇故；或施聖僧，為令佛法久住世故；或施聲聞及辟支佛，於諸聖人生淨信故；或施父母，為尊重故；或施師長，為恒誘誨，令依聖教修功德故；或施下劣、貧窮、孤露，大慈、大悲愛眼等視諸眾生故；專意滿足去、來、今世一切菩薩檀波羅蜜故；以一切物普施一切，終不厭捨諸眾生故。如是施時，於其施物及以受者，皆無所著。菩薩摩訶薩以如是等種種寶器盛無量寶而布施時，以諸善根如是迴向，所謂：『願一切眾生成等虛空無邊藏器，念力廣大，悉能受持世、出世間一切經書，無有忘失；願一切眾生成清淨器，能悟諸佛甚深正法；願一切眾生成無上寶器，悉能受持三世佛法；願一切眾生成就如來廣大法器，以不壞信攝受三世佛菩提法；願一切眾生成就最勝寶莊嚴器，住大威德菩提之心；願一切眾生成就功德所依處器，於諸如來無量智慧生淨信解；願一切眾生成就趣入一切智器，究竟如來無礙解脫；願一切眾生得盡未來劫菩薩行器，能令眾生普皆安住一切智力；願一切眾生成就三世諸佛種性勝功德器，一切諸佛妙音所說悉能受持；願一切眾生成就容納盡法界、虛空界、一切世界一切如來眾會道場器，為大丈夫讚說之首，勸請諸佛轉正法輪。』是為菩薩摩訶薩布施器時善根迴向，為欲普令一切眾生皆得圓滿普賢菩薩行願器故。

> 「仏子よ！菩薩摩ヒは、あらゆる器物を惜しみなく施すことができます。すなわち、黄金の器に様々な宝を満たし、銀の器に多くの妙なる宝を盛り、瑠璃の器に種々の宝を入れ、玻璃の器に無量の宝飾具を満たし、硨磲の器に赤真珠を盛り、瑪瑙の器に珊瑚や摩尼宝珠を満たし、白玉の器に美味しい食物を盛り、栴檀の器に天人の衣服を盛り、金剛の器に多くの妙なる香を盛ります。無量無数の様々な宝の器に、無量無数の様々な宝を盛って、あるいは諸仏に施します。仏の福田を信じる心が不可思議だからです。あるいは菩薩に施します。善知識に出会うことが難しいと知っているからです。あるいは聖なる僧伽に施します。仏法を長く世に留めたいからです。あるいは声聞や辟支仏に施します。聖なる者たちに清らかな信を起こすからです。あるいは父母に施します。敬い尊ぶからです。あるいは師や長者に施します。常に導き教え、聖なる教えに従って功徳を修めさせるからです。あるいは下賤な者、貧しい者、孤独な者に施します。大慈大悲の愛の眼で全ての衆生を等しく見るからです。心を一つにして、過去・未来・現在のすべての菩薩の布施波羅蜜を満たすためです。あらゆる物をあまねく全てに施し、決して衆生を厭い捨てることがありません。このように施すとき、その施す物や受け手に対して、何の執着もありません。 菩薩摩ヒは、このような様々な宝の器に無量の宝を盛って布施するとき、諸々の善根をこのように回向します。すなわち、『願わくは、すべての衆生が虚空のように限りない器となり、念力が広大で、世間・出世間の一切の経典や書物を受け持ち、忘れることがありませんように。願わくは、すべての衆生が清らかな器となり、諸仏の深い正法を悟ることができますように。願わくは、すべての衆生が無上の宝の器となり、三世の仏法をことごとく受け持ちますように。願わくは、すべての衆生が如来の広大な法の器となり、壊れることのない信によって三世の仏の菩提法を受け持ちますように。願わくは、すべての衆生が最勝の宝で飾られた器となり、大威徳の菩提心に安住しますように。願わくは、すべての衆生が功徳のよりどころとなる器となり、諸如来の無量の智慧に対して清らかな信と理解を起こしますように。願わくは、すべての衆生が一切智に入る器となり、究竟的に如来の無礙の解脱を成就しますように。願わくは、すべての衆生が未来劫にわたる菩薩行の器を得て、すべての衆生を一切の智慧の力に安住させることができますように。願わくは、すべての衆生が三世の諸仏の種姓であり勝れた功徳の器となり、一切の諸仏の妙音によって説かれる教えをことごとく受け持ちますように。願わくは、すべての衆生が法界・虚空界・一切世界のあらゆる如来の集会の道場を受け入れる器となり、大丈夫として賛嘆され導かれ、諸仏に正法の輪を転ずるよう勧請しますように。』これが菩薩摩ヒが器物を布施するときの善根の回向であり、すべての衆生に普賢菩薩の行いと願いの器を円満に得させようとするからです。」

## 大方廣佛華嚴經卷第二十五

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