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title: "摩訶般若波羅蜜經 · 64 淨願品"
description: "摩诃般若波罗蜜经是后秦时期著名译经大师鸠摩罗什翻译的大乘佛教重要经典，属于般若类经典的核心文献。该经成书于公元5世纪初，罗什在长安逍遥园译场主持翻译，系统阐述了大乘佛教空性思想与菩萨修行法门。经文以般若智慧为核心，详细论述诸法空相、无所得等深奥义理，强调通过般若波罗蜜多可达究竟涅槃。作为大乘佛教根本经典之一，该经对中国佛教天台宗、三论宗等宗派形成产生深远影响，是研究大乘空观思想的重要依据，在汉传佛教中具有崇高地位。"
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### 摩訶般若波羅蜜經淨願品第六十四丹隨喜品

> 摩訶般若波羅蜜經淨願品第六十四<note>丹隨喜品</note>

爾時釋提桓因作是念：「菩薩摩訶薩行般若波羅蜜、禪那波羅蜜、毘梨耶波羅蜜、羼提波羅蜜、尸羅波羅蜜、檀那波羅蜜，乃至十八不共法時，出一切眾生之上，何況得阿耨多羅三藐三菩提時。是諸眾生聞是薩婆若信解者，得人中之善利、壽命中最，何況發阿耨多羅三藐三菩提意。是眾生能發阿耨多羅三藐三菩提意者，其餘眾生應當願樂。」爾時釋提桓因以天文陀羅華而散佛上，發是言：「以是福德，若有求阿耨多羅三藐三菩提者，令此人具足佛法，具足一切智，具足自然法。若求聲聞者，令具足聲聞法。世尊！若有菩薩發阿耨多羅三藐三菩提意者，我終不生一念令其轉還，我亦不生一念令其轉還墮聲聞、辟支佛地。世尊！我願諸菩薩倍復精進於阿耨多羅三藐三菩提，見眾生生死中種種苦惱，欲利益安樂一切世間天及人、阿修羅。以是心，作是願：『我既自度亦當度未度者，我既自脫當脫未脫者，我既安隱當安未安者，我既滅度當使未入滅度者得滅度。』世尊！善男子、善女人於初發意菩薩功德隨喜心，得幾許福德？於久發意菩薩功德隨喜心，得幾許福德？於阿惟越致菩薩功德隨喜心，得幾許福德？於一生補處菩薩功德隨喜心，得幾許福德？」

> この時、帝釈天はこう考えた。「菩薩摩訶薩が般若波羅蜜や禅那波羅蜜、毘梨耶波羅蜜、羼提波羅蜜、尸羅波羅蜜、檀那波羅蜜、さらに十八不共法に至るまでを修行する時、すでに一切の衆生の上に出る。ましてや、阿耨多羅三藐三菩提を得る時はなおさらである。これらの衆生が、この一切智の教えを聞いて信解するならば、人の中の最上の利益を得、寿命の中でも最も優れたものとなる。ましてや、阿耨多羅三藐三菩提の心を起こす者はなおさらである。このような心を起こすことのできる衆生がいるならば、他の全ての衆生はその人を敬い、喜ぶべきである。」 その時、帝釈天は天の花を仏の上に散りばめて、こう言った。「この功徳によって、阿耨多羅三藐三菩提を求める者があれば、その人に仏の教えを完全に具えさせ、一切智を完全に具えさせ、自然の法を完全に具えさせたまえ。声聞を求める者があれば、その人に声聞の教えを完全に具えさせたまえ。世尊よ、もし菩薩が阿耨多羅三藐三菩提の心を起こしたならば、私は決して、その心を退かせるような一念も起こしません。また、その心を退かせて声聞や辟支仏の境地に落とすような一念も起こしません。 世尊よ、私は願います。全ての菩薩が、阿耨多羅三藐三菩提に向かって、ますます精進されますように。衆生が生死の中で様々な苦しみを経験しているのを見て、一切の世間の天や人、阿修羅を利益し、安楽にしたいと願われますように。この心をもって、こう誓われますように——『私はすでに自分自身を渡したのだから、まだ渡っていない者をも渡そう。私はすでに自分自身を解脱したのだから、まだ解脱していない者をも解脱させよう。私はすでに安穏を得たのだから、まだ安穏を得ていない者をも安穏にしよう。私はすでに涅槃に入ったのだから、まだ涅槃に入っていない者をも涅槃に入らせよう。』 世尊よ、善男子・善女人が、初めて菩提心を起こした菩薩の功徳に対して随喜の心を起こすならば、どれほどの福徳を得るでしょうか。長く菩提心を起こし続けている菩薩の功徳に対して随喜の心を起こすならば、どれほどの福徳を得るでしょうか。不退転の菩薩の功徳に対して随喜の心を起こすならば、どれほどの福徳を得るでしょうか。一生のうちに仏位を継ぐ菩薩（一生補処）の功徳に対して随喜の心を起こすならば、どれほどの福徳を得るでしょうか。」

佛告釋提桓因言：「憍尸迦！四天下國土可稱知斤兩，是隨喜福德不可稱量。復次，憍尸迦！是三千大千世界皆可稱知斤兩，是隨喜心福德不可稱量。復次，憍尸迦！三千大千世界滿中海水，取一髮破為百分，以一分髮渧取海水，可知渧數，是隨喜心福德不可數知。」

> 仏は釈提桓因に告げられた。「憍尸迦よ、四天下の国土は、その斤両（重さ）を量って知ることができるであろう。しかし、この随喜の功徳は、量り知ることができないものである。また、憍尸迦よ、この三千大千世界も、すべて斤両を量って知ることができるであろう。しかし、この随喜の心の功徳は、量り知ることができないものである。さらに、憍尸迦よ、三千大千世界に満ちている海水を、一本の髪の毛を百の部分に分けた、その一分の毛先でくみ取るとしよう。その水滴の数を数えることはできるであろう。しかし、この随喜の心の功徳は、数え知ることができないものである。」

釋提桓因白佛言：「世尊！若眾生心不隨喜阿耨多羅三藐三菩提者，皆是魔眷屬。諸心不隨喜者，從魔中來生。何以故？世尊！是諸發隨喜心菩薩，為破魔境界故生。是故欲愛敬三尊者，應生隨喜心。隨喜已，應迴向阿耨多羅三藐三菩提，以不一不二相故。」

> 釈提桓因（しゃくだいかんいん）が仏に申し上げました。「世尊よ、もし衆生の心が阿耨多羅三藐三菩提（あのくたらさんみゃくさんぼだい）に随喜しないならば、彼らは皆、魔の眷属です。心に随喜しない者たちは、魔の世界から来て生まれたのです。なぜなら、世尊よ、これらの随喜の心を起こした菩薩たちは、魔の領域を打ち破るために生まれてくるからです。それゆえ、三宝を敬い愛おしみたいと願う者は、随喜の心を起こすべきです。随喜したならば、その功徳を阿耨多羅三藐三菩提に回向すべきです。ただし、一でもなく二でもない相によって、です。」

佛言：「如是，如是！憍尸迦！若有人於菩薩心能如是隨喜迴向者，常值諸佛，終不見惡色、終不聞惡聲、終不嗅惡香、終不食惡味、終不觸惡觸，終無不隨念，終不遠離諸佛，從一佛土至一佛土，親近諸佛種善根。何以故？善男子、善女人為無量阿僧祇初發意菩薩諸善根，隨喜迴向，為無量阿僧祇第二地第三地乃至第十地、一生補處諸菩薩摩訶薩善根，隨喜迴向阿耨多羅三藐三菩提。以是善根因緣故，疾近阿耨多羅三藐三菩提。是諸菩薩得阿耨多羅三藐三菩提已，度無量無邊阿僧祇眾生。憍尸迦！以是因緣故，善男子、善女人於初發意菩薩善根，應隨喜迴向阿耨多羅三藐三菩提，非心、非離心。於久發意阿惟越致一生補處善根，隨喜迴向阿耨多羅三藐三菩提，非心、非離心。」

> 佛が言われた。「その通り、その通りである。憍尸迦（かうしか）よ。もし人が菩薩の心に対して、このように随喜し、廻向することができるならば、その人は常に諸仏に会うことができるであろう。決して悪い色を見ることもなく、決して悪い声を聞くこともなく、決して悪い香りを嗅ぐこともなく、決して悪い味を味わうこともなく、決して悪い感触に触れることもない。常に思いのままにならないことはなく、常に諸仏から遠ざかることがない。一つの仏の国土から別の仏の国土へと赴き、諸仏に親しく近づき、善い根を植え育てるであろう。なぜか。善男子・善女人が、無量阿僧祇の初めて発心した菩薩たちの善い根に対して随喜し、廻向し、無量阿僧祇の第二地、第三地、さらには第十地に至るまでの菩薩、一生補処の大菩薩たちの善い根に対しても随喜し、無上正等覚（あのくたらさんみゃくさんぼだい）に廻向するからである。この善い根の因縁によって、速やかに無上正等覚に近づくことができる。これらの菩薩たちは、無上正等覚を得た後、無量無辺阿僧祇の衆生を救い渡すであろう。憍尸迦よ。この因縁によって、善男子・善女人は、初めて発心した菩薩の善い根に対して、無上正等覚に随喜し廻向すべきである。それは心に執着せず、心を離れることもない。長く発心した不退転の菩薩や一生補処の菩薩の善い根に対しても、無上正等覚に随喜し廻向すべきである。それもまた、心に執着せず、心を離れることもないのである。」

須菩提白佛言：「世尊！是心如幻，云何能得阿耨多羅三藐三菩提？」

> 須菩提が仏に申し上げました。「世尊よ、この心は幻のようなものです。どうして阿耨多羅三藐三菩提（完全なる悟り）を得ることができましょうか？」

佛告須菩提：「於汝意云何，汝見是心如幻不？」

> 佛は須菩提に告げられた。「どう思うか。お前はこの心が幻のようなものであると見るか。」

「不也，世尊！我不見幻，亦不見心如幻。」

> 「いいえ、世尊よ。私は幻を見ることもなく、また心が幻のようであるのを見ることもありません。」

「須菩提！於汝意云何，若無幻亦無心如幻，汝見是心不？」

> 「須菩提、あなたの考えではどうですか。もし幻のようなものがなく、心もまた幻のようなものではないとしたら、あなたはそのような心を見ることができますか。」

「不也，世尊！」

> 「いいえ、世尊（仏陀）ではありません。」

「須菩提！於汝意云何，離幻、離心如幻，汝見更有法得阿耨多羅三藐三菩提不？」

> 「須菩提よ、あなたはどう思いますか。幻の世界を離れ、心さえも幻であると知ったとき、あなたはそのほかに、最高の悟りを得るという法があると思いますか。」

「不也，世尊！我不見離幻、離心如幻，更有法得阿耨多羅三藐三菩提。世尊！我不見更有法何等法可說若有若無，是法相畢竟離故，不墮有、不墮無。若法畢竟離者，不能得阿耨多羅三藐三菩提。無所有法亦不應得阿耨多羅三藐三菩提。何以故？世尊！一切法無所有，是中無垢者、無淨者。世尊！以是故，般若波羅蜜畢竟離，禪那波羅蜜、毘梨耶波羅蜜、羼提波羅蜜、尸羅波羅蜜、檀那波羅蜜畢竟離，乃至阿耨多羅三藐三菩提亦畢竟離。若法畢竟離，則不應修、不應壞。行般若波羅蜜亦無有法可得，畢竟離故。世尊！若般若波羅蜜畢竟離者，云何因般若波羅蜜得阿耨多羅三藐三菩提？阿耨多羅三藐三菩提亦畢竟離，二離中云何能有所得？」

佛告須菩提：「善哉，善哉！是般若波羅蜜畢竟離，禪那波羅蜜、毘梨耶波羅蜜、羼提波羅蜜、尸羅波羅蜜、檀那波羅蜜畢竟離，乃至一切種智畢竟離。須菩提，若般若波羅蜜畢竟離，乃至一切種智畢竟離，以是故，能得阿耨多羅三藐三菩提。須菩提！若般若波羅蜜非畢竟離，乃至一切種智非畢竟離，是不名般若波羅蜜，不名禪波羅蜜乃至一切種智。須菩提！若般若波羅蜜畢竟離，乃至一切種智畢竟離。以是故，須菩提！非不因般若波羅蜜得阿耨多羅三藐三菩提，亦不以離得離而得阿耨多羅三藐三菩提。非不因般若波羅蜜。」

須菩提白佛言：「世尊！菩薩摩訶薩所行義甚深。」

佛言：「如是，須菩提！菩薩摩訶薩所行義甚深。須菩提！諸菩薩摩訶薩能為難事，所謂行是深義而不證聲聞、辟支佛地。」

須菩提白佛言：「世尊！如我從佛聞義，菩薩摩訶薩所行不為難。何以故？是菩薩摩訶薩不得是義可作證，亦不得般若波羅蜜作證，亦無作證者。世尊！若一切法不可得，何等是義可作證？何等是般若波羅蜜作證？何等是作證者作證已得阿耨多羅三藐三菩提？世尊！是名菩薩摩訶薩無所得行。菩薩行是，於一切法皆得明了。世尊！若菩薩摩訶薩聞是法，心不驚不沒不怖不畏，是名為行般若波羅蜜。是菩薩摩訶薩行般若波羅蜜時，不見我行般若波羅蜜，亦不見是般若波羅蜜，亦不見我當得阿耨多羅三藐三菩提。何以故？菩薩摩訶薩行般若波羅蜜時，不作是念：『聲聞、辟支佛地去我遠，薩婆若去我近。』世尊！譬如虛空不作是念：『有法去我遠、去我近。』何以故？世尊！虛空無分別故。世尊！行般若波羅蜜菩薩亦不作是念：『聲聞、辟支佛地去我遠，薩婆若去我近。』何以故？般若波羅蜜中無分別故。世尊！譬如幻人不作是念：『幻師去我近，觀人去我遠。』何以故？幻人無分別故。行般若波羅蜜菩薩不作是念：『聲聞、辟支佛地去我遠，薩婆若去我近。』世尊！譬如鏡中像不作是念：『所因者去我近，餘者去我遠。』何以故？像無分別故。行般若波羅蜜菩薩亦不作是念：『聲聞、辟支佛地去我遠，薩婆若去我近。』何以故？般若波羅蜜中無分別故。世尊！行般若波羅蜜菩薩無愛無憎。何以故？般若波羅蜜自性不可得故。世尊！譬如佛，無愛無憎。行般若波羅蜜菩薩無愛無憎亦如是。何以故？般若波羅蜜中無憎無愛故。世尊！譬如佛，一切分別想斷。行般若波羅蜜菩薩亦如是，一切分別想斷，畢竟空故。世尊！譬如佛所化人不作是念：『聲聞、辟支佛去我遠，阿耨多羅三藐三菩提去我近。』何以故？佛所化人無分別故。行般若波羅蜜菩薩亦如是，不作是念：『聲聞、辟支佛去我遠，阿耨多羅三藐三菩提去我近。』世尊！譬如有所為故作化，所化事無分別。世尊！般若波羅蜜亦如是，有所為事而修是事成就，而般若波羅蜜亦無分別。世尊！譬如工匠、若工匠弟子有所為故，作木人若男若女、象馬牛羊。是所作亦能有所作，是牛馬無分別。世尊！般若波羅蜜亦如是，有所為故說是事成就，而般若波羅蜜亦無分別。」

舍利弗問須菩提：「但般若波羅蜜無分別？禪那波羅蜜乃至檀那波羅蜜亦無分別？」

須菩提語舍利弗：「禪那波羅蜜無分別，乃至檀那波羅蜜亦無分別。」

舍利弗問須菩提：「色無分別乃至識亦無分別，眼乃至意無分別，色乃至法無分別，眼識觸乃至意識觸無分別，眼觸因緣生受乃至意觸因緣生受，四禪、四無量心、四無色定、四念處乃至八聖道分、空、無相、無作，佛十力、四無所畏、四無礙智、大慈大悲、十八不共法、阿耨多羅三藐三菩提無為性，亦無分別。須菩提！若色無分別乃至無為性無分別，若一切法無分別，云何分別有六道生死：是地獄、是餓鬼、是畜生、是天、是人、是阿修羅？云何分別是須陀洹、斯陀含、阿那含、阿羅漢、辟支佛、諸佛？」

須菩提報舍利弗：「眾生顛倒因緣故，造作身、口、意業，隨欲本業報受六道身——地獄、餓鬼、畜生、人、天、阿修羅身。如汝言：『云何分別有須陀洹乃至佛道？』舍利弗！須陀洹即是無分別故有，須陀洹果亦是無分別故有，乃至阿羅漢阿羅漢果、辟支佛辟支佛道、佛佛道亦是無分別故有。舍利弗！過去諸佛亦是無分別、斷分別故有。以是故，舍利弗！當知一切法無有分別、不壞相，諸法如、法性、實際故。舍利弗！如是，菩薩摩訶薩應行無分別般若波羅蜜。行無分別般若波羅蜜已，便得無分別阿耨多羅三藐三菩提。」