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title: "正法念處經 · 8"
description: "正法念处经是佛教重要经典，由元魏时期译经师瞿昙般若流支翻译。该经属于小乘佛教典籍，成书于古印度，后传入中国。经文主要阐述通过正念观察身心现象，达到解脱的修行方法，详细分析六道轮回、因果业报等佛教核心教义。内容涵盖四念处修法、三十七道品等修行体系，强调通过观照身、受、心、法来破除执着。在佛教史上具有重要地位，是研究早期佛教禅修理论的重要文献，对后世禅修实践影响深远，被列为汉传佛教基本经典之一。"
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## 正法念處經卷第十二

> 正法念処経 第十二巻

元魏婆羅門瞿曇般若流支譯

### 地獄品之八

「又偷盜果：以惡業故，彼地獄中見自己物，他人劫奪，即便走逐。既如是走，閻魔羅人以利鐵刀執取斫割，脈脈皆斷，斷已復生。又復更有餘地獄人疾走而來，閻魔羅人亦復捉取，刀戟杵枷皆悉焰燃，斫刺築打，是彼偷盜惡業果報。如是無量百千年歲，乃至偷盜不善業果破壞無氣、腐爛盡滅，彼人彼處爾乃得脫。

> また、盗みの報いについて。悪業によって、その者は地獄で自分の物を他人に奪われるのを見て、すぐに追いかける。そうして走ると、閻魔羅人が鋭い鉄の刀で彼を捕らえて切り刻み、脈々を断ち切る。断たれた後、再び生える。さらにまた、他の地獄の者が速く走って来ると、閻魔羅人はその者も捕らえ、刃や槍、盾や枷がすべて燃え盛る中で、切り、刺し、打ちつける。これが、その盗みの悪業の報いである。このように無量の百千年もの間、盗みの不善業の果報が破壊されて気を失い、腐り尽くすまで、その者はそこから逃れられない。

「又邪行者：見本婦女灰河所漂，極大唱喚，惡波所推或有出者、或有沒者，喚地獄人而作是言：『我今在此灰河惡處，無導無救，汝今可來救我此難？』彼地獄人既聞啼哭，惡業癡心入彼灰河，即於入時，一切身分為灰所爛，乃至無有芥子許在，唯有殘骨後復肉生。肉既生已，而復更見向者婦女稍遠於前，在灰河中而復唱喚，作如是言：『救我，救我！』彼人即前，而彼婦女疾走往赴，既前到已，欲抱婦女。婦女抱之，彼婦女身皆是熱鐵，焰起熾燃，鋒利鐵爪，既抱得已，即便攫之身體碎壞，無芥子許全處可得，唯有骨在。如是罪人普身皆血，唯有筋網。彼地獄人欲心所覆，見彼婦女而復走往彼灰河中，乃經無量百千年歲，如是惡漂、如是惡燒，乃至惡業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止，彼處業盡，爾乃得脫。如是復生，飢渴燒身，處處浪走，復見有河陂池清水，望冷水故，疾走往赴。既走到已，彼河池等洋白鑞汁皆悉充滿，饒惡毒蛇普遍其中，彼地獄人熱渴甚急，即飲如是毒蛇和合洋白鑞汁。彼惡毒蛇罪業所作，極甚微細，入罪人口，既入腹已，即便麁大，地獄人肚亦復增長，如是惡蛇在其身內，所有一切皆悉遍齧，先齧小腸而唼食之，是破戒人飲酒罪過。如是無量百千年歲，惡業所誑，彼蛇所齧、白鑞所燒，如是燒齧，死已復生，戒人飲酒破戒罪過。又復妄語惡業果故，被蛇齧舌，如是無量百千年歲受大苦惱，乃至惡業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止，彼處業盡，爾乃得脫。

> また、邪な行いをする者は、本来の婦女が灰の河に流され、大声で叫び、悪波に押されて浮かんだり沈んだりするのを見る。地獄の者たちに呼びかけて言う。「私は今、この灰の河という恐ろしい場所にいて、導く者も救う者もない。どうか私をこの苦しみから救ってほしい。」その地獄の者たちは泣き声を聞くと、悪業の愚かさに心を奪われ、その灰の河の中へ入る。入ったとたん、全身が灰に爛れ、芥子粒ほどの大きさも残らず、ただ骨だけが残る。その後、再び肉が生える。肉が生えると、先ほどの婦女が少し前方の灰の河の中で再び叫びながら、「私を救って、私を救って」と言う。その者は前に進み、婦女は急ぎ足で近づき、抱きつこうとする。婦女もまたその者を抱くが、彼女の全身は熱鉄でできており、炎が燃え上がり、鋭い鉄の爪を持っている。抱きつくと、たちまち身体を引き裂き、芥子粒ほどの完全な場所も残さず、ただ骨だけとなる。こうして罪人の身体は血まみれとなり、血管の網だけが残る。その地獄の者は欲望の心に覆われ、再びその婦女を見て、灰の河の中を走り続ける。無量百千年の歳月、このような悪い流れに漂い、悪い火に焼かれ、悪業が壊れず、尽きず、その気が残っている限り、絶え間なく苦しみ続ける。その場所での業が尽きると、ようやく解放される。次に飢えと渇きに身体を焼かれ、あちこちをさまよい、再び川や池、清水を見て、冷たい水を求めて急いで走っていく。そこに着くと、その川や池は溶けた白鑞（はくろう）で満たされ、悪い毒蛇が一面にいる。地獄の者は激しい渇きに耐えかねて、毒蛇と混ざった白鑞の汁を飲む。悪業によって生じた毒蛇は極めて細く、罪人の口に入る。腹の中に入ると、たちまち太くなり、地獄の者の腹もまた膨れ上がる。そして悪蛇は全身を隅々まで噛み、まず小腸を噛んで食い尽くす。これは戒を破って酒を飲んだ罪の報いである。このように無量百千年の歳月、悪業に欺かれ、蛇に噛まれ、白鑞に焼かれ、死んでは生まれ変わる。戒を守る者が酒を飲んで戒を破った罪の報いである。さらにまた、妄語の悪業の果報によって、蛇に舌を噛まれる。このように無量百千年の歳月、大きな苦しみを受け、悪業が壊れず、尽きず、その気が残っている限り、絶え間なく苦しみ続ける。その場所での業が尽きると、ようやく解放される。

「脫彼處已，處處浪走而復更見不慈心果。彼地獄人，業作眾生如是說言：『汝等云何無辜被燒，更可無處而住於此？我示汝處，令汝得樂。』閻魔羅人如是語已，取地獄人於地獄中更置餘處，彼處別異別異苦惱多多更與。閻魔羅人如是更與地獄罪人種種苦惱，所謂在於一切方處大火所燒受種種苦，周匝嶮岸處處遍燒。又復更入大身惡吼可畏之處常燒常煮，如是受苦，身大極軟十由旬量。又復更入名火髻處，於彼處生受大苦惱，彼火髻處大火甚熱於一切火，此火最勝更無相似。彼火髻處常雨火沙而燒煮之，彼沙稠浚如夏時雨。復有異處名內沸熱，彼處闇火常燒常煮，令彼罪人身體脹滿猶如皮囊。復更有處，彼處名為吒吒吒嚌，彼地獄地，一切罪人以諸身分迭相揩割，受大苦惱。復有別處，彼處名為普受一切資生苦惱，彼處惡煮受大苦惱，彼如是處，多有可畏惡狗師子、烏鷲猪蛇，一切與苦。復有惡河，彼河名為鞞多羅尼，惡燒惡漂，彼處燒煮皆悉爛熟，彼河熱灰、赤銅白鑞焰燃沸熱，百種千種惡漂燒煮，如是燒煮。復有別處名無間闇，罪人入中闇火燒煮受種種苦。復更有處名苦鬘處，罪人入中燒煮受苦，熱焰鐵輪轉在其頭，一切身分鋸割劈裂。若得脫已，復入異處名雨縷鬘抖擻，更燒更煮普身焰燃，如是燒已，閻魔羅人百到千到焰刀刺割。若得脫已，而復更入鬘塊烏處而燒煮之，彼處骨身，如雪相似，自身生火，彼地獄人各執利刀，迭相割削，如是無量百千年歲。若得脫已，而復更入悲苦吼處，在彼惡處常燒常煮，既如是煮，發聲大吼，如是吼聲，自餘一切諸地獄中無如是吼。

> そこから逃れても、方々を彷徨い続け、さらに慈悲心のない結果を目にすることになる。その地獄の人々、業によって生み出された衆生はこう言う。「あなたがたは、なぜ無実で焼かれながら、ここに留まるのか。もっと良い場所を示してあげよう、あなたがたを楽にさせてあげる。」閻魔羅人はこう言うと、地獄の人々を地獄の中の別の場所に移す。そこでは、これまでとは異なる、別種の苦しみが数多く与えられる。閻魔羅人はこうして、地獄の罪人に様々な苦しみを与える。すなわち、あらゆる方角で大火に焼かれて様々な苦しみを受け、周囲は険しい崖で、至る所が焼かれる。さらに、大身悪吼という恐ろしい場所に入れられ、絶えず焼かれ煮られ、このように苦しむ。その身は大きく非常に柔らかく、十由旬もある。さらに、火髻という場所に入れられ、そこで生まれ、大きな苦しみを受ける。その火髻の大火はすべての火よりも非常に熱く、この火が最も勝れており、匹敵するものはない。その火髻の場所では、常に火の砂が雨のように降り注ぎ、焼き煮る。その砂は夏の大雨のように激しい。また別の場所に、内沸熱という場所がある。そこでは、暗闇の火が常に焼き煮て、罪人の身体を膨れ上がらせ、皮袋のようになる。さらに別の場所に、吒吒吒嚌という場所がある。その地獄の地では、すべての罪人が互いの身体の部分を擦り合わせ、切り裂き、大きな苦しみを受ける。また別の場所に、普受一切資生苦悩という場所がある。そこでは、ひどく煮られ、大きな苦しみを受ける。その場所には、恐ろしい悪犬、獅子、烏、鷲、豚、蛇が多くいて、すべてが苦しみを与える。また、鞞多羅尼という恐ろしい川がある。それはひどく焼き、激しく流れる。その場所では、焼かれて煮られ、すべてが爛れ熟する。その川は、熱灰、赤銅、白鑞が炎立ち沸騰し、百種千種の激しい流れが焼き煮る。こうして焼き煮られる。また別の場所に、無間闇という場所がある。罪人が入ると、闇の火が焼き煮て、様々な苦しみを受ける。さらに別の場所に、苦鬘という場所がある。罪人が入ると、焼かれ煮られて苦しみ、熱い炎の鉄輪がその頭の上で回り、全身が鋸で切り裂かれる。そこから逃れると、また別の場所、雨縷鬘抖擻という場所に入れられ、さらに焼かれ煮られ、全身が炎に包まれる。こうして焼かれた後、閻魔羅人は百回、千回と、炎の刀で刺し切り裂く。そこから逃れると、さらに鬘塊烏という場所に入れられて焼き煮られる。そこでは、骨身が雪のように白くなり、自身の身体から火が生じる。地獄の人々はそれぞれ鋭い刀を手に取り、互いに切り削り合う。このようにして無量百千年の歳月が過ぎる。そこから逃れると、さらに悲苦吼という場所に入れられ、その悪しき場所で常に焼かれ煮られる。こうして煮られると、大声で叫び吼える。その叫び声は、他のすべての地獄の中に、このような吼え声はない。

「若得脫已，而復更入名大悲處，彼人邪見，非法惡法讚說為法，彼邪見人以惡業故，見所愛色或父或子、或兄或弟，在大悲處而被燒煮，捩身受苦，啼哭喚言：『我今孤獨，可來救我？』彼父子等，極大悲苦，伸臂向上大聲唱喚。彼地獄人如是見已，憂悲火生，燒燃愛薪，憂悲火熱形，地獄火猶如氷雪。如是二種大火所燒，極受苦惱，發聲唱喚。

> 「もしそこから逃れ出たとしても、再び大悲処に入る者がいる。その人は邪見を持ち、善からぬ法や悪しき法を善い法として称える。その邪見の人は悪業のゆえに、愛着する色——父や子、兄や弟などが大悲処で焼かれ煮られ、身を捩らせて苦しみ、泣き叫ぶのを見る。『私は今、独りぼっちだ。誰か助けてくれ』と。彼ら父子などは極めて大きな悲しみ苦しみに苛まれ、腕を伸ばし天に向かって大声で叫ぶ。地獄の人がこうした光景を見ると、憂い悲しみの火が生じ、愛着という薪を燃やし尽くす。その憂い悲しみの火の熱さは、地獄の火でさえも氷雪のように感じさせる。こうして二種の大火に焼かれ、極めて激しい苦しみを味わい、声を上げて叫ぶのである。」

「閻魔羅人而為說偈，呵責之言：

> 閻魔の役人が、こう偈（うた）を詠んで責めたてた。

「『愛火熱於火，餘火則如氷，此中地獄火，愛火三界中。如是地獄火，蓋少不足言，若愛因生火，饒焰而毒熱。惡行地獄人，業盡乃得脫，愛火燒三界，未有得脫期。愛能繫縛人，在無始生死，愛火是地獄，非地獄生火。地獄火雖熱，唯能燒於身，愛火燒眾生，身心俱被燒。愛因緣生火，火中最為上，地獄火不普，愛火一切遍。三因三處行，三種業顯現，於三時中生，皆是愛心火。天中欲火燒，畜生瞋火燒，地獄癡火燒，愛火一切燒。如是愛心火，三界皆焰燃，見何不樂法？今如是心悔。』

> 『愛の炎は、ただの火よりも激しい。 普通の火ならば、氷のように冷たく感じるほどだ。 この地獄の火も、三界にあふれる愛の火には及ばない。 地獄の火は、確かに恐ろしいが、まだそれだけだ。 しかし、愛の執着から生まれる火は、 激しく燃え上がり、毒のように熱く人を苦しめる。 悪行をした者が地獄で受ける火は、 その報いが終われば逃れられる。 しかし、愛の火は三界を焼き尽くし、 そこから逃れられる時期は決して来ない。 愛は、迷いの生死を繰り返す果てしない輪廻の中に 人を縛り付けるものである。 本当の地獄とは、愛の火であって、 地獄の中で燃える火のことではない。 地獄の火はたとえ熱くとも、ただ体を焼くだけだ。 しかし、愛の火は生きとし生けるものを焼き、 心と体の両方を焼き尽くす。 執着や縁によって生まれるこの愛の火こそ、 あらゆる火の中で最も恐ろしい。 地獄の火は全ての人を焼くわけではないが、 愛の火はあらゆる所で、全ての者を焼く。 三つの原因（貪・瞋・癡）により、三つの場所で現れ、 三つの行いが姿を現す。 三つの時に生まれるもの、 それら全ては、愛の心という火である。 天上では欲望の火が人を焼き、 畜生の世界では怒りの火が焼く。 地獄では無知の火が焼くが、 愛の火はそのすべてを包み込んで焼くのだ。 このように、愛の心という火は、 三界全体を炎で包み込んでいる。 それなのに、何を楽しみに執着しているのか。 今こそ、その心を悔い改めなさい。』

「閻魔羅人於彼地獄大悲之處，如是呵責地獄罪人。既呵責已，而復更與種種苦惱。如是罪人彼處得脫，而復更於無悲闇處地獄中煮，彼處普火燒地獄人，其色猶如甄叔迦樹。如是罪人若脫彼處，復於木轉地獄中煮，彼地獄人在彼地獄十六處煮，邪見所攝，犯比丘尼，惡業罪過。彼人彼處於無數年久時長燒，乃至惡業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止；若惡業盡，彼地獄中爾乃得脫。雖脫彼處，復生餓鬼、畜生之中，無量千世飢渴燒煮，迭互相食，食百千身。如是畜生以惡邪見，復犯淨行比丘尼戒，彼人如是難得人身，如龜遇孔。若生人中同業之處，於五百世作不能男，犯比丘尼不善惡業餘殘果報。

> 閻魔の使いは、その大悲の地獄にて、罪人を厳しく叱責する。叱責した後も、さらに様々な苦しみを与える。この罪人がそこから逃れ出ると、今度は無悲の暗い地獄にて煮られる。その地獄は一面の火で焼かれ、罪人の肌は甄叔迦樹のように赤く染まる。その罪人もそこを脱すれば、さらに木転地獄にて煮られる。この地獄の者は、十六の場所で煮られる。邪見にとらわれ、比丘尼を犯した悪業の罪による。彼は長き年月にわたり、絶え間なく焼かれる。悪業が尽きるまで、苦しみは止まない。悪業が尽きて初めて、その地獄から逃れられる。 しかし地獄を出ても、餓鬼や畜生の道に生まれ変わってしまう。そこでは無数の千世にわたり、飢えと渇きに焼かれて煮られ、互いに食い合い、百千もの身を食べ尽くす。このように畜生の身となるのも、悪しき邪見と、清らかな修行をする比丘尼の戒を犯したからである。そのような者が人の身を得るのは、亀が穴に合うかのように難しい。 もし人の身を得て、同じ業の者と共に生まれても、五百世の間、男根を持たない者となる。これが比丘尼を犯した不善の悪業の余り残る果報である。

「又彼比丘知業果報，觀大焦熱大地獄處。彼見聞知：若人殺生、偷盜、邪行、飲酒、妄語、邪見業果如前所說，又復若人毀犯清淨優婆夷戒，身壞命終墮於惡處，在彼地獄，在一切方焦熱處生，受大苦惱。所謂苦者：彼地獄處，一切無間乃至虛空皆悉焰燃，無針孔許不焰燃處。彼人火中伸手向上，發聲唱喚第一急惡，大力堅苦熾火所燒，灰亦叵得，又復更生，如是無量百千年歲常燒不止。彼處若脫，望救望歸走向異處，既如是走，閻魔羅人復更執之，普焰鐵繩從脚而纏乃至於頭，次第急纏，血皆上流集在頭中，然後復以焰燃鐵鉤釘其頂上，頷下而出。復捉鐵鉤急轉急捩，而復抽掣罪人血出，如赤銅汁熱焰熾燃，灌其身體。如是無量百千年中，血灌其身而燒煮之，死而復生、死而復生。惡業力故，常一切時如是燒煮，乃至惡業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止；若惡業盡，彼地獄處爾乃得脫，復於無量百千年歲，生於餓鬼、畜生之中。若生餓鬼，受飢渴苦；於畜生中，迭相食苦，乃於無量百千世中，為他所殺而噉食之。彼惡業人受彼苦已，難得人身，如龜遇孔。若生人中同業之處，貧窮多病，於他人所常得熱惱，心亂不止，復不長命，於四百世作不男人。是彼惡業餘殘果報。

> また、あの比丘は、業の因果を悟り、大焦熱地獄の場所を観察した。彼は聞いて知った。もし人が殺生、盗み、邪淫、飲酒、虚言、邪見といった業の果報を、前に述べたように行い、さらに清らかな優婆夷の戒律を破ったなら、その人は身が壊れ命が終わった後、悪い場所に堕ちる。その地獄の、あらゆる方向が焦熱する場所に生まれ、大きな苦しみを受ける。 その苦しみとは、こうだ。その地獄の場所では、一切の隙間なく、虚空に至るまですべてが炎で燃え盛り、針の穴ほどの隙間もなく燃えていない所はない。その人は火の中で手を上に伸ばし、声をあげて叫ぶ。最も激しく、最も強く、堅い苦しみを燃え盛る火に焼かれ、灰すら残らない。しかしまた更に再生する。このように無量の百千年もの間、絶えず焼かれ続ける。 そこから逃れようとして、救いを求め、帰る場所を求めて別の場所へ走る。そうして走ると、閻魔羅の者たちが再び捕まえ、燃え盛る鉄の縄で足から頭へと順にきつく巻きつける。血はすべて上って頭に集まる。その後、燃え盛る鉄の鉤でその者の頂上を打ち、顎の下から出す。さらに鉄の鉤を掴んで素早く回し、ねじり、引き抜くと、罪人の血が、熱く燃え盛る赤銅の汁のように流れ出て、その者の体に注がれる。 このように無量の百千年の間、血がその身に注がれ、焼き煮られる。死んでは生き返り、死んでは生き返る。悪業の力の故に、常に一切の時、このように焼き煮られ続ける。悪業が壊れず、爛れず、その勢いが尽きない限り、一切の時、苦しみを与え続ける。 もし悪業が尽きれば、その地獄の場所からようやく脱出できる。その後、無量の百千年の間、餓鬼や畜生の中に生まれる。餓鬼に生まれれば、飢えや渇きの苦しみを受ける。畜生の中では、互いに食べ合う苦しみを受け、無量の百千の世に渡って、他の者に殺され、食べられる。 その悪業の者が、その苦しみを受けた後、人間として生まれるのは、亀が浮き木の穴に出会うのと同じほど難しい。もし人の世で同じ業の場所に生まれれば、貧しく病気が多く、他人から常に熱苦しめられ、心は乱れて止まらず、さらに長生きできない。四百世の間、不具の男となる。これがその悪業の余りの果報である。

「又彼比丘知業果報，觀大焦熱大地獄處。彼見聞知：若人殺生、偷盜、邪行、飲酒、妄語、邪見業果如前所說，又復若人毀犯淨行沙彌戒故，身壞命終墮於惡處，在彼地獄大身惡吼可畏處生，受大苦惱。所謂苦者，如前所說，活等地獄所受苦惱，彼一切苦大身惡吼可畏之處皆悉具受。復有勝者：彼罪人身一由旬量，第一柔軟如生酥塊，閻魔羅人執持其身，以微細鉗遍拔其毛，合肉拔之，從足至頭皆悉遍拔，無芥子許而不拔處。彼人如是極受碎苦，唱聲大喚，餘地獄人聞之心破開裂分散，心怨所誑造作惡業，自業所誑，如是聲出。

> また、その比丘は業（行為）とその報いを知り、大焦熱大地獄の場所を観察した。彼は見聞きしたことにより、次のように知った。もし人が殺生、盗み、邪淫、飲酒、虚偽の言葉、誤った見解という業の報いを、先に述べた通りに受け、さらに清らかな修行者の沙弥戒を破ったならば、その人は命終わって悪所に堕ち、この地獄の「大身悪吼（おおみあくく）」という恐ろしい場所に生まれ、大きな苦しみを受ける。 その苦しみとは、先に述べた活等地獄などで受けるすべての苦しみを、この大身悪吼の恐ろしい場所ですべて受けるのである。さらに加えて、次のような苦しみがある。その罪人の身体は一由旬（約7〜9キロメートル）ほどの大きさで、生酥（なまあぶら）の塊のように柔らかい。閻魔羅（えんまら）の使いがその身体をつかみ、細かい鉗子（はさみ）で全身の毛を一本一本、肉ごと抜き取る。足の先から頭の先まで、ごま粒ほどの隙もなく抜き尽くされる。 その人はこのように細かく砕かれるような苦しみを受け、大声で叫び喚く。その声を聞いた他の地獄の者たちは、心が破れ、裂け、散り散りになる。心の怨みに騙されて悪業を積み、自らの業に欺かれた結果、このような声を発するのである。

「地獄罪人如是受苦，閻魔羅人為呵責故，而說偈言：

> 地獄の罪人たちは、このように苦しみを受ける。閻魔の従者は、彼らを戒めるために、次の詩を説く。

「『欲心出甜語，聞甜語欲發，欲語是大惡，今受如是果。欲語最利刃，彼刃自割身，寧自割其舌，不說婬欲語。欲所誑眾生，瞋心急熾燃，癡心所秉故，說婬欲甜語。婬欲樂至少，作惡業甚多，癡人欲心秉，從苦而得苦。欲樂一念頃，非樂亦非常，轉身受極苦，如是應捨欲。為欲覆之人，住於地獄舍，若不屬欲者，則不畏地獄。若人作惡業，決定受苦惱，悲苦凡鄙人，何故今唱喚？惡行地獄人，業盡乃得脫，無有多唱喚，而得解脫理。若人欲自在，作不愛惡業，癡人今受苦，唱喚何所益？若見未來果，現在喜樂善，彼人不唱喚，如汝今朝日。』

> 「欲の心から甘い言葉が出てくる。甘い言葉を聞けば、欲が湧き立つ。 欲の言葉は大いなる悪であり、今、そのような報いを受けている。 欲の言葉は最も鋭い刃であり、その刃は自らの身を切る。 むしろ自分の舌を切った方がましで、婬欲の言葉は決して語るな。 欲に惑わされた者は、怒りの心が激しく燃え上がる。 愚かな心に支配されているからこそ、婬欲の甘い言葉を語るのだ。 婬欲の楽しみはごく僅かだが、作り出す悪業は非常に多い。 愚か者は欲の心に駆られて、苦しみからさらに苦しみを得る。 欲の楽しみは一瞬の間だけであり、本当の楽しみではなく、永遠でもない。 身を変えると極度の苦しみを受ける。このようにして欲を捨てるべきである。 欲に覆われた人は、地獄の住まいに留まる。 もし欲に縛られていないなら、地獄を恐れることはない。 人が悪業を作れば、必ず苦しみと悩みを受ける。 悲しみ苦しむ凡庸な人よ、なぜ今、叫び喚くのか？ 悪行をなす地獄の人は、業が尽きて初めて逃れられる。 いくら叫び喚いても、解脱できる道理はない。 もし人が思いのままになろうとして、好まれない悪業を作るなら、 愚か者は今、苦しみを受けて、叫び喚いて何の益があるのか？ もし未来の結果を見通し、今現在を喜び善く生きるなら、 その人は叫び喚くことはない。あなたが今日、この朝にしているように。」

「閻魔羅人如是責疏惡業行人。既呵責已，復與種種無量苦惱，乃至惡業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止；若惡業盡，彼地獄處爾乃得脫。既得脫已，無量千世生於餓鬼、畜生之中。彼處脫已，難得人身，如龜遇孔。若生人中同業之處，短命貧窮，心亂不正，所有語言一切不信，於四千世作不能男。是彼惡業餘殘果報。

> 閻魔の役人は、このようにして悪業を積んだ者を責め立てる。こうして責め終えた後、さらに様々な計り知れない苦しみを与え続ける。悪業が壊れず、朽ちず、その気配が消えない限り、常に苦しみを与え続けてやまない。そして悪業が尽きて初めて、その地獄の場所から脱することができる。そこから脱しても、無数の千の世にわたって餓鬼や畜生の中に生まれ変わる。そこからも脱した後、人間として生まれることは、亀が海の穴に合うよりも難しい。もし人間として生まれても、共業の場所では、寿命が短く貧しく、心は乱れて正しくなく、その言葉はすべて信じられず、四千の世にわたって不能の身となる。これがその悪業の余りの残った結果である。

「又彼比丘知業果報，觀大焦熱大地獄處。彼見聞知：復有異處名火髻處，是彼地獄第三別處。眾生何業生於彼處？彼見：有人殺生、偷盜、邪行、飲酒、妄語、邪見，樂行多作，業及果報如前所說，若復有人於攝威儀正行婦女，行其非道。彼人以是惡業因緣，身壞命終墮於惡處，在彼地獄生火髻處受大苦惱。所謂苦者，如前所說，活等地獄所受苦惱，彼一切苦此中具受十倍更重。復有勝者：如是地獄火髻之處，以惡業故，多有惡虫名為似髻，在地獄處，長似弓弦，其毒甚嚴、其齒極利。閻魔羅人執地獄人，縛其手足、敷其身體在熱鐵鉤極熱鐵地。彼地獄人如是受苦，唱喚啼哭，先燒其背，受極苦惱。閻魔羅人取似髻虫置其糞門，彼似髻虫形如弓弦，入其身中，能作第一堅毒急苦，其觸如火，初燒糞門，燒已而食；食糞門已，次復上行入其熟藏，燒已而食；食熟藏已，次復上行入其生藏，即燒生藏而復食之；如是食已，次第復入小腸大腸燒齧而食，如是食盡在其身內，處處遍走罪人身內如白鴿兒，猶故不死。如是惡虫走向咽筒，走而未到，燒煮其心，燒已遍食。彼地獄人如是受苦，唱喚號哭，彼人如是二火所燒，身內則有似髻虫食，身外則有地獄大火。彼似髻虫食咽筒已，次走向面，既到面已，先燒舌根；燒舌根已，齧而食之；如是食已，走向耳根，復食其耳；食耳根已，走向髑髏，次食其腦；既食盡已，破頭而出。彼地獄人猶故不死，是彼惡業之勢力故，遍身有孔，如是惡虫復入孔內，復為地獄大火所燒，普身內外一切焰燃，惡業行故。如是無量百千年歲食復食食，食已復生，生已復食，死已復活，如是罪人受大苦惱，是彼惡業作集勢力。彼地獄人彼處脫已，走向異處，見大蛇眾一時俱來，彼人見已，極大怖畏走向餘處。如是蛇眾，惡業所作，走疾如風向彼罪人。到已纏絞普身周遍，其牙甚利，有大惡毒，齧彼罪人，受百千種最大苦惱。彼地獄人如是具有三火所燒：一、飢渴火；二、蛇毒火；三、地獄火。如是無量百千年歲常如是燒，無有年數時節長遠，乃至惡業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止；若惡業盡，彼地獄處爾乃得脫。既得脫已，無量千世生在餓鬼、畜生之中，於餓鬼中飢渴極燒；遍生一切畜生之中，生生常為他所殺害，殺已而食。若脫彼處，難得人身，如龜遇孔。若生人中同業之處，於五百世為第三人，所謂不男。是彼惡業餘殘果報。

「又彼比丘知業果報，觀大焦熱大地獄處。彼見聞知：復有異處名雨沙火，是彼地獄第四別處。眾生何業生於彼處？彼見：有人殺生、偷盜、邪行、飲酒、妄語、邪見，樂行多作，業及果報如前所說。復有邪行：於沙彌尼作惡行已，心生歡喜，猶故喜樂。彼人以是惡業因緣，身壞命終墮於惡處，在彼地獄雨沙火處受大苦惱。所謂苦者，如前所說，活等地獄所受苦惱，彼一切苦此中具受。復有勝者，所謂：彼處五百由旬大火充滿，一切焰燃，有金剛沙遍滿其中，柔軟如水，能燒之人猶尚畏沒，況重惡業地獄之人。彼地獄人入中則沒，猶如沒水，惡業因故，沒已復出。彼金剛沙有三角塊刃火極利，揩罪人身乃至骨盡，盡已復生；生復更揩，揩已復盡；盡已復生，死而復活，無能救者。墮焰沙中唱喚號哭、呼嗟涕泣，以惡業故，於彼苦處不能自脫，時節長久；若惡業盡，彼地獄處爾乃得脫。雖脫彼處，無量千世生於餓鬼、畜生之中。若生餓鬼，飢渴燒煮；畜生之中，迭相噉食，於一千世常被他殺。若脫彼處，難得人身，如龜遇孔。若生人中同業之處，常貧常病，人所不信，為不男人。是彼惡業餘殘果報。

> また、その比丘は業と果報を知り、大焦熱大地獄の場所を観察した。彼は見聞したところによると、そこにはさらに別の場所があり、「雨沙火」と名づけられた。それはその地獄の第四の別の場所である。どのような業によって、衆生はその場所に生まれるのか。彼は見る：ある者が殺生、偸盗、邪行、飲酒、妄語、邪見を行い、喜んでそれを多く作り、その業と果報は先に述べた通りである。さらに別の邪行がある。沙弥尼（見習い尼僧）に対して悪行を為した後、心に喜びを生じ、なおもそれを楽しむ。その人はこの悪業の因縁によって、身体が壊れ命が終わると、悪い場所に堕ち、その地獄の雨沙火の場所で大きな苦しみを受ける。いわゆる苦しみとは、先に述べた活地獄などの地獄で受ける苦しみのすべてを、ここでことごとく受ける。さらにそれ以上のものがある。すなわち、その場所は五百由旬にわたって大火で満たされ、すべてが炎となって燃えている。そこには金剛沙が満ちており、水のように柔らかいが、火に焼かれる者でさえも沈むのを恐れる。ましてや重い悪業を負った地獄の者はなおさらである。その地獄の人が中に入ると、水に沈むように没する。悪業の因によって没した後、再び浮かび上がる。その金剛沙には三角形の刃があり、火のように非常に鋭く、罪人の身体を骨に至るまで擦り、擦り尽くすと再び生じ、生じてはまた擦られ、擦られては尽き、尽きてはまた生じ、死んでは生き返り、救う者はいない。炎の沙に堕ちて、彼は叫び泣き、嘆き悲しみ、涙を流す。悪業のゆえに、その苦しい場所から自ら逃れることができず、その期間は長く続く。もし悪業が尽きれば、その地獄の場所からようやく脱出できる。その場所を脱しても、無量千世の間、餓鬼や畜生の中に生まれる。もし餓鬼に生まれれば、飢えや渇きに焼かれる。畜生の中では、互いに食べ合い、千世の間、常に他に殺される。もしその場所を脱しても、人の身を得るのは難しく、亀が穴に出会うようなものである。もし人の世界で同じ業の場所に生まれれば、常に貧しく、常に病み、人に信じられず、不男となる。それがその悪業の残りの余った果報である。

「又彼比丘知業果報，觀大焦熱之大地獄，復有何處？彼見聞知：復有異處名內熱沸，是彼地獄第五別處。眾生何業生於彼處？彼見：有人殺生、偷盜、邪行、飲酒、妄語、邪見，樂行多作，業及果報如前所說。又復有人邪見邪行：於持五戒優婆夷邊，強行非法，污其梵行，令戒缺壞。彼作是意——破戒無罪，不信業果。彼人以是惡意惡行業因緣故，身壞命終墮於惡處，在彼地獄內熱沸處受大苦惱。所謂苦者，如前所說，活等地獄所受苦惱，彼一切苦此中具受。復有勝者，所謂：彼處有五火山皆內熱沸，如是五山普遍地獄皆悉熱沸，一名普燒，二名極深無底，三名闇火聚觸，四名割截，五名業證，遍彼地獄一千由旬。如是五山，去普輪山及大輪山道理極遠，彼地獄人見彼五山優鉢羅華，於彼山中多有樹林、陂池具足，悕望彼處，欲得安樂，疾走往赴。以惡業故，彼山內火惡風所吹，吹已熾燃，燒地獄人普身捩轉。如是燒已，復見有山，青色而大，既燒受苦，復更走趣望救望歸。既到彼山，勢墮其中，猶如弩弦所放鐵箭射入蟻封，如是入已，不知所在。如是如是，彼地獄人在內熱沸火山之中，沒無處所。彼地獄人在於彼處如是燒已、煮已、炙已，又復更入闇火聚觸惡山之中，諸根閉塞受一切苦，如埵納箭，具受一切惡業果報。如是罪人作集惡業，闇火聚觸惡山之中，受如是果苦惱急惡，無主無救、無有伴侶，食自業果，久受極苦，常燒常煮，業風所吹，彼熱沸處，一切身熟。得出彼處，無足力故不能得走，閻魔羅人而復更執，置割截山，以鐵焰鋸割其人根，割已復生，新生軟嫩而復更割，如是無量百千鋸割受大苦惱。

> また、その比丘は業の果報を知り、大焦熱の大地獄にさらにどのような場所があるかを観察した。彼は見聞して知った。そこには別の場所があり、内熱沸（ないねっぷつ）と名づけられ、それがその地獄の第五の別所である。どのような業によって衆生はそこに生まれるのか。彼は見た。ある者は殺生、盗み、邪淫、飲酒、虚妄の語、邪見を行い、それを楽しんで多く行い、その業と果報は先に述べた通りである。さらにまた、ある者は邪見と邪行により、五戒を守る優婆夷（在家の女性信者）のもとで、強いて不正を働き、その清らかな行いを汚し、戒を欠け破らせた。その者は「戒を破っても罪はなく、業の果報は信じない」と考えた。その者はそのような悪意と悪行の業因縁によって、身が壊れ命が終わると、悪處に堕ち、その地獄の内熱沸のところで大きな苦しみを受ける。 その苦しみとは、先に述べた活等地獄などで受けるすべての苦しみを、ここで完全に受ける。さらにそれ以上のものもある。すなわち、そこには五つの火山があり、すべて内部が熱く沸き立っている。その五つの山は地獄全体に広がり、すべて熱く沸いている。第一を普焼、第二を極深無底、第三を闇火聚触、第四を割截、第五を業証という。それらは地獄の一千由旬にわたっている。この五つの山は、普輪山や大輪山から非常に遠く離れている。その地獄の者は、その五つの山が優鉢羅華（青蓮華）のように見え、その山中には多くの林や池が備わっているのを見て、そこに望みをかけ、安楽を得ようと急いで走って行く。しかし悪業のゆえに、その山の中の火が悪風に吹かれ、吹かれて燃え上がり、地獄の者の全身をねじり焼く。このように焼かれた後、さらに青く大きな山が見える。焼かれて苦しみを受けながら、再び救いを求めて走って行き、その山に辿り着くと、勢いよくその中に落ちる。それは、ちょうど弩の弦から放たれた鉄の矢が蟻の塚に突き刺さるようなものである。このようにして中に入ると、どこにあるかもわからなくなる。まさにそのようにして、地獄の者は内熱沸の火山の中に没し、行方知れずとなる。 その地獄の者は、その場所でこのように焼かれ、煮られ、炙られた後、さらに再び闇火聚触の悪山の中に入る。そこでは諸根が塞がれ、すべての苦しみを受ける。それはちょうど、矢を束ねて塊にしたものが納められるようなもので、すべての悪業の果報を完全に受ける。このように罪人は、積み集めた悪業によって、闇火聚触の悪山の中で、このような苦しみの果報を受け、急迫した苦しみに苛まれる。主もなく、救いもなく、伴侶もなく、自らの業の果を食べ、長く極限の苦しみを受け、常に焼かれ常に煮られ、業の風に吹かれる。その熱沸の場所では、全身が熟する。そこから出ることができても、足の力がなくて走ることができない。すると閻魔羅人（えんまらの人）が再び捕まえて、割截山に置き、鉄の炎の鋸でその者の男根を切る。切ると新たに生え、生えて柔らかいところを再び切る。こうして無量の百千の鋸で切られ、大きな苦しみを受ける。

「又復更入業證山中受大苦惱，唱喚偈言：

> またさらに、業証の山の中に入って大きな苦しみを受け、叫びながら次のように偈（うた）を唱えた。

「『如我自作業，我如是受果，欲怨燒我故，今到此地獄。放逸地不善，欲火燒人身，彼羂繫縛我，是故到此處。我先時不知，欲果如是苦，為癡之所誑，自作今自受。無悲心惡人，將我在此處，無邊苦惱海，云何可得脫？業為苦中苦，我今如是受，不曾見有樂，地獄苦不盡。』

> 「自分が行った業（カルマ）のとおりに、 私はその結果を受けているのです。 怨みの心に焼かれたため、 今、この地獄に落ちてしまいました。 怠りに満ちた悪しき行いと、 欲望の炎が人の身を焼き、 その罠に捕らえられた私は、 ここに来てしまいました。 私は先に、欲望の結果が これほど苦しいものとは知りませんでした。 愚かさに惑わされて自ら行い、 その報いを今、自ら受けています。 慈悲のない悪しき人々が、 私をこの場所へと導きました。 果てしなく苦しみの続く海から、 どうやって逃れられるのでしょうか？ 業は苦しみの中でも最も苦しいもの。 私は今、その報いを受けています。 楽しみなど一切見当たらず、 地獄の苦しみは終わることがありません。」

「彼地獄人灰火地獄受第一苦，如是唱喚。彼地獄人常一切時受大苦惱，乃至惡業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止；若惡業盡，彼地獄處爾乃得脫。若得脫已，復於無量百千世中，生於餓鬼、畜生之道：於餓鬼中，迭互相見，飢渴燒身；於畜生中，迭相食噉，於百千世死而復生。彼人彼處既得脫已，難得人身，如龜遇孔。若生人中同業之處，惡業力故，貧窮多病，身分不具。是彼惡業餘殘果報。

> その地獄の者たちは、灰火地獄（はいかじごく）において、最も過酷な苦しみを味わい、このように叫び続けます。その地獄の者たちは、常に絶え間なく大きな苦しみを受けます。その悪業（あくごう）が消えず、朽ちず、その影響が尽きない限り、あらゆる時において苦しみは止むことがありません。もし悪業が尽きれば、その時に初めて地獄の境遇から逃れることができます。 たとえ逃れることができても、その後、数え切れないほどの長い期間、餓鬼（がき）や畜生（ちくしょう）の道に生まれ変わります。餓鬼の中では、互いに見つけ合い、飢えと渇きに身を焼かれます。畜生の中では、互いに食べ合い、百千年もの間、死んではまた生まれることを繰り返します。 その者が、そこからようやく逃れることができても、人間に生まれることは極めて難しく、それはまるで亀（かめ）が海に浮かぶ小さな穴に偶然出会うようなものです。もし人間に生まれ、同じような境遇に落ちたとしても、悪業の力によって、貧しく病気がちで、身体に障害があります。これが、その悪業の残りの報いなのです。

「又彼比丘知業果報，觀大焦熱之大地獄，復有何處？彼見聞知：復有異處，彼處名為吒吒吒嚌，是彼地獄第六別處。眾生何業生於彼處？彼見：有人殺生、偷盜、邪行、飲酒、妄語、邪見，樂行多作，業及果報如前所說。復有邪行，謂：於受戒正行婦女，行非梵行，或時一到、二到、三到、四到、五到，彼人如是不相應行，或於姊妹、或於同姓、或於香火、或香火婦、或知識婦，誑誘邪行。彼人以是惡業因緣，身壞命終墮於惡處，在彼地獄吒吒吒嚌別異中生，受大苦惱。所謂苦者，如前所說，活等地獄所受苦惱，彼一切苦此中具受。復有勝者，謂：有惡風第一勢觸，極飄極吹，令彼地獄罪人之身，分分分解猶如劫貝，急惡抖擻如彈羊毛。如是勢急極惡大風吹罪人身，毛塊毛塊，分分分散猶如細毛，毛亦叵見。如何者毛？劫貝沙毛。彼毛既散，還復聚合，彼罪人身亦復如是。惡風所吹分散十方。彼罪人身於地獄中，惡風如刀，分分割裂碎散如沙，乃至無有一物可見，如是身分，毛亦叵見。以惡業故，一切身分而復更生，生已復散，欲力故爾。欲如前說。如是無量百千年歲，乃至惡業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止。若脫此苦，彼處復有金剛惡鼠，食其人根，分令破碎如芥子許，受苦唱喚。食人根已，次食其腸；既食腸已，次食熟藏；食熟藏已，從背而出，次食其背；既食背已，次食背骨。彼惡業人以惡業故，如是無量百千年歲受地獄苦，於長久時，得脫彼處所受苦惱。既得脫已，走向異處，復有黑虫纏絞其身，先纏人根燒而食之，受極苦惱，唱聲大喚。如是黑虫常纏常食，乃至彼人作集惡業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止；若惡業盡，彼地獄處爾乃得脫。既得脫已，復於無量百千世中，於食自肉餓鬼中生，自食身肉。雖自食肉而復不死，以作業時，自姊妹等行非梵行，自受樂故，於餓鬼中自食身肉。若脫彼處，生畜生中常作牝猪，自食其子，如人中時，於親等中行婬業故。彼人彼處若得脫已，難得人身，如龜遇孔。若生人中同業之處，彼人常有人根惡病，如是人根惡病急故，自割人根。彼業因緣，若自有妻，為下賤人之所侵逼，不相應人共行婬欲，以作業時犯他妻故。一切惡中，邪見邪行最為深重，此不善業於世、出世皆不相應。

「又彼比丘知業果報，觀大焦熱之大地獄，復有何處？彼見聞知：復有異處，彼處名為普受一切資生苦惱，是彼地獄第七別處。眾生何業生於彼處？彼見：有人殺生、偷盜、邪行、飲酒、妄語、邪見，樂行多作，業及果報如前所說。復有邪行，所謂：比丘貪染心故不相應行，以酒誘誑持戒婦人，壞其心已，然後共行或與財物。彼人以是惡業因緣，身壞命終墮於惡處，在彼地獄普受一切資生苦處，受大苦惱。所謂苦者，如前所說，活等地獄所受苦惱，彼一切苦此中具受。彼人常恒修習苦栽而捨善行修習惡道，如是不善惡業行人，習不善道，喜樂習行，以惡業行之因緣故，於彼地獄受更重苦，極急堅惡大重苦惱，活等地獄所受苦惱，彼一切苦此中具受，所謂：彼處自從足指乃至於頭，焰刀剝割一切身皮，不侵其肉，如是剝削一切身分與大苦惱，既剝其皮，與身相連，敷在熱地以火燒之。身既無皮，閻魔羅人以熱鐵鉢盛熱沸灰，灌其身體，彼人如是被燒烝煮受大苦惱，唱聲大喚、呼嗟號哭。如是無量百千年歲受大苦惱，年歲無數不可得脫，常受如是堅鞕苦惱，乃至惡業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止；若惡業盡，彼地獄處爾乃得脫。若於前世過去久遠有善業熟，不生餓鬼、畜生之道，難得人身，如龜遇孔。若生人中同業之處，常貧常病，得極惡病，海畔眾生，同業生人形體不具，所謂一脚、一眼、一臂，其身獨短，命則不長，或一日壽，如是處生。是彼惡業餘殘果報。

「又彼比丘知業果報，觀大焦熱之大地獄，復有何處？彼見聞知：復有異處，所謂有河，其河名曰鞞多羅尼惡燒惡漂，是彼地獄第八別處。眾生何業生於彼處？彼見：有人殺生、偷盜、邪行、飲酒、妄語、邪見，樂行多作，業及果報如前所說。復有邪行，所謂：有人燒香索婦，把手相付，彼婦無過，心生厭賤，強與作過，既與過已，猶故喜樂而共行欲。彼人以是惡業因緣，身壞命終墮於惡處，在彼地獄鞞多羅尼惡燒惡漂大河之處，受大苦惱。所謂苦者，如前所說，活等地獄所受苦惱，彼一切苦此中具受。復有勝者，謂：於闇聚虛空之中，雨熱鐵杖，惡業所作，其杖極利入在地獄罪人身中，入已極燒，一切身分普皆作孔，劈割燒煮，一切身分皆悉分離，內外火燒受極苦惱。焰燃鐵杖如是劈已，極受大苦，彼苦堅鞕不可譬喻，彼地獄人既受大苦，處處馳走墮在嶮岸，岸下有河，其河名曰鞞多羅尼惡燒惡漂。以惡業故，滿中惡蛇，罪人見之驚怖極苦，如是惡蛇，焰牙惡毒，碎其身體分分如塵而噉食之，極受大苦，唱聲號哭。乃至惡業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止，年歲無數；若惡業盡，彼地獄處爾乃得脫。若其不墮餓鬼、畜生，難得人身，如龜遇孔。若生人中同業之處，常貧常病、常有悲苦，為他所使，諸根不具，生在邊地凍山雪山，其面極醜如草馬面，唯食根菓以存性命，不曾知有稻粟等食。是彼本業餘殘果報。

「又彼比丘知業果報，觀大焦熱之大地獄，復有何處？彼見聞知：復有異處名無間闇，是彼地獄第九別處。眾生何業生於彼處？彼見：有人殺生、偷盜、邪行、飲酒、妄語、邪見，樂行多作，業及果報如前所說。又復有人於離外染境界繫縛貪欲、瞋、癡三煩惱，軟修善之人，而遣婦女勸誘令退。彼人以是惡業因緣，身壞命終墮於惡處，在彼地獄無間闇處受大苦惱。所謂苦者，如前所說，活等地獄一切所受堅惡苦惱，彼一切苦此中具受。復有勝者：彼地獄處有地盆虫，口嘴極利能破金剛，令如水沫。罪人惡業有如是虫，於彼惡虫所得苦惱勝地獄苦，若受虫苦，彼地獄苦則為大樂。彼地盆虫破罪人骨而食其髓，彼地獄中一切諸苦皆悉和合，於受虫苦百分之中不及其一，於千分中不及其一，百千分中亦不及一。於彼惡虫不能得脫，處處遍走，隨彼彼處皆不得脫。如是無量百千年歲常燒常煮，於餘一切地獄罪人所受苦惱最惡最重，受如是苦。於一切時，彼地獄處如是燒煮而亦不死。以彼惡業作集勢力，地獄和集常如是燒、常如是煮，乃至作集惡不善業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止；若惡業盡，彼地獄處爾乃得脫。若於前世過去久遠有善業熟，不生餓鬼、畜生之道，難得人身，如龜遇孔。若生人中同業之處，生婬女家為彼作奴，顏色不好，手足破裂，恒常負水。是彼惡業餘殘果報。

「又彼比丘知業果報，觀大焦熱之大地獄，復有何處？彼見聞知：復有異處名苦鬘處，是彼地獄第十別處。眾生何業生於彼處？彼見：有人殺生、偷盜、邪行、飲酒、妄語、邪見，樂行多作，業及果報如前所說。復有惡婬：有善比丘持戒正行，於律無犯。種姓有事故生怖畏，入所信家，而彼舍主邪婬婦人，語言：『比丘共我行欲。若不肯者，我則舉告，必令比丘於王得罰。或語我夫，作如是言：「比丘侵我。」若共我欲，多與比丘佉陀尼食、種種美飲，我與比丘二人極樂，更無人知。我向人說：「此好比丘，第一持戒。有多臥具、病藥因緣具足檀越，我能教化，必令比丘事事皆得。」』彼人如是誑善比丘，令退正道。如是婦女惡業因緣，身壞命終墮於惡處，在彼地獄生苦鬘處受大苦惱。所謂苦者，如前所說，活等地獄所受苦惱，彼一切苦此中具受。復有勝者，所謂：彼處閻魔羅人取彼婦女，以利鐵刷，刷其皮肉，肉盡骨在而復更生，生則軟嫩而復更刷；刷已復生，生已復刷。閻魔羅人取彼婦女，肉生轉多而復坏嫩，鐵刷焰燃遍刷其身而復火燒。如是婦女極受苦惱，唱喚啼哭，作集惡業，常一切時如是受苦，處處馳走。以惡業故，見本比丘來向其身，欲意所誑，疾走往趣，業怨難捨。如是惡處，欲心猶在，見彼比丘抱其身體，則入火盆，普火焰燃。如是無量百千年歲，於苦鬘處受極堅鞕第一大苦，乃至惡業未壞未爛、業氣未盡，於一切時與苦不止；若惡業盡，彼地獄處爾乃得脫。雖脫彼處，於五百世生畜生中。若脫彼處，難得人身，如龜遇孔。若生人中同業之處，則為婦女，在於城中常除糞屎；城中所有一切人中最為凡鄙，貧窮醜陋、手足劈裂、脣口兔缺、面色甚惡，無父無母、無有諸親兄弟姊妹，常從他人乞食活命，衣裳破壞，垢穢不淨，身闕一廂；於顯現處身有傷破，為諸童子之所打擲，受苦而活。是彼惡業餘殘果報。

## 正法念處經卷第十二