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title: "正法念處經 · 1"
description: "正法念处经是佛教重要经典，由元魏时期译经师瞿昙般若流支翻译。该经属于小乘佛教典籍，成书于古印度，后传入中国。经文主要阐述通过正念观察身心现象，达到解脱的修行方法，详细分析六道轮回、因果业报等佛教核心教义。内容涵盖四念处修法、三十七道品等修行体系，强调通过观照身、受、心、法来破除执着。在佛教史上具有重要地位，是研究早期佛教禅修理论的重要文献，对后世禅修实践影响深远，被列为汉传佛教基本经典之一。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cm9tojft706s7hj0vyu75029e"
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### 餓鬼品第四之一

> 第四品 餓鬼の章（その一）

「復次，比丘知業果報，遍觀一切地獄苦海，為愛瀑水洄澓所沒。大地獄人富蘭那、末迦離等，俱迦離、提婆達多，如是等魚為大摩竭魚之所吞食，從活地獄乃至阿鼻地獄，其獄廣大，沃焦深水。及餘地獄大苦海中，提彌魚、提彌鯢羅魚、那迦羅魚、鳩毘羅魚、失收摩羅魚、龜鼈黿鼉，旋流洄澓。貪欲、瞋恚、愚癡風力之所飄鼓，水浪濤波洄澓相注，時如水沫，受大苦惱，淚如雨墮，啼哭悲泣呻吟悲㘁，辛酸大叫，猶如濤波，愁思波覆。惡業龍力，雨大苦雨滿諸地獄。阿鼻地獄無間極深，其火猛焰，如劫火起燒大劫時，滿斫迦婆羅山魏言輪山，即鐵圍山是也，是為大地獄苦惱大海。劣弱之人無有善力，無能度者。如是比丘觀大苦已，心則厭離，伽他頌曰偈者正音云伽他，單舉伽字訛言為偈，魏言頌：

> 「さらに、比丘よ、業の報いを知り、あらゆる地獄の苦しみの海を遍く観察すると、愛欲という激流に呑まれ、渦巻く中に没している者たちがいる。大地獄の者たち、すなわち富蘭那、末迦離、倶迦離、提婆達多といった者たちは、大きな摩竭魚に食い尽くされる魚のようなものである。生き地獄から無間地獄に至るまで、その地獄は広大で、焦れ尽くすほどの深い水がある。そして、その他の地獄の大苦しみの海には、提彌魚、提彌鯢羅魚、那迦羅魚、鳩毘羅魚、失收摩羅魚、亀、鼈、大亀、大鼈などの生き物が、渦巻く流れに巻かれている。貪欲、瞋恚、愚痴という風の力によって煽られ、水の波や大波は渦を巻きながら互いに注ぎ合い、時には水の泡のように消え去る。彼らは大きな苦しみを受け、涙は雨のように降り注ぎ、嘆き悲しみ、呻き、辛さに叫び声を上げる。それはまるで大波のようであり、愁いの思いが波のように覆い被さる。悪業という竜の力によって、大いなる苦しみの雨が降り、すべての地獄を満たす。無間地獄は極めて深く、その激しい炎は、劫の終わりに燃え上がる大火が大劫を焼き尽くす時のようであり、満斫迦婆羅山<note>魏の言葉では輪山といい、すなわち鉄囲山のことである</note>をも焼き尽くす。これこそが大地獄の苦しみの大海である。弱く劣った者には、善い力がなく、これを渡り切ることができない。このように、比丘は大いなる苦しみを観じて、心に厭離を生じ、伽他をもって偈を頌する。<note>偈とは、正しくは伽他といい、伽の字だけを取って誤って偈と言う。魏の言葉では頌という</note>」

「『一切眾生癡所欺，為於愛染之所縛，將至世間嶮難道，老死惡濟恐怖處。三處退已入地獄，從地獄出生天上；三處命終墮畜生，復從彼終墮餓鬼。自業惡行之所迷，諸欲自在使眾生，為癡羂網所纏縛，流轉洄澓三界海。無始久受大苦惱，種種眾生生死苦，無有厭離生死心，無始久集因緣故。諸天放逸自壞心，人中追求受諸苦，餓鬼常為飢渴燒，畜生迭共相食噉。地獄之中大猛火，餓鬼道中癡所惱，一切眾生生死中，微毫少樂不可得。於諸苦中生樂想，眾生癡惑愛所誑，無有教示正道者，於此苦中不得脫。若有遠離於善法，常行妄語無誠信，不能修習禪定法，長淪生死受諸苦。諸佛如來所說法，若今現在未來世，過於父母及親族，常隨眾生而不離。三聚之類眾生等，三種過惡常自在，常行三界不止息，以三種受為伴侶。三業迷惑於眾生，行趣三惡嶮難道，於三有行常愛樂，三有法中輪轉行。若有眾生歸三寶，自在修行三菩提，斷除遠離三種見，如是之人離眾苦。於三時中樂正行，如實觀見三種老，於飲食中知止足，是人則能離憂惱。過貪瞋癡三種聚，善思三業不造惡，如是行人離生苦，永斷一切諸憂熱。若人知於道非道，於有無中善思惟，能善修學慈悲心，則得第一最勝道。若有眾生不濁亂，心常清淨無所染，能離不善諸惡法，當知是人得解脫。若有人能行正道，正念大力堅牢故，常樂遠離於諸有，是人解脫必無疑。若人能斷於有愛，不起有愛悕望心，是人於生老死苦，乃至不生微細著。若有愚人造諸業，作諸惡已轉增長，諸欲如毒不可親，有智之人應捨離。若人捨離於諸欲，心常樂求解脫果，是人不善滅無餘，如日光照除闇冥。如是親近善法者，常捨一切諸不善，能善思惟淨不淨，如是略說汝當知。』

> 「すべての生きとし生けるものは、無知に惑わされ、愛欲の繋がりに縛られて、世の中の危険で難しい道、老いと死という恐ろしい淵へと導かれていく。 三つの善趣から堕ちて地獄に落ち、地獄から生まれ変わって天界に昇ることもある。また、三つの善趣で命を終えれば畜生に生まれ変わり、そこからさらに餓鬼に堕ちることもある。 自らの悪業という迷いに惑わされ、諸々の欲望が思いのままに生き物を操り、無知という網に絡め取られて、三つの世界の海をぐるぐると流転し続ける。 始まりもなく長い間、大きな苦しみを受け、様々な生まれ変わりの中で生死の苦しみを味わってきたのに、この生死の世界から離れようという心が全く湧かない。それは、始まりもなく長い間、原因と条件を積み重ねてきたからである。 天界の者たちは放逸で自らの心を壊し、人間は求め追い求めて様々な苦しみを受け、餓鬼は常に飢えと渇きに焼かれ、畜生は互いに食い合う。 地獄の中には大きな猛火があり、餓鬼の道では無知に悩まされ、すべての生き物の生死の中には、ほんのわずかな楽しみさえも得ることができない。 様々な苦しみの中にあっても、それを楽しみだと思い込む。生き物たちは無知と愛欲に惑わされている。正しい道を示してくれる人もおらず、この苦しみの中から逃れられない。 もし善い行いから遠く離れ、いつも嘘をつき、誠実さがなく、瞑想の修行もできなければ、長く生死の世界に沈み、様々な苦しみを受ける。 諸仏が説かれた教えは、今も、未来も、父母や親族よりも大切で、常に生きとし生けるものに寄り添い、決して離れない。 三つの種類に分かれた生き物たちは、三種の過ちを常に抱え、三つの世界を行き来して止まらず、三つの感覚を伴侶としている。 三つの行いが生き物を惑わせ、三つの悪道という危険で難しい道へと向かわせる。三つの生存のあり方を愛し楽しみ、その中を輪廻し続ける。 もし生き物が三宝に帰依し、自ら三つの菩提を修行し、三つの誤った見解を断ち離れるならば、そのような人は、すべての苦しみから離れることができる。 三つの時に正しい行いを喜び、三つの老いをありのままに見極め、飲食に節度を知る人こそ、憂いや悩みから離れることができる。 貪り、怒り、無知の三つの塊を乗り越え、三つの行いをよく省みて悪を造らない。そのような修行者は、生の苦しみから離れ、すべての悩みや熱苦を永遠に断つ。 もし人が道と道でないものを知り、有ると無しとをよく考え、慈しみの心をよく学び修めるならば、最も優れた最高の道を得るであろう。 もし心が濁らず乱れず、常に清らかで何にも染まらず、不善な悪い行いから離れることができるならば、その人が悟りを得ると知るべきである。 もし誰かが正しい道を歩み、正しい念と強固な力によって、常に三つの生存から離れることを喜ぶならば、その人の悟りは間違いない。 もし誰かが生存への執着を断ち、生存への執着や願望の心を起こさなければ、その人は生・老・病・死の苦しみに対して、微細な執着さえも生じない。 もし愚かな人が様々な悪業を造り、悪い行いをしてそれをさらに増大させるならば、諸々の欲望は毒のように親しむべきではない。智慧ある人はこれを捨て去るべきである。 もし人が諸々の欲望を捨て、心は常に悟りの果報を求め求めるならば、その人の不善は残らず消え去る。それは太陽の光が闇を照らし除くようなものである。 このように善い教えに親しむ人は、常にすべての不善を捨て、清らかと不清らかをよく考える。これを簡潔に説いたのだから、あなたは知るべきである。」

「如是比丘當念此世、他世，以智慧利益。心既念已，當以智慧饒益一切世間，觀地獄苦，於一切眾生思惟憶念起慈愍心，修行慈悲。於一切地獄怖畏苦惱逼迫之處，具觀察已，知業果報。知業報已，生厭離心，復作是觀：此諸眾生云何沒於種種惡道大怖畏處，行於生死曠野之中？如是比丘作是思惟，生慈悲心，知餓鬼道嶮惡之業，由心貪嫉，欺誑於人，貪惜積聚欲望長富，廣積眾惡；惡貪所覆，不行布施，不施沙門、婆羅門及諸病瘦、盲冥貧窮，有來乞求，心生慳嫉不肯施與，不作功德、不持禁戒，此世他世無利衰惱，妻子奴婢悋惜不與，慳嫉自誑。以是因緣，墮餓鬼中。女人多生餓鬼道中。何以故？女人之性，心多妬嫉，丈夫未隨，便起妬意，以是因緣，女人多生餓鬼道中。

> かくの如き比丘は、この世とあの世を念じ、智慧をもって利益を得るべし。心に念じたならば、智慧をもって一切世間を益し、地獄の苦しみを観じて、一切の衆生に対して思惟・憶念して慈愍の心を起こし、慈悲を修行すべし。 一切の地獄の怖れ・苦しみ・悩み・逼迫の場所を具に観察した後、業の因果報いを知る。業報を知りて厭離の心を生じ、またこのように観ずる。「これらの衆生は、いかにして種々の悪道の大いなる怖れの処に没し、生死の荒野の中を行くのか」と。かくの如き比丘はこのように思惟し、慈悲の心を生じ、餓鬼道の険悪な業を知る。それは心に貪り・嫉みありて、人を欺き騙し、貪り惜しんで積み集め、長く富もうと望み、広く諸々の悪を積む。悪しき貪りに覆われて布施を行わず、沙門・婆羅門、および諸々の病者・痩せた者・盲人・暗き貧しい者に施さず、来て乞う者があっても心に慳吝・嫉みを生じて与えようとせず、功徳を作らず、禁戒を持たず、この世・他世に無益・衰え・悩みありて、妻子・奴婢を惜しんで与えず、慳吝・嫉みにて自らを欺く。この因縁によりて、餓鬼の中に堕つ。女人は多く餓鬼道に生まる。何以故。女人の性は心に妬み嫉むこと多く、夫が従わざるに、即ち嫉む心を起こす。この因縁によりて、女人は多く餓鬼道に生まる。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼道，餓鬼所住在何等處？作是觀已，即以聞慧，觀諸餓鬼略有二種。何等為二？一者人中住；二者住於餓鬼世界。是人中鬼，若人夜行則有見者；餓鬼世界者，住於閻浮提下五百由旬，長三萬六千由旬，及餘餓鬼惡道眷屬，其數無量，惡業甚多，住閻浮提，有近有遠。

> 「また、比丘たちよ、業の因果を見極めるために、餓鬼道を観察せよ。餓鬼はどこに住んでいるのか。このように観察した後、聞き覚えた智慧を用いて、餓鬼を大きく二つに分類する。その二つとは何か。第一に、人間の世界に住む餓鬼。第二に、餓鬼の世界に住む餓鬼である。 人間の世界に住む餓鬼は、人が夜道を行くときに出会うことがある。餓鬼の世界とは、閻浮提（人間界）の地下五百由旬のところにあり、その広さは三万六千由旬、その他にも無数の餓鬼の仲間がおり、その数は計り知れない。彼らは様々な悪業によって、閻浮提の近くや遠くに住み分けている。」

「復次，比丘知業果報，觀諸餓鬼有無量種。彼以聞慧，略觀餓鬼三十六種。一切餓鬼皆為慳貪嫉妬因緣，生於彼處，以種種心造種種業、行種種行，種種住處、種種飢渴自燒其身，如是略說三十六種。何等為三十六種？一者迦婆離，鑊身餓鬼；二者甦支目佉，針口餓鬼；三者槃多婆叉，食吐餓鬼；四者毘師咃，食糞餓鬼；五者阿婆叉，無食餓鬼；六者揵陀，食氣餓鬼；七者達摩婆叉，食吐餓鬼；八者婆利藍，食水餓鬼；九者阿賒迦，悕望餓鬼；十者㖉區伊反吒，食唾餓鬼；十一者摩羅婆叉，食鬘餓鬼；十二者囉訖吒，食血餓鬼；十三者瞢娑婆叉，食肉餓鬼；十四者蘇揵陀，食香烟餓鬼；十五者阿毘遮羅，疾行餓鬼；十六者蚩陀邏，伺便餓鬼；十七者波多羅，地下餓鬼；十八者矣利提，神通餓鬼；十九者闍婆隸，熾燃餓鬼；二十者蚩陀羅，伺嬰兒便餓鬼；二十一者迦俱邏反摩，欲色餓鬼；二十二者三牟陀羅提波，海渚餓鬼；二十三者閻羅王使，執杖餓鬼；二十四者婆羅婆叉，食小兒餓鬼；二十五者烏殊婆叉，食人精氣餓鬼；二十六者婆羅門羅剎餓鬼；二十七者君茶火爐，燒食餓鬼；二十八者阿輸婆囉他，不淨巷陌餓鬼；二十九者婆移婆叉，食風餓鬼；三十者鴦伽囉婆叉，食火炭餓鬼；三十一者毘沙婆叉，食毒餓鬼；三十二者阿吒毘，曠野餓鬼；三十三者賒摩舍羅，塚間住食熱灰土餓鬼；三十四者毘利差，樹中住餓鬼；三十五者遮多波他，四交道餓鬼；三十六者魔羅迦耶，殺身餓鬼。是為略說三十六種餓鬼，廣說則無量，重心造惡，業行各異，種種慳心，不行布施，貪心因緣受種種身。

> さらに、比丘よ、業の報いを知る者は、餓鬼（がき）には無数の種類があると観察する。彼は聞いた智慧によって、餓鬼を大まかに三十六種に分類する。全ての餓鬼は、慳（おし）み、貪（むさぼ）り、嫉妬（しっと）といった因縁によって、その世界に生まれる。さまざまな心でさまざまな業を起こし、さまざまな行いをし、さまざまな場所に住み、飢えと渇きに自らを焼き尽くす。以上が三十六種の概要である。 では、その三十六種とは何か。一に迦婆離（かばり）――釜の身の餓鬼。二に甦支目佉（すしもくしゃ）――針の口の餓鬼。三に槃多婆叉（はんたばしゃ）――吐いたものを食べる餓鬼。四に毘師咃（びしだ）――糞を食べる餓鬼。五に阿婆叉（あばしゃ）――食べ物のない餓鬼。六に揵陀（けんだ）――気を食べる餓鬼。七に達摩婆叉（だつまばしゃ）――吐いたものを食べる餓鬼。八に婆利藍（ばりらん）――水を食べる餓鬼。九に阿賒迦（あしゃか）――望みを抱く餓鬼。十に㖉吒（きつた）――唾を食べる餓鬼。十一に摩羅婆叉（まらばしゃ）――花飾りを食べる餓鬼。十二に囉訖吒（らきつた）――血を食べる餓鬼。十三に瞢娑婆叉（もうしゃばしゃ）――肉を食べる餓鬼。十四に蘇揵陀（そけんだ）――香の煙を食べる餓鬼。十五に阿毘遮羅（あびしゃら）――疾く走る餓鬼。十六に蚩陀邏（ちだら）――機会をうかがう餓鬼。十七に波多羅（はたら）――地下の餓鬼。十八に矣利提（えりだい）――神通力を持つ餓鬼。十九に闍婆隷（じゃばれい）――燃え盛る餓鬼。二十に蚩陀羅（ちだら）――乳児の機会をうかがう餓鬼。二十一に迦摩（かま）――色欲に染まった餓鬼。二十二に三牟陀羅提波（さんむだらだいは）――海の島々の餓鬼。二十三に閻羅王使（えんらおうし）――杖を持つ餓鬼。二十四に婆羅婆叉（ばらばしゃ）――幼児を食べる餓鬼。二十五に烏殊婆叉（うしゅばしゃ）――人の精気を食べる餓鬼。二十六に婆羅門羅刹（ばらもんらせつ）――バラモン姿の羅刹の餓鬼。二十七に君茶火爐（くんだかろ）――食べ物を焼く餓鬼。二十八に阿輸婆囉他（あしゅばらた）――不浄な路地に住む餓鬼。二十九に婆移婆叉（ばいばしゃ）――風を食べる餓鬼。三十に鴦伽囉婆叉（おうからばしゃ）――炭火を食べる餓鬼。三十一に毘沙婆叉（びしゃばしゃ）――毒を食べる餓鬼。三十二に阿吒毘（あたび）――荒野の餓鬼。三十三に賒摩舍羅（しゃましゃら）――墓場に住み、熱い灰や土を食べる餓鬼。三十四に毘利差（びりしゃ）――樹に住む餓鬼。三十五に遮多波他（しゃたはた）――四つ辻に住む餓鬼。三十六に魔羅迦耶（まらかや）――自らの身を殺す餓鬼。 これが三十六種の餓鬼の大まかな説明である。詳しく説けば無限に及ぶ。強い心で悪を積み、業の種類はそれぞれ異なり、様々な慳吝（けんりん）の心によって布施を行わず、貪りの心が因縁となって、様々な姿を受けるのである。

「復次，比丘知業果報，觀諸餓鬼，受大飢渴，自燒其身。以前世時，多起妬嫉，惡心破壞，廣造三業身口意惡、十不善業，生餓鬼中。其人以作十種不善業道因緣，得一切苦，以惡業故生餓鬼中。惡業牽故、業為本故，入於惡道，為彼所縛。以因業故，不脫生死，為無始來獼猴之心躁擾輕轉，行於嶮難障礙之處，攀緣種種羅網枝條，速疾往返，住生死山，睡於巖窟，所行之處不可覺知。觀心獼猴，速疾不停，應作如是初調伏心。若心不調，能將眾生至大怖處，得大苦惱；如是心怨，能令眾生流轉生死。比丘如是思惟心已，於生死中得離欲穢，厭生死苦，如是思惟：一切生死皆悉苦惱。如是比丘思惟分別，餓鬼之中有無量種。思惟是已，一一分別，觀諸業報非無因生，苦樂好醜、淨與不淨、善惡貴賤上下生滅，一切雜類非自然生。

> また、比丘たちよ、因果応報を知り、餓鬼の世界を観察せよ。餓鬼たちは激しい飢えと渇きに苦しみ、自らを焼き尽くす。これは前世において、多くの嫉妬を起こし、悪意を持って他者を壊し、さらに身・口・意の三つの業、すなわち十不善業を広く行った結果、餓鬼の世界に生まれたのである。その者は十不善業の道を原因として、あらゆる苦しみを受ける。悪業のゆえに餓鬼の世界に生まれ、悪業に引かれ、業を根本として悪道に入り、それに縛られる。業によって生死を脱することができず、無始の昔からの猿のような心が、騒がしく軽率に動き回り、危険で障害のある道を行き、様々な網や枝に執着し、速やかに往復しながら生死の山に住み、岩の穴で眠る。その行く先は覚ることができない。この猿のような心が速やかに止まることなく動くのを観察し、最初にこのように心を調伏すべきである。もし心が調えられなければ、衆生を大きな恐怖の境地に導き、大きな苦しみと悩みをもたらす。このような心という怨みは、衆生を生死に流転させる。比丘がこのように心を考えれば、生死の中で欲望の汚れから離れ、生死の苦しみを厭う。このように考える。すべての生死はすべて苦しみである。比丘はこのように思惟し分別して、餓鬼の中にも無数の種類があることを知る。このように考えた後、一つ一つを分別し、様々な業の報いは因なくして生じるものではなく、苦楽・好悪・清浄と不浄・善悪・貴賤・上下・生滅、すべての雑多な種類は自然に生じるものではないと観察する。

「比丘如是觀諸餓鬼，知業果報，以聞慧觀，云何觀於迦婆離，鑊身餓鬼？其身長大過人兩倍，無有面目，手足穿穴，猶如鑊脚，熱火滿中焚燒其身如火燒林，飢渴惱熱，時報所縛，無人能救，無歸無怙愁憂苦惱，無人救護。以何業故生於彼處？即以聞慧見：此眾生於前世時，以貪財故為他屠殺，受雇殺生，臠割脂肉，心無悲愍；貪心殺生，殺已隨喜，造集惡業，其心不悔。如是惡人身壞命終墮於惡道，受迦婆離餓鬼之身迦婆離迦魏言鑊身，在於地下五百由旬。從此命終，忽然即往生於大怖黑闇之處，既生之後，上下二山一時俱合，壓笮其身受大苦惱，身增轉大滿一由旬，為飢渴火焚燒其身，餓鬼道中經五百歲。餓鬼道中一日一夜，此閻浮提日月歲數經於十年。如是五百歲名為一生，少出多減，命亦不定。又第二業墮餓鬼中：若有眾生受他寄物，抵拒不還，生於彼處。不施資財、不以法施、不施無畏，若男、若女不行如是三種布施，常懷慳嫉。以是因緣生餓鬼中。

> 比丘はこのように餓鬼を観察し、因果の道理を理解するために、聞慧によって観察を行います。では、どのように迦婆離（かばり）すなわち鑊身餓鬼（かくしんがき）を観察するのでしょうか。 その姿は、人間の倍以上の大きさで、顔や目がなく、手足には穴が開いており、まるで釜の脚のようです。その穴の中には熱い火が満ち、彼の体を焼き尽くします。それはあたかも火が林を焼き尽くすかのようです。飢えと渇きに苦しみ、熱さに悩まされ、業報の時が彼を縛りつけています。誰も助けることはできず、帰る場所もなく、頼る者もなく、憂い悲しみと苦しみに満ちています。誰も救い守ってくれる者はありません。 どのような業因によって、このような場所に生まれるのでしょうか。聞慧によって、次のように観察します。 この衆生は前世において、貪欲のためにお金を欲しがり、他人の殺生を請け負い、報酬を得て命を奪い、肉や脂身を切り刻みました。その心には一切の慈悲がなく、貪欲な心で殺生を行い、殺した後には喜び、悪業を積み重ねても、決して悔いることはありませんでした。 このような悪人は、命終わった後、悪道に堕ち、迦婆離餓鬼の身を受けます。それは地下五百由旬のところに存在します。この世を去ると、忽ちにして、大いなる恐怖と暗闇の場所に生まれ変わります。生まれた後、上下の二つの山が同時に押し寄せ、彼の体を押しつぶし、大きな苦しみを受けます。彼の体はさらに大きく成長し、一由旬にもなります。飢えと渇きの火がその身を焼き尽くし、餓鬼道の中で五百年もの間過ごします。 餓鬼道の一日一夜は、この閻浮提の太陽と月が十年の歳月を数えることにあたります。このようにして五百年を一生としますが、寿命は一定ではなく、短くなることも多ければ長くなることもあります。 また、第二の業因によって餓鬼に堕ちる場合もあります。それは、他人から預かった品物を横領し、返すのを拒んだ衆生です。このような者は、餓鬼道に生まれます。 財施もせず、法施も行わず、無畏施も施さず、男性でも女性でも、この三つの布施を行わず、常に貪欲と嫉妬の心を抱いています。この因縁によって、彼らは餓鬼道に生まれるのです。

「復次，比丘知業果報，觀於餓鬼。彼以聞慧，觀於針口諸餓鬼等，以何等業而生其中？彼以聞慧，觀於蘇支目佉餓鬼蘇支目佉魏云針口，知：此眾生於前世時，以財雇人令行殺戮，慳貪嫉妬，不行布施、不施衣食、不施無畏、不以法施。如是惡人身壞命終，受於針口餓鬼之身，受鬼身已，自業誑惑，所受之身，口如針孔、腹如大山、常懷憂惱，為飢渴火焚燒其身，受諸內苦，外有寒熱、蚊虻惡虫、熱病惱等。如是身心受種種苦，餓鬼道中一日一夜，比於人間日月歲數經於十年。如是受命，滿五百歲，命亦不定，若男、若女生在其中。又第二業，墮此針口餓鬼之中：若有丈夫，勅其婦人，命施沙門、婆羅門食。其婦慳惜，實有言無，語其夫言：『家無所有，當以何等施與沙門及諸道士？』如是婦人誑夫，悋財而不布施，身壞命終墮於針口餓鬼之中。由其積習多造惡業，是故婦人多生餓鬼道中。何以故？女人貪欲、妬嫉多故，不及丈夫；女人小心、輕心，不及丈夫。以是因緣，生餓鬼中。乃至嫉妬惡業，不失不壞不朽，於餓鬼中不能得脫；業盡得脫，從此命終，生畜生中。於畜生中，受遮吒迦鳥身此鳥唯食天雨，仰口承天雨水而飲之，不得食餘水，常患飢渴，受大苦惱。畜生中死，生於人中，以餘業故，常困飢渴，受苦難窮，常行乞食，以自存濟。以餘業故，受如斯報。

> 「次に、比丘たちよ、業の果報を知って、餓鬼の世界を観察しなさい。彼は聞慧（聞く智慧）によって、針口（針のように細い口を持つ）餓鬼がどのような業によってそこに生まれるのかを観察する。彼は聞慧によって、蘇支目佉（針口）餓鬼についてこう知る。 これらの衆生は前世において、人を金で雇って殺生させた。彼らは物惜しみし、嫉妬深く、布施を行わず、衣食を与えず、無畏施もせず、法施もしなかった。このような悪人は、身が壊れ命が終わると、針口餓鬼の身を受ける。餓鬼の身を得てからは、自らの業に惑わされ、その身は口が針の穴のように小さく、腹は大山のように大きい。常に憂いや悩みを抱え、飢えと渇きの火に焼かれ、様々な内なる苦しみを受ける。外からは寒さや暑さ、蚊やアブなどの害虫、熱病などの悩みに晒される。このようにして、身心に様々な苦しみを受ける。 餓鬼道の一日一夜は、人間の年月で十年に相当する。このような寿命で五百年を生きるが、その命も定かではない。男であれ女であれ、そこに生まれる。 また、別の業によってこの針口餓鬼に堕ちる場合もある。ある夫が妻に「沙門やバラモンに食事を施しなさい」と命じた。しかし妻は物惜しみして、実際にはあるのに「何もない」と言い、夫に「家には何もありません。何を沙門や道士たちに施せというのですか」と嘘をついた。このように妻は夫を欺き、財を惜しんで布施しなかったため、身が壊れ命が終わると、針口餓鬼に堕ちた。 このように積み重ねて多くの悪業を造るため、女性は餓鬼道に生まれることが多い。なぜか？女性は貪欲と嫉妬が男性よりも強いからである。女性は心が狭く、軽率であり、男性に及ばない。このような縁によって、餓鬼の世界に生まれる。 そして、この嫉妬の悪業は、失われず、壊れず、朽ちることなく、餓鬼の世界から逃れられない。業が尽きて初めて脱出し、この命が終わると畜生に生まれる。畜生では遮吒迦鳥（天の雨だけを食べ、仰向けで雨水を口に受けて飲み、他の水を飲めない鳥）の身を受け、常に飢えと渇きに悩まされ、大きな苦しみを受ける。 畜生の世界で死んだ後、人間に生まれるが、残された業によって、常に飢えと渇きに苦しみ、苦しみは尽きることがない。常に托鉢して食を乞い、かろうじて命をつなぐ。このような残された業によって、このような報いを受けるのである。」

「復次，比丘知業果報，觀諸餓鬼。彼以聞慧，觀於食吐諸餓鬼等，是諸眾生以何業故受於食吐餓鬼之身？彼以聞慧知：此眾生前世之時，身為婦人，誑惑其夫，自噉美食，心懷慳嫉，憎惡其子而不施與；或有丈夫，妻無異心，便起妬意，獨食美味不施妻子。以是因緣，墮於槃多餓鬼之中槃多婆叉魏言食吐，受餓鬼身，常為飢渴焚燒其身。其身廣大長半由旬，於曠野中四奔疾走求覓漿水，高聲㘁叫唱言飢渴。以此眾生，前世之時不以財物、無畏布施，不行法施，以是因緣，生餓鬼中，壽命長遠，如上所說，經五百歲乃至惡業未盡、不破不壞，終不得脫。在食吐鬼中，常求歐吐，困不能得。從此命終，生畜生中亦常食吐，受飢渴苦。畜生中死，生於人中，餘業因緣，常患飢渴，於諸巷陌常拾世人所棄殘食，或從沙門及婆羅門乞求自活。以餘業故，受如斯報。

> さらに、比丘よ、因果の道理を知る者は、餓鬼の世界を観察しなさい。彼は教えを聞く智慧によって、食べ物を吐き出す餓鬼たちについて観察する。これらの衆生は、どのような業によって食べ物を吐き出す餓鬼の身を受けるのだろうか。 彼は教えを聞く智慧によって知る。この衆生は前世において、女の身でありながら夫を惑わし、自分だけが美味しいものを食べ、心にけちと嫉妬を抱き、自分の子を憎んで施しを与えなかった。あるいは、夫でありながら、妻に心変わりがないにもかかわらず、嫉妬の心を起こし、独りで美味を食べて妻や子に施さなかった。このような因縁によって、槃多餓鬼<note>槃多婆叉とは、中国の言葉で「食べ物を吐き出す」という意味である</note>の中に堕ち、餓鬼の身を受けて、常に飢えと渇きに身体を焼かれる。 その身体は広大で、長さは半由旬もある。荒野の中を四方に走り回り、水や飲み物を求めて、大声で叫びながら飢えと渇きを訴える。この衆生は、前世において財物による布施も、無畏施も、法施も行わなかったため、このような因縁によって餓鬼の中に生まれ、寿命は非常に長い。先に述べたように、五百歳もの間、悪業が尽きず、破られず、壊されない限り、ついに解脱することができない。 食べ物を吐き出す餓鬼の中にあっては、常に吐瀉物を求めても、それを得ることもできない。この身が命終わった後、畜生に生まれても、やはり常に吐瀉物を食べ、飢えと渇きの苦しみを受ける。畜生の世界で死んだ後、人間に生まれても、残った業の因縁によって、常に飢えと渇きに苦しみ、巷や路地で世の中の人が捨てた残り物を拾い集め、あるいは修行者やバラモンに乞うて命をつなぐ。残った業があるがゆえに、このような報いを受けるのである。

「復次，比丘知業果報，觀諸餓鬼。彼以聞慧知：此眾生於前世時，多行貪嫉，常懷慳惜不行布施，以不淨食施諸沙門及婆羅門，如是沙門及婆羅門不知不淨而便食之。此人以是惡業因緣，身壞命終墮於惡道，生於食糞餓鬼之中，壽命長短如上所說，亦五百歲，飢渴燒身，求諸糞穢，猶不可得。以業力故，常不從心，不淨之處蛆虫糞屎，馳走求索常不充足，至命不盡，常受苦惱。乃至惡業不盡不壞不朽，故不得脫；若惡業盡，從此命終，隨業流轉受生死苦，人身難得，猶如海龜遇浮木孔，遍受惡身。若生人中，貧窮多病，常困飢渴，恒乞朝飡，以自活命，無量衰惡以為嚴飾，其身破裂，不淨臭穢，人所惡賤，口氣腥臊，其齒䵩黑。餘業因緣，受如是報。

> さらに、比丘よ、業の果報を知り、餓鬼たちを観察せよ。彼は聞慧によって知る——この衆生は前世において、貪欲と嫉妬を多く行い、常に吝嗇で惜しみ、布施を行わず、汚れた食べ物を沙門や婆羅門に施した。その沙門や婆羅門はそれが不浄と知らずに食べた。この人はその悪業の因縁によって、身が壊れ命が終わると悪道に堕ち、糞を食らう餓鬼として生まれる。寿命の長短は先に述べた通りで、五百歳である。飢えと渇きに身を焼かれ、糞や汚物を求めるが、得ることすらできない。業の力によって、常に思いのままにならず、不浄の場所で蛆や糞尿を追い求めて走り回るが、常に満たされることはなく、命が尽きるまで苦しみ悩み続ける。悪業が尽きず、壊れず、朽ちない限り、解脱することはできない。悪業が尽きれば、この命が終わった後、業に従って流転し、生と死の苦しみを受ける。人の身を得ることは難しく、大海の亀が浮木の穴に出会うようなものである。あらゆる悪い身を受けた後、もし人の間に生まれれば、貧しく病多く、常に飢えと渇きに悩まされ、常に朝の食事を乞うて命をつなぐ。無数の衰えと災いを飾りとし、その身は破れ裂け、不浄で臭く、人々に嫌われ軽蔑される。口臭は生臭く、歯は黒く汚れている。これが余った業の因縁によって受ける報いである。

「復次，比丘知業果報，觀於餓鬼慳嫉地處。一切餓鬼，慳嫉為本，是諸眾生以何業故生於無食餓鬼之中？彼以聞慧知：諸餓鬼前身之時，以慳嫉故，自覆其心，妄語欺誑，自恃強力，抂誣良善，繫之囹圄，禁人糧食，令其致死，殺已快心，不生悔恨，心生隨喜，復教他人，既作惡業，初不改悔。如是惡人身壞命終生於無食餓鬼之中，若男、若女生於其中，飢渴之火增長熾燃，如山濬水涌波之力，腹中火起焚燒其身無有遺餘，滅已復生，生已復燒。有二種苦焚燒其身：一者飢渴；二者火燒。其人苦逼，㘁叫悲惱，四方馳走，自業惡果不可思議。其人如是受內外苦，一切身分業火所燒，身內出火自焚其體，譬如大樹內空乾燥。若人投火燒之熾燃，此鬼被燒亦復如是，遍身皆燃，哀叫悲哭，口中火出，二焰俱起焚燒其身，慞惶求道，地生棘刺皆悉火燃，貫其兩足苦痛難忍，哀㘁悲叫，火燒其舌皆悉融爛，如燒凝酥，滅已復生。以惡業故，奔走求水至諸池流泉源諸水，水即枯竭。其人惡業，至於林中遊戲之處，若在高原、若陂澤中，顛倒見故，但見一切大火猛焰，山地樹木悉見熾燃。往趣諸水，見諸水邊守水諸鬼手捉器仗，逆打其頭，受大苦惱，皆由前世貪嫉心怨之所誑惑。壽命長遠經五百歲亦如上說。如是惡業，常無所食，惡業不盡，故使不死，乃至惡業不盡不壞不朽，故不得脫；若業盡得脫，從此命終，惡業所吹，隨業流轉受生死苦，人身難得，猶如海龜遇浮木孔。若生人中，處母胎時，母不能食，令母身色憔悴醜惡，殺生業故，胞胎傷墮。設不胎夭，令母身體臭穢可惡，樂行不善；若得出生，短命多難，王難繫縛，受牢獄苦飢渴餓死。以餘業故，受如是報。

> 「また、比丘よ、業の報いを知るならば、餓鬼の慳吝と嫉妬の境地を観察せよ。全ての餓鬼は、慳吝と嫉妬を根源とする。では、どのような業によって、衆生は食を得られない餓鬼に生まれるのか？ 彼は聞慧によって知る。餓鬼たちは前世において、慳吝と嫉妬のゆえに自らの心を覆い、偽りの言葉で人を欺き、自らの強い力を恃んで、善良な人を陥れ、牢獄に閉じ込め、人の糧食を断ち、死に至らしめた。殺しては心を楽しませ、悔い改めることなく、心に喜びを生じ、さらに他人にも教え、悪業を為しても、最初から改め悔いることがなかった。このような悪人が身壊れ命終わるとき、食を得られない餓鬼の世界に生まれる。男であれ女であれ、その中に生まれれば、飢えと渇きの火が盛んに燃え上がり、山間の急流が波を湧き立たせるように、腹中より火が起こり、その身を焼き尽くして残すところがない。滅びてはまた生まれ、生まれてはまた焼かれる。二種の苦がその身を焼く。一つは飢えと渇き、二つは火の焼くことである。その人は苦しみに逼られ、叫び悲しみ、四方八方に逃げ惑う。自らの悪業の果報は、思いもよらないものである。その人はこのように内外の苦を受け、全ての体の部分が業火に焼かれる。身の内より火が出て、自らの体を焼く。例えば、大きな木が内部で乾燥して空洞になっているようなものである。もし人が火を投じれば、燃え盛る。この餓鬼が焼かれるのもまた同じである。全身が燃え上がり、哀れに叫び悲しみ、口から火が出る。二つの炎が同時に起こり、その身を焼く。慌てふためき道を求めるが、地に生える荊の刺さえも全て火が燃え、その両足を貫いて苦しみは耐え難い。哀れに叫び悲しみ、火はその舌を焼き、全て溶け爛れる。例えば、固まった酥（バター）を焼くように、滅びてはまた生まれる。悪業のゆえに、水を求めて走り、様々な池や泉、水源に至るが、水は枯れ果てる。その悪業のゆえに、林の中の遊び場、あるいは高原、あるいは沼沢地に至っても、倒錯した見方のゆえに、全てが大火の猛焔と見え、山や地、樹木さえも燃え盛るのが見える。水辺に赴けば、水を守る餓鬼たちが手に武器を持って、迎え撃ち、その頭を打つ。大きな苦しみを受ける。全て、前世の貪りの心と嫉妬の怨みが惑わしたものである。 寿命は長く、五百歳にわたる。これもまた先に述べた通りである。このような悪業のゆえに、常に食べるものがなく、悪業が尽きないゆえに、死ぬこともない。さらには、悪業が尽きず、壊れず、朽ちない限り、逃れることはできない。もし業が尽きて逃れることができれば、この命終わりの後、悪業に吹かれ、業に従って流転し、生死の苦しみを受ける。人の身を得ることは難しく、あたかも海亀が浮木の穴に出会うようなものである。もし人の中に生まれれば、母の胎内にいるとき、母は食べることができず、母の身色をやつれさせ、醜悪にする。殺生の業のゆえに、胎児は傷つき堕ちる。もし胎内で死ななければ、母の身体を臭く汚らわしくし、不善を行い、楽しむ。もし生まれ出れば、短命で多くの難に遭い、王の難に縛られ、牢獄の苦しみを受け、飢え渇きによって死ぬ。残された業のゆえに、このような報いを受けるのである。」

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀於食氣諸餓鬼等，以何業故而生其中？彼以聞慧知：此眾生於前世時，多食美食而自食噉，不施妻子及餘眷屬，妻子但得嗅其香氣，不知其味，於妻子前而獨食之；以慳嫉故，同業眷屬而不施與，亦教他人不給妻子，起隨喜心，數造斯過而不改悔，不生慚愧。如是惡人身壞命終生於食氣餓鬼之中。既生之後，飢渴燒身，處處奔走呻吟㘁叫，悲泣愁毒，唯恃塔廟及以天祀有信之人設諸供養，因其香氣及嗅餘氣以自活命。復有嗅氣諸餓鬼等，以諸世人多病因緣，水邊林中巷陌交道設諸祭具，因斯香氣以自活命。如是食氣諸餓鬼等，無量苦惱，惡業不盡，故使不死，乃至惡業不盡不壞不朽，故不得脫；業盡得脫，從此命終，隨業流轉受生死苦，人身難得，猶如海龜遇浮木孔。若生人中，貧窮多病，身體臭穢。以餘業故，受如是報。

> さらに、比丘よ、業（カルマ）の報いを知り、餓鬼の世界を観察せよ。 彼は聴聞の智慧によって、香りを食する餓鬼たちについて観察する。彼らはどのような業によってそこに生まれるのか？ 彼は聴聞の智慧によって知る。この衆生は前世において、美味な食物を多く自ら食べ、妻や子供、その他の家族に施さなかった。妻子はその香りを嗅ぐことしかできず、味を知ることはなかった。彼は妻子の前で独りで食べたのである。吝嗇（けち）と嫉妬の心から、同じ業を共にする家族にさえ与えず、また他人にも妻子に食べ物を与えないよう教え、それに賛同して喜び、何度もこの過ちを繰り返しながらも悔い改めず、恥じる心もなかった。 このような悪人の身体が壊れ命が終わると、香りを食する餓鬼の中に生まれる。生まれた後は、飢えと渇きに身を焼かれ、あちこちを走り回り、うめき、叫び、悲しみ泣き、苦しみに苛まれる。ただ、塔廟や天の祠において、信仰ある人々が捧げる様々な供養の香りや、その他の香りを嗅いで命をつなぐのである。 また、香りを嗅ぐ餓鬼たちの中には、世の人々が病気のために、水辺、林の中、路傍、辻などに様々な祭祀の具を設けることで、その香りを嗅いで命を支える者もいる。 このように香りを食する餓鬼たちは、無量の苦しみを味わうが、悪業が尽きないために死ぬことができない。さらに悪業が尽きず、壊れず、朽ちない限り、そこから脱することができない。業が尽きて初めて脱することができる。ここで命を終えた後は、業に従って生死の苦しみを流転し続ける。人間に生まれることは難しく、それはちょうど海亀が浮かぶ木の穴に出会うようなものである。 もし人間に生まれても、貧しく病に多くかかり、身体は汚く臭い。これは残りの業によって、このような報いを受けるのである。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀於食法諸餓鬼等，以法因緣令身存立而有勢力，以何業故生於其中？彼以聞慧見：此餓鬼於人中時，性多貪嫉，為活身命、為求財利與人說法，心不敬重，犯戒無信，不為調伏諸眾生故。說不淨法，說言：『殺生得生天福。』強力奪財，言無罪報；以女適人，得大福德，放一牛王亦復如是。以如是等不淨之法為人宣說，得財自供，不行布施，藏舉積聚。是人以此嫉妬覆心，命終生於惡道之中，受於食法餓鬼之身。是人壽命經五百歲，日月脩短亦如上說。於嶮難處，東西馳走求索飲食，飢渴燒身無能救者，猶如乾木為火所燒，頭髮蓬亂身毛甚長，身體羸瘦脈如羅網，脂肉消盡皮骨相裏，其身長大堅勁麁陋，爪甲長利。惡業所誑，皺面深眼，淚流若雨，身色󰯹黮猶如黑雲，一切身分惡虫唼食，蚊虻黑虫從毛孔入食其身肉。慞惶奔走，若至僧寺，或有人來於眾僧中行二種施，因此施故上座說法及以餘人讚歎說法；此鬼因是，得命、得力，命得存立。乃至惡業未盡、不壞不朽，終不得脫；若業盡得脫，從此命終，由前世時以種種心造種種業，處處受生，人身難得，猶如海龜遇浮木孔。若生人中，常守天祀祠婆羅門，殺羊祀天，作呪龍師，不得自在，常依他人乞求自活。惡業因緣，還墮地獄，以餘業故。

> さらに、比丘よ、業とその報いを知り、餓鬼の世界を観察せよ。彼は聞慧によって、食法（食べ物を得るための教え）を説く餓鬼たちを観る。彼らは法の因縁によって身を保ち、勢力を得ているが、どのような業によってその境遇に生まれるのか。彼は聞慧によって見る——この餓鬼は人間であった時、貪欲と嫉妬が強く、身を養い財を求めるために人に法を説いたが、心に敬いの念がなく、戒を破り、信もなかった。衆生を調伏するためではなく、不浄な法を説き、こう言った——「殺生すれば天界に生まれる福がある」と。力ずくで奪った財には罪の報いはないと言い、娘を嫁がせれば大きな福徳を得る、一頭の雄牛を放つのも同様だと語った。このように不浄な法を人に説き、得た財は自分のために使い、布施も行わず、蓄え隠した。この人は嫉妬に心を覆われて命終し、悪道に生まれ、食法の餓鬼の身を受けた。その寿命は五百歳で、日月の長さは先に述べたのと同じである。険しく難しい場所で、東西に走り回って食べ物と飲み物を求め、飢えと渇きに身を焼かれるが、救う者はいない。乾いた木が火に焼かれるようであり、髪は乱れ、体毛は非常に長く、身体は痩せ細って血管は網のように浮き出て、肉は消え去り皮と骨だけがまとわりつく。体は大きく強ばって粗末で、爪は長く鋭い。悪業に欺かれ、顔は皺だらけで目はくぼみ、涙は雨のように流れ、皮膚の色は黒雲のように黒ずんでいる。全身の各部分を悪い虫が噛み、蚊や虻、黒い虫が毛穴から入り込んでその肉を食う。彼は慌てふためいて走り回る。もし僧寺に至り、ある人が来て僧侶たちに二種の布施を行うときがあり、その施しによって上座が法を説き、また他の人々が説法を讃える。この鬼は、それによって寿命を得、力を得、命を保つことができる。業が尽きず、壊れず、朽ちない限り、ついに脱することができない。もし業が尽きて脱すれば、この命を終える。前世において様々な心で様々な業を造り、様々な場所に生まれたが、人間の身を得ることは難しく、それは海亀が浮き板の穴に出会うようなものである。もし人間に生まれれば、常に天の祀りを守り、バラモンに仕え、羊を殺して天に祈り、竜を呪う呪法の師となり、自由を得ず、常に他人に頼って乞い生きる。悪業の因縁により、再び地獄に堕ちる。残りの業によるのである。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀於食水諸餓鬼等，以何業故而生其中？彼以聞慧知：諸餓鬼於前身時，惡貪覆心，麴釀酤酒，欺誑世間，加水灰汁或沈蚓蛾，以惑愚人，不行布施、不修福德、不持禁戒、不聽正法、不行正法，復教他人令行惡貪，見作隨喜，作已不悔。如是惡業，身壞命終生於食水餓鬼道中，常患飢渴焚燒其身，走於曠野嶮難之處惆慞求水，困不能得。其身狀貌堅澁可惡如焦鹵地，身破裂壞舉體熾燃，長髮覆面、目無所見，飢渴燒身走趣河邊。若人渡河，脚足之下遺落餘水，泥垢垂渧，速疾接取以自活命；若有餘人，在於河側掬水，施於命過父母，則得少分。以是因緣，命得存立。若自取水，守水諸鬼以杖撾打，身皮剝脫苦痛難忍，哀叫㘁哭走於河側。以作惡業，自誑身故，業繫不盡，故使不死，乃至惡業不盡不壞不朽，猶不得脫；業盡得脫，從此命終，業風所吹流轉生死，人身難得，猶如海龜遇浮木孔。若生人中，生於邊地貧窮困厄，無有林樹、無水漿處而依住止，常患焦渴，恒困熱病，晝夜常渴。以餘業故，受如是報。

> 「また、比丘よ、因果の道理を知り、餓鬼の世界を観察せよ。彼は聞いた智慧によって、水を求める餓鬼たちが、どのような業因によってそこに生まれるのかを観る。 聞いた智慧により知るには、これらの餓鬼は前世において、強い貪りの心に覆われ、酒を醸造・販売し、世間を欺いて水や灰汁を混ぜたり、蚯蚓や蛾を沈めたりして愚かな人々を惑わした。布施を行わず、善行を積まず、戒律を守らず、正しい教えを聞かず、正しい行いをせず、さらに他人にも貪りの心を教え、その行いを見て喜び、行い終わっても悔いなかった。 このような悪業によって、身が壊れ命が終わると、水を求める餓鬼の道に生まれる。常に飢えと渇きに苦しみ、身体は焼かれ、荒野の危険な場所をさまよい、水を求めて彷徨うが、得ることができない。 その身体の姿は、固く荒れて醜く、焼け焦げた塩田のようで、全身は破れ裂け、燃え盛り、長い髪が顔を覆い、目は何も見えない。飢えと渇きに身を焼かれ、川辺へと走る。 人が川を渡る時、足の下に残った僅かな水や、泥の滴りを素早く掬い取って、辛うじて命を繋ぐ。また、川辺で人が杯の水を、亡き父母に施すなら、その一部を得ることもある。このような縁によって、命はかろうじて保たれる。 しかし、自ら水を取ろうとすれば、水を守る鬼たちに棒で打たれ、皮は剥がれ、苦しみは耐え難く、泣き叫びながら川辺を走り回る。 悪業を為し、自らを欺いた故に、業の縁が尽きず、故に死ぬこともできない。その悪業が尽きず、壊れず、朽ちない限り、まだ解脱できない。業が尽きて初めて解脱する。 この命が終われば、業の風に吹かれて生死を流転する。人の身を得ることは難しく、それは大海の亀が浮かぶ木の穴に出会うようなものだ。 もし人の身に生まれれば、辺境の貧しく苦しい土地に生まれ、林もなく、水もない場所に住み、常に渇きに悩み、常に熱病に苦しみ、昼夜絶え間なく渇く。 これは残された業の故に、このような報いを受けるのである。」

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀有諸餓鬼名阿賒迦魏言悕望餓鬼，以何業故而生其中？彼以聞慧知：此眾生嫉妬惡貪，自覆其心，見他善人因得少物，賣買價直，不以道理，欺誑取物，作已隨喜，不生悔心，亦教他人令作此惡，不行布施、不修福德、不持禁戒，心無誠信不順正法，其心麁獷不可調伏，不親善友，常懷嫉妬。如是惡人身壞命終墮於悕望餓鬼之中，若諸世人為亡父母先靈設祀，如此餓鬼得而食之，餘一切食悉不得食，常患飢渴焚燒其身如火燒林，無能救者，面色皺黑，淚流而下，手脚破裂，頭髮覆面，身色可惡猶如黑雲。辛酸悲叫而說頌曰：

> さらに、比丘たちよ、業の報いを知り、餓鬼の世界を観察せよ。彼は聞慧によって観るに、ある餓鬼の名をアーシャーカ＜註：魏の言葉で「望みをかける餓鬼」という＞という。どのような業によってその中に生まれるのか。彼は聞慧によって知る。この衆生は嫉妬と悪欲をもって自らの心を覆い、他の善人がわずかな物を得るのを見て、売買の代価を道理に反して欺いて物を取り、その行いを為しては随喜し、悔いる心なく、また他の者にもこの悪を為すよう教え、布施を行わず、功徳を修めず、戒律を守らず、心に誠信なく正法に従わず、その心は粗雑で頑固であり、調伏しがたく、善き友に親しまず、常に嫉妬を抱く。このような悪人は、身が壊れ命が終わると、望みをかける餓鬼の中に堕ちる。もし世の人々が亡き父母の先霊のために供養を設けるならば、この餓鬼はそれを得て食べることができるが、それ以外の食べ物はすべて得ることができず、常に飢えと渇きに苦しみ、その身は火に焼かれること、火が林を焼くかのようであり、救う者はいない。顔色はしわがれて黒く、涙が流れ落ち、手足は裂け、髪の毛は顔を覆い、その体色は黒雲のように見苦しい。辛く悲しい声で、次の偈を唱える。

「『不施則無報，無施果亦無，如無燈無明，不施無樂報。如盲人無目，不能有所見，不施亦如是，來世無樂報。若生餓鬼道，人中常貧窮，流轉受苦惱，嫉妬因緣故。不施則無報，造業終不失，自業得果報，眾生依業食。我為惡業燒，生在餓鬼中，受此大飢渴，猛火常熾燃。何時離飢渴？何時得安樂？受苦極熱惱，何時得解脫？不識道非道，不知善業果，飢渴如火燃，如是受苦惱。亂髮覆面目，無人能救護，脈現如網縛，苦逼命不盡。惆慞行曠野，常受諸苦惱，孤獨無救護，具受諸辛苦。』

> 「施しをしなければ報いはなく、施しの果報も存在しない。 灯りがなければ明かりが生じないように、施しをしなければ楽しい報いはない。 盲人に目がなく、何も見ることができないように、 施しをしない者もまた同じで、来世に楽しい報いはない。 もし餓鬼道に生まれれば、人間の世界でも常に貧しく、 苦しみ悩みの中を流転する。それは嫉妬が原因である。 施しをしなければ報いはないが、一度造った業は決して失われない。 自らの業が果報をもたらし、衆生は業によって糧を得る。 私は悪業に焼かれ、餓鬼の中に生まれた。 この大きな飢えと渇きを受け、猛火が常に燃え盛る。 いつ飢えと渇きから離れられるのか？ いつ安楽を得られるのか？ 苦しみと激しい熱悩を受けながら、いつ解脱できるのか？ 道と非道を識別できず、善業の果報を知らない。 飢えと渇きが火のように燃え、このように苦しみ悩む。 乱れた髪が顔や目を覆い、誰も救い守ってくれない。 血管は網のようにはりめぐらされ、苦しみに逼られても命は尽きない。 彷徨いながら荒野を歩み、常にさまざまな苦しみを受け、 孤独で救い守る者もなく、あらゆる辛苦を味わうのである。」

「如是悕望餓鬼呻吟奔走，處處逃遁。比丘觀已，如是思惟：生死熾燃，欲界增上。如是餓鬼，若其種姓或時設供祭祀亡者得而食之，以濟身命，唯得食此，餘一切食悉不得食。惡業不盡，故使不死，乃至惡業不盡不壞不朽，故不得脫；若惡業盡，從此命終，業風所吹，流轉世間受生死苦，人身難得，猶如海龜遇浮木孔。若生人中，生工師家下賤僮僕，為人策使。餘業因緣，受如是報。

> このようにして、飢えた鬼たち（餓鬼）は嘆き悲しみ、うめき声をあげながら走り回り、あちこちへ逃げ惑うのである。比丘はこれを見て、次のように考えた。「生死の苦しみは激しく燃え盛り、欲界においてはなおさら増大する。この餓鬼たちは、もしその家系の者が時に祭りを行い、亡き者に供養をささげた時、それを食べることができ、かろうじて身を保つことができる。その供え物以外、他のすべての食べ物は口にすることができない。悪業が尽きていないために死ぬこともできず、悪業が尽きず、壊れず、朽ちない限り、解脱することができないのである。もし悪業が尽きれば、この命が終わった後、業の風に吹き流され、世の中を流転して生まれ変わり、生死の苦しみを受けることになる。人間として生まれることは、大海の亀が浮かぶ木の穴に出会うように、非常に稀なことである。もし人間として生まれても、職人の家や低い身分の召使いなどに生まれ、人に使われて働かされる。残った業の因縁によって、このような報いを受けるのである。」

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀於食唾諸餓鬼等，以何業故而生其中？彼以聞慧知：此眾生若男、若女慳嫉覆心，以不淨食誑諸出家沙門道士，言是清淨，令其信用而便食之，或時復以非所應食，施淨行人，數為此業，復教他人令行誑惑，不行布施、不持禁戒、不近善友、不順正法，樂以不淨而持與人。如是惡人身壞命終生惡道中，受於㖉吒餓鬼之身㖉吒魏言食唾，㖉區伊反，為飢渴火常燒其身，於不淨處若壁若地，以求人唾食之活命，餘一切食悉不得食，乃至惡業不盡不壞不朽，故不得脫；業盡得脫，從此命終，隨業流轉受生死苦。若生人中，貧窮下賤，多病消瘦，齆鼻膿爛，生除廁家，或於僧中乞求殘食以自濟命。餘業因緣，受報如是。

> また、比丘たちよ、因果の道理を知れば、餓鬼の世界が観察できる。彼らは聞いた智慧によって、人の唾を食べる餓鬼たちが、どのような業によってそこに生まれるのかを観察する。その智慧によれば、これらの生き物は、男女を問わず、執着と嫉妬に心を覆われ、清らかでない食べ物を出家の修行者や道士たちに「これは清らかなものです」と騙して与え、信用させて食べさせた。時にふさわしくない食べ物を、清らかな行いをする人に施し、何度もその行いを繰り返した。さらに他人にも教えて、同じように騙させることを行わせ、施しをせず、戒律を守らず、善き友に近づかず、正しい教えに従わず、不浄なものを喜んで人に与えた。このような悪人の死後、その身は悪道に落ち、食堂餓鬼（唾を食べる餓鬼）となる。飢えと渇きの火が常にその身を焼き、壁や地面など不浄な場所で、人の唾を探して食べて命をつなぐ。それ以外の食べ物は一切得られない。悪業が尽きず、消えず、朽ちない限り、そこから逃れられない。業が尽きてようやく脱出し、その命を終えた後も、業に従って流転し、生と死の苦しみを受ける。もし人間に生まれても、貧しく身分が低く、病気がちで痩せ細り、鼻がつまって膿が出る。汚物を扱う家に生まれたり、僧院で食べ残しを乞うて命をつなぐ。これが残った業の因縁による報いである。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀於魔羅食鬘餓鬼魔羅魏言鬘，世人所奉九子魔是也，以何業故而生其中？彼以聞慧知：此眾生以前世時，盜佛花鬘，及尊重師長盜其花鬘，以淨潔故，用自莊嚴，不以惡心，其心貪嫉。身壞命終或生佛塔、或生天祀而有神力，若人忿諍，詣塔要誓，則得其便，能示惡夢以怖眾人。若有異人遭諸惡事，求其恩力，言：『此鬼神有大威德神通夜叉。』以花鬘上之，因此事故得鬘食之，少離飢渴，不為飢火之所焚燒，世人讚歎、鬼常喜悅是食鬘鬼。乃至惡業不盡不壞不朽，故不得脫；業盡得脫，從此命終，隨業流轉受生死苦。若生人中，作守園人，賣花自活。以餘業故，受如斯報。

> また、比丘たちよ、業の報いを知り、餓鬼の世界を観察せよ。 彼は聞慧によって、魔羅の食鬘餓鬼<note>魔羅とは鬘（かざり）のことで、世の人々が祀る九子魔（くしま）のことである。</note>を観察する。どのような業によってそこに生まれるのか？ 彼は聞慧によって知る。この衆生は、前世において、仏の花鬘を盗み、また尊敬すべき師長の花鬘を盗んだ。これは清らかであるために、自らを飾ろうとしたのであり、悪意はなかったが、心に貪りと嫉妬があったのである。 その身が壊れ命が終わると、あるいは仏塔に、あるいは天の祠に生まれ、神通力を得る。人が怒りや争いを起こし、塔に参って誓いを立てると、その機に乗じて悪夢を見せ、人々を怖がらせることができる。 また、様々な災難に遭った人が、その力にすがって「この鬼神は大いなる威徳を持つ、神通力ある夜叉である」と言い、花鬘を捧げると、その供え物によって鬘を得て食べることができ、飢えや渇きが和らぎ、飢えの火に焼かれることもなくなる。人々から讚えられ、この鬼は常に喜んでいる。これが食鬘鬼である。 その悪業が尽きず、壊れず、朽ちない限り、そこから解脱することはない。業が尽きて初めて解脱し、この世を終えると、業によって流転し、生死の苦しみを受ける。 もし人間に生まれれば、園丁となり、花を売って生計を立てる。その余りの業によって、このような報いを受けるのである。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀諸餓鬼食血自活，以何業故而生其中？彼以聞慧見：諸餓鬼本為人時，愛樂貪嗜血肉之食，其心慳嫉，戲笑作惡，殺生血食，不施妻子。如是惡人身壞命終墮惡道中，貪嗜血故，生囉訖吒餓鬼之中囉訖吒魏言血食，受鬼身已，人皆名之以為夜叉，供養奉事，以血塗泥而祭祀之。既噉血已，恐怖加人，數求禱祀，人皆說之，以為靈神。如是次第，得自活命。壽命長遠亦如上說，經五百歲。如是餓鬼作諸妖𦾨，乃至惡業不盡不壞不朽，故不得脫；業盡得脫，從此命終，隨業流轉受生死苦。若得人身，生旃陀羅家噉食人肉。以餘惡業因緣故爾。

> さらに、比丘よ、業の報いを知り、餓鬼の世界を観察せよ。彼は智慧の聞き取りによって、血を食べて生きている餓鬼たちが、どのような業によってそこに生まれるのかを観察する。彼は智慧によって聞き知る——これらの餓鬼たちは、かつて人間であった時、血肉の食べ物を好み貪り、心は吝嗇で嫉妬深く、冗談めかして悪を行い、殺生して血を食べ、妻子にも施さなかった。そのような悪人は、命終わって悪道に堕ち、血肉を貪る習いのゆえに、囉訖吒（ラキツタ）餓鬼のうちに生まれる。この身を受けると、人々は皆これを夜叉と呼び、供養して仕え、血を泥に塗って祭祀を行う。彼らは血を吸うと、さらに人に恐怖を与え、しばしば祈願や祭祀を求めるので、人々はこれを霊神として語る。こうして次第に、自ら命をつないで生きる。寿命の長さも先に述べた通りで、五百年である。このような餓鬼は様々な妖怪をなすが、悪業が尽きず、壊れず、朽ちない限り、解脱することはできない。業が尽きて解脱し、ここに命終わり、業に従って生死の苦しみを巡り受ける。もし人の身を得れば、旃陀羅（センダラ）の家に生まれ、人の肉を食べる。これが残りの悪業の因縁によるものである。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀於食肉諸餓鬼等，以何業故而生其中？彼以聞慧知：此眾生嫉妬惡貪，自覆其心，以眾生肉而作肉叚，臠臠稱之，賣買欺誑，實少言多，以賤為貴。如是惡人身壞命終墮於惡道，生在食肉餓鬼之中。是夜叉鬼於四衢道或在巷陌街巷市店，或在城內僧所住處、天祀中生，形狀醜惡，見者恐怖，而有神通。其性輕軟，不多為惡，行不淨施，以是因緣，故得神通。以諸眾生，雜類牛羊麞鹿之肉，設會與人，以是業緣，故有神力。乃至惡業不盡不壞不朽，故不得脫；業盡得脫，從此命終，隨業流轉受生死苦，人身難得，猶如海龜遇浮木孔。有微善業得生人中，墮於邊地如旃陀羅蠻夷之屬，噉食人肉。餘業因緣，故受斯報。

> また、比丘たちよ、業の報いを知り、餓鬼の世界を観察せよ。 彼らは聞慧をもって、肉を食らう餓鬼たちが、どのような業によってそこに生まれるのかを観る。 聞慧によって知るべきである——この衆生は、嫉妬と悪しき貪りの心で自らを覆い、衆生の肉を切り分けて、一片一片を計り、売買において欺き、実は少ないのに多くと言い、安い物を高いと偽る。 このような悪人が、身を壊し命終わるとき、悪道に堕ち、肉を食らう餓鬼として生まれるのである。 この夜叉鬼は、四つ辻や路地、街路や市場の店、あるいは城内の僧の住む場所や天の祭祀の場に生まれ、姿は醜く恐ろしく、見る者を怖れさせるが、神通力を持つ。 その性質は軽やかで柔らかく、多くを悪さはせず、不浄の施しを行う。この因縁によって神通力を得るのである。 また、様々な種類の牛や羊、鹿などの肉をもって、人に施しの会を設ける。この業の縁によって、神力を持つのである。 こうして、悪業が尽きず、壊れず、朽ちない間は、解脱することができない。業が尽きれば解脱する。この命終わった後、業に従って流転し、生死の苦しみを受ける。 人の身を得ることは難しく、それはあたかも海の亀が浮かぶ木の穴に遭遇するようなものである。 わずかな善業によって人間に生まれても、辺境の地に堕ち、旃陀羅や蛮族のような人々となり、人肉を食らう。 残余の業の因縁によって、このような報いを受けるのである。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀食香烟諸餓鬼等，以何業故而生其中？彼以聞慧知：此眾生為嫉妬心惡貪所覆，商賈賣香，見人買香，速須供養，不以好香與彼買者，乃以劣香，價不酬直；心無淨信，謂無惡報，不識諸佛真實福田。如是惡人身壞命終生食香烟夜叉鬼中，而有神通，身著香鬘，塗香末香，妓樂自娛。或生神廟四交巷中，寺舍林間遊戲之處，重閣樓櫓皆遍遊行，世間愚人恭敬禮拜，燒沈水等種種諸香而供養之。以前世時，商賈賣香令人供養勝上福田，非心田故。若於佛法僧中行少布施，得大果報，譬如尼拘陀樹其子甚小，種之良地，成樹甚大，枝條四布。若於佛法僧福田之中行布施者，得大果報亦復如是。福田力故，如是夜叉有神通力而得樂報。於鬼世界得脫苦已，從此命終，隨業流轉受於生死，人身難得，猶如海龜遇浮木孔。若生人中，生貧窮家，其身香氣而似香塗。以餘業故，受如斯報。

> また、比丘たちよ、因果の道理を知り、餓鬼の世界を観察せよ。彼らは智慧によって、香の煙を食べる餓鬼どもが、どのような業によってそこに生まれるのかを観る。 智慧によって知るべきだ。この衆生は、嫉妬心と悪しき貪りの心に覆われていた。商人として香を売り、人が香を買って急ぎ供養したいと思っているのを見ながら、良い香を与えず、粗悪な香で値を取ったのだ。心に清らかな信がなく、悪い報いがあるとは思わず、諸仏の真実の福田を認識しなかったのである。 そのような悪人は、命を終えて後、香の煙を食べる夜叉鬼となって生まれる。神通力を持ち、身には香りの花飾りや塗香、末香をまとって、音楽や舞を楽しむのである。あるいは、神社や四つ辻、寺院の林間、遊戯の場所、高楼や櫓の上など、至る所を遊行する。世の愚者たちは、敬意を払って礼拝し、沈水香などの様々な香を焚いて供養するのだ。 前世において、商人として香を売り、人々に勝れた福田（三宝）への供養を促したことがあるが、それは心からの清らかな田ではなかったのである。もし仏法僧の福田の中に少しばかりの布施を行えば、大きな果報を得る。例えば、尼拘陀樹（バンヤンの木）の種は非常に小さいが、良い地に植えれば、成長して大きな木となり、枝葉を四方に広げる。仏法僧という福田に布施を行うものも、そのように大きな果報を得るのである。福田の力によるのだ。 このように、夜叉は神通力によって楽しい報いを受ける。そして餓鬼の世界（の苦しみ）から解脱した後、やがて命終わり、業によって流転し生死を受ける。人間の身を得ることは、大海の亀が孔の空いた板に出会うように難しい。 もし人間に生まれても、貧しい家に生まれ、その身には香を塗ったような香りがある。これは残った業による報いである。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀於疾行諸餓鬼等，以何業故而生其中？彼以聞慧知：此眾生貪嫉覆心，或為沙門，破所受戒而被法服，自遊聚落，諂誑求財，言為病者隨病供給，竟不施與便自食之；為乞求故，嚴飾衣服，遍諸城邑廣求所須，不施病者。以是因緣，身壞命終墮於惡道，生阿毘遮羅餓鬼之中阿毘遮羅魏義言疾行，受鬼身已，於不淨處噉食不淨，常患飢渴，自燒其身。若有眾生行不淨者，如是餓鬼則多惱之，自現其身，為作怖畏，而求人便，或示惡夢令其恐怖；遊行塚間，樂近死屍；其身火燃，烟焰俱起。若見世間疫病流行死亡者眾，心則喜悅。若有惡呪，喚之即來，能為眾生作不饒益；其行迅疾，一念能至百千由旬，是故名為疾行餓鬼。凡世愚人所共供養，咸皆號之以為大力神通夜叉。如是種種為人殃禍，令人怖畏。乃至惡業不盡不壞不朽，故不得脫；業盡得脫，從此命終，隨業流轉受生死苦。若生人中，生呪師家，屬諸鬼神，守鬼神廟。以餘業故，受如斯報。

> さらに、比丘よ、因果（業とその報い）をよく知り、餓鬼の世界を観察しなさい。彼は聞いた智慧（聞慧）によって、疾行餓鬼（速く動く餓鬼）などが、どのような業によってそこに生まれるのかを観察する。彼は聞いた智慧によって知る。すなわち、この衆生は貪欲と嫉妬に心を覆われている。ある者は修行者（沙門）でありながら、受けた戒を破りながら法衣をまとい、自ら村々を巡り、へつらい偽って財を求め、「病人のために、その病気に応じて施しをしよう」と言いながら、実際には何も施さずに自分で食べてしまう。また、乞食のためだけに衣服を飾り、あらゆる町や都市を巡って必要なものを広く求めるが、病人には施さない。このような因縁によって、命終わった後、悪道に堕ち、阿毘遮羅（疾行という意味）という餓鬼に生まれる。餓鬼の身を得た後は、不浄な場所で不浄なものを食べ、常に飢えと渇きに苦しみ、自らの身を焼き尽くす。 もし不浄な行いをする衆生がいれば、このような餓鬼はその者を悩ませ、自らの姿を現して恐れさせ、隙をうかがう。あるいは悪夢を見せて恐怖させる。また、墓場を歩き回り、死体のそばを好む。その身は火に燃え、煙と炎が共に立ち上る。 世間に疫病が流行り、死者が多ければ、心から喜ぶ。もし悪しき呪文があれば、呼ばれるとすぐにやって来て、衆生に不利益をもたらす。その動きは非常に速く、一念のうちに百千由旬の彼方へも達する。そのため、疾行餓鬼と呼ばれる。世の愚かな人々は皆、これを供養し、「大力神通の夜叉」と称する。このように様々な災いを人にもたらし、人々を怖がらせる。悪業が尽きず、壊れず、朽ちない限り、解脱することはできない。業が尽きれば解脱し、この命が終われば、業に従って流転し、生死の苦しみを受ける。 もし人間に生まれれば、呪術師の家に生まれ、諸々の鬼神に属し、鬼神の祠を守ることとなる。残りの業によって、このような報いを受けるのである。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀於伺便諸餓鬼等常求人短，以何業故而生其中？彼以聞慧知：此眾生貪嫉覆心，誣抂眾生而取財物，或作鬪諍恐怖逼人，侵他財物，於村落城邑劫奪他物，常求人便，欲行劫盜，不行布施、不修福業、不親良友，常懷嫉妬，貪奪他財，見他財物心懷惡毒，知識善友、兄弟親族常懷憎嫉，眾人見之咸共指之為弊惡人。是人身壞墮於惡道受蚩陀羅餓鬼之身蚩陀羅魏言孔穴，義云伺便，遍身毛孔，自然火焰焚燒其身，如甄叔迦樹花盛之時此樹花赤如火聚色，故以喻之，為飢渴火常燒其身，呻㘁悲叫，奔突而走，求索飲食，欲以自濟。世有愚人逆塔而行，若見天廟順行恭敬；如是之人，此鬼得便，入人身中，食人氣力。若復有人近房欲穢，是鬼得便入其身中，食人氣力以自活命，自餘一切悉不得食。乃至惡業不盡不壞不朽，故不得脫；業盡得脫，從此命終，隨業流轉受生死苦。若生人中，多遭眾難——王難水難、火難賊難、飢儉之難——常生貧窮下賤之處，多諸病苦，身體尫羸。以餘業故，受如斯報。

> さらに、比丘よ、あなたは業の報いを知り、餓鬼の世界を観察しなさい。彼は聞慧によって、機をうかがう餓鬼たちが常に人の欠点を探しているのを観察する。どのような業によって彼らはそこに生まれるのか。彼は聞慧によって知る。この衆生は貪欲と嫉妬に心を覆われ、人を騙して財物を奪い、あるいは争いや恐れを起こして人を脅し、他人の財物を侵す。村や町で他人の物を奪い、常に人の隙をうかがって盗みを働き、布施を行わず、福となる行いを積まず、善き友に親しまず、常に嫉妬を抱き、貪って他人の財産を奪おうとする。他人の財物を見れば悪意を抱き、知識や善友、兄弟や親族に対して常に憎しみと嫉妬を持つ。人々は皆、彼を指さして「悪人の烙印を押す者」と呼ぶ。この人の身体が壊れると、悪道に堕ちて蚩陀羅餓鬼の身を受ける。<note>蚩陀羅とは、魏の言葉で「孔穴」を意味し、機会をうかがうという義である。</note>全身の毛孔から自然に火焰が湧き出で、その身を焼く。あたかも甄叔迦樹の花が満開の時<note>この樹の花は赤く、火の塊のような色をしているので、それに例えるのである。</note>のように、飢えと渇きの火が常にその身を焼く。呻き悲鳴をあげて走り回り、飲食を求めて自らを救おうとする。世の中には愚か者で、塔に逆らって歩く者がいる。あるいは天の祠を見れば、進んで礼拝し敬う。このような人に、この鬼は取り憑く機会を得て、人の体内に入り込み、人の気力を食べる。また、人が家の中で性交に近づく時にも、この鬼は機会を得てその体内に入り、人の気力を食べて自らの命を維持する。それ以外のものは一切食べることができない。悪業が尽きず、朽ちず、壊れない限り、この苦しみから逃れることはできない。業が尽きて初めて解脱する。この命が終われば、業に従って流転し、生死の苦しみを受ける。もし人間に生まれれば、多くの災難に遭う――王の難、水の難、火の難、盗賊の難、飢饉の難――。常に貧しく賤しい生まれで、多くの病の苦しみがあり、身体はやせ細る。残された業の力によって、このような報いを受けるのである。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀於地下黑闇之處諸餓鬼等，以何業故而生其中？彼以聞慧知：此眾生愚癡造惡，貪嫉覆心，抂法求財，繫縛於人置闇牢中，令其黑闇目無所見，互相呼聲，音常哀酸，在於獄縛受大憂苦，無人救護。如是惡人身壞命終墮黑闇處生餓鬼中，在於地下黑闇之處，有大惡蛇遍滿其中，受身長大長二十里，風寒噤戰，飢渴燒身，頭髮蓬亂，身體羸瘦，打棒其身皆悉破壞，行大嶮難黑闇之處，受大劇苦惆慞奔走，唯獨無侶，猛風勁切猶如刀割。以惡業故，求死不得，乃至惡業不盡不壞不朽，故不得脫；業盡得脫，從此命終，隨業流轉受生死苦，人身難得，猶如海龜遇浮木孔。若生人中，多處深山幽嶮海側，不見日月，生此國土，其目盲冥無所見了，貧窮下賤，乞求自活。以餘業故，受如斯報。

> また、比丘たちよ、業の報いを知るために、餓鬼の世界を観察する。彼は聞慧によって、地下の暗闇のところにいる餓鬼どもが、どのような業によってそこに生まれるのかを観察する。彼は聞慧によって知る。これらの衆生は愚かさゆえに悪行を造り、貪りと嫉妬で心が覆われ、法を曲げて財を求め、人を縛って暗い牢屋に入れ、彼らを闇に閉じ込めて目をみえなくし、互いに呼び声を交わし、その声は常に哀れで苦しげであり、束縛の中で大きな苦しみと憂いを受け、救いも助けもない。そのような悪人は、命終わって暗闇のところに堕ち、餓鬼の中に生まれる。地下の暗闇のところには、大きな悪蛇が満ちており、その身は長さ二十里にもなり、寒さに震え、飢えと渇きに焼かれ、髪は乱れ、身体は痩せ衰え、叩かれれば全身が壊れ、険しく困難な暗闇のところを歩き、非常に激しい苦しみを受け、おぼつかなく走り回るが、ただ独りで伴侶はない。激しい風が鋭く吹きつけ、刀で切られるようである。悪業のゆえに、死のうとしても死ねず、悪業が尽きず、壊れず、朽ちない限り、逃れることはできない。業が尽きて初めて逃れ、この命終わった後は、業に従って流転し、生と死の苦しみを受ける。人の身を得ることは難しく、それはあたかも大海の亀が浮木の穴に出会うようなものである。もし人の中に生まれても、多くは深山や険しい海辺に生まれ、日月を見ることがなく、このような国に生まれて、その目は暗く盲目で何も見えず、貧しく賤しく、乞い求めて自ら生きる。残った業のゆえに、このような報いを受けるのである。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，見有餓鬼名曰神通大力光明，以何業故而生其中？彼以聞慧知：此眾生妄語誑人，貪嫉破壞，偷盜他財，誑人取物，或恃勢力強奪人財，賜諸惡友，不施福田，不淨布施。為求恩故、為求救故、為節會故、為急難故、為親附故、為如是等，是為不淨施。是人身壞命終之後，生於大力神通鬼中，受鬼身已，多有無量苦惱。餓鬼圍遶左右，在於深山或處海渚，生處其中，神力自在。唯此一鬼受第一樂，自餘眷屬身如燒林，飢渴火逼皆共瞻視，是受樂鬼，不淨施報。業盡得脫，從此命終，隨業流轉受諸生死，人身難得，猶如海龜遇浮木孔。若得為人，於飢饉世統領國土或為大臣。以餘業故，受如斯報。

> また、比丘は業（ごう）の因果を観じて、餓鬼世界を観察する。彼は聞慧（もんえ）によって、神通大力光明（じんつう だいりき こうみょう）という名の餓鬼を見る。どんな業因によってそこに生まれるのか。彼は聞慧によって知る。この衆生は、嘘をついて人を欺き、貪欲と嫉妬で人を破滅させ、他人の財を盗み、騙して物を奪い、あるいは権力に頼って無理やり人の財を奪い、それを悪友に与え、福田（ふくでん）に施さず、清らかでない施しを行う。恩を求めるため、助けを求めるため、節会を催すため、急な困難のため、親しく付きまとうためなど、このような理由から、これが不浄施（ふじょうせ）である。この人は身体が壊れ命終わった後、大力神通鬼（だいりきじんつうき）の中に生まれる。鬼の身を得てからは、多くの無量の苦しみがある。餓鬼たちが周りを取り巻き、深山や海の中の島などに住むが、その中で生まれて神通力は自在である。ただこの一匹の鬼だけが第一の楽しみを受ける。他の眷属は、焼かれる林のような身で、飢えと渇きの炎に責められ、皆がその楽しみを得ている鬼を仰ぎ見る。これは不浄施の報いである。業が尽きてようやくそこを脱し、命終わった後は業に従って流転し、生死の輪廻を受ける。人間の身を得るのは難しく、海亀が浮かぶ木の穴に出会うようなものである。もし人間として生まれれば、飢饉の時代に国を治める者となるか、あるいは大臣となる。残った業の故に、このような報いを受けるのである。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，觀夜熾燃諸餓鬼等，火從身出，呻㘁悲叫，奔突而走至諸城邑村落、人間山林住處，身如火聚，飢渴火燃。以何業故而生其中？彼以聞慧知：此眾生貪嫉覆心，破壞他人，妄語誑人，抂奪人財，破人城郭，殺害人民，令他眷屬宗親散壞，抄掠得財，持奉王者大臣豪貴，得王勢力；王善其能，稱歎讚美，轉增兇暴，如上所說。如是惡人身壞命終墮闍婆隸餓鬼之中闍婆隷魏言熾燃，以前世時夜行劫奪，繫縛於人，加諸楚毒，以是因緣，夜則遍身熾燃火起。以前世時繫縛於人，㘁哭叫喚，以是因緣，熾火燃身悲聲大叫。惡業不盡，故使不死，乃至惡業不盡不壞不朽，故不得脫；從此命終，隨業流轉，人身難得，如海中龜值浮木孔。若得人身，常為他人之所破壞，設有財物，多為王賊侵陵劫奪；若登高危或昇林樹，顛墜傷身。以餘業故，受如是報。

> また、比丘たちよ、業の報いを知り、餓鬼の世界を観察せよ。 彼は聞慧によって、夜に燃え盛る餓鬼たちを観る。その餓鬼たちは、身体から炎を噴き出し、泣き叫び悲鳴を上げながら、村々や町々、人間の住む山林へと走り回る。その身体は火の塊のようで、飢えと渇きの炎に焼かれている。 いかなる業によって、このような境遇に生まれるのか？ 彼は聞慧によって知る。これらの衆生は、貪りと嫉妬の心に覆われ、他人を害し、嘘をついて人を欺き、無実の人から財産を奪い、城や町を破壊し、人民を殺傷した。また、他人の家族や親族を離散させ、略奪した財物を王や大臣、権力者に捧げてその勢力を得た。王はその働きを認め、賞賛したため、ますます凶暴になった——先に述べたように。 このような悪人は、命終の後、ジャバリ（闍婆隸）という餓鬼に生まれ変わる。ジャバリとは、燃え盛る者という意味である。 前世において夜間に略奪を行い、人を縛り、様々な苦痛を加えたからだ。その因縁によって、夜になると全身から炎が燃え上がる。また、前世で人を縛りつけ、泣き叫ばせた因縁によって、燃え盛る炎の中で悲鳴を上げて叫ぶ。 悪業が尽きない限り、死ぬこともなく、悪業が尽きず、朽ちず、滅びない限り、この苦しみから逃れることはできない。 この命が終わっても、業に従って流転し続ける。人間として生まれることは、大海の亀が浮き木の穴に出会うように難しい。 もし人間に生まれても、常に他人に破壊され、たとえ財物があっても、しばしば王や盗賊に侵略され略奪される。また、高所や木に登れば、落ちて身体を傷つける。これらは残った業の報いによるものなのである。

「復次，比丘知業果報，觀餓鬼世間。彼以聞慧，見有餓鬼常求人便，伺求其短，殺害嬰兒，以何業故而生其中？彼以聞慧知：此眾生前世之時，為他惡人殺其嬰兒，心生大怒，即作願言：『我當來世作夜叉身，報殺其子。』如是惡人身壞命終，墮於惡道，受蚩陀羅餓鬼之身蚩陀羅魏言伺便鬼，常念怨家，瞋恚含毒，求諸婦女產生之處，伺嬰兒便而斷其命。此鬼勢力神通自在，若聞血氣於須臾頃能行至於百千由旬。若婦人產，以微細身而求其便，以瞋恚心常求其便，處處追逐欲殺嬰兒，求其害便。如是餓鬼遍一切處求小兒便，覓其因緣。若母犯過，育養失法，得其子便。若不淨穢污，為鬼得便，闚視窓牖，或復門中大小便處、不淨水邊，呪中求短，求彼所忌。若見影像，若衣不淨、若火若水、若地若刀、若求喜慶、若臨高巖、若上高閣、上下求便，如是種種常求其便，怨怒之心常不捨離，如上所說。若得其便，能害嬰兒；若不得便，至於十歲，種種求便猶殺不捨。如是不善，自纏其心，飢渴燒身，不能殺害，若得其便，則斷其命。若此小兒有強善業、或為善神之所擁護，不能殺害，彼鬼瞋心。從此命終，隨業流轉受生死苦，人身難得，猶如海龜值浮木孔。若生人中，宿業瞋習，怨結所縛，無緣之處悉如怨家，種種方便求他短闕。以餘業故，受如是報。

> 次に、比丘たちよ、業の報いを知り、餓鬼の世界を観察せよ。 彼は聞慧によって、人の隙を常に窺い、その過ちを伺い、嬰児を殺害する餓鬼がいることを見る。どのような業によって、そのような餓鬼に生まれるのか。 彼は聞慧によって知る。この衆生は前世において、邪悪な者に自分の嬰児を殺され、大いなる怒りを抱き、こう誓ったのだ。「私は来世、夜叉となり、その子を殺して報復してやろう」と。 そのような悪人が命終した後、悪道に堕ち、蚩陀羅（しだら）餓鬼の身を受ける。蚩陀羅とは、人の隙を窺う鬼という意味である。 常に怨みを抱き、怒りと毒に満ち、女の産屋を探し、嬰児の隙を窺ってその命を断つ。この鬼の神通力は自在であり、血の匂いを嗅げば、瞬時に百千由旬をも行くことができる。 もし婦人が産気づけば、微細な身となってその隙をうかがい、瞋恚の心で常に機会を狙い、あらゆる場所を追いかけ、嬰児を殺そうと害する機会を求める。 このように、餓鬼は至る所で嬰児の隙を伺い、その因縁を探す。 もし母親に過ちがあり、養育の仕方を誤れば、子を害する機会を得る。もし不浄で汚れていれば、鬼の機会を得ることとなり、窓や戸口、あるいは大小便の場所、不浄の水辺、呪いの中での隙を覗い、その禁忌を探す。 もし影を映せば、衣が不浄なら、火や水、地や刀、あるいは慶事に際し、高い崖の上、高殿の上など、上下に隙を探る。このように様々な方法で常に機会を求め、怨み怒りの心は決して離れることがない。 先に述べたように、もし機会を得れば嬰児を害する。もし機会を得られなければ、十歳に至るまで様々な方法で害する機会を求め、諦めることはない。 このように不善の心が自らを縛り、飢えと渇きに身を焼かれながらも、殺すことができなければ、機会を得てその命を絶つ。 もしこの幼子に強い善業があったり、善神に守護されていれば、殺すことはできない。そのとき、鬼の怒りは増す。 この餓鬼は命を終えると、業に従って流転し、生死の苦しみを受ける。人の身を得ることは難しく、大海の亀が浮き木の穴に出会うが如くである。 もし人に生まれても、前世の業による怒りの習慣と怨みの結びつきに縛られ、何の縁もないものまでもが全て怨家のごとくであり、様々な方便を用いて他者の欠点を探す。残された業により、このような報いを受けるのである。

## 正法念處經卷第十六