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title: "正法念處經 · 1"
description: "正法念处经是佛教重要经典，由元魏时期译经师瞿昙般若流支翻译。该经属于小乘佛教典籍，成书于古印度，后传入中国。经文主要阐述通过正念观察身心现象，达到解脱的修行方法，详细分析六道轮回、因果业报等佛教核心教义。内容涵盖四念处修法、三十七道品等修行体系，强调通过观照身、受、心、法来破除执着。在佛教史上具有重要地位，是研究早期佛教禅修理论的重要文献，对后世禅修实践影响深远，被列为汉传佛教基本经典之一。"
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### 畜生品第五之一

> 畜生品 第五の一

「復次，比丘知業果報，如實觀諸地獄。知業果報，一百三十六地獄中，眾生壽命長短增減如實知已，觀第二道無量餓鬼，略而說之三十六種，及觀業行亦如實知。彼以聞慧，觀諸畜生種類差別三十四億，隨心自在生於五道。於五道中，畜生種類其數最多，種種相貌、種種色類，行食不同，群飛各異，憎愛違順，伴行雙隻同生共遊。所謂飛禽及諸走獸：烏鵲鵝鴈、鴻鳥眾類，異群別遊，不相怨害；狐狗野干等互相憎嫉；烏與角鵄、馬及水牛、蚖蛇鼬等共相殘害。形相不同，行食各異。以何業故，種種形相行食各異？彼以聞慧觀：是眾生為種種心之所役使，作種種業、入種種道、噉種種食。觀察彼等以何因故，各各異類共相憎嫉？即以聞慧知：此眾生於前世時，以邪見故，習學邪法；復有眾生亦學邪法而生邪慢，以邪見論、邪見譬喻互相諍論，雖共談論，無所利益、無有安樂，亦非善道。如是二人，身壞命終墮於地獄受無量苦。從地獄出，以本怨憎，墮畜生中，是故怨對還相殺害，所謂蚖蛇黃鼬、馬及水牛、烏角鵄等。

> さらに、比丘は業の報いを知り、その通りに地獄の実相を観察する。業の報いを知り、百三十六の地獄において、衆生の寿命の長短や増減をありのままに知ったなら、次に第二の道である無数の餓鬼の世界を観察する。それを簡潔に述べれば三十六種あり、その業の働きもまた如実に知る。 彼は聞慧によって、諸々の畜生の種類の違いが三十四億にも及ぶことを観察する。心のままに五道に生まれ、その中で畜生の種類が最も多く、様々な姿、様々な色、食べ物や行動も異なり、群れとなって飛び交う様もそれぞれ違う。愛憎や順逆もあり、つがいで行動する者、単独で游ぐ者、同じ仲間と共に生きる者もいる。 いわゆる鳥類や獣類、すなわち烏や鵲、鵝や雁、鴻などの多くの種類は、互いに群れを違えて游び、害し合うことはない。しかし狐や狗、野干などは互いに憎み嫉み合う。烏と角鵄、馬と水牛、蚖蛇と鼬などは互いに傷つけ合う。形も異なり、食べ物も様々である。 どのような業によって、これほどまでに姿や食べ物が異なるのだろうか？彼は聞慧によって観察する。これらの衆生は、様々な心に使役され、様々な業を起こし、様々な道に入り、様々な食べ物を食しているのだと。 さらに、なぜ互いに異なる種類として生まれ、憎み嫉み合うのか、その因縁を聞慧によって知る。これらの衆生は前世において、邪見のゆえに邪法を学び、またある者は邪法を学んで邪慢を生じた。邪見の論や邪見の譬えを使って互いに論争し、話し合っても何の利益もなく、安らぎもなく、善き道にも至らなかった。このような二人は、命終えて地獄に堕ち、無量の苦しみを受ける。地獄から出た後も、元の憎しみの思いのまま畜生に生まれ、その怨みが原因で互いに殺し合うのである。これが、蚖蛇と黄鼬、馬と水牛、烏と角鵄などの関係である。

「復次，比丘知業果報，觀諸畜生以何業故，畜生之類相隨無害？即以聞慧知：此眾生於人中時，為生死故，行布施時，尋共發願：『於當來世常為夫妻。』是人身壞命終之後，生畜生中，而有少樂非大苦惱，謂命命鳥、鴛鴦鴿鳥。多樂愛欲，以業因故。

> さらに、比丘よ、業の因果を知り、あらゆる畜生を観察する時、どのような行いがあれば、畜生同士が互いに害を与えずに共に過ごせるのかを考えなさい。その智慧によって知るべきである。すなわち、ある者は人の世にあって、生まれ変わることの苦しみから逃れるために施しを行った際、共に願を立てて「来世では常に夫婦でありたい」と誓った。その者の身体が壊れて命が終わった後、畜生の世界に生まれても、大きな苦しみではなく小さな楽しみがある。それが「命命鳥」や鴛鴦、鳩のような鳥である。彼らは愛欲に強く執着するが、それも業の働きによるものなのである。

「復次，比丘知業果報，觀諸畜生，狐狗野干以何業故，性相憎害？即以聞慧知：此眾生於人中時，於諸善人、出家人所，污其淨食，常戲鬪諍，貪心因緣。身壞命終墮畜生中，受於野干狐狗之身，互相憎嫉。

> さらに、比丘たちよ、あなたたちは業の報いを知り、あらゆる畜生を観察せよ。狐や犬や野干は、どのような業によって互いに憎み害し合う性質を持つのか？まさに聞慧によって知るべきである。つまり、この生き物は人間であった時、多くの善人や出家者のもとで、その清らかな食べ物を汚し、常に戯れ争い、貪りの心を因縁としたのである。身体が壊れ命が終わると、畜生の中に堕ち、野干や狐や犬の身を受け、互いに憎み妬み合うのである。

「復次，比丘知業果報，觀諸麞鹿以何業故，而生彼處？即以聞慧知：此眾生為前世時，喜作強賊，擊鼓吹貝，至於城邑聚落村營，破壞人柵，作大音聲加諸恐怖。如是之人，身壞命終墮於地獄具受眾苦。從地獄出，生麞鹿中，心常怖畏，以本宿世破人村落令他恐怖，是故生於曠野山林常多恐怖。以業力故，若生人中，心常恐怖小心怯弱，多懷怖畏。餘業緣故，如是少分，觀畜生處互相憎嫉；以多業故，共相殘害，隨本業故。

> また、比丘は業の報いを知り、諸々の鹿がどのような業によってその場所に生まれるのかを観察する。すなわち、聞慧によって知る。この衆生は前世において、強盗を好み、太鼓やほら貝を打ち鳴らして、城や村、集落、宿営地に赴き、人々の柵を破壊し、大きな音を立てて恐怖を与えていた。そのような者は、命終わって地獄に堕ち、様々な苦しみを全て受ける。地獄から出た後、鹿に生まれ、心は常に怖れおののく。前世で人々の村を破壊し、恐怖させた報いにより、荒野や山林に生まれ、常に多くの恐怖の中で生きる。業の力によって、もしも人間に生まれても、心は常に怖れ、小心で弱々しく、多くの恐怖を抱く。残余の業の縁により、このように一部、畜生の世界では互いに憎み嫉み合う様子を観察する。多くの業があるため、互いに傷つけ合い、それぞれが本来の業に従うのである。

「復次，比丘知業果報，觀諸畜生以何業故，受化生身？即以聞慧知：此眾生於前世時，為求絲絹，養蠶殺繭，或蒸或煮，以水漬之，生無量虫，名火髻虫。有諸外道受邪齋法，取此細虫，置於火中供養諸天以求福德。身壞命終墮於地獄具受眾苦。從地獄出，生於俱舍諸化生中，種種異類。

> さらに、比丘よ、業の果報を知り、諸々の畜生を観察して、どのような業によって化生の身を受けるのかを考えなさい。即ち、聞慧によって知るべきである。この衆生は前世において、絹糸を求めるために蚕を育て、繭を殺し、あるいは蒸し、あるいは煮て、水に浸した。すると無数の虫が生じ、これを火髻虫という。また、種々の外道が邪な斎法を受けて、この細かい虫を取り、火の中に置いて諸天に供養し、福徳を求めた。彼らは身が壊れ命が終わると、地獄に堕ちて様々な苦しみを全て受ける。地獄から出ると、俱舍（くしゃ）の種々の化生の中に生まれ、様々に異なる種類となるのである。

「復次，比丘知業果報，觀諸畜生以何業故，墮濕生中？彼以聞慧知：此眾生起惡邪見，殺害龜鼈魚蟹蜯蛤；及小池中多有細蟲，或酢中細蟲，或有惡人為貪財故，殺諸細蟲；或邪見事天，殺蟲祭祀。身壞命終墮於地獄具受眾苦，不可稱計。從地獄出，受濕生身，或作蚊子、或為蚤虱。

> さらに、比丘たちよ、因果の真理を知れば、さまざまな動物がどのような行いによって湿気の中に生まれるかを観察できる。彼は智慧をもって知る。この衆生は邪悪な間違った見解を持ち、亀やすっぽん、魚、蟹、蛤などを殺す。また小さな池の中の多くの小さな虫や、酢の中の小さな虫を殺す者、あるいは邪悪な人が金に貪りで小さな虫を殺す者もいる。あるいは間違った見解で神に仕えるため、虫を殺して生け贄にする者もいる。そうした者は命を終え身体が壊れると、地獄に堕ちて無数の苦しみを受け、測ることができない。地獄から出た後は、湿気の中で生まれる身を得て、蚊になったり、蚤や虱になる。

「觀二種生已，如是次第以微細心觀業果報，觀於卵生諸眾生等，以何業故而生彼處？若人未斷貪欲、恚、癡，修學禪定，得世俗通，有因緣故，起瞋恚心破壞國土。是人身壞命終墮於地獄受無量苦。從地獄出，受於卵生、飛鳥雕鷲之形。從此命終，若生人中，常多瞋恚，以餘業故。

> 二種類の生まれを観察した後、心を微細にして業と果報を観じます。まず卵生の生き物たちは、どのような業によってそこに生まれるのでしょうか？ 人は貪欲・怒り・無知を断ち切らず、禅定を学び、世俗的な神通力を得るとします。そのような人が何かの因縁で怒りの心を起こし、国や土地を破壊すれば、その人は死後、地獄に落ちて無量の苦しみを受けます。 そして地獄から出た後、卵生の鳥や、禿鷹や鷲などの姿に生まれ変わります。さらにその命が終わった後、人間に生まれ変わっても、怒りの心が強く残ります。これは余った業の力によるものです。

「復次，比丘知業果報。彼以聞慧，觀諸畜生以何業故，受胎生身？若有眾生以欲愛心，和合牛馬，令其交會以自悅意，或令他人邪行非禮。是人身壞命終之後，墮於地獄具受眾苦。從地獄出，受於胎生、畜生之身；若生人中，受黃門身，以餘業故。

> さらに、比丘たちよ、因果の道理をよく知りなさい。智慧ある者は、どのような業によって畜生が胎生の身を受けるのかを観察するのです。 もしも欲情の心から、牛や馬を交尾させて楽しんだり、他人に非道な行為をさせる者がいたとする。その人は命終わった後、地獄に堕ちて多くの苦しみを受けます。地獄から出ても、胎生の畜生の身を受けます。もし人間に生まれても、去勢された身となります。これが残った業の結果なのです。

「復次，比丘觀十一種畜生已，次觀四種眾生從地獄出，受四種食。何等為四？一者摶食；二者意思食；三者觸食；四者識愛食。比丘思惟觀察四食果報，以聞慧觀見：有眾生以諸摶食與惡戒者及諸賊人，既食之後，令此賊人殺害除怨，是賊受語即殺彼怨。如是惡人，身壞命終墮於地獄具受眾苦。從地獄出，墮於段食畜生之中，受水牛、牛羊駝驢、象馬猪狗、野干麞鹿𤛆牛、烏鵄雕鷲、鵝鴨孔雀、命命鴻鳥、雜類眾鳥，多處曠野嶮岸中生。是名少分摶食眾生。

> 「さらに、比丘よ、十一種の畜生を観察した後、次に地獄から出てくる四種の衆生が、四種の食物を受けるのを観察しなさい。その四種とは何か？第一に食べ物を固形物として食べること、第二に意志による食物、第三に接触による食物、第四に識と愛による食物である。比丘は、この四種の食物の果報を思惟し観察し、聞いた智慧によって観る。ある衆生は、固形の食べ物を戒を破る者や盗賊に与え、それを食べた後に、その盗賊に命じて怨みを殺させる。盗賊はその言葉に従い、怨みを殺す。このような悪人は、身が壊れ命が終わると地獄に落ち、様々な苦しみを受ける。地獄から出ると、固形食の畜生の中に落ち、水牛、牛、羊、駱駝、驢馬、象、馬、豚、犬、野干、獐、鹿、犛牛、烏、鵄、雕、鷲、鵝、鴨、孔雀、命命鳥、こうのとりなど、様々な種類の鳥々となり、多くは荒野や険しい岸の辺りに生まれる。これが固形食を受ける衆生の一部分である。

「復次，比丘觀於觸食眾生之類，住在㲉中或初出㲉，以觸為食。復有眾鳥樂住水中，依岸為巢，或穿河岸以為窼窟，敷產卵㲉——龍蛇等類，以何業故而受觸食？比丘觀察，即以聞慧知：此眾生於前世時，心許行施，思惟籌量，後心還悔而不施與。以不善業，墮畜生中，以本思心，受觸食報。

> さらに、比丘たちよ、触食（しょくじき）を観察すると、卵の中にいる生き物や、卵からかえったばかりの生き物は、触れ合うことを食べ物としています。また、水の中に住むことを好む鳥たちの中には、岸を巣の拠り所にしたり、川岸を掘って巣穴を作り、卵を産むものもいます。竜や蛇などの仲間も同様です。では、どのような業（ごう）によって、彼らは触食を受けるのでしょうか。 比丘がこれを観察すると、聞慧（もんえ）によって次のように知ります。これらの生き物は前世で、心の中で施しをしようと思い、あれこれ考えたものの、後になって心変わりし、実際には施しをしませんでした。その不善の業によって畜生の世界に堕ち、もとの心の思いによって、触食という報いを受けているのです。

「復次，比丘觀於思食諸眾生等，以何業故而受思食？即以聞慧知：眾生類謂赤魚子、堤彌魚子、錯魚等子、螺蜯蛤卵，思心為食。若母憶念則不飢渴，身命增長。以何業故而生此處？即以聞慧知：此眾生愚癡少智，不識業果，許施人物而語之言：『却後半月或至一月，我當施汝財物飲食、金銀珍寶。』時彼貧人聞其許施，心生歡喜美言讚歎，一月、半月望有所得。時貧窮人往至其家，是時其人更作異語，不復本信。如是惡人命終之後，墮於憂喜地獄之中具受眾苦。從彼命終墮畜生中，意思為食。以其前世許他貧人，令生歡喜，後竟無實。以是因緣，若生人中，為人奴婢。以餘業故。

> また、比丘よ、心によって食べ物とする（思食）生き物たちについて観察せよ。どのような業によって、このような食を受けるのか。つまり、聞慧（教えを聞く智慧）によって知るべきである。すなわち、衆生の中には、赤魚の子、堤弥魚の子、錯魚の子、螺や蚌や蛤の卵などがあり、それらは思い（思心）を食べ物としている。もし母が（その子を）思い念じれば、飢えや渇きを感じず、身と命が成長していく。 どのような業によって、このような場所に生まれるのか。聞慧によって知るべきである。すなわち、これらの衆生は愚かで智慧が少なく、業とその報いを理解せず、他人に施しを約束しながら「半月後、あるいは一ヶ月後に、あなたに財物や飲食、金銀や宝などを与えよう」と言う。その時、貧しい人はその約束を聞いて心から喜び、美しい言葉で褒め称えながら、一ヶ月半月と、何かを得られることを期待して待つ。ところが、貧しい人がその家を訪ねると、その人は前言を翻し、違うことを言い、もはや元の約束を守らない。このような悪人は命を終えた後、憂喜地獄に堕ち、様々な苦しみを味わう。そこから命を終えた後、畜生の身に堕ちて、意思（おもい）を食べ物とする。 前世において貧しい人に約束をして喜ばせたが、結局は実現しなかったからである。この因縁により、もし人間に生まれても、他人の奴婢となる。これが残りの業による報いである。

「復次，比丘知業果報，觀諸畜生第四識食，即以聞慧見：有畜生愛識苦惱，常憶飲食，生曠野中，受大蟒身、蜥蜴等身，唯吸風氣。復有光明天，亦名愛識憶食而非苦惱，見食憶持，隨念即飽。畜生憶食，以何業故而受斯報？即以聞慧知：此眾生或以多瞋、或以多癡殺害眾生。彼人身壞生惡道中，受大蟒身。以前世時好愛怨結，自縛其心，以是因緣，生畜生中，受斯苦惱，愛識食風。若生人中，於無因處，常懷瞋恚而起鬪諍。以餘業故。

> また、比丘よ、業の報いを知る者は、観察する。畜生における第四の識食（意識による食物）について。すなわち、聞慧（聞いて得た智慧）によって見る。ある畜生は、愛欲の意識に苦しめられ、常に食べ物を思い焦がれながら、荒野に生まれ、大蛇や蜥蜴などの姿を受け、ただ風の気を吸って生きている。また、光明天（光輝ある天界の者）にも、同じく愛欲の意識によって食べ物を思い焦がれる者がいるが、それは苦しみではない。食べ物を見ては記憶にとどめ、思い浮かべるだけで満たされるからである。 畜生が食べ物を思い焦がれるのは、どのような業によってこの報いを受けるのか。 すなわち、聞慧によって知る。この衆生は、過去において、あるいは多くの怒りによって、あるいは多くの愚かさによって、他の命を殺したのである。その人は、身が壊れて悪道に生まれ、大蛇の身を受ける。前世において怨みや執着を好み、自らの心を縛ったからである。この因縁によって、畜生の中に生まれ、この苦しみを受け、愛欲の意識によって風を食べるのである。 もし人間に生まれれば、理由もなく常に怒りを抱き、争いを起こす。これは余りの業（残った業の力）によるものである。

「復次，比丘知業果報，觀無量無邊畜生世間，云何眾生受水蟲身？彼以聞慧知：此眾生愚癡少智，無有慧心，臨命終時極患渴病，貪愛念水。身壞命終墮於惡道，受水蟲身，作種種魚。是人命終，於中陰有，見諸水時起心即往，生於水中。取因緣有。此中陰有分，若本不行布施、持戒，是人則生煖水之中，口常乾燥，如觸灰汁，以本業故。

> さらに、比丘よ、業の報いを知り、限りなく広い畜生の世界を観察しなさい。どのような衆生が水の中の虫の身を受けるのか。彼は聞く智慧によって知る。この衆生は愚かで知恵が少なく、智慧の心を持たず、命が終わろうとする時、極度の渇きの病に苦しみ、水を貪り愛する。身が壊れ命が終わると、悪道に堕ちて水の中の虫の身を受け、さまざまな魚となる。この人の命終わりの時、中陰の状態で水を見ると、心がすぐに赴き、水中に生まれる。因縁によってその生存を得るのである。この中陰の状態には区分がある。もし元来、布施や戒律を守らなかったなら、その人は生まれると温水の中におり、口は常に乾燥し、灰汁に触れるようである。これが本来の業によるのである。

「復次，比丘知業果報，觀諸飛鳥畜生之類，以何業故，行於虛空無礙之處？即以聞慧觀三種神通。何等為三？一者解脫神通；二者身行神通；三者心自在神通。是解脫人隨心憶念，若鳥行地界，若飛於空亦如地行，非解脫法。諸佛如來神通之力，如心念緣，隨意能至，有三種作，如是三種聖神通勝。

> さらに、比丘たちよ、業とその報いを知り、飛ぶ鳥や獣などの生き物は、どのような業によって、虚空に障害なく飛ぶことができるのかを観察せよ。その智慧の聞き取りによって、三種の神通があると知る。その三つとは何か。第一に、解脱神通。第二に、身行神通。第三に、心自在神通である。この解脱した人は心のままに憶念する。鳥が地上を行くように、空中を飛んでもまた地を行くのと同じであるが、これは解脱の法ではない。諸仏如来の神通の力は、心の念じる縁によって、意のままに至ることができる。その働きには三種あり、これら三種の聖なる神通がすぐれている。

「復次，比丘知業果報，觀於畜生。云何觀於地獄畜生、天人、水行陸行空行、飛鳥走獸？彼以聞慧觀：地獄中種種苦惱有二種畜生：有眾生數、非眾生數。眾生數者，生於彼處被燒苦惱。非眾生數者，地獄罪人以顛倒心，見諸大鳥於虛空中翱翔遊戲，心即生念，願生此處。隨念即生，受飛鳥身，具受如上地獄苦惱。以惡業報，生地獄中，見諸師子，形色可畏虎豹、大鳥、惡蟲蟒蛇大惡色者——非眾生數，以諸逼惱害地獄人——是眾生數。業之所得，令諸罪人受大苦惱。彼無苦惱畜生眾生在地獄中，為師子虎豹乃至蟒蛇之所惱害。

> また、比丘は業の報いを理解して、畜生の世界を観察する。では、どのようにして地獄の畜生、天や人、水棲・陸棲・空棲の生き物、鳥や獣を観察するのか。彼は聞く智慧によって観察する。地獄における様々な苦しみには、二種類の畜生がいる。一つは「衆生数」、もう一つは「非衆生数」である。衆生数とは、その場所に生まれ、焼かれる苦しみを受けるものである。非衆生数とは、地獄の罪人が、誤った心によって、さまざまな大きな鳥が空中を舞い遊ぶのを見て、心に「どうかこの場所に生まれたい」と願うことである。その願いとともに生まれ変わり、鳥の姿を得て、上述の地獄の苦しみをすべて受ける。悪業の報いにより地獄に生まれると、獅子や虎、豹、大きな鳥、毒虫、大蛇など、恐ろしい姿のものを見る。これらは非衆生数であり、様々な苦しみで地獄の人々を悩ます。これらは衆生数である。業によって得られたものであり、罪人たちに大きな苦しみを与える。地獄の中では、苦しみのない畜生の衆生なるものは、獅子や虎、豹、大蛇などによって悩まされるのである。

「復次，比丘知業果報，觀飢渴燒身諸餓鬼道，有諸畜生受飢渴苦。即以聞慧見三十六種餓鬼道中生諸飛鳥：從人中死，生於鳥中，受烏鵄雕、鷲鷹鷂等鳥——害生之類。從鳥中死，生餓鬼世間受餓鳥身，飢渴燒身，啄諸餓鬼，拔其眼出或破其頭而食其腦。如是餓鬼眼睛、腦髓熱如融銅，此等眾生皆共食之，以惡業故。

> また、比丘は因果の道理を観じて、飢えと渇きに身を焼かれる餓鬼の道や、同じく飢えと渇きの苦しみを受ける多くの畜生の存在を理解します。さらに彼は聞いた智慧によって、三十六種の餓鬼の世界に生まれる様々な鳥たちの姿を見ます。人間の世界で命を終えた後、鳥として生まれ、烏や鳶、鷲、鷹、鷂などの生き物を傷つける種類になります。そしてその鳥の命が終わると、今度は餓鬼の世界に生まれ、飢えと渇きに身を焼かれる餓鬼の鳥となります。彼らは他の餓鬼を嘴でつつき、その眼をえぐり出し、あるいは頭を破って脳を食べます。こうした餓鬼の眼や脳髄は、溶けた銅のように熱くなっています。このような生き物たちは皆、悪業の報いによって互いに食い合っているのです。

「比丘如是觀餓鬼鳥已，即以伽他而呵責言：

> 比丘はこのようにして餓鬼や鳥たちを観察した後、偈（げ）をもって彼らを戒めて言った。

「『熱業得熱報，具受諸大苦，如是應捨離，此惡不善業。勿造斯惡業，貪嫉自破壞，若行貪嫉者，墮餓鬼畜生。互共相殘害，或打縛繫閉，則受餓畜生，故應捨愚癡。愚癡自壞心，遠離於戒施，為愛所誑惑，則墮畜生中。不識行邪正，食所不應食；應作而不作，不解法非法；五根癡頑鈍，但作畜生業。』

> 「熱い業には熱い報いがあり、大きな苦しみを全て受ける。 だからこそ、この悪しき不善の業を捨て去るべきである。 そのような悪い業を造ってはならない。貪りと嫉妬が自らを破壊する。 もし貪りと嫉妬を行う者は、餓鬼や畜生に堕ちる。 互いに傷つけ合い、打ち縛られ閉じ込められ、 餓鬼や畜生の苦しみを受けるのだ。故に愚かさを捨てるべきである。 愚かさは自らの心を壊し、戒律や施しから遠ざける。 愛欲に惑わされれば、畜生の世界に堕ちる。 正しい道と邪道を識別できず、食べるべきでないものを食べる。 為すべきことを為さず、法と非法を理解しない。 五根は愚かで鈍く、ただ畜生の業を積むだけである。」

「如是比丘觀諸畜生但有一業，時所繫縛，流轉無量百千生死受畜生中，無量百千種種苦網之所繫縛。畜生一業，無量因緣次第貪欲業繫不斷。生大海中，深十由旬，受於摩竭大魚、螺蜯蛤蟲、提彌鯢羅、那迦錯魚，迭互相畏，常懷恐怖，多行婬欲，愚癡因緣，非法邪行，不識應行、不應行處。生大海中，為水焦惱，常患飢渴，互相殘害，惶怖相畏。若多行瞋癡：生大海中，深萬由旬，受毒龍身。迭共瞋惱，瞋心亂心吐毒相害，常行惡業。龍所住城名曰戲樂，其城縱廣三千由旬，龍王滿中，有二種龍王：一者法行；二者非法行。一護世界；二壞世間。於其城中法行龍王所住之處，不雨熱沙；非法龍王所住之處，常雨熱沙。若熱沙著頂，熱如熾火，焚燒宮殿及其眷屬，皆悉磨滅，滅已復生。

> このように、比丘よ、あらゆる畜生たちはただ一つの業（カルマ）によって生死の縛りを受け、数え切れないほどの生死を経て畜生道に流転し、無量・無限の苦しみの網に絡められている。 畜生たちの一つの業は、無数の因縁が重なり、貪りの欲の業が絶えることなく続いていく。深さ十由旬（約百キロメートル）の大海に生まれ、摩竭の大魚や螺貝・蛤・虫、提弥鯢羅、那迦錯魚などとなり、互いに畏れ合い、常に恐怖に満ちている。多く淫欲を行い、愚かさの因縁によって、法に反した邪な行いをし、行うべきことと行うべきでないことの区別も知らない。大海に生まれても、水に悩まされ、常に飢えと渇きに苦しみ、互いに害し合い、恐怖に怯えている。 もし多く瞋りと愚かさを行うなら、深さ一万由旬の大海に生まれ、毒龍の身を受ける。互いに瞋り悩ませ、怒りの心と乱れた心で毒を吐き合い害し合い、常に悪業を行う。龍の住む城は「戯楽」と名付けられ、その城の広さは三千由旬。龍王たちで満ちており、二種類の龍王がいる。一つは法を行う龍王、もう一つは非法を行う龍王。一つは世界を護り、もう一つは世間を壊す。その城のうち、法を行う龍王の住む所には熱砂の雨は降らない。非法の龍王の住む所には常に熱砂の雨が降る。もし熱砂が頭に触れると、熾火のように燃え、宮殿も眷属もすべて焼き尽くされて消え去る。しかし消え去った後、また新たに生まれるのである。

「復次，比丘知業果報，觀龍世界雨熱沙苦，以何業因而受斯報？即以聞慧知：此眾生於人中時，愚癡之人以瞋恚心，焚燒僧房、聚落城邑。如是惡人，身壞命終墮於地獄受無量苦。從地獄出，生於龍中，以前世時以火燒人村落僧房，以是因緣受畜生身，熱沙所燒。

> さらに、比丘たちよ、業の報いを知り、竜の世界で熱砂の苦しみを受ける理由を観察するために、どのような業因によってその報いを受けるのかを聞慧によって知るがよい。すなわち、この衆生は人間であった時、愚かな者が怒りの心で僧房や村々、城を焼き払った。そのような悪人は、命終わって地獄に堕ち、無量の苦しみを受ける。地獄から出た後、竜として生まれ、前世で火を使って人の村や僧房を焼いた因縁により、畜生の身を受け、熱砂に焼かれるのである。

「復次，比丘觀龍世間，以何業故生於彼處？以何緣故，不為熱沙之所燒害？即以聞慧知：此眾生於前世時，受諸外道世間邪戒，行於布施而不清淨——如上所說七種不淨，以瞋恚心，願生龍中。是人身壞命終之後，墮戲樂城，受龍王身。生彼城已，瞋恚心薄，憶念福德，隨順法行。如是龍王，其身不受熱沙之苦。

> また、比丘よ、竜の世界を観察せよ。どのような業によって彼らはそこに生まれ、どのような因縁によって熱砂の害を受けないのか。そして聞慧によって知るべきである。この衆生は前世において、外道の世間的で邪な戒律を受け入れ、布施を行ったが、それは清らかではなかった。先に述べた七つの不浄を備え、怒りの心をもって竜に生まれたいと願ったのである。この者はその身が壊れ命が終わった後、戯楽城に堕ちて竜王の身を受ける。その城に生まれてからは、怒りの心が薄れ、布施の功徳を思い起こし、教えに従って修行する。このような竜王は、その身が熱砂の苦しみを受けることはない。

「復次，比丘知業果報，觀龍世間，以何業故，法行龍王生戲樂城？戲樂城者為何等相？即以聞慧觀：法行龍王所住之城，七寶城郭、七寶色光，諸池水中優波羅花、眾花具足，酥陀味食，常受快樂，香鬘瓔珞、末香塗香莊嚴其身，神通憶念隨意皆得。然其頂上有龍蛇頭，於其城中有諸法行龍王，其名曰七頭龍王、象面龍王、婆修吉龍王、德叉迦龍王、跋陀羅龍王魏言賢龍、盧醯多龍王魏言赤龍、鉢摩梯龍王、雲鬘龍王、阿跋多龍王、一切道龍王、鉢婆呵龍王魏言忍龍，如是等福德諸龍，隨順法行，以善心故依時降雨，令諸世間五穀成熟，豐樂安隱不降災雹；信佛法僧，隨順法行，護佛舍利。如是龍王，無熱沙苦，受第一樂。於四天下降澍甘雨，謂閻浮提、瞿陀尼、弗婆提、欝單越。若人順法，孝養父母，供養沙門及婆羅門，修行正法，令法行龍王增長大力。以法勝故，降微細雨，五穀熟成色香味具，無諸災害，果實繁茂，眾花妙色，日月晶光，威德明淨，福德龍王不放毒風。

> また、比丘たちよ、行為（カルマ）とその報いについて知り、竜の世界を観察しなさい。どのような行為によって、法に従う竜王たちが「遊び楽しむ城」に生まれるのか。その遊び楽しむ城とは、どのような姿をしているのか。その答えを聞き知る智慧によって観察すると、法に従う竜王たちが住む城は、七種の宝でできた城壁と城郭を持ち、七種の宝の輝きを放っている。数々の池には青い蓮華（うのはな）など、様々な花が満ちている。甘い味わいの食べ物を楽しみ、常に快楽を受けている。香りの花飾りや瓔珞（ようらく）、粉末の香や塗り香で身体を飾り、神通力や憶念の力も思いのままに得られている。 しかし、その頭の頂上には竜蛇の頭がある。その城の中には、様々な法に従う竜王たちがいる。その名は、七頭竜王、象面竜王、婆修吉竜王、徳叉迦竜王、跋陀羅竜王（中国で賢竜という）、盧醯多竜王（中国で赤竜という）、鉢摩梯竜王、雲鬘竜王、阿跋多竜王、一切道竜王、鉢婆呵竜王（中国で忍竜という）である。 このような福徳ある多くの竜たちは、法に従って行動する。善い心を持つがゆえに、時に応じて雨を降らせ、世の中の五穀を成熟させ、人々に豊かさと安らぎをもたらし、雹などの災いを降らせない。彼らは仏法僧を信じ、法に従い、仏舎利を護っている。このような竜王たちには、熱砂の苦しみはなく、第一の楽を受けている。 彼らは四つの天の下に甘い雨を降らせる。すなわち、閻浮提（えんぶだい）、瞿陀尼（くだに）、弗婆提（ふばだい）、欝単越（うたんだ）である。もし人が法に従い、父母を敬い養い、沙門（修行者）や婆羅門に供養し、正しい法を修行するならば、法に従う竜王たちの大力が増長する。法の力が勝るがゆえに、細やかな雨を降らせ、五穀は熟し、色・香・味が整い、災害がなく、果実は繁り、花々は美しい色を放つ。日月の光も威徳明浄となり、福徳のある竜王たちは毒風を放つことがない。

「閻浮提人有四因緣，則多喪命。何等為四？一者飢儉；二者刀兵；三者毒風；四者惡雨。若諸世間隨順法行，修諸福德，法行龍王增長大力，不出惡雲、不降惡雨，無惡風氣，眾水調善，稻穀豐熟、果味肥美色香味具，食之無病，離諸飢惱，色力具足，四大安隱，修行善業。以行善業，助其果報，田稼豐熟。法行龍王如是次第擁護順法修善眾生。

> 閻浮提の人々が命を落とす原因となる四つの因縁があります。どのような四つかというと、第一に飢饉、第二に戦争、第三に有毒な風、第四に有害な雨です。しかし、もし世の中の人々が教えに従い、さまざまな善い行いを積めば、法を守る龍王の力が増し、危害をもたらす雲を出さず、害のある雨を降らせず、毒風も吹かず、すべての水が適度に整い、穀物は豊かに実り、果物は味わい深く色・香り・味ともに優れて、食べても病気にならず、飢えや悩みから離れ、元気で健康に過ごせるようになります。このように善い行いをすることで、その報いとして田畑の作物も豊かに実ります。法を守る龍王は、このようにして教えに従い善を修行する人々を擁護するのです。

「觀閻浮提已，觀瞿陀尼。云何順法龍王護瞿陀尼？瞿陀尼界眾生心軟，唯有一惡：以水濁因緣，食之夭命。順法龍王於彼世界不雨濁水，瞿陀尼人食清水故，得無病惱。以龍力故。

> 閻浮提を見終えたなら、次に瞿陀尼を観察します。どのようにして順法龍王が瞿陀尼を護るのでしょうか？瞿陀尼の世界の衆生は心が柔らかく、ただ一つの悪がありました——水が濁っているために、それを飲んで命を縮めてしまうことです。順法龍王はその世界に濁った雨を降らせず、瞿陀尼の人々は清らかな水を飲むことで、病や苦しみなく生きられます。これは龍王の力によるものです。

「復次，比丘知業果報，觀弗婆提，法行龍王云何與樂？彼以聞慧知：弗婆提人若聞雷聲、若見電光，以心軟故，即得病苦。法行龍王於彼世界不作雷音、不放電光，令弗婆提人不遭病苦。龍王力故。

> さらに、比丘は業とその報いを理解し、弗婆提を観察して、法行龍王がどのように安楽をもたらすのかを知る。彼は聞慧によって理解する。弗婆提の人々は、雷鳴を聞いたり電光を見たりすると、心が弱いために病の苦しみを受ける。法行龍王は、その世界で雷音を起こさず、電光を放たない。それによって弗婆提の人々が病の苦しみに遭わないようにする。それは龍王の力によるのである。

「復次，比丘知業果報，觀欝單越人，云何衰惱？彼以聞慧知：欝單越人若遇黑雲、冷風所吹，香花不敷；既見花合，心懷憂惱。黑雲起故，僧迦賒山鳥鳴麁惡，眾樂音聲悉無美音，於惡龍所得此衰惱。法行龍王不以黑雲、冷風飄𮨲。如是四天下，法行龍王以義安樂，利益眾生。

> さらに、比丘よ、業の報いを知り、鬱単越（うたんえつ）の人々を観察せよ。彼らにどのような衰えや悩みがあるのか。彼は聞慧によって知る。鬱単越の人々は、もし黒雲に遭い、冷風に吹かれると、香りのよい花が咲かなくなる。花が閉じているのを見て、彼らは心に憂いと悩みを抱く。黒雲が湧き起こるため、僧迦賒（そうかしゃ）の山の鳥は荒々しく鳴き、あらゆる楽の音も美しい響きを失う。彼らは悪龍のもとでこの衰えと悩みを得るのだ。しかし、法に従う龍王は、黒雲や冷風を吹き寄せたりはしない。このように四天下において、法に従う龍王は義によって安楽をもたらし、眾生を利益するのである。

「復次，比丘知業果報，觀龍世間。何等惡龍不順法行？即以聞慧知：戲樂城諸惡龍王不順法行，其名曰波羅摩梯龍王魏言惱亂、毘諶林婆龍王魏言奮迅、迦羅龍王魏言黑色、睺樓睺樓龍王魏言多聲，住於海中戲樂城內。云何此等非法惡龍增長勢力？彼以聞慧知：諸眾生行不善法，不孝父母，不敬沙門及婆羅門，如是惡龍增長勢力，於閻浮提作大惡身。以惡心故，起惡雲雨，所雨之處，生惡毒樹，惡風吹樹，毒氣入水令水雜毒，一切五穀皆悉弊惡，若有食者則得病苦，穀力薄故令人短命。是弊龍王惡心災毒迭互相害，以是惡故，閻浮提人悉皆毀壞。以非法龍作諸惡故。

> また、比丘は業の報いを知り、龍の世界を観察する。どのような悪龍が法に従わない行いをするのか。彼は聞く智慧（聞慧）によって知る。戯楽城の諸々の悪龍王は法に従わない行いをする。その名を、波羅摩梯龍王（悩乱）、毘諶林婆龍王（奮迅）、迦羅龍王（黒色）、睺楼睺楼龍王（多声）という。彼らは海の中の戯楽城に住んでいる。では、これらの非法の悪龍たちは、なぜ勢力を増すのか。彼は聞く智慧によって知る。諸々の衆生が不善の行いをし、父母に孝行せず、沙門やバラモンを敬わない。そのようなことがあるから、悪龍たちは勢力を増し、閻浮提で大きな悪い姿を現すのである。悪心のゆえに、悪い雲や雨を起こし、その雨の降る所には悪い毒の木が生える。悪い風がその木を吹き、毒気が水に入り込んで水を毒で汚染する。すべての五穀はみな悪くなり、もしそれを食べる者がいれば、病の苦しみを得る。穀物の力が弱いため、人の寿命を縮める。この邪悪な龍王たちの悪心による災いの毒は、互いに害し合う。この悪のゆえに、閻浮提の人々はみな損なわれてしまう。非法の龍が様々な悪を行うからである。

「復次，比丘知業果報，觀於自在大力龍王。云何非法惡行龍王以諸衰患惱瞿陀尼？彼以聞慧知：非法惡龍於瞿陀尼空山嶮處降澍洪雨，令一切水皆悉潦濁。瞿陀尼人若有飲者，以此因緣得大衰惱。如是比丘觀瞿陀尼，如實了知。

> また、比丘は業の因果を理解し、自在なる大力の龍王を観察する。いかなる非法な悪行の龍王が、諸々の災いをもって瞿陀尼を悩ますのか。彼は聞慧によって知る。非法な悪龍が、瞿陀尼の空しい山々の険しい場所に大雨を降らせ、あらゆる水を濁らせる。瞿陀尼の人々がこれを飲めば、その因縁によって大きな災いを受ける。このように比丘は瞿陀尼を観察し、如実に了知する。

「復次，比丘知業果報，觀弗婆提。彼以聞慧知：諸世間不修法行，時惡龍王力勢增長，震吼大雷如大山崩，弗婆提人以軟心故，多遭病苦。或燿電光遍滿世界如火熾燃，雲中龍現，眼如車輪，其身黑惡猶如黑山，其頸三頭，奮出眾花，形如馬相或作蛇身。現如是等種種惡身，令弗婆提有人見之得大衰惱。

> さらに、比丘たちよ、業（カルマ）の果報を知り、フバティ（弗婆提）の地を観察せよ。彼らは聴聞による智慧によって次のことを知る。すなわち、世の人々が正しい行いを修めない時、邪悪な龍王の力が増大し、大山が崩れるような大雷を轟かせるのである。フバティの人々は心が柔らかであるために、多くの病の苦しみを受ける。あるいはまた、稲光が全世界に満ち、火が燃え盛るかのようになる。雲の中に龍が現れ、その目は車輪のようであり、その体は黒く醜く、黒い山のようである。その首は三つあり、そこから様々な花が咲き出で、その形は馬のようであり、あるいは蛇の体を現す。このような様々な恐ろしい姿を現して、フバティの人々の中にそれを見る者は、大きな衰えと悩みを得るのである。

「復次，比丘知業果報，觀欝單越如第二天，云何惡龍於欝單越人加諸衰惱？即以聞慧知：欝單越僧迦賒山，如前所說，蓮華常開香氣馚流其色妙好，彼國眾人嗅之歡喜。若世間人不孝父母，不供養沙門、婆羅門，時惡龍王以自在心勢力增長，起大重雲猶如黑山，󰯹𩅾垂布，掩蔽日光，蓮華即合無有香氣失金色光。欝單越人見華既合，愁惱怯劣，雲中出風，吹眾樂音皆悉亂壞，不可愛樂。如是四天下惡龍勢力，而作衰害。

> さらに、比丘よ、あなたは業の果報を知り、鬱単越（うたんえつ）を第二の天のように観察せよ。なぜ悪龍が鬱単越の人々に衰えや悩みをもたらすのか、それを聞慧（もんえ）によって知りなさい。鬱単越にある僧迦賎（そうかしゃ）山には、先に述べたように蓮の花が常に咲き、香りが漂い、その色は素晴らしく美しい。その国の人々はその香りを嗅いで喜ぶ。しかし、世の人々が父母に孝行せず、沙門やバラモンを供養しないとき、悪龍は自在な心と勢力を増長させ、黒い山のような大きな重い雲を起こす。その雲は垂れ広がり、日光を覆い隠すと、蓮の花はすぐに閉じ、香りを失い、金色の光も消える。鬱単越の人々は花が閉じたのを見て、憂い悩み、臆病になる。そして雲の中から風が吹き出し、様々な楽の音をすべて乱し、楽しむことができなくなる。このようにして、四天下における悪龍の勢力は衰えや害をもたらすのである。

「復次，比丘知業果報，觀四天下有勝有劣。彼以聞慧觀：欝單越國快樂安隱勝三天下。閻浮提人行法、非法，以是因緣苦樂增減。是三天下增長業地，行十善道，有佛出世；以閻浮提因緣故，有四天下。閻浮提人思惟修行十善業道，能修梵行，此世界中多能思惟觀察生滅。此國金剛座處，一切世間閻浮提國悉無此座。金剛座處八萬四千由旬，佛坐此座生菩提心。以此因緣，如來出於閻浮提國，非餘天下。何以故？善根成就，得佛菩提。須彌山王尚不能持，何況餘地！以是因緣，佛處閻浮提，不處餘國。人身難得，閻浮提中造業因緣，得生人中。以此因緣，四天下中閻浮提國第一最勝，非餘天下。

> また、比丘たちよ、業（カルマ）とその報いを知り、四つの大陸を観察すると、そこには優れたものと劣ったものがある。彼は智慧の聞法によってこう観じる。欝単越（うたんえつ）の大陸は快楽と安らぎに満ち、他の三つの大陸よりも勝れている。閻浮提（えんぶだい）の人々は正しい行いと正しくない行いの両方を行い、その因縁によって苦楽が増減する。この三つの大陸は業を積む地であり、十善の道を行い、仏が出現する。閻浮提の因縁によって、四つの大陸が存在するのだ。 閻浮提の人々は、十善の道を思惟し修行し、清らかな行い（梵行）を修めることができる。この世界では、多くの人が生と滅について深く考え、観察することができる。この国には金剛座（こんごうざ）という場所があり、一切の世間のうち、閻浮提の国にのみこの座がある。金剛座は八万四千由旬の大きさで、仏はこの座に坐して菩提心を生じさせる。この因縁によって、如来は閻浮提の国に出現し、他の大陸には出現しない。なぜなら、善根が成就して仏の菩提を得るには、須弥山王（しゅみせんのう）でさえ支えきれず、ましてや他の地ではなおさらだからである。この因縁により、仏は閻浮提にあり、他の国にはないのだ。 人の身を得ることは難しく、閻浮提において業を造る因縁によって、人の世に生まれることができる。この因縁により、四つの天下の中で閻浮提の国が最も勝れており、他の天下はこれに及ばない。

「復次，比丘知業果報，觀龍世界。以何業故，非法行龍王吞食蝦蟇、噉食沙土、呼吸食風？彼以聞慧知：此眾生於人中時欺陵妻子，獨飯美食，其人妻子見之戀著，口中流涎。此人獨食飽滿充足，於妻子所但與麁澁。如是之人，身壞命終墮於龍中，吞食蝦蟇、噉沙吸風，受相似業果。

> さらに、比丘たちよ、因果の道理をよく知り、龍の世界を観察しなさい。 どのような行いによって、道理に反した龍が、蛙を飲み込み、砂や土を食べ、風を吸って生きているのか？ 彼らは聞いて得た智慧によって知る。 これらの生き物は、人間だった時に、妻や子を粗末に扱い、美味しい食事を自分だけ独り占めした。 妻や子がそれを見て欲しそうによだれを垂らしても、自分だけ満足するまで食べ、妻や子には粗末なものしか与えなかった。 そのような人は、命が終わって身体が壊れると、龍の世界に生まれ変わり、蛙を飲み込み、砂を食べ、風を吸って生きる。 まさに、その行いにふさわしい結果を受けるのである。

「復次，比丘知業果報，觀龍世界。以何業故，諸龍降雨？復以何業，降諸災雹？即以聞慧知：此惡龍含毒瞋恚，不順法行，一一龍王瞋恚鬪諍，起惡雲雨、惡風災雹，悉令五穀散壞不收。以諸眾生行於非法，惡龍瞋恚，故有斯變。

> さらに、比丘は業の報いを知るために龍の世界を観察する。 どのような業によって龍たちは雨を降らせるのか。また、どのような業によって災いの雹を降らせるのか。 彼は聞いた智慧によって理解する。 すなわち、これらの悪龍は毒を抱え、怒りに満ちて、法に従った行いをしない。一つ一つの龍王は怒りと争いによって、悪しき雲や雨、風や災いの雹を起こし、全ての穀物を散乱させ、収穫できなくしてしまう。 すべての衆生が法に反した行いをするがゆえに、悪龍が怒り、このような変異が起こるのである。

「復次，比丘知業果報，觀龍世界。云何於閻浮提降澍時雨，潤益甘蔗、稻麻叢林、大小麥豆，五穀增長？即以聞慧見：法行龍王降注時雨，以義安樂利益眾生。以諸眾生隨順法行，降澍時雨，令國豐樂。

> さらに、比丘たちよ、業の因果を理解し、竜の世界を観察せよ。どのようにして閻浮提に適切な雨を降らせ、甘蔗や稲、麻、林、そして大小の麦や豆を潤し、五穀を成長させるのか。そこで、聞き知った智慧によって見る――法に従う竜王がその時々に雨を降らせ、道理に基づいて衆生を安らかにし、利益するのだ。衆生が法に従って生きるならば、その竜王は時に応じて雨を降らせ、国を豊かで平穏にする。

「復次，比丘知業果報，觀一切龍所住宮殿，幾許龍眾住於海中？幾許龍眾住於眾流？即以聞慧知：閻浮提人不順法行，無量諸龍住於眾流；閻浮提人隨順法行，五十七億龍住於眾流。

> さらに、比丘たちよ、業の因果を知り、すべての龍が住む宮殿を観察せよ。どれだけの龍の衆が海に住み、どれだけの龍の衆が川々に住むのか。聞く智慧によって知れ――閻浮提の人々が法に従わずに行動するとき、無数の龍が川々に住む。閻浮提の人々が法に従って行動するとき、五十七億の龍が川々に住む。

「復次，比丘知業果報，觀龍世間、觀戲樂城及流水龍已，觀大海底。何等眾生住在其中？即以聞慧知：大海地下天之怨敵，名阿修羅，略說二種。何等為二？一者鬼道所攝；二者畜生所攝。鬼道攝者，魔身餓鬼有神通力；畜生所攝阿修羅者，住大海底須彌山側，在海地下八萬四千由旬，略說四地：第一地處，二萬一千由旬，是羅睺阿修羅王所住之處。

> 次に、比丘たちよ、業とその報いを知り、竜の世界や戯楽城、流水の竜を観察した後、大海の底を観察します。そこにはどのような衆生が住んでいるのでしょうか？聞いた智慧によって、大海の地下には天の敵である阿修羅（あしゅら）が住んでいると知ります。おおまかに二種あります。何が二種か？一つ目は鬼道に属するもの、二つ目は畜生道に属するものです。鬼道に属するものは、魔身の餓鬼で神通力を持ちます。畜生道に属する阿修羅は、大海の底、須弥山の側、地下八万四千由旬に住み、おおまかに四つの地があります。第一の地は二万一千由旬で、羅睺阿修羅王の住む場所です。

「此羅睺阿修羅王於欲界中化身大小，隨意能作，以人行善不善力故，時阿修羅作是思惟：『我當觀彼怨家園林遊戲之處，與諸婇女共相娛樂，恣意受樂。』思惟是已，即自莊嚴，以大青珠王、波頭摩珠王、光明威德珠王，或以金玉五色赤珠王，或以雜色衣王，若青若赤、若黃若黑，種種諸色莊嚴其身，以為鉀冑，光明晃昱。時羅睺阿修羅王，身量廣大如須彌山王，遍身珠寶出大光明，大青珠寶出青色光，黃黑赤色亦復如是。以珠光明，心大憍慢，謂無與等，欲令天女、阿修羅女愛敬其身，從城中出。其所住城名曰光明，縱廣八千由旬，無量寶林、流泉浴池、諸樹蓮花莊嚴其城，首冠花鬘塗香自嚴，散以末香，從城而起，觀天園林遊戲之處。

> 羅睺阿修羅王は、欲界の中で自在に姿を大きくしたり小さくしたりでき、人の善行や不善行の力に応じて行動します。時にこの阿修羅はこう考えました。「私は、あの怨みある者の園林で遊戯する場所を観察しよう。そこでは多くの天女たちと共に楽しみ、思いのままに欲望を享受している。その様子を見てやろう。」そう考えた後、阿修羅は自らを厳かに装飾しました。大青珠王、波頭摩珠王、光明威徳珠王を用い、あるいは金や玉、五色の赤珠王で飾り、また雑色の衣王で、青や赤、黄や黒など様々な色で身を飾り、鎧兜としたのです。その輝きは燦然としていました。その時、羅睺阿修羅王の身体の大きさは、須弥山王のように広大で、全身の宝珠が大いなる光を放ちました。大青の宝珠は青色の光を、黄、黒、赤色の宝珠もそれぞれの色の光を放ちます。その宝珠の光明によって、心には大きな驕りと慢心が生じ、「自分に並ぶ者はいない」と思い、天女や阿修羅の女たちが自分を敬い愛するようにと、城から出ていきました。彼の住む城は「光明」と名付けられ、縦横八千由旬の広さがあり、無数の宝石の林、湧き出る泉、沐浴の池、そして多くの樹木や蓮の花がその城を飾り立てていました。頭には花の鬘を戴き、塗香で身を厳かに飾り、末香を撒き散らしながら、城から出発して、天の園林で遊戯する場所を観察しに向かったのです。

「若閻浮提人不行正法，不孝養父母，不敬沙門、婆羅門及諸尊長，不依法行、不奉三寶、不觀善法及不善法，諸天勢力悉為減少，四天王天展轉相告，悉避逃逝，恐師子兒羅睺阿修羅王來殺我等。若閻浮提人修行正法，孝養父母、敬事師長，供養沙門耆舊長宿，一切諸天勢力增長。時四天王以眾寶衣莊嚴其身，塗香末香，即時當於師子兒羅睺阿修羅上虛空之中，雨諸刀劍，一切天眾心生喜悅，至須彌側發聲大叫。

> もし閻浮提の人々が正しい道を歩まず、父母に孝行せず、修行者や聖職者、年長者を敬わず、教えに従わず、三宝を尊重せず、善悪の区別を顧みないならば、天の勢力はことごとく弱まり、四天王天は互いに知らせ合って皆逃げ去り、師子児羅睺阿修羅王が我々を殺害しに来るのを恐れるでしょう。 もし閻浮提の人々が正しい道を実践し、父母に孝行し、師や年長者を敬い、修行者や長老を供養するならば、すべての天の勢力は増大します。すると四天王は、様々な宝の衣で身を飾り、塗香や抹香を施し、師子児羅睺阿修羅の頭上に立つ虚空において、刀や剣を降らせます。すべての天の衆は心に喜びを生じ、須弥山の側に至って大声で叫びます。

「若天不出，阿修羅王欲觀園林，日百千光照其身上，莊嚴之具映障其目，而不能見諸天園林遊戲娛樂受樂之處。時羅睺阿修羅王作是思惟：『日障我目，不能得見諸天婇女，我當以手障日光輪，觀諸天女。』即舉右手以障日輪，欲見天女可愛妙色，手出四光如上所說，立海水中，水至其腰，寶珠光明或青或黃、或赤或黑，以手障日。世間邪見諸論師等，咸生異說言：『羅睺阿修羅王蝕日。』若日赤色黑色，以如是法，相人壽命。不識業果諸相師等，作如是說，或言當豐，或言當儉，或言凶禍殃及王者，或言吉慶。時阿修羅手障日已，諦觀諸天園林浴池遊戲之處。時天帝釋見是事已，勅諸天眾莊嚴宮殿，令諸天子以種種寶莊嚴其身，往趣羅睺阿修羅所，欲共鬪戰。時羅睺阿修羅王見諸天眾，即還宮城。

> もし天人が現れなければ、阿修羅王は園林を見たいと思っても、太陽の千百の光がその身に照りつけ、荘厳の具がその目を覆い隠すため、天人の園林や遊戯、享楽の場所を見ることができません。その時、羅睺阿修羅王はこう考えました。「太陽が我が目を遮り、天人の天女たちを見ることができない。ならば、我は手で太陽の光輪を覆い、天女たちを観よう。」そこで右手を挙げて太陽の輪を覆い、天女たちの愛らしい妙なる姿を見ようとしました。その手からは先に述べた四つの光が放たれ、海の中に立つと水は腰の高さまで達しました。宝珠の光は青や黄、赤や黒と様々で、手で太陽を覆いました。世間の邪見を持つ論師たちは皆、異なる説を唱えて「羅睺阿修羅王が太陽を蝕んでいる」と言いました。もし太陽が赤や黒色であれば、そのような方法で人の寿命を占います。業の果報を知らない相師たちは、こうした説を述べ、豊作になると言う者もいれば、不作になると言う者もおり、凶禍が王に及ぶと言う者もいれば、吉兆であると言う者もいました。その時、阿修羅は手で太陽を覆った後、じっと天人たちの園林や浴池、遊戯の場所を見つめました。帝釈天はこの事を見て、天人の衆に宮殿を荘厳するよう命じ、天子たちに様々な宝で身を飾らせて、羅睺阿修羅王のもとへ向かわせ、戦おうとしました。その時、羅睺阿修羅王は天人の衆を見ると、すぐに宮城へ戻りました。

「復次，比丘！云何觀月蝕？即以聞慧知：羅睺阿修羅王眷屬官眾行於海上，見月常遊憂陀延山頂，行閻浮提，住毘琉璃光明之中，端嚴殊妙百倍轉勝。官屬見已，即至羅睺阿修羅所，白言：『大王！滿月端嚴如天女面。』時羅睺王聞是語已，愛心即生，欲見天女，從地而起渴仰欲見，以手障月，欲見天女。阿修羅王無量眾寶莊嚴其身如上所說。閻浮提中呪術師等，而作呪曰：『一切國土聚落城邑眾惡速滅，一切世間土地眾惡速滅，一切婆羅門中眾惡速滅。』若月黑色黃色，世間相師作如是說，或言當豐，或言當儉，或言王者凶危，或言吉慶，或言兵刃勇起、或言不起。瞿陀尼、弗婆提、欝單越，何其方面所蝕之處，無邪見說。以此一因緣故，日月掩蔽，謂是月蝕。

> さらに、比丘たちよ。どのようにして月食を観察するのか。聞くことによる智慧（聞慧）によって知るべきである。羅睺阿修羅王の眷属や官人たちが海の上を歩んでいると、月が常に憂陀延山の頂上を巡り、閻浮提を遊行し、瑠璃の光明の中にとどまって、その端厳で殊妙なこと、百倍も勝れているのを見る。官人たちはこれを見て、すぐに羅睺阿修羅王のところへ行き、申し上げた。「大王よ、満月の端厳なること、天女の顏のようです」と。その時、羅睺王はこの言葉を聞いて、愛欲の心が生じ、天女に会いたいと願い、地から立ち上がり、渇仰して会いたがり、手で月を覆って天女を見ようとした。阿修羅王は無量の衆宝でその身を飾っていることは、先に述べた通りである。閻浮提の中の咒術師たちは、こう咒を唱える。「一切の国土、聚落、城邑の衆悪よ、速やかに滅せよ。一切の世間、土地の衆悪よ、速やかに滅せよ。一切の婆羅門の中の衆悪よ、速やかに滅せよ」と。もし月が黒色や黄色であれば、世間の相師たちはこう言う。「豊作になるだろう」とか、「不作になるだろう」とか、「王者に凶事が起こる」とか、「吉慶がある」とか、「戦乱が起こる」とか、「起こらない」とか。瞿陀尼、弗婆提、欝単越においては、その食われる方面については、邪見の説はない。この一因縁によって、日月が覆い隠されることを、月食というのである。

「復次，二因緣故，掩蔽日月，天降大聲。羅睺阿修羅王住大海下，時諸官屬白言：『大王！天主憍尸迦住須彌山頂善見城內，處善法堂。諸天功德，五欲具足，眷屬圍遶，歡娛受樂。天主憍尸迦為諸天主，大王今為我等所尊，王有大力，神通勝彼，可率官屬往攻天主，壞善見城。』時阿修羅即受其語，奮威縱怒出光明城，震吼如雷。閻浮提中諸國相師謂天獸下，說如此相，或言豐樂安隱無他，或言災儉五穀勇貴，或言王者崩亡，或言吉慶靈應嘉祥，或言兵刀起於境內，或言人民安樂無變，或言當須齋肅潔淨拜神求福。時羅睺阿修羅王如是思惟：『我寶珠等留此城內，為我諸子作大光明。若無寶珠則無光明，天上亦爾，有日月故則有光明，若無日月則應闇冥。我今寧可覆蔽日月，令天黑闇。』時阿修羅思惟是已，從城而起，即以一手覆障日月諸光明輪。世間愚人諸相師等，咸記災祥如上所說。復以一手摩須彌頂，欲與諸天決其得失。是阿修羅畜生少智，見天種種勝相莊嚴威德光明，心生疑悔，還歸所止，住光明城。是名第二因緣掩蔽日月，令日月蝕，天聲震吼。

> さらに、第二の因縁によって日月が覆い隠され、天に大きな音が響くことがある。羅睺阿修羅王は大海の底に住んでいる。ある時、臣下たちが王に申し上げた。 「大王よ。天の主である憍尸迦は、須弥山の頂上にある善見城内の善法堂に住み、天の衆生たちと共に五欲を満たし、眷属を従えて楽しみに浸っています。憍尸迦は天の主として尊ばれておりますが、今や大王こそが我々の主であり、大王には大いなる力があり、神通力は彼に勝っております。どうか臣下たちを率いて天の主を攻め、善見城を打ち破りましょう」 これを聞いて阿修羅は奮い立ち、怒りを爆発させて光明城を出陣し、雷の如き大声を轟かせた。閻浮提の各国では、占い師たちがこれを聞いて、「天から獣が降りてきた」といって様々な兆しを説いた。ある者は「豊作で安穏、他に異変なし」と言い、ある者は「災害で穀物が高騰する」と言い、ある者は「王が崩御される」と言い、ある者は「吉兆が現れ幸福が訪れる」と言い、ある者は「国内で戦乱が起こる」と言い、ある者は「民は安楽で変化なし」と言い、ある者は「潔斎して神々に祈り福を求めるべきだ」と言った。 その時、羅睺阿修羅王はこう考えた。「私の宝珠などはこの城内に残し、我が子たちの大きな光となっている。宝珠がなければ光明はない。天界も同様で、日月があるから光明があり、日月がなければ闇となるはずだ。今こそ日月を覆い隠し、天を暗黒にしよう」 こう考えた阿修羅王は城を発ち、片手で日月の光明の輪を覆い隠した。世の愚かな占い師たちは、これを上述のような吉凶の兆しと記録した。さらに、もう一方の手で須弥山の頂を撫で、天の衆生と勝負を決しようとした。しかし、この阿修羅は畜生で智慧が乏しく、天の様々な勝れた相と威光に満ちた荘厳を見て、心に疑いと後悔を生じ、そのまま引き返し光明城に帰った。これが第二の因縁によって日月が覆い隠され、日月食が起こり、天に雷鳴のような声が響く理由である。

「復次，比丘知業果報，觀大羅睺阿修羅王所受之樂。彼以聞慧觀：阿修羅所住城內，種種眾寶以為莊嚴，在須彌山側，深二萬一千由旬，廣八千由旬，蓮華浴池，林樹蔚茂皆悉具足，真金為地，色若電光，金殿堂閣，珊瑚寶樹，懸眾寶鈴出妙音聲，種種樂音歡娛受樂。一一池中金花莊嚴，鳧鴈鴛鴦皆真金色以為嚴飾，見者愛樂，如天眾鳥，摩尼為嘴，歡喜遊戲，七寶雜色青毘琉璃以為羽翼，於諸樓閣欄楯之間歡娛遊戲，甚可愛樂，出妙音聲見者悅樂，一切眾鳥亦復如是，清淨無穢端正莊嚴。孔雀翡翠尾也眼互開合，頭頂勝冠，雙類隨行，飲食華汁——婆鳩羅華，其聲雅妙如童子音，頂冠金色或毘琉璃，於欄楯間翱翔遊戲未曾休息，恣於華汁其目紺青，身色雜綵如間電光，眾色分明，黃色細軟鮮明如電，行於林樹山巖之間縱逸遊戲，華鬘瓔珞如天虹色，光明遶身如鬘莊嚴，咽喉含美如赤珠色，兩翅柔軟如蓮華敷，無量眾色，長摩尼嘴，身氣香潔如畢利迦，遊戲宮殿，雙類同行，羽翼潤澤；飛則俱遊，澡潔清池，翱翔陸庭亦復如是。哀鳴相呼出微妙音，發欲之音，俱枳羅鳥、遮俱羅鳥、婆求羅鳥，如是眾鳥遍滿城中，林樹之間悉聞其音。

> また、比丘は業の果報を知り、大きな羅睺阿修羅王の受ける楽しみを観察する。彼は聞慧によって観る。阿修羅の住む城内は、様々な宝で飾られ、須弥山の側にあり、深さは二万一千由旬、広さは八千由旬である。蓮華の浴池があり、林や木々は生い茂り、すべてが備わっている。地面は真金で、色は電光のようである。黄金の殿堂や楼閣、珊瑚の宝樹があり、様々な宝の鈴が掛けられ、妙なる音を発する。種々の楽音で楽しみ、喜びに耽る。 それぞれの池には金色の花が飾られ、鳧や雁、鴛鴦はすべて真金色で飾られ、見る者を愛でさせる。天の群れ鳥のようであり、嘴は摩尼宝でできている。喜び遊び、七宝や雑色、青毘琉璃を羽翼とし、楼閣や欄干の間で楽しみ戯れ、非常に愛らしい。妙なる音を発し、見る者を悦ばせる。すべての鳥もまたこのようであり、清らかで穢れがなく、端正で荘厳である。 孔雀や翡翠<note>尾のこと</note>は、眼を互いに開閉し、頭には勝れた冠を戴き、つがいで行動する。花の汁を食べる——婆鳩羅華である。その声は雅やかで妙であり、童の声のようである。頭頂の冠は金色か、あるいは毘琉璃である。欄干の間で舞い遊び、休むことがない。花の汁を満喫し、その目は紺青色である。体色は様々な彩りで、電光が走るようである。様々な色がはっきりと分かれ、黄色は細やかで柔らかく、鮮やかで電光のようである。林や樹、山や岩の間を歩き、自由気ままに遊ぶ。花鬘や瓔珞は天の虹の色のようであり、光明が身の周りを巡り、鬘のように飾る。喉には美しいものを含み、赤珠の色のようである。両翼は柔らかで、蓮の花が開いたようである。無量の色を持ち、嘴は長く摩尼宝でできている。身の香りは清らかで、畢利迦のようである。宮殿で遊び戯れ、つがいで共に行動する。羽翼は潤いを帯び、飛ぶときは共に遊び、清らかな池で水浴びし、陸の庭でも舞い遊ぶ。またこのようである。哀しげに鳴き交わし、微妙な音を発し、欲望を誘う音を出す。倶枳羅鳥、遮倶羅鳥、婆求羅鳥、このような多くの鳥たちが城中に満ち、林や樹の間ではすべてその音が聞こえる。

「多有林樹、蓮華浴池以為莊嚴，於其城中有四園林，皆是金樹，一一園林縱廣正等滿百由旬：一名遊戲；二名耽樂；三名鵝住；四名俱枳羅。此四園林映飾其城，一一林樹有三千種如願之樹，其樹金色如雲如影，其枝柔軟，鳥棲其上，眾華常敷，香氣馚馥滿一由旬，多有群蜂，流蜜充溢。或金色樹、酒泉流樹、牛頭栴檀香樹，有如雲色。七葉香樹、枳多迦樹、畢利迦樹，微風吹動。黑沈水樹、普眼香樹、明燈香樹、摩尼香樹、火色香樹、青無憂樹、赤無憂樹、婆究羅樹、阿枳多樹、阿殊那樹、尼珠羅樹、青荊香樹、堤羅迦樹，有如是等眾華香樹，其華敷榮，常若新出。

> そこには多くの林や蓮華の池があり、それを飾りとしていました。都の中には、四つの林苑があり、すべて黄金の木でできていました。それぞれの林苑は、縦横ともに百由旬に及ぶ広さを持っていました。第一は「遊戯」、第二は「耽楽」、第三は「鵞住」、第四は「倶枳羅」と名付けられています。これらの四つの林苑は、都をさらに美しく彩っていました。 それぞれの林には、三千種の願いの木々が生えていました。その樹の色は黄金のようで、雲か影のように見えます。枝はしなやかで、鳥たちがその上にとまっています。たくさんの花がいつも咲き乱れ、その香りは一由旬の範囲に満ち渡っています。数多くの蜂の群れがいて、蜜が豊かにあふれています。 黄金の木、酒が泉のように流れ出る木、牛頭栴檀の香木、雲の色をした木々があります。香りの良い七葉樹、枳多迦樹、畢利迦樹は、微風にそよぎ揺れています。黒沈水樹、普眼香樹、明燈香樹、摩尼香樹、火色香樹、青無憂樹、赤無憂樹、婆究羅樹、阿枳多樹、阿殊那樹、尼珠羅樹、青荊香樹、堤羅迦樹などがあり、こうした数々の花と香りの木々が並び、その花はいつも咲き誇り、まるで今しがた咲いたばかりのように清らかです。

「復有眾果，摩頭迦樹、鳳凰子樹、婆那娑樹其果如瓮、無遮果樹、垂瓠果樹、毘頭羅樹、地蓋果樹、虛空蓋樹、雲色果樹、樂見果樹、遮雲果樹、鳥集果樹、蜂芒果樹、香鬘樹、香華樹，種種色華時時常敷。女人見之皆生樂著樹、蒱桃樹、迦卑他樹、波流沙迦樹，其葉具足，光明莊嚴，欝映渠流，嚴飾泉池，觀之可愛。如是種種諸樹，或有生於閻浮提中，或有生於欝單越國，或有生於阿修羅王光明城中，或有華樹、或有果樹、或有酒樹。阿修羅王遍行遊觀，歡娛受樂，與眾婇女圍遶自娛，於此煩惱染、無常不堅、速朽之樂，謂為甘露不死之地。

> また様々な果実を実らせる木々がある。モーチャカ樹、鳳凰子樹、バナサ樹（その果実は甕のように大きい）、無遮果樹、垂瓠果樹、ビトラ樹、地蓋果樹、虚空蓋樹、雲色果樹、楽見果樹、遮雲樹、鳥集樹、蜂芒果樹、香鬘樹、香華樹。様々な色の花が常に咲き誇り、女たちが見れば皆、楽しみに執着する木々。ブドウの木、カピタ樹、バルシャカ樹。それらの葉は豊かに茂り、光り輝き、流れのほとりを覆い、泉や池を飾り、眺めるに愛らしい。かくも様々な木々のうち、閻浮提に生えるものもあり、欝単越国に生えるものもあり、阿修羅王の光明城に生えるものもある。花の木、果実の木、酒の木もある。阿修羅王はあまねく遊び巡り、歓楽を楽しみ、多くの妃たちに囲まれて自らを楽しませる。この煩悩に染まり、無常で堅固ならず、たちまち朽ちる楽しみを、甘露の不死の境地と見なすのである。

「阿修羅王有四婇女從憶念生：一名如影；二名諸香；三名妙林；四名勝德。此四婇女有十二那由他侍女以為眷屬，圍遶阿修羅王，娛樂恣情，縱逸受樂，無喻可說。阿修羅王自業成就，無量億眾婇女圍遶，歡娛喜樂，千柱寶殿，寶房行列。

> 阿修羅王には四人の天女がおり、彼女たちは思念から生まれました。その名を、第一に「影の如き者」、第二に「諸々の香り」、第三に「妙なる林」、第四に「勝れた徳」といいます。この四人の天女には、十二那由他の侍女たちが眷属として従い、阿修羅王を取り囲んで、思うままに楽しみ、欲望のままに遊び戯れ、その快楽は言葉に尽くせないほどでした。 阿修羅王は自らの業の成就により、無量億の天女たちに囲まれて、喜び楽しみ、千本の柱を持つ宝殿や、宝の部屋が立ち並ぶ中で、歓楽に耽っていました。

「復次，比丘知業果報，觀羅睺阿修羅王以何業報得阿修羅道？作何業故得如是報？伽他頌曰：

> さらに、比丘が業の報いを知るために、羅睺阿修羅王がどのような業の報いによって阿修羅道に生まれるのか、またどのような行いによってそのような報いを得るのかを観察した。伽他（うた）にこうある。

「『無因則無果，造業必有報，如種子得果，善業生人天。善業得樂果，常處天人中，惡業墮三處。阿修羅云何，彼受畜生道？云何受樂報？少智莫能了，此有何因緣？』

> 因がなければ果もありません。行為（業）には必ず報いがあります。 まるで種から実が生じるように、善い行い（善業）は人や天界に生まれ変わらせます。 善い行いは楽しい果報をもたらし、常に人や天人の間に留まります。 悪い行い（悪業）は三つの悪道に堕とします。では、阿修羅はどうでしょうか？ 彼らは畜生道の苦しみを受けるのでしょうか？あるいは楽しい報いを受けるのでしょうか？ 知恵の少ない者には理解できません。これにはどのような理由や因縁があるのでしょうか？

「比丘思惟已，即以聞慧觀：阿修羅往昔過去習婆羅門法，第一聰慧，善知世間種種技術，喜行布施，於曠野中施諸飲食果食根食、清泉美水、房舍敷具，又於四交路首，施諸病人、行路估客、盲冥貧窮，施於房舍、飲食敷具悉令滿足，而不正見。

> 比丘は深く考えた後、智慧による観察で次のように見ました。 「阿修羅は過去にバラモンの教えを学び、優れた知恵を持ち、世の中の様々な技術をよく知っていました。喜んで布施を行い、荒野で飲食や果物、根菜、清らかな泉の水、家屋や寝具を施しました。また四つ辻では、病める人、旅の商人、目の見えない貧しい人々に家屋や飲食、寝具を施して満足させました。しかし、正しい見解を持つことはありませんでした。」

「爾時，彌梯羅林有僧伽藍，縱廣二十由旬，於其寺中有無量百千佛塔寶焰莊嚴，泥彌王等五百大王共造斯福。中有一塔，真金瓔珞焰鬘莊嚴，七寶映飾種種莊校，隨其曾聞諸佛名號，皆悉圖畫如來影像，種種林樹、池流泉源莊嚴勝妙如上所說。

> その時、ミティラーの森の中に広さ20由旬（約300キロメートル）の僧院がありました。その寺の中には、無数の仏塔が宝の炎で美しく飾られていました。これは、泥弥王をはじめとする500人の大王たちが共に築いた功徳の場でした。 その中に一つの塔があり、真珠の瓔珞（ようらく）や炎の鬘（かざり）で荘厳され、七宝が輝きを添え、様々な飾りが施されていました。また、かつて聞いたことのある諸仏の御名をすべて描き、如来の尊像を描き尽くしてありました。さらに、様々な種類の林や池、流れる清水の源が、先に述べたような見事な荘厳さで飾り立てられていました。

「爾時，閻浮提中，如羅睺阿修羅王城中林樹皆悉具有，如所見樹，畫工圖飾莊嚴佛塔，浴池流泉、眾妙蓮華、眾鳥遊戲亦如上說。

> その時、閻浮提（人間界）には、あたかも羅睺阿修羅王の都にある林や樹木がすべて備わっているかのようでした。目に見える樹々のように、絵師たちが描き飾った仏塔があり、沐浴の池や流れる泉、素晴らしい蓮の花々、そして様々な鳥たちが遊び戯れる様子も、先に述べた通りでした。

「時婆羅門名曰婆利，誦毘陀論，廣造福業如上所說。時婆羅門以四千乘車載眾飲食，至大曠野眾人行路，欲施所須，見一佛塔高二由旬，廣五十里。時有惡人以火燒塔，捨之而去。時婆羅門見火燒塔，作是思惟：『我今寧可且住施福，救如來塔——奇妙莊嚴、彫飾精麗、廣大希有——當滅此火，令塔不壞。若我不救，王若知者，或加重罰。』非實信心，非尊重心。即以四千乘車載水以滅此火。既滅火已含笑而言：『我救此塔為有福德、無福德耶？若有福德，願我後身得大身相，欲界無等。』雖作此願，而猶不信，不正思惟，常愛鬪戰，不信正業。福田力故，生光明城作阿修羅王。

> かつてバラモンのバリという者がいた。彼はヴェーダの経典を暗唱し、先に述べたように広く福徳の業を積んでいた。ある時、このバラモンは四千台の車に様々な飲食を載せ、広大な荒野にある人々の通り道まで運び、必要なものを施そうとした。その場所に、高さ二由旬、広さ五里の仏塔があった。ところが、ある悪人が火を放って塔を焼き、そのまま立ち去ってしまった。 バラモンはこの焼ける塔を見て、こう考えた。「私は今、施しの功徳をいったん保留にして、まずはこの如来の塔を救わねばならない。この塔は奇妙に荘厳で、彫刻は精緻を極め、広大で稀有なものである。この火を消し止め、塔を壊さないようにしよう。もし私が救わなければ、王がこのことを知った時、あるいは重い罰を与えるかもしれない。」しかし、これは真実の信心からではなく、また尊敬の心からでもなかった。 彼は四千台の車に水を載せて運び、火を消した。火を消し終えると、ほほえみながら言った。「私がこの塔を救ったことは、福徳があるのだろうか、ないのだろうか。もし福徳があるならば、来世において大きな身相を得て、欲界で比肩する者がないようになりたい。」このように願を立てたものの、彼はまだ信じることなく、正しい思惟もせず、常に闘争を好み、正しい業を信じなかった。しかし、福田の力によって、光明城に生まれ、阿修羅王となったのである。

## 正法念處經卷第十八

> 正法念処経 巻第十八