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title: "正法念處經 · 2"
description: "正法念处经是佛教重要经典，由元魏时期译经师瞿昙般若流支翻译。该经属于小乘佛教典籍，成书于古印度，后传入中国。经文主要阐述通过正念观察身心现象，达到解脱的修行方法，详细分析六道轮回、因果业报等佛教核心教义。内容涵盖四念处修法、三十七道品等修行体系，强调通过观照身、受、心、法来破除执着。在佛教史上具有重要地位，是研究早期佛教禅修理论的重要文献，对后世禅修实践影响深远，被列为汉传佛教基本经典之一。"
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## 正法念處經卷第十九

> 正法念処経 巻第十九

元魏婆羅門瞿曇般若流支譯

> 元魏の婆羅門瞿曇般若流支訳

### 畜生品之二

> 畜生の章（その二）

「復次，比丘云何觀羅睺阿修羅王第二住處？彼以天眼智慧觀察：阿修羅王所住之處，縱廣一萬三千由旬，園林浴池、蓮華欝茂，遊戲之處異類眾鳥以為莊嚴。阿修羅城黃金為地，處處多有摩尼寶珠、珂貝嚴飾，多眾婇女端正殊妙，羅睺阿修羅王之所主領，不相諍訟，隨意憶念能有所至。所住境界有十三處。何等十三？一名遮迷；二名勇走；三名憶念；四名珠瓔；五名蜂旋；六名赤魚目；七名正走；八名水行；九名住空；十名住山窟；十一名愛池；十二名魚口；十三名共道。若諸世間不孝父母、不供養沙門及婆羅門、不行正法，諸天眾減，增長阿修羅眾；若諸世間供養沙門及婆羅門，修行正法，減損阿修羅，增益諸天眾。以法、非法二因緣故，令諸天、阿修羅增長損減。

> 次に、比丘たちよ、どのようにして羅睺阿修羅王の第二の住処を観察するのか。彼は天眼の智慧によって観察する。阿修羅王の住むところは、縦横一万三千由旬の広さがあり、園林や浴池が整い、蓮華が盛んに生い茂っている。遊戯の場所には様々な種類の鳥たちが集い、飾り立てている。阿修羅の城の地面は黄金でできており、至る所に摩尼宝珠や貝殻の装飾が施されている。多くの天女たちは端正で素晴らしく、羅睺阿修羅王が統治している。彼らは互いに争うことなく、思いのままに望む場所へ赴くことができる。その住処となる境界には十三の場所がある。その十三とは、第一に遮迷、第二に勇走、第三に憶念、第四に珠瓔、第五に蜂旋、第六に赤魚目、第七に正走、第八に水行、第九に住空、第十に住山窟、第十一に愛池、第十二に魚口、第十三に共道である。 もし世の人々が父母に孝行せず、沙門や婆羅門を供養せず、正しい法を行わなければ、天の衆は減り、阿修羅の衆は増える。もし世の人々が沙門や婆羅門を供養し、正しい法を修行すれば、阿修羅は減り、天の衆は増える。このように、正しい法と正しくない法という二つの因縁によって、天と阿修羅の増減が生じるのである。

「復次，比丘知業果報，觀羅睺阿修羅王所住境界，諸阿修羅業法果報。彼以聞慧知：此眾生見漁獵者，張圍設網、罝罟遮截；為利眾生令其活命，破彼魚堰，或有勢力逼令放生，或為自利、或求名譽、或為王者、或為大臣遮斷屠殺，或護種族，先世相習行不殺法、不行諸善。是人身壞命終墮阿修羅道，受阿修羅身，壽命長遠經五千歲。阿修羅中一日一夜，比於人間經五百歲，如是壽命滿五千歲，少出多減，亦有中夭。以下中心因緣力故，身相威德，如業得報。比丘當知！觀眾生心，種種信解。

> さらに、比丘よ、業の報いを知り、羅睺阿修羅王の住む境界と、阿修羅たちの業とその果報を観察しなさい。彼は聞慧によって次のように知る。この衆生は、魚を捕る者たちが網を張り、囲いや罠を仕掛けて遮り止めるのを見て、その生き物たちを利益して命を救おうと、その魚の堰を壊すことがある。あるいは、力によって無理やり放生させることがある。あるいは、自分の利益のため、あるいは名誉を求めて、あるいは王や大臣として殺生を断ち止めようとすることがある。あるいは、自分の種族を守るため、先の世から慣れ親しんできた不殺生の法に従い、善行を行わないことがある。そうした人は、その身が壊れ命が終わるとき、阿修羅の道に落ち、阿修羅の身を受ける。その寿命は長く、五千年にわたる。 阿修羅における一日一夜は、人間の世界では五百年に相当する。そうしてその寿命は満五千年であるが、わずかにそれより短い者も多く、中には夭折する者もいる。これは、それぞれの心の上下や因縁の力によるものであり、その身の相や威徳も、業に応じて報いを受けるのである。 比丘よ、知るべきである。衆生の心と、様々な信解を観察しなさい。

「復次，比丘知業果報，觀大海底羅睺阿修羅地。彼以聞慧第一清淨利智觀：於地下第二地，有地名月鬘，在羅睺阿修羅下二萬一千由旬，有阿修羅名曰陀摩睺魏言骨咽，阿修羅王名曰花鬘。彼有大城名雙遊戲，縱廣八萬由旬，園林欝茂、清流浴池蓮花映飾、金山巖崿，山窟幽邃多有禽獸周遍莊嚴，青毘琉璃以為其地，地生綠草柔軟可愛，種種眾鳥音聲和雅。諸阿修羅眾悉住其中，充滿國界豐樂安隱，周遍奇特甚可愛樂，七寶林樹莊嚴園觀亦如上說。復有眾樹殊特倍前：那伽龍樹、無憂龍樹、陀婆樹、佉提樹、無憂力樹。復有眾樹勝前樹林，謂夜光樹、夜開敷樹、婆究吒樹、尼單多樹、重花樹、普愛樹、集花樹、繁花樹、柔軟花樹、五歲花樹、蜂愛樂樹、瞿流瞿流音聲樹、眾鳥遊戲樹、白齒樹、那羅葉樹。雙遊戲城住四山中，其山金色：一名歡喜山；二名金焰光山；三名不見頂山；四名可愛光山。其山高廣五千由旬，種種林樹、流泉浴池，河水清冷，群獸異類種種雜色，隨色周遊，眾婇女等歡娛受樂，種種眾寶莊嚴門戶。牛頭栴檀樹香風涼冷，觸身悅樂。常遊香林遊戲自娛，種種眾寶以為光明無所障蔽，種種妙花莊嚴其身，無量百千孔雀音聲。大阿修羅王之所守護，寒暑調適，多諸人眾歡樂常悅，音聲伎樂歌舞喜笑以自娛意。

> また、比丘たちよ、業の報いを知り、大海の底にある羅睺阿修羅の地を観察する。彼らは聞慧という第一に清らかな鋭い智慧をもって観る。地下の第二の地に、月鬘という名の地がある。それは羅睺阿修羅の下、二万一千由旬のところにある。そこには陀摩睺という名の阿修羅がおり、花鬘という名の阿修羅王がいる。 その王には双遊戲という大城がある。広さは縦横八万由旬。園林は生い茂り、清らかな流れや浴槽、蓮の花が映えて飾られている。金色の山々は険しく、山の洞窟は深く、様々な獣や鳥がいて、あたり一面を荘厳している。青く美しい琉璃が地面を覆い、地面には柔らかく愛らしい緑の草が生え、様々な鳥たちの声は優しく美しい。 すべての阿修羅たちがそこに住み、国は豊かで安らかであり、周囲は驚くほど美しく、実に楽しい。七宝の林や樹木が庭園や景色を飾っているのは、先に述べた通りである。さらに、これまでにない特別な樹々がある。那伽龍樹、無憂龍樹、陀婆樹、佉提樹、無憂力樹である。また、それらに勝る素晴らしい樹々もある。夜光樹、夜開敷樹、婆究吒樹、尼単多樹、重花樹、普愛樹、集花樹、繁花樹、柔軟花樹、五歳花樹、蜂愛楽樹、瞿流瞿流という音を出す樹、衆鳥遊戯樹、白歯樹、那羅葉樹である。 双遊戲城は四つの山の間にあり、その山々は金色である。一つは歓喜山、二つは金焔光山、三つは不見頂山、四つは可愛光山という。その山々の高さと広さは五千由旬。様々な林や流れ、泉や浴槽があり、川の水は冷たく清らかである。多種多様な色の獣たちが色に応じて遊び回り、大勢の天女たちが楽しみ、様々な宝が門を飾っている。 牛頭栴檀の樹からは香り高い風が涼やかに吹き、身に触れると喜びを与える。彼らは香りの林を常に遊び歩き、楽しみ、様々な宝の光で何も妨げられることなく、美しい花々がその身を飾る。無数の百千の孔雀の声が響く。大阿修羅王が守護し、寒暖は適度に調えられ、多くの人々が常に喜び楽しみ、音楽や舞い、歌や笑いで心を楽しませている。

「星鬘城中有大池水，縱廣五百由旬，第一清淨最上美味，無有泥濁亦無垢污，湛然無減，端嚴可愛猶如滿月。星鬘城中其池名曰一切觀見，以池勢力，陀摩睺阿修羅王若欲鬪戰，莊嚴器仗圍遶彼池，自觀其身如視明鏡，自觀其相知戰勝負。於池水中如明淨鏡，自見退走，知天必勝；若於池中，見身偃臥，知為死相。時陀摩睺阿修羅王——勇健阿修羅王——於池水中，自見其身若走若墮。時阿修羅作是思惟：『以何事故，於此池中見如是事？我與天鬪，退墮破壞，即皆還歸所止之處，或至十年、或至百年、或五百年。』時勇健阿修羅王以眾器仗、種種鉾鎧、塗香末香花鬘莊嚴，復至一切觀池圍遶自觀，何因緣故見我破壞？即於池中見閻浮提人孝養父母、恭敬沙門婆羅門、修行正法、樂生天上，命終之後生諸天中。是故天眾增長，阿修羅眾虧損減少。以於池中見如是相，時陀摩睺勇健阿修羅王作是思惟：『以人修行孝養父母、供養沙門婆羅門、行法因緣，以人力故，天得勝力。我今當與世間之人作不安樂、不饒益事，令天減劣、我等增長。』時陀摩睺勇健阿修羅王復自思惟：『以人因緣，天有勝力。我當云何令此眾人失其所食，令天亦破？人以食故而得壽命，得修法行，今當方便斷人所食。』思惟是已，即向海中惡龍王所。『是惡龍王不順法行，含毒多瞋，常為他人作大衰損不利益事。我今當往至彼住處。』

> 星鬘の都には大きな池がある。その広さは縦横五百由旬もあり、最も清らかで最上の味わいを持ち、泥や濁り、汚れが一切ない。湛えていて減ることなく、満月のように端整で愛らしい。この池の名は「一切観見」という。この池の力によって、陀摩睺阿修羅王は戦いの際に武器や武具を整えて池の周りを巡り、自分の姿を明鏡のように映し出す。自らの姿を見て戦いの勝敗を知ることができるのだ。もし池の水の中で自分の姿が逃げていくのを見れば、天が勝つと知る。もし池の中で体を横たえている姿を見れば、死の相と知る。 ある時、陀摩睺阿修羅王（勇健阿修羅王）は池の水に自分の姿が逃げたり落ちたりしているのを見て、こう考えた。「なぜこの池にこのようなことが現れるのか。天と戦って退き敗れ、自らの住処に帰ること十年、百年、あるいは五百年にもなる。」そして勇健阿修羅王は様々な武器や鎧、塗香、抹香、花鬘で身を飾り、再び一切観見の池の周りを巡りながら自らの姿を見て、「なぜ私が敗れるのか」と理由を探った。 すると池の中に、閻浮提の人間たちが父母に孝行し、沙門やバラモンを敬い、正しい法を修行し、天上に生まれることを楽しんでいる様子が映った。そのため天の衆は増え、阿修羅の衆は減り衰えていたのである。池にその相を見た時、陀摩睺勇健阿修羅王はこう考えた。「人間が父母に孝行し、沙門やバラモンを供養し、法を行うという因縁によって、人間の力で天が勝つ力を得ているのだ。今こそ私は世の中の人々に不安と不利益をもたらし、天を衰退させ、我々阿修羅を増大させよう。」 さらに陀摩睺勇健阿修羅王は考えた。「人間の因縁によって天に勝つ力がある。どうすればこの人間たちから食を奪い、天も敗れさせられるだろうか。人間は食によって寿命を得、法の行いを修める。今こそその方法で人間の食を断とう。」そう考えて、海の中の邪悪な竜王のところへ向かった。「この悪龍王は法に従わず、毒を抱き怒り多く、常に他者に大きな損害と不利益をもたらす。私が今、彼の住処に赴こう。」

「惱亂龍王、奮迅龍王、迦羅龍王如是等龍，不順正法。時陀摩睺阿修羅王既至龍所，作如是言：『汝於世人快得自在。人今助天，令我損減。人依食故而得壽命，汝當為我斷彼人食。汝若能爾，則無復人，若無人民，天則損減。如婆修吉龍王、德叉迦龍王是汝大怨，我於諸天亦復如是。吾之怨敵，汝可為我殄滅人界。』爾時，惡龍聞陀摩睺勇健阿修羅王如是說已，答言：『甚善！我當與汝共為伴侶，朋翼佐助。』

> 悩乱龍王、奮迅龍王、迦羅龍王などの龍たちは、正しい教えに従っていませんでした。そこへ陀摩睺阿修羅王が龍のもとにやって来て、こう言いました。「あなたがたは人間界で自由気ままに振る舞っている。しかし人間は天を助け、私の勢力を弱めている。人間は食物によって生きているのだから、あなたがたは彼らの食物を断ってしまいなさい。そうすれば人間はいなくなり、人間がいなくなれば天も衰えるだろう。婆修吉龍王や徳叉迦龍王はあなたがたにとって大きな敵だ。私にとって諸天も同じ存在だ。私の敵である人間界を、あなたがたが滅ぼしてくれ。」その時、悪しき龍たちは、この勇猛な陀摩睺阿修羅王の言葉を聞いて、こう答えました。「それは素晴らしい。あなたと手を組み、力を合わせましょう。」

「是時龍王自入其宮，起大瞋恚，震動大水，或百由旬、二百由旬、三百由旬。地住水上，以水動故大地亦動。非法惡龍動大地已，世間邪見諸論師等咸作是說：如是相者，國土災儉或言豐樂；或言王崩大臣受殃；或言王者靈瑞吉祥；或言兵起；或言安隱；或言水災；或言元旱。世間相師如是說於地動之相，而不能知動之因緣。復有異因緣故，令大地動，隨諸眾生行善不善業因緣故，令地大動。地下有風名為持風，持風動故，令大水動；大水動故，令大地動，五十由旬、或百由旬、或二百由旬、或三百由旬、或四百由旬。隨風廣狹，水動亦爾；如水廣狹，地動亦然。

> そこで、竜王は自らの宮殿に入り、激しく怒り狂い、大水を震動させた。その揺れはある時は百由旬、二百由旬、三百由旬にも及んだ。大地は水の上にあり、水が動くことで大地も大きく揺れた。 このような悪しき竜王が大地を揺るがすと、世間の邪見に満ちた論師たちは皆、次のように言い合った。「このような兆しは、国土に災いや飢饉が起こる事を示している」、あるいは「豊作と繁栄の兆しだ」とも言い、「王が亡くなり大臣が災いを受ける」と言う者もいれば、「王に霊妙な瑞兆や吉祥が訪れる」と言う者もいた。また「戦が起こる」と言う者もいれば「安穏である」と言う者もおり、「水害の兆しだ」と言う者もいれば「干ばつの兆しだ」と言う者もいた。 世間の相師たちは、このように大地の動く相について語るが、その動きの本当の原因を知ることはできない。さらには、別の因縁によっても大地は大きく動く。すべての衆生が善行や不善の業を行う、その因縁によって大地は大きく震動するのである。 地下には「持風」と呼ばれる風がある。この持風が動くことによって大水が動き、大水が動くことによって大地が動くのである。その揺れは五十由旬、あるいは百由旬、二百由旬、三百由旬、あるいは四百由旬に及ぶ。風の広がりに応じて水の動きもまた同じであり、水の広がりに応じて大地の動きもまた同じなのである。

「以何因緣風動故水動，水動故地動？即以聞慧天眼觀察：風持於水，水持於地，以風動故，大水則動；以水動故，大地則動。是為二因緣，故令地大動。

> 風が動くことにより水が動き、水が動くことにより大地が動く。その原因は何か。 聞慧（聞く智慧）による天眼で観察すると、風が水を支え、水が大地を支えている。そのため、風が動けば大きな水も動き、水が動けば大地も動く。この二つの因縁によって、大地が大きく動くのである。

「彼比丘觀二種動：若善因緣動，眾生豐樂無諸衰患；若諸眾生作不善行因緣動者，眾生則有不善事起。善不善等一切諸業，從因緣生，非無因生，非有作者，因果相似而得果報。邪見相師不識因果，作是說言：天帝動地；或言風動，災禍豐樂、飢儉荒壞，王者吉凶，風雨旱澇，兵革軍陣或起不起，天牛婆羅門或善或惡。世間相師占相吉凶，觀星宿者不識因果，但作此說。記說百災，一言有徵。愚人皆謂我此書記最勝無比。

> ある修行者が、二種類の「動き」（はたらき）を観察しました。善い因縁による動きがあれば、人々は恵まれ、繁栄し、苦しみや衰えはありません。もし人々が不善の行いという因縁によって動くならば、人々には不善の事柄が生じます。善と不善など、あらゆる業はすべて因縁から生じるのであり、因なくして生じるのではなく、また作り手（創造主）が存在するのでもありません。因果は対応して、その果報を得るのです。 しかし、誤った見解を持つ占い師たちは因果を認識せず、こう言います。「天の帝が地を動かした」とか、「風が動いたのだ」と。そして、災いや福、豊作や飢饉、荒廃、王の吉凶、雨風や干ばつ、戦や軍の陣が起こるか起こらないか、天牛（星座）やバラモン（婆羅門）が善いか悪いかなどと語ります。 世間の占い師たちは吉凶を占い、星宿を観測しますが、因果を理解していないので、このように言うばかりです。あらゆる百の災いを記し、一つの言葉が的中すれば、「私のこの書物の占いは、何ものにも勝って優れている」と愚かな人々は皆、思い込むのです。

「復次，比丘知業果報，觀陀摩睺阿修羅勇健阿修羅王、非法惱亂惡龍王等。具觀察已，為利一切諸世間故，思惟觀察：云何惡龍弊阿修羅，何因緣故損減不勝，不作衰損壞諸世間？即以聞慧知：閻浮提人若修行正法、孝養父母，供養沙門、婆羅門及諸耆老，若王大臣修行正法，爾時地神諸夜叉等，見彼惡龍、惡阿修羅欲行非法壞諸世間，即向大海至婆修吉龍王、德叉迦龍王等諸龍王所說如是事，復告虛空諸夜叉等說如上事。時虛空中諸夜叉等，聞諸地神說是語已，即以大身大神通力，生大瞋恚，口中出煙，乘空上行，往詣四天王所，說如是言：『提婆天王！惱亂惡龍、弊阿修羅，今欲破壞閻浮提中順法修行孝養之人。』

> さらに、比丘は業の報いを知り、陀摩睺阿修羅や勇健阿修羅王といった悪龍たちが、法に背いて世の中を乱す様子を観察した。あらゆる世の衆生を利益するために、深く思惟し観察した。「どういうわけで、悪龍や劣った阿修羅は勢いを失い、世の中に衰えや損害をもたらさないのだろうか」と。 そのとき、聞慧によって次のように知った。閻浮提の人々が正しい法を修行し、父母に孝養を尽くし、沙門や婆羅門、年長者を供養し、王や大臣が正しい法を行うならば、地神や夜叉たちは、悪龍や悪阿修羅が法に反して世の中を壊そうとしているのを見て、海へ向かい、婆修吉龍王や徳叉迦龍王などの龍王たちにそのことを告げる。また、虚空の夜叉たちにも同じことを伝える。 すると、虚空の夜叉たちは地神の言葉を聞いて、巨大な体と神通力をもって大いに怒り、口から煙を吐きながら虚空を飛び、四天王の元へ向かい、こう言った。「提婆天王よ、法を乱す悪龍や劣った阿修羅たちが、今まさに閻浮提で法を守り、孝養を実践する人々を壊そうとしています。」

「閻浮提中邪見論師見彼夜叉口中出煙，謂彗星出，言是閻羅王一百一子，不知乃是一百一大力夜叉。時彼世人，或有見者、有不見者。世俗相師說言：『是閻羅王一百一子。』不如實知，妄生分別，言彗星出：或言豐樂，或言飢饉，或言王者吉祥，或言王崩，或說兵起、或言不起，或言牛婆羅門吉與不吉，或言水旱災異，或言某國凶衰、或言某國無事。雖作此說，虛妄不實。

> 閻浮提（人間界）において、邪見に満ちた論師たちは、あの夜叉の口から煙が出ているのを見て、「彗星が出た」と言い、これを「閻魔王の百一人の子」だと語った。しかし実際は、それは百一人の大力の夜叉だったのである。当時の人々の中には、それを見る者もいれば、見ない者もいた。世俗の占い師たちは言う。「それは閻魔王の百一人の子である」と。しかし、彼らは事実を正しく知ることなく、誤った分別を起こして「彗星が出た」と言い、あるいは「豊作で喜ばしい」と言い、あるいは「飢饉が来る」と言い、あるいは「王様に吉祥がある」と言い、あるいは「王様が亡くなる」と言い、あるいは「戦争が起こる」と言い、あるいは「戦争は起こらない」と言い、あるいは「牛とバラモンにとって吉凶がある」と言い、あるいは「水害や干ばつの災いがある」と言い、あるいは「某国は凶事で衰退する」と言い、あるいは「某国は何もない」と言った。このように様々に語るが、それはすべて虚偽であり、真実ではないのである。

「復次，比丘知業果報，觀於惡龍、惡阿修羅所行之法。彼以聞慧見：彼大身大神通力行使夜叉，告諸天眾說如上事，時四天王告夜叉曰：『汝莫怖畏，汝莫怖畏！諸天尊勝，阿修羅眾怯弱下劣，何所能為？所以者何？閻浮提人修行正法，孝養父母，供養沙門、婆羅門，恭敬長宿。以是義故我眾增長，阿修羅弱，無所能為。』時虛空神諸大神通大夜叉等聞天所說，歡喜踊躍，於彼惡龍、阿修羅所，生大瞋恚，即下欲詣法行龍王婆修吉、德叉迦等諸龍王所，說上因緣。從空而下，一切身分光焰騰赫，見是相者，皆言憂流迦下魏言天狗下。若其夜下，世人皆見；若晝下者，或見不見。下入大海至彼法行大龍王所，說上因緣。見是相已，世間邪見諸呪術師咸作異說：是相出者，或言豐樂，或言飢饉，或言王者吉凶，或言兵起、或言不起，或言人民喪歿、或言不死，或言牛婆羅門有吉不吉。雖作此說，不知業果，隨相似說，無有真實。

> 次に、比丘たちよ、業の因果を知り、悪龍や悪阿修羅の行いを観察せよ。 彼は聞慧によって、あの巨大な体と大きな神通力を持つ夜叉が、天の衆に先の出来事を告げるのを見る。 その時、四天王が夜叉に告げた。 「恐れるな、恐れるな。諸天は尊く勝れており、阿修羅の衆は弱く劣っている。何ができるというのか？ なぜなら、閻浮提の人々は正しい法を修行し、父母に孝行を尽くし、沙門やバラモンに供養し、年長者を敬っているからだ。 その故に、我々の勢力は増大し、阿修羅は弱まり、何もできなくなるのだ。」 その時、虚空の神々や大きな神通力を持つ大夜叉たちは、天の言葉を聞いて歓喜踊躍し、悪龍や悪阿修羅に対して大きな怒りを生じた。 そして、すぐに降りて、法を行う龍王である婆修吉や徳叉迦などの龍王たちのもとへ行き、先の因縁について語ろうとした。 空中から降りる時、全身の各部から炎が赫々と輝き、それを見た人々は皆、「憂流迦が下りてきた」と言った。\*註: 中国では「天狗が下りる」と言う。 もし夜に下りれば、世の人々は皆それを見るが、昼に下りれば、見る人もいれば見ない人もいる。 彼らは大海に下り、法を行う大龍王のもとへ行き、先の因縁を語った。 これらの相を見た後、世間の邪見を持つ呪術師たちは、皆、異なる説明をした。 すなわち、この相が現れたのは、豊楽の兆しだと言う者、飢饉の兆しだと言う者、王者の吉凶に関わると言う者、戦が起こると言う者、起こらないと言う者、民が死ぬと言う者、死なないと言う者、牛やバラモンに吉凶があると言う者など様々であった。 彼らはこのように説くが、業の果報を知らず、似たようなものに従って説いているに過ぎず、真実はないのである。

「復次，比丘觀憂流迦天火下者，復有因緣，憂流迦下。諸天欲行，宮殿隨身，其行速疾，二殿竝馳，互相研磨令火熾焰，光明騰赫，從上而下。世人見已，諸呪術師及占星者作如是說：世間飢饉、或言豐樂，或言王者吉凶災祥，或言國土安寧、或言荒壞，或言畜生疫病流行民遭重疾、或言人畜安吉無為。諸世邪論雖作此說，而不能知相之因緣。何以故？但隨相說，不識業果故。所以者何？一切世間、沙門、婆羅門、若天、魔、梵、若阿修羅，不能如是知微細業因緣果報，不能思惟我此法律十善業道，唯除如來。

> また、比丘よ、憂流迦天（流星）が天から降るのを見るには、さらに別の因縁がある。憂流迦が降りてくるのだ。 天道の者たちが移動しようとする時、宮殿が身に付き従い、その移動は非常に速い。二つの宮殿が並んで走ることで、互いに擦れ合い、火を熾し、炎を輝かせながら、天上から降りてくる。 世の人々はこれを見て、呪術師や占星者たちがこう言う。「世間に飢饉が起きる」「あるいは豊作で楽しい」「あるいは王様に吉凶の災いがある」「あるいは国が安らかで平穏」「あるいは荒れて壊れる」「あるいは家畜に疫病が流行り、人々が重い病に遭う」「あるいは人や家畜が安らかで何事もない」と。 様々な世間の偽りの論はこのように説くが、その相（現象）の因縁を知ることができない。 なぜか。ただ相に従って説くだけで、業と果を認識しないからである。 その理由は何か。一切の世間の沙門や婆羅門、天、魔、梵天、阿修羅たちといえども、このような微細な業の因縁と果報を正しく知ることができず、我がこの法律における十善業道を思惟することができないのである。ただ如来だけは別である。

「復次，比丘知業果報，觀於空行大力夜叉，云何而得此大勢力，能行天上、能至大海法行龍王所？彼以聞慧見：空行夜叉大神通力入大海中，至婆修吉、德叉迦隨順法行大龍王所，說如是言：『陀摩睺阿修羅勇健阿修羅王至一切觀池，自觀其身（如上所說）。』時婆修吉德叉迦等諸大龍王，聞夜叉說，告夜叉曰：『非法惡龍，我當呵責，令其折伏。我當於彼閻浮提中降澍時雨，令閻浮提人百穀苗稼悉得增長，豐樂安隱。』夜叉聞已，歡喜而去。時大龍王婆修吉、德叉迦諸龍王等，自莊嚴已，往至非法惡龍惱亂龍王、奮迅龍王諸惡龍所，作如是言：『汝行非法，好作眾惡；我行正法，隨順眾善。汝於我等，非為善伴。我今欲與汝鬪，決其勝負。』時惱亂龍、奮迅龍等，聞是語已，即起莊嚴，震雷耀電、霹靂起火、降澍大雨。

> また、比丘たちよ。あなた方は業とその報いを知り、空を行く大力の夜叉を観察しなさい。では、どのようにして彼らはそのような大きな力を得て、天を行き、大海にある法を行う竜王のもとへ行くことができるのか。彼は聞く智慧によって、次のように見る。空を行く夜叉は大きな神通力によって大海の中に入り、婆修吉や徳叉迦といった法に従う大竜王たちのもとへ行き、こう言う。「陀摩睺阿修羅や勇健阿修羅王が、一切観池に行き、自らの姿を観じました（先に述べた通りです）」。その時、婆修吉や徳叉迦といった大竜王たちは、夜叉の言葉を聞き、夜叉に告げて言う。「非法な悪竜たちを、私は叱り、屈服させよう。私は閻浮提に時にかなった雨を降らせ、閻浮提の人々の穀物や苗がすべて成長し、豊かで安らかであるようにしよう」。夜叉はこれを聞き、喜んで去って行った。その時、大竜王である婆修吉や徳叉迦といった竜王たちは、自らを荘厳して、非法で悪事を好む竜王、悩乱竜王や奮迅竜王といった悪竜たちのもとへ行き、こう言った。「お前たちは非法を行い、多くの悪を好む。私は正しい法を行い、善に従っている。お前たちは、我々にとって良き伴侶ではない。今、お前と戦い、勝敗を決しよう」。その時、悩乱竜や奮迅竜などは、この言葉を聞き、すぐに立ち上がり荘厳し、雷を轟かせ、稲妻を光らせ、霹靂を起こし火を放ち、大雨を降らせた。

「若閻浮提人孝養父母，供養沙門及婆羅門、耆舊長宿，時婆修吉、德叉迦龍王等則得勝力，惱亂奮迅惡龍王等，破壞還退，令閻浮提雨澤以時，人民豐樂。時諸呪師占星宿者，妄作邪說，言八曜等功德相故、二十八宿功德相故，是故依時降澍大雨；牛婆羅門力故，令天降雨，非餘因緣。若閻浮提人不孝父母、不供養沙門婆羅門、不敬尊長、不行正法，婆修吉、德叉迦如法龍等退沒不如，時惱亂龍奮迅龍等，得大勢力，令閻浮提雨澤不時，災旱水澇，人民飢饉。世間邪見呪術占星諸相師等，作如是說：八曜過故，時節過故，卦相過故。諸外道等，不識業果，不知以眾人行惡令國災儉，更作異說，非如實見。何以故？若天世間、若魔世間、若梵世間，若沙門、婆羅門，非其境界，唯除如來及我弟子諸沙門等，聞我所說諸業果報，及餘業報決定之相，非是餘人能知此業。

> もし閻浮提の人々が父母に孝養を尽くし、修行僧やバラモン、年長者を敬い支えるならば、その時、婆修吉龍王や徳叉迦龍王などの善龍たちは力を得て、害をなす暴れ竜や猛る竜たちを打ち負かし退散させる。それにより閻浮提には季節にかなった雨が降り、人々は豊かで幸せに暮らす。 ところが、その時になって、呪術師や占星術師たちが誤った説をとなえ、「このような雨が降るのは、八曜の功徳の力によるのであり、二十八宿の功徳の力によるのである。それは牛のバラモンの力によって天が雨を降らせるのであって、他の原因によるものではない」と主張するのだ。 もし閻浮提の人々が父母に孝養を尽くさず、修行僧やバラモンを敬わず、年長者を尊ばず、正しい生き方をしないならば、婆修吉や徳叉迦のような正しい龍たちは力を失って後退する。その時、害をなす竜や猛る竜たちが大きな力を得て、閻浮提では雨が季節をはずれて降り、干ばつや洪水が起こり、人々は飢えに苦しむ。 世の中の誤った見解を持つ呪術師や占星術師、易者たちは、こう言い立てる。「これは八曜の軌道の乱れのせいだ。季節の巡りがおかしいせいだ。易の卦に不吉な兆しがあるせいだ。」と。 様々な外道の者たちは、因果の法則を理解せず、人々の悪行によって国に災害や飢饉が起こることを知らない。そのため彼らはまったく別の説をとなえるが、それは真実を見たものではない。 なぜか。天の世界であれ、魔の世界であれ、梵天の世界であれ、あるいは修行僧やバラモンであれ、彼らの理解の及ぶところではないのだ。ただ、如来と、私の弟子である修行僧たちだけが、私が説く様々な業の報いや、その他の因果の決定的な姿を聞いて知ることができる。他の者たちに、この業の道理を知ることはできないのである。

「復次，比丘知業果報，觀陀摩睺阿修羅所住之處，若如法龍王婆修吉等，得大勢力，非法者壞。陀摩睺阿修羅住星鬘城或住林中，心懷憔悴，光明威德悉亦損減，羞愧愁慼，自入其宮，作如是念：『我今何時能破諸天？』時陀摩睺思惟是已，即往羅睺阿修羅所，作如是言：『阿修羅王！汝當強力，無得怯弱，不久我當破彼天眾。』羅睺阿修羅王聞是語已，告陀摩睺勇健阿修羅言：『汝莫愁怖，且自安意，不久我能壞彼天眾及其天主帝釋天王。』時陀摩睺勇健阿修羅王聞是語已，復更歡喜，還其所止。

> また、比丘は業の報いを知って、陀摩睺阿修羅の住む場所を観察した。法に従う龍王の婆修吉などは大きな勢力を得るが、法に従わないものは衰退する。陀摩睺阿修羅は星鬘城か林の中に住み、心は憔悴し、光明や威徳もすべて減り失われ、恥じ入り憂いに沈んで、自らの宮殿に入り、こう思った。「私はいつになったら天を破ることができるのだろうか？」と。 そう考えた陀摩睺は、すぐに羅睺阿修羅のもとへ行き、こう言った。「阿修羅王よ、あなたは強くあれ、弱気になってはならない。まもなく私は天の軍勢を破るであろう。」 羅睺阿修羅王はこの言葉を聞き、陀摩睺および勇健阿修羅に告げた。「あなたがたよ、憂い怖れることなく、安心していなさい。すぐに私は天の軍勢とその天主である帝釈天王を打ち破ることができるであろう。」 その時、陀摩睺と勇健阿修羅王はこの言葉を聞いて、さらに喜び、それぞれの住処に帰っていった。

「復次，比丘知業果報觀星鬘城已，次觀陀摩睺阿修羅王餘地園林。彼以聞慧觀：陀摩睺有異園林，縱廣一萬三千由旬，園林流池，眾鳥異類遊戲之處，蓮華浴池鳧鴈鴛鴦周遍莊嚴，歡娛受樂。其地住處有七園林：一名雲鬘林；二名常林；三名戲樂林；四名果常集林；五名風樂林；六名伎樂林；七名雜寶林。是為七種大林。陀摩睺阿修羅之所住處，多諸眾侶，以自業力皆受富樂悉滿其中。

> さらに、比丘は、業の報いについて知るために、星鬘城を観察した後、次に陀摩睺阿修羅王の他の土地の園林を観察する。彼は聞慧によって次のように観察する。陀摩睺には独特の園林があり、その広さは縦横一万三千由旬におよぶ。園林には流れる池があり、さまざまな鳥たちが遊び戯れる場所である。蓮華の浴池には、カモやオシドリが美しく列をなし、楽しみや喜びを満喫している。その地の住処には七つの園林がある。一つ目は雲鬘林、二つ目は常林、三つ目は戲楽林、四つ目は果常集林、五つ目は風楽林、六つ目は伎楽林、七つ目は雑宝林である。これらが七種の大林である。陀摩睺阿修羅の住処には多くの仲間たちが集い、それぞれの業の力により豊かな楽しみを享受して、その地は彼らで満ちている。

「復次，比丘知業果報，觀陀摩睺阿修羅受業報果。以何業故生於彼處？即以聞慧知：此眾生於前身時，作大施會供養外道，行不淨施，雜漏不堅，以種種食施於破戒雜行之人，心無正思。如是施已，命終生於畜生之中，受陀摩睺阿修羅身，以下中上業，所得樂報亦下中上，因果相類。

> さらに、比丘たちよ、業（カルマ）の報いの道理を知り、陀摩睺阿修羅（タマフ・アスラ）が受ける業の報いを見極めなさい。いかなる業によって、彼らはその世界に生まれるのか。聞き知った智慧（もんえ）によって知るべきである。すなわち、この衆生は前世において、大規模な施しの集会を開き、外道を供養した。しかし、それは清らかでない施し（ふじょうせ）であり、もろく、欠けた行いであった。様々な食物を、戒を破り、雑乱の行いをする人々に施したが、心には正しい思惟（しゆい）がなかった。このように施しを行った後、命終えて畜生の世界に生まれ、陀摩睺阿修羅の身を受ける。下・中・上の業に従い、得る楽しみの報いもまた下・中・上である。原因と結果はこのように相応するのである。

「復次，比丘知業果報，觀勇健阿修羅王業之果報。以何業報得阿修羅王？彼以聞慧見：此眾生於人中時，憙作賊盜偷竊他物，以不正思，施離欲外道，充足飲食。以是因緣生阿修羅中。

> さらに、比丘は業とその報いを理解し、勇健阿修羅王の業の報いを観察します。どのような業の報いによって阿修羅王となるのでしょうか。彼は聞慧によって、この众生が人間であった時に、盗みを好み他人の物を窃取し、正しい思惟によらずに、欲を離れた外道に布施をして、飲食を十分に与えたことを見ます。この因縁によって阿修羅の中に生まれます。

「復次，比丘觀陀摩睺阿修羅壽命脩促。彼以聞慧、天眼觀察見：阿修羅壽六千歲，於閻浮提中六百歲以為陀摩睺阿修羅中一日一夜。如是壽命滿六千歲，少出多減，命亦不定。以善不善業因緣故，為畜生道業果所攝，於阿修羅為第二地。觀第二地已，隨順法行，觀一切眾生。順法眾生、法護眾生、一切生死所攝眾生，善業生於人天之中，惡不善業生於地獄、餓鬼、畜生。

> また、比丘は陀摩睺阿修羅の寿命の長短を観察します。彼は聞慧と天眼をもって観察し、以下のことを知ります。阿修羅の寿命は六千歳であり、閻浮提の六百年が陀摩睺阿修羅における一日一夜に相当します。このようにして寿命は満六千歳ですが、多少

「復次，比丘知業果報，觀天使者聞虛空中神通夜叉說是事已，為何所作？彼以聞慧知：天使者往詣護世鬘持天所，作如是言：『阿修羅眾不順法行，教諸惡龍為閻浮提順法行善諸福德人作不饒益，衰害惱亂。所以者何？恐彼行善順法之人命終生天，彼作是念：「閻浮提人以食因緣，能行布施、持戒、智慧，汝當往至閻浮提中降澍惡雨，害民百穀。」空行順法諸夜叉等，來至我所，說如是事。我今語汝，汝可展轉告餘天眾——若軍持天、三箜篌天、常恣意天——說如是事，普令得聞。』時四大天王聞其所說，往詣善見城中善法堂上，五欲功德眷屬具足憍尸迦天王所，廣說上事。天主憍尸迦即告護世四天王言：『汝當往詣閻浮提觀諸眾生，有信佛寶、法寶、比丘僧寶，供養沙門、婆羅門、耆舊長宿，知恩報恩、質直有信、孝養父母、受持齋戒、不諂不佞，不以斗秤欺誑於人互相陵易。』

> また、比丘（修行者）たちよ。仏法における因果の道理を知る者は、天使が虚空の神通力を持つ夜叉からこの事を聞いた後、何を行ったかを観察する。 彼は智慧の聞法によって、天使が護世の鬘持天（天人の名）のもとへ行き、こう語ったことを知る。 「阿修羅の軍勢は正しい法に従わず、悪龍たちに命じて、閻浮提（人間界）で正しい法を行い善を積む福徳ある人々に不利益をもたらし、衰えさせ悩ませています。なぜなら、行い正しく善を行う人々が命終えて天に生まれることを恐れるからです。彼らはこう考えています。『閻浮提の人々は食物の因縁によって布施を行い、戒律を守り、智慧を得ている。あなたたちは閻浮提に降り注ぎ、悪しき雨を降らせて人々の穀物を害しなさい』と。虚空を行く正しい法に従う夜叉たちが私のもとに来て、こうしたことを告げました。今、私はあなたに伝えます。あなたはさらに他の天の衆生たち――軍持天、三箜篌天、常恣意天――にこの事を伝え、広く知らせなさい。」 この時、四大天王はその話を聞き、善見城の善法堂にある、五欲の功徳と眷属を備えた帝釈天（しょうりてん）のところへ行き、先の出来事を詳しく報告しました。 帝釈天はすぐに護世の四天王に告げました。 「あなたたちは閻浮提へ行き、全ての衆生を観察しなさい。仏宝、法宝、比丘僧宝を信仰し、沙門（修行者）やバラモン（司祭）、年長者を供養し、恩を知り報いる心を持ち、正直で誠実に生き、父母を孝養し、斎戒を受け持ち、偽りやへつらいがなく、秤や升で人を欺いたり、互いに陵辱し合ったりしない者たちがいるかどうかを。」

「爾時，護世四大天王聞是語已，為利眾生，下閻浮提，一一國土、一一聚落、一一城邑軍營村柵，一一觀察修行法教，遍行普觀。爾時，護世四大天王見閻浮提人隨順法行，孝養父母、敬信三寶，見此事已，即詣大海大龍王宮戲樂城內婆修吉、德叉迦等大龍王所，作如是言：『法行龍王！勿怖，勿怖！非法減少，正法增長，破壞闇冥，顯發光明，動魔軍眾，天眾增長。天人龍王樂行正法，能擊法鼓、歌頌法音，增益天眾，減損諸魔、非法惡龍及阿修羅。』時婆修吉、德叉迦等諸大龍王聞已歡喜，即白護世四天王言：『我今歡喜，天王！我今不畏非法惡龍、非法惡行弊阿修羅，不能惱亂閻浮提中法行眾生。唯願仁者為我啟白釋迦天王。』時諸龍王說此語已，護世天王至帝釋所，具說上事。時天帝釋聞是語已，歡喜踊躍，伽陀頌曰：

> その時、この世界を護る四大天王はこの言葉を聞き、衆生の利益のために閻浮提に降り立ち、ひとつひとつの国、ひとつひとつの村、ひとつひとつの町や軍営や集落を巡り、修行と教えの実践を観察し、あまねくくまなく見渡しました。 その時、護世の四大天王は、閻浮提の人々が教えに従って行い、父母に孝行し、三宝を敬い信じているのをご覧になり、このことを見終えると、大海の大竜王の宮殿である戯楽城にある婆修吉や徳叉迦などの大竜王のもとへ赴き、こう申し上げました。 「法を行う竜王よ、恐れることはありません、恐れることはありません。非法は減り、正法は増え、闇は打ち破られ、光明が顕れ、魔の軍勢は動揺し、天人の勢いは増しています。天・人・竜王は正しい法を喜び、法の鼓を打ち、法の音を歌い謳い、天人の勢いを増し、諸々の魔や非法の悪竜、阿修羅を減らしています。」 その時、婆修吉や徳叉迦などの大竜王たちはこれを聞いて喜び、すぐに護世の四天王に申し上げました。 「私は今、喜んでおります。天王よ。私は今、非法の悪竜や非法の悪行のあさましい阿修羅をもはや恐れません。彼らは閻浮提において法を行う衆生を悩ませ乱すことができないからです。どうか、尊者よ、私たちのためにこのことを釈迦天王にお伝えください。」 その時、竜王たちがこの言葉を述べると、護世の天王たちは帝釈天のもとへ至り、先の出来事を詳しく伝えました。 その時、天帝釈はこの言葉を聞いて、歓喜し踊り、伽陀の詩を唱えました。

「『牟尼真知說實道，若人能行生天上，諦行布施修慈心，護諸眾生說愛語。正見清淨心離垢，佛說三十三天道，淨修眾善行相應，能以善心正依止。從此樂處至樂處，復從光明還入明，譬如朝落光明花，亦如一燈燃異燈，若人欲得如彼燈，莫行放逸自壞心。若有常行淨善心，離垢明淨如寶珠，是人智慧離塵垢，能至諸天所生處。持戒習禪及三昧，若人有能心修行，是人智慧如真金，必得往生諸天宮。若有捨離於殺生，於諸眾生起慈悲，愍哀質直心寂靜，如是之人生天宮。於一切人施軟語，捨離眾惡不善業，惡業不能污其心，如是之人生天宮。若人視金如草木，觀諸愛欲如火毒，如是離欲智慧人，則生天宮受快樂。若有不為欲境惑，不隨愛欲之因緣，得脫三惡道怖畏，如是之人生天上。若見鬪諍能勸喻，知識親族及兄弟，能善和解令無諍，如是之人生天上。若人離惡出欲泥，常施一切眾生樂，離垢寂滅心解脫，則能破壞魔軍眾。若能調伏於心意，不為心意之所使，是人清淨破怨敵，則得上生諸天宮。若有人能淨身業，遠離眾惡不善法，離欲修習禪定樂，如是之人生天宮。捨離放逸惡知識，斷除愛毒諸煩惱，不為女人欲所縛，如是之人生天宮。若人於法勤精進，布施持戒及三昧，志意勇猛心堅固，是人則生於天上。若人能於眾結縛，智刀斬之而不礙，自在離縛無所滯，如是之人生天宮，離諸欲垢不貪著，滅眾過惡除染愛。勇健離垢斷悕望，則得受於自果報，若有眾生受人報，能常修行眾善法。如是善人業果報，令天世間得增長，以人力故天增勝，以天擁護人安隱。各各迭互增勢力，得住正法隨順道，天之善道人世界，人之善道天世間。諸惡道地有三種，行善之人所遠離，汝應勇猛勤精進，當樂親近善知識，如是常應增長法，勉力勤加昇天宮。法為眾樂之根本，以法因緣得涅槃，眠睡眾生法常覺，法為最勝第一道。』

> 「牟尼（聖者）は真実の知恵と正しい道を説き、もし人がこれを実践すれば天上に生まれる。 真実に布施を行い、慈しみの心を修め、衆生を護り、愛語を説く。 正しい見解で心を清らかにし、塵垢を離れよ——仏は三十三天（忉利天）の道を説いた。 清らかに衆善を修め、それに相応しい行いを積み、善心をもって正しく依止せよ。 ここから楽しい境へ、さらに光明からまた光明へと入る。 例えば、朝に咲く光り輝く花のようなもの、また一つの灯が別の灯を点すようなもの。 もし人がその灯のようにありたいと願うなら、放逸に身を任せて自らの心を損なってはならない。 もし常に清らかな善心を行じ、垢を離れて宝珠のように明らかに清らかならば、 その人の智慧は塵垢を離れ、諸天の生まれる所に至ることができる。 戒を持ち、禅定と三昧を習い、もし人が心を込めて修行すれば、 その人の智慧は真金の如く、必ず諸天の宮殿に往生する。 もし殺生を捨て、諸々の衆生に慈悲を起こし、 哀れみ、質素で直心、心は寂静——そのようにする人は天宮に生まれる。 全ての人に柔らかな言葉を施し、諸々の悪や不善の業を捨て、 悪業がその心を汚すことのない——そのようにする人は天宮に生まれる。 もし人が金を草や木のように見なし、諸々の愛欲を火や毒のように観じるならば、 そのような愛欲を離れた智慧ある人は、天宮に生まれ、楽しみを受ける。 もし欲の境に惑わされず、愛欲の因縁に従わず、 三悪道の恐怖から脱することができるなら、そのようにする人は天上に生まれる。 もし争いを見て人を諭し、知識や親族や兄弟を うまく和解させて争いをなくすなら、そのようにする人は天上に生まれる。 もし人が悪を離れ、欲の泥から出て、常に一切の衆生に楽を施し、 垢を離れ、寂滅し、心が解脱すれば、魔軍の群れを打ち破ることができる。 もし心を調伏することができ、心の命令に使われることがなければ、 その人は清らかで怨敵を破り、天上の諸天の宮殿に生まれることを得る。 もし人が身の業を清め、諸々の悪や不善の法を遠く離れ、 欲を離れ、禅定の楽しみを習修するなら、そのようにする人は天宮に生まれる。 放逸や悪知識を捨て、愛毒と諸々の煩悩を断ち切り、 女の欲望に縛られない——そのようにする人は天宮に生まれる。 もし人が法において精進に励み、布施、持戒、そして三昧を 志と勇猛な心で固く保つなら、その人は天上に生まれる。 もし人が様々な束縛に対して、智慧の刀で斬って妨げないなら、 自在に縛りを離れ、滞ることがない——そのようにする人は天宮に生まれる。 諸々の欲の垢を離れ、貪らず、多くの過ちや悪を滅し、染まりや愛着を除く。 勇猛で清らか、願望を断つなら、自らの果報を受けることができる。 もし衆生が人の報いを受け、常に衆善の法を修行するなら、 そのような善人の業の果報は、天の世界を増大させる。 人の力によって天はより勝れ、天の擁護によって人は安らかとなる。 互いに力を増し合い、正法に住し、道に従うことができる。 天の善道は人の世界、人の善道は天の世界。 諸々の悪道は三種あり、善を行う人はそれらを遠く離れる。 汝は勇猛に精進し、善知識に親しむことを楽しむべきである。 このように常に法を増長させ、努力して勤め、天宮に昇れ。 法は全ての楽しみの根本であり、法の因縁によって涅槃を得る。 眠っている衆生は法によって常に目覚める。法は最も勝れた第一の道である。」

「時天帝釋如是教勅護世四大天王，為護閻浮提人增長正法得利益故，遍行觀察。

> その時、天帝（たいてい）＝帝釈天（たいしゃくてん）は、こうして世界を守護する四人の大王（天王）に教えを授けました。「閻浮提（えんぶだい）＝この世界の人々を守り、正しい教えを広めて、彼らに利益をもたらすために」と。そして、その教えに従って、四大天王は世界中をくまなく巡り、観察し始めたのです。

「復次，比丘知業果報，觀天心行已，內自思惟，隨順法行。

> さらに、比丘は業の報いを知り、天人の心の働きを観察した後、内に自ら深く考え、法に従って行動する。

「復次，比丘知業果報，觀阿修羅第二地已，次觀第三阿修羅地。何等為第三阿修羅地？彼以聞慧見：第三地在第二地下二萬一千由旬，有阿修羅地名修那婆，縱廣一萬三千由旬，樹林欝茂，浴池流泉眾花常敷，伎樂充滿。城名鋡毘羅，縱廣八千由旬，於彼城中，有阿修羅王名曰花鬘，阿修羅民名遊戲行。彼阿修羅鋡毘羅城，種種眾寶以為莊嚴，園林遊戲，清流浴池蓮花具足，遊戲阿修羅眾悉滿其中。有四大林以為莊嚴，於六時中花常鮮榮。何等為四？一名鈴鬘：一一林樹皆有寶鈴出妙音聲。二名黃鬘：其林皆悉是真金樹。三名焰鬘：其樹花色猶如火焰。四名雜林：諸雜花果以為莊嚴。此四種林莊嚴阿修羅鋡毘羅城，遊戲阿修羅住處快樂如天無異，以眾塗香末香，自塗其身，常樂遊戲歌舞戲笑，百千婇女圍遶衛護。花鬘阿修羅王常遊園林而相娛樂，種種眾寶莊嚴其身，是名遊戲阿修羅所受樂處。「時第二地勇健阿修羅王遣使，名曰閻婆，來詣花鬘阿修羅所，作如是言：『閻浮提人供養父母、知恩報恩、恭敬沙門及婆羅門，如法行故，令天有力，我當竭力破壞人天所行正法。』是時第三地花鬘阿修羅王聞是說已，如上所說，心懷瞋恚作如是言：『我當云何壞彼人天？因人故天，人天即是我之大怨。』時第三地遊戲阿修羅，即時莊嚴種種鉀冑，執持器仗，欲詣樂城龍王宮殿。時婆修吉、德叉迦大龍王等，聞阿修羅聲，生大瞋恚，身出電光赫焰大明，雨大熾電，無量百千億龍從海中出，共阿修羅興大鬪諍。

> また、比丘は業の報いを知り、第二の阿修羅地を見終えた後、次に第三の阿修羅地を観察する。では、第三の阿修羅地とは何か。彼は聞き覚えた智慧によって次のように見る。第三の地は、第二の地の下方二万一千由旬にある。そこには修那婆という名の阿修羅の地があり、縦横一万三千由旬である。林は生い茂り、浴池や泉が流れ、多くの花が常に咲き誇り、遊楽が満ちている。都は鋡毘羅という名で、縦横八千由旬である。その都には花鬘という名の阿修羅王がおり、民は遊戲行と呼ばれる。鋡毘羅の都は様々な宝で飾り立てられ、園林での遊びや清らかな流れの浴池、蓮の花が備わり、遊戲阿修羅の民で溢れている。また四つの大きな林が荘厳を添え、六つの季節を通じて花は常に美しく咲く。その四つとは何か。第一は鈴鬘である。一本一本の木には宝の鈴があり、美しい音を奏でる。第二は黄鬘で、その林はすべて真金の木である。第三は焔鬘で、木の花の色は炎のようである。第四は雑林で、様々な花や果実が飾りとなっている。この四つの林が鋡毘羅の都を飾り、遊戲阿修羅たちは天界と変わらぬ楽しみの中で暮らし、様々な塗香や末香を身に塗り、常に歌舞や遊びに興じ、無数の女官たちに囲まれて守られている。花鬘阿修羅王は常に園林で遊び楽しみ、様々な宝で身を飾っている。これが遊戲阿修羅の楽しむ場所である。 その時、第二の地の勇健阿修羅王が閻婆という名の使いを、花鬘阿修羅のもとに送り、こう言った。「閻浮提の人々は父母を養い、恩を知り報い、沙門や婆羅門を敬い、正しい行いをしているため、天の力が強まっている。私は全力を尽くして、人と天の正しい法を打ち壊さねばならない。」これを聞いた第三の地の花鬘阿修羅王は、先に述べたように、心に怒りを抱き、こう言った。「私はどうすれば彼らの人と天を打ち壊せるだろうか。人によって天があり、人と天こそが我が最大の敵である。」その時、第三の地の遊戲阿修羅は、直ちに様々な鎧兜を身に着け、武器を手に取り、楽城にある龍王の宮殿へ向かおうとした。すると婆修吉、徳叉迦といった大龍王たちが阿修羅の騒ぎを聞き、激しい怒りを起こして、身体から稲光を放ち、赫灼たる大火を起こし、激しい雷電を降らせた。無数の百千億の龍が海の中から現れ、阿修羅と大きな戦いを繰り広げた。

「若閻浮提人修行正法，龍則得勝，阿修羅眾四散破壞；若世間人不順正法，則阿修羅勝，龍眾破壞。既被破已，往白天使者曰：『大仙！我今被破，汝應竭力破阿修羅。』時天使者聞是事已，心生瞋恚，口中煙出，往告四天王白言：『天王！阿修羅勝，龍今破壞。』

> もし、人間の世界（閻浮提）に住む人々が正しい教え（正法）を行えば、龍の軍は勝利し、阿修羅の軍は四方に散り散りに敗れ去ります。 しかし、もし世の人々が正しい教えに従わなければ、阿修羅が勝利し、龍の軍は打ち破られます。 龍の軍が敗れた後、彼らは天の使いのもとへ行き、こう告げます。 「大いなる仙人よ、我々は今、敗れてしまいました。どうかあなたの力を尽くして、阿修羅を打ち破ってください。」 すると天の使いはこの言葉を聞き、激しい怒りを心に起こし、口から煙を吹き出しながら、四天王のもとへ行って言いました。 「天の王よ、阿修羅が勝ち、龍の軍は敗れました。」

「閻浮提中邪見相師見煙相已，咸作是說：彗星出現，或豐或儉、或水或旱，亦如上說。是為第二因緣彗星出現。若天龍勝，則時雨數降，疫氣不行、兵革不起。邪見相師復作此說：是八曜力之所作為，廣說上事。若諸世間不修正法、不順法行、不孝父母、不敬沙門及婆羅門，則阿修羅勝。以阿修羅勝故，雨澤不時、人民飢饉、兵刃數起。世間邪見諸相師等作是思惟：八曜所作；為世人說星宿之過，廣說如上。如是一切諸外道等，不知正法及以非法，以愚癡心憶想分別，不如實說。

> 閻浮提において、誤った見解を持つ相師たちは、煙の相を見た後、口を揃えてこう言う。「彗星が現れると、豊作や凶作、洪水や干ばつがある」と。これは前に述べた通りである。これが彗星出現の第二の因縁である。 もし天竜が勝るならば、時宜にかなった雨が降り、疫病は起こらず、戦争も起こらない。誤った見解の相師たちはさらにこう説く。「これは八つの曜の力が為したことだ」と、前と同じことを広く述べる。 もし世の人々が正しい法を修めず、法に従った行いをせず、父母に孝行せず、沙門やバラモンを敬わないならば、阿修羅が勝つ。阿修羅が勝つゆえに、雨が時に従わず、人々は飢饉に見舞われ、戦乱が頻発する。 世間の誤った見解を持つ相師たちは、こう思い巡らす。「これは八つの曜が為したことだ」と。世人のために星宿の過ちを説き、前と同様に広く述べる。 このように、あらゆる外道たちは、正法と非法とを知らず、愚かな心で憶念し分別して、如実に説くことがない。

「以阿修羅勝，龍王不如，時護世四天王即向四天眾，伽陀頌曰：

> 阿修羅が勝ち、龍王が及ばないのを見て、護世の四天王は即座に四天の衆に向かって、伽陀（うた）で次のように詠じました。

「『法勝非法減，增實離妄語，天勝阿修羅，光明勝黑闇。布施勝慳貪，持戒莫毀犯，佛勝非外道，不動勝退沒。實語莫諂曲，悲心勝怨害，慈心勝瞋恚，天王勝修羅。上勝下莫增，豐勝勿飢饉，智勝滅愚癡，法戒滅眾惡。精進離懈怠，丈夫勝女人，長者勝小人，忍勝於瞋恚。人勝非惡龍，白日勝於夜，月勝非餘曜，五穀勝菅苗。滅苦樂增長，離病常安樂，柔軟勝麁惡，解脫滅眾縛。法戒勝一切，善法常增勝，不善常消滅。』

> 「正しい教えは勝ち、間違った行いは減る。 真実を増やし、偽りの言葉を離れる。 天人は阿修羅に勝ち、光明は闇に勝つ。 施しはけちに勝ち、戒律を守り、それを破ってはならない。 仏は外道に勝ち、動じないことは退くことに勝る。 真実の言葉を語り、お世辞を言わず、 思いやりの心は恨みや害に勝つ。 慈しみの心は怒りに勝ち、天主は修羅に勝つ。 優れたものは下のものに勝ち、多いものは少ないものに増さない。 豊かさは飢饉に勝ち、 智慧は愚かさを滅ぼし、教えと戒めは全ての悪を滅ぼす。 努力は怠けに勝ち、立派な人は女性に勝ち、 年長者は若輩に勝ち、忍耐は怒りに勝つ。 人は悪い龍に勝ち、白昼は夜に勝る。 月は他の星々に勝ち、五穀は雑草に勝つ。 苦しみは滅び、楽しみは増え、 病を離れて常に安らかである。 柔和は粗野に勝ち、解脱はあらゆる束縛を滅ぼす。 教えと戒律はすべてに勝ち、善い行いは常に増え広がり、 不善な行いは常に消え去る。」

「護世四天王如是說已，即擊天鼓作如是言：『諸天大眾！龍王退弱，阿修羅勝。』時諸天眾聞是語已，莊嚴器仗，於須臾頃至大海上。若世間人孝養父母、敬事沙門，阿修羅眾見諸天來，即時退散，還入其宮。若諸世人不孝父母、不敬沙門及婆羅門，於須臾時，與天共鬪，天亦得勝，花鬘阿修羅王敗散還宮。比丘如是觀阿修羅與天共鬪，如實見已，生厭世心，順法修行。

> 四天王がこう言い終えると、直ちに天の太鼓を打ち鳴らして、次のように宣言しました。「天の衆生たちよ！龍王は劣勢となり、阿修羅が優勢である。」 これを聞いた天の衆生たちは、すぐに武装を整え、瞬く間に大海の上に集結しました。 世の人々が父母を敬い養い、沙門（修行者）を敬うならば、阿修羅の軍勢は天々が来るのを見て、即座に敗走し、自分たちの宮殿に逃げ戻ります。 しかし、世の人々が父母を敬わず、沙門や婆羅門（バラモン）を敬わないならば、瞬く間に天々と戦いが始まります。それでも天が勝利し、花鬘阿修羅王は敗れて宮殿に逃げ戻ります。 比丘（修行者）は、このように阿修羅と天々の戦いを観察し、ありのままに見極めた後、世の中への厭離の心を起こし、教えに従って修行するのです。

「復次，比丘知業果報，觀第三地花鬘阿修羅王所受業報。以何業故，生第三地？彼以聞慧見：此眾生因節會日，相撲射戲、樗蒱圍碁種種博戲。因此事故，行不淨施，無心無思亦無福田。是人身壞墮於惡道，生遊戲行阿修羅中，壽七千歲。以人中七百歲，於阿修羅中一日一夜，如是壽命滿七千歲，亦有中夭，命亦不定。

> さらに、比丘よ、業の報いを智慧によって観察しなさい。第三地に住む花鬘阿修羅王が受ける業報について見てみよう。どのような因縁によって第三地に生まれるのか。 彼は聞く智慧によって理解する。この衆生は、祭礼の日に相撲や弓矢の競技、双六や囲碁など様々な遊戯に興じた。このような行いの結果、不浄な布施を行い、無心であり、深い思慮もなく、また福田（功徳を生む対象）も持たなかった。そうした人は命終の後に悪道に落ちて、遊戯行阿修羅の中に生まれ、寿命は七千歳である。 人間の七百年が、阿修羅界の一日一夜に相当する。そのようにして寿命は七千年に達するが、中には途中で命を終える者もあり、寿命は必ずしも定まっていない。

「復次，比丘知業果報，觀察思惟花鬘阿修羅王。即以聞慧知：此阿修羅王以食施於破戒病人，心無淨思。以此業緣生阿修羅中，於鋡毘羅城作阿修羅王，名曰花鬘。其所食味，如天所食須陀之味，一切樂具，如前所說。

> さらに、比丘たちよ、業（行為）の因果を悟り、観察し、思惟して花鬘阿修羅王について知る。すなわち、聞く智慧によって知る——この阿修羅王は、破戒の病人に食物を与えたものの、心に清らかな思いはなかった。この業の縁によって阿修羅界に生まれ、鋡毘羅城の阿修羅王となり、その名を花鬘という。彼が食べる味わいは、天人が食べる須陀の味わいのようであり、一切の楽しみの道具も、前に述べた通りである。

## 正法念處經卷第十九

> 正法念処経 巻第十九