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title: "正法念處經 · 22"
description: "正法念处经是佛教重要经典，由元魏时期译经师瞿昙般若流支翻译。该经属于小乘佛教典籍，成书于古印度，后传入中国。经文主要阐述通过正念观察身心现象，达到解脱的修行方法，详细分析六道轮回、因果业报等佛教核心教义。内容涵盖四念处修法、三十七道品等修行体系，强调通过观照身、受、心、法来破除执着。在佛教史上具有重要地位，是研究早期佛教禅修理论的重要文献，对后世禅修实践影响深远，被列为汉传佛教基本经典之一。"
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## 正法念處經卷第五十七

> 正法念処経 第五十七巻

元魏婆羅門瞿曇般若流支譯

> 元魏の婆羅門瞿曇般若流支訳

### 觀天品之三十六夜摩天之二十二

> 観天の章 第三十六<note>夜摩天の二十二</note>

「時，夜摩天王牟修樓陀知諸天眾心生厭離，復為現化，令增厭離，化作天眾，於華葉中遊戲歌舞，諸實天眾本未曾見。如是天眾遊戲受樂，有無量種無量差別，為實天眾得離慢故。時，實天眾聞諸化天歌樂音聲，心生羞恥，止不歌舞，不能遊戲、不受欲樂，一心正住，觀化天眾。見化天眾作無量種歌舞戲笑，無量差別、無量可愛，更無相似可以譬喻。時諸化天蓮華葉中歌舞遊戲，種種受樂。

> 時に、夜摩天王の牟修樓陀は、諸々の天人の心に厭離の念が生じたのを見て、さらに厭離の心を増すために、化身を現しました。そして、華の葉の中で遊戯し歌舞する天人の眾を化作し、それは実在の天人たちがかつて見たことのないものでした。このように化身の天人は、遊戯して楽しみを受けること、無量の種類、無量の差別があり、実在の天人が慢心を離れるためでした。 その時、実在の天人は、化身の天人の歌や楽の音声を聞いて、心に羞恥の念を生じ、歌舞を止め、遊戯することができず、欲楽を受けず、一心に正しく住して、化身の天人の姿を観察しました。そして、化身の天人が無量の種類の歌舞や戯笑を、無量の差別、無量に愛すべき様子で行い、これに似たものもなく譬えることもできないのを見ました。その時、諸々の化身の天人は、蓮華の葉の中で歌舞し遊戯し、種々の楽しみを受けていました。

「爾時，天王牟修樓陀見實天眾心離憍慢善調伏已，復於蓮華葉中化天歌舞。有一華葉，滿中化天，忽然墜落墮大池中，或有深沒更不復出，或有涌出在於水上，或如死屍浮在水上，或有相抱二俱沈沒，皆唱是言：『救我，救我！』迭互相喚。或有相抱發聲大叫，或有相抱而便沈沒。諸實天眾在大池岸觀諸化天，見化天眾退沒亂壞，極生怖畏，極大愁惱。

> その時、天王牟修楼陀は、実天の衆生たちが心から驕り（おごり）を離れ、よく調え整えられたのを見て、蓮（はす）の葉の中に、さらに天人の歌舞を化現させた。 一つの蓮の葉の上にいた、大勢の化現された天女たちは、突然に堕ちて大池の中に落ちた。中には深く沈んで、二度と浮かび上がらない者もあり、水面に湧き出る者もあり、あるいは死体のように水に浮かんでいる者もいた。また、互いに抱き合って二つとも沈む者もあり、皆、「私を助けて！　私を助けて！」と叫び、互いに呼び合った。あるいは抱き合って大声で叫び、あるいは抱き合ったまま沈んでいった。 実天の衆生たちは、大池の岸辺に立って、これらの化現された天女たちを眺め、その天女たちが退き滅び、乱れ壊れる様子を見て、極度の恐怖と、はかり知れないほどの愁い悩みを生じた。

「爾時，池中一蓮花葉既墮落已，復有一蓮華葉化天滿中，而復墜落墮大池中，或有沈沒、或有少力浮在水上發聲大叫、或有沈沒不知所在，或有死已沒於水下、或有死已浮在水上猶如船栰。或有叫喚，或共天女相抱大叫，或為天女兩手急抱而沒水中。猶如人間在惡水中，船栰壞時，人皆沈沒。此化天眾住花葉中，與葉俱墜清淨水中，沒在大池，亦復如是。

> その時、池の中にあった一つの蓮の葉が既に落ちてしまった後、また別の蓮の葉が現れ、天人の姿に変えられて池の中に満ちていましたが、やがてそれもまた落ちて大きな池の中に沈みました。ある者は沈み込み、ある者はかろうじて水面に浮かび上がって大声で叫び、ある者は沈んでどこにいるのか分からなくなり、ある者は死んで水中に沈み、ある者は死んでから筏のように水の上に浮かんでいました。また叫ぶ者、天女と抱き合って大声で叫ぶ者、天女に両手でしっかりと抱きしめられて水中に沈む者もいました。それはまるで人間の世界で、荒れた水中で船や筏が壊れた時、人々が皆沈んでしまうのと同じでした。この変わり身の天の衆生たちは蓮の葉の中に留まり、葉と共に清らかな水の中に落ち、大きな池の中に沈んでしまったのです。

「爾時，復有一蓮華葉化天滿中，而復墜落墮大池中，如石墮水，不復更出。爾時復有一蓮華葉，多有化天住在其中，而復墜落，墮大池中，迭共相抱，皆大叫喚。或沒半身，久時叫喚，然後盡沒。如是百百千千，有無量種安詳徐墮大池水中，猶如沈石，令實天眾皆悉見之。無量天眾沒已不出。

> その時、また一つの蓮の葉に満ちた化身の天人がいたが、それもまた大きな池に落ちた。石が水に沈むように、二度と浮かび上がることはなかった。さらにまた、多くの化身の天人がその中にいる一つの蓮の葉があり、それもまた落ちて大きな池の中に落ちた。互いに抱き合い、皆、大声で叫び、半身を沈めて長い間叫び続け、ついには全て沈んでいった。このようにして、百、千、無数の種類があり、安らかにゆっくりと大きな池の水の中に落ちていく様子は、まるで沈む石のようであり、真実の天の衆は皆それを見ていた。無量の天人は沈んでから二度と出てこなかった。

「爾時，復有一蓮華葉滿中化天，臨欲墮落，發聲大叫，如大山崩或如地動，或如大海潮波之聲。化天墮時，出大音聲，亦復如是。時實天眾在彼岸上，聞化天眾如是音聲，見如是等諸衰惱事，皆生厭離，心大恐怖，周匝遶池觀此化天，心極厭離，共相謂言：『如此之事，本所未見。』『有如是等一切天眾極大衰惱，昔所未聞，昔所未見此大怖畏。』作是語已，或有思惟，極生厭離。爾時，復有一蓮華葉滿中天女，而復墜落墮大池中，驚怖求哀，唱如是言：『救我，救我！』復相謂言：『若天放逸，則得如是衰惱殃禍，墜落退沒。』互相告已，時諸實天心得調伏，皆生厭離，不行放逸，心得隨順。

> その時、また一つの蓮の葉の上に満ちていた天人が、今まさに堕ち落ちようとして、大声で叫びました。その声は、あたかも大山が崩れ落ちるようであり、あるいは大地が震動するようであり、大海の潮の波音のようでもありました。化身した天人が堕ちる時、大きな音を発するのも、また同じでした。 その時、実際の天人の衆は彼岸の上で、化身した天人の衆のこのような音声を聞き、このような様々な衰えや悩みの事柄を見て、皆、厭離の心を生じ、心に大きな恐怖を抱きました。池の周りを巡りながら、この化身した天人の姿を観て、心は極度に厭離し、互いに語り合いました。 「このようなことは、これまで見たことがない。」 「このような一切の天人の衆に、極めて大きな衰えや悩みがあるとは、昔も聞いたことがなく、昔も見たことがない、この大きな恐怖は。」 このように言った後には、ある者は思いめぐらして、極度に厭離の心を生じました。 その時、また一つの蓮の葉の上に満ちていた天女が、大池の中に堕ち落ちました。驚き怖れて救いを求め、「私を救ってください、私を救ってください！」と唱えました。 また互いに言い合いました。「もし天人が放逸であれば、このような衰えや悩みの禍いを得て、堕ち落ち退転してしまうのだ。」 互いに告げ終わると、その時、実際の天人の皆は心を調え、皆、厭離の心を生じ、放逸を行わず、心は従順を得ました。

「時，夜摩天王牟修樓陀見實天眾心調伏已，為利益他，自隱其身，入蓮花臺。共諸調伏不放逸天入蓮華臺，令實天眾不見天王。王及天眾第一善心，為利天眾，皆共入於蓮花臺中。餘實天眾不見其身，觀諸實天，作如是念：『彼天云何，為調伏不？為離慢不？』

> 時に、夜摩天の王 牟修楼陀は、調伏された実天の者たちを見て、他の者を利益するために自らの身を隠し、蓮華の台に入られた。調伏され、放逸ではない天の者たちと共に蓮華の台に入り、実天の者たちには王の姿が見えなくなった。王と天の者たちは第一の善心をもって、天の者たちを利益するために、皆共に蓮華の台の中に入った。残りの実天の者たちはその姿を見ることができず、他の実天の者たちを観察して、こう思った。「あの天の者たちは、調伏されたのだろうか？慢心を離れたのだろうか？」

「爾時，天王知諸天眾心善調伏，乃至心中不念放逸，皆生怖畏。『今正是時，應為說法而攝取之。』知此事已，於大池中大蓮華內復作變化，令生怖畏。化作蓮華，有無量葉及諸化天，在蓮華葉墜於大池。墮於水時，出無量種怖畏之聲，而復化作無量天眾死屍狼藉。夜摩天王牟修樓陀心自思惟：『如是天眾極大怖畏，或當馳走奔於餘地。』即復化現令其不去，唯觀化天，轉轉復生大厭離心。如是一切種種化現皆悉作已，與其天眾入花臺中，復更觀察。遍觀察已，第一悲心，為利天眾，出蓮花臺。共諸天眾出華臺已，即攝神力，化事皆滅，安慰天眾作如是言：『若天放逸，一切皆當得此衰惱。一切怖畏，放逸為本；不放逸天則不怖畏，不得衰惱。』

> その時、天主は天の民たちの心がよく調えられ、心のうちに放逸（ほういつ）の念さえなく、皆が恐怖を抱いているのを見て、こう思った。「今こそ、説法をもって彼らを導くべき時である。」 これを知った天王は、大いなる池の中にある大蓮華の内でさらに変化を起こし、彼らに恐怖を生じさせた。すなわち、無数の葉を持つ蓮華を化現し、その蓮華の葉の上にいる諸々の化天（けてん）が、大池に堕ちていった。水に落ちる時、無量の恐ろしい音を発し、さらに無数の天人の死体が乱れ散っている様を化現した。 夜摩天（やまてん）の王、牟修楼陀（むしゅるだ）は心に思った。「この天の民たちは、極度の恐怖に陥り、あるいは他の場所へ逃げ去ってしまうかもしれない。」そこで、彼らが逃げ出さないようにさらに化身を現し、彼らがただ化天を見つめ、次第に強い厭離（おんり）の心を起こすようにした。 このように様々な変化を全て施した後、彼は天の民たちと共に蓮華の台座の中に入り、さらに観察を続けた。隅々まで観察し終えると、第一の慈悲の心をもって、天の民たちを利益するために蓮華の台座から出た。そして天の民たちと共に台座を出ると、神通力を収め、全ての化身の現象を消し去り、天の民たちを慰めてこう言った。 「もし天人が放逸に陥れば、全てはこのような衰えと悩みを受けることになる。全ての恐怖は、放逸を根本とする。放逸でない天人は、恐れることもなく、衰え悩むこともないのだ。」

「爾時，天王牟修樓陀為諸天眾，以偈頌曰：

> その時、天主の牟修楼陀は天の衆生に向けて、次の詩句を語った。

「『愚癡樂放逸，常受諸苦惱，若離放逸者，則得常安樂。一切諸苦樹，放逸為根本，是故欲離苦，應當捨放逸。』

> 「愚かさによって、いい加減に生きることを好む者は、絶えずさまざまな苦しみを受ける。 もし、いい加減な生き方から離れるならば、常に穏やかな安らぎを得るだろう。 あらゆる苦しみという木々は、いい加減な生き方を根としている。 それゆえ、苦しみから離れたいと願うなら、いい加減な生き方を捨てるべきである。」

「爾時，實天見夜摩天王牟修樓陀，心皆安隱，歡喜馳趣夜摩天王，共相謂言：『我今得主——夜摩天王。今者坐於大蓮華臺，天眾圍遶，能救護我，能攝受我。』如是各各共籌量已，一切皆走向大蓮華上蓮花臺。牟修樓陀天王住處師子之座與蓮華臺二俱同色，夜摩天王共餘天眾住華臺中。天眾到已，白天王言：『誰令天眾如是破壞、如是衰惱、如是墜墮沈沒水中，唱聲叫喚？誰能如是與諸天眾種種苦惱？』

> その時、実天は、夜摩天王ムシュクンダ（牟修楼陀）の心が安らかで穏やかであるのを見て、皆喜び勇んで夜摩天王のもとへ急ぎ、互いに言い合った。「今、我らは主を得た。夜摩天王である。今、王は大いなる蓮華の台座に座り、天衆に囲まれて、我らを救い護り、受け入れて下さる。」と。このように、それぞれが語り合ってから、皆一斉に大いなる蓮華の上の蓮華台へと向かった。ムシュクンダ天王の住む獅子座と蓮華台は、まったく同じ色をしていた。夜摩天王は、他の天衆と共に蓮華台の中にいた。天衆は到着すると、天王に申し上げた。「いったい誰が、天衆をこのように破壊し、このように衰え悩ませ、このように水中に墜ち沈ませ、叫び声を上げさせたのでしょうか？ 誰が、このように天衆に様々な苦しみを与えたのでしょうか？」

「爾時，天王牟修樓陀告天眾曰：『此放逸過，一切眾生必定皆有。汝等天眾皆悉未知。』

> その時、天王ミシュローダは天の民たちに告げて言いました。「この放逸（ほういつ）という過ちは、すべての生きとし生けるものにかならずあるものなのです。あなたがた天の民は、そのことをまだ知らないでいるのです。」

「爾時，天主牟修樓陀為諸天眾，以偈頌曰：

> その時、天の主である牟修樓陀は、天の衆に向けて、次のような偈（うた）を詠みました。

「『一切諸眾生，皆悉不能破，一切諸業行，無有能勝者；能令諸世間，一切皆失壞，以有如是力，是故名為死。彼能壞世間，能破陰界入，死王從此世，將至未來世。無力能抵捍，無有能救者，唯有法能救，是故法名救。命速不久停，壯色亦如是，死來甚迅速，不應生放逸。一切眾生樂，皆為無常壞，命為死所滅，不應樂放逸。若善業盡時，必至三惡趣，既知如是過，不應樂放逸。世間屬無常，皆有三毒刺，有生故有死，不應樂放逸。死能破壞命，老能令衰變，病能壞安隱，不應樂放逸。業繩縛眾生，心依繩閣道，流轉三有中，不應樂放逸。樂者必受苦，苦者苦轉勝，公夫為妻子，不應樂放逸。母亦為妻室，妻亦為怨家，此等輪轉行，不應樂放逸。於園林山谷，天女眾圍遶，世間皆當盡，不應樂放逸。一切天受樂，皆當歸破壞，虛妄不可信，不應樂放逸。有生皆是苦，是老死之器，決定必當得，不應樂放逸。諸根難調伏，無有能調者，一切樂皆盡，不應樂放逸。少年必當老，諸欲猶如夢，是故有智者，不應樂放逸。猶如芭蕉葉，如電不久住，一切皆破壞，不應樂放逸。諸根難調伏，樂著諸境界，唯有智慧者，能住自境界。』

> 「あらゆる生きとし生けるもの、誰もそれを打ち破ることはできない。 いかなる業の力も、これに勝るものはない。 世の中のすべてを衰えさせ、壊してしまう。 そんな力を持つがゆえに、これを『死』と呼ぶ。 死は世の中を壊し、五陰・十二入・十八界を破壊する。 死の王は、この世から未来世へと連れて行く。 それに立ち向かう力はなく、救ってくれる者もいない。 ただ法だけが救いとなる。ゆえに法を『救い』と名付ける。 命は速く、長くは留まらない。若さや美しさもまた同じ。 死は非常に速やかにやって来る。油断してはならない。 すべての生き物の楽しみは、無常によって壊される。 命は死によって滅ぼされる。安逸にふけってはならない。 善い業が尽きるとき、必ず三悪道に落ちる。 このような過ちを知ったなら、安逸にふけてはならない。 世の中は無常に属し、みな貪・瞋・癡の三毒の棘を持つ。 生あるがゆえに死がある。安逸にふけてはならない。 死は命を壊し、老いは衰えをもたらす。 病は安らぎを壊す。安逸にふけてはならない。 業の縄が生き物を縛り、心はその縄に頼る楼閣の道を進む。 三有の中を流転する。安逸にふけてはならない。 楽しむ者は必ず苦しみを受ける。苦しむ者はさらに苦しみが増す。 世の男たちは妻や子のために、安逸にふけてはならない。 母もまた妻の一人であり、妻もまた怨みの相手となる。 このように輪廻し続ける。安逸にふけてはならない。 園林や山谷で、天女たちに囲まれても、 世の中のすべては尽きる。安逸にふけてはならない。 すべての天人が楽しみを受けても、それらはすべて壊れる。 虚妄であり、信じるに値しない。安逸にふけてはならない。 生まれることはすべて苦しみであり、それは老いと死の器である。 必ずそれを得ることが決まっている。安逸にふけてはならない。 諸根は調伏しがたく、それを調伏できる者はいない。 すべての楽しみは尽きる。安逸にふけてはならない。 若者は必ず老いる。欲望は夢のようなものだ。 ゆえに智慧ある者は、安逸にふけてはならない。 芭蕉の葉のようにはかない。雷のように長くは留まらない。 すべては壊れる。安逸にふけてはならない。 諸根は調伏しがたく、様々な境界に執着する。 ただ智慧ある者だけが、自らの境界に安住できる。」

「如是天王牟修樓陀以諸天眾心得厭離，為利益他，說如是偈。爾時，天王牟修樓陀復為天眾說放逸過，作如是言：『汝等天眾云何沒在放逸闇中不見大惡、不見大畏？汝等皆見如是等天以放逸故，皆悉破壞，歸於死滅，無能救者。彼諸天眾一切樂具皆悉勝汝，色量形貌、富樂光明、天女歌詠、舞戲皆勝。汝等現見彼諸天眾以放逸故，一切磨滅。汝等天眾皆應思惟，遠離放逸。一切世間惡龍池中、放逸池中，境界惡龍最為大惡。諸風火惡中，放逸之火與憶念風最為甚惡。一切闇聚，無量時集、無始來集，放逸闇聚最為闇冥。一切求便諸惡怨中，放逸大怨求境界便最為大惡。諸利刀中，放逸利刀最為傷害墮惡道刀。一切大惡毒蛇之中，放逸毒蛇貪欲之毒，能殺一切愚癡眾生，毒中最惡。一切怨家詐親善中，放逸怨家詐現親善最為大惡，以起一切親故、愛故。一切杻械枷鎖及以繩索繫縛之中，放逸繫縛最為堅固，過堅難故。一切曠野無水無樹、無果無蔭，無量眾生於中遭苦，諸曠野中，放逸曠野最為大惡。以離樂水、離善人樹、離持戒蔭，能與世間一切眾生無量苦惱。一切不實虛妄見中，妄見為實，如旋火輪、乾闥婆城。鹿愛炎中，放逸虛妄最為不實。境界樂動，不停不住，無有如實，唯虛妄見，如旋火輪、乾闥婆城。鹿愛炎中，放逸最為虛妄不實。一切嶮岸顛墜之中，放逸嶮岸最為可畏，必定當墮大惡道故。汝等天眾當知！如是一切五道所攝眾生，以放逸故，三趣眾生行惡業故，墮大惡道。是故一切畏苦惱者，應當勤心捨離放逸。此放逸者，一切苦本。』

> 「かの天の王、牟修楼陀は、天の衆生たちが心に厭離（えんり）の思いを抱いたのを見て、他の者たちの利益のために、この偈（げ）を説いた。 その時、天の王、牟修楼陀はさらに天の衆生たちに、放逸（ほういつ）の過ちを説いて、こう語った。 『あなたがた天の衆生は、どうして放逸という暗闇の中に沈み、大きな悪を見ず、大きな恐れを見ないのか。 あなたがたは見なさい、これらの天の衆生が、放逸のゆえにみな壊れ、死滅に帰し、救う者のいないことを。 あの天の衆生たちは、すべての楽しみの道具においてあなたがたより優れ、色かたち、容貌、富みや楽しみ、光、天女の歌や舞や遊びも、すべて勝っていた。 あなたがたは今まさに、それらの天の衆生が放逸のゆえにすべて滅び去るのを見ている。 あなたがた天の衆生は、みなよく考え、放逸を遠く離れなさい。 あらゆる世の中の悪しき竜の池の中でも、放逸という池の中にいる、境界という悪しき竜が最も大きな悪である。 すべての風や火の悪の中でも、放逸という火が、憶念という風と結びついて、最も激しい悪となる。 すべての暗闇の集まりの中で、無量の時を集め、始まりなく集まってきた、放逸という暗闇の集まりが最も暗い。 すべての機会を狙う悪しき怨敵の中でも、放逸という大きな怨敵が、境界の機会を狙って、最も大きな悪となる。 すべての鋭利な刀の中でも、放逸という鋭利な刀は、悪道に堕とす刀として最も有害である。 すべての大きな毒蛇の中でも、放逸という毒蛇の貪欲の毒は、すべての愚かな衆生を殺すことができ、毒の中で最も悪い。 すべての怨敵が偽って親しくする中でも、放逸という怨敵が偽って親しく見せかけるのが最も大きく悪い、なぜならすべての親しみや愛情を起こさせるからである。 すべての手枷、足枷、鎖、縄による束縛の中で、放逸という束縛が最も堅固であり、堅すぎて難しいからである。 すべての、水なく樹木なく果実なく木陰なく、無量の衆生が苦しむ荒野の中で、放逸という荒野が最も大きな悪である。 なぜなら、楽しみの水を離れ、善人の樹を離れ、戒律の木陰を離れ、世の中のすべての衆生に無量の苦悩を与えるからである。 すべての偽りで虚妄な見解の中で、虚妄を真実と見ること、例えば火を回した輪や、ガンダルヴァの城、鹿の愛する陽炎のようなものにおいて、放逸という虚妄が最も偽りである。 境界の楽は動き、止まらず住まない、真実のようにはなく、ただ虚妄に見えるだけであり、火を回した輪や、ガンダルヴァの城、鹿の愛する陽炎のようなものである。 この中で、放逸が最も虚妄で偽りである。 すべての険しい岸や崖からの転落の中で、放逸という険しい崖が最も恐るべきものである、必ずや大悪道に堕ちるからである。 あなたがた天の衆生は知るべきである、このようにして、すべての五道に含まれる衆生は、放逸によって、三つの悪道の衆生は悪業を行うことによって、大悪道に堕ちるのだ。 それゆえ、すべての苦しみを恐れる者は、心を励まして、放逸を捨て離れるべきである。 この放逸こそが、すべての苦しみの根本である。』」

「爾時，天王牟修樓陀為諸天眾，以偈頌曰：

> その時、天主の牟修楼陀は天の衆生に向けて、次の詩句を語った。

「『不放逸得脫，放逸常受苦，放逸不放逸，已略說其相。』

> 「よく気をつけている者は解脱を得て、おろそかな者は常に苦しむ。 おろそかなことと、よく気をつけていることの特徴を、簡潔に示した。」

「如是天王牟修樓陀調伏諸天，為說正道。時諸天眾一心諦聽，心調伏故，折伏諸根，諸根寂靜。夜摩天王牟修樓陀於蓮花臺坐師子座，時諸天眾白天王言：『願為我說畢竟利益、畢竟安樂，令我得此畢竟利益、畢竟安樂。我云何行？』

> このように、天の王ムシュクンダ（牟修楼陀）は諸天を調御し、正しい道を説きました。その時、天の衆は一心に深く聴聞し、心が調御されたがゆえに、諸々の感官（根）を制し、諸根は静寂になりました。夜摩天の王ムシュクンダは、蓮華の台座の師子座に座っていました。その時、天の衆は王に告げて言いました。「願わくは、私たちのために究極の利益（畢竟利益）と究極の安楽（畢竟安楽）を説いてください。どうか私たちがこの究極の利益と究極の安楽を得られますように。私たちはどのように修行すべきでしょうか？」

「爾時，天王告諸天曰：『有佛世尊具一切智，解脫之師，一切諸過皆悉解脫，一切功德皆悉具足，於一切眾生中最為殊勝，若能歸依，則能斷除汝等苦惱。佛無放逸，汝當歸依，能救汝等無量無邊生死怖畏。』

> その時、天の王は、すべての天の者たちに告げた。 「すべての智慧をそなえ、あらゆる苦しみから解放され、完全なる功徳をそなえた、尊き仏陀がおられる。その方は、すべての迷いを解き放ち、あらゆる徳を備え、あらゆる生きとし生けるものの中で最もすぐれた方である。もし、あなたがたがこの方に帰依するならば、苦しみから救われるであろう。 仏陀は決して油断されることがない。あなたがたは、どうかこの方に帰依しなさい。そうすれば、はかりしれないほどの生死の苦しみや恐怖から救われるのだ。」

「爾時，天眾聞天王教，一切胡跪——及諸天女——生敬重心，攝伏諸根。於佛世尊生敬重心，合掌頂禮，受三歸依。一切天眾以誠實心歸依佛、歸依法、歸依僧，以善淨心毀呰放逸，誠心悔過，以見化天有無量種衰惱滅壞，不能堪忍無量苦惱。

> その時、天の衆は天王の教えを聞き、皆ひざまずいた。天女たちもまた、敬いの心を起こし、諸々の感覚を統御した。仏世尊に対して敬いの心を起こし、合掌して礼拝し、三帰依を受けた。全ての天の衆は誠実な心で仏に帰依し、法に帰依し、僧に帰依した。清らかな心をもって放逸を非難し、誠心を持って悔い改めた。それは、天人の姿が無量の衰えと悩み、打ち壊され滅び去るさまを見て、その無量の苦しみに耐えられなくなったからである。

「爾時，天主牟修樓陀見諸天眾心生厭離，復為化現無量神通。於須臾間，能示一身以為千身，於千身中現百千身。於須臾間，於一形相現於無量種種形相。於須臾間飛昇虛空，種種妙寶嚴飾其身，種種形服。於須臾間，沒於水中，現一千頭，種種寶冠，種種寶印莊嚴其臂，其身光明勝於千日。於須臾間，化作大山，園林具足。在園林中，一切天眾之所圍遶，天眾皆見。或見在於大蓮華中，無量百千光明天女之所圍遶，是諸天女身出光明。時，實天眾皆不能觀天王之身及天女眾。

> その時、天主・牟修楼陀は、天の衆生たちが心に厭い離れる想いを起こしたのを見て、さらに無数の神通力を現じた。瞬く間に、一つの身体を示して千の身体となり、その千の身体の中からさらに百千の身体を現じた。また瞬く間に、一つの姿から無量の様々な姿を現じた。また瞬く間に、虚空に飛び昇り、様々な妙なる宝で身を飾り、様々な形の衣服をまとった。また瞬く間に、水中に没し、千の頭を現じ、様々な宝の冠、様々な宝の印でその腕を飾り、その身体の光は千の太陽よりも勝った。また瞬く間に、大山と化し、園林を備えた。その園林の中で、すべての天の衆生に囲まれ、天の衆生は皆それを見ることができた。あるいは、大きな蓮華の上におられ、無量の百千の光り輝く天女たちに囲まれているのを見ることができた。これらの天女たちの身体からは光が出ていた。その時、実天の衆生たちは皆、天王の御身と天女の集いを見ることができなかったのである。

「爾時，天王牟修樓陀復現神通，為令天眾離放逸故，從其口中出於百千諸天大眾。或有坐於七寶宮殿，種種妙寶光明之身，種種容服，共諸天女莊嚴端正，詠天歌音，以為圍遶。一切皆從牟修樓陀天王口出。或有坐於蓮花之中，如蜂歌音，飲於天酒，香味相應，共諸天女，或百或千，以天衣鬘而為莊嚴，身出光明，皆從天王口中而出。

> その時、天王マウディシュリヤ（牟修楼陀）はさらに神通力を現し、天人の衆が放逸から離れるために、その口から百千の天の大衆を出した。ある者は七宝の宮殿に座り、さまざまな妙宝の光明を放つ身を持ち、様々な装いをして天女たちと共に荘厳で端正であり、天の歌声を詠いながら彼らを取り巻いていた。皆、マウディシュリヤ天王の口から出たのである。ある者は蓮の花の中に座り、蜂のように歌いながら、香りと味わいの調和した天の酒を飲み、天女たちと共に、あるいは百、あるいは千の数で、天の衣と花鬘を荘厳とし、身から光明を放ち、皆、天王の口から出たのである。

「時，牟修樓陀復現神通，從口而出，或有天眾乘七寶鳥遊戲歌詠，五樂音聲，共諸天女歡娛受樂。從於天王口中而出，天之莊嚴不得為比，光明功德皆悉具足。

> そこで、牟修樓陀（もうしゅるだ）は再び神通力を現し、その口から、 ある天人は七宝の鳥に乗り、遊び楽しみ、歌を歌い、五つの楽器の音色とともに天女たちと共に喜び楽しむ姿が現れました。 天の王の口から出てきたその姿は、天の荘厳をもってしても比べることができず、光明と功徳をすべて備えていました。

「爾時，天王牟修樓陀復以神力，從其口中化天踊出，坐於拘婆羅耶中，作天伎樂出妙音聲，諸天女眾之所圍遶，皆飲天酒，歌頌戲笑。共諸天女，或百或千或億百千，不可喻色殊勝天女而為圍遶。種種遊戲天園林中，遊行空中而行道路，歌頌音聲勝於實天足一百倍。歌音色樂種種功德皆悉具足，令天眾聞。時，實天眾未曾見此希有之事，見已皆生希有之心。或生歡喜，或有生疑作是思惟：『此天云何從於天王口中而出？甚為希有！』時實天眾如是思惟，或共論說，不知云何。

> その時、天の王マウドガリヤーヤナは神通力をもって、自らの口から天人の姿を現し、クヴァラヤの花の間から出て、天上の楽器を奏で、美しい音声を発した。多くの天女たちに囲まれ、皆、天の酒を飲み、歌を歌い、笑い戯れていた。 その天人は、百、千、あるいは億百千もの比類なき美しさを持つ天女たちに囲まれ、さまざまな遊戯を楽しみながら天の園林の中を進み、空中を道として歩んだ。その歌声は、実際の天人のそれよりも百倍も勝って美しく、歌声や色、楽しみなど、あらゆる功徳を備えていた。そのため、天の衆は皆、その声を聞いた。 その時、実際の天の衆は、かつて見たことのないこの希有な出来事を目にし、皆、驚きの心を抱いた。ある者は歓喜し、ある者は疑いを抱き、こう考えた。「この天人は、いったいなぜ天の王の口から現れたのだろうか？これは非常に希有なことだ。」と。 実際の天の衆は、このように思い巡らし、あるいは互いに語り合ったが、どうしてそうなったのか理解できなかった。

「爾時，天王牟修樓陀復現神通，從其口中出化仙人，種種容貌。或有長髮或作螺髻，或有身著樹皮之衣，或有手中執持澡瓶，或著天衣華鬘莊嚴，或著黑色鹿皮之衣。

> その時、天の王・牟修楼陀は再び神通力を現し、自らの口から化身の仙人を出現させた。その姿は様々で、長い髪の者、螺髪（らほつ）を結った者、樹皮の衣をまとう者、手に浄瓶（じょうびょう）を持つ者、天人の衣や華鬘（けまん）で飾られた者、黒い鹿の皮の衣を身につけた者もいた。

「有如是等種種色貌諸大仙人從口中出，或百或千，出已住於虛空之中而說偈言：

> そのように、さまざまな姿かたちをした大いなる仙人たちが、口の中から現れました。ある者は百人、ある者は千人にも及び、現れると虚空にとどまって、次のような偈を唱えました。

「『一切眾生心，如幻法不住，一切必歸死，有中莫放逸。一切可愛中，愛心轉增長，終必歸破壞，有中莫放逸。有中更無處，有生而不滅，一切樂皆畏，有中莫放逸。一切所見中，謂五欲可愛，一切皆如夢，有中莫放逸。喜愛難調伏，常為眾生怨，速將入地獄，有中莫放逸。雖數受欲樂，得已而復失，必當皆壞滅，有中莫放逸。初中後不善，能壞於世間，業鎖所繫縛，猶如鉤釣魚。雖種種方便，欲斷於業鎖，一切天非天，不能斷業鎖。生死鎖極長，首尾不可見，是愛甚堅牢，以縛愚癡人。我及餘天眾，若人阿修羅，一切皆無常，癡盲不能見。業身遍一切，常流轉諸有，一切愛縛心，智慧乃能斷。從於愛水中，生於五鑽燧，覺觀風力故，為時火所燒。愚癡無智慧，貪苦中妄樂，迷故顛倒取，流轉五道中。喜樂於妻子，及種種富樂，常保此妄樂，為死王將去。如虎狼殺鹿，害之不疲厭，死王大勢力，殺害亦如是。一切諸有中，無量多種苦，為癡所迷惑，而心不疲惓。若人依止惡，不名自愛身，既不自愛身，世間更何愛？』

> 「あらゆる衆生の心は、幻のようなものであり、とどまることなく過ぎ去る。 すべてのものは必ず死に至る。この世に生きる者よ、油断してはならない。 愛しいと思うものの中では、執着の心はますます強くなるが、 結局はすべてが壊れてしまう。この世に生きる者よ、油断してはならない。 この世の中で、生まれて滅びないものなどどこにもない。 あらゆる楽しみもやがては消えゆく。この世に生きる者よ、油断してはならない。 目に見えるものの中で、五つの欲は愛しく思えるが、 すべては夢のようなものだ。この世に生きる者よ、油断してはならない。 愛情の絆は断ち難く、常に衆生の敵であり、 速やかに地獄へと導く。この世に生きる者よ、油断してはならない。 たとえ何度も欲の楽しみを受けても、得たかと思えばまた失い、 必ずすべては壊れ去る。この世に生きる者よ、油断してはならない。 初めも、途中も、終わりも善くなく、世の中を壊してしまう。 業の鎖に縛られた者は、まるで針に引っかかった魚のようだ。 さまざまな方便を用いても、業の鎖を断ち切ろうとしても、 すべての天の人も、天にあらざる者も、この鎖を断つことはできない。 生死の鎖は限りなく長く、その始めも終わりも見えない。 この愛着は非常に堅く、愚かな人々を縛っている。 私も、他の天の衆も、人や阿修羅も、 すべて無常である。愚かで目の見えない者は、それが見えないのだ。 業の身はすべてに遍在し、常に様々な生存の世界を巡る。 すべてを愛着で縛る心は、智慧によってのみ断ち切られる。 愛の水の中から、五つの鑽燧（さんすい）が生まれ、 分別と思考という風の力によって、時の火に焼かれる。 愚かで智慧のない者は、苦しみの中にあっても偽りの楽しみを求め、 迷いのために逆さまに執着し、五つの道を巡り続ける。 妻や子供、様々な財産や楽しみを喜び、 この偽りの楽しみに執着する者は、死神に連れ去られる。 虎や狼が鹿を殺すのを飽きることなく続けるように、 死王の大きな力も、殺し続けることをやめない。 あらゆる生存の世界には、無数の様々な苦しみがあるが、 愚かさに惑わされた心は、それでも疲れ果てることがない。 もし人が悪に頼るならば、それは自分の身を愛するとは言えない。 自らの身さえ愛せないのに、世の中で何を愛するというのだろうか？」

「如是天王牟修樓陀從口所出變化仙人，為實天眾除放逸故，說如此偈，畢竟利益。爾時，天王牟修樓陀復為利益，神通變化，從其胸中示現踊出大蓮花池，甚可愛樂。其池多有鵝鴨鴛鴦而為莊嚴，第一清淨八功德水。其蓮華池有百千億七寶蓮華以覆其上，其花香氣滿百由旬。其蓮華臺，王在其上，種種妙寶莊嚴天冠，種種光明、種種寶衣莊嚴其身，種種寶印莊嚴其臂，種種婇女而為圍遶，坐師子座。其諸婇女手執白拂，侍立左右。復有諸人讚歎王言：『勝妙增上，猶如帝釋第二天王，有如是等百千化王。』夜摩天王以憐愍心，利益他故，為令一切諸實天眾離放逸故，化作帝釋、轉輪聖王及餘無量百千諸王。

> さて、かの天王サンスクリタデーヴァ（牟修樓陀）の口から出た化身の仙人は、真実の天衆が放逸を離れるための利益として、この偈を説いたのである。 その時、天王サンスクリタデーヴァはさらなる利益のため、神通力によってその胸中から、大いなる蓮華の池を出現させた。この池は実に愛でるに足るものであった。池には多くの鵞鳥、鴨、鴛鴦がいて美しく飾り立て、清らかで素晴らしい八功徳水をたたえていた。その蓮華の池は、百千億もの七宝の蓮華で覆われ、その花の香りは百由旬に満ち渡った。 その蓮華の台座の上に、王は座していた。様々な妙なる宝で飾られた天の冠、様々な光明、様々な宝衣でその身を飾り、様々な宝の印でその腕を飾っていた。そして、多くの天女たちに囲まれ、獅子座に坐していたのである。天女たちは白い払子を手に持ち、左右に侍っていた。また、人々が王を称えて言った。「勝れて妙なること、まさに帝釈天、第二の天王のごとくである」と。 このような百千の化身の王たちがあった。夜摩天の王は、哀れみの心により、他者を利益し、全ての真実の天衆をして放逸を離れさせるため、帝釈天や転輪聖王、その他無量百千の王たちを化身として現したのである。

「爾時，天王牟修樓陀為利益故，復示變化。從其臍中出大蓮華，廣百由旬，百千億葉。七寶蓮華種種寶葉，多有眾蜂出歌詠音，聞者心悅，見之愛樂。夜摩天王從其臍中所化蓮華，其蓮華莖長五千由旬，毘琉璃莖，金剛間錯，青因陀寶所共集成，而以莊嚴，勝天虹色，甚可愛樂。

> その時、天の王である牟修楼陀（むしゅるだ）は、人々の利益のために、さらに変化を示されました。その臍（へそ）から大いなる蓮華（れんげ）を現しました。その広さは百由旬（ゆじゅん）、葉の数は百千億。七宝でできた蓮華には、さまざまな宝の葉がありました。そこには多くの蜂がいて、歌をうたうような音を出し、聞く者の心を喜ばせ、見る者の心を惹きつけました。夜摩天（やまてん）の王がその臍から変化させた蓮華の茎は、長さ五千由旬。その茎は瑠璃（るり）でできており、金剛石がちりばめられ、青い因陀羅宝（いんだらほう）とともに組み合わされて、飾り立てられていました。その美しさは天の虹色をしのぎ、実に愛すべきものでした。

「大蓮華內有諸化人，種種衣服莊嚴其身，第一勝樂，執犁耕地，而說偈言：

> 大蓮華の中に、さまざまな化身の人がいる。美しい衣服で身を飾り、この上ない楽しみに満ちている。彼らは鋤を手に取り、畑を耕しながら、次のように偈（うた）を唱えた。

「『一切犁地者，心皆希望果，癡心希利故，不覺當有死。愚者希利心，念念常增長，而不覺諸行，念念歸滅盡。老罰時欲至，能令少壯盡，病苦若來至，能壞於安隱。此三種惡罰，破壞天非天，速來時欲至，愚者不覺知。天龍阿修羅、揵闥緊那羅、羅剎毘舍闍，皆為老死壞。能令貪愛者，捨離於親里，癡愛相繫縛，輪轉於諸有，子孫及子孫，如是種子等；人為愛所誑，一切皆當失。』

> 「畑を耕す者はみな、実りを願いながら耕す。 欲に惑わされた心で利益を求めるがゆえに、やがて死が訪れることに気づかない。 愚か者は利益を求める心を、瞬きのたびに強めていく。 しかし、あらゆる営みが一瞬ごとに滅び去っていくことに、まったく気づかない。 老いの罰がやがて訪れ、若さを奪い尽くす。 病の苦しみが訪れれば、平穏な安らぎを打ち壊す。 この三つの恐ろしい罰は、天の神々さえも滅ぼす。 急ぎ足で訪れるのに、愚か者はそれに気づかない。 天の竜、阿修羅、ガルーダ、緊那羅、 羅刹、毘舎遮――すべて老いと死が壊してしまう。 執着する者から、愛する家族さえも引き離す。 愚かな執着に縛られて、人々はあらゆる生存の世界を巡り続ける。 子や孫、またその子孫――そうした種のようなものも、 愛欲に惑わされた人間は、すべてを失うことになるのだ。」

「如是化人為利益他，說如此偈。時，實天眾聞是偈已，心念思惟，於境界中不多愛樂。爾時，天王牟修樓陀為利天眾，復作現化，於其一切身分之中，種種莊嚴、種種容貌、種種寶冠，無量種色、無量種形、無量種相。天、乾闥婆、若人若龍、阿修羅等，各以自法衣服莊嚴，從天王身毛孔中出。各如本色，如其形相，如其自法。自共婇女歌舞嬉笑，娛樂受樂。天王受樂，與人相似，富樂歡悅，自相愛樂，歌舞嬉笑歡娛受樂。復有諸龍，種種莊嚴，或有一頭或有二頭，乃至七頭，有種種色種種形相，勝妙寶冠莊嚴其首，種種音聲歌詠遊戲，生歡喜心，娛樂受樂。如是勇健、羅睺阿修羅等皆盡化出。

> このようにして、他人の利益のために化身がこの偈を説いた。その時、実天の衆はこの偈を聞いて心に思惟し、境界の中であまり愛楽しなくなった。そこで天王、牟修楼陀は天の衆の利益のために、さらに変化を現した。その身体のあらゆる部分に、様々な荘厳、様々な容貌、様々な宝冠があり、無量の色、無量の形、無量の相があった。天、乾闥婆、人、龍、阿修羅などが、それぞれの法に従った衣服や荘厳をもって、天王の身体の毛穴から現れ出た。それぞれが本来の色、形、法のままに、自分たちの天女と共に歌舞し、笑い戯れ、楽しみを受けた。天王も楽しみを受け、人間のように富み楽しみ、互いに愛し合い、歌舞や笑い戯れ、歓楽に耽った。また、龍たちも様々に荘厳し、あるものは一つの頭、あるものは二つの頭、七つの頭まであり、様々な色、形、優れた宝冠で頭を飾り、様々な音声で歌い遊び、歓喜の心を起こして楽しみを受けた。このように、勇健な羅睺阿修羅などもすべて変化して現れた。

「天帝釋樂，減夜摩天，共諸婇女圍遶供養。第一莊嚴。阿修羅女圍遶供養，五樂音聲，聞之可愛；阿修羅王住在宮殿，從於天王牟修樓陀身分而出，受第一樂。又復化現欝單曰人，住雲鬘等十大山中，富樂自在，少減第二三十三天。園林花池多有種種諸飲食河，種種歌舞遊戲受樂。從於天王牟修樓陀身中而出，復化瞿耶尼人，自樂成就，歡喜遊戲，亦復如是。時，實天眾見如是等無量種類無量差別。

> 帝釈天の楽しみは、夜摩天を超えたものです。多くの天女たちに囲まれ、供養され、第一の荘厳を備えています。 阿修羅の女たちもまた、囲んで供養し、五つの楽器の音色は聞く者を楽しませます。阿修羅の王は宮殿に住み、天王・牟修楼陀の身の一部から生まれ出て、第一の楽しみを受けています。 また、鬱単曰（うたんえつ）の人々を変化させて現し、雲鬘（うんまん）などの十大山に住まわせ、富と楽しみに満ち溢れさせていますが、その楽しみは第二の三十三天には少し劣ります。林や花の池、多くの種類の様々な飲食の川、様々な歌舞や遊戯があり、楽しみを受けています。 これらはすべて、天王・牟修楼陀の身の中から現れ出たものです。 さらに、瞿耶尼（くやに）の人々を変化させて現し、自らの楽しみを成就し、喜び遊戯することも、また同じです。 その時、実天の衆は、このような無量の種類、無量の差別を見ました。

「夜摩天王成就如是第一神通，為除放逸，勝利益故，作如是化。非不利益。令放逸天，現見無常，心則柔軟，是故示化種種具足。先示欲味，後示其過，令其厭欲。以是因緣，夜摩天王為實天眾示化欲味。受種種樂，歌舞遊戲，衣服莊嚴，飲食婇女，親近供養，五根受樂，如心所念，具足皆得，是名欲味。云何欲過？若得欲已，心生愛樂，求之不得，共他而有，非獨屬己，愛別離苦，無量種苦，為強力者之所侵奪。復有五種強力所奪，所謂王、賊、水、火、怨家。復有餘苦，常為怨侵，常畏他奪，守護怖畏，或心憂愁死生，貪樂身心常苦。如是欲過，終至於死，有無量種衰惱諸苦。愚癡之人於此欲過，衰惱苦中不生厭離。復有欲過，有何等過？為欲因緣，母子鬪諍，住不同處，一切皆由欲因緣故。若兄弟鬪諍，互相憎嫉，若打若縛，一切皆由欲因緣故，是為欲過。若王者共諍無量國土，互相攻伐、互相打縛，若殺若害，加種種苦，一切皆由欲因緣故，是為欲過。是故當知：皆由於欲繫縛，一切在於生死。

> 夜摩天王は、このような第一の神通力を成就している。それは、放逸を取り除き、勝れた利益をもたらすために、このような変化を示すのである。無益のためではない。放逸な天たちに、無常を眼前に見せて、心を柔らかくさせるために、様々な具足を現して教え示すのである。まず欲望の味わいを示し、後にその過ちを示して、彼らに欲望を厭うさせる。この因縁によって、夜摩天王は実際の天衆に対して、欲望の味わいを変化として示す。様々な楽を受け、歌や舞、遊び戯れ、衣服の荘厳、飲食や婇女、親しく近づき供養し、五根で楽しみを受け、心のままに思うまま、全てを具足して得る。これを「欲望の味わい」という。 では、欲望の過ちとは何か。もし欲望を得たならば、心に愛楽が生じ、それを求めても得られず、他者と共有するものであって、自分だけのものではない。愛する者と別れる苦しみ、無量の種類の苦しみ、強い力を持つ者に奪われること。また、五つの強い力によって奪われることがある。すなわち、王、賊、水、火、怨家である。さらに残りの苦しみとして、常に怨みに侵され、常に他者に奪われることを恐れ、守りながら恐怖し、あるいは心に憂い、死と生に苦しみ、貪りの楽に心と身が常に苦しむ。このような欲望の過ちは、ついには死に至り、無量の種類の衰えや悩みの苦しみがある。 愚かな人々は、この欲望の過ち、衰えや悩みの苦しみの中にあっても、厭い離れることを生じない。 さらに欲望の過ちがある。どのような過ちか。欲望を因縁として、母と子が争い、同じ場所に住むことができない。全て、欲望の因縁によるものである。もし兄弟が争い、互いに憎み嫉み、殴ったり縛ったりする。全て、欲望の因縁によるものである。これが欲望の過ちである。もし王たちが争い、無量の国土をめぐって互いに攻め合い、打ち合い、縛り合い、殺し合い、害し合い、様々な苦しみを加える。全て、欲望の因縁によるものである。これが欲望の過ちである。 ゆえに知るべきである。全ては欲望によって束縛され、一切は生死の中にあるのである。

「爾時，天王牟修樓陀為實天眾，化作如是無量差別人中欲過、王者共諍，無量方便；及以餘人以欲因緣入於海中，若共鬪諍，若繫若縛，憂悲苦惱，怖畏鬪諍不饒益事，一切皆由欲因緣故。一切人中皆因欲過不得安隱。云何天中因於欲過？所謂諸天共阿修羅鬪戰相壞，一切皆由欲因緣故。若阿修羅共天鬪諍，亦復如是。由欲因緣，有如是等，是為欲過。以此因緣，牟修樓陀夜摩天王為實天眾除放逸故，示如是化。

> 時に、天王マウシューラダは真実の天の衆生のために、このような無数の様々な苦しみを変化させて示した。人間の世界では、王たちが互いに争い、無数の手段で争う。また、他の人々は欲望の原因によって海に入り、互いに戦い、縛られ、鎖につながれ、憂い悲しみ苦しみ、恐怖し争い、不利益なことなど、すべて欲望の因縁によって起こる。人間の世界のすべては、欲望の過ちによって安らぎを得ることができない。では、天の世界ではどうだろうか？天においても欲望の過ちによって、すなわち天人が阿修羅と戦い、互いに壊し合うのも、すべて欲望の因縁による。阿修羅が天と戦い争うのも、また同様である。欲望の因縁によって、このようなことがある。これが欲望の過ちである。この因縁によって、マウシューラダ夜摩天王は真実の天の衆生に放逸を除かせるために、このような変化を示したのである。

「若諸龍等共龍鬪諍，國土失壞，震雷放雹，一切皆由欲因緣故。若諸畜生互共鬪諍殺縛捕得，一切皆由欲因緣故，是名欲過。於鬼神中，以食因緣或欲因緣，互相撲打，以刀相斫，一切皆由欲因緣故，是為欲過。以此因緣，夜摩天王為實天眾除放逸故，示如是化。

> もし龍たちが互いに争い、国土が損なわれ、雷が鳴り、雹が降るのも、すべては欲望が原因です。もし畜生たちが互いに争い、殺し合い、縛られ、捕まるのも、すべては欲望が原因です。これを欲望の過ちと言います。鬼神の間でも、食べ物や欲望が原因で、互いに打ち合い、刀で斬り合うのも、すべては欲望が原因です。これが欲望の過ちです。このような理由から、夜摩天の王は、実際の天の衆生たちに放逸を除かせるために、このような変化を示しているのです。

「於地獄中互相燒打、互相殺害，受諸苦惱。於人中時，由欲因緣造作惡業，鬪諍憎嫉，以其念本女色因緣，共相憎嫉，以是惡業墮地獄中，身體裂壞。如是地獄皆由欲過。以此因緣，夜摩天王為實天眾捨離欲故，示如是化，遍於五道，示欲過患，令厭生死，示於人中所有欲味一切皆失。夜摩天王為示天眾欲味欲過，化作蓮花，百葉墮落破壞磨滅，復廣示現天人之過。既示過已，復示出離解脫種子，利益安樂諸天眾故。

> 地獄の中で互いに焼き打ちされ、殺し合い、様々な苦しみを受けています。人間であった時、欲望の因縁によって悪業を造り、争い、憎み、嫉み、その根源は女色の因縁によるものでした。互いに憎み嫉み合い、その悪業によって地獄に堕ち、身体は裂け壊れてしまいます。このような地獄はすべて欲望の過ちによるものです。 この因縁によって、夜摩天王は真実の天衆のために、欲望を捨てるよう、このような化身を示し、五道に遍く、欲望の過患を示して、生死を厭うようにさせ、人間にある欲望の味わいがすべて失われることを示します。夜摩天王は天衆に欲望の味わいと欲望の過ちを示すために、蓮華を化現し、百の花びらが落ち、壊れ、滅び去る様子を示し、さらに広く天人の過ちを示します。その過ちを示した後、さらに出離と解脱の種子を示し、天衆を利益し安楽にするためなのです。

「夜摩天王復為饒益諸天眾故，示於欲過。何以故？聞異欲過，則於生死生厭離心，以異見故。以此因緣，為諸天眾復示欲過。若天、若龍、阿修羅等，示欲味已，復示欲過，於退沒時得諸衰惱。是諸天人、龍、阿修羅於一切處，受無量種諸欲樂已，至於退時，隨諸天等所應受者，皆悉示其種種退法。所謂高山嶮峻崖岸，有無量種師子虎豹、野狐猪兔、牛驢象馬、駱駝猫牛、失收摩羅魚、摩伽羅魚、龜黿之屬，或有一頭或有二頭，或復多頭，口中含土，手中執火。復有遍身煙焰俱起，或有雨火，或有放於金剛惡雹遍眾多處。其聲虓呴甚可怖畏，如一百山同時俱崩。無量種類身色黤黮，頭如大山，色相可畏，舉身髦髮，焰火熾然。或有百臂或有千臂，於其手中或有執羂，或執刀杖或執金剛，見者大怖。滿大山谷如是等眾，從大山出，走趣化天。奮目大怒，眼赤如血，從其口中出諸火焰，黃赤朱紫無量種色，如黑雲中電光亂起。

> 夜摩天王は、さらに天の衆生たちを利益するために、欲望の過ちを示そうとされた。なぜなら、他の欲望の過ちを聞けば、生死に対して厭離の心が生じ、異なる見解が生まれるからである。このような因縁によって、天の衆生たちに再び欲望の過ちを示された。 もし天や龍、阿修羅などが、欲望の味わいを示された後、さらに欲望の過ちを示されれば、退没の時に多くの衰えや悩みを得ることになる。これらの天や人、龍、阿修羅は、あらゆる所で無量の種類の欲望の楽しみを受けた後、退く時が来ると、それぞれの天などが受けるべきものにしたがって、様々な退く様子がすべて示される。 すなわち、高い山や険しい崖があり、そこには無量の種類の獅子や虎、豹、野狐、猪、兎、牛、驢馬、象、馬、駱駝、猫、牛、失收摩羅魚、摩伽羅魚、亀、鼈などがいる。あるいは一つの頭を持つもの、二つの頭を持つもの、あるいは多くの頭を持つものもいて、口には土を含み、手には火を抱えている。また、全身に煙と炎が同時に立ち上るもの、火を降らせるもの、金剛の悪い雹を放って多くの所に降り注がせるものもいる。 その声は恐ろしく吠え叫び、まるで百の山が同時に崩れ落ちるかのようである。無量の種類のものたちは、色が黒く曇り、頭は大山のように大きく、その色相は畏ろしく、全身の毛は逆立ち、炎が燃え盛っている。あるいは百の腕、あるいは千の腕を持ち、その手には羂（なわ）や刀杖、金剛などを持っており、見る者は大いに怖れる。 大山や谷に満ちたこれらの者たちが、山から出てきて、化け物が作り出した天へと走り向かう。彼らは目を見開いて大いに怒り、その目は血のように赤く、口からは黄、赤、朱、紫など無量の色の炎を吐き出す。それは黒雲の中に電光が乱れ飛ぶようである。

「復化死王閻羅伺命，色貌可畏，走向化天，手捉赤繩及諸器仗。所執器仗，頭皆火然。發大惡聲猶如震雷，其身熾然滿十由旬。或有伺命，有一百眼或四百眼乃至千眼，眼皆焰出，青赤黃鴿種種雜色，其火熾然至於十里。種種相貌，一切眾生之所怖畏，醜陋可惡，從化山中虓呴而出。凸腹下垂，脇如山谷，頭如山峯。或有縮咽入兩肩中，或有長髮，髮皆直竪，咽火焰起。或有長爪，火焰熾然。或有身毛焰然火起，或有遍體大火猛熾，如燒大山。皆從大力化山中出，放金剛雹。復有死王閻羅伺命，其頭狀如烏鷲鵄雕、野干狐狗、駱駝之面，遍身火熾，惡蟲覆身，以怖天眾。從於大黑化山中出，一切疾走猶如猛風，吹大黑雲，熾電俱起，走趣化天。爾時，死王閻羅伺命漸近化天，捉得化天，焰火鐵繩返縛其手，縛已牽挽。爾時，化天見餘化天身被繫縛，極大怖畏，各各散走。時，死王使尋逐捉之，舉置頭上，昇空而去不復可見，過眼境界。虓呴之聲甚可怖畏。或有伺命捉得化天，以焰鐵繩而繫其頸，入地而去。復有死王閻羅伺命捉餘化天，擲著水中，訽㖑唱叫。㖑諸化天其身不沒，住在水上，為諸化天而說偈言：

> 死の王、閻魔の使いである羅刹たちは、その姿は恐ろしく、化天のもとへと向かいました。彼らの手には赤い縄と様々な武器が握られていました。その武器の先端はすべて炎を上げていました。彼らはまるで雷鳴のような恐ろしい声を発し、その身は燃え盛り、十由旬にも及びました。ある使いは百の目を持ち、あるいは四百、千の目を持ち、その目からは炎が噴き出して、青、赤、黄、鳩色など様々な色に輝き、その火光は十里にまで燃え広がっていました。 様々な恐ろしい姿で、全ての生き物を怖がらせ、醜く忌まわしい彼らは、化山から咆哮をあげて飛び出してきました。腹は突き出て垂れ下がり、脇は谷のように窪み、頭は山のようにそびえていました。首を縮めて両肩に埋め込んでいる者もいれば、長い髪を逆立てて、喉から炎を吹き上げている者もいました。長い爪を持ち、そこから炎が燃え盛る者。全身の毛一つ一つが炎を発する者。体全体を大きな猛火に包まれ、まるで大山が燃えるような者。 彼らはすべて、大力の化山の中から現れ、金剛の雹を降らせました。さらに、死王、閻魔の使いの中には、その頭が烏や鷲、鵄、雕、野干、狐、狗、駱駝のようであり、全身に炎が燃え盛り、不気味な虫が身にびっしりとついて、天の衆を恐れさせました。彼らは大黒の化山から現れ、烈風が黒雲を吹き飛ばすように、電光と共にひたすらに走り、化天に向かいました。 こうして、死王、閻魔の使いは次第に化天に近づき、彼らを捕らえると、燃え盛る鉄の縄でその手を後ろ手に縛り、縛り終えると引きずって行きました。その時、化天たちは、他の化天が縛られているのを見て、極度の恐怖に陥り、我先にと逃げ散りました。すると、死王の使いは彼らを追いかけ捕まえ、頭上に掲げて空中に昇り、二度と見えなくなりました。目に見える範囲を超えてしまったのです。 彼らの咆哮は、本当に恐ろしいものでした。ある使いは化天を捕まえると、燃え盛る鉄の縄でその首を縛り、地中に入って去っていきました。また、別の死王、閻魔の使いは他の化天を捕まえ、水中に投げ込み、大声で罵り叫びました。しかし、化天たちの体は水に沈まず水面に浮かんでおり、彼らはこの化天たちに向かって、次のような偈を唱えました。

「『愚癡憍慢心，為放逸所使，樂時既已過，今當就死苦。無量境界林，惡毒滿其中，愛牙甚廣大，求善應捨離。不作眾善業，而常癡放逸，死時既已到，竟為何所作？沒在愛水中，不能度眾苦，以沒生死故，永無有安樂。一切有生者，死常隨其後，云何愚癡人，而樂放逸行？難知不可遮，常有大勢力，是大力死軍，世間不覺知。非是鬪戰力，無方能捨離，眾生放逸故，不覺死怨至。死使有二種，遍行於世間，謂老病衰壞，愚癡不覺知。』

> 「愚かさと高ぶりの心に、放逸が取り憑いて、楽しみの時は過ぎ去り、今まさに死の苦しみに直面している。 果てしなく広がる迷いの森には、毒が満ち溢れ、愛欲の牙は大きく広がり、善を求める者は、これらを捨て去るべきだ。 善い行いを積まず、常に愚かさと放逸に浸り、死の時がすでに訪れたのに、いったい何ができたというのか？ 愛欲の水に沈み、苦しみの海を渡ることができず、生死に囚われているからこそ、永遠の安らぎは決してない。 生あるものすべてに、死は常に付きまとう。それなのに愚かな人々は、なぜ放逸な行いに夢中になるのか？ 死は捉え難く、防ぐこともできず、常に強大な力を持つ。この威力ある死の軍団を、世の人々は気づかない。 戦いの力で抗えるものではなく、これを逃れる術はどこにもない。しかし、衆生は放逸ゆえに、死という怨敵の到来に気づかない。 死の使者には二種類あり、老いと病と衰えとして世の中に遍く行き渡るが、愚かな人々はそのことに気づかない。」

「如是死王閻羅王伺命說此偈頌，呵責天眾，百返千返加諸苦惱。時，實天眾見衰惱已，得離一切放逸之心，受三歸依。

> 死の王、閻羅王（えんらおう）が命じて、この偈（うた）を語り、天の衆生（しゅじょう）たちを何度も何度も叱りつけ、さまざまな苦しみを与えました。そのとき、天の衆生は、衰えと苦しみを見て、すべての放逸（ほういつ）な心を捨て去り、三帰依（さんきえ）を受けました。

「時，夜摩天王知諸天眾心已調伏，復示變化，令實天眾心得厭離。是等化王所著天冠，一切欲具皆從天王牟修樓陀身中而出，共諸婇女隨順供養。如前所說上色具足，復為衰老之所毀壞，髮白面皺，遍身脈現，柱杖而行，羸瘦憔悴，一切諸業皆不能作，依他而行，為諸愚人輕弄戲笑，上氣不樂，諸根變熟，一切力盡。眾所輕賤，行步數倒。死時將至，近池而行，身極羸瘦依他扶侍，身色醜惡，行於池側。未經幾時，身中多有種種病起，所謂熱病、下痢欬瘶、盛氣噎病、脈腫疽瘡、癩病，垂近死地，身大穢惡。是大惡病不可療治。死相已現，其王具嬰如是諸病，得如是等極大苦惱，然後命終。既死之後，膖脹臭爛，多有無量百千種蟲。時，諸天眾見此死屍，復有雕鷲諸惡貪鳥從山飛來，取諸死屍而噉食之，或有取屍騰空而去。時諸天眾見是事已，其心厭欲，一心正念。

> 時、夜摩天王は、天人の心が既に調ったことを知り、さらに変化を示し、天人の心に厭離の念を起こさせました。 これらの変化した王たちが被る天冠や、すべての欲望の具は、皆、天王牟修楼陀の身体から現れ出で、婇女たちと共に、従順に供養しました。 先に述べたような、最高の色を備えながらも、やがて老衰によって壊れていきます。髪は白くなり、顔には皺ができ、体中に血管が浮き出て、杖をついて歩き、やせ細り、顔色は衰え、すべての営みができなくなり、他人に頼って過ごし、愚か者たちに物笑いにされ、息は上がって快からず、諸器官は衰えて、すべての力が尽きます。 皆から軽蔑され歩く度に倒れます。死の時が近づき、池の側を歩けば、身体は極度にやせ細り、誰かの助けを借り、その姿は醜悪で、池の端を歩きます。 しばらくも経たないうちに、身体の中には様々な病気が起こります。すなわち、熱病、下痢、咳、息苦しさ、食べ物の詰まり、血管の腫れ、腫瘍、癩病などです。死に瀕し、身体は極めて不浄で醜悪です。これらは、もはや治療できない大悪病です。死相が現れ、この王はこれらの病をことごとく身に受け、このような極めて大きな苦しみを得た後に、命終します。死んだ後は、体は膨れ上がり、腐敗して異臭を放ち、無数の百千もの種類の虫が湧きます。 その時、天人們はこの死体を見て、さらに、雕や鷲などの悪い貪欲な鳥が山から飛来し、死体を取って食べるのを見ました。ある鳥は死体をさらって空へと舞い上がりました。 天人們はこのことを見て、その心は欲望を厭い、一心に正しく念じました。

「爾時，天王為利天眾，復示神化，示於羅睺阿修羅王、勇健阿修羅王等，一切皆在大海水下。至夜摩天住天王所，去王不遠，住在一面，大聲叫呼。既叫呼已，顛墜墮地，尋即命終，如木如石，不動不覺。諸阿修羅王、諸婇女等見是事已，極生苦惱，皆悉圍遶，叫喚啼哭。於啼哭時，有鳥飛來取諸死屍，猶如木石，眾鳥取之，不覺不動。阿修羅女既啼哭已，一切皆死，復為雕鷲烏鵄眾鳥競共取之，從空而去，令諸天眾不復見之。夜摩天王為利天眾，示化如是啼哭悲泣。

> その時、夜摩天王は天の人々を導くため、さらに神通力を示された。羅睺阿修羅王や勇健阿修羅王といった阿修羅たちが、皆、大海の底から夜摩天の天王のもとに来て、王の近くに立ち、大声で叫び始めた。そして叫び終わると、地面に倒れ落ち、そのまま命を終えた。まるで木や石のように、動くこともなく、意識もなかった。 この様子を見た阿修羅王や女官たちは、深く苦しみ、皆で囲んで声をあげて泣き叫んだ。その泣き声の中、鳥が飛んで来て、死体を次々と運び去った。死体は木や石のようで、鳥に取られても感じることも動くこともなかった。阿修羅の女たちも泣き叫んだ後、全てが死に、さらに雕や鷲、烏などの鳥たちが争うようにしてその死体を運び、空へと去っていった。天の人々はそれを見ることができなくなった。 夜摩天王は天の人々を導くため、このような泣き叫び悲しむ様子を示されたのである。

「爾時，夜摩天王復化龍王，如前所說，復示無常。或有龍王熱沙所燒，猶如焰火。如佉陀羅炭入乾草聚，是諸龍王熱沙所燒，亦復如是。復有龍王，龍女圍遶，為金翅鳥搏撮將去，諸龍女眾發聲大叫。復有龍王為鋸所解，悲聲唱叫，怨心相斫，互相加害。如是化龍，為死將去。時，諸天眾見是事已，心極厭離。

> その時、夜摩天の王は再び化龍（変化した竜）を出現させ、先に述べたのと同じようにして、再び無常の真理を示しました。ある竜王は熱砂に焼かれて、まるで炎のように燃え上がりました。あたかも佉陀羅炭（けだらたん）が乾いた草の山に入り込んだように、これらの竜王たちも熱砂に焼かれるありさまは、まったく同じでした。 また別の竜王は、龍女たちに取り囲まれているところを金翅鳥（こんじちょう）に捕らえられて連れ去られ、その龍女たちは大声で叫び泣きました。 さらに別の竜王は鋸（のこぎり）で引き裂かれ、悲しげな声で叫び、恨みの心で互いに斬り合い、傷つけ合いました。これらの変化した竜は、このようにして死によって連れ去られていきました。 この様子を見た天の者たちは、心の底から厭わしく離れたいと思うようになりました。

「時，夜摩天王復化弗婆提人、瞿陀尼人，無量百千，皆悉衰惱。及諸女人，亦復如是，老極須臾，皆歸於死。既死之後，多生諸蟲，偃臥於地，甚可惡賤。時，實天眾見此諸事無量差別大惡有過，見死苦已，皆生厭離，互相謂言：『此諸眾生有苦而死。』『此諸眾生老病死盡，終竟不知當詣何處？為誰將去？』『一切資具皆悉無常，一切諸樂皆雜有過。』『無常不住，敗壞之法，不可保信。』『一切諸法皆悉破壞，無有少樂。』如是實天互共論說，皆生厭離。

> その時、夜摩天王はさらに弗婆提（東の国）の人々や瞿陀尼（西の国）の人々、数えきれないほどの多くの人々を、みな老い衰え悩み苦しむ姿に変えました。女性たちについても同様で、わずかの間に老いが極まり、みな死に向かいました。死んだ後には、たくさんの虫が生じ、地に横たわり、まことに嫌らしく卑しい有様でした。 時に、実天の天衆たちは、これらの出来事に、数えきれないほどの様々な違いがあり、大いなる悪が存在するのを見て、死の苦しみを目の当たりにし、みな厭い離れる心を生じて、互いに言い合いました。 「この人々は苦しみの中で死んでいく。」 「この人々は老い、病み、死に尽きても、結局どこへ行くのか、誰に連れて行かれるのか、ついに知ることができない。」 「あらゆる財産や道具はすべて無常であり、あらゆる楽しみもすべて混ざり合った過ちがある。」 「無常はとどまらず、壊れていく性質のものであり、決して頼りにはできない。」 「あらゆるものごとはすべて壊れてしまい、少しの楽しみもない。」 このようにして、実天の者たちは互いに語り合い、みな厭い離れる心を生じました。

「時，夜摩天王知諸天眾心生厭離，復化丈夫自在離慢，決定上生，謂欝單曰人，少減天福，受第一樂，復化令作老病身死。身既死已，無量百千諸蟲噉食其屍，若有見者，皆生厭惡，猶如屎聚。夜摩天王為利放逸諸天眾故，示如是化欝單曰人。

> その時、夜摩天（やまてん）の王は、天の者たちが心から厭離（おんり）の思いを抱いたのを見て、さらに「離慢（りまん）」という自在な姿に変化し、「必ず上の世界に生まれ変わろう」と決意させました。また、欝単曰（うたんにち、北俱盧洲）の人々に姿を変え、天の福報がわずかに減りながらも第一の楽を受けている様子を示しました。さらに、老い・病・死の姿に変化させました。その死体は、無量百千の虫に食い荒らされ、見る者すべてが嫌悪の念を抱く、まるで糞の山のようでした。夜摩天の王は、放逸な天の者たちの利益のため、このように変幻して欝単曰の人々を提示したのです。

「爾時，天王復作化示，令實天見，謂中陰有。無量有網化中陰有，如眾生死，以業因緣，生於地獄、餓鬼、畜生、人、天之中。化中陰有，令諸天眾皆得現見無量種種心行之業，有因緣生，無量百千五道生死。為諸實天得厭離故，於大池中示如是化，不可思議希有之化。無等無比。令天現見於池水中，具見一切五道眾生以業煩惱因緣力故，流轉而行。從一道死，復生一道，輪轉生死，無救、無歸、無有伴侶。輪轉諸有，輪迴地獄、餓鬼、畜生及以人、天，令實天眾見於種種生中陰有，見已驚怖，極生厭離。復見夜摩諸天中陰之身，見夜摩天以業盡故，從天退墮，悔火所燒。貪放逸故，天身則滅，中陰身生，足上頭下。如印中陰，以惡業故，生地獄陰。見生死業故，極大怖畏，共相謂言：『是業因緣，甚大戲弄夜摩天眾。』時，實天眾見是事已，生厭離心，是名見地獄中陰，非生有陰。牟修樓陀示如是化。

> その時、天の王は再び神通力を示し、実天たちにいわゆる「中有（ちゅうう）」の存在を見せしめた。無量の網の目のような化現が、中有の中に現れた。それは、衆生が死ぬ時、業の因縁によって地獄・餓鬼・畜生・人・天に生まれる様子である。この中有の化現によって、諸天の衆は、無量の心や行いの業、因縁によって生じる、無量百千の五道の生まれ変わりを、ありありと見ることができた。これは、実天たちに厭離の心を起こさせるためであり、大池の中に、このような言葉に尽くせぬ不思議で希有な化現を示したのである。比べるものもなく、並ぶものもない。天の衆が池の水の中に、あらゆる五道の衆生が、業と煩悩の因縁の力によって流転し続ける様子を、ありありと見ることができるように示したのである。ある道で死んでは、また別の道に生まれ、生死の輪廻の中で、助けもなく、帰る場所もなく、伴侶もない。様々な生存の領域を輪廻し、地獄・餓鬼・畜生・そして人・天の間を巡り続ける。これを、実天の衆に様々な生の中の中有を見せ、見た後に驚き恐れ、極度に厭離の心を起こさせたのである。また、夜摩天の諸天の中有の身をも見せた。夜摩天が業の尽きるがゆえに天から堕落し、後悔の火に焼かれる様子である。放逸に溺れたがゆえに、天の身は滅び、中有の身が生まれ、足が上に、頭が下に向く。ちょうど印のように、中有は悪業によって地獄に生まれる陰の中に生まれるのである。この生死の業を見て、彼らは大いに怖れ、互いに言い合った。「この業の因縁は、実に大きく夜摩天の衆を弄ぶものだ」と。その時、実天の衆はこの事を見て、厭離の心を生じた。これを地獄の中有を見ると言い、生有の陰ではない。牟修楼陀はこのような化現を示したのである。

「以何義故，不示生陰？以天心軟，不能堪忍，若見生陰，不可譬喻不可說苦，即失身命。是故示化，不示生陰，是名實天觀夜摩天退欲入地獄中陰之身。

> なぜ、生有の境（中有）を示さないのか。諸天の心は柔らかで、激しい苦しみに耐えられないからである。もし生有の苦しみを目の当たりにしたなら、たとえようもなく言葉にできない苦しみによって、身も命も失ってしまうだろう。ゆえに、変化の姿を示し、生有の姿を示さないのである。これを「実天（まことの天）の観」という。夜摩天から退転して地獄に堕ちようとする中有（中陰）の身についての説明である。

「時，夜摩天王復以希有神化中陰，示夜摩天放逸過惡之所傷害，以業盡故，欲墮餓鬼，足上頭下。如印相似，業繩所牽，隨所作業，如是成熟。時實天眾復見如是第二中陰。

> 時に、夜摩天王は希有なる神力をもって中陰の相を示し、夜摩天の放逸の過ちがもたらす害を明らかにしました。業が尽きて餓鬼道に堕ちようとする者は、足を上に頭を下にして。まるで印を押すかのように、業の縄に引かれ、その行いに応じて報いが熟します。その時、実天の者たちは、この第二の中陰の姿を再び見たのでした。

「復次第三見化中陰，如夜摩天復為放逸之所傷害，業盡還退，惡業所縛，欲墮畜生，足上頭下。如是中陰，如印所印，生畜生中無量種類相似中陰，是名第三道中陰有相。

> さらに第三の見解として、中有（ちゅうう）は夜摩天（やまてん）のようでありながら、放逸（ほういつ）によって傷つけられ、業（ごう）が尽きて退転し、悪業に縛られて畜生に堕ちようとするとき、頭を下にして足を上にする様子があります。 このような中有は、印で押されたように、畜生に生まれる無数の種類に似た中有の姿をとります。これを第三の道における中有の相（すがた）と名づけます。

「見之怖畏，復生厭離，驚愕惶怖，互相觀視，以偈頌曰：

> それを見て恐怖し、さらに厭離の心を生じ、驚き慌て恐れおののき、互いに見つめ合って、偈（げ）をもって唱えた。

「『微細難解知，遍行一切處，是業使眾生，流轉於諸趣。若人謗賢聖，好行邪見業，不信於業果，死則入地獄。若人內懷惡，以法諂誑人，世間所不愛，死則入地獄。若人著欲樂，常行於惡業，以樂誑其心，死則入地獄。若得畢竟樂，乃得名安隱；若樂有苦報，是不名為樂。放逸諸天眾，退失夜摩天；若法具足者，智者所讚歎。遊戲園林中，樂見諸天女，欲境無厭足，以是故退沒。以樂增長故，渴愛轉增長，智慧人所說，斷愛為第一。我見世中陰，今生大厭離，誰當救護我，令我得解脫？』

> 「この真理は微細にして難解、一切に遍く行き渡る。 この業によって衆生は様々な生存の場を巡り続ける。 もし人が賢聖を誹謗し、邪見の業を好んで行い、 業の果報を信じなければ、死ねば地獄に堕ちる。 もし人が心に悪を抱き、教えを使って人を欺けば、 世間で愛されず、死ねば地獄に堕ちる。 もし人が欲望の楽しみに執着し、常に悪業を行い、 快楽によって自らの心を欺くならば、死ねば地獄に堕ちる。 もし究極の安楽を得るならば、それこそが平安と言える。 もし楽しみに苦しみの報いがあるならば、それは楽しみとは言えない。 放逸な天の衆生たちは、夜摩天から退転してしまう。 真理を具足する者は、賢者によって称賛される。 園林で遊戯し、天女たちを喜んで見る。 欲望の対象に飽き足らず、そのために退没してしまう。 楽しみが増すにつれて、渇愛はさらに増大する。 智慧ある人の教えは、愛執を断つことが第一であると説く。 私は世の中の暗闇を見て、今、大きな厭離を生じた。 誰が私を救い、解脱させてくれるのだろうか。」

「時，諸天眾見如是等種種中陰，生厭離心。時，夜摩天王牟修樓陀知諸天眾心調伏已，皆滅化天，示以自身寂滅莊嚴。諸天見之，其心安隱，往詣天王。到已圍遶，住在一面，心生敬重，歡喜踊躍，作如是念：『我今得主。』時，實天眾見無量惡，皆生厭離。

> 時、天の人々はこのような様々な中有の姿を見て、厭離の心を起こしました。その時、夜摩天の王、牟修楼陀は、天の人々の心が調えられたことを知って、変化した天の姿を全て消し、自らの寂滅の荘厳をお示しになりました。天の人々はそれを見て心が安らぎ、王のもとへと向かいました。到着すると王を囲み、片側に立って、心から敬い、喜びに満ち溢れ、こう思いました。 「私たちは今、主を得たのだ」 その時、実天の人々は無量の悪を見て、皆、厭離の心を起こしました。

## 正法念處經卷第五十七

> 正法念処経 第五十七巻