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title: "正法念處經 · 2"
description: "正法念处经是佛教重要经典，由元魏时期译经师瞿昙般若流支翻译。该经属于小乘佛教典籍，成书于古印度，后传入中国。经文主要阐述通过正念观察身心现象，达到解脱的修行方法，详细分析六道轮回、因果业报等佛教核心教义。内容涵盖四念处修法、三十七道品等修行体系，强调通过观照身、受、心、法来破除执着。在佛教史上具有重要地位，是研究早期佛教禅修理论的重要文献，对后世禅修实践影响深远，被列为汉传佛教基本经典之一。"
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## 正法念處經卷第六十五

元魏婆羅門瞿曇般若流支譯

> 元魏の婆羅門瞿曇般若流支訳

### 身念處品之二

> 身念処品（第二）

「復次，修行者內身循身觀。觀閉筋蟲，彼以聞慧或以天眼見：閉筋蟲或行麁筋或行細筋，若覺蟲行，筋則疼痛，若不覺行，筋則不疼痛，一切骨肉皆亦消瘦，筋中疼痛。若蟲瞋恚，人不能食。若住筋中而飲人血，令人無力，若食人肉，令人羸瘦。觀嚙筋蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内身において身を循（めぐ）って観察します。閉筋虫（へいきんちゅう）を観察するとき、彼は聞慧（もんえ）あるいは天眼（てんげん）によって次のように見ます。閉筋虫は時に太い筋を巡り、時に細い筋を巡ります。もし虫が動いているのを感じれば、筋は痛みを生じ、感じなければ痛みはありません。すべての骨や肉もまた痩せ細り、筋の中に痛みが生じます。もしこの虫が怒ると、人は食事ができなくなります。もし筋の中に留まって人の血を飲めば、人を無力にし、もし人の肉を食べれば、人を痩せ衰えさせます。この嚙筋虫（こうきんちゅう）を観察して、身をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼觀動脈蟲：是蟲遍行一切脈中，其身微細，行無障礙。若蟲住人食脈之中，則有病過，令身乾燥，不憙飲食。若蟲住在水脈之中，則有病生，令口乾燥；若在汗脈，令人一切毛孔無汗；若在尿脈，令人淋病，或令精壞或令痛苦。若蟲瞋恚，行下門中，令人大便閉塞不通，苦惱垂死。觀動脈蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の体内を、繰り返し観察する。彼は聞いた教えや天眼によって、動脈にいる虫を見る。この虫は、全身の脈の中に広く存在し、その身は非常に微細で、障害なく行き巡る。 もしこの虫が、人が食べ物を摂る脈（食脈）に留まれば、病の原因となる。その結果、身体は乾燥し、飲食を好まなくなる。もしこの虫が、水の脈（水脈）に留まれば、病が生じて口が渇く。もし汗の脈にいれば、人の全ての毛孔から汗が出なくなる。もし尿の脈にいれば、人を淋病にかからせたり、精を損なわせたり、あるいは苦痛を与えたりする。もしこの虫が怒りを起こし、下の方の門（肛門）に移動すれば、人の大便を閉塞させて通らなくし、苦しみ悶え、死に至らしめる。 このように動脈の虫を観察することで、彼は身体の実相をありのままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。觀食皮蟲，彼以聞慧或以天眼見：食皮蟲以食過故，蟲則瞋恚，能令人面顏色醜惡，或生惡皰，或痒或赤或黃或破，或復令其鬚爪墮落，令人惡病，或皮斷壞或肉爛壞。觀食皮蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体をまじまじと観察します。その皮膚を食べる虫について観察します。彼は聞いた智慧や天眼によって見ます。皮膚を食べる虫は食べ過ぎると怒りを起こし、人の顔色を悪くしたり、醜いできものができたり、痒みや赤み、黄変、または皮膚の切れ目を引き起こします。また、髭や爪を落とさせ、悪い病気を引き起こしたり、皮膚を壊したり、肉を腐らせたりします。この皮膚を食べる虫を観察した後、身体をありのままに知ります。

「復次，修行者內身循身觀。觀嚙脂蟲，彼以聞慧或以天眼見：動脂蟲住在身中脂脈之內，若食有過、若多睡眠，此蟲則瞋，不消飲食，或生疥𭼦或生惡腫，毛根瘭病，或得癭病或脈脹病，或乾消病或身臭病，或食時流汗。如是觀動脂蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を繰り返し観察しなさい。脂肪を噛む虫を観察するのです。彼は聴聞による智慧、あるいは天眼によって見ます。動脂虫は身体の中、脂肪の脈の中に住んでいます。もし食事に過ちがあったり、あるいは睡眠が多すぎたりすると、この虫は怒り、飲食を消化しなくなります。あるいは疥癬（かいせん）を生じ、あるいは悪性の腫れ物を生じ、毛根の病気、あるいは瘻（ろう）のような病、あるいは脈が脹れる病、あるいは消渇病（糖尿病のような病）、あるいは身体が臭くなる病、あるいは食事の時に汗を流す病となります。このように動脂虫を観察して、あるがままに身体を知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。觀和集蟲於我身中作何等業，或病或安？彼以聞慧或以天眼見和集蟲集二種身：一者覺身；二、不覺身。皮肉骨血、脂髓精等，是名覺身；髮毛爪齒，名不覺身。是名和集二身。以食過故，蟲則無力，人亦無力，不能速疾行來往返，睡眠𧄼瞢或多焦渴，皮肉骨血、髓精損減。觀和集蟲已，如實知身。

> 次に、修行者は自身の内側で身体を観察していきます。 身体の中にいる和集虫（わしゅうちゅう）は、どのような働きをしているのでしょうか。病気にさせるのでしょうか、それとも健康にさせるのでしょうか。 彼は教えを聞く智慧によって、あるいは天眼によって、和集虫が二種類の身体に集まっているのを見ます。 一つは「感じる身体」、もう一つは「感じない身体」です。 皮膚、肉、骨、血、脂肪、髄、精気など、これらは「感じる身体」と呼ばれます。 髪の毛、毛、爪、歯などは「感じない身体」と呼ばれます。 これらを合わせて、二つの和集された身体と呼ぶのです。 もし食べ物が多すぎると、虫は力を失い、人もまた力を失います。素早く動き回ったり、行き来したりすることができず、眠くなったりぼんやりしたり、ひどく喉が渇いたりします。すると、皮膚、肉、骨、血、髄、精気も減ってしまいます。 このように和集虫を観察して、修行者は身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼觀於：臭蟲住在肉中、屎尿之中，以食過故，蟲則瞋恚，身肉屎尿、涕唾皆臭，鼻中爛膿或𥄏淚爛臭，隨蟲行處皆悉臭穢，若衣、若敷、若食。住齒中，以蟲臭故，食亦隨臭，衣敷盡臭，舌上多有白垢臭穢，身垢亦臭。觀臭蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自分の身体を内側から観察します。彼は聞いた教えや天の眼によって、以下のように観察します。腐った虫が肉の中や屎尿の中に住んでいます。食べ物が過ぎたために、虫は怒り、身体の肉や屎尿、鼻水、唾がすべて臭くなります。鼻の中では膿が垂れたり、涙が腐って臭くなったりします。虫が通るところはすべて汚くて臭くなり、衣服や敷物、食べ物も臭くなります。歯の間に住んでいる虫が臭うため、食べ物もそれに従って臭くなり、衣服や敷物もすべて臭くなります。舌の上には多くの白い垢があり、臭くて汚れています。身体の垢も臭くなります。この腐った虫を観察した後、修行者は身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：濕行蟲行背肉中，知食消已，入腰三孔，取人糞穢汁則成尿，滓則為糞，令入下門。觀濕蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自己の身体を繰り返し観察します。彼は教えを聞く智慧や天眼によって、湿った環境に生息する虫や這う虫が背中の肉の中にいるのを見ます。そして、食べ物が消化された後、それらが腰の三つの穴に入り、人の汚物を取り込むことを知ります。その液は尿となり、かすは大便となって、下の出口から排出されます。このように湿った虫を観察した後、実相に従って身体を理解します。

「復次，修行者內身循身觀。觀十種蟲行於根中，一切人身皆從中生。何等為十？一名㿇㿇蟲；二名惙惙蟲；三名苗花蟲；四名大諂蟲；五名黑蟲；六名大食蟲；七名暖行蟲；八名作熱蟲；九名火蟲；十名大火蟲。此諸蟲等，住陰黃中。

> さらに、修行者は自らの身体を繰り返し観察します。身体の中には十種の虫が根の中に棲んでおり、すべての人間の身体はこれらから生じます。その十種とは何か？第一に㿇㿇虫、第二に惙惙虫、第三に苗花虫、第四に大諂虫、第五に黒虫、第六に大食虫、第七に暖行虫、第八に作熱虫、第九に火虫、第十に大火虫です。これらの虫たちは、陰黄の中に住んでいます。

「何等是蟲為人疾病或作安隱？彼以聞慧或以天眼見：㿇㿇蟲以食過故，蟲則瞋恚，食人眼𥇒，令人眼痒，多出𥄏淚。此微細蟲若行眼中，眼則多病或令目壞。若入精中，眼生白瞖。其蟲赤色，為眼生病，若蟲不瞋，則無此病。觀㿇㿇蟲已，如實知身。

> どのような虫が人間に病気をもたらし、またどのような虫が安らぎを与えるのか。 彼は聞いた智慧や天の眼によって、次のように見る。 「シシ虫」という虫は、食べ過ぎによって怒りを起こすと、人間の目の中に入り込み、目を痒くさせ、涙を多く出す。 この微細な虫が目の中を動くと、目はしばしば病気になったり、時には目が傷ついたりする。 もし精の中に入れば、目に白い曇りができる。この虫は赤い色をしており、目の病気を引き起こす。 しかし、この虫が怒らなければ、そのような病気は起こらない。 シシ虫についてこのように観察したら、身体をありのままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：惙惙蟲住在人身，行於陰中，一切身中行無障礙，陰黃覆身。如此蟲者，若入骨中，令人身體皆大蒸熱；若行肉中，晝夜常熱，手足皆熱；若入皮裏，身則汗出。觀惙惙蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自己の身体を観察する。彼は教えを聞く智慧や天眼によって見る。慴慴虫（しょうしょうちゅう）という虫が人体に住み、体内を巡り、全身を自由に動き回る。この虫は陰黄が身体を覆っている。この虫が骨の中に入ると、全身にひどい熱が生じる。肉の中を動けば、昼夜常に熱がこもり、手足も熱くなる。皮膚の内側に入れば、汗をかく。慴慴虫を観察して、身体の真相をありのままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：苗華蟲行住陰中，利𭉨短足，身如火藏，不欲食飲。若以食過，蟲行異處，隨所行處，則大熱爛，身血增長，其身大熱猶如煙起，身皮破壞如火燒瘡。若蟲順行，則無此病。觀苗華蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自分の身体を繰り返し観察します。彼は教えを聞く智慧、あるいは天の眼によって次のように見ます。「苗華虫（びょうけちゅう）は陰の中に住み、歩き回る。嘴は鋭く、足は短い。その身体は火の塊のようで、飲み食いを欲しがらない。もし食べすぎると、虫は別の場所に移動する。移動した場所に従って、激しく熱し爛れ、身体の血は増え、身体は大いに熱して煙が立つかのようになり、皮膚は破れて火傷のようになる。もし虫が順調に動くならば、この病はない。」このように苗華虫を観察して、身体をありのままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：大諂蟲住在身中，行陰黃中，或安不安。以食過故，蟲則瞋恚，從頂至足，行無障礙，能令身中一切熱血生於熱瘡。若血、若陰從於口中、耳中流出，或死或次死，或身青黃，熱病口苦。若蟲不瞋，則無此病。觀大諂蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内身に即して身を観察します。彼は聞慧あるいは天眼によって、体内に大諂虫（たいてんちゅう）が住んでいるのを見ます。それは陰黄（いんおう）の部分にあり、時に安定し、時に不安定です。食べ過ぎのために虫が怒ると、頭のてっぺんから足の先まで滞りなく巡り、体中の熱い血が熱瘡（ねっそう）を生じさせます。血や陰が口や耳から流れ出たり、死んだり瀕死になったり、体が青黒くなったり、熱病で口が苦くなったりします。虫が怒らなければ、これらの病は起こりません。大諂虫を観察して、身をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見於黑蟲住在身內，行於黃陰中，或安不安？以食過故，蟲則瞋恚，令人面𩈅或生多黶，或黑或黃或赤，或令身臭或令雀目，或口中生瘡，或大小便處生瘡。若蟲不瞋，則無此病。觀黑蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体を次々と観察します。彼は教えを聞く智慧や天の眼によって、体内に住む黒い虫を見るのです。この虫は陰の部分を動き回り、食事の過ちによって安らかであったり不安になったりします。虫が怒れば、人の顔はやつれ、多くのそばかすができ、黒や黄や赤に色づき、体を臭くしたり、夜盲症にしたり、口や大小便の場所にできものができます。虫が怒らなければ、これらの病は起こりません。黒い虫を観察したならば、修行者は身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀，彼以聞慧或以天眼見大食蟲住在身中，或作安隱或為疾病？彼以聞慧或以天眼見：大食蟲以食過故，則生瞋恚，住陰黃中，隨食隨消，身大力故，一切身及身分——眼耳鼻舌，於自境界皆悉減劣，見不明了。以食過故，根不正緣。若蟲不瞋，則無此病。觀大食蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内身において身を循る観察を行う。彼は聞慧あるいは天眼によって、体内に大食虫が存在するのを見る。この虫は時に安穏をもたらし、時に疾病を引き起こす。彼は聞慧あるいは天眼によって、大食虫が食べ過ぎのために怒りを生じ、陰黄の中に留まるのを見る。食べたものを消化し、身体の力が強いために、全身およびその各部分——眼、耳、鼻、舌は、それぞれの対象に対して劣化し、はっきりと見えなくなる。食べ過ぎのために、諸根は正しく対象に結びつかない。もし虫が怒らなければ、この病気は起こらない。大食虫を観察した後、修行者は身を如実に知る。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見暖行蟲常愛暖食，憎於冷食。此蟲云何與人疾病？云何安隱？彼以聞慧或以天眼見：暖行蟲，若我食冷或以飲冷，或食或味，蟲則瞋恚，口多出水，或極或重或𭓹或睡，或心陰𧄼瞢或身疼強，或復多唾或咽喉病。若蟲不瞋，則無此病。觀暖行蟲已，如實知身。

> 次に、修行者は自身の身体を何度も観察します。彼は教えを聞いた智慧、あるいは天眼によって、体温を好む虫が常に温かい食べ物を好み、冷たい食べ物を嫌っているのを見ます。この虫はどのようにして人に病気をもたらすのでしょうか。また、どのようにして安心でいられるのでしょうか。 彼は教えを聞いた智慧、あるいは天眼によって、この体温を好む虫について見ます。もし私が冷たい食べ物や冷たい飲み物を摂ったり、冷たい味のものを食べたりすると、虫は怒り、口からたくさんの水を出します。そうすると、体が重だるくなったり、熱っぽくなったり、あくびが出たり、眠くなったり、心がぼんやりとして冴えなくなったり、体がこわばって痛んだり、唾液が多く出たり、喉の病気になったりします。もし虫が怒らなければ、これらの病気は起こりません。 このように体温を好む虫を観察して、修行者は身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見於熱蟲住在身內，行於陰中，作何等病？云何安隱？彼以聞慧或以天眼見於：熱蟲住人身中，若食重食，以食過故，病垢增長，妨出入息。以食過故，令身麁大或咽喉塞，令大小便悉皆白色，不愛寒冷、不愛醈食。觀熱蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を観察しなさい。彼は聞いた智慧または天眼によって、身体の中に熱の虫が住んでいるのを見ます。この虫は陰の中で動き、どのような病を起こすのでしょうか？また、どのように安らかでいられるのでしょうか？彼は聞いた智慧または天眼によって、熱の虫が人の身体に住むのを見ます。もし重い食事を摂れば、食べ過ぎのせいで病の垢が増え、息の出入りを妨げます。食べ過ぎによって身体が粗くなり大きく、あるいは喉が詰まり、大小便がすべて白くなり、寒さを嫌い、油っぽい食事も嫌います。熱の虫を観察した後、身体のありのままを知ることができます。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：火食蟲住在身內，行住陰中，此蟲寒時，則便歡喜，熱時萎弱。寒歡喜故，人則憶食；熱時火增，不欲飲食。於冬寒時陰則清涼，熱則陰發，如是火食蟲如是憎火。觀火食蟲已，如實知身。

> さらに、修行者よ、内なる身体を観察しなさい。あなたは教えを聞く智慧、あるいは清らかな眼によって見るだろう。体内に火を食べる虫が住み、陰の部分に存在している。この虫は寒い時には喜び、暑い時には弱ってしまう。寒さを喜ぶので、人は食事を欲しがる。暑くなると火の気が増し、飲食を欲しがらなくなる。冬の寒い時には陰が冷たく涼しくなり、暑い時には陰が発動する。このように火を食べる虫は火を嫌うのだ。火を食べる虫を観察したならば、身体をあるがままに知ることができる。

「復次，修行者內身循身觀。見大火蟲，此蟲云何令人疾病或令安隱？彼以聞慧或以天眼見大火蟲：若人性所不便而強食之，以食過故，蟲則瞋恚，噉身內蟲，以是過故，令人腸痛或脚疼手疼，隨食蟲處，則皆疼痛。若蟲不瞋，則無如上所說諸病。觀黃陰蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体を観察します。すると、大きな火の虫が見えます。この虫はどのようにして人を病気にしたり、健康にしたりするのでしょうか。彼は教えを聞いて得た智慧や天眼によって、この大きな火の虫を観ます。もしも人が自分の体質に合わないものを無理に食べると、食べ過ぎによってこの虫が怒り、体内の他の虫を噛みます。その過ちによって、人は腸の痛みや、足の痛み、手の痛みなどを感じます。食べ物が虫に触れた場所によって、それぞれ痛みが生じます。もし虫が怒らなければ、上述のような様々な病気は起こりません。こうして黄色い陰の虫を観察することで、ありのままに身を理解するのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼觀於骨中有十種蟲，何等為十？一名舐骨蟲；二名嚙骨蟲；三名割節蟲；四名赤口臭蟲；五名爛蟲；六名赤口蟲；七名頭頭摩蟲；八名食皮蟲；九名風刀蟲；十名刀口蟲。如是骨蟲，云何疾病？云何安隱？彼以聞慧或以天眼見：舐骨蟲住於骨外，住多骨處，或住髀骨、脛骨、臂骨、脊骨，如是一切骨中或行脈中，以食過故，蟲則瞋恚，令骨疼痛或令骨動，令人色惡。食近骨肉，令骨大疼，若蟲不瞋，則無如向所說諸病。觀骨蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内身において身を循いて観察する。彼は聞慧（もしくは天眼）によって、骨の中に十種類の虫がいるのを観る。その十種類とは何か。第一に骨を舐める虫、第二に骨を噛む虫、第三に関節を切る虫、第四に赤い口の臭い虫、第五に爛れる虫、第六に赤い口の虫、第七に頭頭摩（ずずま）虫、第八に皮を食べる虫、第九に風刀（ふうとう）虫、第十に刀口（とうく）虫である。 これらの骨の虫について、どのようにして病気が起こり、どのようにして安らかな状態が保たれるのか。彼は聞慧（もしくは天眼）によって次のように観る。骨を舐める虫は骨の外側に住み、骨の多い場所、あるいは腿骨・脛骨・腕骨・背骨などに住む。このようにすべての骨の中や、時には脈の中を移動する。もし食べ過ぎがあると、虫が怒り、骨に痛みを生じさせ、あるいは骨を動かし、人の顔色を悪くさせる。また骨の近くの肉を食べることで、骨に激しい痛みをもたらす。しかし虫が怒らなければ、上記のような病気は起こらない。このように骨の虫を観察して、如実に身を知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：嚙骨蟲遍住一切身骨之中，若蟲嚙骨，諸大乾消，其聲破散，下痢不調，或兩脇痛、鼻塞歐吐，不憶飲食。若蟲不嚙一切諸骨，其人則無如是等病。觀嚙骨蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の肉体を観察していきます。彼は、教えを聞く智慧や天眼によって、次のことをはっきりと見ます。「骨をかじる虫」は、身体中のあらゆる骨の中に住んでいます。この虫が骨をかじると、体の大きな要素は衰え、声はかすれ、お腹を壊し、体調は乱れます。あるいは脇腹が痛み、鼻が詰まり、吐き気を催し、飲食を望まなくなります。もしこの虫が骨をかじらなければ、その人にはこのような病気はありません。この「骨をかじる虫」を観察することで、修行者は身体の実相をありのままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見割節蟲：以食過故，蟲則瞋恚，或身、身分，頭痛、心痛，或於城邑聚落多人之處謂為空廓，鼻塞心惱，以痛惱故，於好色聲香味觸中，心不愛樂。若割節蟲調順不瞋，則無如向所說諸病。觀割節蟲已，如實知身。

> 「また、修行者は内なる身体を繰り返し観察する。彼は聞慧（聞いて得た智慧）あるいは天眼によって、節を切る虫（痛みを引き起こす虫の比喩）を見る。食べ過ぎのために、この虫は怒り、身体や身体の一部に、頭痛、心痛が生じる。あるいは、町や村など人が多い場所にいても、そこが空っぽで静まり返っているように感じ、鼻は詰まり、心は悩む。この痛みと悩みのために、良い色・声・香り・味・触れ合いに対しても心は喜ばなくなる。もしこの節を切る虫が穏やかで怒っていなければ、先に述べたような病気は起こらない。このように節を切る虫を観察したならば、身体をありのままに知るのである。」

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見於臭蟲住在身中，或為疾病或作安隱。彼以聞慧或以天眼見此臭蟲：以食過故，蟲則瞋恚，令身重熱，或生赤色、黑色痶瘓，身汗多出，不能睡眠，即成癩病，一切身分皆悉爛臭。若蟲不瞋，則無如向所說諸病。觀臭蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を繰り返し観察します。彼は教えを聞く智慧や天眼によって、体内にいる臭い虫を見ます。それらは病気を引き起こしたり、身体を安定させたりします。彼は教えを聞く智慧や天眼によって、この臭い虫を観察します。食べ過ぎのために虫が怒ると、身体が重く熱くなり、赤や黒のできものができたり、汗がたくさん出て眠れなくなったり、重症の皮膚病になり、全身が腐って悪臭を放ちます。もし虫が怒らなければ、先に述べたような病気は起こりません。このように臭い虫を観察して、身体の実態をありのままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見爛骨蟲住在身內，或為疾病或作安隱。彼以聞慧或以天眼見爛骨蟲：以食過故，蟲則瞋恚，或一歲、二歲乃至多年，或年少時，被傷瘡瘢，雖復除差，至老猶發。如是爛蟲，久久乃發，令骨壞爛，體生赤瘡，如優曇鉢羅果臭爛可惡。其瘡大痒，多有膿血從瘡流出，眾蠅封著，蚊蝱唼食。若爛骨蟲調順不瞋，則無如向所說之病。觀爛骨蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は身体の内側を観察します。彼は聞いた教えや天眼によって、体内にいる爛骨蟲（らんこつちゅう）を見ます。この虫は病気や健康の状態に関係しています。彼が聞いた教えや天眼で観察すると、爛骨蟲は食べ過ぎると怒りを発し、それによって1年、2年、あるいは長年の間、あるいは若い時にできた傷跡が、治ったように見えても年を取って再発することがあります。このように爛骨蟲が長い時間を経て再び活動すると、骨を腐らせ、体に赤いできものができます。それは優曇鉢羅（うどんばら）の実のように腐って嫌な匂いがし、大きく痒く、多くの膿や血が流れ出て、たくさんの蝿や蚊がたかって吸います。しかし、もし爛骨蟲が穏やかで怒らないなら、上述のような病気は起こりません。以上のように爛骨蟲を観察したなら、身体をあるがままに理解します。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見赤口蟲住身骨中，作何等病？云何安隱？彼以聞慧或以天眼見赤口蟲：以食過故，則生瞋恚，其蟲赤色過於火色，令人身體日夜汗流作血癖病。若赤口蟲調順不瞋，則無如向所說之病。觀赤口蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を繰り返し観察する。彼は聞いた教えや天眼によって、赤口虫が骨の中に住み、どのような病を引き起こすのか、どのような状態が平穏なのかを理解する。 彼は聞いた教えや天眼によって、この赤口虫を見る。飲食の過失によって怒りを生じると、この虫は火の色よりも赤く変わり、人の身体に昼夜汗を流させ、血塊（けっかい）の病を引き起こす。 もし赤口虫が穏やかで怒りがなければ、先に述べたような病は起こらない。 このように赤口虫を観察して、修行者は身体をあるがままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見頭頭摩蟲住在骨中，行於骨中，云何此蟲令人疾病？云何安隱？彼以聞慧或以天眼見頭頭摩蟲：以食過故，蟲則瞋恚，能令人身周遍生瘡。若蟲行時，令人頻申，心動忪忪，或如失身或身動搖，不能睡眠，身體痒相猶如蟲行，目視不明，得寒熱病或身體腫。若頭頭摩蟲不瞋，則無如向所說諸病。觀頭頭摩蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内身について身体を観察する。彼は聞いた智慧（教え）か、あるいは天眼によって、頭頭摩虫（とうとうもちゅう）が骨の中に住み、骨の中を動くのを見る。この虫はどのようにして人に病気をもたらすのか。どのようにして安らかな状態になるのか。彼は聞いた智慧か、あるいは天眼によって、頭頭摩虫が：食べ過ぎによって怒りを起こすと、人の全身にできものができることを見る。もし虫が動く時には、人にあくびを引き起こし、心は落ち着かず、体がふらついたり、眠れなくなったり、体にかゆみがあたかも虫が這うように感じられ、目がかすみ、寒熱の病にかかったり、体が腫れたりする。もし頭頭摩虫が怒らなければ、上述のような病は起こらない。このように頭頭摩虫を観察した後、身体をあるがままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見食皮蟲住在身中，或為疾病或為安隱。彼以聞慧或以天眼見食皮蟲：以食過故，蟲則瞋恚，脣口及眼皆生諸瘡，兩脇生瘡。若行筋中，或復嚙筋，能令其人咽喉乾燥，或復聾塞，耳中膿出，或髑髏上剎剎而行，或非時頭白，咽喉瘶病，非時睡眠，或憎飲食，不樂一處，樂行空地，心或多亂，狂說是非。蟲食皮故，一切身分爴裂破壞，塵土坌身。若蟲不瞋，則無如向所說諸病。觀食皮蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内身において身を循（めぐ）らせて観察する。彼は聞慧（もんえ）あるいは天眼（てんげん）によって、皮膚を食べる虫が身体の中にいて、時に病気をもたらし、時に安穏をもたらすのを見る。彼は聞慧あるいは天眼によって、この皮膚を食べる虫を見る。食物の過剰によってこの虫が怒ると、唇や口や目に様々な腫れものができ、両脇にも腫れものができる。もし虫が筋の中に入り込んで噛めば、その人の喉を乾かせ、あるいは耳を聞こえなくし、耳から膿が出る。あるいは頭蓋骨の上をかじるように這い回り、時ならずして頭が白くなり、喉を病み、時ならずして眠くなり、あるいは食事を嫌い、一ヶ所に留まることを好まず、空き地を歩き回りたがり、心はしばしば乱れて、正しくないことを言い散らかす。虫が皮膚を食べることで、身体の全ての部分がひび割れ破壊され、塵が身体に降りかかる。もし虫が怒らなければ、以上のような様々な病は起こらない。この皮膚を食べる虫を観察した後、彼は身体をありのままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見風刀蟲行於骨中，以蟲瞋故，或為疾病或為安隱。彼以聞慧或以天眼見風刀蟲：以食過故，蟲則瞋恚，猶如蛇螫，痛毒難忍，所謂頭頂、咽喉心胞、大小便處，手足甲中亦如針刺。以蟲嚙嚙，鼻則失香，舌不知味，其目瞤動，不憶飲食。以蟲瞋故，與骨行蟲共害其身，以痛多故，晝夜不睡。若蟲不瞋，則無如向所說之病。觀風刀蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を内側から観察する。彼は聞いた教えや天の眼によって、風刀虫が骨の中を這い回るのを見る。この虫が怒ると、病気になったり、あるいは平穏になったりする。彼は聞いた教えや天の眼によって、風刀虫がこうであると見る。つまり、食事のとりすぎによって虫が怒り、まるで蛇に噛まれたかのように、耐え難い痛みが生じる。その痛みは、頭頂、喉、心臓の周り、大小便の出る場所、手足の爪の中にまで及び、針で刺されたようである。この虫に噛まれると、鼻は香りを失い、舌は味を感じず、目はぴくぴくと動き、飲食を思い出せなくなる。虫が怒ることで、骨の中の虫と共に身体を害し、痛みが多いため、昼夜を問わず眠れなくなる。もし虫が怒らなければ、先に述べたような病気は起こらない。このように風刀虫を観察して、身体をあるがままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見刀口蟲住在身中，此蟲或為疾病或作安隱。彼以聞慧或以天眼見：刀口蟲始於母胎，初出生時，此蟲初生，以法勝故，始出胎藏飲母乳故，是時此蟲盡食餘蟲，後還雜食。以是因緣，餘蟲還生。觀刀口蟲已，如實知身。「此十種蟲行於骨中，如實觀之。如實觀已，眼離塵垢，離凡夫過，心生厭惡，離我、我所，離疑清淨，離於邪見，如實知身乃至涅槃。

> さらに、修行者は内身において身体を繰り返し観察する。彼は聞慧（教えを聞いて得る智慧）あるいは天眼によって、体内に「刀口虫」がいるのを見る。この虫は病気の原因となることもあれば、安らぎをもたらすこともある。 彼は聞慧または天眼によって見る。刀口虫は母親の胎内にいるとき、最初に生まれる。この虫が生まれると、その性質ゆえに胎内を出て母乳を飲む。そのとき、この虫は他のすべての虫を食べ尽くす。その後、再び様々なものを食べるようになる。この因縁により、他の虫たちは再び生まれるのである。 こうして刀口虫を観察して、身体をありのままに知る。 これらの十種類の虫は骨の中を行き巡っている。これをありのままに観察する。ありのままに観察したならば、眼は塵や汚れから離れ、凡夫の過ちから離れ、心に厭離の念が生じ、「我」や「我がもの」という執着から離れ、疑惑から離れて清らかになり、邪見から離れて、身体をありのままに知り、ついには涅槃に至るのである。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見十種蟲行於屎中，何等為十？一名生蟲；二名針口蟲；三名白節蟲；四名無足蟲；五名散汁蟲；六名三燋蟲；七名破腸蟲；八名閉塞蟲；九名善色蟲；十名穢門瘡蟲。其色可惡，住糞穢中，作何等病？云何安隱？

> さらに、修行者は内身を循りて身を観ずる。彼は聞慧あるいは天眼をもって、屎の中に十種の虫がいるのを見る。その十種とは何か？第一に生虫、第二に針口虫、第三に白節虫、第四に無足虫、第五に散汁虫、第六に三燋虫、第七に破腸虫、第八に閉塞虫、第九に善色虫、第十に穢門瘡虫である。それらの色は嫌悪すべきもので、糞の汚物の中に住む。それらはどのような病を起こすのか？また、どのようにして安らかになるのか？

「彼以聞慧或以天眼見於：生蟲行糞穢中，若蟲燒熱，我身亦熱。若蟲冷病，我亦冷病，下痢白膿，令身損減，顏色萎黃。若此生蟲調順不瞋，則無如向所說之病。觀生蟲已，如實知身。

> 観慧の力、あるいは天眼によって、彼はこう見る。 「体内の生きた虫が、糞尿の中を這い回っている。もしその虫が焼けるように熱ければ、私の身体も熱くなる。もしその虫が冷えの病にかかれば、私も冷えの病にかかる。虫が下痢をして白い膿を出せば、私の身体はやせ衰え、顔色は青ざめて黄色くなる。しかし、この生きた虫たちが穏やかで怒りがなければ、前述のような病は起こらない。」 このように生きた虫を観察して、彼は身体をあるがままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：針口蟲行糞穢中，其身長大，從於熟藏行趣生藏，一切諸蟲皆不能遮，復從生藏上至咽喉，唾吐俱出，或作心痛或令不安。以火弱故，與糞俱出，須臾即死。觀針口蟲已，如實知身。

> 次に、修行者は内なる身体を縦横に観察します。 彼は、教えを聞く智慧や天眼によって、このように見ます。 「針口虫は、排泄物の中に生息しています。 その体は大きく、熟蔵から生蔵へと進みます。 すべての虫も、これを妨げることはできません。 やがて生蔵から喉へと上り、唾液や嘔吐物と共に出てきます。 時には心痛を引き起こし、不安にさせることもあります。 火の力が弱いため、排泄物と共に出て、すぐに死にます。」 このように針口虫を観察して、身体をあるがままに知ります。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：白節蟲行糞穢中，身短白色，多蟲相續，冷而大臭，破壞人力，隨糞俱出，眾蠅封愛。有此病者，糞穢益多，不憶飲食。觀白節蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内身の循身観を行います。聞いた智慧または天眼によって、彼は見ます。白節虫は糞便の中に住み、体は短く白く、多くの虫が連なっています。冷たくて強い悪臭があり、人の力を弱らせ、糞とともに出てきて、多くの蠅に好まれます。この病にかかると、糞がますます多くなり、飲食を忘れます。白節虫を観察した後に、身体をあるがままに知ります。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見無足蟲住在身中，此蟲云何為人疾病？云何安隱？彼以聞慧或以天眼見無足蟲：以食過故，蟲則瞋恚，吹一切風氣塞大小便，若塞生藏，不能嘔吐亦不能嚏，不能頻申，疲極不安，不能睡眠，不耐飢渴。以蟲瞋故，多生諸病。觀無足蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内身において身を循（めぐ）らせて観察します。彼は聞慧（もんえ）または天眼（てんげん）によって、体内に無足虫（むそくちゅう）が住んでいるのを見ます。この虫が人間にどのように病気をもたらすのか、またどのように安らかであるのか。彼は聞慧または天眼によって、無足虫が、食べ過ぎのために怒り、あらゆる風気を吹き起こして大小便を詰まらせるのを見ます。もし生蔵（いのちの臓）を塞げば、吐くことも、くしゃみをすることも、伸びをすることもできません。疲れ切って落ち着かず、眠ることもできず、飢えや渇きに耐えられません。この虫が怒るために、多くの病が生じます。無足虫を観察して、身（からだ）をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見散汁蟲住在身中，為消食故，於汁流處撥令分散，於身分中與汁俱行，乃至於足，從足至頂一切身分汁遍流故，眾人說之，以為好色；若汁不流，色則醜惡。觀散汁蟲已，如實知身。

> また、修行者は自身の身体を繰り返し観察します。彼は教えを聞く智慧、あるいは天の眼によって、体内に散汁虫が住んでいるのを見ます。これらの虫は食べ物を消化するために、体液の流れる場所でそれをかき分け、全身に行き渡らせます。体液は足の先から頭の先に至るまで、身体のあらゆる部分に流れています。人々はこの体液の巡りによって、その人の気色が良いと評します。もし体液が巡らなければ、気色は悪く見えます。この散汁虫を観察することで、修行者は身体の実相をありのままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：三燋蟲住在身中，若我熱病，蟲增垢惡，生藏不安，火大增動。以熱病故，蟲亦熱病，遍身奔走，熱惱自燋。以蟲瞋故，味流之脈皆悉乾燥，渴病頭痛。觀三燋蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体を繰り返し観察する。彼は聴聞による智慧か、あるいは天眼によって見る。三つの燋蟲が身体の中に住んでいる。もし私に熱病があれば、これらの蟲は垢のように増え悪化し、消化器官は落ち着かず、火の要素が激しく動き出す。熱病のために、蟲もまた熱病にかかり、全身を駆けめぐり、熱の苦しみで自ら焦がれる。蟲が怒るために、味を運ぶ脈はすべて乾ききり、渇きの病や頭痛が起こる。この三つの燋蟲を観察した後、如実に身体を知る。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見破腸蟲住在身中，此蟲云何而作疾病？云何安隱？彼以聞慧或以天眼見破腸蟲：若人多食飲食味故，諸蟲逼迫，蟲則生瞋，嚙破人腸，或心脹痛或令風脹，或令熱脹或令冷脹，得如是等種種苦惱。是破腸蟲傷害人腸，若蟲調順，則無如向所說之病。觀破腸蟲已，如實知身。

> 「さらに、修行者は自分の身体を観察します。彼は教えを聞いた智慧、あるいは天眼によって、体内に住む『はらわたを破る虫』を見ます。この虫はどのようにして病気を引き起こすのでしょうか？また、どのようにして平穏なのでしょうか？彼は教えを聞いた智慧、あるいは天眼によって、その『はらわたを破る虫』を見ます。もし人が多くの食べ物や飲み物の味を欲しがるなら、様々な虫が圧迫され、虫は怒りを起こして人の腸をかみ破ります。あるいは心臓が張って痛んだり、風で膨れたり、熱で膨れたり、冷えで膨れたりして、このような様々な苦しみを得ます。この『はらわたを破る虫』は人の腸を傷つけますが、もし虫が穏やかで従順であれば、先に述べたような病気は起こりません。この『はらわたを破る虫』を観察した後、身体をあるがままに知るのです。」

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見閉塞蟲住在身中，此蟲云何為人疾病？云何安隱？彼以聞慧或以天眼見：閉塞蟲行糞穢中，若我飲食，其蟲亦食，食已閉塞，以食過故，傷害流脈，傷於火大，所食腸脹，屈腸戾腸，或時令人心痛腸痛。觀閉塞蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内身において身を循ねて観察する。彼は聞慧または天眼によって、閉塞虫が身の中に住んでいるのを見る。この虫はどのようにして人の病気を引き起こすのか？どのようにして安らかなのか？彼は聞慧または天眼によって、閉塞虫が糞尿の中にいるのを見る。もし私が飲食すれば、その虫もまた食べる。食べた後は閉塞となり、食べ過ぎのために流脈を傷つけ、火大を傷つける。食べたものが腸に脹れ、曲がった腸やねじれた腸を引き起こし、時に人に心痛や腸痛を起こさせる。閉塞虫を観察した後、身をあるがままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見善色蟲住在身中，此蟲云何而為疾病？云何安隱？彼以聞慧或以天眼見善色蟲：若我食時，或食好肉或食惡肉或食重食，蟲於身中為作安隱，口中取味，走遍身中，令無病惱，氣力增長，斷除諸病，住在身中。以福德故，蟲有大力，人則有色，氣力充足。若蟲無力，人亦瘦瘠，色貌憔悴。觀善色蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自己の身体を観察し、身体についての観察を続けます。彼は教えを聞く智慧や天眼によって、体内に善なる色の虫が住んでいるのを見ます。この虫はどのようにして病気を引き起こし、どのようにして安穏をもたらすのでしょうか？彼は教えを聞く智慧や天眼によって、善なる色の虫を観察します。私が食事をするとき、良い肉を食べても悪い肉を食べても、あるいは重い食べ物を食べても、この虫は体内で安穏をもたらし、口から味を取り、全身を巡って、病気や悩みをなくし、気力を増し、さまざまな病を断ち切って、身体の中に留まります。福徳の力によって、この虫が強い力を持つと、人は血色が良く、気力が十分になります。もし虫に力がなければ、人は痩せ細り、顔色も衰えます。この善なる色の虫を観察した後、身体の実相をありのままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見下門瘡蟲住在身中，云何為我而作疾病？云何安隱？彼以聞慧或以天眼見：下門瘡蟲以食相違，蟲則瞋恚，生種種瘡，或生濕瘡或生乾瘡，或前生瘡或後生瘡，或生熱瘡。若蟲瞋恚，閉塞穢門，糞流之脈，若血流脈、若汁流脈，或以火少，不消飲食。以火少故，穢門生瘡。以蟲瞋故，作種種病，若蟲不瞋，則無如向所說諸病。觀穢門瘡蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は身体の内側を身体として観察する。彼は聴聞の智慧あるいは天眼によって、肛門の瘡虫が身体の中にいるのを見る。「どのようにして、それが私に病気を引き起こすのか。どのようにして、それが安らかであるのか」と。彼は聴聞の智慧あるいは天眼によって見る。肛門の瘡虫は食べ物の相違によって怒り、様々な瘡を生じさせる。あるいは湿った瘡を生じ、あるいは乾いた瘡を生じ、あるいは前にできた瘡、あるいは後にできた瘡、あるいは熱を持つ瘡を生じさせる。もし虫が怒れば、排泄の門を塞ぎ、糞の流れる脈や、血の流れる脈、または体液の流れる脈を閉ざす。あるいは消化の火が弱まり、飲食を消化できなくなる。消化の火が弱まったために、排泄の門に瘡が生じる。虫が怒るために様々な病気を引き起こすのである。もし虫が怒らなければ、上に述べたような病気は起こらない。このように肛門の瘡虫を観察して、身体をあるがままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見十種蟲行於髓中，有行精中，何等為十？一名毛蟲；二名黑口蟲；三名無力蟲；四名大痛蟲；五名煩悶蟲；六名火色蟲；七名下流蟲；八名起身根蟲；九名憶念蟲；十名歡喜蟲。

> さらに、修行者は自己の身体を観察し、身体のあり方を順に観ていくのです。彼は教えを聞く智慧や天の眼によって、髄の中を動く十種類の虫と、精の中を動く虫があるのを見ます。十種類とは何か。第一に毛虫、第二に黒口虫、第三に無力虫、第四に大痛虫、第五に煩悶虫、第六に火色虫、第七に下流虫、第八に起身根虫、第九に憶念虫、第十に歓喜虫です。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：有髓蟲名曰毛蟲，一切身分皆悉生毛，若此蟲瞋，令髓傷害，既與其過，便食人髓，令人癩病，顏色醜惡，骨髓疼痛，皆失氣力。若毛蟲調順，不生瞋恚，則無如向所說諸病。觀毛蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体を観察します。彼は教えを聞く智慧か、あるいは天眼によって次のように見ます。「髄の中に『毛虫』という虫がいる。体のあらゆる部分に毛を生やす。この虫が怒ると、髄を傷つけ、その害によって人の髄を食べ、癩病（ハンセン病）を引き起こす。顔色は醜くなり、骨髄は痛み、気力も失われる。もし毛虫がおとなしく、怒りを起こさなければ、前述のような病は生じない。」このように毛虫を観察して、身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：黑口蟲住於髓中，一切身中行無障礙，若蟲瞋恚，能令髓融，以傷髓故，令人色惡，曲脊身傴，行步不便，柱杖而行，顏色憔悴，身體振掉。若黑口蟲調順不瞋，則無如向所說諸病。觀黑口蟲已，如實知身。

> 「さらに、修行者は自分の身体を内側から観察します。彼は聴聞の智慧、あるいは天眼によって見ます——黒い口の虫が骨の中に住み、体中を妨げなく巡っています。この虫が怒ると、骨の髄を溶かし、髄が傷つけられることで人の容色は悪くなり、背中が曲がり、歩行が不自由になり、杖をついて歩くようになり、顔色はやつれ、身体は震えるようになります。もし黒い口の虫が穏やかで怒らなければ、上に述べたような病はありません。黒い口の虫を観察した後、身体をあるがままに知るのです。」

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：少力蟲住在身中，此蟲食髓，若髓不足，蟲則無力，蟲無力故，人亦無力。復有餘蟲，亦食人髓，為於強蟲之所陵逼，人則苦惱。觀無力蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体について、身体を観察する実践を行います。その人は、聞いた智慧によって、あるいは天眼によって、次のことを見ます。 「少力虫」という虫が体内に住み、骨髄を食べています。もし骨髄が不足すれば、この虫は力を失います。虫が無力になると、人もまた無力になります。また別の虫も人の骨髄を食べますが、強い虫に押さえつけられると、人は苦しみ悩みます。この無力な虫を観察することで、自分の身体をありのままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：大痛蟲遊行髓中，流轉常行，遍諸身界，此蟲能為諸病因緣，遍諸根中膿汁流出，不能睡眠。觀大痛蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体を観察する。その者は聞いた智慧あるいは天の眼によって見る。「大痛虫（だいつうちゅう）が骨髄の中を巡り、絶えず流れ動き、全身に行き渡っている。この虫は様々な病気の原因となり、全身の感覚器官の中に膿汁を流れ出させ、眠ることができない。」と。大痛虫を観察したならば、身体をあるがままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見於：悶蟲住在身中，行於微細心流脈中，與脈為妨。以妨脈故，則得心病，心悶欲吐，顏色弊惡，不欲飲食，或熱病心痛猶如刀割。見外蟲時，心悶欲吐。觀悶蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を繰り返し観察します。彼は、聞いた教えや天眼によって、体内にいる「悶える虫」が微細な心の流れの脈の中に住み、その脈の働きを妨げているのを見ます。この脈の妨げにより、心の病が生じ、胸が塞がり、吐き気を催し、顔色は悪くなり、飲食を欲しなくなります。あるいは、熱病による心痛が刀で切り裂かれるように激しくなります。体外でこの虫を見ると、気分が悪くなり嘔吐したくなります。このように悶える虫を観察した後、修行者は身体の真実をあるがままに知ります。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：有諸蟲名曰下流，行精流脈中，若食好食、發欲之食，令精增長，如此蟲等，於尿流脈中引精令出。觀下流蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体を繰り返し観察する。その者は聞いた智慧や天眼によって、次のことを見る。「下流」という名の虫がいて、精液の流れる脈の中を動く。もし美味しい食べ物や欲を引き起こす食べ物を食べると、精を増大させる。この虫たちは、尿の流れる脈の中で精を引き出させる。この下流の虫を観察した後、現実のままに身体を知る。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見：起根蟲住在胞中，若尿滿胞，蟲則歡喜，既歡喜已，以尿因緣，令身根起，此是一切愚癡凡夫不善觀門。觀起根蟲已，如實知身。

> さらに、修行者は自己の身体を繰り返し観察する。彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって見る。すなわち、起根虫が胎内に住み、もし尿が胞に満ちれば、虫は喜び、喜んだ後に、尿の因縁によって身根を起こさせる。これは全ての愚かな凡夫が善くない観察の門である。起根虫を観察した後、ありのままに身体を知る。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見憶念歡喜蟲作何疾病？云何安隱？若蟲歡喜有力，多見諸夢或善不善，以蟲過故、以蟲流行於心脈故，夢見眾相。觀憶念蟲已，如實知身。

> 次に、修行者は自身の身体を繰り返し観察します。彼は教えを聞いて得た智慧、あるいは天眼によって、記憶と喜びに関わる虫がどのような病気を引き起こすのかを見ます。どのようにすれば平穏なのでしょうか？もしこの虫が喜びに満ちて力強ければ、多くの夢を見ます。それは良い夢であったり、悪い夢であったりします。虫の働きの異常によって、また虫が心臓の脈管を流れるために、様々な夢の景象を見るのです。この記憶と喜びの虫を観察した後、身体をあるがままに知ります。

「如是那羅帝婆羅門長者聚落修行比丘作是觀已，如實觀身。如是身者，何者是常、不動不壞？何者為樂？何者是我？何者是淨？何者可恃？彼以聞慧或以天眼見：此身中若麁若細，無有一法是常、不動不壞、若樂若淨、若我而可依恃。譬如有人求日中闇，若麁若細皆不可得；身亦如是，若有求其常樂我淨，亦不可得，是名修行者內身循身觀。作是觀時，遠離魔界，近涅槃道，愛不能亂，及餘煩惱不能為礙，是名內身循身觀。

> 「ナラディ長者や在家信者たちの集落で修行する比丘は、このように観察して、あるがままに身を観じる。この身において、何が永遠で、動かず、壊れないものなのか。何が楽であり、何が我であり、何が清浄で、何が頼りになるのか。彼は聴聞の智慧や天眼によって、この身の中にある粗いものも細かいものも、永遠で動かず壊れず、楽や清浄、我として頼りにできるものは一つもないと見る。たとえば、日中に闇を探そうとしても、粗いものも細かいものも得られないのと同じだ。身もまた同じで、もしそこに永遠・楽・我・清浄を求めても、得ることはできない。これを『修行者による内身の循身観』という。このように観じる時、悪魔の領域を遠く離れ、涅槃の道に近づき、愛欲も混乱させることができず、その他の煩悩も妨げとならない。これを『内身の循身観』という。」

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見心轉風住在身中。云何心風能運轉身？彼以聞慧或以天眼見：心轉風以風調故，能轉其身或行或住、或俯或仰、或作眾事，以風力故，或安或危。觀心轉風已，如實知身，是名內身循身觀。

> さらに、修行者は自身の内側について、身体をよく観察します。どのような風（気の流れ）が体内にあり、それが整っているか整っていないかによって、どのような働きをするのでしょうか？彼は、聴聞や智慧、あるいは天眼によって、心の動きを生み出す風が体内にあるのを見ます。この心の風は、どのように身体を動かすのでしょうか？彼は聴聞や智慧、あるいは天眼によって、心の風が調整されることで、身体を動かし、歩いたり留まったり、うつむいたり仰いだり、様々な動作を可能にするのを見ます。また、風の力によって、身が安定したり危険にさらされたりすることも見ます。このように心の風を観察した後、身体をあるがままに知る。これを「内身循身観」と呼びます。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見爪甲風住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：手足爪甲以風因緣而得增長，乃至老朽，是名觀於爪甲之風。如是修行者觀身內風，以風堅故，手足爪甲亦成堅實，速得增長。比丘如是觀身爪甲，如實知身。

> 「さらに、修行者は自らの身体を観察します。体内にはどのような風（気の流れ）が存在し、それが調っている時と調っていない時で、どのような作用を起こすのでしょうか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、爪の風が体内にあるのを見ます。この風が調っていない場合、何が起こるのでしょうか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって見ます。手足の爪は、この風の力によって成長し、やがて老化するまで続くのです。これが爪の風の観察です。このように修行者は体内の風を観察します。風が固い性質であるため、手足の爪もまた固くなり、早く成長します。比丘はこのように身体の爪を観察し、身体の真相をありのままに知るのです。」

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見足下風住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：足下風若不調順，能生搔痒，既生搔痒，能令生瘡，或於行時，蹈地有聲，令足骨堅，耐於寒熱。又此足筋，通於眼脈，以油灌鼻，以油塗足，令眼明淨。觀足下風已，如實知身。

> さらに、修行者は内身において身を循（めぐ）らせて観察する。どのような風が身の内に宿り、調うことや調わないことによって、どのような働きをするのか。彼は聞慧（もんえ）または天眼（てんげん）によって、足の下の風が身の中に宿るのを見る。もし調わない場合、何をなすのか。彼は聞慧または天眼によって、足の下の風が調わないと、かゆみを生じさせるのを見る。かゆみが生じると、それができものを作り、あるいは歩く時に地面に音を立てさせ、足の骨を強くし、寒さや暑さに耐えさせる。また、この足の筋（すじ）は眼の脈（みゃく）に通じており、油を鼻に注ぎ、油を足に塗ると、眼が明るく清らかになる。足の下の風を観察したならば、如実（にょじつ）に身を知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見不覺風住在身中，或調不調，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：不覺風住於皮內，令󰈷㿇㿇，以風力故，令󰈷皮內猶如蟻行，若以手捺瘡如蟻蟲。觀不覺風已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体を観察する。どのような風が身の内に宿り、整っているか整っていないか、どのような働きをするのか？ 彼は聞いた教えや天眼によって、気づかない風が身の内に宿り、整っているか整っていないか、その働きを何とするかを観る。彼は聞いた教えや天眼によって見る：気づかない風が皮の内側に宿り、ぞわぞわと這うような感覚を生じさせる。風の力によって、皮の内側がまるで蟻が這うかのように感じられ、手で押すとまるで蟻が湧くような腫れ物のようになる。この気づかない風を観察した後、彼は身体をありのままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼觀見有風名曰破骨，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：破骨風或晝或夜，或行或住，或在園林或在寺舍，或疲極時，破骨苦痛不得睡眠，手足不便，不能屈伸。觀破骨風已，如實知身。

> さらに、修行者は内身において身を循（めぐ）らせて観察する。身の中にはどのような風が住み、調っているか調っていないか、どのような働きをするのか。彼は聞いた智慧、あるいは天眼によって、破骨という名の風が身の中に住むのを見る。この風が調っていない時、どのようなことをするのか。彼は聞いた智慧、あるいは天眼によって、破骨の風が昼であれ夜であれ、歩いている時であれ止まっている時であれ、林の中にいる時であれ寺舎にいる時であれ、あるいは非常に疲れた時に、破骨の苦痛によって眠ることができず、手足が不自由で曲げ伸ばしできないのを見る。この破骨の風を観察した後、身をありのままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風名曰破行，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：破行風若不調順，此風則發，以為惱亂，不能行步，去來進趣。觀破行風已，如實知身。

> 「また、修行者は自身の肉体を順に観察する。どのような風があり、どのような働きをするのか。彼は聞いた智慧によって、あるいは天の眼によって、一つの風があるのを見る。その名は破行といい、体内に存在している。もしこれが整わない場合、どのようなことを引き起こすのか。彼は聞いた智慧によって、あるいは天の眼によって見る。破行の風が整わないと、この風が発して、悩み乱し、歩くことができなくなり、行き来したり進んだりすることができなくなる。破行の風を観察したならば、そのようにして身体をありのままに知るのである。」

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見破踝風住在身中，為作何等？彼以聞慧或以天眼見：破節風若得冷觸，令䏶骨疼遍於身中。觀破節風已，如實知身。

> 次に、修行者は自己の身体を観察します。身体の内部にはどのような風が宿り、それが整っているか整っていないかによって、どのような作用を起こすのでしょうか。彼は聞いた教えや天眼によって、踝（くるぶし）を破る風が身体に宿り、何をもたらすのかを見ます。彼は聞いた教えや天眼によって、節を破る風が冷たい感触を得ると、ももの骨に痛みを生じさせ、全身に広がることを見ます。このように節を破る風を観察した後、身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調作何等業？彼以聞慧或以天眼見破䏶骨風住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：破髀骨風若不調順，令其䏶內汁流之脈，洪麁甚壯，令脚屈伸，兩髀相近，肉重膇起。如是觀破髀風已，如實知身。

> さらに、修行者は身体の内側を観察します。どのような風（気の流れ）が身体の中にあり、それが調和しているか調和していないかで、どのような働きをするのでしょうか？ 彼は経典の教えや天眼によって、大腿骨を壊す風が身体の中にあるのを見ます。それが調和していない場合、どのような作用を及ぼすのでしょうか？ 彼は経典の教えや天眼によって、大腿骨を壊す風が調和していないと、その太ももの内部の体液が流れる脈が太く粗くなり、非常に強くなります。そして、脚の屈伸を引き起こし、両方の太ももが互いに近づき、肉が重く垂れ下がるようになります。 このように大腿骨を壊す風を観察した後、彼は身体をありのままに知ります。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有節風住在身中，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：有節風於兩肩四節、咽喉二節、額骨二節、鼻骨一節、頤骨一節、牙齒骨有三十二節、上腭一節、交牙二節、項十五節、兩膊二節、兩肘二節、兩腕二節、脊骨數有四十五節、胸十四節、左右脇肋各十二節、兩脇肋端各有脆骨二十四節、橫骨一節、跨骨二節、身根一節、兩髀二節、兩膝二節、兩踝二節、足跟二節、足趺二節、兩手二足上下合有六十節、手足爪甲合二十節，此是節風之所依也，若我有病，或致喪命，或致苦惱。觀節風已，如實知身。

> また、修行者は内身において身を観じつつ循る。どのような風が身の中に住み、調っているか、あるいは調っていないか、どんな働きをするのか。彼は聞慧により、あるいは天眼により、節の風が身の中に住むのを見る。それは何をなすのか。彼は聞慧により、あるいは天眼により、次のように見る。節の風は、両肩の四節、のどの二節、ひたいの骨の二節、鼻の骨の一節、あごの骨の一節、歯の骨の三十二節、上あごの一節、交わる歯の二節、うなじの十五節、両うでの二節、両ひじの二節、両手首の二節、背骨の四十五節、胸の十四節、左右のあばら骨の各十二節、両あばら骨の端のそれぞれ脆い骨の二十四節、横骨の一節、腰の骨の二節、身根の一節、両ももの二節、両ひざの二節、両くるぶしの二節、かかとの二節、足の甲の二節、両手両足の上下あわせて六十節、手足の爪あわせて二十節に依って住む。もし私に病があれば、命を失うこともあり、苦しみも生じる。節の風を観じて、そのように身をありのままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，為何所作？彼以聞慧或以天眼見髀頑風住在身中，若不調順為何所作？彼以聞慧或以天眼見：髀頑風若不調順，不能屈伸，不能行來，以病過故。觀髀頑風已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体を観察します。身体の中にはどのような風が宿っているのでしょうか。それが調っているか、調っていないか、どのような働きをするのでしょうか。彼は仏の教えを聞いて得た智慧か、または天眼によって、ももに留まる頑固な風が身体の中に存在するのを見ます。それが調っていない場合、どのような影響をもたらすのでしょうか。彼は仏の教えを聞いて得た智慧か、または天眼によって、ももの頑固な風が調っていないと、体を曲げ伸ばしできず、歩くこともできなくなるのを見ます。それは病が過ぎるからです。ももの頑固な風を観察した後、彼は身体をあるがままに知ります。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見：身行界風住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：身界風調順安隱，則有氣力，氣行出入，能消飲食，身有顏色，眼耳鼻舌身皆安隱，所食消化。若不調順，身色麁惡，五根減劣，飲食不消，顏色不悅，眼等諸根於境劣弱，不產子孕。如是觀身行界風已，如實知身。

> さらに、修行者は内身において身を循（めぐ）らせて観察する。いかなる風が身の内に宿り、調うことも調わぬこともあり、どのような働きをなすのか。彼は聞慧（もんえ）あるいは天眼（てんげん）によって見る。身行界の風が身に宿り、もし調順でなければ、何をなすのか。彼は聞慧あるいは天眼によって見る。身界の風が調順で安らかであれば、気力が備わり、息の出入りが整い、飲食を消化することができ、身に色つやがあり、眼・耳・鼻・舌・身はすべて安らかで、食べたものは消化される。もし調順でなければ、身の色は荒く悪く、五根は衰え劣り、飲食は消化されず、顔色はすぐれず、眼などの諸根は境に対して弱く劣り、子を宿すこともない。このように身行界の風を観察して、如実に身を知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見：抽筋風住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見抽筋風：若風調順，諸有所作，若眠若住，一切身色皆悉光澤，皆是筋風之所為作。若不調順，不能修作，若眠若住，一切不能有所施作。觀筋風已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体について、身体を観察する修行を行います。身体の中にはどのような風（気）が宿り、その調子が整っているか整っていないかによって、どのような作用をなすのでしょうか。彼は聴聞の智慧、あるいは天眼によって、次のように見ます。抽筋の風が身体の中にあります。この風の調子が整っていない場合、どんなことを引き起こすのでしょうか。彼は聴聞の智慧、あるいは天眼によって、抽筋の風を次のように観ます。この風の調子が整っていると、眠るときも留まるときも、身体全体の色つやが美しく輝きます。これらはすべて筋の風がなしている働きです。しかし、この風の調子が整っていないと、うまく働かず、眠ることも留まることも、何一つうまく行えなくなります。こうして筋の風を観察した後、修行者は身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼觀見有風名曰往返，住在身內，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：往返風若不調順，閉身流脈，令作淋病，一切身分皆悉疼痛，腹痛、身根疼痛，不能飲食，精血竭盡，不產子孕。若風調適，則無此病。觀往返風已，如實知身。

> 「次に、修行者は自身の身体を観察します。どのような風が身体の中に宿り、その調子が良いか悪いかによって、どのような作用を引き起こすのでしょうか？ 修行者は耳からの教え、あるいは天眼によって、「往復の風」というものが身体の中に存在するのを観ます。この風が調和していない場合、どのようなことを引き起こすのでしょうか？ 修行者は耳からの教え、あるいは天眼によって、往復の風が調和していないと、身体の流れる脈を塞ぎ、淋病（りんびょう）を生じさせ、身体全体のあらゆる部分が痛み、腹が痛み、身体の器官が痛み、飲食ができなくなり、精血が尽きて、子を宿すことができなくなると見ます。 もしこの風が調和していれば、そのような病気はありません。 このように往復の風を観察することで、ありのままに身体を理解するのです。」

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼觀見有風名節行惱亂，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：節行惱亂風若不調順，令人生癖或生痔病，便利苦惱，四大枯悴，或令頭痛，飲食不消，下風不通，身體燋悴，生諸瘡病或生熱病。若行節風調順，則無如上所說諸病。觀行節風已，如實知身。

> 次に、修行者は自身の身体をよく観察します。身体の中にはどのような風が宿っていて、それが整っているか整っていないかで、どのような働きをするのでしょうか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、身体の中に「関節をめぐる風」というものがあるのを見ます。この風が乱れを起こして身体に宿っています。この風が整っていない場合、どのようなことを引き起こすのでしょうか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、次のように見ます。「関節をめぐる乱れの風」が整っていないと、人にできものや痔の病気を生じさせ、排便に苦しみを与え、身体の四大を枯れ衰えさせ、あるいは頭痛を引き起こし、食べ物の消化を妨げ、下の風の通りを悪くし、身体をやせ衰えさせ、様々な皮膚の病や熱病を生じさせます。もし関節の風が整っていれば、上に述べたような病気は起こりません。このように関節の風を観察して、身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼觀見有風名破毛爪糞，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：破毛爪糞風若不調順，諸根瘦損，或復頭痛，或一眼一耳半面疼痛，或目視𥇀𥇀，或復鼻塞不知香臭，面色萎黃，欬逆嘔唾，見不淨時即便嘔吐，其心多亂，不能禪思。常念：『身心無病安隱，人身之中受想行識，四陰住處，此身所攝，一切無常。』作是觀已，知生死法。觀破毛爪屎風已，如實知身。

> また、修行者は自身の身体を観察する。どのような風が我が身の内に留まり、調和しているか、調和していないか、どのような働きをするのか。彼は聞いた教えや天眼によって観る。身の内に「破毛爪糞風」と呼ばれる風があるのを観る。この風が調和していない場合、どのようなことが起こるのか。彼は聞いた教えや天眼によって観る。破毛爪糞風が調和していないと、諸々の感覚器官が衰え、あるいは頭痛が起こり、あるいは片目、片耳、顔の半分が痛み、あるいは目がかすみ、あるいは鼻が詰まって香りや臭いが分からなくなり、顔色が悪くなり、咳やげっぷ、嘔吐が生じ、不浄なものを見るとすぐに吐いてしまう。心は乱れがちで、瞑想に集中できない。常にこのように思う。「心身に病がなく安稳でありますように。人の身体の中にある受・想・行・識という四つの陰（心の構成要素）の在り処、この身体に属するものは、すべて無常である」と。このように観察して、生死の法（仕組み）を知る。破毛爪屎風を観察した後、身体をありのままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中作何等業？彼以聞慧或以天眼見：亂精沫風於小便中，能令其人精尿俱出，細如芥子，與尿俱出，或大便疼。作如是病，惱亂其心，不得專一，若風調順，則無此病。觀亂精風已，如實知身。

> 「また、修行者は内なる身体を観察します。どんな風が私の体に留まり、どんな働きをするのでしょうか？彼は教えを聞く智慧や天眼によって見ます：乱精沫風（らんせいまつふう）が排尿の際に、その人の精液と尿を一緒に出させます。芥子粒のように小さく、尿とともに出ることもあれば、排便時に痛みを生じさせることもあります。このような病が心を悩ませ、集中を妨げます。風の巡りが調えば、このような病は起きません。乱精風を観察したなら、ありのままに身体を知るのです。」

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或作安隱或不安隱？彼以聞慧或以天眼見有老風住在身中，隨風轉增漸就衰老，氣力微弱，不能去來，須臾欲起，極不從心，行住坐臥，疲極頓乏猶如他身，心睡惽濁。若風調順，則無此病。觀老風已，如實知身。

> さらに、修行者よ、自らの身体を観察せよ。どのような風が体内に留まり、安らぎをもたらし、あるいは不調を起こすのか。 彼は聞いた智慧により、あるいは天眼により、体内に老いの風があるのを見る。この風が巡るにつれて、徐々に老いが進み、気力は衰え弱まり、自由に動くこともできない。たちまち立ち上がろうとしても、まったく思い通りにならない。歩く、立つ、座る、横たわる、すべて疲れ果ててだるく、あたかも他人の身体のようであり、心は眠くぼんやりとして濁っている。もし風が調和していれば、この病は起こらない。 この老いの風を観じて、身をあるがままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中，或為安隱或不安隱？彼以聞慧或以天眼見：塞胞風住在身中，若不調順，身肉瞤動，身羸心痛，屎尿閉塞，便利澁難，妨於修禪，得大苦惱，心意散亂，識不安隱，不能觀法。以身苦故，不能念法。若風調順，則無如向所說諸病。觀塞胞風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を観察しなさい。いったいどのような風（気）が私の体内にとどまり、安らぎをもたらし、あるいは不安をもたらすのだろうか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天の眼によって、次のように見る。すなわち、塞胞風（ふくらみをふさぐ風）が体内に存在する。この風が調和していなければ、筋肉がぴくぴくと動き、体は痩せ細り、心臓は痛み、尿や便は詰まり、排泄は困難で渋くなる。そのため、坐禅の修行は妨げられ、大きな苦しみが生じ、心は散乱し、意識は落ち着かず、法（真理）を観察することができない。身体が苦しむゆえに、法を心に留めることもできない。しかし、この風が調和していれば、上述のような病は一切現れない。このように塞胞風を観察することで、修行者は身体をあるがままに知るのである。

## 正法念處經卷第六十五

> 正法念処経 第六十五巻