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title: "正法念處經 · 3"
description: "正法念处经是佛教重要经典，由元魏时期译经师瞿昙般若流支翻译。该经属于小乘佛教典籍，成书于古印度，后传入中国。经文主要阐述通过正念观察身心现象，达到解脱的修行方法，详细分析六道轮回、因果业报等佛教核心教义。内容涵盖四念处修法、三十七道品等修行体系，强调通过观照身、受、心、法来破除执着。在佛教史上具有重要地位，是研究早期佛教禅修理论的重要文献，对后世禅修实践影响深远，被列为汉传佛教基本经典之一。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cm9tok0gm08pwhj0viknyoocw"
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## 正法念處經卷第六十六

> 正法念処経 第六十六巻

元魏婆羅門瞿曇般若流支譯

> 元魏の婆羅門瞿曇般若流支訳

### 身念處品之三

> 身念処品 第三

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中，或作安隱或不安隱？彼以聞慧或以天眼見乾糞風：若我多食，風則不調，能令苦惱，入於身分筋脈之中，令糞乾燥，或二日、三日、四日、五日，乃一便利乾燥少穢而甚苦痛。若風調順，則無此病。觀乾糞風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を内側から観察します。「どのような風（気）が私の身体の中に留まり、安らぎや不安をもたらしているのだろうか？」と。彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼をもって、「乾糞風（かんふんふう）」を見ます。 私が食べ過ぎると、この風は調和を失い、苦しみをもたらします。それは身体の中の筋や脈に入り込み、糞を乾燥させます。そして、二日、三日、四日、五日を経てようやく排便があっても、それは乾いて量が少なく、非常に苦痛を伴います。もし風が穏やかで調っていれば、このような病は起こりません。この乾糞風を観察することで、身体をあるがままに知ることができます。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中，或為安隱或不安隱？彼以聞慧或以天眼見兩傍風若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：兩傍風行於身側，血則乾燥，以血乾燥，受大痛苦。若風調順，則無此病。觀兩傍風已，如實知身。

> また、修行者よ、身体の内側を観察しなさい。 どんな風が私の体の中にあり、快適さをもたらしたり、不快さをもたらしたりするのだろうか？彼は聴聞の智慧と天眼によって、脇腹の風が整っていなければ、どのようなことが起こるのかを観る。 彼は聴聞の智慧と天眼によって、脇腹の風が身体の側面を巡ると、血が乾燥し、そのために激しい苦しみを受けることを観る。 もし風が整っていれば、この病は起こらない。 このように脇腹の風を観察して、身体をあるがままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中，或作安隱或不安隱？彼以聞慧或以天眼觀何等風住我身中，作何等業？彼以聞慧或以天眼觀見：有風名塞九孔，住在身中，若不調適，能令九孔閉塞不通——頭有七孔及大小便——九孔既塞，身則病苦，入息出息不得安隱。若風調順，令身安隱，乃能行法，以風持故，身得去來。觀九孔風已，如實知身。

> また、修行者は自身の身体を繰り返し観察する。どのような風が我が身の中に留まり、安穏をもたらし、あるいは不安穏をもたらすのか。彼は聞いた教えや天眼によって、どのような風が我が身の中に留まり、どのような働きをするのかを観察する。彼は聞いた教えや天眼によって、次の風を観察する。すなわち、「九孔を塞ぐ風」という名の風が身の中にあり、これが調和しないと、九つの孔（頭の七孔と大小便の二孔）を塞ぎ、通じなくする。九つの孔が塞がれば、身体は病に苦しみ、息の出入りも安らかではない。しかし風が調和すれば、身体は安穏となり、法を行うことができ、風が支えるからこそ、身体は動いたり止まったりできるのだ。この九つの孔の風を観察して、修行者は身体をあるがままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。彼以聞慧或以天眼見何等風住我身中，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風名斷身分，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：斷身分風若不調不順，手指則𤼣，不得造作，手足皆𤼣，髀筋急痛，九麁筋脈弦弦而急，身分搖動，疲極無力。斷身分風若調順者，則無如是所說諸病。觀斷身分風已，如實知身。

> また、修行者は自身の身体を繰り返し観察します。彼は聞いた教えや天眼によって、どのような風が自分の身体に留まり、どのような働きをするのかを知ります。聞いた教えや天眼によって、身体の部分を断ち切る風というものがあるのを見ます。それが調和していない場合、どのようなことを引き起こすのでしょうか？ 聞いた教えや天眼によって、身体の部分を断ち切る風が調和していないと、指がこわばって自由に動かせず、手足もこわばり、太ももの筋が引きつって痛み、九本の太い筋や血管がピンと張りつめて、身体が震え、極度に疲れて力が出ません。この断身分の風が調和していれば、このような様々な病は起こりません。 この断身分の風を観察することで、身体をありのままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中，或作安隱或不安隱？彼以聞慧或以天眼見內有風，名曰害火，住在身中，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：此風力能除火熱，令食不消，不消食故，不復憶食，不能食故，則無顏色。何故無色？血乾燥故。以血乾燥，肉則消盡，肉消盡故，筋則卷縮，不復生脂，不生脂故，骨亦乾燥，骨乾燥故，髓亦乾燥，髓乾燥故，遍身精盡。心中氣力，風吹故動。若害火風調順安隱，則無如上所說病苦。觀害火風已，如實知身。

> さらに、修行者よ、内身において身を観察せよ。我が身の中には、どのような風が宿っているのか。それは安らぎをもたらすか、あるいは安らぎを損なうのか。彼は聴聞の智慧によって、あるいは天眼によって、体内に「害火風」という風があるのを見る。それは身の中で何をするものか。彼は聴聞の智慧によって、あるいは天眼によって、この風が火の熱を取り除き、食物の消化を妨げる力を持つことを見る。消化が妨げられるため、再び食べたいと思わなくなり、食べられなくなるので、顔色が悪くなる。なぜ顔色が悪くなるのか。血が乾くからである。血が乾くので、肉は消え尽きる。肉が消え尽きるので、筋は縮み、脂も生じなくなる。脂が生じないので、骨も乾く。骨が乾くので、髄も乾く。髄が乾くので、全身の精気が尽きる。心の中の気力は、風に吹かれて動く。もし害火風が穏やかで安らかならば、以上のような病の苦しみはない。害火風を観察したならば、身をありのままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有風名作一切身分冷風，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：一切身分冷風令身臭汗堅澁惡色，身體皺減，羸瘦毛竪，身生黑瘡，膿出爛臭，搔爴汁流，或生赤瘡或大蒸熱；或生白瘡，遍身麁大；或復其身如白象皮，麁澁生瘡；或復口齒希踈黧黑，手足生瘡，猶如工師，疲極頓乏，身生瘡癬，手足常熱，堅䩕麁惡；或生瘡爛，爪甲惡色，鼻柱萎倒，眼𥇒墮落；人所惡賤，一切施主之所惡見；眾蠅封著，爪甲墮落；若睡眠時，氣息惽濁，鼾睡大聲，不欲飲食或食不消，舌不得味。如是一切身分冷風令身爛壞。若一切身分冷風調順，則顏色可愛，細軟滑澤，眾人所敬，暖汗津液出於毛孔，則無如上所說諸病。觀一切身分冷風已，如實知身。

> 次に、修行者は身体を内側から観察します。どのような風が私の体内に留まり、どのような働きをしているのでしょうか？ 彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、全身をめぐる冷風という風を見ます。その風は何をするのでしょうか？ 教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、この全身の冷風が、身体に悪臭のある汗を生じさせ、肌を硬く荒くし、色つやを悪くすることがわかります。また、身体は縮みしわが寄り、やせ細り、毛が逆立ち、黒いできものができて、膿が出てただれ、かきむしると汁が出ます。あるいは赤いできものができて高熱を発したり、白いできものとなって全身に広がり粗くなります。あるいは身体が白い象の皮のように荒れてできものができたり、歯がまばらで黒ずみ、手足にできものができ、まるで職人のように疲れ切ってしまい、身体に皮癬ができて手足が常に熱く、硬く荒くなります。あるいはできものがただれて、爪の色が悪くなり、鼻柱は萎れて倒れ、まぶたが垂れ落ちます。人々に嫌われ、全ての施主にも見られるのを嫌がられます。多くの蝿がたかり、爪が抜け落ち、睡眠時には息が濁って大きな鼾をかき、飲食を欲しがらず、あるいは食べても消化せず、舌は味を感じません。 このように、全身の冷風は身体を壊し、腐らせるのです。 しかし、もし全身の冷風が調和していれば、肌の色つやは美しく、細かく柔らかくなめらかで、人々から敬われます。暖かい汗や体液が毛穴から出て、上に述べたような病気は一切起こりません。 このように全身の冷風を観察して、身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見：有一風名破強健，住我身中，若不調順，令心怯怖，一切身分皆悉苦痛，或身挺直，頻申不樂，出息入息悉不安隱，身體振掉，不能衣服，苦患頭痛；若習禪觀，不得一心；或見惡夢，心悶歐吐；於好色中，生顛倒見，近見為遠，焦渴憔悴。若破健風調順和適，則無如上所說諸病。觀破健風已，如實知身。

> 次に、修行者は自身の身体を観察します。どのような風（気の流れ）が体内にあり、それが調っているか、あるいは調っていないか、どのような作用をなすのか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって見ます。すなわち、「破強健（はごうけん）」という名の一つの風が体内にあり、これが調和しないと、心に怯えや恐れを生じさせ、身体のすべての部分に苦痛をもたらします。あるいは身体が硬直し、伸びをしても気分が優れず、息の出入りが不安定で、身体が震え、衣服を着ることもできず、頭痛に悩まされます。また、禅観を修めようとしても心を一つの対象に保つことができず、悪夢を見たり、胸が苦しく吐き気をもよおしたり、美しいものに対して倒錯した見方をして、近くのものを遠くに見たり、渇きや憔悴に苦しみます。 もしこの「破健風」が調和し順応すれば、以上のような病は生じません。この「破健風」を観察したならば、身体をありのままに知ることができるのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中，作何等業？彼以聞慧或以天眼見身瞤風住我身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見：身瞤風若不調適，耳中鳴喚，臂肉瞤動，一切身分皆亦瞤動，處處逃走，不樂一處，更無餘病。若一切身瞤風調順，則無如上所說諸病。觀一切身瞤動風已，如實知身。

> さらに、修行者は自己の身体を観察する。どのような風（気の流れ）が我が身の中に留まり、どのような働きをしているのか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天の眼によって、身を震わせる風が我が身の中に留まり、調和しているか、あるいは不調和であるかを知り、それがどのような作用を生むのかを観察する。 教えを聞く智慧、あるいは天の眼によって、彼は見る――身を震わせる風が整っていないと、耳の中で鳴り響き、腕の肉がぴくぴくと動き、全身のあらゆる部分が震え、落ち着かず、一箇所に留まることができず、他に病気はない。一方、全身の震える風が調和して整っているならば、上に述べたような様々な病は現れない。 こうして全身の震える風を観察した後、彼は身体をあるがままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中？彼以聞慧或以天眼見有熱風住我身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見：此熱風若不調順，所食入口，咽之則燒，以是因緣，四大不調，不得增長；或所食味不作二流，濁穢不淨。若有淨流，四大增長，唯有濁穢，則為病苦。若熱風不調，所食皆濁，不作清淨，是故得病。若熱風調順，若清、若濁二種食流四大平等，以平等故，則不為病。觀熱風已，如實知身。

> 次に、修行者は自分の身体を身体として観察します。どのような風が自分の身体の中に宿っているのでしょうか。彼は法を聞く智慧、あるいは天眼によって、熱風が自分の身体の中にあるのを見ます。この熱風は時に調和し、時に調和しません。それらはどのような働きをするのでしょうか。彼は法を聞く智慧、あるいは天眼によって見ます。この熱風が調和しないと、口に入れた食べ物を飲み込むと焼けるように感じます。この理由により、四大元素は調和せず、身体は成長できません。あるいは、食べ物の味が二つの流れ（清らかな流れと濁った流れ）とならず、濁って不浄になります。清らかな流れがあれば四大元素は成長しますが、濁った流れだけだと病気の苦しみとなります。もし熱風が調和しなければ、食べるものはすべて濁り、清らかにならないので、病気になります。もし熱風が調和していれば、清らかな流れと濁った流れの二つの食流は四大元素を平等にし、平等であるがゆえに病気になりません。このように熱風を観察して、修行者は身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中，作何等業？彼以聞慧或以天眼見：有一風名曰集蟲，此集蟲風遍身分中，能集能散，閉塞上下。從頂至足有十種蟲：一名頭行蟲；二名骨行蟲；三名食髮蟲；四名耳行蟲；五名鼻內蟲；六名脂內行蟲；七名節行蟲；八名食涎蟲；九名食齒根蟲；十名歐吐蟲。

> さらに、修行者は自らの身体において、身体を順に観察する。どのような風が我が身の中に留まり、どのような働きをするのか。彼は、聞いた教えや天眼によって、次のように見る。すなわち、一つに「虫を集める風」という風があり、この風は身体の各部に巡り、集めたり散らしたりし、上下の出入りを塞ぐ。頭頂から足の先までには、十種の虫がいる。一つを頭行虫、二つを骨行虫、三つを食髪虫、四つを耳行虫、五つを鼻内虫、六つを脂内行虫、七つを節行虫、八つを食涎虫、九つを食歯根虫、十を嘔吐虫という。

「復有十蟲在咽胸中：一名噉食蟲；二名食涎蟲；三名消唾蟲；四名歐吐蟲；五名十味流脈中行蟲；六名甜醉蟲；七名嗜味蟲；八名抒氣蟲；九名憎味蟲；十名嗜睡蟲。

> また、のどと胸の中には十種の虫がいます。 一つ目は「噉食虫（食べ物をかじる虫）」、 二つ目は「食涎虫（よだれを食べる虫）」、 三つ目は「消唾虫（つばを消化する虫）」、 四つ目は「歐吐虫（吐き気を起こす虫）」、 五つ目は「十味流脈中行虫（十の味を脈の中で流す虫）」、 六つ目は「甜醉虫（甘いもので酔う虫）」、 七つ目は「嗜味虫（味を好む虫）」、 八つ目は「抒気虫（息を吐き出す虫）」、 九つ目は「憎味虫（味を嫌う虫）」、 十つ目は「嗜睡虫（眠りを好む虫）」です。

「復有十蟲生於血中肉中而行：一名食毛蟲；二名孔穴蟲；三名禪都蟲；四名赤蟲；五名食汁蟲；六名毛燈蟲；七名瞋血蟲；八名食血蟲；九名㿇㿇蟲；十名酢蟲。如是十蟲生於血中，其蟲形相或短或團，微細無眼。

> さらに、血液や肉の中に生息する十種の虫がいる。第一に食毛虫、第二に孔穴虫、第三に禅都虫、第四に赤虫、第五に食汁虫、第六に毛灯虫、第七に瞋血虫、第八に食血虫、第九に㿇㿇虫、第十に酢虫である。これらの十種の虫は血の中に生まれ、その形は短かったり丸かったりするが、微細で目を持たない。

「復有十蟲作苦痛相，生於肉中：一名瘡味蟲；二名惙惙蟲；三名閉筋蟲；四名動脈蟲；五名食皮蟲；六名動脂蟲；七名和聚蟲；八名臭蟲；九名汗行蟲；十名熱蟲。如是等蟲，從肉中生。

> また、十種の虫が苦しみの相を起こして肉の中に生じます。一つ目は瘡味虫、二つ目は惙惙虫、三つ目は閉筋虫、四つ目は動脈虫、五つ目は食皮虫、六つ目は動脂虫、七つ目は和聚虫、八つ目は臭虫、九つ目は汗行虫、十目は熱虫です。これらの虫が肉の中から生じます。

「復有十蟲行於黃中：一名黑蟲；二名苗花蟲；三名大諂曲蟲；四名蘇毘羅蟲；五名烏蟲；六名大食蟲；七名行熱蟲；八名大熱蟲；九名食味蟲；十名大火蟲。如是等蟲行於陰中。

> さらに、黄の中（内臓の一部）に十種の虫が棲んでいます。 一を黒虫、 二を苗花虫、 三を大いなる諂曲虫、 四を蘇毘羅虫、 五を烏虫、 六を大食虫、 七を行熱虫、 八を大熱虫、 九を食味虫、 十を大火虫といいます。 このような虫たちが陰（隠れた部分）に棲んでいるのです。

「諸身分中有十種蟲：一名舐骨蟲；二名嚙骨蟲；三名斷節蟲；四名臭蟲；五名消骨蟲；六名赤口蟲；七名頭頭摩蟲；八名食皮蟲；九名刀風蟲；十名刀口蟲。

> 様々な身体の部分には、十種類の虫が住んでいます。 一、骨を舐める虫 二、骨をかじる虫 三、関節を切断する虫 四、臭いを放つ虫 五、骨を溶かす虫 六、口が赤い虫 七、頭の先が触れる虫 八、皮を食べる虫 九、刀のような風を吹く虫 十、刀のような口を持つ虫、です。

「復有十種蟲行於糞中：一名生蟲；二名針口蟲；三名白節蟲；四名無足蟲；五名散糞蟲；六名三燋蟲；七名破腸蟲；八名閉塞蟲；九名善色蟲；十名穢門瘡蟲。其色可惡，是名糞中十種蟲也。

> さらに、糞の中に住む十種の虫がいます。一つ目は生虫、二つ目は針口虫、三つ目は白節虫、四つ目は無足虫、五つ目は散糞虫、六つ目は三燋虫、七つ目は破腸虫、八つ目は閉塞虫、九つ目は善色虫、十つ目は穢門瘡虫です。どれも見た目が不快で、これらを糞中の十種の虫と呼びます。

「復有十種蟲行脂髓中，何等為十？一名毛蟲；二名黑口蟲；三名失力蟲；四名大痛蟲；五名煩悶蟲；六名火色蟲；七名下流蟲；八名起身根蟲；九名憶念蟲；十名歡喜蟲。

> また、脂髄の中に棲む十種の虫がいます。その十種とは、第一に毛虫、第二に黒口虫、第三に失力虫、第四に大痛虫、第五に煩悶虫、第六に火色虫、第七に下流虫、第八に起身根虫、第九に憶念虫、第十に歓喜虫といいます。

「如是等蟲，遍行一切身分之中，如意能行一切身中，行一切界，隨其行處，皆作過惡。是集蟲風一切身中，如意遍行此身，如是以風因緣，諸蟲流行。觀集蟲風已，如實知身。

> このような虫たちは、全身のあらゆる部分に広がり、思いのままに体内を巡ります。あらゆる体内、あらゆる領域を行き渡り、その行く先々で害をなします。これらの虫を集める風が全身に巡り、思いのままに体を巡ります。このように、風の因縁によって諸々の虫は流れ動くのです。集める虫と風を観察したならば、そのままに身を如実に知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住我身中，作何等業？彼以聞慧或以天眼觀見有風名曰上下，住在身中，或安不安，為何所作？彼以聞慧或以天眼見上下風若不調適，行於五處，作何等業？作出入氣。人說為命，行於心頂，遍於身中，自在無礙，是為風力第一分也。若風不調，能破壞身。是風亦令口中多唾，令身羸瘦，飲食反胃，逆歐而出，是為風力第二分也。住於心胸，為何所作？若氣在心，或憂或喜。若氣從咽喉上至於頂，下入舌根，隨其所念，則能有語，能說文字，思惟諸義，是為風力第三分也。復有常為身火惱亂，令身流汗，是為風力第四分也。是風遍身，瞼眼視眴動一切身，思惟遍身。依男女根能生子息，若男女行欲，如此風力，能集精血，能令女人髖骨多力，男女精血和合共集鉀羅婆身。薄精之時，風吹令厚，而作肉團；作肉摶已，次生五胞；生五胞已，或方或圓，隨身長短，識亦遍滿，隨種種相。譬如有人攢酪出酥，有酪有水、有瓮有攢，攢之出沫，知其已熟，收取生酥。如是風力及業煩惱，能集成身，亦復如是，是為第五風力分也。若飲食噉味於舌根中、咽喉脈中，飲食充滿，乃至遍於毛根爪甲，氣力增長，作色香味。若風不調，下風上行，作四種惡，氣塞難出，遍身苦惱。若離本處，一切諸根、一切識中皆得惱亂，喪失身命，既捨身已，失三種法：一、命；二、煖；三、識。是故偈言：

> 次に、修行者は内身について身を循（めぐ）って観察する。どのような風が我が身の中に留まり、どのような働きをするのか。彼は聞いた智慧、あるいは天眼によって、「上下」という名の風が身の中にあり、それが安らかであったり不安であったりしながら、何を行うのかを見る。彼は聞いた智慧、あるいは天眼によって、上下の風が調わないとき、五つの場所を巡り、どのような働きをするのかを見る。それは出入りの息を作り出す。人はこれを「命」と呼び、心臓と頭頂を巡り、身の中に遍く満ち、自在に障りなく存在する。これが風の力の第一の部分である。もし風が調わなければ、身を壊すことができる。この風はまた、口の中に多くの唾（つば）を生じさせ、身をやせ細らせ、飲食を胃で逆流させ、嘔吐させる。これが風の力の第二の部分である。心臓と胸に留まり、何を行うのか。もし気が心臓にあれば、憂いや喜びを生じる。もし気が喉から頭頂に上り、下って舌の根元に入れば、その思うところに従って言葉を発することができ、文字を説き、様々な意味を考えることができる。これが風の力の第三の部分である。また、常に身の火によって悩まされ、身に汗を流させる。これが風の力の第四の部分である。この風は身に遍く、まぶたや目を動かし、瞬きさせ、全身を動かし、全身に行きわたって考える。男女の根に依って子を宿すことができる。男女が欲情するとき、この風の力が精血を集め、女人の腰骨を力強くし、男女の精血が和合して羯羅羅身（胎児の最初の状態）を形成する。精が薄いときには、風が吹いて厚くし、肉の塊とする。肉の塊ができた後、五つの胞（器官の芽）が生じる。五つの胞が生じた後、方形や円形となり、身の長さに随い、識もまた遍く満ち、様々な相に従う。例えば、人が酪をかき混ぜて酥（バター）を作るのに、酪と水と瓮（かめ）と攪拌具があり、かき混ぜて泡を出し、それが熟したことを知って生酥を取り出すように、風の力と業と煩悩が身を集成するのもまた同じである。これが風の力の第五の部分である。もし飲食の味が舌根や喉の脈の中にあれば、飲食が満ち、毛の根や爪先にまで至り、気力が増長し、色や香りや味を作り出す。もし風が調わなければ、下の風が上に昇り、四種の悪をなす。気が詰まって出にくく、身に遍く苦しみが生じる。もし風が本来の場所を離れれば、すべての諸根、すべての識の中で悩乱を受け、身命を失う。身を捨てた後、三つの法を失う。一には命、二には煖（温かさ）、三には識である。それゆえに偈（うた）で言う。

「『若捨此身時，失命暖及識，更無所覺知，猶如瓦木石。』

> 「もしこの身を捨てるときには、命も温もりも意識も失われ、さらに何も感じることはなく、まるで瓦や木や石のようになる。」

「是則名為第一惡也。若不調適，作第二業，喘息麁重，不能調順，一切遍身苦惱所逼，逼之苦極，則捨身命，是則名為第二惡也。是上行風若不調順，作第三惡，既惱諸根，一切遍身而作惱亂，喪失身命，是則名為第三惡也。是上行風若不調適，作第四惡，或大喘息或復微少，或致命終，或但傴身而不失命，是則名曰第四惡也。若睡眠時，氣息出入，以時命根。如是觀上下風已，如實知身。

> これが第一の悪である。もし調和がとれずに第二の業を起こすと、呼吸が荒く重くなり、うまく整わなくなって、全身が苦しみに苛まれる。その苦しみが極まれば、命を捨てることになる。これが第二の悪である。この上行する風が調和せずに第三の悪を起こすと、諸々の感覚器官を悩ませ、全身を苦しめて乱し、命を失わせる。これが第三の悪である。この上行する風が調和しないと第四の悪を起こし、呼吸が大きく荒くなるか、あるいは極めて細くなる。または命を終えるに至るか、あるいは体を曲げたまま命を失わないこともある。これを第四の悪という。睡眠の際、息の出入りが時節にかなっていれば命根は保たれる。このように上下の風を観察したならば、身をあるがままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，或安不安，作何等業？彼以聞慧或以天眼觀見：有風名曰命風，住在身中，或令身肥或令羸瘦，令心審諦，若風不調，心則輕動，所知皆失，曾聞亦忘失，見境不了，於聲不聞，如是鼻不知香、舌不知味、身不覺觸、意不知法，不識自他。觀命風已，如實知身。

> さらに、修行者が身体の内側を観察していく時、どのような風が存在し、安定しているのか不安定なのか、どのような働きをしているのか。修行者は聞いた教えや天眼によって、これを見極める。 「命風」と呼ばれる風が体内に存在する。それは身体を太らせたり痩せさせたりし、心を落ち着かせたりもする。もしこの風の調子が乱れると、心は軽く揺れ動き、知っていたことさえも失ってしまう。かつて聞いたことも忘れ、対象を正しく見ることができず、音が聞こえず、鼻は香りを、舌は味を知覚せず、身体は触れている感覚を失い、心は物事を認識できず、自分と他人の区別もつかなくなる。 この命風を観察した後、修行者は身体をあるがままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，作何等業？彼以聞慧或以天眼見亂心風住於身中，若調不調，為何所作？彼以聞慧或以天眼見於此風：若我心過，風不調順，隨心所行，或動或頑，乾消癡亂，或所食味，邪流不正，如是惱亂其心，令於善法不生愛樂，流汗多唾，不耐冷觸；若見色相，以有病故，不能如本、如實見色，身重難攝，身毛皆竪。若風調順，則無如向所說之病。觀亂心風已，如實知身。

> 次に、修行者は自己の身体を観察します。どのような風があり、どのような働きをするのでしょうか。彼は聞いた教えや天眼によって、心を乱す風が身体の中に存在することを知ります。それが調っているか、調っていないか、どのような働きをするのでしょうか。 彼は聞いた教えや天眼によって、この風について知ります。もし心に過ちがあれば、風は調和を失い、心の動きに従って、時に動き、時に鈍くなり、体を乾かし、心を惑わせます。また、食べ物の味が誤って流れ、正しくなくなり、このように心を乱し、善い法に対する愛情を生じさせません。汗をかき、よだれが多く、冷たさに耐えられなくなります。もし色の形を見ても、病があるため、本来のように、あるがままに色を見ることができず、身体は重く扱いにくく、体毛が逆立ちます。 もし風が調和していれば、上記のような病はありません。心を乱す風を観察した後、彼は身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住於身中，或安不安，作何等業？彼以聞慧或以天眼見：有亂風住在身中，若不調順，多見惡夢，睡眠驚悟，雖住溫煖而常覺冷；若見城邑村落人民，見為空聚，或見黃色，少於言語，不樂臥處；本曾聞法，皆悉忘失；四大惱亂，其所食味住於心中，無緣生厭，妄見丘聚。若風調順，則無如上所說諸病。觀亂風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を観察し、そこにどのような風が宿っているのか、それが安定しているか不安定であるか、どのような働きをするのかを観じる。彼は聞いた教えや天の眼によって以下のことを見極める。 身の中には乱れる風があり、それが調和していなければ、悪夢を見ることが多く、眠りから驚いて覚め、たとえ温かい場所にいても常に寒さを感じる。また、城や村、人々を見ても、それを空っぽの集まりのように見てしまう。あるいは色が黄色く見え、言葉少なになり、横たわる場所を好まなくなる。かつて聞いた教えもすべて忘れてしまい、四大（地・水・火・風）が乱れ、食べた味が心に留まり、理由もなく嫌悪を生じ、誤って物事を積み重ねて見てしまう。 しかし、風が調和していれば、上述のような病は起こらない。この乱れる風を観じ終えて、修行者は身体をありのままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，作何等業？彼以聞慧或以天眼見：視眴風住在身中，若不調適，不得眴目。更無餘風，速於如此。視眴風者，行一切處，悉遍諸根，若不調順，則生此病。若風調順，則無如向所說諸病。觀視眴風已，如實知身。

> さらに、修行者は自己の身体を観察します。 「どのような風が、どのような働きをするのか？」 彼は聞いた智慧か、あるいは天眼によって見ます。 瞬きの風（目を動かすエネルギー）は身体の中に宿り、もしこれが調和し調わなければ、目を瞬くことができません。 この瞬きの風より速い風は他にありません。 瞬きの風は、全身に行き渡り、すべての感覚器官に届きます。 もしこれが調和し整わなければ、このような病が生じます。 もし風が調和し整えば、先に述べたような病は起こりません。 この瞬きの風を観察した後、修行者は身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名互相閉，欲命終時，有五風起，或調不調，為作何業？彼以聞慧或以天眼見：眼耳鼻舌身心壞故，於自境界色聲香味觸法中不能緣了，若風不發，命則不斷，發則失命。觀五閉風已，如實知身。

> さらに、修行者は自らの身体を観察する。どのような風（気の流れ）があり、それが整っているか整っていないか、どのような働きをするのか。 彼は聞いた教えや天眼（清らかな智慧の眼）によって、一つの風（気の流れ）があるのを見る。その名を「互いに閉ざし合う風」という。 命が終わろうとするとき、五つの風が起こる。それらが整っているか整っていないか、どのような業をなすのか。 彼は聞いた教えや天眼によって、次のように見る。すなわち、眼・耳・鼻・舌・心が壊れるから、それぞれの対象である色・声・香・味・触・法（心の対象）を認識できなくなる。 もしその風が起こらなければ、命は絶えない。しかし、風が起こると、命は失われる。 この五つの閉ざす風を観察した後、修行者は身体をあるがままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見：壞胎藏風住在身中，若人初識入於母胎，先業因緣，歌羅羅時即壞其命；若歌羅羅時不壞其命，至肉摶時乃斷其命，冷風入胎令其破壞；若肉摶時不斷其命，身分具足乃斷其命；若身分具足不斷其命，諸根具足乃斷其命。隨其宿世殺業輕重，於胎藏中而斷其命。若於宿世不殺眾生，如所說風，不能殺害。觀壞胎藏風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を内側から観察する。そこにはどのような風があり、その風は整っているか整っていないか、また、どのような働きをするのか。彼は聞いた教えの智慧、あるいは天眼によって次のように見る。 すなわち、胎児を壊す風というものが身体の中に存在する。もし人の最初の意識が母の胎内に入り、前世の業による因縁によって、羯羅羅（受胎後最初の状態）の時にその命が絶たれることがある。もし羯羅羅の時に命が絶たれなければ、肉搏の時にその命が断たれる。冷たい風が胎内に入り、それを破壊するのだ。もし肉搏の時に命が絶たれなければ、身体の部分が完全に備わった時に命が断たれる。もし身体の部分が完全に備わっても命が絶たれなければ、諸々の感覚器官が完全に備わった時に命が断たれる。 こうして、過去世における殺生の業の重さに従って、胎内で命が断たれる。もし過去世において生き物を殺さなかったならば、先に述べたような風によっても、殺されることはない。この胎児を壊す風について観察したならば、身体をあるがままに知ることができる。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名轉胎藏，住在身中，或亂不亂，作何等業？彼以聞慧或以天眼見：轉胎風以此眾生先世邪業，若是男子轉為女人，或作黃門或胎中死，以惡業故；若於先世無惡業者，莫能為害。觀轉胎藏風已，如實知身。

> 次に、修行者は内身について身を循（めぐ）らせて観察します。いったいどのような風（気の流れ）があり、それが整っている場合と整っていない場合があり、どのような働きをするのでしょうか。彼は、聞いた智慧や天眼によって、一つの風があるのを見ます。その名を「転胎蔵（てんたいぞう）」といい、身の中に宿っています。それが乱れている場合と乱れていない場合があり、どのような働きをするのでしょうか。彼は、聞いた智慧や天眼によって、次のように見ます。この転胎の風は、この衆生が前世で行った誤った業によって、もし男子であれば女人に変えたり、黄門（男性でも女性でもない者）にしたり、胎内で死なせたりします。それは悪業のゆえです。もし前世に悪業のない者であれば、この風も害をなすことはできません。このように「転胎蔵風」を観察したならば、身をありのままに知ることができるのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，作何等業？彼以聞慧或以天眼見去來走擲風住在身中，或亂不亂，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：去來走擲風若不調順，手足攣躄，身傴曲脊，不能行來，飲食仰他，不能自食，身根、智慧悉不清淨。若風調順，身則能行去來進止，能走能擲，上下騎乘。觀去來走擲風已，如實知身。

> 「さらに、修行者は自身の身体を観察します。身体の中には、どのような風が宿り、どのような働きをするのでしょうか？彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、体内を巡り動く風を見ます。それは時に乱れ、時に乱れず、何をなすのでしょうか？ 彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって見ます。この巡り動く風が調和しないと、手足は縮み曲がり、背中は曲がって猫背になり、歩くことも来ることもできなくなります。食事は他人に頼り、自分では食べられず、身体の機能も智慧も清らかではありません。 もし風が調和していれば、身体は歩き、来たり去ったり、進んだり止まったり、走ったり飛び跳ねたり、馬に乗ったり降りたりすることができます。 このように体内の風を観察して、修行者は身体をあるがままに知るのです。」

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見眼耳鼻舌身五根別風業之所作，業風所吹，一風與眼共緣。四大之中風力強故，故名為風。是風能令眼根四大清淨，見眾色像；一風耳中，能令聞聲，鼻香、舌味、身觸亦復如是。如是五風，如實觀之。若風調順，於五境界無所障礙；若不調順，則多障礙，不能如實知於境界。如是觀於眼耳鼻舌身五種風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を何度も観察するように。どのような風が、あるいは調っていて、あるいは調っていなくて、どのような働きをするのか。彼は、聞いた教えの智慧、あるいは天の眼によって、眼・耳・鼻・舌・身の五つの感覚器官にそれぞれ別々の風の働きがあるのを見る。業の風に吹かれて、一つの風が眼とともに縁となる。四大の中では風の力が強いので、これを風と名付ける。この風は眼の根をなす四大を清らかにし、様々な色や形を見させる。一つの風は耳にあり、音を聞かせ、鼻は香りを、舌は味を、身は触れを知らせるのもまた同じである。このような五つの風を、あるがままに観察する。もし風が調っていれば、五つの境に対して何の障りもない。もし調っていなければ、多くの障りが生じ、境をあるがままに知ることができない。このように眼・耳・鼻・舌・身の五つの風を観察したなら、身体をあるがままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有刀風住在身中，或亂不亂，作何等業？彼以聞慧或以天眼見：命終時，刀風皆動，皮肉筋骨、脂髓精血一切解截，令其乾燥，氣閉不流；身既乾燥，苦惱而死，如千炎刀而刺其身，十六分中猶不及一。若有善業，垂死之時，刀風微動，不多苦惱。觀刀風已，如實知身。

> また、修行者が自らの身体を繰り返し観察する。体内にはどのような風があるのか。その働きは整っているのか、整っていないのか。どのような働きをするのか。彼は教えを聞く智慧や天眼によって、体内に刀風が存在するのを見る。その風は乱れることもあれば、乱れないこともあり、どのような働きをするのか。彼は教えを聞く智慧や天眼によって見る。命終わるとき、刀風はすべて動き出し、皮膚や肉、骨や筋、脂や髄、精や血がすべて切り裂かれ、乾燥させられ、気は塞がれて流れなくなる。身体が乾ききって、苦しみ悩みながら死んでゆく。まるで千もの燃える刀がその身を刺すようなものであるが、その苦しみは、それに十六分の一も及ばない。もし善い業があるならば、死に臨むとき、刀風はかすかに動くだけで、強い苦しみはない。刀風を観察したならば、そのまま身体をありのままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見針刺風住在身中，或調不調，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：命終時，風不調順，遍身諸節及一切脈、一切筋中、一切枝骨、一切毛孔、一切肉中、一切骨中、一切髓中，如燒炎針遍於身中來逼人身，如百千炎針皆刺其身，十六分中不及其一。若於宿世有善業者，於命終時，是針刺風則不大苦。觀針刺風已，如實知身。

> さらに、修行者は自己の身体を観察し、その身体の様子を仔細に見ていく。体の中にはどのような風（気の流れ）があり、それが調っているか、あるいは調っていないか、どのような働きをするのか？修行者は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、体の中に「針刺風」が存在するのを見る。それは時に調い、時に調わず、どのような作用をなすのか？修行者は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、次のように見る。すなわち、命の終わる時、風が調わず、全身の関節、すべての脈管、すべての筋、すべての骨の節、すべての毛孔、すべての肉、すべての骨、すべての髄の内に、焼けた針の炎のように全身に巡って人を苦しめる。それは百千の炎の針がその身を刺すようなものであるが、実際にはその苦しみの十六分の一にも満たない。過去世に善い行いを積んだ人がいれば、命終の際、この針刺風によってさほど大きな苦しみを受けることはない。修行者は針刺風をこのように観察して、身体の実相を知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼觀見有風，名曰惡黃，住在身中，若調不調，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：惡黃風若不調順，則生黃病，口中乾燥，遍身皆黃，面目爪甲一切皆黃，腹脹麁大，於其腹上青黃脈現，其身無力，食不能消，口苦尿黃，身體羸瘦，目視眾色皆作青黃，不能起止，腹中常脹。若黃風不調，則生此病；若黃風調順，則無此病。觀惡黃風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を繰り返し観察します。身体の中には、どのような風があり、それが整っているか整っていないかによって、どのような作用をなすのでしょうか。彼は聞いた智慧や天眼によって観察します。身体の中に「悪黄風」という風があり、それが整っていようがいまいが、どのようなことを引き起こすのかを。彼は聞いた智慧や天眼によって見ます。悪黄風が調和していなければ、黄疸（おうだん）の病を生じます。口の中は乾き、全身が黄色くなり、顔や目、爪、すべてが黄色くなります。お腹は膨れて大きくなり、その腹の上には青黒い血管が現れます。身体に力がなく、食べ物も消化できず、口は苦く、尿は黄色くなり、身体は痩せ細ります。様々な色を見ると全て青や黄色に見え、立ち上がったり横になったりすることもできず、腹の中はいつも張っています。このように、黄風が調和していなければ、このような病が生じます。黄風が調和していれば、この病はありません。悪黄風をこのように観察して、身体をありのままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰破腸，或調不調，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：破腸風若不調順，若多飲食而復頻申，能破其腸，或雜骨食肉入其腸中，能破其腸，食則流出，腹大增長，生大苦痛，不能飲食；食力少故，身體微劣，手足皆腫，下門蒸熱，一切身分恒熱不定，口中乾燥，常見惡夢。腹中風動，一念不住。若破腸風調順和適，則無如向所說諸病。觀破腸風已，如實知身。

> また、修行者よ。身体を内側から観察する修行（内身循身観）について述べよう。体内にはどのような風（気）が存在し、それらが整っている時と整っていない時で、どのような作用をもたらすのか。彼は聴聞による智慧、あるいは天眼によって、一つの風があるのを見る。その名を「腸を破る風（破腸風）」という。この風が整っている時と整っていない時、何をなすのか。彼は聴聞による智慧、あるいは天眼によって、こう見る。 「腸を破る風」が整っていない場合、もしも多く飲食し、その上さらに体を伸ばすような動作をすれば、その風は腸を破ることができる。あるいは、骨の混じった食物や肉が腸の中に入った場合にも、腸を破ることがある。すると、食べ物が漏れ出し、腹部は大きく膨れ上がり、激しい苦痛が生じる。飲食ができなくなり、栄養が摂れないため、身体は衰弱し、手足はむくみ、肛門は焼けるように熱く、全身が常に不定の熱に苛まれる。口の中は乾き、悪夢を頻繁に見るようになる。腹の中では風が動き、一瞬も止まることがない。 しかし、「腸を破る風」が整い調和しているならば、今述べたような諸々の病は起こらない。 このように「腸を破る風」を観察して、修行者は身体をあるがままに理解するのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰冷唾，若調不調，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：冷唾風若不調順，口中味甘，其心忪忪，不憶飲食，若欲坐禪，則生疑怠，舌重難語或咽喉痛，氣噫臭惡，心中臭氣上衝咽喉，氣澁難出，不覺飢渴，咽喉閉塞。若冷風調順，則無如上所說諸病。觀冷唾風已，如實知身。

> 次に、修行者は自身の身体を内側から観察します。そこにはどのような風があり、調和しているか、いないか、どのような働きをするのでしょうか。彼は教えを聞く智慧あるいは天眼によって、ある一つの風を見ます。それは「冷唾風」と呼ばれるものです。この風が調和しているか、いないか、どのような働きをするのでしょうか。 彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって見ます。冷唾風が調和していない場合、口の中の味は甘くなり、心は落ち着かず、飲食を思い出しません。坐禅しようとすると、疑いや怠りの心が生じます。舌は重く言葉がうまく出ず、あるいは喉が痛みます。げっぷには悪臭があり、心中の臭気が喉に上がってきて、息は詰まり出にくく、飢えも渇きも感じず、喉は塞がれたようになります。 もし冷風が調和していれば、上に述べたような様々な病は起こりません。このように冷唾風を観察して、身体をありのままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰傷髓，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：傷髓風若不調順，令身振動，身多疲極，不能遠行，常多病疾，顏色醜惡，身體㿇㿇，不能多語，其心怯弱。是人晝夜骨髓常疼，身毛皆竪，諸脈劣弱，常患頭痛。以此風故，常動腦蟲，以蟲動故，猶如針刺。若風調順，則無如上所說諸病。觀傷髓風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を観察する。身体の中にはどのような風が宿り、それが調和したり乱れたりして、どのような働きをするのか。彼は聞いた智慧や天眼によって、一つの風があるのを見る。それは「髄を傷つける風」と名付けられ、身体の中にいる。もしそれが調和しなければ、どのようなことをするのか。彼は聞いた智慧や天眼によって見る。髄を傷つける風が調和しないと、身体を震わせ、大変疲れやすくなり、遠くへ歩けず、常に多くの病気にかかり、顔色は醜く、身体はひどく痛み、多く語ることができず、心は臆病で弱々しくなる。この人は昼夜問わず骨髄が常に痛み、全身の毛が逆立ち、脈はすべて弱く、常に頭痛に悩まされる。この風によって、脳の虫が常に動かされ、虫が動くことで、針で刺されるようになる。もし風が調和すれば、上に挙げたような諸々の病は起こらない。髄を傷つける風を観察した後、ありのままに身体を知る。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼觀見有風，名曰害皮，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：害皮風若不調順，令我身皮其色醜惡，皆悉麁澁，身皮破裂，設以蘇油而塗其身，速疾乾燥；身體手足皆悉堅直，難可屈伸，夢中多見垂墮嶮岸，暖飲食味，口中覺冷，舌瘡破裂不能飲食。若害皮風調順和適，則無如向所說諸病。觀害皮風已，如實知身。

> また、修行者は内身において身を循いて観じる。どのような風が身の中に住み、あるいは調い、あるいは調わず、どのような業を為すのか。彼は聞慧により、あるいは天眼により、身の中に「害皮」という名の風があるのを観る。それが身の中に住み、もし調わなければ、何を為すのか。彼は聞慧により、あるいは天眼により見る——害皮の風が調わなければ、我が身の皮の色を醜悪にし、すべて粗くざらつかせ、身の皮を破裂させる。たとえ酥油をもって身を塗っても、すぐに乾燥する。身体や手足はすべて硬直し、曲げ伸ばしが難しくなる。夢の中では、多くが険しい岸から落ちそうになるのを見る。温かい飲食の味を感じても、口の中では冷たく感じ、舌に瘡ができて裂け、飲食できなくなる。もし害皮の風が調い和やかであれば、上述のような諸々の病はない。害皮の風を観じ終えて、如実に身を知る。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰害血，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：害血風住在身中，若不調順，行於肺中作二種過——或上或下。若血上行，令眼耳鼻血脈不調，諸大不安，大不調故，身體失力，顏色麁惡，不能去來，鼻中常臭；同梵行者，不與同行同處而坐。若血下行至大小便流血而下，作三種過：一者痔病；二者苦惱；三者下血。若害血風和順調適，則無如上所說諸病。觀害血風已，如實知身。

> 次に、修行者は内身について身体を観察します。体の中にはどのような風が宿り、調和しているか、または調和していないか、そしてどのような働きをするのでしょうか。彼は聞慧（教えを聞いて得る智慧）あるいは天眼によって、体内に「害血風」という一つの風を見ます。この風が調和していない場合、どのようなことを引き起こすのでしょうか。彼は聞慧あるいは天眼によって、その「害血風」が体の中にあり、調和していないと肺のなかを巡り、上がったり下がったりという二つの過ちを生じさせると見ます。もし血が上行すれば、目や耳や鼻の血管を乱し、諸々の大きな働きが不安定になります。働きが大きく乱れるため、身体は力を失い、顔色は荒く悪くなり、歩き回ることもできなくなります。鼻は常に臭く、同じ修行者も共に歩んだり、同じ場所に座ったりしようとはしません。もし血が下行すれば、大小便に流れ出て血が下り、三つの過ちを生じさせます。第一は痔の病、第二は苦しみ悩むこと、第三は下血です。もし「害血風」が和やかに順調に調えば、上述のような諸々の病は生じません。「害血風」を観察したならば、身体をありのままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼觀見有風，名曰害肉，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：害肉風若不調順，令人身中生諸癰病，臭惡遍身，破已臭惡，多有濃汁；耐冷惡熱，不耐辛苦，宜輕甜冷；一切身動，臭爛流出。若風調順，則無如向所說諸病。觀害肉風已，如實知身。

> さらに、修行者は内身において身体を繰り返し観察する。身体の中にはどのような風が宿っていて、それが整っているか整っていないか、どのような働きをするのか。彼は聞いた教えや天眼によって、身体の中に「害肉風」という風があるのを見る。それが整っていない場合、どのようなことを引き起こすのか。彼は聞いた教えや天眼によって見る。害肉風が整っていないと、人の身体に様々な腫れ物（癰）を生じさせ、全身に臭気が広がり、それが破れるとさらに臭く、多くの膿が出る。冷たいものには耐えられるが熱いものが苦手で、辛い仕事にも耐えられない。軽くて甘く冷たいものを好む。全身が動くと、腐ったような液体が流れ出る。もしこの風が整っていれば、上に述べたような病気は起こらない。この害肉風を観察したならば、身体をありのままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼觀見有風，名曰害脂，若不調順作何等業？彼以聞慧或以天眼見：害脂風若不調順，令脂增長，身生皰肉，高下不平，堆阜凹凸，或堅或滑，或有頑癡，無所覺觸。若害脂風和順調適，則無如上所說諸病。觀害脂風已，如實知身。

> さらに、修行者は自分の身体を繰り返し観察します。体内にはどのような風（気の流れ）が存在し、それが整っているか整っていないかによって、どのような働きをするのでしょうか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって「害脂風」という風があるのを見ます。この風が調和していない場合、どのような働きをするのでしょうか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、害脂風が整っていないと脂肪を増やし、身体に肉の膨らみや高低の凹凸、硬い部分や滑らかな部分、あるいは感覚の鈍い部分を生じさせるのを見ます。害脂風が調和していれば、上に述べたような様々な病気は起こりません。このように害脂風を観察して、身体のありのままの姿を知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見害骨風，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：害骨風若不調順，令骨疼痛，其聲破散，晝夜不睡，項頸疼痛，一切筋骨皆緩不治，筋骨無力，身常疼痛，疲極苦惱，不能起止，無一念樂。若風調順，則無如向所說諸病。觀害骨風已，如實知身。

> また、修行者は自身の身体を観察し、その内側をよく見ていきます。身体の中にはどのような風（気の流れ）が存在し、それが整っているか整っていないかで、どのような作用を起こすのでしょうか。その智慧をもって、あるいは天眼によって、骨を損なう風を見ます。もしそれが整っていなければ、どのような症状を起こすのでしょうか。智慧をもって、あるいは天眼によって見ると、骨を損なう風が整っていないと、骨に痛みを生じ、骨の音は砕け散るようになり、昼夜眠れず、首や項が痛み、すべての骨や筋が緩んで治らず、筋や骨に力がなく、身体は常に痛み、疲れ果てて苦しみ、起き上がることも座ることもできず、一瞬の楽しみもありません。 もしこの風が整っていれば、上に述べたような様々な病は起こりません。このように骨を損なう風を観察したならば、身体の実相をありのままに知ることができるのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰害精，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：害精風若不調順，誑惑於人，若人眠睡，戲弄於人，示人種種諸惡之念，以妄想心作非梵行。風不調故，夜行鬼女虛誑破實，夢為其犯，令不憶食。觀害精風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を観察する。身体の中にはどのような風が宿り、時に調い、時に調わず、どのような働きをするのか。彼は聞いた教えや天眼によって、一つの風があるのを見る。その名を「害精風」という。この風が身体の中にあり、もし調わない時、何を為すのか。彼は聞いた教えや天眼によって、害精風が調わないならば、人を惑わすことを見る。人が眠っている時、人を弄び、様々な悪しき想念を示し、妄想の心によって清らかな行いを損なう。風が調わないが故に、夜の間に鬼女が虚しく現れ、実を破り、夢の中でその者を犯し、食事を取ろうとも思わせない。こうして害精風を観察し終えて、如実に身を知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰皺風，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼觀於皺風：若不調順，若足下足上、若𨄔若髀、若髖若背、若脇若乳、若咽若項、若肩若臂、若耳若眉一切身分皆悉皺減，其身深皺，或開或合，其足尸破；設油塗身，尋即乾燥，令如老人。觀皺風已，如實知身。

> 次に、修行者は自分の身体を繰り返し観察します。身体の中にはどのような風（気の流れ）が宿っているのでしょうか。それは調和しているのか、あるいは調和していないのか、どのような働きをするのでしょうか。 彼は聴聞の智慧や天眼によって、身体の中に「皺風」という一つの風があるのを見ます。この風が調和していない時、どのようなことを引き起こすのでしょうか。 彼は聴聞の智慧や天眼によって、皺風を観察します。この風が調和していないと、足の裏や足の甲、すねや太もも、腰や背中、脇腹や胸、のどや首、肩や腕、耳や眉など、身体のすべての部分がしわくちゃになり縮みます。身体には深いしわができ、開いたり閉じたりします。足の皮膚は荒れ、ひび割れます。油を塗ってもすぐに乾いてしまい、老人のようになります。 このように皺風を観察して、彼は身体をあるがままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼觀見有風，名曰白髮，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼觀：白髮風若不調順，能令少年髮白羸瘦猶如老人，若在家人所生之子，如父速老，其子病故，無復子孕。以風力故，令年少者如老無異。是白髮風起於惡劫，隨諸眾生不順法行，風則增長。若有福德，風則調順；若無福德，風則不調。觀白髮風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を内側から観察する。身体の中にはどのような風が存在し、調和しているか、あるいは調和していないか、どのような働きをするのか。彼は聞いた教えや天眼によって、身体の中に「白髪」という名の風があるのを観察する。この風が調和していない場合、どのような結果を生むのか。彼は聞いた教えや天眼によって観察する。白髪の風が調和していないと、若者の髪を白くし、瘦せ衰えさせ、老人のようになる。在家の者に生まれた子は、父親と同じように早く老い、その子も病にかかり、子孫を残せなくなる。風の力によって、若者が老人と変わらなくなるのである。この白髪の風は悪い時代に起こり、衆生が法に従わない行いをするのに応じて、風は増長する。もし福徳があれば風は調和し、福徳がなければ風は調和しない。白髪の風を観察した後、身体をあるがままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰損膩，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼觀：損膩風若不調順，不憶飲食，令人衰弱，不憙膩食；病之所起，因於晝寢。風不調順，不樂甜食，嗜苦酢味；若不食膩，風則調順，身不疲極。觀害膩風已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体を繰り返し観察する。どのような風（気の流れ）があり、それが整っているか整っていないか、どのような働きをするのか？彼は教えを聞く智慧または天眼によって、体内に「損膩風」という一つの風があるのを見る。この風が調和しない場合、どのようなことを引き起こすのか？彼は教えを聞く智慧または天眼によって観察する。損膩風が調和しないと、食事を欲しがらず、人を衰弱させ、脂っこい食べ物を好まなくなる。この病の原因は昼寝にある。風が調和しないと、甘いものを好まず、苦味や酸味を好むようになる。脂っこいものを摂らなければ、風は調和し、体は極度に疲れなくなる。このように害膩風を観察して、身体をあるがままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有淋風住人身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：淋病風若不調順，常多淋瀝，不能如意，身體無力，其出入息麁濁不調，身色痿黃，羸瘦憔悴。若風調順，則無如向所說諸病。觀淋風已，如實知身。

> さらに、修行者は自己の身体を観察する。体内にはどのような風が宿り、調整されているか、あるいは調整されていないか、どのような作用をなすのか。彼は聴聞した智慧、あるいは天眼によって、体内に淋風があるのを見る。この風が調和していない場合、どのようなことが起こるのか。彼は聴聞した智慧、あるいは天眼によって見る。淋病の風が調和していないと、常に頻尿となり、思い通りにならず、身体は力がなく、呼吸は荒く濁って整わず、肌色は黄色く痩せ衰える。風が調和していれば、前述のような病は生じない。淋風を観察した後、身体をあるがままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名食相應，若調不調，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：食相應風若不調順，所食四分、五分之中三分歐吐，令人心亂，失於食力，不能視眴。以風力故，意法不定。若風調順，則無如向所說諸病。觀食相應風已，如實知身。

> さらに、修行者は自らの身体を観察し、その巡りをよく見つめなさい。どのような風（氣）が存在し、どのような働きをするのか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、ある風があるのを見る。その名を「食相应の風」という。これが整っているか、整っていないか、どのような作用を起こすのか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって見る。食相应の風が整っていない場合、食べた物の四分、あるいは五分のうち、三分を吐き出してしまい、心を乱し、食物の力を失わせ、目をしばたたくこともできなくなる。この風の力によって、心と対象（法）は定まらなくなる。もしこの風が整っていれば、先に述べたような諸々の病は生じない。この食相应の風を観察したならば、そのまま身体をあるがままに知りなさい。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名壞牙齒，住在身中，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：壞牙風若不調順，牙齒疼痛，毀壞墮落，齗中血爛，脣口生瘡，上腭生瘡，鼻塞不通。若風調順，則無如向所說諸病。觀壞牙齒風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を観察します。身体の内側にはどのような風（気）が存在し、調和したり乱れたりして、どのような働きをするのでしょうか。修行者は、教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、一つの風があるのを見ます。その名を「歯を壊す風」といい、身体の中にとどまって、どのようなことをするのか。修行者は、教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、この「歯を壊す風」が調和しないと、歯に痛みが生じ、歯が壊れて抜け落ち、歯茎は血でただれ、唇や口にできものができ、上あごにも腫れものができ、鼻が詰まって呼吸ができなくなると観察します。もしこの風が調和すれば、先に述べたような病は一切起こりません。このように「歯を壊す風」を観察して、身体の実相をありのままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰喉脈，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：喉脈風若不調順，令咽項痛或咽喉腫，或其聲澁。若風調順，則無如向所說諸病。觀喉脈風已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体を観察します。身体の中にはどのような風（エネルギー）が存在し、それが調っているか調っていないかによって、どのような作用を及ぼすのでしょうか。彼は教えを聞く智慧（聞慧）あるいは天眼によって、一つの風があるのを見ます。その名を喉脈風といい、身体の中に宿っています。この風が調っていない場合、どのような影響があるのでしょうか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって見ます。喉脈風が調っていないと、のどや首に痛みを生じさせ、のどが腫れたり、声がかれたりします。もし風が調っていれば、上述のような病は起こりません。このように喉脈風を観察した修行者は、身体の実態を如実に知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰下行，住在身中，或調不調，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：下行風若不調順，令食過惡，力少不消。飲食消故，皮肉骨髓、精血增長；若食不消，風冷黃病，悉不調順。是下行風若不調順，則失食力，食力少故，顏色憔悴。若風調順，則無如向所說之病。觀下行風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を観察する。身体の中にはどのような風が宿り、それが調うか調わないかで、どのような働きをするのか。彼は聞いた教えや天眼によって、一つの風があるのを見る。その名を下行風という。身体の中にあり、時に調い、時に調わない。それは何をもたらすのか。彼は聞いた教えや天眼によって、次のように見る。下行風が調わない時は、食べ物の消化を悪くし、力が弱まって消化が進まない。食べ物が消化されれば、皮や肉、骨、髄、精気、血液は増える。しかし、消化が悪ければ、風邪や冷え、黄疸などの病が全て調わなくなる。この下行風が調わなければ、食べ物の効力を失い、力が弱まるため、顔色はやつれる。風が調えば、上述のような病は起こらない。この下行風を観察して、身体をありのままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰上行，住在身中，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：上行風住於頂上，若風調順，從頂而出，猶如煙氣，從上而出，若住日中、若住陰中、若晝若夜常出不斷，凡人皆見。若風不調，則氣不出；若復頂氣斷已，三日不出，決定命終。觀上行風已，如實知身。

> また、修行者は内身において身を循（したが）って観察します。どのような諸々の風が身の中に存在し、あるいは調い、あるいは調わず、どのような働きをするのでしょうか。彼は聞慧（もんえ）によって、あるいは天眼（てんげん）によって、一つの風があるのを見ます。その名を上行（じょうぎょう）といい、身の中に住して、何を行うのか。彼は聞慧によって、あるいは天眼によって見ます。上行の風は頭頂に住しています。もし風が調和して従えば、頂上から出て行きます。ちょうど煙の気が上から出るように。日中に住しているときも、陰に住しているときも、昼も夜も常に出て絶えることがなく、凡人の人々も皆これを見ます。もし風が調わなければ、気は出ません。また、もし頭頂の気が途絶えて、三日間出なければ、必ず命終すると決定します。このように上行の風を観察して、身を如実に知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有傍風住在身中，若調不調，為何所作？彼以聞慧或以天眼見於傍風：若不調順，閉出入息，一切筋脈皆令掣縮，或聚或散、或牽或挽，或鼻瞤動，或淴淴作聲，後得大苦。若傍風調順，則無如向所說之病。觀傍風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体をくまなく観察する。どんな風が身体の中にあり、それが調っているか、あるいは調っていないか、どのような働きをするのか。彼は聞いた教えや天の眼によって、身体の中にある「傍風」（気の流れの一種）を見る。調っているか、調っていないか、それが何をなすのか。彼は聞いた教えや天の眼によって、傍風が調っていない場合、息の出入りを閉ざし、すべての筋や脈を縮めさせ、あるいは集め、あるいは散らし、あるいは引き、あるいは引っ張り、鼻をぴくぴくさせたり、ゴボゴボと音を立てさせたりし、後に大きな苦しみをもたらすのを見る。もし傍風が調っていれば、上述したような病気はない。傍風を観察して、彼は身体をありのままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，或調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰轉筋，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：轉筋風若不調順，令手筋脚筋、大小便筋、背筋、遍身諸筋皆悉捲并，合為一處，堅急頑鈍，無所覺知。若風調順，則無如向所說諸病。觀轉筋風已，如實知身。

> さらに、修行者は内なる身体をくり返し観察する。どのような風が身体の中に存在し、時に調い、時に調わず、どのような作用を為すのか。彼は聞いた教えの智慧、あるいは天眼によって、一つの風があるのを見る。その名を「転筋風（筋肉をつる風）」という。この風が身の中にあり、もし調和が取れていないならば、どのような働きをするのか。彼は聞いた教えの智慧、あるいは天眼によって見る。転筋風が調和を欠いていると、手の筋、足の筋、大小便の筋、背中の筋、全身のあらゆる筋を、すべて縮めて巻き込み、一つにまとめてしまう。硬く張りつめ、鈍く、感覚がなくなる。もしこの風が良く調っているならば、先に述べたような病は生じない。このように転筋風を観察した後、身体をあるがままに知るのである。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰壞毛，住在身中，若調不調，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：壞毛風若不調順，一切身分所有諸毛皆悉墮落，身體痿黃，設更生毛，即隨墮落。若風調順，則無如向所說之病。觀壞毛風已，如實知身。

> さらに、修行者は自身の身体を観察します。どのような風が身体の中にあり、それが調っているか調っていないかによって、どのような働きをするのでしょうか？ 彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって、一つの風があるのを見ます。その名を「毛を損なう風」といいます。身体の中にあり、調っているか調っていないかで、どのようなことをするのか？ 彼は教えを聞く智慧、あるいは天眼によって見ます。「毛を損なう風」が調っていない場合、身体中のすべての毛が抜け落ち、身体はやせ衰えて黄色くなり、たとえ新たに毛が生えても、すぐにまた抜け落ちます。 もしこの風が調っていれば、上に述べたような病気は起こりません。 このように「毛を損なう風」を観察して、身体をありのままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名似少風，若風調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：似少風以調順故，十時風力，形貌色力、屈伸俯仰分分相似。若風不調，於其身中心意流脈則便擾動，而發狂癡，心亂不正。若其心意流脈調順，則不狂亂。觀似少風已，如實知身。

> また、修行者（しゅぎょうしゃ）は自分の身体を繰り返し観察します。どのような風（気の流れ）が体内にあり、それが調っているか、あるいは調っていないか、どのような作用をなすのか。彼は聴聞や天眼によって、ある一つの風を見ます。その名を「似少風（にしょうふう）」といいます。この風が調和していると、どのようなはたらきをするのでしょうか。彼は聴聞や天眼によって見ます——似少風が調和していると、十の時節の風の力、その形や色、力、体の屈伸や仰向け・うつむきの一つ一つが、似通ったものとなります。しかし風が調和しないと、身体の中心にある心臓と意識の流れる脈管が乱れ動き、狂いや愚痴を生じさせ、心は乱れて正しさを失います。もし心臓と意識の脈管が調和して流れるならば、狂い乱れることはありません。こうして似少風を観察した後、修行者は身体をありのままに知るのです。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，若調不調，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名嗜睡眠，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：睡眠風若不調順，於聽法時，令人惽睡，聞不善法，心則樂聞；若晝若夜欲正觀察，則為所亂，樂至酒肆。若風調順，則無此病。觀睡風已，如實知身。

> さらに、修行者は内身において身を循る観察を行う。どのような風が身の中に留まり、調和しているか、調和していないか、どのような働きをするのか？彼は聴聞の智慧により、あるいは天眼によって、一つの風を見る。その名を「嗜睡眠風」という。もし調和していなければ、何をもたらすのか？彼は聴聞の智慧により、あるいは天眼によって見る。睡眠風が調和していないと、法を聴く時に人を昏睡させ、不善の法を聞くと心が喜んで聞くようになる。昼であれ夜であれ、正しく観察しようとすると、それによって乱され、酒場に行くことを好むようになる。もし風が調和していれば、このような病はない。睡風を観察して後、如実に身を知る。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰瞋風，住在身中，若不調順，為何所作？彼以聞慧或以天眼見：瞋恚風若不調順，以少因緣而起大瞋，為瞋所使，一切世人起大瞋怒，身毛皆竪，心忪動亂，所見不了，以近為遠；見於日月，生顛倒心，謂日為月，以月為日。若風調順，則無此病。觀瞋風已，如實知身。

> さらに、修行者は内身において身を繰り返し観察する。どのような風が身の中に存在し、どのような働きをするのか。彼は聞いた智慧により、あるいは天眼により、一つの風を見る。その名を「瞋風（しんぷう）」という。身の中に住み、もし調和が整っていなければ、どのようなことをするのか。彼は聞いた智慧により、あるいは天眼により見る。怒りの風が調和せず、わずかなきっかけで激しい怒りを起こすと、怒りに操られ、世の中の人は激しい怒りを起こし、全身の毛が逆立ち、心は動揺して乱れ、見るものは明瞭でなくなり、近いものを遠いものと見なし、太陽と月を見て心がひっくり返り、太陽を月とし、月を太陽とする。もし風の調いが整っていれば、このような病はない。こうして瞋風を観察した後、身体をあるがままに知る。

「復次，修行者內身循身觀。有何等風住在身中，作何等業？彼以聞慧或以天眼見有一風，名曰名字，若調不調，為何所作？彼以聞慧或以天眼見名字風：若其調順，能有言說，緣心數法，舌風言說，隨心而行，能說無量名字句義。如是舌說名字之風若不調順，則少言誤語或口瘖不語。觀舌名字風已，如實知身。

> また、修行者は自己の身体を隅々まで観察します。体内にはどのような「風」が存在し、どのような作用を為すのでしょうか。彼は教えを聞いた智慧（聞慧）あるいは天眼により、一つの風を観ます。その名を「名字風」と言います。この風が調っているか、調っていないかによって、どのような働きが生じるのでしょうか。同じく聞慧または天眼により、名字風がもし調い整っていれば、言葉を発することができ、心の働きに従って舌が動き、無数の名前や句の意味を語ることができます。このように舌による言葉の風がもし調っていなければ、言葉数が少なく、言い誤りがあったり、あるいは口がきけずに言葉を発しないこともあります。舌と名字の風を観察した後、身体の真実をありのままに知るのです。

## 正法念處經卷第六十六

> 正法念処経 第六十六巻