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title: "正法念處經 · 5"
description: "正法念处经是佛教重要经典，由元魏时期译经师瞿昙般若流支翻译。该经属于小乘佛教典籍，成书于古印度，后传入中国。经文主要阐述通过正念观察身心现象，达到解脱的修行方法，详细分析六道轮回、因果业报等佛教核心教义。内容涵盖四念处修法、三十七道品等修行体系，强调通过观照身、受、心、法来破除执着。在佛教史上具有重要地位，是研究早期佛教禅修理论的重要文献，对后世禅修实践影响深远，被列为汉传佛教基本经典之一。"
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## 正法念處經卷第六十八

> 正法念処経 巻第六十八

元魏婆羅門瞿曇般若流支譯

> 元魏の婆羅門瞿曇般若流支訳

### 身念處品之五

> 五 身念処の章

「復次，修行者外身隨順觀。過青水海，復有何等山海渚耶？彼以聞慧或以天眼見：有大海名曰清淨，縱廣五百由旬，海中有山，名光明鬘，高一百由旬，縱廣三百由旬，白銀所成，金華莊嚴，有蓮華池，名曰善意，長三十由旬，廣十由旬，鬘持諸天、樓迦足天諸天鵝鴨鴛鴦莊嚴。

> さらに、修行者は外なる身体をありのままに観察します。青い水の海を過ぎると、さらにどのような山や海や島があるのでしょうか。彼は聞き覚えた教えや天の眼によって、次のように見ます。そこには清らかな海があり、その広さは五百由旬にも及びます。その海の中には光明鬘という名の山があり、高さは百由旬、広さは三百由旬で、銀でできており、金の花で飾られています。また、善意という名の蓮の池があり、長さ三十由旬、広さ十由旬です。そこには鬘持天や楼迦足天などの天の神々や、白鳥や鴨、鴛鴦が集い、飾り立てています。

「復次，修行者隨順觀外身。過清淨海，復有何等山河海渚？彼以聞慧或以天眼見：有大海名曰大波，廣五千由旬，水下風起，眾生因緣，一切大海及以洲渚，諸海波出，過二由旬，閻浮提人說名海潮。大波海中有大魚住，首如狗頭。

> さらに、修行者は外なる身体を観察していきます。清らかな海を過ぎた先に、どのような山や川や海の島々があるのでしょうか。彼は教えを聞く智慧、あるいは天の眼によって、次のように見ます。 ここに「大波」という名の海がある。その広さは五千由旬。水面下では風が起こり、生きとし生けるものの因縁により、すべての大海や島々、そして様々な海の波が、二由旬を超えて押し寄せる。閻浮提の人々はこれを「海の潮」と呼んでいる。この大波の海には、大きな魚が住んでいる。その頭は、まるで犬の頭のように見える。

「復次，修行者外身隨順觀。過大波海，復有何等大山海耶？彼以聞慧或以天眼見：大波海北，有一大山，名阿奴摩那，廣十四由旬，白銀莊嚴如第二日天，曼陀華、拘賒耶舍花、毘琉璃華及天園林以為莊嚴。

> 次に、修行者は外なる身体について順に観察します。かの大波の海を過ぎた先に、どのような大山や海がさらに存在するのでしょうか。彼は聞いた智慧、あるいは天眼によって見ます。大波の海の北に、アヌモナという名の大山があります。広さは十四由旬で、白銀で飾られ、あたかも第二の太陽の天のように輝いています。マンダラ花、クシェーヤシャ花、ヴァイドゥリヤ花、そして天の林園によって飾り立てられています。

「復次，修行者隨順觀外身。過阿奴摩山，復有何等大山海耶？彼以聞慧或以天眼見：阿奴摩那山東有一大海，名曰澄淨，去水不遠，須彌山側毘琉璃面，有山名優陀延，向弗婆提，金色生光；閻浮提國，毘琉璃故，其影青色。

> さらに、修行者は順に従って外なる身を観察する。アヌマ山を越えた先に、またどのような大山や大海があるのだろうか。彼は聞いた智慧（聞慧）あるいは天眼によって見る。アヌマ那山の東に一つの大海がある。その名を澄浄という。水から遠くないところ、須弥山の側面にある毘琉璃の面に、優陀延という名の山がある。それは弗婆提の方角を向いて、金色の光を放っている。閻浮提の国は毘琉璃のため、その影は青色である。

「復次，修行者隨順觀外身。過優陀延山，更有何山？彼以聞慧或以天眼見：有大山，名曰善意，一切閻浮檀金廣大金華以為莊嚴，廣十由旬，高五百由旬，多有金樹，真金禽獸，紫磨金色波羅賒樹。多有諸天乾闥婆王——鬘持天、三箜篌天，如其業相上中下業，自業果故，至善意山見閻浮提。是名閻浮提東方山海。

> さらに、修行者は順に従って外身を観察する。優陀延山を過ぎて、他にどんな山があるのか。彼は聞いた教えの智慧によって、あるいは天眼によって見る。大きな山がある。その名を善意山という。全天の閻浮檀金と広大な金の花によって飾られ、広さは十由旬、高さは五百由旬である。多くの金の木々や、真金の鳥獣、紫磨金色の波羅賒（バーラシャ）の木々がある。多くの天部の神々や、乾闘婆の王たち――鬘持天や三箜篌天など――が、その業の相によって上・中・下の業に従い、自らの業の果報によって善意山に至り、閻浮提を見渡す。これが閻浮提の東の方にある山海である。

「復次，修行者隨順觀外身。云何閻浮提南方山海？彼以聞慧或以天眼見：民陀山，廣八百由旬，有河名曰南摩多，廣半由旬，長二百由旬，有大毒龍住在河中，河中多有失收摩羅、龜、伽羅摩。復有大河名曰濤波，復有大河名曰鞞伽，於此河邊多有林樹。復有大河名黑賓拏，廣三由旬，長三百由旬，入於大海。復有大河名曰大盧陀，有大毒龍住在其中。摩羅耶山多有栴檀，其山廣長五百由旬，高三由旬，有一大河名登祇尼，出摩羅耶山，廣一由旬，長一百由旬，入於大海。復有一河名質多羅，種種林樹、種種眾鳥以為莊嚴，廣一由旬，長五十由旬，入於大海。

> 次に、修行者は心を静めて外なる身体を観察します。では、閻浮提の南方にある山と川はどのような様子でしょうか。 彼は聞いた教えに基づく智慧、あるいは天の眼によって、次のように見ます。 民陀山は、周囲が八百由旬あり、その中を流れる川を南摩多といいます。幅は半由旬、長さは二百由旬です。この川には大きな毒竜が住み、また川の中にはワニやカメ、ガラモという魚が多く生息しています。 さらに、濤波という大河、また鞞伽という大河があります。この川のほとりには多くの林や木々が茂っています。 また、黒賓拏という大河があります。幅は三由旬、長さは三百由旬で、海に注ぎ込みます。 大盧陀という大河もあり、そこには大きな毒竜が住んでいます。 摩羅耶山は高さ三由旬、周囲は五百由旬あり、多くの栴檀の木が生えています。この山からは、登祇尼という大河が流れ出ています。幅は一由旬、長さは百由旬で、海に注ぎます。 さらに、質多羅という川もあります。さまざまな林や木々、たくさんの鳥たちが美しく彩りを添えています。幅は一由旬、長さは五十由旬で、海に流れ込みます。

「復次，修行者隨順外身，觀閻浮提。彼以聞慧或以天眼見：有國土名彌佉羅，種種樂處，其國縱廣四十由旬。復有一國，名諸迦羅，廣五十由旬，多有種種美果之樹，吱那迦果、波那婆果、無遮樹果、毘邏樹果、迦卑他果、不樓迦果、婆陀羅果，阿殊那花、栴吒迦華莊嚴其國。次名迦陵伽國，其土縱廣九十由旬，多有林樹，多有稻田。次名耽婆婆帝國，其土縱廣一百由旬，多有樹林，多有稻田。復有一國，名檀荼迦，其土縱廣二十由旬，空曠無人昔仙人瞋故令國空也。

> 「さらに、修行者は外なる身体に従い、閻浮提（えんぶだい）を観察します。彼は聞いた智慧か、あるいは天の眼で、次のように見ます。 弥佉羅（みきゃら）という国があります。楽しみにあふれた場所で、その国は縦横四十由旬（ゆじゅん）の広さです。 また、諸迦羅（しょから）という国があり、広さは五十由旬です。様々な美味しい果実の木々が多くあります。例えば、吱那迦（しなか）果、波那婆（はなば）果、無遮（むしゃ）果、毘邏婆（びらば）果、迦卑他（かひた）果、不楼迦（ふるか）果、婆陀羅（ばだら）果です。阿殊那（あしゅな）の花や栴吒迦（せんだか）の花がその国を美しく飾っています。 次に、迦陵伽（かりょうか）国があります。その国は縦横九十由旬で、林や木々が多く、稲田もたくさんあります。 次に、耽婆婆帝（たんばばだい）国があります。その国は縦横百由旬で、やはり林や木々が多く、稲田もたくさんあります。 さらに、檀荼迦（だんだか）という国があります。その国は縦横二十由旬ですが、荒れ果てて誰も住んでいません。昔、仙人が怒ったため、国が空になってしまったのです。

「復次，修行者隨順觀外身。觀閻浮提中，於南方面復有何等山河大海？彼以聞慧或以天眼見：有大河，名瞿陀婆利，其水清淨，廣一拘賒，長二百由旬。復有一國，名曰烏荼，其土縱廣二十由旬。復有一國，名安陀羅，其土縱廣四十由旬。復有一國，名曰鷄羅，其土縱廣五十由旬，其國多有牛及水牛，多有稻田、林樹花果。近南海濱，有國名迦俱羅摩，一切林樹皆悉具足，其土長三百由旬，廣五十由旬，有一大河，名迦毘梨，種種樹林以為莊嚴，其水清淨，廣一由旬，長五由旬，多有可愛迦俱羅樹、雞多迦樹莊嚴其河，甚可愛樂。

> 「また、修行者は身体の外側を観察していきます。閻浮提（インド）の中の、南方の方面には、どのような山河や大海があるでしょうか。修行者は、智慧による聞法あるいは天眼によって、次のように見ます。 大きな川があり、瞿陀婆利（ガンダバーラ）と名づけられています。その水は清らかで、幅は一拘賒（約1000尺）、長さは二百由旬（約2000キロメートル）もあります。また、一つの国があり、烏荼（ウッカ）と名づけられています。その国土は、縦横二十由旬（約200キロメートル）です。さらに一つの国があり、安陀羅（アンダーラ）と名づけられています。その国土は、縦横四十由旬（約400キロメートル）です。また、一つの国があり、鷄羅（キーラ）と名づけられています。その国土は、縦横五十由旬（約500キロメートル）で、その国には多くの牛や水牛がおり、多くの稲田や林、果樹や花があります。 南海の海岸に近いところに、迦俱羅摩（カクラマ）という国があります。ありとあらゆる林や樹木がすべて備わっており、その国土は長さ三百由旬（約3000キロメートル）、幅五十由旬（約500キロメートル）です。一つの大きな川があり、迦毘梨（カピリー）と名づけられています。様々な樹林が川を飾り立て、その水は清らかで、幅一由旬（約10キロメートル）、長さ五由旬（約50キロメートル）あります。その河岸には、多くの愛らしい迦俱羅樹（カクラ樹）や、雞多迦樹（キータカ樹）が美しく並び、とても心地よい眺めです。」

「復次，修行者隨順觀外身。過閻浮提，復有何等山海洲渚？彼以聞慧或以天眼見：有大海，名不梨那，蓮華葉覆，縱廣一萬由旬，風吹不動，以蓮華葉遍覆水故。過此海已，復有一渚，縱廣五百由旬，有諸羅剎住在其中，其形醜惡，甚可怖畏。過羅剎渚，有一大山，名摩醯陀，縱廣四十由旬，高十由旬，多有眾樹，謂多羅樹、娑羅樹，諸阿修羅、諸龍、龍女遊戲其中，或復在於園林遊戲。

> さらに、修行者は心を落ち着けて、外なる世界を観察しなさい。閻浮提（えんぶだい）の果てには、どのような山や海、島々があるのだろうか。 修行者は、聞いた智慧や天の眼によって、次のように見る。 そこに大海があり、その名を不梨那（ふりな）という。その大海は、蓮の葉で覆われている。広さは一万由旬（ゆじゅん）もあるが、風が吹いても波立たない。なぜなら、蓮の葉が水面をすっかり覆っているからだ。 この海を過ぎると、一つの島がある。広さは五百由旬で、そこには羅刹（らせつ）たちが住んでいる。その姿は醜く恐ろしく、とても怖ろしいものだ。 その羅刹の島を過ぎると、大きな山がある。名を摩醯陀（まけいだ）という。広さは四十由旬、高さは十由旬だ。そこには多くの木々、例えば多羅樹（たらじゅ）や娑羅樹（しゃらじゅ）が生い茂っている。阿修羅（あしゅら）たちや龍（りゅう）、龍女（りゅうにょ）たちは、その山の中で遊び戯れ、また庭園で楽しんでいる。

「於閻浮提六齋之日，四天王天住此山上，觀閻浮提何等眾生孝養父母、隨順法行？何人齋日受持齋戒？有何等人信佛法僧？有何等人與魔共戰？誰行直心？誰行布施？何人不慳？誰不惱他？何人知恩？何人信業？誰行十善？誰近善友？何人信於邪見外道？如是四天王於摩醯陀羅山觀閻浮提，若閻浮提順法修行，四天王天至帝釋所，白如是言：『天王應生歡喜。破壞魔軍，增長正法及諸天眾，一切閻浮提人行於善法。』時，釋迦天王及諸天眾聞其所說，皆大歡喜。若閻浮提人不順法行，時，四天王天則皆愁惱，向三十三天作如是說：『閻浮提人不順法行，增長魔軍，減損天眾。』

> 閻浮提において、月に六度の斎日になると、四天王天はこの山の上に留まり、閻浮提の中でどの衆生が父母に孝養を尽くし、教えに従って行いをしているのかを見渡します。斎日に斎戒を受けて守る者は誰か。仏法僧を信じる者は誰か。魔王と戦っている者は誰か。直心を行じる者は誰か。布施を行う者は誰か。慳吝（けち）でない者は誰か。他者を悩ませない者は誰か。恩を知る者は誰か。業を信じる者は誰か。十善を行う者は誰か。善き友に近づく者は誰か。邪見の外道を信じる者は誰か。このように四天王は、摩醯陀羅山から閻浮提を観察します。 もし閻浮提の人々が教えに従って修行するならば、四天王天は帝釈天のもとへ行き、こう申し上げます。「天王よ、喜びをお感じください。魔軍を打ち破り、正法と天の衆を増大させ、すべての閻浮提の人々が善法を行っています」と。その時、釈迦天王と天の衆はこれを聞いて、大いに喜びます。 もし閻浮提の人々が教えに従わないならば、四天王天は皆、憂い悲しみ、三十三天に向かってこう言います。「閻浮提の人々は教えに従わず、魔軍を増大させ、天の衆を減らしています」と。

「復次，修行者隨順觀外身。過摩醯陀羅山，復有何等山海渚耶？彼以聞慧或以天眼見：過摩醯陀羅山，見有一渚，縱廣一百由旬，有一足人住在此渚，飲食根果，以自存生，壽命五十歲，樹葉為衣，不為屋宅，住在樹下，於此國中多有師子猛惡之獸，其師子身皆有兩翼，土田調適，無寒無熱，一切女人皆如狗面，口出妙音。過此洲已，有一大海縱廣二萬由旬，海中有山，名摩利那羅，金銀頗梨、毘琉璃寶之所成就，多有種種金色之鳥，曼陀羅華、俱賒耶舍花六時常具，有神通力大阿修羅於此山中遊戲受樂，受愛色聲香味觸等，山長五千由旬，高一百由旬，有十五峰皆是白銀，諸天女等在中受樂，為阿修羅之所惱亂。以此因緣，諸天初共阿修羅鬪，一切天人、愚癡凡夫皆為女人之所使役。

> また、修行者は随順して外の身を観察する。摩醯陀羅山を越えると、さらにどんな山、海、島があるのだろうか。彼は聞慧によって、あるいは天眼によって見る。摩醯陀羅山を越えると、一つの島がある。その島は縦横百由旬である。片足の人がこの島に住み、根や果実を食べて命をつなぎ、寿命は五十歳である。木の葉を衣とし、家は作らず、木の下に住んでいる。この国には多くの獅子や猛獣がいる。その獅子の体には皆、二つの翼がある。土地は程よく、寒くもなく暑くもない。すべての女は皆、犬の顔をしていて、口からは美しい音を出す。この島を過ぎると、一つの大海がある。広さは二万由旬である。海の中に山があり、名を摩利那羅という。金、銀、玻璃、毘瑠璃宝でできている。そこには多くの種類の金色の鳥がいる。曼陀羅華、倶赊耶舎華が六時に常に備わっている。神通力を持つ大阿修羅が、この山の中で遊び楽しみ、愛する色・声・香・味・触などを享受している。山の長さは五千由旬、高さは百由旬で、十五の峰があり、すべて白銀でできている。天女たちがその中で楽しみながらも、阿修羅に悩まされている。この因縁によって、天は初めて阿修羅と共に戦うようになった。すべての天人も、愚かな凡夫も、皆、女に使役されるのである。

「復次，修行者隨順觀外身。過多梨那羅山，復有何等山海渚耶？彼以聞慧或以天眼：過彼山已，見有大海，縱廣五千由旬，水中有魚，長一由旬，於此海中有諸水人，身長五由旬，或作牛頭或作猪頭，或水牛頭或駱駝頭，或師子頭或作虎頭，或作豹頭或獼猴頭，遍似一切畜生之面，如印所印。過此海已，有一大山名日輪山，一切諸欲皆悉具足，天蓮花池，上味之果，若食其果，生樂七日，緊那羅王住此山中，以自業故，心常歡喜，上中下業，互相娛樂遊戲受樂。其日輪山縱廣二千由旬，過此山已，復有一山名軍闍摩，其山皆以白銀成就，毘琉璃石如天莊嚴，其山有樹名曰女樹，於此山中遍山諸樹，天欲明時，皆生孾兒，日出能行，至於食時，皆成年少，至日中時，身色盛壯，至日晡時，年已朽老，拄杖而行，頭髮皓白如霜著樹，至日沒時，一切皆死。一切眾生共業而行，隨所作業，隨業受報。

> さらに、修行者は順に外身を観察する。多梨那羅山を過ぎると、そこにはどのような海や山、洲があるのだろうか。彼は聞いた智慧、あるいは天眼によって、その山を過ぎた先に、広さ五千由旬の大海があるのを見る。その海には長さ一由旬の魚が棲み、またこの海には身長五由旬の水人がいる。彼らは牛の頭、豚の頭、水牛の頭、駱駝の頭、獅子の頭、虎の頭、豹の頭、猿の頭など、あらゆる獣の顔をしており、まるで印を押したかのようである。この海を過ぎると、日輪山という大きな山がある。そこにはあらゆる欲望を満たすものが揃い、天の蓮華の池や最上の味の果実があり、その果実を食べると七日間の喜びを得る。緊那羅王がこの山に住み、自らの業によって心は常に喜びに満ち、上・中・下の業に応じて互いに戯れ、楽しみ、遊び、快楽を得る。その日輪山は広さ二千由旬である。この山を過ぎると、さらに軍闍摩という山がある。この山はすべて銀でできており、毘瑠璃の石が天の荘厳のように輝いている。この山には女樹と呼ばれる木があり、山全体に生えている。これらの木々は、夜明けに幼い子を産み、日が出ると歩けるようになり、食事の頃には若者となり、正午には盛んな壮年となり、夕方には年老いて杖をついて歩き、霜が木に降りたように髪は白く、日が沈むときにはすべてが死ぬ。すべての衆生は共に業を行い、その業に従って報いを受けるのである。

「復次，修行者隨順觀外身。過軍闍羅山，復有何等山海渚耶？彼以聞慧或以天眼見於南方：過此山已，有一大海，於海水下五百由旬，有龍王宮，種種眾寶以為莊嚴，毘琉璃寶、因陀青寶、頗梨欄楯，七寶莊嚴，光明摩尼種種眾寶莊嚴殿堂，重閣之殿猶如日光，有如是等無量宮殿。德叉迦龍王以自業故，住此宮殿，是德叉迦龍王，日夜常修念佛、念法、念僧。過此寶堂五百由旬有大惡海，一切眾生見者惶怖，多瞋惡龍以為圍遶。過此海已，復有一山名曰牛王，其山具有一切眾生，於此山中出於牛頭栴檀之香。第二旃檀名曰黃色，其旃檀相如日光明，一切凡人不能得見；若人順法，轉輪聖王出現於世，或有如法小王出現於世，如轉輪王，則能得之。乾闥婆王住此山中，歌舞喜戲以自娛樂。過牛王山五百由旬，有一大海名大水沫，大風音聲。過此海已，有一大山名曰三峯：一曰金峯；二曰銀峰；三曰頗梨峰。其峰有池，名曰沫輪，金沙布底，天華莊嚴，鵝鴨鴛鴦充滿池中，風吹海水擊三山峰，多殺大魚。以自業故，被打而死。

> さらに、修行者は身体を観察し、軍闍羅山を越えた先に、どのような山や海、洲があるでしょうか。 彼は聞いた智慧、あるいは天眼によって、南方をこのように見ます。 この山を越えると、一つの大海があります。その海水の下五百由旬のところには、龍王の宮殿があり、様々な宝で飾られています。 瑠璃宝、因陀青宝、玻璃の欄干、七宝で飾られ、光り輝く摩尼の宝など、様々な宝が殿堂や楼閣を荘厳しています。その重閣の殿舎は日光のようであり、このような無量の宮殿があります。 徳叉迦龍王は自らの業によって、この宮殿に住んでいます。この徳叉迦龍王は、日夜、常に仏を念じ、法を念じ、僧を念じています。 この宝堂を五百由旬過ぎたところに、大きな恐ろしい海があります。すべての生きものはこれを見て恐れおののき、怒りっぽい悪龍たちが周りを取り巻いています。 この海を過ぎると、さらに牛王という山があります。この山には、あらゆる生きものがいます。この山からは、牛頭栴檀の香りが漂っています。 第二の栴檀は黄色と呼ばれ、その栴檀の様相は太陽の光のようです。凡人はこれを見ることができません。 もし、人が法に従い、転輪聖王が世に現れる時、あるいは法に従う小王が転輪王のように世に現れるならば、この栴檀を得ることができます。 乾闥婆王はこの山に住み、歌や舞、遊び戯れで自らを楽しませています。 牛王山を五百由旬過ぎたところに、大水沫という大海があります。そこには風の響きが聞こえます。 この海を過ぎると、三峰という大きな山があります。一つは金の峰、二つは銀の峰、三つは玻璃の峰です。 その峰には沫輪という池があります。金の砂が底に敷き詰められ、天の花が飾られ、ガチョウやアヒル、鴛鴦が池の中に満ちています。 風が海水を吹き寄せ、三つの山峰を打ち、多くの大きな魚が殺されます。自らの業によって、打たれて死ぬのです。

「復次，修行者隨順觀外身。過大海已，復有何等山河渚耶？彼以聞慧或以天眼：過前大海，見閻羅王決罪福處，一切眾生證業果處，是閻羅王所住境界。閻羅王法治諸罪人，是諸眾生自心所誑，住黑闇處。過此住處一百由旬但有虛空，過百由旬至閻羅王所住宮殿。其王宮殿，閻浮那提金之所成就，一切眾寶以為莊嚴，河泉流水蓮花嚴飾，縱廣一百由旬，其殿光明如第二日。過此住處，無日月光一切黑闇，海廣大故日光不現。以地獄眾生惡業因故，一切黑闇，目無所見，不知東西。

> さらに、修行者は順に従って外身を観察する。 大海を過ぎた後、さらにどのような山河や洲があるのか。 彼は聞いた智慧により、あるいは天眼により、先の大海を過ぎて、閻羅王が罪と福を裁く場所を見る。そこは一切の衆生が業の果報を証する場所であり、これが閻羅王の住む境界である。 閻羅王は法によって罪人を裁く。これらの衆生は自らの心に欺かれ、暗黒の場所に住む。 この住処を過ぎて百由旬の間はただ虚空があるのみで、百由旬を過ぎると閻羅王の住む宮殿に至る。 その王の宮殿は、閻浮那提金によって作られ、一切の宝で飾られ、河や泉の流水があり、蓮華で飾られ、縦横一百由旬である。その殿の光は第二の日のようである。 この住処を過ぎると、日月の光はなく、一切は暗黒となる。海が広大であるために日光は現れない。 地獄の衆生の悪業の因により、一切は暗黒で、目には何も見えず、東西も分からない。

「復次，修行者隨順觀外身。遍觀眾生所住之處，若地獄處、若河若山、若樹若海、若諸天處、若畜生道、若餓鬼道，八方上下，頗有眾生不生不死、不生不滅？頗有恩愛而不別離？無有一處不壞不變，無常恩愛要當別離。如是比丘不見一處非愛別離，於五道中無一指地非愛別離，隨諸眾生所住之處，無非生死，生滅無常。是故於此有為生死諸行之中應生厭離，此是誑惑躁動障礙，多有憂悲速疾不停，破壞磨滅，得已還失，如幻如夢，得之還失。此恩愛處誑惑愚癡，無始流轉，欲瞋癡處猶如怨家，詐為親友愛欲住處，是故應離有為，起厭離心，捨於亂心，於無常境界勿生喜樂，莫與愚癡而共遊戲。如是修行者教諸眾生如實隨順，觀於外身四十住處，無一眾生不依業生，無一眾生非業流轉，無一眾生不為業縛，如所作業，或善不善，而得果報。彼比丘如是觀時，不見一眾生非業故生，無一眾生非業藏者，無一眾生非業流轉，如所業作，或善不善，而得果報。彼比丘觀察業已，如實外身隨順正觀。

> さらに、修行者は外なる身体を観察する。全ての衆生の住む場所、地獄の境、川、山、木、海、天の世界、畜生道、餓鬼道をくまなく見渡し、八方向上下に、生まれず死なず、生まれも滅びもしない衆生がいるだろうか。愛する者と別れずに済むものがいるだろうか。壊れず変わらない場所はどこにもなく、無常である愛する者との別れは避けられない。このように比丘は、愛別離苦のない場所を一つとして見出せない。五つの道の中には、愛別離苦のない指一本の大きさの場所もない。衆生の住むあらゆる場所は、生と死の外になく、生まれては滅びる無常である。ゆえに、この有為な生死の営みの中にあっては、厭離の心を起こすべきである。これは人を惑わし、かき乱し、妨げとなるものであり、多くの憂い悲しみを伴い、速やかに流れ去って止まらず、壊れ滅び去る。得てもまた失い、幻や夢のようである。この愛着の場は、愚か者を惑わし、始まりなく輪廻し、欲望や怒りや無知の住まいである。それはまるで怨敵が親友のふりをして近づくようなものである。愛欲の住まいであるからこそ、有為なものを離れ、厭離の心を起こし、散乱した心を捨て、無常の境地に喜び楽しみを持たず、愚かさと共に遊んではならない。このように修行者は、全ての衆生に如実に従うよう教える。外なる身体の四十の住処を観察すると、業によらず生まれる衆生は一人もおらず、業によらず流転する衆生はおらず、業に縛られない衆生はいない。彼らが行う業、善であれ不善であれ、その通りの果報を受ける。その比丘がこのように観察する時、業によらず生まれる衆生を一人も見ず、業を蔵さない衆生はおらず、業によらず流転する衆生はいない。彼らが行う業、善であれ不善であれ、その通りの果報を受ける。比丘はこのように業を観察し終えて、如実に外なる身体を随順して正しく観察する。

「復次，修行者隨順觀外身。云何觀於閻浮提中西方國土山河海渚？彼以聞慧或以天眼見：有大河名曰富那，有諸花樹——婆鳩羅樹、婆籌迦樹、佉殊羅果、吱多迦花、那梨吱羅樹、多摩羅樹，有如是等種種眾樹莊嚴其河，多有山谷。河邊有國，名吱迦移，過此國界，名辛頭河，河邊有國，名蘇毘羅，人民豐樂，食赤稻米，其國安樂，山林流水。過此國界，復有一國，名蘇羅沙吒。過此國界，復有一國，名波羅多，其土縱廣二十由旬，國中多有石榴蒲桃，其國有城，名彌多羅蒲迦，過此大城有五大河，共合而流。從此以西，乃有大海，多饒種種惡魚惡獸，甚可怖畏。是修行者，見西海中有一大洲，名曰迦羅，縱廣一百由旬，種種眾鳥住在此洲，種種園林甚可愛樂，是毘荼他之所住止，遊戲受樂，城名鉢利多，第二住處名曰長髮，其處可愛。此迦羅渚，重閣殿堂，多有流水。過此住處，有辛頭河，入西海口，有一大山，名曰蘇棄，住在海中，於此山中多有珊瑚，若有商人至此寶山，多獲珍寶，富樂無窮。

> また、修行者は随順に外なる身を観察する。では、閻浮提（えんぶだい）の中で西方にある国土や山・川・海・島々をどのように観察するのか。彼は聞慧（もんえ）あるいは天眼（てんげん）によって、次のように見る。 フナという名の大河がある。その川辺には、バクラ樹、バチューカ樹、カシュラ果、チタカ花、ナリチラ樹、タマラ樹など、さまざまな花や木々が美しく飾り、多くの谷がある。川のほとりには、チカイという国がある。その国境を過ぎると、シントゥ（インダス）川が流れ、そのほとりにはスビラという国がある。人々は豊かで楽しく、赤い稲米を食べ、山林や流れのある安らかな国である。その国境を越えると、スラシャータという国がある。さらに国境を越えると、バラタという国がある。その国土は縦横二十由旬（ゆじゅん）で、ザクロやブドウが多く実る。そこにはミトラプカという大きな城がある。この大城を過ぎると、五つの大河が合わさって流れている。その西側には大海があり、さまざまな恐ろしい魚や獣が多く住み、非常に畏れ多い。修行者は、西海の中にカラという大きな島を見る。その島は縦横百由旬で、様々な鳥が棲み、様々な園林がとても愛らしい。これはビタタという者が住み、遊び楽しむ場所である。その城をプリタという。第二の住処は長髪（ちょうはつ）と名づけられ、その場所も愛らしい。このカラの島には、高殿や楼閣があり、多くの流れがある。この住処を過ぎると、シントゥ川が西の海の入り口に注いでいる。そこにスキという巨大な山があり、海の中にある。この山の中には多くのサンゴがある。もし商人がこの宝山に至れば、多くの珍宝を得て、富み栄えて限りがない。

「復次，修行者隨順觀外身。過此山已，復有何等山海渚耶？諸羅剎等，住何等處？彼以聞慧或以天眼見：有大海多有大魚，五千由旬，多有螺貝、摩伽羅魚、提彌魚、提彌鯢羅魚撓攪海水，風鼓大海令魚亂行。行者復觀，過此海已，有一大洲，名曰周遍可愛眾師子國，其國有蛇，身長十里，飛空而行，無所障礙，壽命千歲，不相憎嫉。行者復觀，過此洲已，復有一海，名曰可愛，縱廣五由旬，於此水中多有蓮華，眾蜂莊嚴，花臺廣大，有諸羅剎，名鳩迦羅，住此海中，食蓮花臺，恣意充足。行者復觀，過此住處，有一大山，名曰曠野，縱廣一百由旬，於此山中多有白象及迦陵頻伽鳥出妙音聲。如是美音，若天若人、若緊那羅、若阿修羅，無能及者唯除如來。

> さらに、修行者は外なる身を観察していく。この山を越えた先に、さらにどのような山や海、島があるのだろうか。また、羅刹たちはどこに住んでいるのだろうか。彼は聞いた智慧や天眼によって見る。そこには大海があり、大きな魚がたくさんいて、その大きさは五千由旬にもなる。そこには多くの貝、摩伽羅魚、提彌魚、提彌鯢羅魚がいて、海水をかき混ぜ、風が海を吹き立てて魚たちを乱れさせている。 修行者はさらに観察する。この海を越えると、一つの大きな洲があり、その名は「周遍可愛衆師子国」という。その国には蛇がいて、その体長は十里、空を飛んで行き来し、何の障害もない。寿命は千年で、互いに憎しみ合うこともない。 修行者はさらに観察する。この洲を越えると、また一つの海があり、その名は「可愛」という。縦横五由旬の広さで、この水の中には多くの蓮華が生え、無数の蜂が集まって美しく飾っている。花の台は大きく広く、そこには鳩迦羅という名の羅刹たちが住み、この海の中で蓮の花の台を食べ、思いのままに満ち足りている。 修行者はさらに観察する。この住処を越えると、一つの大山があり、その名は「曠野」という。縦横百由旬の広さで、この山の中には多くの白象や迦陵頻伽鳥がいて、美しい音声を発している。そのような美しい音は、天人のものであれ、人間のものであれ、緊那羅や阿修羅のものであれ、これに及ぶ者はない。ただ如来だけは別である。

「復次，修行者隨順觀外身。過此大山，復有何等山河海渚？彼以聞慧或以天眼見：有大山高五十由旬，其山多有毘琉璃林，有諸師子，羽翼具足，守護寶林，恐曼提呵羅剎來奪其處。

> さらに、修行者は外なる身体について観察していく。この大きな山を越えた先には、どのような山河や海や島々があるのだろうか。彼は教えを聞いた智慧によって、あるいは天の眼によって、次のように見る。そこには高さ五十由旬の大きな山があり、その山には美しい青い瑠璃の林が広がっている。多くの獅子たちが完全な翼を備え、宝の林を守っている。それは、マンティハ羅刹が来てその場所を奪い取るのを恐れてのことである。

「復次，修行者隨順觀外身。過閻浮提，復有何等山河海渚？彼以聞慧或以天眼復見：西海縱廣一萬二千由旬，於彼大海無山無城，水中唯有象頭魚身、猪頭魚身。行者復觀，過此海已，有一大山，名曰金山，其山光明照大海水，令大海水猶如金色，莊嚴其山，山高三百由旬，廣五十由旬，有乾闥婆，名閻浮摩利，住在其上，心常悅樂，壽命二千歲，亦有中夭。無量百千乾闥婆眾住此山中，身如金色，一切色相與天相類，食於樹果，其性勇健，一切阿修羅住於水下，無能奪此乾闥婆眾所有根果。

> では、修行者はさらに身体の外部を観察します。閻浮提の南を過ぎた西海（にしかい）には、広さが一万二千由旬の大海があり、そこには山も城もなく、象の頭に魚の体を持つものや、豚の頭に魚の体を持つものだけが住んでいます。この海を過ぎると、金山（きんざん）という大きな山があります。その山の光は大海を照らし、海を黄金の色に染め、山を荘厳に飾ります。山の高さは三百由旬、幅は五十由旬で、そこには乾闥婆（けんだつば）の閻浮摩利（えんぶまり）が住み、常に心は喜びに満ち、寿命は二千歳ですが、中には早く亡くなる者もいます。無数の乾闥婆の集いがこの山に住み、体は黄金のようで、姿形は天の者に似ており、木の実を食べ、性質は勇猛です。水底に住むすべての阿修羅たちも、彼らの果実や根菜を奪うことはできません。

「復次，修行者隨順觀外身。過此海已，復有何等山海渚耶？彼以聞慧或以天眼見：此大海過五分已，有大輪山，真金所成，高千由旬，廣五百由旬，金剛為頂，於此山中有緊那羅及阿修羅住在此山。是甄那羅園林可愛，河流泉池，多有花果，獼猴遊戲，河名金水，廣半由旬，於此河中多有金魚游洋曜鱗。行者復觀，過輪山已，有一大海，縱廣一萬由旬，其海有渚，名曰寶渚，於此渚中種種眾寶，無有土石，遍於渚上皆是珍寶。行者復觀，過此海渚，復有何等山河海渚？彼以聞慧或以天眼見：有大山，名曰白山，多有林樹，其色白淨，水沫圍繞，高一千由旬，縱廣五百由旬。行者復觀，過此山已，見有大山，名曰善雲，高百由旬，廣六十四由旬，空無人住，若夜叉、若緊那羅畏阿修羅，悉無住者。過此山已，有頗梨山，高三千由旬，縱廣千由旬，河池林果一切具足，如天之山。過此山已，有大清水，縱廣百由旬，多有螺貝，其水難行。過此水已，有仙光山，諸阿修羅住此山中，常畏天眾，多有婇女，種種莊嚴，酒河流溢，甄波迦果及粘那果生仙光山，其味甚美，食之殺人。

> さらに、修行者は随順に外身を観察する。この海を過ぎると、さらにどのような山や海、洲があるのだろうか。彼は聞慧により、あるいは天眼によって見る。この大海を五分の一ほど過ぎたところに、大輪山がある。純金でできており、高さは千由旬、広さは五百由旬である。頂上は金剛である。この山の中には、緊那羅や阿修羅が住んでいる。この山は緊那羅の園林があり、愛らしい。流れる川や泉があり、多くの花や果物がある。猿が遊び戯れている。川の名は金水といい、広さは半由旬である。この川の中には多くの金魚がいて、優雅に泳ぎ、鱗を輝かせている。 行者はさらに観察する。輪山を過ぎると、一つの大海がある。縦横一万由旬である。その海には洲があり、名を宝洲という。この洲の中には様々な宝がある。土石はなく、洲の上は全て珍宝で満ちている。 行者はさらに観察する。この海と洲を過ぎると、さらにどのような山河や海洲があるのだろうか。彼は聞慧により、あるいは天眼によって見る。大山がある。名を白山という。多くの林や木があり、その色は白く清らかである。水の泡が周りを取り巻いている。高さは千由旬、縦横は五百由旬である。 行者はさらに観察する。この山を過ぎると、大山がある。名を善雲という。高さは百由旬、広さは六十四由旬である。誰も住んでおらず、夜叉も緊那羅も阿修羅を恐れて、住む者はいない。 この山を過ぎると、頗梨山がある。高さは三千由旬、縦横は千由旬である。川や池、林や果物が全て備わり、天の山のようである。 この山を過ぎると、大きな清水がある。縦横は百由旬である。多くの螺貝があり、その水は進みにくい。 この水を過ぎると、仙光山がある。諸々の阿修羅がこの山に住んでいる。常に天の衆を恐れている。多くの婇女がいて、様々に装飾している。酒の川があふれている。甄波迦の果実と粘那の果実が仙光山に生えている。その味は大変美味であるが、これを食べると命を失う。

「復次，修行者隨順觀外身。復有何等山河海渚？彼以聞慧或以天眼見：六萬金山，紫磨金樹周遍山中，禽獸充滿，於此山中處處多有金蓮花池，出大光明，一切金山，須彌山王住在其中，諸鬘持天、樓迦足天、三箜篌天、四天王天住此山上。於此山上有如意樹，隨天所念皆從樹生，一切禽獸身皆金色，多有眾花——曼陀羅花、拘賒耶花，於山四陲有四大林：一名歡喜林；二名雜殿林；三名鮮明林；四名波利耶多林。歡喜園中有大樹王，名波利耶多，於此樹下，夏四月時，受五欲樂，遊戲自娛。四天王天於歡喜園遊戲受樂。四天王天於此園中歡娛受樂，故名歡喜園。鮮明林者，眾彩莊嚴，故名鮮明林。雜殿林者，種種雜殿，天子乘之遊戲，受於可愛色聲香味觸等，故名雜殿林。波利耶多林、歡喜林中，一切天眾受五欲樂。須彌山王向閻浮提一方之面，毘琉璃寶，以毘琉璃光照力故，令閻浮提仰觀虛空，皆作青色。第三方面，鮮明林中，諸天欲共阿修羅鬪，於此林中集共議論。須彌山王向瞿陀尼一方之面，真金所成，令瞿陀尼仰觀虛空，皆作赤色。第二方面有雜殿林，於此殿中盛天鬪具。須彌山王向弗婆提一方之面，白銀所成，令弗婆提仰觀虛空，皆作白色。須彌山王向欝單越一方之面，頗梨所成，令欝單越見空清淨，白光明色。行者復觀，四天王天壽命幾歲？以閻浮提中五十年，為一日一夜，如是壽命滿五百歲，亦有中夭。

> さらに、修行者は順に外の身を観察します。また、どのような山河や海、島々があるのでしょうか。彼は聞いた智慧（もんえ）や天眼（てんげん）によって、次のように見ます。六万の金山があり、紫磨金（しまこん）の樹々が山全体に生い茂り、鳥や獣で満ちています。この山の中のあちこちには、多くの金色の蓮華の池があり、大きな光を放っています。これらの金山の中央に、須弥山王（しゅみせんのう）が鎮座しています。諸鬘持天（しょけんじてん）、楼迦足天（るかそくてん）、三箜篌天（さんくごてん）、四天王天（してんのうてん）がこの山に住んでいます。この山の上には如意樹（にょいじゅ）があり、天人の願いに応じて様々なものがその木から生じます。全ての鳥や獣の体は金色で、多くの花——曼陀羅花（まんだらげ）、拘賖耶花（くしゃやげ）——が咲き乱れています。山の四つの端には、四大林（しだいりん）があります。一つ目は歓喜林（かんぎりん）、二つ目は雑殿林（ぞうでんりん）、三つ目は鮮明林（せんみょうりん）、四つ目は波利耶多林（はりやたりん）です。歓喜園には大樹王（だいじゅおう）があり、波利耶多（はりやた）と呼ばれます。この木の下で、夏の四月の間、五欲の楽しみを受け、遊び戯れます。四天王天は歓喜園で遊び、楽しみを受けます。四天王天はこの園で歓喜し楽しむため、歓喜園と呼ばれます。鮮明林とは、様々な彩りで飾られているため、鮮明林と呼ばれます。雑殿林とは、様々な雑多な殿舎があり、天子たちがそれに乗って遊び、愛らしい色・声・香り・味・触りなどを楽しむため、雑殿林と呼ばれます。波利耶多林や歓喜林の中で、全ての天の衆が五欲の楽しみを受けます。須弥山王の閻浮提（えんぶだい）に向かう一方の面は、毘瑠璃宝（びるりほう）でできています。この毘瑠璃の光の力によって、閻浮提の人々が虚空を見上げると全て青色に見えます。第三の面の鮮明林では、天人が阿修羅と戦おうとする時、この林に集まって相談します。須弥山王の瞿陀尼（くだに）に向かう一方の面は、真金でできています。このため、瞿陀尼の人々が虚空を見上げると全て赤色に見えます。第二の面には雑殿林があり、この殿の中には天人の戦いの道具が豊かに備えられています。須弥山王の弗婆提（ふばだい）に向かう一方の面は、白銀でできています。このため、弗婆提の人々が虚空を見上げると全て白色に見えます。須弥山王の欝単越（うたんえつ）に向かう一方の面は、頗梨（はり）でできています。このため、欝単越の人々は虚空が清らかで、白い光明の色に見えます。 行者はさらに観察します。四天王天の寿命は何歳でしょうか。閻浮提の五十年を一日一夜とし、そのようにして寿命は五百歳に満ちます。しかし、中途で亡くなることもあります。

「復次，修行者隨順觀外身。須彌山上復有何等異天止住？彼以聞慧或以天眼見：須彌山王有三十三天住在山頂，所受樂行不可具說，城名善見，縱廣十千由旬，七寶莊嚴，因陀青寶、金剛車𤦲、赤蓮花寶、柔軟大寶以為莊嚴。有善法堂，廣五百由旬，毘琉璃珠以為欄楯，真金為壁，一切門戶亦復如是，以一切莊嚴嚴飾殿堂。釋迦天王住善法堂，以善業力，受相似樂。人中百歲為第二天一日一夜，如是壽命滿一千歲，亦有中夭。須彌西面，名日沒山，日至此山，閻浮提人謂之日沒，故名沒山。

> さらに、修行者は自らの身体を観察することに従い、外なる世界の身体についても観察するのです。 須弥山の上には、どのような異なる天人が住んでいるのでしょうか？彼は聞いた教えの智慧か、あるいは天の眼によって、次のことを見ます。 須弥山の王には三十三天が山頂に住んでおり、彼らが享受する快楽は言葉に尽くせません。都の名は「善見」といい、その広さは一万由旬にも及び、七種の宝で飾られています。因陀羅青宝、金剛、車渠、赤蓮花宝、柔らかな大宝などが荘厳に施されています。 そこには「善法堂」という広さ五百由旬の堂があり、瑠璃の珠で欄干が作られ、純金で壁が築かれています。すべての門や戸もまた同じように、あらゆる荘厳で飾り立てられた殿堂です。 帝釈天はこの善法堂に住み、善業の力によって、それに応じた楽しみを受けています。 人界の百年が、第二の天の一日一夜に相当します。そしてその寿命は満千年ですが、中途で亡くなることもあります。 須弥山の西側は「日没山」と呼ばれ、太陽がこの山に達すると、閻浮提の人々はそれを日没と呼びます。そのため、この山は「没山」と名づけられたのです。

「復次，修行者隨順觀外身。觀須彌山王其量高下？彼以聞慧或以天眼觀：須彌山高廣八萬四千由旬，阿修羅王住在其側，居此水下，以眾生業之所住持，令日旋轉。有大尊神，名曰健疾，常在前導，於眴目頃，能行十千一百五十由旬，周匝旋轉，以日為度，知諸眾生壽命長短。

> さらに、修行者は身の外側をありのままに観察します。須弥山の王、その高さと広さはどれほどでしょうか。彼は聞いた智慧か、または天の眼で観ます。須弥山の高さと広さは八万四千由旬です。阿修羅王はその脇に住み、この水の下にいます。これは衆生の業によって支えられ、太陽を回転させています。健疾という名の大いなる尊い神がいて、常に先導し、瞬きの間に一万千百五十由旬を行き、周囲を巡り回転します。太陽を基準として、すべての衆生の寿命の長さを知っています。

「復次，修行者隨順觀外身。觀四天下人所住之處，閻浮提國、弗婆提國、瞿陀尼國、欝單越國幾許量耶？彼見：閻浮提國七千由旬，弗婆提國八千由旬，瞿陀尼國九千由旬，欝單越國十千由旬。隨四天下地之形相，人面亦爾，像其地形。閻浮提人面之形相，上廣下狹，像其地形。其餘三方：弗婆提人，面像地形，猶如半月；瞿陀尼人，面像地形，猶如滿月；欝單越人，面像地形，其面正方。如是外觀，觀四天下人之形相，如實了知。

> 修行者はさらに、外なる身体についての観察を続けます。すなわち、四大州と呼ばれる人々の住む場所、すなわち閻浮提（えんぶだい）、弗婆提（ふつばだい）、瞿陀尼（くだに）、欝単越（うったんえつ）の広さはいかほどかを観察します。修行者はこのように見ます：閻浮提の広さは七千由旬、弗婆提は八千由旬、瞿陀尼は九千由旬、欝単越は一万由旬であると。そして、この四大州の土地の形にしたがって、そこに住む人々の顔の形もまた、その土地の形に似ています。閻浮提の人々の顔の形は、上が広く下が狭く、その土地の形に似ています。残りの三方についても、弗婆提の人々の顔は半月のように、瞿陀尼の人々の顔は満月のように、欝単越の人々の顔は正方形のように、それぞれ土地の形に似ています。このように、外なる身体の観察において、修行者は四大州の人々の顔の形を、あるがままにありのままに知るのです。

「復次，修行者隨順觀外身。云何觀於閻浮提國北方國界山河海渚？彼以聞慧或以天眼見：閻浮提北方有國，名曰婆嗟，其土縱廣滿十由旬。次第二國，名民陀羅，其土縱廣二十由旬。次第三國，名首羅斯那，其土縱廣一百由旬。次第四國，名阿梯梨，其土縱廣一百由旬。次第五國，名曰陀羅，其土縱廣一百由旬。次第六國，名曰鳩留，其土縱廣一百由旬。次第七國，名摩陀羅，其土縱廣五十由旬。次第八國，名乾陀羅，其土縱廣一百由旬。次第九國，名曰賒迦，其土縱廣一百由旬。次第十國，名婆陀羅迦，其土縱廣二百由旬。次第十一國，名陀羅陀，其土縱廣一百由旬，於此國中多有山嶮。次第十二，名婆佉邏國，其土縱廣一千由旬。次第十三，名毘師迦國，其土縱廣二百由旬。次第十四，名摩醯沙國，其土縱廣二百由旬。次第十五，名曰漢國，其土縱廣一千由旬，官屬都合一千由旬，真漢唯有二百由旬。次第十六，名都佉國，其土縱廣五百由旬。次第十七，名跋跋羅國，其土縱廣二百由旬。次第十八，名究頗羅國，其土縱廣五十由旬。次第十九，名鳩留摩國，其土縱廣滿五由旬。次第二十，名甘滿闍國，其土縱廣一百由旬。自餘小國及以空地悉不在數。

> さらに、修行者は順に従って外身を観察する。どのようにして閻浮提の北方にある国々、山河、海、島々を観察するのか。彼は聞いた教えや天眼によって、次のように見る。 閻浮提の北方に、婆嗟という国がある。その国土の広さは縦横十由旬である。次に第二の国、民陀羅。国土の広さは縦横二十由旬。次に第三の国、首羅斯那。国土の広さは縦横百由旬。次に第四の国、阿梯梨。国土の広さは縦横百由旬。次に第五の国、陀羅。国土の広さは縦横百由旬。次に第六の国、鳩留。国土の広さは縦横百由旬。次に第七の国、摩陀羅。国土の広さは縦横五十由旬。次に第八の国、乾陀羅。国土の広さは縦横百由旬。次に第九の国、賒迦。国土の広さは縦横百由旬。次に第十の国、婆陀羅迦。国土の広さは縦横二百由旬。次に第十一の国、陀羅陀。国土の広さは縦横百由旬。この国には多くの山や険しい地形がある。次に第十二の国、婆佉邏。国土の広さは縦横千由旬。次に第十三の国、毘師迦。国土の広さは縦横二百由旬。次に第十四の国、摩醯沙。国土の広さは縦横二百由旬。次に第十五の国、漢国。国土の広さは縦横千由旬で、役所や官庁を含めた範囲は合わせて千由旬だが、本来の漢国自体は二百由旬である。次に第十六の国、都佉。国土の広さは縦横五百由旬。次に第十七の国、跋跋羅。国土の広さは縦横二百由旬。次に第十八の国、究頗羅。国土の広さは縦横五十由旬。次に第十九の国、鳩留摩。国土の広さは縦横五由旬。次に第二十の国、甘満闍。国土の広さは縦横百由旬。その他の小さな国々や、人が住んでいない空き地は、ここに数えられていない。

「復次，修行者隨順觀外身。觀閻浮提北方國界，復有何等山王？彼以聞慧或以天眼見：有大山，名曰雪山，種種山峯，其山眷屬廣千由旬，山中多有盧陀羅樹、松樹、栢樹、天木之樹、娑羅樹、多摩羅樹，多有夜叉，多緊那羅，多毘舍遮夜叉之屬。其山可愛，修學禪者多依此山，河流甘美，大力龍等，住在山中，多有吱羅多人住在此山。

> また、修行者は順に従って外身を観察する。閻浮提の北方の国土を観察し、さらにどのような山王があるのか？彼は聞慧によって、あるいは天眼によって見る：大山があり、その名を雪山という。様々な山の峰があり、その山の眷属は広さが千由旬に及ぶ。山の中には多くの盧陀羅の木、松の木、柏の木、天木の木、娑羅の木、多摩羅の木がある。多くの夜叉、多くの緊那羅、多くの毘舍遮や夜叉の仲間がいる。その山は愛らしく、修行して禅を学ぶ者は多くこの山に依る。川の流れは美しく甘く、大力の龍などが山中に住み、多くの吱羅多人がこの山に住んでいる。

「復次，修行者隨順觀外身。觀閻浮提北方國界，復有何等山河海渚？彼以聞慧或以天眼見：雪山東名懸雪山，多有可愛禽獸，滿中松栢之樹及天木樹、那迷流林、婆鳩流樹、闍摩迦樹。過此山已，復有一山，名多摩伽羅，縱廣二十由旬，有一千窟。過此山已，有百由旬空曠之地，多有河池，無有藥草及以樹木。過此處已，有白銀山，名雞羅娑，金峰圍遶，毘留勒天王住在其上。於山峰中河池清涼，多有蓮花、青優鉢羅花，池中多有鵝鴨鴛鴦而以莊嚴。過雞羅娑山，有一大山，名曰峰山，緊那羅王在其山下，歌舞遊戲。於此山上有五金峰、三頗梨峰、十白銀峰，無量天花，香氣可愛。山中有河，名鳩摩羅，從山流出，多有鵝鴨鴛鴦充遍河中。過此山已，復有大山，名彌那迦，縱廣五十由旬，多饒阿修羅住此山中，常樂歌詠。

> また、修行者は順に従って外なる身体を観察します。閻浮提（えんぶだい）の北方の国境には、どのような山河や海、洲（す）があるのでしょうか。彼は聞いた智慧や天眼によって、次のように見ます。雪山の東には懸雪山（けんせつざん）と名付けられた山があり、そこには愛らしい鳥や獣が多く生息し、松や柏の木、天木樹（てんぼくじゅ）、那迷流林（なめいるりん）、婆鳩流樹（ばくするじゅ）、闍摩迦樹（じゃまかじゅ）が満ちています。この山を越えると、さらに多摩伽羅（たまから）という山があります。広さは二十由旬（ゆじゅん）で、千の洞窟があります。この山を越えると百由旬の広い荒野があり、多くの川や池があるものの、薬草や木々はありません。この場所を過ぎると、白銀の山、雞羅娑（けいらさ）があります。金色の峰々が周りを囲み、毘留勒天王（びるろくてんのう）がその頂上に住んでいます。山の峰々には清らかな川や池があり、多くの蓮華や青優鉢羅（しょううはつら）の花が咲き、池の中には鵞鳥や鴨、鴛鴦（えんおう）が飾りのように満ちています。雞羅娑山を過ぎると、峰山（ほうざん）という大きな山があります。緊那羅王（きんならおう）がその麓で歌舞や遊戯を楽しんでいます。この山の上には五つの金色の峰、三つの頗梨（はり）の峰、十の白銀の峰があり、無量の天の花々が香り高く愛らしく咲き誇っています。山の中には鳩摩羅（くまら）という川が流れ出ており、鵞鳥や鴨、鴛鴦が川の至る所に満ちています。この山を過ぎると、さらに弥那迦（みなか）という大きな山があります。広さは五十由旬で、多くの阿修羅（あしゅら）がこの山に住み、常に歌を詠うことを楽しんでいます。

「復次，修行者隨順觀外身。觀閻浮提復有何等山河海渚？彼以聞慧或以天眼：過此山已，見有大海，縱廣一萬由旬，多有大龍及堤彌魚、那迦羅魚、螺貝之類。過此海已，有一大山，名曰善意，山中有池，名曰凝酥，縱廣一由旬，其池可愛，於此池中多有鵝鴨鴛鴦、迦陵頻伽鳥。其山縱廣五十由旬，山中有河，名憍尸迦，多有水鳥莊嚴其河。過此山已，有一大海，縱廣二萬由旬，甚可怖畏，雷聲常吼，惡龍瞋恚，互相攻戰，或雨刀火、放大熾電。以瞋心故，吐毒相殺。

> 次に、修行者は順に従って外なる身を観察します。閻浮提にどのような山や川、海、島があるのかを観察します。彼は聞いた教えや天眼によって、この山を越えると、縦横一万由旬の海があるのを見ます。そこには多くの大龍や堤彌魚、那迦羅魚、螺貝などが生息しています。この海を過ぎると、善意という名の大きな山があります。山の中には凝酥という名の池があり、縦横一由旬で、実に愛らしい池です。この池には多くの鵝や鴨、鴛鴦、迦陵頻伽鳥がいます。山は縦横五十由旬で、川があり、憍尸迦と名付けられています。多くの水鳥がこの川を飾っています。この山を越えると、縦横二万由旬の海があります。それは非常に恐ろしく、雷の音が常に轟き、怒った悪龍たちが互いに戦っています。時には刀や火を降らせ、大きな稲光を放ちます。怒りの心のために毒を吐き合って殺し合うのです。

「復次，修行者隨順觀外身。觀閻浮提，過海龍已，有一大洲，名耽婆迦，縱廣一百由旬，多有諸大惡羅剎等，食魚自活。彼有地獄，名耽婆迦，焚燒眾生。有一大河，名憍尸迦，滿河流血，頭髮骸骨隨河而流。地獄縱廣五百由旬，受大劇苦。過地獄已，有一大海狀如地獄，縱廣一萬由旬，其水青黑，無龍夜叉，無乾闥婆。過此海已，北方有海，名曰寶滿，眾山圍遶，林樹無量，松栢栴檀，如意之樹，山中復有無量果樹。過此山已，有一大山，名曰彼岸，縱廣五千由旬，於此山中多梨那羅果、吱羅樹果，一切時果，六時具足，河池充滿鵝鴨鴛鴦，諸大仙人住在山中。山有千峰，種種眾寶莊嚴其山，山有種種毘多羅樹，皆是金樹，種種眾香。過此山已，有一大河，名曰石水，於此河中一切眾生，若草、若木、若人、非人、若禽、若獸入者如石，其河兩岸生諸竹林，名曰吱遮，風吹相揩，自然生火，燒殺無量百千眾生。行者復觀，過此河已，有一大河，名曰斯陀，廣十由旬，長三百由旬，無人能度，以水醎故，若有入者，身即碎裂。過此河已，有渚名閻浮摩，有乾闥婆，名曰常樂，住此渚上，多行布施，淨持禁戒，心常歡喜，離於憂惱，欲果具足。於此渚上金樹具足，毘琉璃花充滿池中，近須彌山，以山勢力，一切河水及諸禽獸皆作金色，多有無量優鉢羅花、拘物陀花，處處酒河，洋洋溢流，自然稻米，不須種殖。其渚縱廣二千由旬，過此渚已，無有一切山河樹林。有一大海，名水沫輪，海中多有火毒惡龍，名曰電光。過此海已，有一大山，名涅蜜沙，山中有窟，名堤彌沙，黑暗之窟，窟中多有化生龍女，初夜化生，端正具足，莊嚴其身，壽命一夜，於日出時，則皆老死。殺生餘業，故受斯報。過此山已，復有一山，名曰蘇摩祇利，縱廣五百由旬。過此山已，有一大山，名須彌等，縱廣五百由旬，於此山北，有一大林，名吱多迦林，有羅剎名曰惡夢，住在此林，其行速疾，於眴目頃，能行至於百千由旬，為諸眾生作不利益、作不安樂。

> さらに、修行者は外なる身に随順して観察する。閻浮提を観察し、海の龍を過ぎたところに、大きく広い洲があり、その名をタンバカという。その広さは縦横百由旬で、多くの巨大な悪羅刹どもがいて魚を食べて生きている。そこにはタンバカという名の地獄があり、生きとし生けるものを焼き尽くす。また、コーシカという名の大河があり、その川には血が満ち溢れ、髪の毛や骸骨が川の流れに乗って漂っている。地獄の広さは縦横五百由旬で、そこでは激烈な苦しみを受ける。その地獄を過ぎると、地獄のような海が一つあり、その広さは縦横一万由旬で、水は青黒く、龍も夜叉も乾闥婆もいない。この海を過ぎた北方に、宝満という名の海がある。多くの山々が周りを取り囲み、林や樹木は無数で、松、柏、栴檀、如意の木が生い茂っている。山の中にはまた無数の果樹がある。この山を越えると、彼岸という名の大きな山がある。広さは縦横五千由旬で、この山中にはマリーナラの果実やチラの果実など、あらゆる季節の果実が四季折々に実り、川や池には水が満ち、鴨や鴛鴦が群れている。多くの大いなる仙人たちがこの山に住んでいる。山には千の峰があり、様々な宝が飾られている。山にはまた様々なピタラの木があり、すべてが金の木で、様々な香りを放っている。この山を越えると、石水という名の大河がある。この川に入る者は、草も木も、人も人でないものも、鳥も獣も、すべて石のように固まってしまう。川の両岸には竹の林が生えており、その名をチチャという。風が吹いて竹が擦れ合うと、自然に火が生じ、無数の百千万の生きとし生けるものを焼き殺す。行者はさらに観察する。この川を過ぎると、シータという名の大河がある。広さは十由旬、長さは三百由旬で、誰も渡ることができない。水が塩辛いためで、入れば身はたちまち砕け散る。この川を過ぎると、ジャンブマという洲がある。常楽という名の乾闥婆がこの洲に住み、常に布施を行い、戒律を清らかに守り、心は常に喜びに満ち、憂いや悩みから離れ、望みの果報を満たしている。この洲には金の木々が満ち溢れ、池には碧瑠璃の花が咲き乱れている。須弥山に近いため、山の力によってすべての川の水や鳥獣までも金色に輝いている。無量の優鉢羅華や拘物陀華があり、至る所に酒の川が流れ、豊かに溢れている。自然に実る稲米があり、耕す必要もない。この洲の広さは縦横二千由旬で、この洲を過ぎると、山河や樹林は一切なくなる。泡の輪という名の海がひとつあり、その海の中には、電光という名の火毒を持つ邪悪な龍が多くいる。この海を過ぎると、ネーミシャという名の大きな山がある。山の中にはティミシャという名の洞窟があり、暗黒の窟である。その窟の中には多くの化生の龍女がいる。彼女たちは初夜に化生し、姿は端整で身を飾っているが、寿命は一夜のみで、日の出の時には皆、老いて死んでしまう。殺生の余業によって、このような報いを受けているのである。この山を過ぎると、スーマギリという名の山がある。広さは縦横五百由旬である。この山を越えると、須弥山に等しいという名の大山がある。広さは縦横五百由旬で、この山の北には、チタカという名の大きな林がある。悪夢という名の羅刹がこの林に住み、その動きは非常に速く、瞬く間に百千由旬を走ることができる。そして、生きとし生けるものに不利益をもたらし、安らぎを与えない。

「復次，修行者隨順觀外身。觀閻浮提、欝單越二國中間，復有何等山河海渚？何處頗有不生不死、非退非滅、非業因緣、非愛別離、非怨憎會？是故於生死中得生厭離，應離縛著者，以求解脫，厭於生死，於生死中勿生貪樂，莫與愛心而共遊戲，勿以愛網而自纏縛，莫樂生死。一切生死熾然大苦，憂悲苦惱、愛別離苦、怨憎會苦大火熾然，於地獄、餓鬼、畜生、天、人之中無常變壞，癡人貪著，謂之為樂，應生厭離，莫住魔境，勿與煩惱而共遊戲，後生悔心。如是修行者隨順觀外身，如實見於生死，不住魔境，離於垢濁，離疑曠野。

> 「さらに、修行者は外なる身体を観察していきます。閻浮提（えんぶだい）と欝単越（うったんえつ）の二つの大陸の間には、どのような山や川、海や島があるのでしょうか。また、どこかに生まれもせず死にもせず、退くことも滅びることもなく、業（ごう）の因縁もなく、愛する者との別れもなく、憎む者との出会いもない場所があるのでしょうか。 このような観察から、人は生死の世界に厭離（おんり）の心を起こすべきです。執着から解き放たれ、解脱（げだつ）を求め、生死を厭い、生死の中に貪りの楽しみを求めてはなりません。愛着の心と共に遊んではならず、愛の網に自らを縛られてはなりません。生死を楽しんではならないのです。 あらゆる生死は、燃え盛る大いなる苦しみです。憂い悲しみ、苦しみ悩み、愛する者との別れの苦しみ、憎む者との出会いの苦しみという大火が燃え盛っています。地獄、餓鬼、畜生、天、人の間で、すべては常ならず変わり壊れていきます。しかし愚かな人々はそれに執着し、それを楽しみと思い込んでいます。 本当に厭離の心を起こし、魔の境地に留まらず、煩悩と共に遊んではなりません。そうしなければ、後に後悔することになります。 このように修行者は、外なる身体を観察していくのです。そうすることで、生死をあるがままに見て、魔の境地に留まらず、けがれや濁りを離れ、疑いの荒野を離れることができるのです。」

「復次，修行者隨順觀外身。觀閻浮提北方，復有何等山河海渚？彼以聞慧或以天眼見：有大山，名俱翅羅吱羅，縱廣三十由旬，高十由旬，於彼山中無量百千俱翅羅鳥。青無憂樹、赤無憂樹、七葉花樹、軍陀羅樹、賢迦曇婆婆花、那摩利花、金余提迦花、蘇摩那花、深婆羅花、多羅花、卑陵伽花、鳩迦華、瞻婆花、軍陀親命花、婆利師迦花，隨其時節皆自敷榮。或於異時，鬘持天眾離本住處，遊戲此山；有諸夜叉住此山中歡喜受樂，不惱天眾。於此山中多有俱翅羅鳥。過此山已，有大海濱，名曰鵝住，其中多有百千鵝群，無量蓮花，如是海濱鵝鴨鴛鴦、珠嘴之鳥、民那羅鳥、咽喉鳥等，其蓮花色如融金聚，十千由旬，諸蜂圍遶遍覆其上。過此以北，有欝單越，有一大海縱廣千由旬，多有大魚，堤彌鯢魚、那迦羅魚、失收摩羅、瓮魚、龜等，滿大海中，其水青色猶如虛空，深十千由旬，螺貝之母住此水中，身廣十里，水下有山。螺有大力，敵千象力，墮山峯上，則皆破碎。過此海已，有一大海，名曰乳海，縱廣五千由旬，洪波常起，大惡毒龍，常如雷聲。

> さらに、修行者は順に従って外なる身体を観察する。閻浮提の北方には、どのような山や河、海や洲があるのかを観察する。彼は聞いた智慧によって、あるいは天の眼によって見る。 大きな山があり、その名を倶翅羅吱羅という。広さは三十由旬、高さは十由旬である。その山の中には無数の百千の倶翅羅鳥がいる。青い無憂樹、赤い無憂樹、七葉花樹、軍陀羅樹、賢迦曇婆婆花、那摩利花、金余提迦花、蘇摩那花、深婆羅花、多羅花、卑陵伽花、鳩迦花、瞻婆花、軍陀親命花、婆利師迦花が、季節に従ってそれぞれに花を咲かせている。またある時には、鬘持天の衆が本来の住処を離れ、この山で遊び戯れる。また夜叉たちもこの山に住み、喜び楽しみ、天の衆を悩ませることはない。この山には多くの倶翅羅鳥がいる。 この山を過ぎると、鵝住という名の大きな海浜がある。そこには多くの百千の鵝の群れがおり、無数の蓮の花がある。この海浜には鵝や鴨、鴛鴦、珠嘴の鳥、民那羅鳥、咽喉鳥などがいる。その蓮の花の色は溶けた金の塊のようであり、十千由旬にわたって、多くの蜂が取り巻いて覆っている。 これを北に過ぎると、欝単越がある。一つの大きな海があり、広さは千由旬である。多くの大きな魚がおり、堤弥鯢魚、那迦羅魚、失收摩羅、瓮魚、亀などが、この大海に満ちている。その水の色は青く、虚空のようであり、深さは十千由旬である。螺貝の母がこの水の中に住み、その体の広さは十里であり、水の下には山がある。螺は大きな力を持ち、千頭の象の力に匹敵する。山の峰に落ちれば、すべて砕け散る。 この海を過ぎると、乳海という名の一つの大海がある。広さは五千由旬であり、大波が常に立ち、大いなる悪毒の龍がいて、常に雷のような音を発している。

「復次，修行者隨順觀外身。觀閻浮提北，復有何等山河海渚？彼以聞慧或以天眼見：諸大山其數五百，金銀頗梨一千由旬，近欝單越，多有蓮花，如日初出。過此山已，有一大國，名曰乳旋，山河園林多有鳥獸，夜叉止住，心常歡喜，多有花樹，眾物具足。

> 次に、修行者は外部の身体を観察していきます。閻浮提の北には、一体どのような山河や海、島々があるのでしょうか？ 彼は聞いた智慧、あるいは天眼によって、次のように観ます。そこには五百もの大きな山々がそびえています。金、銀、水晶でできた山々は、その高さ千由旬に及びます。欝単越に近づくと、朝日が昇るように多くの蓮華が咲き誇っています。 これらの山々を過ぎると、一つの大きな国があります。その名を乳旋といい、美しい山河や庭園、林に恵まれ、多くの鳥や獣が生息しています。そこには夜叉たちが住み、常に喜びに満ちています。また、多くの花の木々があり、あらゆるものが豊かに備わっています。

「復次，修行者隨順觀外身。觀閻浮提北，復有何等山河海渚？彼以聞慧或以天眼觀：閻浮提及欝單越二國中間，更無有國。欝單越國縱廣十千由旬，三十六億聚落可愛，三十六億所受之樂，少減四天王天。天無骨肉垢汗，天亦不眴，欝單越人有骨肉垢汗，目有視眴，無我、我所亦無我慢，死則決定生於天上，離慢諂曲，不起姤嫉，心常歡喜，不畏夜叉羅剎、毘舍遮鬼、鳩槃荼鬼、師子虎豹、夜叉惡龍惡蟲之類，亦無荒儉、寒熱飢渴疾病，遠離一切怨家恐怖，互相愛敬，不為妨礙，無有王賊水火刀兵之畏。金樹光明，晝夜不別。金鳥銀鳥、珊瑚之鳥，若樹若鳥種種雜色，歡喜如人，雖無心識亦如人法。

> さらに、修行者は心を落ち着けて外なる身体を観察します。閻浮提（えんぶだい）の北には、どのような山、川、海、島があるのか。彼は聞いた智慧や天の眼によって観察します。閻浮提と欝単越（うったんえつ）の二つの国の間には、他の国はありません。欝単越の国は、縦横に一万由旬（ゆじゅん）の広がりを持ち、三十六億の集落があり、これらは愛らしく、三十六億の楽（楽しみ）を享受しますが、その楽しみは四天王天（してんのうてん）よりわずかに劣ります。天の人々は骨や肉、垢や汗がなく、また瞬きもありません。しかし欝単越の人々には骨や肉、垢や汗があり、目には瞬きがあります。「我」という執着も「我がもの」という所有欲もなく、我慢（慢心）もありません。死ねば必ず天界に生まれ変わります。慢心やへつらい、曲がった心を離れ、嫉妬や妬みも起こしません。心は常に喜びに満ち、夜叉（やしゃ）、羅刹（らせつ）、毘舎遮（びしゃじゃ）鬼、鳩槃荼（くばんだ）鬼、獅子、虎、豹、夜叉の悪龍、害虫などを恐れません。また、不作や飢饉、寒さや暑さ、飢えや渇き、病気もなく、すべての怨みの相手や恐怖から遠く離れています。互いに愛し敬い、妨げとなることがなく、王、盗賊、水火、刀兵の恐れもありません。黄金の木々が放つ光は、昼と夜の区別がありません。金色の鳥、銀色の鳥、珊瑚の鳥々や、木々や鳥は様々な色に輝き、人々のように喜び楽しみます。彼らに心や意識はありませんが、あたかも人のように振る舞います。

「復次，修行者隨順觀外身。觀欝單越復有何等可愛味耶？彼以聞慧或以天眼見：欝單越有十大山，何等為十？一名僧迦賒山；二名等峯山；三名陀摩勿力伽山；四名白雲持山；五名高聚山；六名普鬘山；七名時節樂山；八名持歡喜山；九名如意山；十名俱賒耶舍山。是名十大山。欝單越國大海周匝，如閻浮提有四大山。何等為四？一名雪山；二名民陀山；三名摩羅耶山；四名雞羅娑山。欝單越國十種大山亦復如是。

> また、修行者（ヨーギン）は、心のままに外なる身体を観察し、北倶盧洲（うたんえつ）にどのような愛すべき味わいがあるのかを観じる。彼は聞慧（もんえ）または天眼（てんげん）によって、次のように見る。 北倶盧洲には、十の大山がある。十の大山とは何か？第一を僧迦賒山（そうかしゃせん）といい、第二を等峯山（とうぶせん）といい、第三を陀摩勿力伽山（だまもつりきがせん）といい、第四を白雲持山（びゃくうんじせん）といい、第五を高聚山（こうじゅせん）といい、第六を普鬘山（ふまんせん）といい、第七を時節楽山（じせつらくせん）といい、第八を持歓喜山（じかんぎせん）といい、第九を如意山（にょいせん）といい、第十を倶賒耶舎山（くしゃやしゃせん）という。これを十の大山と名づける。 また、北倶盧洲の国は大海に巡り囲まれている。ちょうど閻浮提（えんぶだい）に四つの大山があるように。四つの大山とは何か？第一を雪山（せつせん）といい、第二を民陀山（みんだせん）といい、第三を摩羅耶山（まらやせん）といい、第四を鶏羅娑山（けいらさせん）という。北倶盧洲の国の十種の大山もまた、このようなものである。

## 正法念處經卷第六十八

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