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title: "佛說觀佛三昧海經 · 2"
description: "佛說觀佛三昧海經由東晉時期高僧佛陀跋陀羅翻譯，是漢傳佛教重要經典之一。該經屬於大乘佛教禪觀類經典，主要闡述觀想佛陀三十二相、八十種好的修行方法，強調通過觀佛形像達到三昧境界。經文詳細描述觀佛的具體步驟與功德利益，並結合念佛、懺悔等法門，為修行者提供系統的禪觀指導。此經在中國佛教史上影響深遠，尤其對淨土宗、天台宗等宗派的觀想念佛實踐具有重要意義，被視為大乘禪觀修行的權威典籍之一。"
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## 佛說觀佛三昧海經卷第二

> 仏說観仏三昧海経 巻第二

東晉天竺三藏佛陀跋陀羅譯

> 東晉天竺三蔵仏陀跋陀羅訳

### 觀相品第三之二

> 第三品 観相 ― その二

佛告父王：「云何名菩薩降魔時白毫相光？魔王波旬遙以天眼觀閻浮提，見釋迦子棄國如唾，坐道樹下肌骨枯槁，形體羸瘠如久病人；唯有金色光明益顯，其眼陷黑如井底星，骨節相跓失蟠龍文。波旬喜曰：『瞿曇體羸骨如腐草，雖有光色餘命無幾，曼道未成，宜往敗之。』瞋目大怒勅諸夜叉速集軍眾：『吾今欲行下閻浮提往征瞿曇。』

> 仏が父王に告げられました。「では、菩薩が魔を降す時に現す白毫の相の光とは、どのようなものでしょうか。 魔王・波旬は、天眼によって遠く閻浮提（この世界）を見渡しました。すると、釈迦の子が国土を唾のように捨て去り、菩提樹の下に座って、骨と皮だけになり、やつれ果てて長患いの者のようであるのを見ました。ただ、金色の光明だけはますます輝き、その目は落ちくぼんで井戸の底に星が光るようであり、骨の節々は組み合わさり、龍の鱗のような模様も失われていました。 そこで波旬は喜んで言いました。 「ゴータマは体が痩せ細り、骨は枯れ草のようだ。光はあるが、余命はわずかであろう。悟りがまだ完成していないうちに、今こそ行って打ち破るがよい。」 そして、怒りに目を怒らせ、夜叉たちに命じて軍勢を急ぎ集めさせました。 「今すぐ閻浮提に下り、ゴータマを征伐する。」

「是時魔子名薩多羅，長跪白父：『淨飯王子其生之時，萬神侍御光徹眾天，其人慈悲普覆一切，今為群生坐於道樹，父王云何興惡逆意？』魔即怒曰：『汝幼無知，乃言瞿曇有勝道德。瞿曇身羸如枯骨人，竟何所能而言慈悲？』子復白言：『瞿曇體羸不食故爾，觀其光色如金剛山紫焰流出，恬坐六年心無傾搖；觀其面貌曾無畏色。唯願大王！且住天宮不願往攻。』波旬復言：『汝但默然，何須多云？』

> その時、魔王の子サタラはひざまずいて父に言った。「浄飯王の王子がお生まれになった時、万の神々がお守りし、その光は天のすべてを照らし、慈悲はすべての生きとし生けるものを包みました。今や悟りを求めて菩提樹の下に座っておられます。父王よ、どうして逆心を起こされるのですか？」 魔王は怒って言った。「お前は幼くて無知だ。どうして瞿曇（ゴータマ）にすぐれた徳があるなどと言うのか。瞿曇の体はやせ衰えて枯れ木のようだ。いったい何ができるというのか、慈悲などと言うとは。」 子はまた言った。「瞿曇の体がやせているのは、断食のためです。その姿の光沢は金剛山の紫の炎のように輝き、六年もの間、心を動かさずに静かに座っておられます。その顔には何の恐れの色もなく、恐れを知らぬ様子です。どうか大王よ、天上に留まり、攻めに行こうなどとはお考えになりませんように。」 波旬はまた言った。「お前は黙っていなさい。余計なことを言う必要はない。」

「時夜叉主名曰翅陀，即至魔所，頭面著地為魔作禮，白言天王：『何所勅令？』波旬告曰：『汝以我聲遍勅六天，告下鬼王并諸八部，及曠野鬼、十八地獄閻羅王神，一切皆集往瞿曇所。』

> 時に、夜叉の主、その名を翅陀という者が、魔のもとへ参り、頭を地につけて魔に礼をし、申し上げた。「天王よ、どのようなお触れでございましょうか。」波旬は告げた。「汝、我が声をもって、六天すべてに触れを出せ。鬼王、ならびに八部、さらには曠野の鬼、十八地獄の閻羅王の神々にも、一切皆、瞿曇のもとへ集まれと告げよ。」

「是時諸鬼，猶如雲起從四面集，或有諸鬼首如牛頭有四十耳，於其耳中生諸鐵箭，赤焰上起高一由旬，有十八角角端擎山，山上有龍，銜熱鐵丸。復有諸鬼首如狐頭，有十千眼，眼睫長大如霹靂炎，項上有口口吐熾火，身上諸毛猶如劍樹。復有諸鬼倒住空中有十二脚，於其足跟有千刀輪，頭如太山，於其頭上五百劍樹，樹頭火起。復有諸鬼，婉轉腹行，負鐵圍山穹脊而至。復有諸鬼，一頸多頭口有千舌，於其舌上生棘刺樹，毛鬣上衝毛端雨血，吐刺疾走騰空而至。

> その時、数多くの鬼たちが、雲が四方から湧き上がるように集まってきた。 ある鬼は、頭が牛のようで、耳が四十もあった。その耳の中からは、幾本もの鉄の矢が生え、赤い炎を上げて、高さ一由旬にも達していた。角は十八本あり、その角の先で山を支え、その山の上には竜がいて、熱せられた鉄の球をくわえていた。 またある鬼は、頭が狐のようで、一万の目があった。その目の睫毛は、稲妻の炎のように大きく長く、項には口があって、激しい火を吐いていた。体毛は、すべて剣の木のようであった。 またある鬼は、空中に逆さまに浮かんでおり、十二本の脚があった。その足の踵には、千の刀の輪があり、頭は泰山のようで、その頭の上には五百の剣の木があり、木の先からは火が立ち上っていた。 またある鬼は、のたうちながら腹ばいで進み、鉄囲山を背負い、その山を弓なりにしてやって来た。 またある鬼は、一本の首に多くの頭があり、口には千の舌があった。その舌の上には、茨の木が生え、たてがみは逆立ち、その毛先からは血の雨が降り、刺を吐き出しながら、素早く走り、空中を飛び越えてやって来た。

「毘舍闍鬼發大惡聲，氣踊如雲雨熱鐵丸倏忽而到；鳩槃茶鬼蹲踞土埵現其醜形；富單那鬼其形黑瘦，頭戴大鑊盛熱鐵丸，手執刀輪，左脚踏狗，右脚踏狼，奔走而至；諸羅剎王背黑如漆，胸白如月，眼如盛火，頭髮蓬亂如縛刺束，狗牙上出，狀如銏劍，手十指爪利如鋒芒，脚有十爪縱橫如劍，以鐵羈頭疾走而至；曠野鬼神大將軍等，一頸六頭胸有六面，膝頭兩面，舉體生毛狀如箭鏃，奮身射人，張眼焰赤血出流下，與諸兇類疾走而到。

> 毘舎遮鬼は大きな恐ろしい声をあげ、気勢は雲のように湧き上がり、熱い鉄の球を雨のように降らせて、瞬く間にやって来ました。 鳩槃荼鬼は土の盛り上がった場所にうずくまり、その醜い姿を現しました。 富単那鬼はその姿が黒くやせ細り、頭には大きな鍋をかぶって熱い鉄の球を盛り、手には刀の輪を持ち、左足で犬を踏み、右足で狼を踏みながら、走り寄って来ました。 多くの羅刹王は背中が漆のように黒く、胸は月のように白く、目は盛んに燃える火のようで、髪の毛は乱れ、とげを束ねたように縛られ、犬の牙は上に出て、まるで剣のようであり、手の十本の指の爪は刃のように鋭く、足の十本の爪は縦横に剣のようで、鉄の頭枷をつけて素早く走り寄って来ました。 旷野鬼神大将軍などは、一つの首に六つの頭があり、胸には六つの面があり、膝の頭には両面があり、体全体に毛が生えて矢じりのようで、身を奮い立たせて人に向かって射かけ、目を開けると炎が赤く血が流れ落ち、様々な凶暴な仲間と共に走り寄って来ました。

「復有諸鬼，首如虎頭有十二眼，鼻如象鼻有十三鼻，左肩擔山右肩負火，手捉利劍脚躡師子，哮吼而至。復有諸鬼其身如雲，霹靂火起如團雲頭，於團雲邊有百千萬龍，不見其身但見吐毒，於十方面，一切惡事如雲而集；鬼子母神將其諸子，各執一石壁方十里，巖崿可畏競馳而至。復有諸鬼捲脊挾尾，以鼻嗅地鼻出諸火，火焰上化化生諸鬼，擔面而走。

> また、首が虎の頭のようで十二の目を持ち、鼻が象の鼻のようで十三の鼻を持ち、左肩に山を担ぎ右肩に火を背負い、手に鋭い剣を持ち、足で獅子を踏みながら、ほえたけてやってくる鬼たちがいた。 また、雲のような姿の鬼たちがいた。彼らは雷と炎を起こし、その火は塊のような雲の頭となった。その雲の塊の周りには百千万の竜がいたが、その姿は見えず、ただ毒を吐き出しているだけだった。十方のあらゆる方向で、すべての恐ろしい出来事が雲のように集まってきた。 鬼子母神はその子供たちを連れて、それぞれが一辺十里の岩壁を抱え、険しく恐ろしい様子で競い合うように駆け寄ってきた。 また、背中を丸めて尻尾を挟み、鼻で地面の匂いを嗅ぎながら、鼻から様々な火を吹き出す鬼たちがいた。その火の炎は上に向かって変化し、新たな鬼を生み出し、彼らは顔を向けて走り回った。

「是時魔王，顧視夜叉告令諸鬼：『今者鬼兵既已雲集，瞿曇善人，或能知呪，當興四兵。』以魔王珠化作四兵，象馬車步列仗如林，甚可怖畏，直從空下至道樹邊。

> そのとき、魔王は夜叉たちを見渡し、諸々の鬼に告げて言った。「今や鬼の兵はすでに雲のように集まった。瞿曇（くどん）という善人は、もしかすると呪文を知っているかもしれない。そこで、四つの兵を起こそう。」魔王は、その宝珠の力で四つの兵──象兵・馬兵・車兵・歩兵──を幻のように作り出した。武器を並べた軍勢は林のように整い、まことに恐ろしい様子であった。そして、そのまま空中から道場の木のそばへと降りてきた。

「魔復更念：『如此軍眾或不能淹降伏瞿曇。』復脫寶冠持擬地下，其冠光明逕至下方，當閻羅王化人宮上，高聲大呼告勅諸鬼：『汝等獄卒及閻羅王，阿鼻地獄刀輪劍戟、火車鑪炭，一切都舉向閻浮提，欲滅瞿曇擲置其中。』

> 魔はさらに考えた。 「これほどの軍勢でも、もしかするとゴータマ（仏陀）を打ち負かせないかもしれない。」 そこで宝冠を脱ぎ、地面に打ちつけた。その冠の光は下界にまで届き、閻魔大王の化人の宮殿の上に達した。魔は大声で叫び、すべての鬼たちに告げた。 「お前たち、獄卒たち、そして閻魔大王よ。阿鼻地獄の刀輪や剣・やり、火の車や炉の炭、すべてを挙げて閻浮提に向かわせよ。ゴータマを滅ぼし、その中に投げ込もう。」

「阿鼻地獄縱廣正等八萬由旬，七重鐵城，下十八鬲，四面劍林亦十八行，東方復有十八小地獄，以為圍遶；南方十八鬲以為圍遶；西方十八鬲以為圍遶；北方十八鬲以為圍遶。地下自然有熾猛火，燒然鐵城鐵網俱熾，一切熱焰周迴還旋，下過十八鬲。若有眾生犯五逆者，身滿其中受如此苦，晝夜不息間無空缺，劫欲盡時四門自開。諸罪人等見東門外一切劍林，如清涼林，從下鬲起至第二鬲，第二鬲起至第三鬲，乃至於上走趣東門。羅剎獄卒以熱鐵叉逆刺其眼，精如融銅流出于地，即時躄倒遍滿十八鬲中，其心迷悶滿一小劫，爾乃還起復向南門。如是四方如前無異，晝夜受苦逕一大劫，劫盡更生餘小地獄。其餘眾獄形狀大小受報輕重，形類好醜一切雜報，慈三昧中當復廣說。

> 阿鼻地獄は、縦・横・高さが等しく八万由旬である。七重の鉄の城壁に囲まれ、地下には十八の層がある。四方には剣の林があり、それぞれ十八列ずつ並んでいる。東方にはさらに十八の小地獄が巡らされ、南方、西方、北方にもそれぞれ十八の小地獄が巡らされている。地下からは自然に激しい猛火が噴き出し、鉄の城壁や鉄の網まですべてを焼き尽くし、熱炎が渦を巻いて巡り、地下の十八層にまで及ぶ。 もし五逆の罪を犯した者がいれば、その身はこの地獄に満ち、昼夜を問わず絶え間なく苦しみを受ける。劫が終わろうとする時、四つの門が自然に開かれる。罪人たちは東門の外に広がる剣の林を、まるで涼やかな林のように見なす。そして地下の最下層から第二層、第二層から第三層へと上り、ついには東門へと向かう。すると羅刹の獄卒が熱した鉄の叉で逆にその目を刺す。すると目玉から溶けた銅のようなものが地面に流れ出て、罪人は即座に倒れ、十八層の地獄に満ち渡る。その心は狂い悶え、一小劫の間続く。ようやく起き上がり、次に南門へと向かう。東西南北、全ての門で同様の苦しみを受け、昼夜を問わず一大劫もの間苦しみ続ける。劫が終われば、さらに他の小地獄に生まれ変わる。 その他の地獄の形や大きさ、受ける苦しみの軽重、姿の善し悪しなど、あらゆる雑多な報いについては、「慈三昧」の章で詳しく述べられるであろう。

「時諸獄卒，城東八千，三方亦爾。一一獄卒頭髮如山，生刀輪劍戟，耳如驢耳有百千種，一一耳中烟焰俱起，脣口牙齒過於羅剎百千萬倍，角如牛角角端生劍，五方異見，身體赤黑如癩病狗，有四百尾。於其尾頭濃血沸屎，有鐵𭉨蟲纏其身體，手捉鐵叉脚下踏輪，刀輪上刺直徹心髓，駛疾如風，各以鐵叉叉罪人腰，直上而走，阿鼻地獄如影隨形，逐罪人來。

> 時に、獄卒たちがいる。城の東に八千、三方もまた同じである。一人ひとりの獄卒の頭髪は山のようであり、そこから刀の輪や鉾、戟が生えている。耳は驢馬の耳のようで、数百千種もの耳があり、その一つ一つから煙と炎が立ち昇る。唇や口、歯は羅刹よりも数百千万倍も恐ろしい。角は牛の角のようで、その先端から剣が生え、五方に異なった姿を示す。身体は赤黒く、癩病の犬のようで、四百の尾を持っている。その尾の先からは膿血や沸騰した糞が流れ出ており、鉄の嘴を持つ虫がその身に纏わりついている。手には鉄の熊手を握り、足下には輪を踏み、その刀の輪は刺さって心髄にまで達している。風よりも速く駆け巡り、それぞれが鉄の熊手で罪人の腰を刺し、真っ直ぐに駆け上がる。阿鼻地獄が影が形に従うように、罪人を追いかけて来るのである。

「俄頃之間到道樹邊，一時雲集欲興惡逆。菩薩是時儼然不動，入勝意慈。魔王譸張奮武振吼，勅諸兵眾：『汝等速疾逼害瞿曇。』上震天雷雨熱鐵丸，刀輪武器更相加積交橫空中，四面諸鬼同時俱作，然其火箭不近菩薩。

> 間もなく、菩薩のいる道の木の下に彼らは集まり、悪逆を企てました。しかし菩薩はその時、悠然として動かず、勝れた慈悲の心に入っていました。魔王は虚勢を張り、武力を奮い立たせて叫びました。「お前たちはすぐに瞿曇（菩薩）を攻め害せよ。」と。すると上空には雷鳴がとどろき、熱した鉄の玉が降り注ぎました。刀や刃物、武器がさらに積み重なり、空中を交差し、四方から鬼たちが同時に襲いかかりました。しかし、彼らの火の矢は菩薩には届きませんでした。

「是時菩薩，徐舉右臂申眉間毛，下向用擬阿鼻地獄，令諸罪人見白毛中流出眾水，澍如車軸雨大火上，大火暫滅唯烟氣在，令受罪人心得小悟，自憶前世百生、千生、百千萬生所作諸罪。諸獄卒等持大鐵叉舉起罪人，盡其身力不能得動。忽然自見大鐵叉頭如白銀山，龕室千萬，有白師子盤身為座，於其座上生白蓮華，有妙菩薩入勝意慈，如是莊嚴如須彌山。放叉擲地，有七寶華生叉根下，有白色光明，照諸地獄及獄卒身，令閻羅王及諸獄卒作白銀山，猶如電光暫時得見。諸受罪人，六情諸根猛火速起，節頭火然筋脈生釘，暫得一起，合掌叉手向白毫相，即時心開。見白毛中人如己無異，坐蓮華林，以水澆灌諸罪人頂，令心熱惱暫得清涼，即皆同時稱：『南無佛』。以是因緣，受罪畢訖直生人中，諸情完具正見出家，既出家已，破二十億洞然之結，成須陀洹。

> 時に菩薩は、ゆっくりと右腕を挙げ、眉間の白毫から光を放ち、それを阿鼻地獄に向けて差し向けました。すると、罪人たちはその白毫の中から水が流れ出るのを見ました。その水は車軸のような太さで雨となって大火に注がれ、大火はしばらく消えて煙だけが残りました。これにより、罪を償う人々の心はわずかに目覚め、自らの前世における百生、千生、百千万生にわたって犯したあらゆる罪を思い出しました。 地獄の獄卒たちは大きな鉄の叉で罪人を持ち上げようとしましたが、その全身の力を尽くしても動かすことができませんでした。ところが突然、罪人たちはその大鉄叉の先が白銀の山のように見え、そこには無数の石室があり、白い獅子が体を丸めて座っているのを目にしました。その獅子の座の上には白い蓮華が生え、そこに勝れた慈悲の心を持つ菩薩がおられました。その荘厳さは須弥山のようでした。 やがて鉄叉は放たれて地面に落ち、その根もとには七宝の華が生えました。そこから白色の光明が放たれ、あらゆる地獄や獄卒の身を照らし出しました。閻羅王や獄卒たちは白銀の山のように変わり、稲妻の光のように一瞬だけ見えました。 罪を償う人々の六つの感覚器官には猛火がたちまち燃え上がり、節々から火が出て、筋や脈には釘が刺さっていました。しかし、ようやく身を起こすことができ、合掌して手を組み、白毫の相に向かいました。すると、たちまち心が開けました。白毫の中にいる人が自分と同じであるのを見て、蓮華の林に座り、水を罪人たちの頭に注いで、心の熱悩をしばし冷ましてくださいました。彼らは皆、同時に「南無仏」と唱えました。 この因縁により、罪の償いが終わると、彼らはそのまま人間に生まれ変わり、すべての感覚器官が完全で、正しい見解を持って出家しました。出家して後、二十億の煩悩の結び目を打ち破り、須陀洹の悟りを得ました。

「魔見是相，憔悴懊惱却臥床上。魔有三女，長名悅彼，中名喜心，小名多媚。時魔三女至父王所，長跪叉手為父作禮，啟言：『父王！今日何故愁悴乃爾！』其父答言：『沙門瞿曇結誓深重，今坐道樹要壞我民，是故愁耳！』女白父言：『我能往亂，願父莫愁。』即自莊飾著雜寶冠，容媚挺特過踰魔后百千萬倍。眄目作姿現諸妖冶，瓔珞晃耀光翳六天，乘羽寶車，安施寶帳垂諸天華，於華鬚頭諸化玉女，手執樂器鼓樂絃歌，聲萬種音凡在世人之所憙樂。一一玉女從五百女以為侍御，繒蓋幢幡如雲而下，身毛孔中香烟芬馥有百千色，玄黃昱爍甚適人目，安庠徐步至菩薩所，下車合掌禮敬菩薩，旋遶七匝，白菩薩言：『太子生時，萬神侍御七寶來臻，何棄天位來此樹下？我是天女盛美無比，顏貌紅輝六天無雙，今以微身奉上太子，供給左右可備灑掃。我等善能調身按摩，今欲親附願遂下情。太子坐樹身體疲懈，宜須偃息服食甘露。』即以寶器獻天百味。

> 魔王はこれを見て憔悴し、悔しさのあまり床に伏した。魔王には三人の娘がいた。長女を悦彼、次女を喜心、三女を多媚という。その時、三人の娘は父王の許に参上し、長跪して手を合わせて礼をなし、申し上げた。「父王よ、本日はいかなる理由でこれほどお嘆きになられるのですか？」父王が答えた。「沙門ゴータマは誓いが深く強固で、今や菩提樹の下に座して我が民を奪い尽くそうとしている。それゆえに憂いているのだ。」娘たちは父に申し上げた。「私たちが参じて彼を惑わしましょう。どうか父王、お心を悩ませないでください。」 そこで娘たちは身を飾り、様々な宝の冠を戴いた。その姿の美しさは際立ち、魔王の后を百千万倍も凌いでいた。目を配り、様々な妖しい艶姿を示し、瓔珞は燦然と輝き、六天の光を覆い隠した。羽根をあしらった宝車に乗り、美しい宝の帳を巡らして、そこには天の花々を垂らした。花の蕊の先には、様々に化現した天女たちが立ち、楽器を手にして鼓笛や弦楽を奏で、万種の音声を発した。その音は、世の人々が喜び楽しむものであった。一人ひとりの天女には五百人の侍女が従い、絹の傘や幢幡は雲のごとくに降り注ぎ、身体の毛孔からは百千の色を放つ芳しい香煙が漂い、深く鮮やかに煌めいて、まことに人の目を楽しませた。彼女たちは静かにゆっくりと歩みを進め、菩薩の許に至り、車を下りて合掌し、菩薩に礼拝した。七回周回してから、菩薩に申し上げた。「太子がお生まれになった時には、万の神々がお仕えし、七宝がもたらされました。どうして天の位をお捨てになって、この木の下にお越しになられたのですか？私は天女で、その美しさは比類なく、顔色の紅く輝くこと、六天にも双ぶものがありません。今、この身を太子に捧げ、お側に仕え、掃除などのお世話をさせていただきたく存じます。私たちは体を整え、按摩することに長けております。今こそ親しくお仕えし、どうかお心をお開きください。太子は木の下に座られて、お体も疲れ、怠っておられます。どうかお休みになり、甘露をお召し上がりください。」そう言って、宝の器に天の百味を盛って差し出した。

「太子寂然身心不動，以白毫擬，令天三女自見身內膿囊涕唾、九孔筋脈一切根本，大腸小腸、生藏熟藏，於其中間，迴伏婉轉踊生諸蟲，其數滿足有八千戶，戶有九億諸小蟲等，蟲遊戲時走入小腸，皆有四口張口上向，大蟲遊戲入大腸中，從大腸出復入胃中。冷病起時胃管閉塞，蟲不得入，故食不消。脾、腎、肝、肺、心、膽、喉嚨，肺腴肝鬲，如是中間復生四蟲，如四蛇合，上下同時唼食諸藏，滓盡汁出，入眼為淚，入鼻為涕，聚口成唾，放口涎流。薄皮厚皮，筋髓諸脈悉生諸蟲，細於秋毫數甚眾多不可具說。

> 太子は静かに身も心も動かさず、白毫の光を放って三人の天女に、自分の体内にある膿の袋や涙、鼻水、九つの孔、筋や脈といったすべての根本、大腸や小腸、胃や消化器官の中を、うねり曲がりながら蠢く無数の虫たちを見せた。その虫の数は八千の家系に及び、それぞれの家系には九億の小さな虫たちがいた。虫たちが遊ぶ時は小腸に入り、皆四つの口を持ち、上に向かって開いている。大きな虫が遊ぶ時は大腸に入り、大腸から出て再び胃に入る。冷えの病が起きると胃の管が塞がり、虫が入れなくなるため、食べ物が消化されない。脾臓、腎臓、肝臓、肺、心臓、胆のう、喉、肺の脂肪、肝臓の隔膜、こうした部分の中にも四つの虫が生まれ、それは四匹の蛇が合わさったようであり、上下同時に諸々の内臓を食い荒らす。かすが尽きて汁が出ると、目に入れば涙となり、鼻に入れば鼻水となり、口に集まれば唾となり、口を開けば涎となって流れ出る。薄い皮や厚い皮、筋や骨髄、様々な脈にもすべて虫が生じ、秋の毛よりも細く、その数は非常に多く、すべてを説明することはできない。

「其女見此即便嘔吐從口而出，無有窮盡。即自見身，左生蛇頭，右生狐頭，中首狗頭，頭上化生九色死屍，如九相觀。

> その女がそれを見ると、すぐに口から吐き出し続け、尽きることがなかった。そして自分の体に、左から蛇の頭、右から狐の頭、中央に犬の頭が生じ、頭上には九相観のような九色の死体が化生した。

「九相觀者：一者、新死相：或見死人，身體正直無所復知，想我此身亦當復爾，與此無異，故曰新死相。二者、青瘀相：或見死人，一日至于七日，身體青膖瘀黑相，我所愛身亦當復爾，與此無異，故曰青瘀相。三者、膿血相：或見死人，身已爛壞血流塗漫，極為可惡不可瞻視，我所愛身亦當復爾，故曰膿血相。四者、絳汁相：或見死人，身體縱橫黃水流出狀似絳汁，我所愛身亦當復爾，故曰絳汁相。五者、食不消相：或見死人，為烏鳥所食，蟲狼所噉，為蠅所蛆，其肉欲盡或半身在，我所愛身亦當復爾，故曰食不消相。六者、筋纏束薪相：或見死人，皮肉已盡止有筋骨相連，譬似束薪，由是得成而不解散，我所愛身亦當復爾，故曰筋纏束薪相。七者、骨節分離相：或見死人，筋已爛壞骨節縱橫不在一處，我所愛身亦當復爾，故曰骨節分離相。八者、燒燋可惡相：或見死人，為家火所燒，野火所焚，燋縮在地，極為可惡不可瞻視，我所愛身亦當復爾，故曰燒燋可惡相。九者、故骨相：或見久昔乾骨，若五十歲，至百歲、二百歲、三百歲時，骨還變白，日曝徹中，火從骨上焰焰而起，火燒之後風吹入地還歸于土。是名略說九相，是為菩薩始在樹下初開不淨觀門。

> 九相観について。 第一に、新死相。あるいは死体を見る。身体はまっすぐで、何も感じていない。私のこの身もまた、やがて同じようになるだろう。これと変わりはない。ゆえに新死相という。 第二に、青瘀相。あるいは死体を見る。一日から七日まで、身体が青く腫れ、瘀血で黒ずむ。私の愛する身もまた、やがて同じようになるだろう。これと変わりはない。ゆえに青瘀相という。 第三に、膿血相。あるいは死体を見る。身体はすでに腐れ爛れ、血が流れて塗り広げられ、極めて嫌悪すべきで、見るに堪えない。私の愛する身もまた、やがて同じようになるだろう。ゆえに膿血相という。 第四に、絳汁相。あるいは死体を見る。身体のあちこちから黄水が流れ出て、絳汁のようである。私の愛する身もまた、やがて同じようになるだろう。ゆえに絳汁相という。 第五に、食不消相。あるいは死体を見る。烏や鳥に啄まれ、虫や狼に食われ、蝿に蛆が湧く。肉は尽きかけ、または半身が残っている。私の愛する身もまた、やがて同じようになるだろう。ゆえに食不消相という。 第六に、筋纏束薪相。あるいは死体を見る。皮肉はすでに尽き、ただ筋骨が連なっている。それは束ねた薪のようで、それによって形を保ち、解け散らない。私の愛する身もまた、やがて同じようになるだろう。ゆえに筋纏束薪相という。 第七に、骨節分離相。あるいは死体を見る。筋はすでに爛れ壊れ、骨節はあちこちに散らばり、一つ所にない。私の愛する身もまた、やがて同じようになるだろう。ゆえに骨節分離相という。 第八に、焼燋可悪相。あるいは死体を見る。家火に焼かれ、野火に焚かれ、焦げ縮んで地にあり、極めて嫌悪すべきで、見るに堪えない。私の愛する身もまた、やがて同じようになるだろう。ゆえに焼燋可悪相という。 第九に、故骨相。あるいは久しく昔の干した骨を見る。五十歳、あるいは百歳、二百歳、三百歳にもなれば、骨はさらに白く変わる。日光に照らされて透き通り、火が骨の上から炎々と立ち上る。火に焼かれた後、風に吹かれて地に入り、ついには土に還る。これを略して九相と説く。これが、菩薩が樹下で初めて不浄観の門を開くところである。

「時三魔女，自見背上，復負老母，髮白面皺，脣口喎僻，手脚繚戾，顏色津黑猶如僵尸。胸前復抱一死小兒，於六竅中流出諸膿，膿中生蟲正似蚘蟲。諸女見此愕然驚嘷，却行而去，低頭視臍，臍生六龍，龍吐水火，耳出諸風，體堅如鐵。自見女形，醜狀鄙穢，乃當如是。於其鄙處有諸小蟲，蟲有四頭二上二下，唼食女身。口出五毒，毒有五脈，上至心下乃至咽喉，從六根中生諸脈根，九十有九，直下流注至諸蟲頂，共相灌注徹諸蟲心。諸女人等，從無數世造諸邪行，惡業因緣獲得如是不淨醜身。復有諸蟲如手臂釧，團欒相持而有眾口，口生五毒唼食女根。諸女人等先世之時，邪婬行故，獲臭惡身以為莊嚴。

> 時に三人の魔女は、自分の背中に老いた母を背負っているのを見た。髪は白く、顔は皺だらけで、唇は曲がり歪み、手足はねじ曲がり、色艶は黒く淀み、まるで尸（しかばね）のようである。胸の前にはさらに死んだ幼子を抱えており、六つの穴から膿が流れ出し、膿の中には蛔虫のような虫が湧いている。魔女たちはこれを見て驚愕し、悲鳴を上げて後ずさりした。うつむいて臍を見ると、臍から六匹の龍が生じ、龍は火と水を吐き、耳からは風が吹き出し、体は鉄のように固い。自分の女の姿を見ると、その醜く汚らわしい様子はまさにこのようであった。 その恥ずべき部分には様々な小虫がおり、虫には四つの頭があって、二つは上、二つは下に向き、女の身を食い荒らす。口からは五つの毒を吐き出し、毒には五つの脈があり、上は心臓に達し、さらに喉に至り、六根からは様々な脈の根が生じる。その数は九十九にものぼり、まっすぐ下へ流れて虫の頭に至り、互いに注ぎ合って虫の心を貫く。これらの女たちは、無数の世において様々な邪な行いを積み、悪業の因縁により、このような不浄で醜い身を得たのである。 さらに、腕輪のような形をした虫がいて、まるく集まり寄り添い、多くの口を持ち、その口から五つの毒を吐き出して女根を食い荒らす。これらの女たちは前世において邪淫の行いをした故に、臭く汚れた身を得て、それを装いとしたのである。

「諸女見已心極酸苦如箭入心，却行之時匍匐而去，如羸駝步，初舉足時節節火起，其髮黃黑如刺棘林，以自纏身，呼嗟歎息至魔王前。魔王心怒，奮劍竪色即欲直前，魔子諫曰：『父王無辜自招瘡疣，菩薩行淨難動如地，云何可壞？』

> 女たちはそれを見て、心は極限の苦しみに苛まれ、まるで矢が心臓に突き刺さったかのようでした。 彼女たちは戻ろうと這って進み、痩せ細ったラクダの一歩一歩のごとく、最初に足を上げるたびに全身が燃え上がり、髪の毛は黄黒く、棘の藪のように自分自身に絡みつきました。 女たちはため息と嘆きの声をあげながら魔王の前に進みました。 魔王は怒りに燃え、剣を振りかざし、顔色を真剣にして、すぐに前に飛び出そうとしました。 そのとき、魔王の息子が諫めて言いました。 「父王よ、どうか無実の罪で御自身に傷を負わせないでください。菩薩は清らかな行いを貫き、大地のように揺るぎません。どうして壊せるというのでしょう？」

「作是諫時，菩薩復以白毫光擬，令魔眷屬身心安樂，譬如比丘入第三禪。餓鬼見白毛，毛端皆有百千萬億諸大菩薩，是諸菩薩亦入勝意慈心三昧，各以右手將左指頭，爪端生乳灑滅猛火，猛火滅已即得清涼，自然飽滿身心踊悅，發菩提心，因是心故捨餓鬼苦。是諸鬼等自見其身，如似白玉，似瑠璃山、似頗梨山、似黃金山、似馬瑙山、身諸毛孔似真珠貫，眼目明淨似明月珠，身諸烟焰如雜寶雲，所執刀杖似七寶臺，七寶臺內重鋪綩綖安置丹枕，左右自然有化梵王。見化菩薩坐於花臺，各各異說諸罪人報：『汝等前世坐作惡業故，獲如此可惡之形。』說是語時，是諸鬼神有發無上菩提心者；有種聲聞辟支佛因緣者；有於來世當生人天勝樂處者。

> このように戒めた時、菩薩は再び白毫の光を放ち、魔の眷属たちの身心を安楽にさせました。それはあたかも比丘が第三禅に入ったかのようでした。餓鬼たちがその白毫の光を見ると、毛の先一つ一つに百千万億の大菩薩がいました。これらの菩薩たちもまた勝意慈心三昧に入り、それぞれ右手で左手の指先を持ち、爪の先から乳を吹き出して猛火を消しました。猛火が消えるとすぐに清凉を得て、自然と満ち足り身心が踊り喜び、菩提心を発しました。その心によって餓鬼の苦しみから離れました。これらの餓鬼たちは自らの身が白玉のようであり、瑠璃山のようであり、頗梨山のようであり、黄金山のようであり、瑪瑙山のようであるのを見ました。身のすべての毛孔は真珠の連なりが通ったようであり、眼目は明らかで清らかで明月珠のようであり、身の煙や炎は雑宝の雲のようであり、手にしていた刀や杖は七宝の台のようであり、七宝の台の内には幾重にも敷物を重ね丹枕が置かれ、左右には自然に化現した梵王がいました。化現した菩薩が花台に座っているのを見て、それぞれが様々に罪人の報いを説きました。「あなたたちは前世で悪業を犯したため、このような嫌な形を得たのだ。」この言葉を聞いた時、これらの鬼神たちの中には無上菩提心を発す者があり、声聞や辟支仏の因縁を種とする者があり、未来世において人天の勝れた楽しみの所に生まれる者がありました。

「是時魔王忽然還宮，白毫隨從直至六天。於其中間，無數天子天女，見白毛孔通中皆空，團圓可愛如梵王幢。於其空間，有百千萬恒河沙微塵諸寶蓮華，一一蓮華，無量無邊諸妙白色以為其臺，臺上有化菩薩，放白毫大人相光，亦復如是！諸菩薩頂有妙蓮華，其華金色，過去七佛在其華上，是諸化佛自說名字，與修多羅等無差別。

> その時、魔王は忽然として天宮に帰りました。すると白毫の光が彼に従い、第六天にまで至ったのです。その途上、無数の天子や天女たちは、白毫の毛穴の一つ一つが中空であり、まるで梵天の幢のように円満で愛らしい様子を見ました。その空間の中には、百千・万・恒河沙の数の微塵に等しい多くの宝蓮華がありました。一つ一つの蓮華には、無量無辺の清らかな白色がその台となり、台の上には化現した菩薩がいて、白毫の大人相の光を放っていたのです。このこともまた、同様でした。諸々の菩薩の頂上には妙なる蓮華があり、その蓮華は金色でした。そして、過去七仏がその蓮華の上にいらっしゃいました。これらの化仏は、自らその名前を説き、それが経典と少しも異なることはありませんでした。

「復有諸天宿善根者，見化菩薩一毛孔中生一菩薩，菩薩頂上皆有化佛，如前不異。時諸化佛眉間出華，百寶莊嚴，諸天世間無色可比。有化光臺，臺上化佛如前不異。諸化菩薩身毛孔中，化出一切十方眾生所希見事。化人足下有化光臺，生諸天宮，勝過六欲魔王宮殿，亦勝大梵儼身之宮。諸梵頂相從化菩薩足輞間生。如是白毛上至無色，遍照一切無量無邊諸天世界，皆如白寶頗梨明鏡。

> また、過去に善根を積んだ天の神々は、化身した菩薩の一つの毛穴から一つの菩薩が生まれ、その菩薩の頭頂には皆、化身した仏が前と同じように現れているのを見ました。その時、化身した仏たちの眉間から花が生じ、百宝で飾られ、天の神々や世の中のものに比べられるものはありませんでした。そこには光明の台があり、台の上の化身した仏は前と同じでした。化身した菩薩たちの身の毛穴からは、十方の衆生がめったに見ることのないようなものすべてが現れました。化身した人の足の下には光明の台があり、天の宮殿に生まれ、六欲天の魔王の宮殿を超え、大梵天の荘厳な身の宮殿にも勝りました。また、すべての梵天の頭頂の相は、化身した菩薩の足の輞（わ）の間から生じました。このように白い毛は上は無色界に至るまで、すべての無量無辺の天の世界を照らし、すべてが白宝の水晶や明鏡のようでした。

「諸天見此勝瑞相已，不樂天樂發菩提心，魔王八萬四千天女，視波旬身狀如死狗，亦似燋木。但瞻菩薩白毫相光，心意悅樂無以為譬，怒恚波旬：『前所為事，規欲壞他自失軍眾。』作是語時，百千無數天子天女，復發無上菩提道意。」

> 諸天たちはこの勝れた瑞相を見て、天界の楽しみに執着せず、菩提心を起こしました。魔王の八万四千人の天女たちは、波旬（魔王）の姿が死んだ犬のように、また焦げた木のように見えるのを見て、ただ菩薩の白毫の相の光を仰ぎ見て、その心の喜びは譬えようもなく、波旬に対して怒りを覚えて言いました。「以前に行ったことは、他者を壊そうと図ったが、自ら軍勢を失う結果となった。」この言葉を発した時、百千無数の天子や天女たちが、再び無上の菩提心を発しました。

佛告大王：「如是種種諸勝相事，但從菩薩眉間白毫而生此耳！不勞其餘身分功德。

> 佛が王に告げられた。「このような数々のすぐれた相（すがた）は、ただ菩薩の眉間の白毫（びゃくごう）から生じたものにすぎない。その他の身体の部分の功徳によるものではないのだ。」

「佛滅度後諸四部眾，若能暫時捨離散亂，繫心正觀菩薩降魔白毫相者，滅無數劫黑業惡障，亦除十惡諸煩惱障，能於現世見佛影像了了分明，如是種種觀相境界不可具說。

> 仏が滅度された後、仏法に帰依する四つの部類の人々は、もししばし散乱を離れ、心を集中して正しく観想し、菩薩が魔を降伏された際の白毫の相を観ずることができれば、無数の劫にわたる黒い業や悪い障りを滅することができます。また十悪や諸々の煩悩の障りをも除き、現世において仏の姿をありありと明らかに見ることができるでしょう。このように様々な観相の境地は、言葉で尽くして述べることができません。

「如我滅後，欲觀如來降伏魔時白毛相者，當作此觀，如是觀者名為正觀，若異觀者名為邪觀」。

> 「私がこの世を去った後、私が魔王を降伏させた時に示した白毫の相を見たいと思うなら、このように観想しなさい。このように観想することを正しい観想と言い、それとは異なる観想を邪な観想と言うのです。」

「云何名為如來成佛時大人相、覺人相、不動人相、解脫人相、光明人相、滿智慧人相、具足諸波羅蜜相、首楞嚴等諸三昧海相？菩薩摩訶薩，從勝意慈三昧起，入滅意定；從滅意定起，還入首楞嚴；從首楞嚴起，入慧炬三昧；從慧炬三昧起，入諸法相三昧；從諸法相三昧起，入光明相三昧；從光明相三昧起，入師子音聲三昧；從師子音聲三昧起，入師子奮迅三昧；從師子奮迅三昧起，入海意三昧；從海意三昧起，入普智三昧；從普智三昧起，入陀羅尼印相三昧；從陀羅尼印相三昧起，入普現色身三昧；從普現色身三昧起，入法界性三昧；從法界性三昧起，入師子吼力王三昧；從師子吼力王三昧起，入滅諸魔相三昧；從滅諸魔相三昧起，入空慧三昧；從空慧三昧起，入解空相三昧；從解空相三昧起，入大空智三昧；從大空智三昧起，入遍一切處色身三昧；從遍一切處色身三昧起，入寂心相三昧；從寂心相三昧起，入菩薩摩訶薩金剛相三昧；從金剛相三昧起，入金剛頂三昧；從金剛頂三昧起，入一切三昧海；從一切三昧海起，入一切陀羅尼海三昧；從一切陀羅尼海三昧起，入一切佛境界海三昧；從一切佛境界海三昧起，入一切諸佛解脫、解脫知見海三昧；從解脫、解脫知見海三昧起，然後方入無量微塵數諸三昧海門；從諸三昧海門起，入寂意滅意三昧；從寂意滅意三昧起，入金剛譬定大解脫三昧相門。

> では、如来が成仏された時の大人の相（たいじんのそう）とは何でしょうか。それは覚者の相であり、動じない人の相であり、解脱した人の相であり、光明を放つ人の相であり、智慧が満ちた人の相であり、あらゆる波羅蜜を具えた相であり、首楞厳（しゅりょうごん）をはじめとする無数の三昧の海の相なのです。 そのため、菩薩摩訶薩は、勝意慈三昧（しょういじさんまい）から起きて、滅意定（めついじょう）に入ります。滅意定から起きると、再び首楞厳に入ります。首楞厳から起きれば、慧炬三昧（えこさんまい）に入ります。慧炬三昧から起きれば、諸法相三昧（しょほうそうさんまい）に入ります。諸法相三昧から起きれば、光明相三昧（こうみょうそうさんまい）に入ります。光明相三昧から起きれば、師子音声三昧（ししおんじょうさんまい）に入ります。師子音声三昧から起きれば、師子奮迅三昧（ししふんじんさんまい）に入ります。師子奮迅三昧から起きれば、海意三昧（かいいさんまい）に入ります。海意三昧から起きれば、普智三昧（ふちさんまい）に入ります。普智三昧から起きれば、陀羅尼印相三昧（だらにいんそうさんまい）に入ります。陀羅尼印相三昧から起きれば、普現色身三昧（ふげんしきしんさんまい）に入ります。普現色身三昧から起きれば、法界性三昧（ほっかいしょうさんまい）に入ります。法界性三昧から起きれば、師子吼力王三昧（ししくりきおうさんまい）に入ります。師子吼力王三昧から起きれば、滅諸魔相三昧（めっしょまそうさんまい）に入ります。滅諸魔相三昧から起きれば、空慧三昧（くうえさんまい）に入ります。空慧三昧から起きれば、解空相三昧（げくうそうさんまい）に入ります。解空相三昧から起きれば、大空智三昧（だいくうちさんまい）に入ります。大空智三昧から起きれば、遍一切処色身三昧（へんいっさいしょしきしんさんまい）に入ります。遍一切処色身三昧から起きれば、寂心相三昧（じゃくしんそうさんまい）に入ります。寂心相三昧から起きれば、菩薩摩訶薩の金剛相三昧（こんごうそうさんまい）に入ります。金剛相三昧から起きれば、金剛頂三昧（こんごうちょうさんまい）に入ります。金剛頂三昧から起きれば、一切三昧海（いっさいさんまいかい）に入ります。一切三昧海から起きれば、一切陀羅尼海三昧（いっさいだらにかいさんまい）に入ります。一切陀羅尼海三昧から起きれば、一切仏境界海三昧（いっさいぶっきょうがいかいさんまい）に入ります。一切仏境界海三昧から起きれば、一切諸仏の解脱・解脱知見海三昧（げだつ・げだつちけんかいさんまい）に入ります。そして、解脱・解脱知見海三昧から起きて、ようやく無量の微塵の数のごとき諸々の三昧海の門に入ります。それらの三昧海の門から起きれば、寂意滅意三昧（じゃくいめついさんまい）に入ります。寂意滅意三昧から起きれば、金剛譬定大解脱三昧相門（こんごうひじょうだいげだつさんまいそうもん）に入るのです。

「爾時道場地化似金剛，滿八十里其色正白，不可具見。此相現時，菩薩眉間白毫相光，端潔正直矗然東向，長一丈五尺，有十楞現。彌迦女人同類五女，無數萬億天、龍、鬼神，彌勒賢劫諸菩薩等、跋陀婆羅等，無量無邊阿僧祇微塵數諸大菩薩，亦見此相。

> その時、修行の場（道場）の地は金剛のように変わり、その広さは八十里（約32キロ）にも及び、色彩は純白で、その全てをはっきりと見ることはできなかった。このような姿が現れると、菩薩の眉の間にある白毫（びゃくごう）の光は、端整で清らかでまっすぐであり、高く東の方向へと立ち昇り、その長さは一丈五尺（約4.5メートル）あった。そこには十の筋目が現れた。弥迦（みか）という女性や同じ仲間の五人の女性たち、無数の億、万、千もの天や竜、鬼神たち、弥勒菩薩や賢劫の多くの菩薩たち、跋陀婆羅（ばだばら）たち、そして無限で計り知れないほどの阿僧祇（あそうぎ）の微塵の数ほどの多くの大菩薩たちもまた、この姿を見たのである。

「此相現時，佛菩提樹，白毛力故根下自然化生寶華，縱廣正等四十由旬，其華金色金剛為臺。佛眉間光照此華臺，其光直下至金剛際，於金剛際自然化生二金剛座，互相掁觸，聲振三千大千世界，令此大地六種振動。其金剛座上衝蓮華，至蓮華根，其蓮華根亦是金剛，三種金剛共相掁觸，直還下過至金剛際往旋十返，白毫光明圍遶十匝，令金剛座鏗然不動。

> この相が現れる時、仏の菩提樹において、白毫（びゃくごう）の力によって根の下に自然と宝華が化生した。その広さは縦横ともに四十由旬（ゆじゅん）に等しく、金色で台座は金剛（こんごう）でできていた。仏の眉間（みけん）の光がこの華の台座を照らすと、その光は真っ直ぐに金剛際（こんごうさい）まで降り、そこに自然と二つの金剛座が化生した。互いに触れ合うことで、その音は三千大千世界に響き渡り、この大地を六種に振動させた。その金剛座は蓮華を突き上げ、その蓮華の根にまで達した。蓮華の根もまた金剛であり、三種の金剛が互いに触れ合い、そのまま下って金剛際を十回往復した。さらに白毫の光明が十重に巡り、金剛座をしっかりと動かざるものとした。

「佛坐此坐，消除三障成菩提道，佛心境界說不可盡，若廣說者，一切眾生至十地菩薩，亦不能知亦非所解。是故於此白毫相中，隱而不說。

> 仏がこの座に坐し、三障を除き去って菩提の道を成就された。その仏の心の境地は、言葉で尽くすことはできない。もし詳しく説こうものなら、あらゆる衆生から十地の菩薩に至るまで、理解することも、悟ることもできないであろう。ゆえに、ここ白毫の相の中に隠して説かないのである。

「如是白毛光明力故，令菩提樹，金剛為莖，根亦金剛，楷七寶成，楷上生光，各各有七圍遶佛身，化成寶縵，樹葉金色，華百寶色，華上有光百千寶色，諸天寶光不得為譬，果白寶色，夜摩天上微妙白寶不得為比，其果光明化摩尼網彌覆樹上，於其網間猶如白絲，婉轉下垂，化成寶鈴。

> このように、白毫の光明の力によって、菩提樹は金剛を茎とし、その根もまた金剛でできている。幹は七宝でできており、幹の上からは光が生じ、それぞれに七つの光が仏の身の周りを巡り、宝の垂れ飾りに変じる。樹の葉は金色で、花は百宝の色を有し、花の上には百千の宝の色の光がある。諸天の宝の光もこれに喩えることはできない。果実は白宝の色であり、夜摩天の上の微細で妙なる白宝もこれに比べることはできない。その果実の光は摩尼の網に変じて樹の上を覆い、その網の間には白い糸のように、曲がりくねって垂れ下がり、宝の鈴に変じる。

「鈴四角頭有大寶臺，其臺高顯過於上方無量世界。過是界已，復更化成諸大寶臺，其臺高妙不可具說，光顯微妙。譬如和合百千萬億諸須彌山，於其臺上有大寶蓋純金剛成，雜色間錯微妙光明，光明下垂化成幡帳。於幡帳中雨寶蓋雲，寶蓋雲中雨幢幡雲，幢幡雲中雨妓樂雲，妓樂雲中雨寶光雲，寶光雲中雨諸香雲，諸香雲中雨師子座雲，師子座雲中雨華鬘雲，華鬘雲中雨妙音雲，妙音雲中雨偈頌雲，偈頌雲中雨諸珍寶供養具雲。如是等種種供具，皆從菩提樹白毫相光明中出。

> 鈴の四方の角には大きな宝の台があり、その台の高さと輝きは、上方の無量の世界を超えています。その世界を過ぎると、さらにまた多くの大きな宝の台が化現します。その台の高さと妙なる様は言葉に尽くせず、光り輝き、微妙に美しい。あたかも百千万億の須弥山を一つに合わせたかのようです。その台の上には、純金剛でできた大きな宝の蓋があり、様々な色が織り交ぜられ、微妙な光明を放っています。その光明は垂れ下がって、幡や帳となります。幡帳の中からは宝の蓋の雲が降り注ぎ、宝蓋の雲の中からは幢幡の雲が降り、幢幡の雲の中からは伎楽の雲が降り、伎楽の雲の中からは宝光の雲が降り、宝光の雲の中からは諸々の香りの雲が降り、香りの雲の中からは獅子座の雲が降り、獅子座の雲の中からは華鬘の雲が降り、華鬘の雲の中からは妙音の雲が降り、妙音の雲の中からは偈頌の雲が降り、偈頌の雲の中からは様々な珍宝や供養の道具の雲が降ります。このような様々な供養の品々は、すべて菩提樹の白毫相の光明の中から現れ出るのです。

「時白毛光下垂照地，令道場邊金剛地上化作七池，池生德水，水有七色，七色分明，色有十光上照樹王。其池四岸眾寶合成，一岸百寶所共合成，一寶流出百億光明，池底純是金剛摩尼以為底沙。水生諸華純黃金葉，葉上千光化成光輪。池有七渠水自湧出，池口生華葉葉相次，於蓮華鬚流出諸水，如琉璃珠映徹分明。於渠兩邊列生諸華，八萬四千，眾寶嚴飾。此渠中水更相灌注，當水流時光亦隨轉，映菩提樹。此樹光中，一一葉上生寶蓮華，其華遍布一切世界，於其華上化白寶臺，遍至十方無量世界，其白毫光從佛眉間出，寶蓮華團圓正等滿一由旬。如是相次過於上方，無量無邊不可算數微塵世界。華華相次，一一華上見一佛坐，身黃金色方身丈六，結加趺坐坐蓮華臺，其金剛座及菩提樹，如上所說等無有異，乃至十方亦復如是！

> 時に、白毫の光は下に垂れて大地を照らし、道場のそばの金剛地の上に七つの池を化現させた。池には功徳の水が生じ、水には七つの色があり、七色は明らかに区別され、その色には十種の光があって、上には樹王を照らしていた。その池の四つの岸は、すべて衆宝が合成して成り、一つの岸は百種の宝物が共に合成して成り、一つの宝からは百億の光明が流れ出ていた。池の底は純粋に金剛と摩尼でできており、底の砂としていた。池の水からは種々の華が生じ、純粋な黄金の葉を持ち、その葉の上の千の光は光輪を化現させた。池には七つの水路があり、水は自ら湧き出て、水路の口には華が生じて葉が順に重なり、蓮華の鬚からは種々の水が流れ出て、琉璃の珠のようにはっきりと映し出されていた。水路の両側には華が列をなして生じ、八万四千あり、衆宝で厳かに飾られていた。この水路の中の水は互いに流れ込み合い、水が流れる時には光もまた共に転じて、菩提樹を映し出していた。この樹の光の中では、一つ一つの葉の上に宝蓮華が生じ、その華はあまねく一切の世界に広がり、その華の上には白宝の台が化現して、十方の無量の世界に遍く至っていた。その白毫の光は仏の眉間から出て、宝蓮華は丸く均等に一整由旬の大きさであった。このように次々と上方に過ぎ行き、無量無辺の数え切れない微塵の世界に及んでいた。華は次々と連なり、一つ一つの華の上には一仏が坐しているのが見え、身体は黄金色で方丈の丈六の姿であり、結跏趺坐して蓮華の台に坐っていた。その金剛座および菩提樹は、上に述べたところと等しく異なることはなく、十方においてもまたこのようであった。

「於白毫中復出寶華，勝前寶華百億萬倍，華上有佛，如釋迦文等無有異，一華鬚頭復有一佛身亦丈六，入深禪定心不傾動。

> 白毫の中よりさらに宝華が現れ出で、その宝華は先の宝華よりも百億万倍も勝れていた。その華の上には、お釈迦様と全く同じように、等しく違いのない仏がおられた。一本一本の華の蕊（しべ）の先にも、また一仏ずつの身が現れ、その丈は六尺（＝丈六）であり、深い禅定に入って心は少しも動くことがなかった。

「如是光明，照於東方無量無數百千世界，令諸世界皆作金色。彼眾生見化佛毛孔開現光明，亦復如是出無量百千寶光，一一光中，復有無量百億化佛。

> その光は、東方の無数・無限の世界を照らし、すべての世界を金色に染めました。そこに住む生き物たちは、変化した仏の毛穴から輝く光があふれ出るのを見ます。その光の中から、さらに無数の百億の宝の光が放たれ、一つひとつの光の中には、また無数の百億の変化した仏が現れるのです。

「時諸天、龍、鬼神、夜叉、乾闥婆等，覩此光明遶佛千匝，照十方國見十方國，高下大小了了分明，如執明鏡自見面像。是諸大眾，波旬眷屬八萬億眾，諸鬼神、天、龍、夜叉等，各見白毫端直丈五，十方光見，映蔽眾目如萬億日，不可具見。但於光中，見無量無數百億千萬化釋迦文，眉間白毛正長丈五，一一毛中出無量光，一一光中無量化佛，化佛眉間亦復如是！是白毫光輪郭之中，流出眾光上至佛額，顯發額廣平正之相，額上諸毛毛皆上靡，其毛根下梵摩尼色，適眾生心，毛端流光如融紫金，光相上靡入於髮際，婉轉垂下至耳輪邊，然後布散上入髮間，圍遶䗍文數百千匝，從枕骨生，如金蓮華葉日照開敷，蓮華葉間及蓮華鬚，如帝釋畫了了分明，眾色異現。於其色間無量化佛，一佛七菩薩諸天以為侍者，手執寶華白中白者，華有五光五色分明，隨從化佛不失其所，此名如來初成佛時白毫相光。

> その時、天、龍、鬼神、夜叉、乾闥婆たちは、この光明を見て仏の周りを千回巡り、十方の国々を照らし、十方の国々の高低や大小を、明鏡に自分の顔を映すように、ありありと見極めた。 この大衆、すなわち波旬の眷属八万億の衆、さらに諸々の鬼神、天、龍、夜叉たちは、それぞれ仏の眉間からまっすぐに伸びる一丈五尺の白毫を見た。その十方の光は、万億の太陽のように輝き、衆目の眩むほどであったため、はっきりと見ることはできなかった。 しかし、光の中に無量無数の百億千万の化身・釈迦文仏を見た。その眉間の白毛は、まさに一丈五尺の長さであった。一本一本の毛の中から無量の光が放たれ、一つ一つの光の中に無数の化仏が現れ、その化仏の眉間もまた、まったく同じであった。 この白毫の光の輪郭の中から、無数の光が流れ出て、仏の額にまで達し、額の広く平らで正しい相を照らし出した。額の上の毛は一筋一筋すべて上向きに靡き、その毛の根元は梵摩尼の色をして、衆生の心に適っていた。毛の先端から流れる光は、溶けた紫金のようであり、その光の相は上向きに靡いて髪の生え際に入り、ゆるやかに曲がり垂れて耳の縁にまで至り、その後広がって髪の間に上っていった。 そして、螺髪の周りを数百千回巡り、後頭骨から生えていた。それは金の蓮華の葉が日に照らされて開くようであり、蓮華の葉の間や蓮華の鬚は、帝釈天の描く絵のように、ありありと分明であった。さまざまな色が異なって現れ、その色の間には無数の化仏があった。一仏につき七人の菩薩と諸天が侍者となり、手に宝華（白の中の白なる花）を持ち、その華は五つの光と五つの色を放ち、明らかに区別できた。そして、化仏に従ってその場を離れることがなかった。 これを、如来が初めて仏と成られた時の白毫相の光という。

「因白毫光初生項光，生王宮時此光如日，見不了了，圓光一尋別自當說。時諸八部覩白毫光所見不同，有見白毛猶如諸佛；有見白毫如諸菩薩；有見白毛如己父母，一切世間可尊敬事，悉於毛端了了得見，見已歡喜。有發無上菩提心者；有發聲聞、緣覺心者，如是諸鬼見白毛者，自然慈心無諸惡意。」

> 白毫の光が初めて項光を生じた時、王宮に生まれた際、この光は太陽のようであったが、はっきりと見ることはできなかった。一尋の円光については別に述べるべきである。 その時、八部の衆は白毫の光を目にしたが、その見え方はそれぞれ異なっていた。ある者は白毛を諸仏の如くに見た。またある者は白毫を諸菩薩の如くに見た。またある者は白毛を自分の父母の如くに見た。世間の全ての尊敬すべき事柄が、毛端の上に明瞭に映し出され、それを見て皆が歓喜した。 中には無上菩提心を発起する者もあった。声聞や縁覚の心を発起する者もあった。こうした諸々の鬼類も白毛を見た者たちは、自然と慈しみの心が生じ、悪意を抱くことは全くなかった。

佛告父王：「如來白毛，自從初生乃至成佛，於其中間微細小事可得觀見。既成佛已，白毫光明眾相具足，諸修多羅中佛已廣說，白毫相光究竟之處，十地菩薩爾乃得見，先說小者，應諸世間此事易見。」

> 仏が父王にお告げになりました。「如来の白毫（びゃくごう）は、お生まれになってから悟りを開かれるまでの間、どんなに小さな出来事もはっきりと映し出していました。そして悟りを開かれた後は、白毫の光明はあらゆる相を完全に備え、その詳細は多くの経典で広く説かれています。この白毫の光の究極の姿を見ることができるのは、十地の菩薩だけです。まず最初に、この世の人々にも分かりやすい、小さな部分をお話ししましょう。」

佛告父王及勅阿難：「諦聽諦聽，善思念之！傳語後世諸弟子等皆令得知，若我滅後諸比丘等，若問是事，此白毫相菩薩本昔修何行得？汝當答言：『佛白毫相從無量劫捨心不慳，不見前相不憶財物，心無封著而行布施，以身心法攝身威儀，護持禁戒如愛雙目，然其心內豁然虛寂，不見犯起及捨墮法，心安如地無有動搖。設有一人，以百千刀屠截其身；設復有人，以諸棘刺鞭撻其身，菩薩初無一念瞋恚；設復有人頭有千舌舌出千言，種種異辭罵辱，菩薩顏色不變，如淨蓮華，心無所著身心不懈，無疲惓意如救頭然。如身毛孔生那利瘡，求覓良醫晝夜精進，心無染污如琉璃珠表裏俱淨，攝身斂意，閉目叉手端坐正受，其心如海湛然不動，如金剛山不可沮壞。雖作是意不隨禪生，灰心滅智，無所適莫，亦無覺觀非不觀法，心智猛利攝諸方便，不見有法若大若小，有細微相，如是眾多名波羅蜜。亦從三十七助菩提法，復從十力、四無所畏、大慈大悲三念處諸妙功德，得此白毫。』

> 仏が父王に告げ、また阿難に勅して言われた。 「よく聞き、よく聞け。心して思惟せよ。後の世の諸弟子たちにも伝え知らしめよ。もし私が滅度した後に、比丘たちがこの事について問うならば、すなわち『この白毫相の菩薩は、昔どのような修行によってこれを得たのか』と。その時、あなたはこう答えなさい。 『仏の白毫相は、無量の劫のあいだ、心に惜しみなく、与える前の姿を執着せず、財物を思いわずらわず、心に固執することなく布施を行じたことによる。身と心の法をもって身の威儀を整え、戒律を守ること、自分の両眼を愛するがごとくにし、その心の中は虚しく寂として、戒を犯す心も、捨て堕ちる法も見ることなく、心は地のように安らかで動揺がない。 たとえ一人の者が百千の刀でもってその身を切り刻もうとも、またある者が様々な棘の鞭でもってその身を打ち据えようとも、菩薩は最初の一瞬たりとも怒りの心を起こさない。たとえある者の頭に千の舌があり、その舌から千の言葉を吐き出し、さまざまな悪口で罵り侮辱しても、菩薩の顔色は変わらず、清らかな蓮華のようである。心に執着なく、身も心も怠らず、疲れることもなく、まさに頭に火がついたのを消そうとするかのようである。 たとえ身の毛穴に那利の瘡が生じても、良医を求めて昼夜に精進し、心は汚れに染まらず、琉璃の珠のように内も外も清らかである。身を整え、心を鎮め、目を閉じ、手を組み、端座して正しく心を保つ。その心は海のように澄んで動かず、金剛山のように壊すことができない。 このような心を持ちながらも、禅定の境に生まれることを求めず、心を灰のようにし、智を滅し、あると思わず、ないと思わず、また観察することもなく、かといって観ない法でもない。心の智慧は鋭く力強く、すべての方便を収め、大きいとも小さいとも、微細な相があるとも見ない。このような多くの行を波羅蜜というのである。 また、三十七の助菩提法から、さらに十力、四無所畏、大慈大悲、三念処などの諸々の妙なる功徳によって、この白毫を得るのである。』」

「若我滅後佛諸弟子，捨離諸惡，去憒閙相，樂少語法，不務多事，晝夜六時，能於一時，於一時中分為少分，少分之中能須臾間，念佛白毫令心了了，無謬亂想分明正住，注意不息念白毫者，若見相好若不得見，如是等人，除却九十六億那由他恒河沙微塵數劫生死之罪。

> もし私（仏陀）がこの世を去った後、仏弟子たちが、あらゆる悪を捨て、騒がしい場所を離れ、言葉少なく、余計なことに心を煩わせず、昼夜六時の中で一つの時を選び、その一時を少しの時間に分け、その短い間でも、仏の白毫（びゃくごう）の相を心に念じ、はっきりと見えるようにし、乱れた思考や迷いのない状態で、正しく心をとどめ、絶え間なく注意を集中して白毫を思い描くならば、たとえ仏の姿や相を見ることができなくても、そうした人々は、九十六億那由他（なゆた）のガンジス川の砂の数ほどの微塵の劫（こう）の間積み重ねた生死の罪から解放されるであろう。

「設復有人，但聞白毛心不驚疑，歡喜信受，此人亦除却八十億劫生死之罪。若諸比丘比丘尼、優婆塞優婆夷，犯四根本罪，不如等罪及五逆罪，除謗方等，如是眾人若欲懺悔，晝夜六時身心不懈。譬如人在深草中行，四面火起，猛風吹來欲燒其身，此人作念：『若火燒我，未死之間支節解散，我當云何得滅此火？若不設計命必不濟，誰有智者多諸方便能救我命？設命全濟於彼人所無所悋惜？』作是思惟已，如太山崩，五體投地號泣雨淚，合掌向佛，讚歎如來種種德行。作是讚已，誦懺悔法，繫念在前，念佛眉間白毫相光，一日至七日，前四種罪可得輕微，三七日時罪相漸滅，七七日後，然後羯磨，事在他經。若比丘，犯不如罪，觀白毫光闇黑不現，應當入塔觀像眉間，一日至三日，合掌啼泣一心諦觀，然後入僧說前罪事，此名滅罪。前五種罪，念白毫光經八百日，然後復有別羯磨法。」

> もし誰かが、ただ白毫の相について聞いただけで心に驚きや疑いを起こさず、喜んで受け入れるなら、その人もまた八十億劫の生死の罪を取り除くことができるでしょう。 比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の中に、四根本罪やそれに劣らない罪、さらに五逆罪を犯した者がいたとしても、ただし方等経典を誹謗した者は除きますが、そうした人々がもし懺悔しようと願うなら、昼夜六時（一日中）にわたって心身を懈怠させてはなりません。 たとえば、ある人が深い草むらの中を歩いているときに、四方から火が起こり、激しい風が吹いてきてその身を焼こうとしているとします。その人はこう考えます——「もし火が私を焼くなら、死ぬ前に手足が砕けてしまうだろう。どうすればこの火を消し止めることができるだろうか。もし対策を考えなければ、命は助からないに違いない。多くの方便を持つ賢い者で、私の命を救ってくれる者がいるだろうか。もし命が無事に救われたなら、その者に何も惜しむことはしないだろう。」 このように思い巡らせてから、大山が崩れるように五体を地に投げ出し、声を上げて雨の涙を流し、合掌して仏に向かい、如来のさまざまな徳行を賛嘆します。このように讃えてから、懺悔の法を唱え、心を目の前に集中させ、仏の眉間の白毫相の光を念じます。一日から七日にわたって行えば、先の四種の罪は軽くなり、三七日（二十一日）には罪の相が徐々に消えていきます。七七日（四十九日）が過ぎた後に羯磨（正式な作法）を行いますが、その詳細は他の経典に記されています。 比丘がこれらより軽い罪を犯した場合、白毫の光を観じても暗くて現れないならば、塔に入って仏像の眉間を観じるべきです。一日から三日の間、合掌して涙を流し一心に明らかに観じてから、僧団に入って以前の罪のことを告白します。これを滅罪と言います。 上述の五種の罪については、白毫の光を念じること八百日の後、さらに別の羯磨の作法があります。

佛告父王：「如來有無量相好，一一相中，八萬四千諸小相好，如是相好不及白毫少分功德。是故今日，為於來世諸惡眾生，說白毫相大慧光明消惡觀法。若有邪見極重惡人，聞此觀法具足相貌，生瞋恨心，無有是處。縱使生瞋，白毫相光亦復覆護，暫聞是語除三劫罪，後身生處生諸佛前，如是種種百千億種，觀諸光明微妙境界，不可悉說，念白毫時自然當生。如此觀者名為正觀，若異觀者名為邪觀。

> 父王に告げたまわく、「如来には無量の相好がそなわり、一つ一つの相の中に八万四千の様々な小相好がある。しかし、これらの相好も、白毫のわずかな功徳にも及ばない。それゆえ、今日、来世の諸々の悪しき衆生のために、白毫の相の大慧光明によって悪を消す観法を説くのである。もし邪見の極めて重い悪人でも、この観法の完全な姿を聞けば、瞋恨の心を起こすことはありえない。たとえ瞋りを起こしたとしても、白毫の相の光はやはり覆い守り、この言葉を一時聞くだけで三劫の罪を滅し、後の生まれるところでは諸仏の前に生まれるであろう。このような様々な百千億の種類の、諸々の光明の微妙な境界は、すべてを説き尽くすことはできないが、白毫を念ずるときに自然に現れるのである。このように観ずることを正しい観と名づけ、異なるように観ずることを誤った観と名づける。」

「云何名觀額廣平正額廣平正相？二輪光明，光明輪郭，千輻轂輞，成摩尼珠，形如毘紐羯磨天畫。於畫中流出上妙金色之光，來入白毫，遶毫七匝，上入額上諸毛孔中，乃至髮際諸色相中，婉轉下垂至于耳輪，上散入髮，遶髮七匝。從枕骨出遶前蓮華相，團圓七匝七畫分明，畫有七色色生七華，華有一佛有七菩薩以為侍者，恭敬圍遶右旋而轉。如是額廣平正三相：髮際相、頭諸毛孔相、腦中相。腦中亦有十四光，現諸脈中，中外俱徹明顯可愛，踊出白光紅紫間錯，其色微細從枕骨出，亦遶前者三匝。一一畫間有一佛坐，有二菩薩以為侍者，益更明顯勝前數倍。

> 「額広平正相とは何かと言いますと、二つの輪から光明が放たれており、その輪郭には千本の輻、轂、輞が描かれ、摩尼宝珠のような形をしています。その形は毘紐羯磨天の絵のようです。その絵の中から最上の金色の光が流れ出て、白毫に入り、白毫の周りを七回巡り、上って額の諸毛孔に入り、さらには髪の際の様々な色相の中に入って、曲がりくねりながら垂れて耳輪にまで届き、そこから上へ散って髪に入り、髪を七回巡ります。枕骨から出て、前の蓮華相を巡り、七回丸く巡り、七つの絵がはっきりと現れます。その絵には七つの色があり、色は七つの華を生み、華にはそれぞれ一仏がおられ、七人の菩薩がその侍者となって、恭敬に囲み右旋しながら回っています。このように額広平正には三つの相があります。すなわち、髪際の相、頭の諸毛孔の相、脳中の相です。脳中にも十四の光があり、様々な脈の中に現れて、内外ともに澄み渡り、明らかで愛らしく、白い光が湧き出て紅紫が交錯し、その色は微細で枕骨から出て、やはり前のものを三回巡ります。一つ一つの絵の間には一仏が坐し、二菩薩が侍者となって、さらに明らかに前の数倍も勝って見えます。」

「云何觀如來眉相？左右二眉形如月初，卷生諸毛稀稠得所隨月形轉，其色艶紫，毛端紺青，琉璃妙光色無與比，眉光兩靡散入諸髮，既入髮已上至髮杪，其光䗍起，蜂翠孔雀色無以類。猶如聚墨比琉璃光，亦復下垂從枕骨出，右旋宛轉遶光四匝，一一畫中出一化佛，有二菩薩及二比丘翼侍左右，皆悉住立蓮華鬚上，明顯可愛勝前數倍。眉下三畫及眼眶中，旋生四光青黃赤白，上向艶出入眉骨中，出眉毛端亦如前法。從枕骨出遶光四匝，四色分明：黃色化佛身黃金色，白色化佛身白銀色，青色化佛身金精色，赤色化佛身車𤦲色。如是右旋益更明顯勝前數倍。

> 「如来の眉の相はどのようなものでしょうか。左右の眉は月の初めのように形づくられ、巻き生えた毛はまばらでも密集しすぎず、月の形に従って回転します。その色は紫がかった艶やかさで、毛先は藍色の紺青、瑠璃のような美しい光は比べるもののないほどです。眉の光は左右に広がって髪の間に入り込み、髪に入った後は毛先まで達し、その光は渦を巻いて立ち上り、蜂や翡翠、孔雀の色も及ばないほどです。あたかも黒い墨を集めて瑠璃の光と比べるかのようで、また下に垂れて後頭部の骨から出て、右に旋回しながら光を四方に巡らせます。一つの渦の一つ一つから一つの化身仏が現れ、二体の菩薩と二体の比丘が左右に侍り、みな蓮華の花びらの上に立っていて、はっきりと美しく、以前よりも数倍際立っています。眉の下の三つの線や眼窩の中からは、四つの光が青・黄・赤・白と旋回して生じ、上に向かって艶やかに眉の骨の中に入り、眉の先端に出るのも同じように行われます。後頭部の骨から出て光を四方に巡らせ、四色がはっきりと分かれます。黄色い化身仏の身は黄金色、白い化身仏の身は銀色、青い化身仏の身は金精色、赤い化身仏の身は車渠色。このように右に旋回しながら、さらに以前よりはっきりと際立って見えます。」

「云何觀如來眼睫相？如來眼睫上下各生有五百毛，柔軟可愛如優曇華鬚，於其毛端流出一光，如頗梨色入前眾相，光明色中遶頭一匝，從枕骨生圍遶前光，純生微妙諸青蓮華，蓮華臺上有青色蓋，有梵天王手執是蓋。此相現時佛眼青白，白者過於白寶百億萬倍；青者勝青蓮華及紺琉璃百億萬倍。上下俱眴如牛王眼，眼雙眥頭旋出二光，如青蓮華極為微細，遶髮一匝從枕骨出，映飾諸華令華開敷，光明益顯，如是勝相無量功德，名如來眼。

> 「どのように如来のまつげの相を観じるのか？如来のまつげには、上下それぞれ五百本の毛が生えていて、柔らかく愛らしく、優曇華の花の蕊のようです。その毛の先から一筋の光が流れ出し、瑠璃のような色をして、前に現れた諸々の相の中に入ります。その光明の色は頭を一周して巡り、後頭骨から生じて前方の光を囲み、そこから純粋に微妙な青い蓮華が生じます。蓮華の台の上には青色の蓋があり、梵天王が手にその蓋を持っています。この相が現れる時、仏の眼は青く白く、白さは白宝の百億万倍を超え、青さは青蓮華や紺瑠璃の百億万倍に勝ります。上下ともに牛王の眼のように動き、両方の目尻から二筋の光が旋り出て、青蓮華のようで極めて微細です。髻を一周して後頭骨から出て、様々な花を飾り立て、花を開かせ、光はますます輝きます。このような勝れた相には無量の功徳があり、これを如来の眼と名づけます。」

「若有欲觀如來眼者，當作此觀，作此觀者減損諸惡。閉目端坐正觀佛眼，一日至七日，於未來世常得見佛，終不盲冥，亦不生於邊地邪見無佛法處，慧眼恒開不生愚癡。」

> \## 仏の眼を観想する功徳 もし如来の眼を観たいと願うならば、このように観想すべきです。この観想を行う者は、諸々の悪を減らし除くことができます。 静かに目を閉じて、まっすぐに座り、仏の眼を正しく観想してください。 一日から七日までの間、この観想を続けるならば、未来の世において常に仏に会うことができ、決して目が見えなくなったり、暗闇に迷うことはありません。 また、仏法のない辺鄙な地や邪見の地に生まれることもなく、智慧の眼が常に開かれ、愚かさに陥ることがありません。

佛告父王：「是故智者為除盲冥，當觀佛眼。佛有五眼，此觀法中先說肉眼。明淨光現觀眼心利，傍生境界不可具說，諦觀佛眼於少時間及觀像眼，未來世中經五生處，眼常明淨眼根無病，除却七劫生死之罪。」佛告阿難勅諸四眾：「勤觀佛眼慎勿休廢，觀佛眼者必獲無量微妙功德。髮際額廣及髮䗍文，眼眶眼眉，眼睫眼畫，如是等眾相光明，若能暫見，除六十劫生死之罪。未來生處必見彌勒，賢劫千佛威光所護，心如蓮華而無所著，終不墮於三塗八難。若坐不見當入塔觀，入塔觀時，亦當作此諸光明想，至心合掌䠒跪諦觀，一日至三日心不錯亂，命終之後生兜率天，面見彌勒菩薩色身端嚴，應感化導，既得見已身心歡喜入正法位。」佛告父王：「如是觀者名為正觀，若異觀者名為邪觀。」

> 仏が父王に告げられた。「それゆえ、智者は暗闇を取り除くために、仏の眼を観じるべきである。仏には五つの眼があるが、この観法ではまず肉眼を説く。清らかな光明が現れ、眼を観じる心は鋭くなる。生き物の世界については詳細に説くことはできないが、しばらくの間、仏の眼を観じ、また仏の像の眼を観じるならば、未来世において五度生まれ変わるところで、眼は常に明らかで清らか、眼根に病なく、七劫の生死の罪を取り除くことができる。」 仏は阿難に告げられ、四衆に勅命された。「努めて仏の眼を観じよ。決して休んでやめてはならない。仏の眼を観じる者は必ず無量の微妙な功徳を得る。髪の生え際、広い額、螺髪の模様、眼窩、眉毛、まつ毛、目の輪郭、これらの様々な相の光明を、もし一時に見ることができれば、六十劫の生死の罪を取り除くことができる。未来の生まれ変わりでは必ず弥勒に会い、賢劫の千仏の威光に守られ、心は蓮華の如く執着なく、決して三途や八難に堕ちることはない。」 座って見る事ができないならば、塔の中に入って観じなさい。塔の中に入って観じるときも、これらの光明について想いをめぐらせなさい。心を込めて合掌し、膝をついて敬意を表し、一日から三日まで心を乱さずに観じれば、命終わった後に兜率天に生まれ、面と向かって弥勒菩薩の端正で厳かな姿を拝見し、その感応と教化に応じる。拝見した後、身心ともに歓喜して正法の位に入るであろう。」 仏が父王に告げられた。「このように観じることを正しい観法という。もし異なる観じ方をすれば、それは邪な観法である。」

## 佛說觀佛三昧海經卷第二

> 仏說観仏三昧海経 巻第二