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title: "大莊嚴論經 · 40"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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### （四〇）

> 第40章

復次，善觀察所作，當時雖有過，後必有大益。

> さらに、善く自分の行いを観察しなさい。 たとえ一時的に過ちがあっても、後には必ず大きな利益が得られるものである。

我昔曾聞，有一比丘常被盜賊，一日之中堅閉門戶，賊復來至扣門而喚，比丘答言：「我見汝時極大驚怖，汝可內手於彼向中，當與汝物。」賊即內手置於向中，比丘以繩繫之於柱，比丘執杖開門打之，打一下已語言：「歸依佛。」賊以畏故，即便隨語歸依於佛。復打二下語言：「歸依法。」賊畏死故復言歸依法。第三打時復語之言：「歸依僧。」賊時畏故言歸依僧。即自思惟：「今此道人有幾歸依？若多有者必更不見此閻浮提，必當命終。」爾時比丘即放令去，以被打故身體疼痛久而得起，即求出家。有人問言：「汝先作賊造諸惡行，以何事故出家修道？」答彼人言：「我亦觀察佛法之利然後出家。我於今日遇善知識，以杖打我三下，唯有少許命在不絕。如來世尊實一切智者，若教弟子四歸依者，我命即絕。佛或遠見斯事教出比丘打賊三下，使我不死，是故世尊唯說三歸不說四歸，佛愍我故說三歸依不說四歸。」即說偈言：

> 私は昔、次のような話を聞いたことがあります。ある時、一人の比丘（僧侶）が頻繁に盗賊に悩まされていました。ある日、彼は一日中しっかりと戸を閉ざしていました。すると、またしても盗賊がやって来て戸を叩き、呼びかけました。 比丘は答えました。「あなたの姿を見ると、私は非常に恐ろしく感じます。どうか、その手を戸の隙間から差し込んでください。そうすれば、あなたに物を差し上げましょう。」 盗賊は言われた通り、手を隙間に入れました。すると比丘は、その手を縄で柱に縛り付け、杖を手に取って戸を開け、盗賊を打ち始めました。一度目を打った時、比丘は言いました。「仏に帰依しなさい。」盗賊は恐れるあまり、その言葉に従って「仏に帰依します」と言いました。 二度目を打った時、比丘は言いました。「法に帰依しなさい。」盗賊は死を恐れて、また「法に帰依します」と言いました。 三度目を打った時、比丘はさらに言いました。「僧に帰依しなさい。」盗賊は恐怖のあまり、「僧に帰依します」と答えました。 そして、盗賊は心の中で考えました。「この修行僧は、いったいいくつの帰依を教えるつもりなのだろうか？もしもたくさんあったなら、私はこの世（閻浮提）に二度と生きてはいられず、きっと死んでしまうだろう。」 すると、その時になって比丘は彼を放してやりました。打たれたために全身が痛み、長い間経ってようやく起き上がることができた賊は、その後、出家して修行の道に入ろうとしました。 ある人が彼に尋ねました。「あなたは以前は盗賊であり、様々な悪行を犯した身です。どのような理由があって、今、出家して修道しようと思うのですか？」 彼は答えました。「私もまた、仏法の素晴らしさをよく観察した上で、出家したのです。私は今日、素晴らしい善知識（師）に出会い、杖で三度打たれました。そのおかげで、かろうじて命を永らえることができました。如来世尊（仏陀）は、まことにすべてを知るお方です。もしも弟子に四つの帰依を教えていたならば、私はその場で命を絶っていたでしょう。しかし、仏は遠い未来のこの出来事を見通しておられたので、比丘に『賊を三度打て』と教えられたのでしょう。そのおかげで私は死なずに済みました。だからこそ、世尊は三つの帰依のみを説き、四つとは説かれなかったのです。仏が私を哀れんでくださったがゆえに、三帰依を説き、四帰依とは説かれなかったのです。」 そして、彼は次のような偈（詩句）を唱えました。

「決定一切智，以憐愍我故，是以說三歸，不說有第四。為於三有故，而說三歸依，若當第四者，我則無歸依。我今可憐愍，身命於彼盡，我見佛世尊，遠覩如斯事，生於未曾有，是故捨賊心。有因麤事解，或因細事悟，麤者悟麤事，細者解細事。由我心麤故，因麤事解悟，我解斯事故，是以求出家。」

> 仏は一切智を備え給い、憐れみをもって私のために、 三帰依を説き、第四の帰依はないと示された。 三つの生存領域（三有）の故に、三帰依を説き、 もし第四があったなら、私は帰依するところがなくなろう。 今の私はまことに哀れむべき者、身も命もすべて尽きる。 私は仏世尊が、遠くこの事を見通し給うのを目の当たりにし、 未曾有の思いに打たれ、賊の心を捨てたのだ。 粗い事によって悟る者もあれば、細やかな事によって理解する者もある。 粗い者は粗い事を悟り、細やかな者は細やかな事を理解する。 私の心は粗かったゆえ、粗い事によって理解を得た。 私はこの事を悟ったので、出家を求めるのである。

## 大莊嚴論經卷第六

> 大荘厳論経 巻第六