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title: "大莊嚴論經 · 55"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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## 大莊嚴論經卷第十

> 大荘厳論経 巻第十

馬鳴菩薩造

> 馬鳴菩薩作

後秦三藏鳩摩羅什譯

> 後秦の三蔵法師鳩摩羅什訳

### （五五）

> 第五十五

復次，若人讚佛得大果報，為諸眾人之所恭敬，是故應當勤心讚敬。

> さらに、もし人が仏を讃えるならば、大きな果報を得て、多くの人々から敬われるようになります。ですから、心を込めて精進し、仏を讃え敬うべきなのです。

我昔曾聞，迦葉佛時有一法師為眾說法，於大眾中讚迦葉佛，以是緣故命終生天，於人天中常受快樂。於釋迦文佛般涅槃後百年，阿輸伽王時，為大法師得羅漢果，三明六通具八解脫，常有妙香，從其口出。時彼法師去阿輸伽王不遠，為眾說法，口中香氣達於王所。王聞香氣心生疑惑，作是思惟：「彼比丘者為和妙香含於口耶？香氣乃爾。」作是念已，語比丘言：「開口。」時比丘開口都無所有。復語漱口。既漱口已猶有香氣。比丘白王：「何故語我張口漱口？」時王答言：「我聞香氣心生疑故，使汝張口及以漱口，香氣踰盛，惟有此香，口無所有。」王語比丘：「願為我說。」比丘微笑，即說偈言：

> 昔、私はこのように聞きました。 カッサパ仏の時代に、一人の法師が大衆のために説法をしていました。その法師は、大勢の前でカッサパ仏を称賛したのです。その因縁によって、命を終えた後に天界に生まれ、人天の間で常に楽しみを受けることとなりました。 そして、釈迦牟尼仏が般涅槃されてから百年後、アショーカ王の時代に、その法師は大法師となり、阿羅漢果を得ました。三明・六通を具え、八解脱を得て、常に妙なる香りがその口から放たれていました。 ある時、その法師がアショーカ王の近くで大衆のために説法をしていると、口からの香りが王のもとまで届きました。王は香りを嗅いで心に疑問を抱き、こう思いました。 「あの比丘は、何か妙なる香りを口に含んでいるのだろうか？ あれほどの香りがするとは。」 こう考えてから、比丘に言いました。「口を開けてください。」 比丘が口を開けると、そこには何もありませんでした。さらに、「口を漱いでください」と命じました。口を漱いでも、やはり香りは消えませんでした。 比丘が王に尋ねました。「なぜ私に口を開けさせ、口を漱がせたのですか？」 王は答えました。「私は香りを嗅いで疑いが生じたので、あなたに口を開けさせ、口を漱がせたのです。しかし、香りはますます強くなりました。この香りだけがあって、口には何もありません。」 王は比丘に言いました。「どうか、その理由を私に説いてください。」 比丘は微笑み、偈を唱えました。

「大地自在者，今當為汝說，此非沈水香，復非花葉莖，栴檀等諸香，和合能出是。我生希有心，而作如是言，由昔讚迦葉，便獲如是香。彼佛時已合，與新香無異，晝夜恒有香，未曾有斷絕。」

> 「大地に自在なる者よ、今まさに汝のために説こう。 これは沈水香（沈香）にあらず、また花や葉や茎でもない。 栴檀（せんだん）などの様々な香りが、調和してこの香りを生み出すのだ。 私は希有な心を起こして、このように言った。 かつて迦葉（かしょう）を讃えたことによって、このような香りを得たのだ。 あの仏の時代にすでに合わさったもので、新しい香りと異なることはない。 昼も夜も常に香りがあり、途絶えたことは一度もない。」

王言：「大德久近得此香。」比丘答曰：「久已得之，王今善聽。往昔過去有佛名曰迦葉，我於彼時精勤修集而得此香。」時王聞已生希有心，而問比丘：「我猶不悟，唯願解說。」時彼比丘而白王言：「大王！至心善聽！我於迦葉佛時作說法比丘，在大眾前，生歡喜心讚歎彼佛。」即說偈言：

> 王が言った。「大徳よ、この香を手に入れてからどれほど経ちますか？」 比丘は答えて言った。「ずいぶん昔に手に入れました。どうか王よ、よくお聞きください。遥か昔、迦葉如来という仏がおられました。私はその時に、熱心に修行を積んでこの香を得たのです。」 これを聞いた王は、稀有な思いを抱いて比丘に尋ねた。「私はまだ理解できません。どうか解説してください。」 そこで、その比丘は王に告げて言った。「大王よ、心を込めてよくお聞きください。私は迦葉仏の時代に、説法をする比丘として、大衆の前で歓喜の心を起こして、その仏を称え讃えました。」そして、次の偈を唱えた。

「金色身晃曜，歡喜生讚歎，因此福德力，在在受生處，身身隨此業，常有如此香，勝於優鉢羅，及以瞻蔔香。香氣既充塞，聞者皆欣悅，如飲甘露味，服之無厭足。」

> 金色の身体は輝き、喜びと称賛が生まれました。 この功徳の力によって、生まれるところすべてで、 その身ごとに業に従い、常にこのような香りがあります。 優鉢羅（うばら）の花や、瞻蔔（せんぷく）の香りよりも、さらに勝っています。 香りが満ちあふれると、それを嗅ぐ者はみな喜び楽しみ、 まるで甘露の味を飲むように、飽きることなく味わうのです。

爾時大王聞斯語已，身毛皆竪，而作是言：「嗚呼！讚佛功德乃獲是報。」比丘答言：「大王！勿謂是果，受報如此。」復說偈言：

> その時、大王はこの言葉を聞いて、全身の毛が逆立ち、こう言った。「ああ、なんと仏の功徳を讃えることで、このような報いを得るのか。」比丘は答えた。「大王よ、この結果を報いとして受けるのだと思ってはいけません。」さらに偈を説いて言った。

「名稱與福德，色力及安樂，已有此功德，人無輕賤者。威光可愛樂，意志深弘廣，能離諸過惡，皆由讚佛故。如斯之福報，賢智乃能說，受身既以盡，獲於甘露迹。」

> 名譽と福徳、美しさや力、そして安らぎまで、 これほどの功徳を身につければ、誰からも軽く見られることはありません。 威厳に満ちて愛され、志は広く深く、 あらゆる過ちや悪から離れられるのは、すべて仏を讚えたからです。 このような福の報いを、賢く智慧ある者だけが説くことができ、 命ある身は終わりを迎え、甘露の境地を得るのです。

爾時大王復問比丘：「讚佛功德其事云何？」爾時比丘說偈答言：

> その時、大王はさらに比丘に尋ねました。「仏の功徳を讃えることとは、どのようなものなのでしょうか？」 その時、比丘は詩の形で答えて言いました。

「我於大眾中，讚佛實功德，由是因緣故，名稱滿十方。說佛諸善業，大眾聞歡喜，形貌皆熙怡，由前讚佛故。顏色有威光，說法得盡苦，彼如來所說，與諸修善者。作樂因緣故，得樂之果報，云何名之佛？說言有十力。諸有得此法，不為人所輕，況諸說法者，昇於法座上，讚立佛功德，降伏諸外道。以讚佛德故，獲於上妙身，便為諸人說，可樂之正道。以是因緣故，猶如秋滿月，為眾之所愛。讚歎佛實德，窮劫猶難盡，假使舌消澌，終不中休廢。常作如是心，世世受生處，言說悉辯了。說佛自然智，增長眾智慧，以是因緣故，所生得勝智。說一切世間，皆是業緣作，聞已獲諸善，由離諸惡故。生處離諸過，貪瞋我見等，如油注熱鐵，皆悉消涸盡。如此等諸事，何處不適意？我以因緣箭，壞汝諸網弓，復已言辯父，思惟善說母。」

> 私は大衆の中で、仏の真実の功徳を讃えた。 この因縁によって、私の名は十方に満ちた。 仏の善き行いを説けば、大衆は聞いて喜び、 その姿は皆、和やかになる。それは先に仏を讃えたからである。 その顔色には威光があり、法を説けば苦しみは尽きる。 その如来が説かれたことは、善を修める者と共にある。 音楽を楽しむ因縁によって、楽の果報を得る。 では、何を以て仏と名付けるのか？十の力を持つと言われる。 この法を得た者は、人に軽んじられることはない。 ましてや、法座にのぼって法を説き、 仏の功徳を讃え立て、諸々の外道を降伏させる者はなおさらである。 仏の功徳を讃える故に、この上ない見事な身を得て、 そして人々に、楽しい正道を説くのである。 この因縁によって、彼は秋の満月のように、 大衆に愛される。仏の真実の功徳を讃えることは、 たとえ劫を尽くしても尽き難く、仮に舌が消えうせようとも、 ついに中途でやめることはない。常にこのような心を持てば、 世々生まれるところで、言葉は全て明瞭に説き分ける。 仏の自然智を説くことは、大衆の智慧を成長させる。 この因縁によって、生まれるところで優れた智慧を得る。 一切の世間は、全て業の縁によって作られると説けば、 聞いた者は諸々の善を得る。それは諸々の悪から離れるからである。 生まれる場所は過ちから離れ、貪り、怒り、我見などは、 油を熱した鉄に注ぐように、全て消え去り尽きる。 このような諸々の事柄、どこに心に適わないことがあろうか？ 私は因縁の矢によって、お前たちの諸々の網の弓を打ち壊した。 そしてまた、言葉を巧みに説く父と、よく考える善説の母とを得たのである。

爾時大王聞斯偈已，即起合掌，而作是言：「所說極妙，善入我心。」王說偈言：

「聞說我意解，歎佛功德果，略而言說之，常應讚歎佛。」

以何因緣而說此事？為說法者得大果報，諸有說法應生喜心。