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title: "大莊嚴論經 · 57"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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### （五七）

> 第五十七章

復次，雖少種善必當求佛，少善求佛猶如甘露，是以應當盡心求佛。

> さらに、わずかな善い行いを積んだとしても、必ず仏を求めるべきです。少しの善で仏を求めることは、甘露のようなものです。ですから、心を尽くして仏を求めなさい。

我昔曾聞，有一人因緣力故發心出家，欲求解脫即詣僧坊，值佛教化不在僧坊。彼人念言：「世尊雖無，我當往詣法之大將舍利弗所。」時舍利弗觀彼因緣，過去世時少有厭惡修善根不？既觀察已，乃不見有少許善根，一身既無，乃至百千身中都無善根。復觀一劫又無善根，乃至百千劫亦無善根。尊者舍利弗語彼人言：「我不度汝。」彼人復至餘比丘所，比丘問言：「汝為向誰求索出家？」彼人答言：「我詣尊者舍利弗所，不肯度我。」諸比丘言：「舍利弗不肯度汝，必有過患，我等云何而當度汝？」如是展轉詣諸比丘都不肯度，猶如病者大醫不治，其餘小醫無能治者。既不稱願，於坊門前泣淚而言：「我何薄福無度我者，四種姓中皆得出家，我造何惡獨不見度？若不見度我必當死。」即說偈言：

> 昔々、ある人が因縁の力で発心して出家し、解脱を求めて僧坊に赴きました。しかし、そのとき仏は教化のため不在でした。その人は考えました。「世尊はおられないが、法の大将である舎利弗のもとへ行こう。」そこで舎利弗のもとへ行き、因縁を観察しました。彼は過去世において、ほんのわずかでも厭離の心や善根を培ったことがあるでしょうか。観察したところ、全く善根が見当たりません。一生のみならず、百千生においても善根はありませんでした。さらに一劫、百千劫と観察しても、やはり善根は見つかりませんでした。尊者舎利弗はその人に言いました。「私はあなたを度することができない。」その人は他の比丘のもとへ行きました。比丘が尋ねました。「あなたは誰に出家を求めたのか。」その人は答えました。「尊者舎利弗のもとへ行きましたが、私を度すことを拒まれました。」比丘たちは言いました。「舎利弗があなたを度さないのなら、必ず何か過ちがあるのでしょう。どうして私たちがあなたを度せましょうか。」こうして次々に比丘のもとを訪ねましたが、誰も度すことを拒みました。それはまるで、大病を患いながら名医に治してもらえず、他の小さな医者にはどうにもできない人のようでした。願いが叶わず、彼は僧坊の門の前で涙を流して言いました。「私はなんと福徳が薄いのだろう。誰も私を度してくれない。四つの種姓すべてが出家できるのに、私は何の悪業を造ったので、ただ一人だけ度されないのだろう？もし度されなければ、私はきっと死んでしまう。」そして、次の偈を唱えました。

「猶如清淨水，一切悉得飲，乃至旃陀羅，各皆得出家。如此佛法中，而不容受我，我是不調順，當用是活為？」

> 清らかな水が、すべての人に飲まれるように、 たとえ旃陀羅（せんだら）であっても、それぞれが出家することができる。 この仏法の中にあって、どうして私だけを受け入れないのか。 私は調（ととの）わない者だが、この命をどうして生きていこうか。

作是偈已，爾時世尊以慈悲心欲教化之，如母愛子，如行金山光映蔽日，到僧坊門，即說偈言：

> この偈を説き終えたとき、世尊は慈悲の心をもって彼らを教え導こうとされた。あたかも母が子を愛するかのように、また歩く金山が太陽の光を覆い隠すかのごとくにして、僧坊の門に到り、次の偈を説かれた。

「一切種智身，大悲以為體，佛於三界中，覓諸受化子，猶如牛求犢，愛念無休息。」

> あらゆる智恵をそなえた仏の身は、大いなる慈悲をその本質としている。 仏は三つの世界（欲界・色界・無色界）の中で、救うべき人々を探し求める。 それはまるで母牛が子牛を求めて、愛情と慈しみをもって休むことなく探し続けるかのようである。

爾時世尊清淨無垢，如花開敷，手光熾盛，掌有相輪網縵覆指，以是妙手摩彼人頭，而告之言：「汝何故哭？」彼人悲哀白世尊言：「我求出家，諸比丘等盡皆不聽，由是涕泣。」世尊問言：「諸比丘不聽？誰遮於汝不聽出家？」即說偈言：

「誰有一切智，而欲測豫者？業力極微細，誰能知深淺？」

時彼人者聞斯偈已，白世尊言：「佛法大將舍利弗比丘智慧第一者，不聽我出家。」爾時世尊以深遠雷音慰彼人言：「非舍利弗智力所及。我於無量劫作難行苦行修習智慧，我今為汝。」即說偈言：

「子舍利弗者，彼非一切智，亦非解體性，不盡知中下。彼識有限齊，不能深解了，無有智能知，微細之業報。」

爾時世尊告彼人言：「我今聽汝，於佛法中使汝出家。我於法肆上求買如汝信樂之人，如法化度不令失時。」佛以柔軟妙相輪手，牽彼人臂入僧坊中，佛於僧前告舍利弗：「以何緣故不聽此子令出家耶？」舍利弗白佛言：「世尊！我不見彼有微善根。」佛即告舍利弗：「勿作是語。」說是偈言：

「我觀此善根，極為甚微細，猶如山石沙，融消則出金。禪定與智慧，猶如雙鞴囊，我以功力吹，必出真妙金。此人亦復爾，微善如彼金。」

爾時尊者舍利弗，整欝多羅僧，偏袒右肩，䠒跪叉手，向佛世尊，而說偈言：

「諸論中最勝，唯願為我說，智慧之大明，除滅諸黑闇。彼人於久近，而種此善根？為得何福田，種子極速疾？」

佛告舍利弗：「汝今諦聽！當為汝說。彼因極微，非辟支佛所見境界。乃往過去有一貧人，入阿練若山採取薪柴，為虎所逼，以怖畏故稱南無佛，以是種子得解脫因。」即說偈言：

「唯見此稱佛，以是為微細，因是盡苦際，如是為善哉。至心歸命佛，必得至解脫，得是相似果，更無有及者。」

爾時婆伽婆即度彼人令得出家，佛自教化，比丘心悟得羅漢果。以是因緣故，於世尊所種少善根獲報無量，況復造立形像塔廟？