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title: "大莊嚴論經 · 59"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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### （五九）

> 五九

復次，眾生造業各受其報。

> さらに、生きとし生けるものは作りし業によって、それぞれにその報いを受けます。

我昔曾聞，有一貧人作是思惟：「當詣天祠求於現世饒益財寶。」作是念已語其弟言：「汝可勤作田作好為生計，勿令家中有所乏短。」便將其弟往至田中，此處可種胡麻，此處可種大小麥，此處可種禾并種大小豆。示種處已向天祠中，為天祀弟子作大齋會，香華供養，香泥塗地，晝夜禮拜求恩請福，悕望現世增益財產。爾時天神作是思惟：「觀彼貧人於先世中頗有布施功德因緣不？若少有緣，當設方便使有饒益。」觀彼人已了無布施少許因緣，復作是念：「彼人既無因緣，而今精勤求請於我，徒作勤苦，將無有益，復當怨我。」便化為弟來向祠中，時兄語言：「汝何所種？來復何為？」化弟白言：「我亦欲來求請天神，使神歡喜求索衣食。我雖不種，以天神力，田中穀麥自然足得。」兄責弟言：「何有田中不下種子望有收獲？無有是事。」即說偈言：

> かつて私は聞いたことがある。ある貧しい男がこう考えた。「天の祠に参り、現世での富や宝の恵みを請おう」と。そう思って弟に言った。「お前は田んぼをしっかり耕し、きちんと生計を立て、家の中に不足や欠乏がないようにしなさい」。そして弟を連れて田んぼに行き、「ここには胡麻を植え、ここには大麦や小麦を、ここには稲や豆を植えなさい」と指示した。植える場所を示した後、天の祠へ向かい、天の祀りの弟子として大がかりな法要を行い、香や花を捧げ、香泥を地面に塗り、昼夜礼拝して恩恵や福を請い、現世での財産増加を願った。 その時、天神はこう考えた。「あの貧しい男に、前世における布施の功徳や因縁はあるだろうか。もし少しでも縁があれば、うまく取り計らって利益を与えてやろう」。彼を観察してみると、布施のわずかな因縁も全くなかった。さらに考えた。「彼には因縁がないのに、今こんなにも熱心に私に請い求める。ただ苦労するだけで、きっと利益はなく、かえって私を恨むだろう」。そこで神通力で弟に化け、祠へ向かった。 兄が言った。「お前は何を植えたのか。なぜまたここへ来たのか」。化身した弟が答えた。「私も天神に請い、神を喜ばせて衣食を求めてきたのです。私は種を植えなくても、天神の力で田んぼの穀物や麦は自然と十分に得られるでしょう」。兄は弟を叱った。「田んぼに種をまかずに収穫があるわけがない。そんなことはありえない」。そして偈（うた）を詠んだ。 「種もまかずに 実りを望む そんなことは 決してない」

「四海大地內，及以一切處，何有不下種，而獲果實者？」

> 四海（全世界）の大地、そしてあらゆる場所において、 種を蒔かずに、どうして果実を得ることができるでしょうか？

爾時化弟質其兄言：「世間乃有不下種子不得果耶？」兄答弟言：「實爾，不種無果。」時彼天神還復本形，即說偈言：

> その時、弟（僧）が兄（農夫）に問うた、「この世には、種をまかずして実りを得ることなどあるのでしょうか？」 兄は答えた、「本当にその通りです。種をまかなければ実りはありません。」 そこで天人は元の姿に戻り、次の偈（うた）を詠んだ。

「汝今自說言，不種無果實，先身無施因，云何今獲果？汝今雖辛苦，斷食供養我，徒自作勤苦，又復擾惱我。何由能使汝，現有饒益事？若欲得財寶，妻子及眷屬，應當淨身口，而作布施業。不種獲福利，日月及星宿，不應照世界；以照世間故，當知由業緣。天上諸天中，亦各有差別，福多威德盛，福少尠威德；是故知世間，一切皆由業，布施得財富，持戒生天上，若無布施緣，威德都損減，定慧得解脫，此三所獲報，十力之所說。此種皆是因，不應擾亂我，是故應修業，以求諸吉果。」

> 「おまえは今、『種を植えなければ実はない』と自ら言う。 それなのに、前世で施しの因を植えなかったおまえが、なぜ今その果報を得るのか？ おまえは今、苦労して断食し、私に供養しているが、それはただ徒に苦労を積んでいるに過ぎず、私を煩わせているだけだ。 どうすればおまえに、現世での利益をもたらすことができるのか？ もし財宝や妻子、眷属を得たいと思うなら、 身と口を清め、布施の行いをすべきである。 種を植えずに果報を得られるなら、 太陽や月、星々も世界を照らすはずがない。 しかし、それらが世を照らすのは、 まさに業の縁によるものだと知るべきだ。 天の世界の諸天にも、 それぞれに差別があり、 福が多い者は威光も盛んで、 福が少ない者は威光も薄い。 このゆえに、世の中の全ては、 すべて業によって生じることを知るべきだ。 布施によって財産を得、 戒を守って天に生まれる。 もし布施の縁がなければ、 威光と徳はすべて減じてしまう。 定と慧によって解脱を得る、 この三つの報いは、十力（仏）が説かれたものだ。 これらはすべて（苦楽を生む）因であり、 私を煩わせるべきではない。 だからこそ、善き業を修め、 あらゆる吉兆の果報を求めるべきである。」