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title: "大莊嚴論經 · 62"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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### （六二）

> (六二)

復次，不求供養及與恭敬，如是大人唯求持行。

> さらに、供養や敬われることを求めず、このような大人（たいじん）はただ修行の実践のみを求めるのである。

我昔曾聞，如來在舍衛國祇樹給孤獨園，九十日中夏安居訖，世尊欲去，須達多即請世尊在此而住。爾時如來不受其請，毘舍佉鹿子母諸優婆夷等亦求請佛，如來不許。舍衛國中優婆塞等并諸宿舊大臣輔相亦求請佛，迦毘梨王諸兄弟等并祇陀諸王子、波斯匿王等亦求請佛，爾時世尊各皆不許。爾時須達多以佛不許不果所願，還詣家中憂惱涕泣。如來往昔為菩薩時，詣迦蘭欝頭藍弗所，彼諸徒眾與佛別時生大苦惱，況須達多見於真諦，是佛優婆塞奉事已久，與世尊別而當不悲惱耶？如本行中廣說。

> 昔、私は聞いたことがある。ある時、世尊（釈迦牟尼仏）は、シャーラスティ国（舎衛国）の祇樹給孤独園（ジェータ林給孤独園）に滞在され、九十日の夏安居（雨期の修行期間）を終えられた。世尊が去ろうとされた時、給孤独長者（須達多）は、どうかここに留まってくださいと懇願した。しかし、世尊はその請けを聞き入れられなかった。次に、ヴィサーカー（毗舎佉）や鹿子母（鹿子の母）などの優婆夷（在家の女性信者）たちも、同様に仏に請願したが、世尊は許されなかった。シャーラスティ国の優婆塞（在家の男性信者）たちや、古くからの家来や大臣たちもまた仏に留まるよう願ったが、許されなかった。さらに、カーピラ国の王子たちや、ジェータ太子、そしてプラセーナジット王（波斯匿王）までが仏に請願したが、世尊はすべての請けを拒まれた。こうして給孤独長者は、仏のご意志が変わらず、自らの願いが叶えられなかったことを知り、自邸に帰って、憂いに沈み涙を流したという。かつて世尊が菩薩であられた頃、修行者であるカーラーマ（迦蘭）やウッダカ・ラーマプッタ（鬱頭藍弗）の許を訪ねられたことがある。その時、彼らの弟子たちが菩薩と別れる際に大きな苦しみを味わったのである。ましてや、真理を見極め、長年にわたり世尊に仕えてきた優婆塞である給孤独長者が、別れに際して悲しみ嘆かずにいられるだろうか？この話は『本行経（仏の前世物語）』に詳しく説かれている通りである。

時須達多婢字福梨伽，從外持水來入至須達所，以已持水置大器中，倒水未訖，見長者悲涕，以瓶置地，白長者言：「以何因緣而悲涕耶？」時長者須達多答婢言：「世尊欲詣餘方，諸大長者國王大臣各各求請，皆不欲住，故我悲涕。」婢白長者言：「不能請佛住於國耶？」長者語言：「我等盡力勸請，及城中諸人諸勝婆羅門等咸皆勸請，悉亦不受，諸王大臣勸請如來，皆悉疲極不能使住。世間真濟今必欲去，以戀慕故憂慘不樂。」長者語福梨伽言：「非獨於我生於憂苦，舍衛國人悉亦不樂。」即說偈言：

> 時に、須達多の婢（しもめ）福梨伽が外から水を持って来て、須達多のもとに入りました。持って来た水を大いなる器に置き、水を注ぎ終えないうちに、長者が悲しみ涙を流しているのを見て、瓶を地面に置き、長者に言いました。「どのような理由で悲しみ涙を流しておられるのですか？」 その時、長者須達多は婢に答えました。「世尊が他の地へ行こうとしておられる。諸々の大長者や国王、大臣たちがそれぞれに請い願っているが、どなたも留まらせることができない。それゆえに私は悲しみ涙を流しているのだ。」 婢は長者に言いました。「仏を国に留めておくことはできないのですか？」 長者は言いました。「我々は力を尽くして勧請し、町中の人々や勝れた婆羅門たちも皆勧請したが、それでもお受け入れにならなかった。諸王や大臣たちも如来を勧請し、皆疲れ果てても留まらせることができなかった。世の真実の救い主は今まさに去ろうとしておられる。私は慕い敬う心ゆえに憂い悲しみ、心が安らかでないのだ。」 長者は福梨伽に言いました。「私だけが憂い苦しんでいるのではない。舎衛国の人々も皆、心が楽しみではないのだ。」 そして、次の偈を説きました。

「舍衛國內人，老少及男女，皆悉生憂惱，喻如月蝕時，人人皆憂懼，咸應共求請。」

> 「舎衛国の人々は、老いも若きも男も女も、 みな心を悩ませ、悲しみに包まれた。 それはちょうど月が蝕（かけて）の時に、 人々が皆、恐れおののき、 共に助けを求めるようであった。」

爾時福梨伽聞斯偈已，顏色怡悅心懷歡喜，白長者言：「應作歡悅莫生憂惱，我能請佛使住於國。」時須達多即語婢言：「此國王等及與諸人勸請如來不能使住，汝今自言：『我能請佛使住國者。』不信汝語。」時福梨伽答言：「我今必能。」爾時須達聞福梨伽所說心生喜踊，即問婢言：「汝有何力？」福梨伽言：「我無餘力，世尊自有大悲之心。」即說偈言：

> ある時、福梨伽（ふくりが）がこの偈（うた）を聞いて、顔色はなごやかになり、心は喜びに満ちて、長者（ちょうじゃ）に申し上げました。「どうか喜びをなさってください。憂い悲しむことはありません。私は世尊（せそん）をお招きして、この国に留めて差し上げることができます。」 その時、須達多（しゅだった）は侍女に言いました。「この国の王様や多くの人々が如来（にょらい）を勧請（かんじょう）してもお留めできなかったのに、あなたは『私が如来をお招きして国に留めます』と言うが、その言葉は信じられない。」 その時、福梨伽は答えて申し上げました。「私は必ずできます。」 その時、須達は福梨伽の言葉を聞いて、心は喜び踊り、すぐに侍女に尋ねました。「あなたにどんな力があるのか？」 福梨伽は言いました。「私には他の力はありません。世尊ご自身が大いなる慈悲の心をお持ちなのです。」そして、ただちに偈を唱えました。

「依止種智住，悲如母念犢，求覓受化子，心無有疲厭。眾生處深有，如來常欲拔，喻如母失犢，求覓得乃住。我捉大悲衣，其必能使還，佛不取種族，富貴及端正，財色與好惡，唯觀增上信，善根成熟者，若見此眾生，悲愍而濟拔。我今若留佛，國內諸人民，咸皆生歡喜。」

爾時福梨伽負水，衣濕猶未得乾，即與徒伴往詣祇洹。時彼國王及大眾等悉在祇洹，是時大眾開避道路，使福梨伽得至佛所，本種善根皆悉開敷，高聲請佛，而說偈言：

「國王及大臣，剎利婆羅門，一切諸勝人，無不供養佛。我今心願樂，亦復欲供養，今欲求請佛，世尊願垂聽。雖知諸勝人，勸請於世尊，如來大慈悲，應當受我請。世尊心平等，悉無有高下，極賤卑下人，及高勝帝釋。我墮貧窮海，波浪諸苦中，沈溺無窮已，常聞苦惱聲，世尊應愍傷，拯拔貧惡憔。我今深敬信，眾中堅勝者，大悲應證知。大地及虛空，一切世界中，皆悉而知見，無有不了者，唯佛具足眼，一切無不知。今我無供養，請佛及眾僧，唯有信受解。此身非己有，屬他不自由，不得隨從佛，唯願受我請，佛若遠去者，我心如狂醉。色身已供養，佛若住此者，我得敬法身，佛所說法者，我悉能受行。善哉唯願住，速與我言教，貴賤等無異。眾生中堅實，一切世間共，不請之親友，網縵皆覆指。相輪莊嚴手，一切皆恐怖，佛以手安慰，誰有上大悲？慈稱滿世間，皆是真濟聲，六師稱種智，先已調伏之。誰能大眾前，無畏師子吼，名聞遍三界，動搖行住者？世界盡聞知，誰有無缺失？唯佛世尊能，善哉願和悅。歸依三寶心，猶如犢念母，為諸眾生故，極作難苦行。疲勞來至此，說於八正路，開示甘露道，人雄堪作器。」

爾時福梨伽善根已熟，佛婆伽婆出梵音聲，以偈告福梨伽曰：

「汝既善方便，能令我還住，汝以言辭鉤，能制諸龍象。汝有堅固志，度量極寬廣，能以精勤心，求請使我住。我今當云何，不受於汝請？若遙觀汝心，猶應當來赴，況今見汝身，而當捨棄去？我不為財利，富貴及名稱，以汝堅實心，我當久住此。觀汝清淨心，猶如賢勝馬，莊嚴具鞍韀，誰不乘遊巡？我為眾多人，為作解脫因，是故捨離家，不為利養繫。猶如大龍象，以系用繫之，利養亦如是，不能禁制我。我本處胎時，在彼暗冥中，猶思益眾生，況今成正覺？苦行積無量，猶恒自乾燋。不為諸眾生，我應入涅槃，為欲度眾生，是以住於世。我為諸眾生，投巖及赴火，我為化彼故，不避諸苦惱，亦不辭疲倦。為滿福梨伽，故復還止住，福梨伽應知。我今滿汝願，我為化眾生，擔是毒蛇聚，我為福伽住。」舍衛城眾生，皆生希有想，各唱如是言：「嗚呼佛希有，不受國王語，亦不為大臣，不為國城人，亦不為女人，柔軟微妙語。佛為教化者，見此善心故，即便為止住。一切行住者，知佛為福伽，是故為止住，不為諸利養，名利及財賄。佛無諸結使，為於受化者，行止及坐臥，常觀諸眾生。為於眾生故，應行即便行，應住尋止住。」