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title: "大莊嚴論經 · 75"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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### （七五）

> 第七十五節

復次，若人精誠以財布施，如華獲財業，以知是事應至心施。

> また、もし人が誠心を尽くして財を施すならば、それは花が実を結ぶようにして財を得るようなものです。この道理を知って、心を込めて施しを行うべきです。

我昔曾聞，罽賓國人夫婦共在草敷上臥，於天欲明善思覺生，作是思惟：「此國中人無量百千，皆悉修福供養眾僧，我等貧窮值此寶渚，不持少寶至後世者，我等衰苦則為無窮，我今無福將來苦長。」作是念已，悲吟嘆息，展轉哀泣淚墮婦上。爾時其婦尋問夫言：「以何事故不樂乃爾？」即說偈言：

> 昔、私はこのような話を聞いたことがある。クシンナガラ国に、ある夫婦が一緒に草で敷いた寝床に寝ていた。夜が明けようとする頃、夫の善思が目を覚まし、こう考えた。「この国には無数の人々がいて、皆が皆、徳を積み、僧侶に布施をしている。私たちは貧しいが、この貴重な宝の洲（この世）に生まれながら、少しばかりの宝も来世に持ち越さないならば、私たちの貧しい苦しみは尽きることがないだろう。私は今、福徳がないからこそ、将来の苦しみは長く続くのだ。」そう思うと、彼は悲しみに打ちひしがれ、ため息をつき、寝返りを打って泣き悲しんだ。その涙が妻の顔に落ちた。妻はすぐに夫に尋ねて言った。「どんなことで、そんなに悲しんでいるのですか？」そして、次のような偈を詠んだ。

「何故極悲慘？數數而嘆息，雨淚沾我臂，猶如以水澆。」

> 「なぜそれほど悲しむのか。 何度も何度もため息をついて、 その涙が私の腕を濡らし、 まるで水を浴びせられているかのようだ。」

爾時其夫說偈答曰：

> そのとき、夫は詩をもって答えました。

「我無微末善，可持至後世，思惟此事已，是故自悲嘆。世有良福田，我無善種子，今身若後身，飢窮苦難計。先身不種子，今世極貧窮，今若不作者，將來亦無果。」

> 「私には、後に続く世に持っていけるような 僅かな善行さえもない。 そう考えて、私はひどく悲しむ。 この世には立派な福田があるというのに、 私には善い種がなかったのだ。 今の世も後の世も、飢えと貧しさの苦しみは計り知れない。 前世で種をまかなかったから、 今の世は極度の貧しさにある。 今、もし行いをしなければ、 将来、果報を得ることもないだろう。」

爾時其婦聞是偈已，語其夫言：「汝莫愁憂。我屬於汝，汝於我身有自在力，若賣我身可得錢財滿汝心願。」爾時其夫聞婦此言，心生歡喜顏貌怡悅，語其婦言：「若無汝者我不能活。」即說偈言：

> その時、妻はこの偈を聞いて夫に言いました。「どうか悲しまないでください。私はあなたのものです。あなたは私に対して自由にできる力を持っています。もし私を売れば、望みの金を得ることができるでしょう。」 その時、夫は妻の言葉を聞いて心に喜びが生まれ、顔色も和らぎ、妻に言いました。「あなたがいなければ、私は生きてはいけません。」そして、次の偈を唱えました。

「我身與汝身，猶如彼鴛鴦，可共俱賣身，得財用修福。」

> 私の体とあなたの体は、あの鴛鴦（おしどり）のように寄り添い合っている。 共に身を売り、そのお金で善い行いのための福徳を積むのだ。

爾時夫婦二人詣長者家，作如是言：「可貸我金，一月之後若不得者，我等二人當屬於汝，一月之後我必不能得金相償分為奴婢，一月之中可供養諸比丘僧。」爾時長者即便與金，既得金已自相謂言：「我等可於離越寺中供養眾僧。」婦問夫言：「為用何日？」答言：「十五日。」又問：「何故十五日？」爾時其夫以偈答曰：

> その時、夫婦は長者の家に赴いて、こう言いました。「私たちに金を貸してください。もし一ヶ月後に返せなければ、私たち二人はあなたのものになります。一ヶ月後には、どうしても金を返済できず、奴婢となることでしょう。その一ヶ月の間、比丘僧たちを供養することができますように。」そこで長者は金を貸しました。金を得た彼らは、互いに言い合いました。「離越寺で僧たちを供養しよう。」妻が夫に尋ねました。「いつにしましょうか？」夫は答えました。「十五日だ。」妻がさらに尋ねました。「なぜ十五日なのですか？」そこで夫は偈で答えたのです。

「世間十五日，拘毘等天王，案行於世間，是佛之所說，欲使人天知，是故十五日。」

> 「世の中には十五日という日があり、クヴィ等の天の王が 世の中を見回る、これは仏の説かれたこと。 人々や天人が知るように、そのため十五日があるのだ。」

爾時夫婦二人竭力營造至十三日，食具悉備送置寺上，白知事人言：「唯願大德！明十五日勿令眾僧有出外者，當受我請。」彼知事人答言：「可爾。」於十四日夫婦二人在寺中宿，自相勸喻，而說偈言：

> その時、夫婦は力を尽くして準備を整え、十三日には食事の道具をすべて整えて寺に届け、寺の責任者に申し出た。「どうか、高僧方にお願いします。明日十五日は、僧侶の皆様が外に出ることのないよう、私たちの供養をお受けください。」寺の責任者は「承知しました」と答えた。十四日、夫婦は寺に泊まり、互いに励まし合い、次の偈を詠んだ。

「告喻自己身，慎勿辭疲勞，汝今得自在，應當盡力作。後為他所策，作用不自在，徒受眾勞苦，無有毫釐利。」

> 己が身に言い聞かせよ。 「決して疲れを理由に逃げてはいけない。 いま、お前は自由なのだから、精一杯努めるべきだ。 もし後に誰かに使われる身となれば、思い通りには動けなくなり、 ただ苦しい目にあうだけで、少しの利益も得られないのだから。」

說此偈已夫婦通夜不暫眠息，所設餚饍至明悉辦，夫語婦言：「善哉我曹！所作已辦，心願滿足。得是好日賣此一身，於百千身常蒙豐足。」時有小國主施設飲食，復來至寺，而作是言：「願諸僧等受我供養。」知事人言：「我等諸僧先受他請，更覓餘日。」時彼小王慇懃啟白：「我今已眾務所逼，願受我請。」爾時諸僧默然無對。爾時國主語彼夫婦言：「我今自打揵椎，汝所造食當酬汝直。」時夫婦已聞此語，向彼國主五體投地，而白之言：「我之夫婦窮無所有，自賣己身以設供具，竟宿造供施設已辦，唯於今日自在供養，若至明日為他策使不得自由，願王垂矜莫奪我日。」即說偈言：

「夫婦如鴛鴦，供設既已辦，願必見憶念，明當屬他去。夫婦各異策，更無修福期，如是自賣身，乃為修善故。」

時彼國王具聞斯事，讚言善哉，即說偈言：

「汝善解佛教，明了識因果，能用虛偽身，易於堅財命。汝勿懷恐怖，恣聽汝所願。我為憐愍汝，以財償汝價，汝今自苦身，終大獲利樂。」

爾時國主說此偈已，聽彼夫婦供養眾僧，即以財物為彼夫婦酬他價直，又給夫婦自營產業，現受此報無所乏少。