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title: "大莊嚴論經 · 77"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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### （七七）

> （七七）

復次，若信佛語，於諸外論猶如嬰愚顛狂所說，是故懃學佛法語論。

> さらに、もし仏の言葉を信じるならば、あらゆる外道の論は、まるで幼子や気の狂った者の言うことに等しいと見なすべきである。ゆえに、仏法の言葉や論を熱心に学びなさい。

我昔曾聞，有一國名釋伽羅，其王名盧頭陀摩，彼王數數詣寺聽法。時彼法師說酒過失，爾時王難高座法師言：「若施他酒得狂癡者，今飲酒亦多，無狂癡報。」時法師指示外道等，其王見已，善哉善哉！時有外道，自相議言：「彼說法者無所知見空指而已，王為法師已又不解，空稱善哉！不能開解而答此問。然此眾中亦有大聰明勝人，何故不答王？」即說偈言：

> 昔々、ある国にシガラという国がありました。その王はルタダーマといい、たびたび寺に赴いて法の話を聞いていました。 ある時、その国の法師が酒の過ちについて語っていました。すると王が高座の法師に問いました。「他人に酒を与えた者が狂ってしまうのなら、今、酒を飲む者は大勢いるのに、なぜ狂ってしまう報いがないのですか？」 その時、法師は外道たちを指さしました。それを見た王は、「善きかな、善きかな」と言いました。 すると外道たちは互いに話し合って言いました。「あの説法者は何も知らず、ただ指をさすだけだ。王も法師の答えを理解できずに、むやみに『善きかな』と言っている。このような問いに答えることもできず、説明もできないのだ。しかしこの集まりの中には、もっと賢く、人より優れた者もいる。なぜ王の問いに答えないのか？」 そこで、次のような偈（うた）が語られました。

「法師有聰辯，善能答此義，憐愍汝等故，護惜而不說。」

> 「僧侶には優れた智慧と弁舌があり、この問いにうまく答えられます。 しかし、あなたがたを哀れみ、大切に思うがゆえにあえて語らなかったのです。」

諸外道言：「王為此法師，橫為通道理。」王言：「我之所解更有異趣。」爾時王語法師言：「向所解義今可顯說。」法師答言：「我向所以指外道者，以諸外道各生異見有顛倒心，是故名為癡狂之人。」即說偈言：

> ある外道たちが言った。「王よ、あなたはこの導師の味方をして道理を勝手に曲げている。」 王は言った。「私の理解には、また別の見方がある。」 その時、王は導師に言った。「先ほどお前が解いた意味を、今こそ明らかに述べよ。」 導師は答えた。「私が先ほど外道たちを指したのは、彼らがそれぞれ異なる見解を抱き、倒錯した心を持っているからです。ゆえに、彼らを『愚かで狂った人々』と呼ぶのです。」そして、次の偈を唱えた。

「不必鬼入身，名為顛狂者，邪見夜叉心，是為說顛狂。狂癡人過失，不知解其事，汝等有狂過，一切種智說。汝違種智語，隨逐於邪見，現見於神變，彼大仙所辱。出過其禁限，顛狂先已成，云何使我說，百千種狂因。何故分別說？投淵及赴火，自墜於高巔，捨棄於施戒。逐迷邪狂倒，不修於正行，狂惑墜巔火，賣鹽壞淨行。飲觸恒河水，是名立正行，失淨及得正，有何因義趣？賣肉眾惡集，三種神足變，除此三種變，更亦有神變。唯有二六法，離此別無我，現見仙神變，更見十三法。如是顛狂事，其數乃有百，現見投淵火，自墜於高巔。以此欲生天，此但是邪見，非是生天因；戒施善調心，即是生天因。賣鹽壞善行，觸河除諸惡，賣鹽有大惡，觸河有大善，如是有何義，得名為善惡？婆羅門賣肉，即墮於失法，捉刀亦失法，若復賣於肉，滿三十六斤，敗壞婆羅門。羅差及食蜜，皆名為失法，見羅差甞蜜，二俱成過患。以秤欺誑人，不成名為盜，賣肉成殺生。羊稻俱有命，食稻不成殺，羊稻俱應食，何故食於稻，而不食於羊？汝諸言自殺，終不得生天，墜巖投淵水，復言得生天。殺己言有罪，餧養己身者，何故不得福？觀察不順理，皆是愚癡倒，以是因緣故，名汝等為狂。此即是愚癡，羅剎之標相，是故說汝等，成就顛狂法。此即是與酒，飲酒之因果，瞋恚是癡因，瞋恚而黑濁，能令顏色變。以是因緣故，瞋為瘦黑因，飲酒顏色濁，此二俱能瘦。目連見餓鬼，汝先自飲酒，亦教人飲酒，說言無罪報，是故今現在，已獲餓鬼身，花報已如是，果報方在後。」

> 「本当の悪霊が体に入るわけではなく、それが錯乱と呼ばれるのです。 誤った見解こそが夜叉の心であり、それが真の錯乱です。 愚かで狂った人の過ちは、その道理を理解しようとしないこと。 あなた方にはこの狂いの過ちがあります。全てを知る者の教えです。 あなた方は全てを知る者の教えに背き、邪見に従っています。 神通を現すのを見ると、偉大な仙人はそれを辱めます。 その禁を越えた者、錯乱はすでに出来上がっています。 どうして私に、百千もの狂いの原因を語らせようと？ なぜこんなことを言うのか？「淵に身を投げよ」「火に入れ」 「高い崖から自ら落ちよ」「布施や戒律を捨てよ」 誤った邪見に惑わされるまま、正しい行いをせず、 狂って崖や火に身を投じ、塩を売って清らかな行いを壊すのです。 「ガンジス川の水を飲め」という教えこそが正しい行いだと？ 清らかさを失い、正しさを得るとは、どのような理屈なのでしょう？ 肉を売れば悪が集まり、三種の神通変化があります。 しかしこの三つの変化を除いても、さらなる神通変化があります。 ただ十二の法があるだけで、これ以外に私というものはありません。 仙人の神通を現に見ても、さらには十三の法があるのです。 このように錯乱の事柄は、その数百にものぼり、 現に彼らは淵に飛び込み、高い崖から身を投じています。 これで天に生まれようとするのは、これはただの邪見であり、 天に生まれる因ではありません。戒律、布施、心の善なる調え こそが天に生まれる因なのです。塩を売ることが善行を壊し、 川の水に触れれば全ての悪が除かれると言う。 塩を売ることが大悪であり、川の水に触れることが大善である。 このようにして、いったいどんな意味で善悪と呼ばれるのでしょう？ バラモンが肉を売るならば、ただちに法を失います。 刀を取ることも法を失うことであり、もしまた肉を売るとき、 三十六斤に達すれば、バラモンを破滅させます。 羅差（らし）や蜂蜜を食べることも、全て法を失うことです。 羅差を味わい蜂蜜をなめれば、どちらも過ちとなります。 秤で人を欺いても、盗みとはなりませんが、 肉を売ることは殺生となります。 羊と稲にはどちらにも命がありますが、稲を食べても殺生とはならず、 羊と稲はどちらも食べ物のはず。なぜ稲を食べて 羊は食べないのですか？「自ら殺しても天に生まれない」と言いながら、 崖から落ちたり淵に身を投げれば天に生まれると言う。 己を殺すことには罪があると言いながら、 己の身を養うことに、なぜ福がないのでしょう？ 観察しても道理に合わず、みな愚かな倒錯です。 この理由により、あなた方を狂人と呼ぶのです。 これこそ愚かさ、羅刹（らせつ）の特徴です。 だからこそ、あなた方は錯乱の法を成就していると説くのです。 これこそ酒と同じであり、飲酒の因果なのです。 怒りは愚かさの因であり、怒りは黒く濁り、顔色を変えます。 この故に、怒りは痩せ細る黒さの因です。 飲酒すると顔色が濁り、これら二つは共に人を痩せさせます。 目連尊者は餓鬼を見ました。 あなたは先に自ら酒を飲み、また他人にも飲ませ、 『罪の報いはない』と言いました。 それゆえ現在、すでに餓鬼の身を得ています。 花のような報いはすでにこの通り、果報はこの後にあります。」

諸婆羅門聞是語時，多有外道即時出家。

> 多くのバラモンたちがこの言葉を聞いた時、多くの外道がその場で出家した。