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title: "大莊嚴論經 · 89"
description: "大莊嚴論經是古印度著名佛教論師馬鳴菩薩所造的一部重要佛教經典，由後秦時期高僧鳩摩羅什翻譯為漢文。該經成書於公元1-2世紀，屬於大乘佛教早期論典，以詩偈與散文相間的形式闡述佛法要義。內容主要圍繞佛陀本生故事與菩薩修行展開，通過生動譬喻闡明因果業報、六度波羅蜜等核心教義，強調發菩提心與積累功德的重要性。作為大乘佛教重要論著，該經對漢傳佛教思想發展產生深遠影響，被歷代高僧視為修學菩薩道的重要指南，在佛教典籍中具有崇高地位。"
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### （八九）

> (八九)

復次，曾聞往昔有比丘名須彌羅，善能戲笑，與一國王諠譁歡悅稱適王意。爾時比丘即從乞地欲立僧坊，王語比丘：「汝可疾走不得休息，盡所極處，爾許之地悉當相與。」爾時比丘更整衣服，即便疾走，雖復疲乏，以貪地故，猶不止住，後轉疾極不能前進，即便臥地夗轉而行。須臾復乏，即以一杖逆擲使去，作如是言：「盡此杖處悉是我地。」已說譬喻，相應之義我今當說。如須彌羅為取地故雖乏不止，佛亦如是，為欲救濟一切眾生，作是思惟：「云何當令一切眾生得人天樂及以解脫？」如須彌羅走不休息，佛婆伽婆亦復如是，為優樓頻螺迦葉、鴦掘摩羅如是等人悉令調伏，有諸眾生可化度者，如來爾時即往化度。如須彌羅既疲乏已，即便臥地夗轉，佛亦如是，度諸眾生既已疲苦，以此陰身於娑羅雙樹倚息而臥，如迦尸迦樹斬伐其根悉皆墮落，唯在雙樹倚身而臥，猶故不捨精進之心，度拘尸羅諸力士等及須跋陀羅。如須彌羅為得地故擲杖使去，佛亦如是，入涅槃時為濟眾生故，碎身舍利，八斛四斗，利益眾生，所碎舍利雖復微小如芥子等，所至之處人所供養與佛無異，能使眾生得於涅槃。即說偈言：

> また、かつて次のような話があった。 昔、須彌羅という名の比丘がいた。彼は冗談や笑いを巧みに操り、ある国の王を大いに楽しませ、王の心にかなうことが多かった。ある時、この比丘が王に土地を乞い、僧院を建てたいと願い出た。王は比丘に言った。「お前は休まずに全力で走れ。その走った限りの土地をすべて与えよう。」 そこで比丘は衣を整え、すぐに走り出した。疲れはしたが、土地を欲しがるがゆえに走るのをやめず、やがて極度に疲れて前進できなくなると、地面に伏してのたうち回りながら進んだ。さらにしばらくすると力尽き、一本の杖を逆方向に投げ飛ばして、「この杖の落ちた場所までが全て私の土地だ」と言った。 この譬え話を聞き、その意味するところをこれから語ろう。 須彌羅が土地を得るために、疲れてもなお止まらなかったように、仏もまた、一切の衆生を救済しようとして、次のように考えた。「どのようにすれば、すべての衆生に天人の楽しみと解脱を得させることができるだろうか」と。 須彌羅が休むことなく走り続けたように、仏・世尊もまた、優樓頻螺迦葉や鴦掘摩羅といった者たちをことごとく調伏するために、また、教化できる衆生がいれば、即座にそのもとへ赴いて教化した。 須彌羅が疲れ果てて地面に伏しのたうち回ったように、仏もまた、衆生を教化することに疲れ苦しみ、この身をもって娑羅双樹の間で休息のために横たわられた。それはちょうど、迦尸迦の木が根を断たれてすべての枝葉が落ち、ただ双樹だけに身を寄せて横たわるかのようであったが、それでもなお精進の心を捨てず、拘尸羅の力士たちや須跋陀羅を教化された。 須彌羅が土地を得るために杖を投げたように、仏もまた、涅槃に入る際に衆生を救済するために、身体を砕いて八斛四斗の舎利とされた。砕かれた舎利は芥子のように微小であっても、それが届くところでは人々が供養し、その功徳は仏そのものと異ならず、衆生をして涅槃を得させるのである。 そこで、次の偈を説かれた。

「如來躬自度，優樓頻螺等，眷屬及徒黨，優伽鴦掘魔。精進禪度力，最後倚臥時，猶度諸力士，須跋陀羅等。欲為濟拯故，布散諸舍利，乃至遺法滅，皆是供養我。如彼須彌羅，擲杖使遠去。」

> 如来自ら、ウルビルヴァーらを導き、 その一族や弟子たち——ウッカー、アングリマーラらをも救った。 精進と禅定の力によって、最期に横たわるときでさえ、 力士たちやスバッダらを導いたのだ。 救済のため、多くの舎利を散じ、 教えの終わる時まで、それらすべてが私を供養する。 あたかも須弥山のように、杖を投げて遠くへやるように。