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title: "妙法蓮華經 · 御製觀世音普門品經序"
description: "妙法莲华经是大乘佛教重要经典，由鸠摩罗什于姚秦弘始八年（406年）译成汉文。该经共二十八品，以“开权显实”“会三归一”为核心思想，主张一切众生皆可成佛，强调佛陀教法的统一性与究竟性。经中通过大量譬喻故事，如“火宅喻”“化城喻”等，阐述一佛乘理念，被誉为“经中之王”。在汉传佛教中具有崇高地位，是天台宗根本经典，对中国佛教思想发展影响深远。现存版本以鸠摩罗什译本流传最广，文辞优美，义理深邃。"
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### 御製觀世音普門品經序

> 御製観世音普門品経序

觀世音菩薩，以爍迦羅心應變無窮，自在神通遍遊法界，入微塵國土說法濟度，具足妙相弘誓如海，凡有因緣發清淨心，纔舉聲稱，即隨聲而應，所有欲願即獲如意。妙法蓮華經普門品者，為度脫苦惱之真詮也。人能常以是經作觀，一念方萌，即見大悲勝相，能滅一切諸苦，其功德不可思議。朕惟天道福善禍淫，故佛示果報，使人為善而不敢為惡。夫天堂、地獄皆由人為，不違於方寸之內，故為善者得升天堂，為惡者即墮地獄。夫忠臣孝子吉人貞士，其心即佛，故神明芘佑，業障俱泯，是以生不犯於憲條，沒不墮於無間。夫兇頑之徒，一於為惡，棄五倫如敝帚，蹈刑法如飲甘，寧餧羅剎，不欽佛道。然人性本善，所為惡者，特氣質之偏；苟能改心易慮，修省避畏，轉移之間惡可為善矣。為善則即善人，昔之所積之咎，如太空點塵、紅罏片雪，消滌淨盡，雖有果報將安施乎？朕恒念此，惟恐世之人有過而不知改，乃甘心焉以自棄，遂表章是經，使善良君子永堅禁戒之心，廣納無量之福，為善功德豈有涯涘哉！

> 観世音菩薩は、金剛のごとき心で無数の変化に応じ、自在の神通力をもって法界を遍く遊行し、微塵のような国土に入り説法して衆生を救い度し、妙なる相を具足し、海のごとく広大な誓願を抱いておられます。縁あって清らかな心を起こす者、わずかに声を挙げて名を称えれば、その声に応じて現れ、すべての願いは思いのままに成就されます。妙法蓮華経普門品は、苦悩を度脱する真実の教えです。人が常にこの経によって観想すれば、一つの念いが萌すやいなや、大悲の尊いお姿を見ることができ、すべての苦しみを滅ぼすことができます。その功徳は計り知れません。 朕は思うに、天の道は善に福を、淫に禍を与える。故に仏は因果応報を示し、人をして善を行い悪を敢えて行わしめない。そもそも天堂も地獄も、すべて人の行いによって生じるもので、方寸（心）の内に背くことはない。故に善を行う者は天堂に昇り、悪を行う者は地獄に堕ちる。忠臣、孝子、善人、貞士――彼らの心は即ち仏である。故に神明の加護を受け、業障はことごとく消え去り、生きては法を犯さず、死しては無間地獄に堕ちることはない。 一方、凶悪な者たちは、ひたすら悪にふけり、五倫を塵芥のように捨て、刑法を甘んじて受け、むしろ羅刹に食われることを選び、仏道を敬おうとしない。しかし、人の本性は本来善である。悪を行うのは、ただ気質の偏りによるものだ。もし心を改め考えを変え、修養に努め反省して畏れを避けるならば、転ずる間に悪は善となり得る。善を行えば即ち善人である。かつて積んだ罪過は、大空の一点の塵、赤い炉の一片の雪のように、洗い清められ消え去る。たとえ因果応報があろうとも、どこに作用するだろうか。 朕は常にこれを思い、ただ世の人が過ちを犯しながら改めることを知らず、自ら進んで自棄に陥ることを恐れる。そこでこの経を顕彰し、善良な君子たちが永遠に戒めの心を堅くし、無量の福を広く受け入れるようにする。善を為す功徳に、果たして限りがあろうか。

永樂九年五月初一日妙法蓮華經觀世音菩薩普門品經

> 永楽九年五月一日 妙法蓮華経観世音菩薩普門品経

姚秦三藏法師鳩摩羅什譯長行

> 姚秦三藏法师鸠摩罗什译

隋北天竺沙門闍那崛多譯重頌

> 隋北インド僧侶ジェーナグプタ訳 重頌