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title: "居士傳 · 傅大士傳"
description: "居士传由清代佛教居士彭际清编撰，成书于乾隆年间。该书辑录了东汉至清初历代著名在家居士的修行事迹，共五十六卷，涵盖数百位人物。彭际清作为净土宗重要学者，通过此书系统整理了居士阶层在佛教发展中的贡献，展现了在家修行者的典范。内容以传记形式呈现，突出居士的戒律实践、佛法修持与社会影响，兼具历史性与教化性。该书是研究中国佛教居士文化的重要文献，反映了明清时期佛教世俗化的特点，在佛教史中具有独特地位，为后世提供了在家学佛的参考体系。"
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## 居士傳七

> 居士伝 第七巻

### 傅大士傳

傅大士者。名翕。號善慧。義烏人也。齊建武四年生於雙林鄉傅宣慈家。十六納劉氏女曰妙光。生二子曰普建．普成。會有天竺嵩頭陀訪之曰。吾與汝毗婆尸佛所發誓。今兜率宮衣鉢見在。何日當還。因命臨水觀影。見圓光寶蓋。大士笑曰。鑪韛之所多鈍鐵。良醫之門足病人。度生為急。何思彼樂乎。嵩指松山頂曰。此可棲也。大士躬耕而居之。有人盜菽麥瓜果。大士即與籃籠盛去。日常營作。夜歸行道。見釋迦．金粟．定光三如來放光襲其體。自謂得首楞嚴定。苦行七年欲導群品。梁武帝時遣弟子奉書詣闕曰。雙林樹下當來解脫善慧大士白國主救世菩薩。條上中下善希能受持。其上善略以虗懷為本。不著為宗。無相為因。涅槃為果。其中善略以治身為本。治國為宗。天上人間果報安樂。其下善略以護養眾生勝殘去殺。普令百姓皆稟六齋。今聞皇帝崇法欲申論義。未遂襟懷。故遣弟子傅暀告白。太樂令何昌以書進。詔遣迎至。武帝問從來師事何人。答曰。從無所從。來無所來。師事亦爾。異日武帝請講金剛經。大士纔陞座。以尺揮案一下便下座。帝愕然。大士曰。陛下會不。曰不會。大士曰。大士講經竟。一日講經次。帝至。眾皆起。大士端坐不動。眾報曰。聖駕臨此。何不起。大士曰。法地若動。一切不安。尋還双林著心王銘云。觀心空王。元妙難測。無形無相。有大神力。能滅千災。成就萬德。體性雖空。能施法則。觀之無形。呼之有聲。為大法將。心戒傳經。水中鹽味。色裏膠青。決定是有。不見其形。心王亦爾。身內居停。面門出入。應物隨情。自在無礙。所作皆成。了本識心。識心見佛。是心是佛。是佛是心。念念佛心。佛心念佛。欲得早成。戒心自律。淨律淨心。心即是佛。除此心王。更無別佛。欲求成佛。莫染一物。心性雖空。貪嗔體實。入此法門。端坐成佛。到彼岸已。得波羅蜜。慕道真士。自觀自心。知佛在內。不向外尋。即心即佛。即佛即心。心明識佛。曉了識心。離心非佛。離佛非心。非佛莫測。無所堪任。執空滯寂。於此漂沉。諸佛菩薩。非此安心。明心大士。悟此元音。身心性妙。用無更改。是故智者。放心自在。莫言心王。空無體性。能使色身。作邪作正。非有非無。隱顯不定。心性離空。能凡能聖。是故相勸。好自防慎。剎那造作。還復漂沈。清淨心智。如世黃金。般若法藏。並在身心。無為法寶。非淺非深。諸佛菩薩。了此本心。有緣遇者。非去來今。又有偈曰。夜夜抱佛眠。朝朝還共起。起坐鎮相隨。語嘿同居止。纖毫不相離。如身影相似。欲識佛去處。祇這語聲是。又曰。有物先天地。無形本寂寥。能為萬象主。不逐四時凋。又曰。空手把鋤頭。步行騎水牛。人從橋上過。橋流水不流。太建元年嵩頭陀先於柯山靈巖寺入滅。大士曰。嵩公兜率待我。不可留也。四月二十四日示眾曰。此身眾苦所集。甚可厭惡。須慎三業。精修六度。若墜地獄。卒難得出。弟子曰。師之發迹可得聞乎。曰。我從第四天來。為度汝等。次補釋迦。大品云。有菩薩從兜率天來。諸根猛利。疾與般若相應。即吾身是也。言訖趺坐而終。年七十三五燈會元．佛祖通載。

> 傅大士は、名を翕といい、善慧と号した。義烏の人である。斉の建武四年に双林郷の傅宣慈の家に生まれた。十六歳で劉氏の娘、妙光を娶り、普建・普成という二人の男子をもうけた。 ある時、天竺の嵩頭陀が訪ねてきて言った。「私はあなたと毘婆尸仏のところで誓いを立てた。今、兜率宮に衣鉢が残っている。いつ帰還するのか」。そして水辺で影を見るよう命じた。すると円光と宝蓋が現れた。大士は笑って言った。「ふいごのある所には鈍鉄が多く、良医の門には病人が満ちている。衆生を救うことが急務であって、どうしてあの喜びを思おうか」。嵩頭陀は松山の頂を指して言った。「ここに住むがよい」。大士は自ら耕してそこに住んだ。 ある人が豆・麦・瓜・果物を盗んだが、大士はかごに入れて持って行かせた。昼は働き、夜は帰って修行した。ある時、釈迦・金粟・定光の三如来が光を放ち、その体を照らすのを見た。自ら首楞厳定を得たと悟り、七年間苦行して衆生を導こうとした。 梁の武帝の時、弟子を遣わして上書した。「双林樹下より当来解脱善慧大士、国主救世菩薩に申し上げます。上・中・下の善を条上します。どうかお受け取りください。上善は、虚心を本とし、執着せずを宗とし、無相を因とし、涅槃を果とします。中善は、身を治めることを本とし、国を治めることを宗とし、天上・人間の果報の安楽を得ます。下善は、衆生を護り育て、殺生をやめ、すべての民に六斎を守らせます。今、皇帝が法を崇められていると聞き、論義を申し上げたいのですが、思いが遂げられません。故に弟子の傅暀を遣わして申し上げます」。 太楽令の何昌がこの書を進上した。武帝は詔を下して迎えさせた。武帝が「これまで誰に師事してきたのか」と問うと、答えて言った。「従う所なく従い、来る所なく来ました。師事することもまた同じです」。ある日、武帝が『金剛経』の講義を請うた。大士が座に着くと、尺で机を一打ちしてすぐに下座した。帝は驚いた。大士が「陛下はお分かりですか」と問うと、「分からない」と言った。大士は「大士の講経は終わりました」と言った。 ある日、講経をしていると、帝が来られた。皆が立ち上がったが、大士は端座したまま動かなかった。皆が「聖駕がここに来られているのに、なぜ起立しないのですか」と言うと、大士は「法の大地が動けば、すべてが安らかでなくなります」と言った。 やがて双林に戻り、『心王銘』を著した。 心王を観ずれば、元来妙にして測り難し。 形なく相なく、大いなる神力あり。 千の災いを滅ぼし、万の徳を成就す。 体性は空なりと雖も、よく法則を施す。 観れば形なく、呼べば声あり。 大法の将となり、心戒をもって経を伝う。 水の中の塩の味、色の中の膠青のごとし。 決定してこれ有りと雖も、その形を見ず。 心王もまたしかり。身の内に居停す。 面門より出入りし、物に応じて情に随う。 自在にして障礙なく、なす所皆成ず。 本を了して心を識れば、心を識って仏を見る。 この心これ仏、この仏これ心なり。 念念に仏の心、仏の心にて仏を念ず。 早く成らんと欲すれば、心を戒めて自ら律すべし。 浄らかなる律は浄らかなる心、心すなわちこれ仏なり。 この心王を除いて、さらに別の仏なし。 仏と成らんと欲すれば、一物をも染むることなかれ。 心性は空なりと雖も、貪りと瞋りは体実なり。 この法門に入れば、端坐して仏と成る。 彼岸に到りて、波羅蜜を得たり。 道を慕う真の士は、自ら心を観よ。 仏が内に在ることを知り、外に向かって尋ぬることなかれ。 即心即仏、即仏即心。 心明らかにして仏を識り、よく心を識ることを了す。 心を離れては仏に非ず、仏を離れては心に非ず。 仏に非ざれば測るべからず、堪え任うる所なし。 空に執わり寂に滞れば、ここに漂い沈む。 諸仏菩薩は、この心に安ぜず。 心を明らかにする大士は、この元音を悟る。 身心の性は妙にして、用いて改まることなし。 故に智者は、心を放ちて自在なり。 心王は空にして体性なしと言うなかれ。 よく色身をして、邪とも正とも作らしむ。 有に非ず無に非ず、隠れ顕れて定まらず。 心性は空を離れて、よく凡となりよく聖となる。 故に相い勧めて、よく自ら防ぎ慎しめ。 刹那の造作も、また漂い沈む。 清浄なる心智は、世の黄金の如し。 般若の法蔵は、並びに身心に在り。 無為の法宝は、浅からず深からず。 諸仏菩薩は、この本心を了す。 縁有る者に遇えば、去来今に非ず。 また偈に曰く、 夜夜仏を抱いて眠り、 朝朝還た共に起きる。 起坐つねに相い随い、 語黙同居止す。 繊毫も相い離れず、 影と身の相似たるが如し。 仏の去りし処を識らんと欲すれば、 只これ語声是れなり。 また曰く、 物有り天地に先立ち、 形無く本寂寥なり。 能く万象の主と為り、 四時に逐いて凋まず。 また曰く、 空手にして鋤頭を把り、 歩行して水牛に騎る。 人橋上より過ぐれば、 橋流れて水は流れず。 太建元年、嵩頭陀が先に柯山霊巌寺で入滅した。大士は言った。「嵩公が兜率で私を待っている。留まることはできない」。四月二十四日、大衆に示して言った。「この身は衆苦の集まる所、甚だ厭うべし。三業を慎み、六度を精修せよ。もし地獄に墜ちれば、ついに出で難し」。弟子が「師の顕われた由来を聞くことができますか」と問うと、答えて言った。「私は第四天より来たりて、汝らを度さんがため、次に釈迦に補わんとする。『大品経』に云う、『菩薩兜率天より来たり、諸根猛利にして、疾く般若と相応す』と。即ち我が身これなり」。言い終わって結跏趺坐して亡くなった。七十三歳であった<note>『五燈会元』『佛祖通載』による</note>。

知歸子曰。初祖入梁。機不契。去而之少林。人以此為梁武惜。然當時如寶誌公．傅大士並傳佛心印。闡大乘法。徘徊於梁。而梁武執著福罪因緣。貪圖小果。醉有為佛事。沈湎不醒。一微戞漢遮葢本真。皎日當空覆盆絕照。豈不哀哉。菩薩深慈。眾生迷倒。於大士傳可觀焉。

> 知歸子が言う。初祖（達磨大師）が梁の国に入られた時、機縁が合わず、去って少林寺へ向かわれた。人々はこれを梁の武帝のため惜しむが、しかし当時、宝誌公や傅大士のような方々は、仏の心印を伝え、大乗の教えを明らかにされ、梁の地に留まっておられた。それなのに梁の武帝は、福徳や罪障の因縁に執着し、小さな功徳を貪り、有為の仏事に酔いしれて、深く沈み目覚めなかった。わずかな塵が大空を遮り、本真を覆い隠す。皎々たる太陽が中天に輝くにもかかわらず、盆を伏せれば光は絶える。なんと哀れなことか。菩薩の深い慈悲に対し、衆生は迷い倒れる。このことは、傅大士の伝記を見れば明らかであろう。

汪大紳云。自家屋裏人。說自家屋裏話。讀之通身毛孔皆笑。朱子於大士偈盖甞有取焉。予安得遊朱子之門。日夕饜飫家常話乎○五宗興而說法如雷。連那即心即佛。送他一拳。連那萬象主。與他一脚。傅大士竟成老婆禪去矣。門外漢試猜看。畢竟是同是別。

> 汪大紳は言う。「自宅の内輪の者が、内輪の話をする。読むと全身の毛穴が皆笑う」と。朱子は傅大士の偈について、かつて評価を示したことがある。私はどうしたら朱子の門下に入り、日々家庭的な話に満足できるだろうか。 五宗が興隆し、説法は雷の如く響いた。連那が「即心即仏」と言えば、彼に一発の拳を。連那が「万象の主」と言えば、彼に一蹴りを。傅大士は結局、老婆禅に成り下がってしまった。門外漢が試しに推測してみよ。結局は同じか、それとも別か。