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中阿含経 (中阿含經)


(一四)中阿含業相應品羅云經第四(初一日誦)

(一四)中阿含 業相応品 羅雲経 第四(初一日誦)

我聞如是:

私はこのように聞きました。

一時,佛遊王舍城,在竹林迦蘭哆園。

ある時、仏陀は王舎城の竹林精舎におられた。

爾時,尊者羅云亦遊王舍城溫泉林中。於是,世尊過夜平旦,著衣持鉢入王舍城而行乞食,乞食已竟,至溫泉林羅云住處。尊者羅云遙見佛來,即便往迎,取佛衣鉢,為敷坐具,汲水洗足,佛洗足已,坐羅云座。

その時、尊者ラーフラもまた、王舎城の温泉林に滞在していました。そこで、世尊は夜が明けて朝になると、衣をまとい、鉢を持って王舎城に入り托鉢に行かれました。托鉢を終えると、温泉林のラーフラの住まいへ向かわれました。尊者ラーフラは遠くから仏が来られるのを見ると、すぐに出迎え、仏の衣と鉢をお受け取り、座具を敷き、水を汲んで足をお洗いしました。仏が足を洗い終えられると、ラーフラの座に腰をおろされました。

於是,世尊即取水器,瀉留少水已,問曰:「羅云!汝今見我取此水器,瀉留少水耶?」

そこで、世尊は水差しを取り、少しだけ水を残してからお尋ねになりました。「羅雲よ、私がこの水差しを取り、水を少しだけ残したのを見たか。」

羅云答曰:「見也。世尊!」

羅雲が答えた。「はい、見えております、世尊よ。」

佛告羅云:「我說彼道少,亦復如是,謂知已妄言,不羞不悔,無慚無愧,羅云!彼亦無惡不作。是故,羅云!當作是學,不得戲笑妄言。」

仏が羅雲に告げられました。「わたしが説く道は、たとえわずかなものであっても、同じことである。すなわち、知っていながら偽りの言葉を語り、恥じることも悔いることもなく、慚愧の心を持たない者は、羅雲よ、そのような者は、悪をなさないことはない。ゆえに、羅雲よ、あなたはこのように学ぶべきである。戯れに偽りの言葉を語ってはならない。」

世尊復取此少水器,盡瀉棄已,問曰:「羅云!汝復見我取少水器,盡瀉棄耶?」

世尊は再びその少量の水の器を取り、すべて捨て去ってからお尋ねになりました。「羅雲(らうん)よ、私が少量の水の器を取り、すべて捨て去るのを見ましたか?」

羅云答曰:「見也。世尊!」

羅雲が答えた。「はい、見えております、世尊よ。」

佛告羅云:「我說彼道盡棄,亦復如是,謂知已妄言,不羞不悔,無慚無愧,羅云!彼亦無惡不作。是故,羅云!當作是學,不得戲笑妄言。」

仏は羅雲に告げられた。「私は、道を尽くして捨てるということを説いたが、それはまさにこのようなものである。つまり、すでに虚偽の言葉を知りながら、恥じることも悔いることもなく、慚じる心も愧じる心もない者、羅雲よ、そのような者には、なさざる悪はないのである。それゆえ、羅雲よ、あなたはこのように学ぶべきである。決して冗談半分で偽りの言葉を語ってはならない。」

世尊復取此空水器,覆著地已,問曰:「羅云!汝復見我取空水器,覆著地耶?」

世尊は再びその空の水器を取り、地面に伏せて置いて、お尋ねになりました。「羅雲よ、私が空の水器を取って地面に伏せて置くのを見たか。」

羅云答曰:「見也。世尊!」

羅雲が答えた。「はい、見えております、世尊よ。」

佛告羅云:「我說彼道覆,亦復如是,謂知已妄言,不羞不悔,無慚無愧,羅云!彼亦無惡不作。是故羅云!當作是學,不得戱笑妄言。」

仏はラーフラに告げられた。「私が言う『道を覆い隠す者』とは、まさにこのことだ。すでに知りながら嘘をつき、それを恥じず悔いず、慚愧の心もない。ラーフラよ、そのような者は、いかなる悪をも行わないことはない。ゆえにラーフラよ、このように学びなさい。決して冗談や笑い事として嘘をついてはならない。」

世尊復取此覆水器,發令仰已,問曰:「羅云!汝復見我取覆水器,發令仰耶?」

世尊は、再び伏せた水の器を取って、それを上に向けてから、お尋ねになりました。「ラーフラよ、わたしが伏せた器を取って、上に向けたのを見たか。」

羅云答曰:「見也。世尊!」

羅雲が答えた。「はい、見えております、世尊よ。」

佛告羅云:「我說彼道仰,亦復如是,謂知已妄言,不羞不悔,不慚不愧,羅云!彼亦無惡不作。是故,羅云!當作是學,不得戲笑妄言。

仏は羅雲に告げられた。「私が『道は仰向けである』と言ったのも、まさにその通りだ。すなわち、自分が嘘をついたと知りながら、それを恥じず、悔いず、愧じず、恥じない者を指す。羅雲よ、そのような者には、なす悪はない。ゆえに、羅雲よ、あなたはこのように学びなさい。決して冗談半分に嘘をついてはならない。」

「羅云!猶如王有大象入陣鬪時,用前脚、後脚、尾、髂、脊、脇、項、額、耳、牙,一切皆用,唯護於鼻,象師見已,便作是念:『此王大象猶故惜命。所以者何?此王大象入陣鬪時,用前脚、後脚、尾、髂、脊、脇、項、額、耳、牙,一切皆用,唯護於鼻。』羅云!若王大象入陣鬪時,用前脚、後脚、尾、髂、脊、脇、項、額、耳、牙、鼻,一切盡用,象師見已,便作是念:『此王大象不復惜命。所以者何?此王大象入陣鬪時,用前脚、後脚、尾、髂、脊、脇、項、額、耳、牙、鼻,一切盡用。』羅云!若王大象入陣鬪時,用前脚、後脚、尾、髂、脊、脇、項、額、耳、牙、鼻,一切盡用,羅云!我說此王大象入陣鬪時,無惡不作。如是,羅云!謂知已妄言,不羞不悔,無慚無愧,羅云!我說彼亦無惡不作。是故,羅云!當作是學,不得戲笑妄言。」

羅雲よ。例えば、王様の大きな象が戦場に出る時、前脚、後脚、尾、腰、背中、脇腹、首、額、耳、牙、すべてを使うが、ただ鼻だけは守るようなことがある。象使いはそれを見てこう思う。「この王の大象はまだ命を惜しんでいる。なぜなら、戦場で前脚、後脚、尾、腰、背中、脇腹、首、額、耳、牙はすべて使うが、鼻だけは守っているからだ」と。

羅雲よ。もし王の大きな象が戦場に出る時、前脚、後脚、尾、腰、背中、脇腹、首、額、耳、牙、鼻のすべてを惜しみなく使うなら、象使いはそれを見てこう思う。「この王の大象はもはや命を惜しんでいない。なぜなら、戦場で前脚、後脚、尾、腰、背中、脇腹、首、額、耳、牙、鼻のすべてを惜しみなく使うからだ」と。

羅雲よ。もし王の大きな象が戦場に出る時、前脚、後脚、尾、腰、背中、脇腹、首、額、耳、牙、鼻のすべてを惜しみなく使うなら、私はこの王の大象は戦場において、為さざる悪はないと言う。

同様に、羅雲よ。知りながら嘘をつき、それを恥じず悔いず、慚じ愧じない者について、私はその人にも為さざる悪はないと言う。

だからこそ、羅雲よ。このように学びなさい。戯れに嘘をついてはならない、と。

於是,世尊即說頌曰:

そこで、世尊(仏陀)は次のような偈(うた)を説かれました。

「人犯一法, 謂妄言是,
不畏後世, 無惡不作。
寧噉鐵丸, 其熱如火,
不以犯戒, 受世信施。
若畏於苦, 不愛念者,
於隱顯處, 莫作惡業。
若不善業, 已作今作,
終不得脫, 亦無避處。」

ある人が一つの罪を犯す、それは嘘をつくことである。 後の世を畏れなければ、悪事を働かぬことはない。 熱く燃える鉄の玉を飲む方がましだ、 戒律を破って、世の人々の施しを受けるよりは。 もし苦しみを畏れ、自分を大切に思うなら、 人目のあるなしにかかわらず、悪い行いをしてはならない。 もし善くない行いを、すでにした、あるいは今しているなら、 決してそこから逃れられず、隠れる場所もないのだ。

佛說頌已,復問羅云:「於意云何?人用鏡為?」

仏がこの偈を説き終えて、再び羅雲に尋ねられました。「あなたの考えはどうか。人は鏡を何のために使うのか?」

尊者羅云答曰:「世尊!欲觀其面,見淨不淨。」

尊者ラーフラがお答えしました。「世尊よ、自分の顔を観察して、清らかか清らかでないかを知りたいからです。」

「如是。羅云!若汝將作身業,即觀彼身業:『我將作身業,彼身業為淨、為不淨,為自為、為他?』羅云!若觀時則知,我將作身業,彼身業淨,或自為,或為他,不善與苦果受於苦報。羅云!汝當捨彼將作身業。羅云!若觀時則知,我將作身業,彼身業不淨,或自為,或為他,善與樂果受於樂報。羅云!汝當受彼將作身業。

「そうだ、羅雲よ。お前が身体的な行為をしようとする時には、その行為についてよく観察しなさい。『私が行おうとしているこの身体的行為は、清らかなものか、清らかでないものか。自分のためか、他人のためか』と。羅雲よ、観察して、行おうとしている身体的行為が清らかでないと分かったなら、それは自分や他人のためにならず、不善で苦しい結果をもたらすものだ。そのような行為はやめなさい。羅雲よ、観察して、行おうとしている身体的行為が清らかだと分かったなら、それは自分や他人のためになり、善で楽しい結果をもたらすものだ。そのような行為は行いなさい。」

「羅云!若汝現作身業,即觀此身業:『若我現作身業,此身業為淨、為不淨,為自為、為他?』羅云!若觀時則知,我現作身業,此身業淨,或自為,或為他,不善與苦果受於苦報。羅云!汝當捨此現作身業。羅云!若觀時則知,我現作身業,此身業不淨,或自為,或為他,善與樂果受於樂報。羅云!汝當受此現作身業。

ラーフラよ、もしあなたが今、身体的な行い(身業)をなすなら、その行いをよく観察しなさい。「私が今なすこの身体的な行いは、清らかか、清らかでないか。自分のためか、他人のためか」と。

ラーフラよ、観察した結果、今なす身体的な行いが清らかでなく、自分のためであれ他人のためであれ、不善であり苦い結果と苦しみの報いをもたらすと知ったなら、あなたはその身体的な行いを捨てなさい。

ラーフラよ、観察した結果、今なす身体的な行いが清らかで、自分のためであれ他人のためであれ、善であり楽しい結果と楽しい報いをもたらすと知ったなら、あなたはその身体的な行いを受け入れなさい。

「羅云!若汝已作身業,即觀彼身業:『若我已作身業,彼身業已過去、滅盡、變易,為淨、為不淨,為自為、為他?』羅云!若觀時則知,我已作身業,彼身業已過去、滅盡、變易,彼身業淨,或自為,或為他,不善與苦果受於苦報。羅云!汝當詣善知識、梵行人所,彼已作身業,至心發露,應悔過說,慎莫覆藏,更善持護。羅云!若觀時則知,我已作身業,彼身業已過去滅盡變易,彼身業不淨,或自為,或為他,善與樂果受於樂報。羅云!汝當晝夜歡喜,住正念正智,口業亦復如是。

羅雲よ、もしあなたがすでに行いをなしたなら、その行いをよく観察しなさい。「私がなしたその行いは、すでに過ぎ去り、消え去り、変化した。それは清らかか、清らかでないか。自分のためか、他人のためか」と。羅雲よ、観察したときに、あなたがなした行いがすでに過ぎ去り、消え去り、変化したもので、それが清らかで、自分のためまたは他人のためであっても、善ではなく苦しい結果をもたらし、苦しい報いを受けるものであると知ったならば、羅雲よ、あなたは善き知識や修行者たちのもとへ行き、その行いを心から告白し、悔い改めて説きなさい。決して隠し持たず、さらに善く保ち守りなさい。羅雲よ、観察したときに、あなたがなした行いがすでに過ぎ去り、消え去り、変化したもので、それが清らかではなく、自分のためまたは他人のためであっても、善であり楽しい結果をもたらし、楽しい報いを受けるものであると知ったならば、羅雲よ、あなたは昼も夜も喜びをもって、正しい念と正しい智慧にとどまりなさい。言葉の行いについてもまた同様である。

「羅云!因過去行故,已生意業,即觀彼意業:『若因過去行故,已生意業,彼意業為淨、為不淨,為自為、為他?』羅云!若觀時則知,因過去行故,已生意業,彼意業已過去、滅盡、變易,彼意業淨,或自為,或為他,不善與苦果受於苦報。羅云!汝當捨彼過去意業,羅云!若觀時則知,因過去行故,已生意業已過去、滅盡、變易,彼意業不淨,或自為,或為他,善與樂果受於樂報。羅云!汝當受彼過去意業。

ラーフラよ、過去の行為によって心の業が生じたならば、その心の業を観察しなさい。「この過去の行為によって生じた心の業は、清らかか、清らかでないか。自分のためか、他人のためか」と。

ラーフラよ、観察して、過去の行為によって生じた心の業がすでに過ぎ去り、滅び、変化したものであると知ったならば、その心の業が清らかで、自分のため、あるいは他人のためになされ、善ではなく、苦い結果・苦しい報いをもたらすものであれば、ラーフラよ、あなたはその過去の心の業を捨てなさい。

ラーフラよ、観察して、過去の行為によって生じた心の業がすでに過ぎ去り、滅び、変化したものであると知ったならば、その心の業が清らかでなく、自分のため、あるいは他人のためになされ、善であり、楽しい結果・楽しい報いをもたらすものであれば、ラーフラよ、あなたはその過去の心の業を受け入れなさい。

「羅云!因未來行故,當生意業,即觀彼意業:『若因未來行故,當生意業,彼意業為淨、為不淨,為自為、為他?』羅云!若觀時則知,因未來行故,當生意業,彼意業淨,或自為,或為他,不善與苦果受於苦報。羅云!汝當捨彼未來意業。羅云!若觀時則知,因未來行故,當生意業,彼意業不淨,或自為,或為他,善與樂果受於樂報。羅云!汝當受彼未來意業。

羅雲よ、未来の行(行動)によって、意業(心の行為)が生じようとする時、その意業を観察しなさい。 「未来の行によって生じようとするこの意業は、清らかなのか、清らかでないのか。自分のためなのか、他人のためなのか」と。

羅雲よ、観察してみて、未来の行によって生じようとする意業が清らかでないと分かり、それが自分のためであれ、他人のためであれ、善ではなく、苦しみの結果をもたらすものであれば、羅雲よ、あなたはその未来の意業を捨てなさい。

羅雲よ、観察してみて、未来の行によって生じようとする意業が清らかであると分かり、それが自分のためであれ、他人のためであれ、善であり、楽の結果をもたらすものであれば、羅雲よ、あなたはその未来の意業を受け入れなさい。

「羅云!因現在行故,現生意業,即觀此意業:『若因現在行故,現生意業,此意業為淨、為不淨,為自為、為他?』羅云!若觀時則知,因現在行故,現生意業,此意業淨,或自為,或為他,不善與苦果受於苦報。羅云!汝當捨此現在意業。羅云!若觀時則知,因現在行故,現生意業,此意業不淨,或自為,或為他,善與樂果受於樂報。羅云!汝當受此現在意業。

羅雲よ。現在の行いによって、現在の意業が生じるならば、その意業を観察しなさい。「この意業は清らかか、清らかでないか。自分のためか、他人のためか」と。羅雲よ。観察した時に、現在の行いによって生じた現在の意業が清らかでなく、自分のためであれ他人のためであれ、不善であり苦い結果をもたらし苦い報いを受けると知ったならば、羅雲よ、あなたはこの現在の意業を捨てなさい。羅雲よ。観察した時に、現在の行いによって生じた現在の意業が清らかで、自分のためであれ他人のためであれ、善であり楽しい結果をもたらし楽しい報いを受けると知ったならば、羅雲よ、あなたはこの現在の意業を受け入れなさい。

「羅云!若有過去沙門、梵志,身、口、意業,已觀而觀,已淨而淨,彼一切即此身、口、意業,已觀而觀,已淨而淨。羅云!若有未來沙門、梵志,身、口、意業,當觀而觀,當淨而淨,彼一切即此身、口、意業,當觀而觀,當淨而淨,羅云!若有現在沙門、梵志,身、口、意業,現觀而觀,現淨而淨,彼一切即此身、口、意業,現觀而觀,現淨而淨。羅云!汝當如是學,我亦即此身、口、意業,現觀而觀,現淨而淨。」

羅雲よ。過去の修行者や聖者たちが、その身・口・意の行いをすでに観察し、すでに清めてきたとすれば、そのすべては、まさにこの身・口・意の行いを観察し、清めたのです。

羅雲よ。未来の修行者や聖者たちが、その身・口・意の行いをこれから観察し、これから清めるであろうとすれば、そのすべては、まさにこの身・口・意の行いを観察し、清めるのです。

羅雲よ。現在の修行者や聖者たちが、その身・口・意の行いを今まさに観察し、今まさに清めているとすれば、そのすべては、まさにこの身・口・意の行いを観察し、清めているのです。

羅雲よ。あなたもこのように学びなさい。「私もまた、この身・口・意の行いを、今まさに観察し、今まさに清めていこう」と。

於是,世尊復說頌曰:

そこで、世尊は再び詩句を唱えられました。

「身業、口業、 意業,羅云!
善不善法, 汝應常觀。
知已妄言, 羅云莫說,
禿從他活, 何可妄言?
覆沙門法, 空無真實,
謂說妄言, 不護其口。
故不妄言, 正覺之子,
是沙門法, 羅云當學。
方方豐樂, 安隱無怖,
羅云至彼, 莫為害他。」

「身体の行い、言葉の行い、心の行い——ラーフラよ。

善いことと悪いこと、あなたは常によく見極めなさい。

それを理解した上で、偽りの言葉は決して口にしてはいけません、ラーフラよ。 剃髪して修行者の施しで生きながらえながら、どうして嘘をつくことができようか。

沙門(修行者)の道を覆い隠す、それは空しく真実のないもの。 嘘をつく人のことを言うのだ、自分の言葉を守らない者を。

だから嘘をつくな——正しく目覚めた方の子であるなら。 これが沙門の道だ。ラーフラよ、あなたはこれを学びなさい。

どの方角も豊かで、安らかで怖れがない。 ラーフラよ、そこに至っても、他を傷つけてはならない。」

佛說如是。尊者羅云及諸比丘,聞佛所說,歡喜奉行。

仏様はこのようにお説きになりました。尊者ラーフラと多くの比丘たちは、仏様のお言葉を聞いて、喜び、その教えの通りに実践しました。

羅云經第四竟(一千八百三十二字)

羅雲経 第四 終わり(千八百三十二字)


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