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title: "中阿含經 · 21 等心經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （二一）舍梨子相應品等心經第一

> （二一）舎利子相応品 等心経第一

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，尊者舍梨子與比丘眾夜集講堂，因內結、外結，為諸比丘分別其義：「諸賢！世實有二種人。云何為二？有內結人阿那含，不還此間，有外結人非阿那含，還來此間。諸賢！云何內結人阿那含，不還此間？若有一人修習禁戒，無穿無缺，無穢無濁，極多無難，聖所稱譽，善修善具。彼因修習禁戒，無穿無缺，無穢無濁，極多無難，聖所稱譽，善修善具故，復學厭欲、無欲、斷欲。因學厭欲、無欲、斷欲故，得息、心解脫。得已樂中，愛惜不離，於現法中不得究竟智，身壞命終，過摶食天，生餘意生天中。既生彼已，便作是念：『我本為人時，修習禁戒，無穿無缺，無穢無濁，極多無難，聖所稱譽，善修善具。因修習禁戒，無穿無缺，無穢無濁，極多無難，聖所稱譽，善修善具故，復學厭欲、無欲、斷欲。因學厭欲、無欲、斷欲故，得息、心解脫。得已樂中，愛惜不離，於現法中不得究竟智，身壞命終，過摶食天，生餘意生天在於此中。』

> その時、尊者シャーリプトラは比丘たちと共に夜の講堂に集い、内なる結びと外なる結びについて、比丘たちにその意味を分かりやすく説かれました。 「皆さん、この世には実に二種類の人がいます。どのような二種類かというと、内なる結びを断った『不還』（阿那含）であり、この世に還ってこない人と、外なる結びを断っていないため『不還』ではなく、この世に還ってくる人です。 では、内なる結びを断った『不還』であり、この世に還ってこない人とは、どのような人でしょうか。ある人が戒律を修め、それを破ることなく、欠けることなく、けがれや濁りがなく、大いに難なく、聖者たちから称賛されるほど、立派に修め整えているとします。その人は、戒律をこのように立派に修めたゆえに、さらに欲望を厭い、欲望を離れ、欲望を断つことを学びます。その学びによって、心の静まりと解脱を得るのです。しかし、その境地を得てその安楽に愛着し、そこから離れられないため、この現世において完全な智慧を得ることができません。その身が滅び命が終わると、段食の天界を超えて、他の意生天に生まれ変わります。そこに生まれた彼は、こう思うのです。『私はかつて人間であった時、戒律を修め、それを破ることなく、欠けることなく、けがれや濁りがなく、大いに難なく、聖者たちから称賛されるほど、立派に修め整えていた。そのように戒律を修めたゆえに、さらに欲望を厭い、欲望を離れ、欲望を断つことを学んだ。その学びによって、心の静まりと解脱を得た。しかし、その境地を得てその安楽に愛着し、そこから離れられなかったため、この現世において完全な智慧を得ることができず、身が滅び命が終わって、段食の天界を超え、この意生天に生まれてきたのだ』と。」

「諸賢！復有一人修習禁戒，無穿無缺，無穢無濁，極多無難，聖所稱譽，善修善具。彼因修習禁戒，無穿無缺，無穢無濁，極多無難，聖所稱譽，善修善具故，復學色有斷、貪斷業，學欲捨離。因學色有斷、貪斷業，學欲捨離故，得息、心解脫。得已樂中，愛惜不離，於現法中不得究竟智，身壞命終，過摶食天，生餘意生天中。既生彼已，便作是念：『我本為人時，修習禁戒，無穿無缺，無穢無濁，極多無難，聖所稱譽，善修善具。因修習禁戒，無穿無缺，無穢無濁，極多無難，聖所稱譽，善修善具故，復學色有斷、貪斷業，學欲捨離。因學色有斷、貪斷業，學欲捨離故，得息、心解脫。得已樂中，愛惜不離，於現法中不得究竟智，身壞命終，過摶食天，生餘意生天在於此中。』諸賢！是謂內結人阿那含，不還此間。

> 諸賢者よ、またある人が戒律を修め、それを犯すことなく、欠けることなく、汚れなく、濁りなく、多くを守り、難なく、聖者たちに称賛され、善く修め、善く具えたとします。彼は、戒律を修め、それを犯すことなく、欠けることなく、汚れなく、濁りなく、多くを守り、難なく、聖者たちに称賛され、善く修め、善く具えたことにより、さらに色（物質的存在）を断ち、貪りを断つ行いを学び、欲望を捨て離れることを学びます。色を断ち、貪りを断つ行いを学び、欲望を捨て離れることを学んだことにより、安らぎを得て、心が解き放たれます。それを得て、その楽しみの中に愛着し、離れず、現世において完全な智慧を得ることなく、身体が壊れ命が終わると、段食の天を超え、他の意生天に生まれます。そこに生まれた後、彼はこう思います：『私はかつて人間であった時、戒律を修め、それを犯すことなく、欠けることなく、汚れなく、濁りなく、多くを守り、難なく、聖者たちに称賛され、善く修め、善く具えた。戒律を修め、それを犯すことなく、欠けることなく、汚れなく、濁りなく、多くを守り、難なく、聖者たちに称賛され、善く修め、善く具えたことにより、さらに色を断ち、貪りを断つ行いを学び、欲望を捨て離れることを学んだ。色を断ち、貪りを断つ行いを学び、欲望を捨て離れることを学んだことにより、安らぎを得て、心が解き放たれた。それを得て、その楽しみの中に愛着し、離れず、現世において完全な智慧を得ることなく、身体が壊れ命が終わり、段食の天を超え、他の意生天に生まれて、ここにいるのだ。』諸賢者よ、これを内結の人、阿那含（不還）と言い、この世に還ってくることはありません。

「諸賢！云何外結人非阿那含，來還此間？若有一人修習禁戒，守護從解脫，又復善攝威儀禮節，見纖芥罪，常懷畏怖，受持學戒。諸賢！是謂外結人非阿那含，還來此間。」

> 皆さん、どうして外に縛られた人は阿那含ではなく、再びこの世に戻ってくるのでしょうか？もしある人が戒律を守り、解脱から守護し、さらに威儀や礼節をよく整え、わずかな罪も見逃さず、常に畏怖の念を持ち、戒律を学び守っているとします。皆さん、これが外に縛られた人であり、阿那含ではなく、再びこの世に戻ってくる者なのです。

於是，眾多等心天色像巍巍，光輝暐曄，夜將向旦，來詣佛所，稽首作禮，却住一面，白曰：「世尊！尊者舍梨子昨夜與比丘眾集在講堂，因內結、外結，為諸比丘分別其義：『諸賢！世實有二種人，內結人、外結人。』世尊！眾已歡喜，唯願世尊慈哀愍念，往至講堂。」彼時，世尊為諸等心天默然而許。諸等心天知世尊默然許可，稽首佛足，繞三匝已，即彼處沒。

> その時、多くの等心天たちが、その姿は威厳に満ち、光り輝く様子で、夜が明けようとする頃、仏のもとに参上し、頭を地につけて礼拝し、一歩下がって一方に立ち、こう申し上げました。 「世尊よ、尊者舎利子は昨夜、比丘たちと共に講堂に集まり、内なる結びと外なる結びについて、比丘たちにその意味を説き明かされました。『諸賢よ、世の中には実に二種類の人々がいます。内に結ばれた人と、外に結ばれた人です』と。世尊よ、皆はすでに歓喜しております。どうか世尊、慈しみをもってお憐れみくださり、講堂にお越しください。」 その時、世尊は等心天たちのために、黙ってお許しになりました。等心天たちは、世尊が黙って許可されたことを知り、仏の足を礼拝し、三度右繞して、その場から姿を消しました。

諸等心天去後不久，於是世尊往至講堂比丘眾前，敷座而坐。世尊坐已，歎曰：「善哉！善哉！舍梨子！汝極甚善。所以者何？汝於昨夜與比丘眾集在講堂，因內結、外結，為諸比丘分別其義。諸賢！世實有二種人，內結人、外結人。舍梨子！昨夜向旦，諸等心天來詣我所，稽首禮已，却住一面，白我言：『世尊！尊者舍梨子昨夜與比丘眾集在講堂，因內結、外結，為諸比丘分別其義：「諸賢！世實有二種人，內結人、外結人。」世尊！眾已歡喜，唯願世尊慈哀愍念，往至講堂。』舍梨子！我便為彼諸等心天默然而許。諸等心天知我默然許可，稽首我足，繞三匝已，即彼處沒。

> 諸々の心天が去ってから間もなく、世尊は講堂へと赴き、比丘たちの前に座を敷いて坐られた。世尊が坐られると、称賛して言われた。 「善いかな、善いかな、舎利子よ。汝は実に大変に善いことをした。なぜならば、汝は昨夜、比丘たちと共に講堂に集い、内なる結びと外なる結びについて、比丘たちにその意味を分別して説いたからである。『諸賢者よ、世の中には実に二種類の人がいる。内に結ばれる人と、外に結ばれる人である』と。舎利子よ、昨夜から今朝にかけて、諸々の等心天が私のもとに来て、頭を地に付けて礼拝し、一歩退いて一方に立ち、私にこう申し上げた。『世尊よ、尊者舎利子は昨夜、比丘たちと共に講堂に集い、内なる結びと外なる結びについて、比丘たちにその意味を分別して説かれました。「諸賢者よ、世の中には実に二種類の人がいる。内に結ばれる人と、外に結ばれる人である」と。世尊よ、衆はすでに歓喜しております。どうか世尊、慈しみ哀れみお思いになって、講堂へおいでください』と。舎利子よ、私はその諸々の等心天のために、黙って承諾した。諸々の等心天は、私が黙って承諾したことを知り、私の足を礼拝し、三たび右繞して、その場から姿を消したのである。」

「舍梨子！諸等心天或十、二十，或三十、四十，或五十、六十，共住錐頭處，各不相妨。舍梨子！諸等心天非生彼中，甫修善心，極廣甚大，令諸等心天或十、二十，或三十、四十，或五十、六十，共住錐頭處，各不相妨。舍梨子！諸等心天本為人時，已修善心，極廣甚大，因是故，令諸等心天或十、二十，或三十、四十，或五十、六十，共住錐頭處，各不相妨。是故，舍梨子！當學寂靜，諸根寂靜，心意寂靜，身、口、意業寂靜，向於世尊及諸智梵行。舍梨子！虛偽異學，長衰永失。所以者何？謂不得聞如此妙法。」

> 舎利子よ、諸々の等心天たちは、十人、二十人、あるいは三十、四十、五十、六十と、錐の先ほどの狭い場所に共に住んでいても、互いに妨げ合うことはない。 舎利子よ、等心天たちは、その天界に生まれてから初めて善い心を広く大きく修めたのではなく、彼らがまだ人間であった時から、すでに善い心を極めて広く大きく修めていたのだ。そのゆえに、十人、二十人、あるいは三十、四十、五十、六十と、錐の先ほどの狭い場所に共に住んでいても、互いに妨げ合うことがないのである。 それゆえ、舎利子よ、静寂を学びなさい。諸々の感覚器官を静め、心を静め、身体と言葉と心の行いを静めて、世尊と智慧ある清らかな修行者たちに向かいなさい。 舎利子よ、偽りの異なる教えを学ぶ者は、長く衰え、永遠に大切なものを失う。なぜなら、このような優れた教えを聞くことができないからである。

佛說如是。彼諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取りになりました。

等心經第一竟千一百八十一字

> 等心経第一終わり<note>千一百八十一字</note>