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title: "中阿含經 · 24 師子吼經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （二四）舍梨子相應品師子吼經第四初一日誦

> （二四）舎梨子相応品　師子吼経第四<note>初一日誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，世尊與大比丘眾俱，於舍衛國而受夏坐，尊者舍梨子亦遊舍衛國而受夏坐。於是，尊者舍梨子舍衛國受夏坐訖，過三月已，補治衣竟，攝衣持鉢，往詣佛所，稽首禮足，却坐一面，白曰：「世尊！我於舍衛國受夏坐訖。世尊！我欲遊行人間。」

> その時、世尊は大比丘衆と共に舎衛国で雨安居を受けられ、尊者舎利子もまた舎衛国で雨安居を受けられました。さて、尊者舎利子は舎衛国での雨安居を終え、三か月が過ぎ、衣の補修を済ませると、衣を整え鉢を持ち、仏のもとへと赴きました。そして、頭を地につけて礼拝し、一歩下がって一方に座り、こう申し上げました。 「世尊よ、私は舎衛国での雨安居を終えました。世尊よ、私は人間の里々を巡って行きたいと存じます。」

世尊告曰：「舍梨子！汝去，隨所欲，諸未度者當令得度，諸未脫者當令得脫，諸未般涅槃者令得般涅槃。舍梨子！汝去，隨所欲。」

> 世尊はおっしゃいました。「舎利子よ、行きなさい。あなたの望むままに、まだ救われていない者を救い、まだ解脱していない者を解脱させ、まだ涅槃に至っていない者を涅槃へと導きなさい。舎利子よ、行きなさい。あなたの望むままに。」

於是，尊者舍梨子聞佛所說，善受善持，即從坐起，稽首佛足，繞三匝而去，還至己房，收舉床座，攝衣持鉢，即便出去遊行人間。

> そこで、舎利子尊者は仏の説かれたことを聞き、よく受けとめ、よく保ち、すぐに座から立ち上がり、仏の足に頭を地につけて礼拝し、三匝して去り、自分の部屋に戻り、座具を片付け、衣を整え、鉢を持ち、すぐに外出して世間を遊行した。

尊者舍梨子去後不久，有一梵行在於佛前犯相違法，白世尊曰：「今日尊者舍梨子輕慢我已，遊行人間。」

> 尊者シャーリプトラが立ち去って間もなく、一人の修行者が仏陀の御前に進み出て、規則に背く行為を犯し、世尊に申し上げました。 「今日、尊者シャーリプトラは私を軽んじ、人々の間を遊行しております。」

世尊聞已，告一比丘：「汝往舍梨子所，語舍梨子：『世尊呼汝。汝去不久，有一梵行在於我前犯相違法，而作是語：「世尊！今日尊者舍梨子輕慢我已，遊行人間。」』」

> 世尊はこれを聞き、一人の比丘に告げられた。 「そなたは舎利子のもとへ行き、こう伝えよ。 『世尊がそなたを呼んでおられる。そなたが去って間もなく、一人の修行者がわが前にて戒律に背く行いをし、このように申した。 「世尊よ、今日、尊者舎利子は私を軽んじ、人々の間を遊行しております」と』」

一比丘受教已，即從坐起，禮佛而去。於是，尊者阿難住世尊後執拂侍佛。

> ある比丘は教えを受け、座から立ち上がり、仏に礼拝して去りました。そこで、尊者アーナンダは世尊の後ろに立ち、扇を手に仕えました。

一比丘去後不久，尊者阿難即持戶鑰，遍至諸房，見諸比丘便作是語：「善哉！諸尊！速詣講堂，今尊者舍梨子當在佛前而師子吼，若尊者舍梨子所說甚深，息中之息，妙中之妙，如是說者，諸尊及我得聞此已，當善誦習，當善受持。」彼時，諸比丘聞尊者阿難語已，悉詣講堂。

> ある比丘が去って間もなく、尊者アーナンダは戸の鍵を持ち、各部屋を巡りながら、比丘たちにこう語りかけました。「善きかな、尊き方々よ。急いで講堂へお越しください。今、尊者サーリプッタが仏陀の御前で獅子吼をなさるでしょう。もし尊者サーリプッタが説くことが甚深で、静寂の中の静寂、妙なる中の妙なるものであれば、そのような説法を、尊き方々と私が聞いた後、善く誦習し、善く受持すべきです。」その時、比丘たちは尊者アーナンダの言葉を聞くと、皆講堂へと向かいました。

爾時，一比丘往詣尊者舍梨子所，白曰：「世尊呼汝。汝去不久，有一梵行在於我前犯相違法，而作是語：『世尊！今日尊者舍梨子輕慢我已，遊行人間。』」

> その時、一人の比丘が尊者舎利子のもとに赴き、申し上げた。 「世尊があなたをお呼びです。あなたが去って間もなく、一人の修行者が私の前で戒律に背く行為をし、こう言いました。 『世尊よ、今日尊者舎利子は私を軽んじ、人々の間を遊行しておられます。』」

於是，尊者舍梨子聞已，即從坐起，便還詣佛，稽首禮足，却坐一面。佛便告曰：「舍梨子！汝去不久，有一梵行在於我前犯相違法，而作是語：『世尊！今日尊者舍梨子輕慢我已，遊行人間。』舍梨子！汝實輕慢一梵行已而遊人間耶？」

> そこで、尊者舎利子はこれを聞くと、すぐに座から立ち上がり、仏のもとに戻り、額を地につけて礼拝し、一歩下がって座についた。仏は告げられた。「舎利子よ、お前が去って間もなく、一人の修行者が私の前に来て、規則に違反したと訴え、こう言った。『世尊よ、今日尊者舎利子は私を軽んじて、人々の間を遊行しておられます。』舎利子よ、お前は本当に一人の修行者を軽んじて、人々の間を遊行しているのか？」

尊者舍梨子白曰：「世尊！若無身身念者，彼便輕慢於一梵行而遊人間。世尊！我善有身身念，我當云何輕慢一梵行而遊人間？世尊！猶截角牛，至忍溫良，善調善御，從村至村，從巷至巷，所遊行處，無所侵犯。世尊！我亦如是，心如截角牛，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。世尊！若無身身念者，彼便輕慢於一梵行而遊人間。世尊！我善有身身念，我當云何輕慢一梵行而遊人間？

> 舎梨子尊者は世尊に申し上げました。「世尊よ、もし身体に対する気づきがなければ、人は清らかな行いを軽んじて世間を歩むことになるでしょう。しかし世尊よ、私はしっかりと身体への気づきを保っています。どうして清らかな行いを軽んじて世間を歩むことがありましょうか。世尊よ、角を切られた牛のように、私は穏やかで従順に調教され、村から村へ、路地から路地へと歩いても、何ものも傷つけることはありません。世尊よ、私の心もまた角を切られた牛のようです。執着も怒りもなく、憎しみも争いもなく、広大無辺に善く修められ、あらゆる世間に満ちあふれて、成就のうちに遊行しています。世尊よ、もし身体に対する気づきがなければ、人は清らかな行いを軽んじて世間を歩むことになるでしょう。世尊よ、私はしっかりと身体への気づきを保っています。どうして清らかな行いを軽んじて世間を歩むことがありましょうか。」

「世尊！猶旃陀羅子而截兩手，其意至下，從村至村，從邑至邑，所遊行處，無所侵犯。世尊！我亦如是，心如截手旃陀羅子，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。世尊！若無身身念者，彼便輕慢於一梵行而遊人間。世尊！我善有身身念，我當云何輕慢一梵行而遊人間？

> 世尊よ、ちょうど旃陀羅の子が両手を切り落とされ、その心が極めて謙虚になり、村から村へ、町から町へと巡り歩いても、何一つ侵害することがないように、世尊よ、私もまたそのようであります。私の心は、両手を切り落とされた旃陀羅の子のように、煩悩も怨みも怒りも争いもなく、極めて広大で、限りなく善く修められ、一切の世間に満ちあふれて遊行を成就しております。 世尊よ、もし身体に対する正しい気づきを持たない者がいれば、その者は清らかな行いを軽んじて人間界を遊行するでしょう。しかし世尊よ、私は身体に対する正しい気づきをしっかりと持っております。どうして清らかな行いを軽んじて人間界を遊行することがありましょうか。

「世尊！猶若如地，淨與不淨，大便、小便、涕、唾悉受，地不以此而有憎愛，不羞不慙，亦不愧恥。世尊！我亦如是，心如彼地，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。世尊！若無身身念者，彼便輕慢於一梵行而遊人間。世尊！我善有身身念，我當云何輕慢一梵行而遊人間？

> 世尊よ、大地は清らかなものも不浄なものも、大小便や涙、唾までもすべて受け入れ、それらによって憎んだり愛したりせず、恥じたり恥ずかしがったりすることはありません。世尊よ、私の心もその大地のように、わだかまりも怨みもなく、怒りも争いもなく、広大無辺で、善く修められ、あらゆる世間に満ちて遊行しています。世尊よ、もし身体に対する正しい念いがなければ、人は清らかな行いを軽んじて世を歩むことでしょう。しかし世尊よ、私は身体に対する正しい念いをしっかりと持っています。どうして清らかな行いを軽んじて世を歩むことがありましょうか。

「世尊！猶若如水，淨與不淨，大便、小便、涕、唾悉洗，水不以此而有憎愛，不羞不慙，亦不愧恥。世尊！我亦如是，心如彼水，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。世尊！若無身身念者，彼便輕慢於一梵行而遊人間。世尊！我善有身身念，我當云何輕慢一梵行而遊人間？

> 世尊よ、ちょうど水が、清いものも汚れたものも、大便や小便、鼻水や唾までも洗い流し、水はそれによって憎んだり愛したりせず、恥じず、恥ずかしがらず、また恥じることもないように。世尊よ、私もまたそのようであり、心はあの水のごとく、わだかまりも怨みもなく、怒りも争いもなく、極めて広く大きく、限りなく善く修められ、あまねくすべての世間に満ちて成就し遊ぶのです。世尊よ、もし身体に対する正しい気づきがないならば、その人は一つの清らかな行いを軽んじて人間の世を遊行するでしょう。世尊よ、私は善く身体に対する正しい気づきを持っています。どうして私は一つの清らかな行いを軽んじて人間の世を遊行することができましょうか？

「世尊！猶若如火，淨與不淨，大便、小便、涕、唾悉燒，火不以此而有憎愛，不羞不慙，亦不愧恥。世尊！我亦如是，心如彼火，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。世尊！若無身身念者，彼便輕慢於一梵行而遊人間。世尊！我善有身身念，我當云何輕慢一梵行而遊人間？

> 世尊よ、ちょうど火が清いものも清くないものも、大便や小便、鼻水や唾までもすべて焼き尽くすように、火はそれらに対して憎しみも愛着も抱かず、恥じることもなく、後ろめたさを感じることもありません。世尊よ、私の心もまたその火のようで、わだかまりも怨みもなく、怒りも争いもなく、広大無辺で、限りなく善く修められ、あらゆる世に満ちあふれて遊行しています。世尊よ、もし身体に対する正しい気づきを失えば、人は清らかな行いを軽んじて世を渡るでしょう。しかし世尊よ、私は身体に対する正しい気づきをしっかりと保っています。どうして清らかな行いを軽んじて世を渡ることができましょうか。

「世尊！猶若如風，淨與不淨，大便、小便、涕、唾悉吹，風不以此而有憎愛，不羞不慙，亦不愧耻。世尊！我亦如是，心如彼風，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。世尊！若無身身念者，彼便輕慢於一梵行而遊人間。世尊！我善有身身念，我當云何輕慢一梵行而遊人間？

> 世尊よ、ちょうど風が、清らかなものも清らかでないものも、大便も小便も鼻水も唾もすべてを吹き払うように、風はそれによって憎んだり愛したりせず、恥ずかしがらず、また恥じることもありません。世尊よ、私もまたそのように、心はあの風のようであり、とらわれも怨みもなく、怒りも争いもなく、極めて広く大きく、限りなく善く修められ、すべての世間に満ちあふれて遊行しています。世尊よ、もし身体への気づきがなければ、その者は一つの清らかな行いを軽んじて人間の世を遊行するでしょう。世尊よ、私は善く身体への気づきを持っています。どうして一つの清らかな行いを軽んじて人間の世を遊行することができましょうか。

「世尊！猶如掃󰆠，淨與不淨，大便、小便、涕、唾悉掃，󰆠不以此而有憎愛，不羞不慙，亦不愧耻。世尊！我亦如是，心如掃󰆠，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。世尊！若無身身念者，彼便輕慢於一梵行而遊人間。世尊！我善有身身念，我當云何輕慢一梵行而遊人間？

> 世尊よ、ちょうど塵取りのように、清いものも清くないものも、大小便も、鼻水も唾も、すべてを掃き集めても、それによって憎んだり愛したりせず、恥ずかしがらず、恥じることもないように。世尊よ、私もそのように、心は塵取りのようであり、わだかまりも怨みもなく、怒りも争いもなく、広大無辺に善く修められ、あらゆる世間に満ちあふれて遊行しています。世尊よ、もし身体に対する正しい気づきがないならば、その人は清らかな行いを軽んじて人々の間を遊行するでしょう。世尊よ、私は身体に対する正しい気づきを善く保っています。どうして清らかな行いを軽んじて人々の間を遊行することがありましょうか。

「世尊！猶晡旃尼，淨與不淨，大便、小便、涕、唾悉拭，晡旃尼不以此故而有憎愛，不羞不慙，亦不愧耻。世尊！我亦如是，心如晡旃尼，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。世尊！若無身身念者，彼便輕慢於一梵行而遊人間。世尊！我善有身身念，我當云何輕慢一梵行而遊人間？

> 世尊よ、ちょうどぼろ布が、清いものも汚れたものも、大便、小便、涙、唾など、すべてを拭い去るように、ぼろ布はそれゆえに憎むことも愛することもなく、恥ずかしがることもなく、恥じることもありません。世尊よ、私もまたそのようであります。心はぼろ布のごとく、結びつきも怨みもなく、怒りも争いもなく、極めて広く大きく、限りなく善く修められ、すべての世間に満ちあふれて遊行します。世尊よ、もし身体に対する正しい気づきがないならば、その者は一つの清らかな行いを軽んじて人間の世を遊行するでしょう。世尊よ、私はよく身体に対する正しい気づきをそなえています。どうして一つの清らかな行いを軽んじて人間の世を遊行することができましょうか。

「世尊！猶如膏瓶處處裂破，盛滿膏已而著日中，漏遍漏津遍津。若有目人，來住一面，見此膏瓶處處裂破，盛滿膏已而著日中，漏遍漏津遍津。世尊！我亦如是，常觀此身九孔不淨，漏遍漏津遍津。世尊！若無身身念者，彼便輕慢於一梵行而遊人間。世尊！我善有身身念，我當云何輕慢一梵行而遊人間？

> 世尊、それはちょうど、油を満たした壺がいたるところにひび割れていて、それを日なたに置けば、油が漏れ出し、染み出していくようなものです。もし目が見える人がそばに来て、この油壺がいたるところにひび割れ、油を満たして日なたに置かれ、漏れ出し染み出しているのを見たら、どう思うでしょうか。世尊、私もまた同じように、この身体が九つの穴から不浄なものが漏れ出し、染み出しているのを常に観じています。世尊、もし身体に対する正しい気づきがないなら、その人は清らかな行いを軽んじて、人々の間を歩むことになるでしょう。世尊、私は身体に対する正しい気づきをしっかりと持っています。どうして清らかな行いを軽んじて、人々の間を歩むことができましょうか。

「世尊！猶如有一自喜年少，沐浴澡洗，熏以塗香，著白淨衣，瓔珞自嚴，剃鬚治髮，頭冠華鬘，若以三屍，死蛇、死狗及以死人，青瘀膖脹，極臭爛壞，不淨流漫，繫著咽頸，彼懷羞慙，極惡穢之。世尊！我亦如是，常觀此身臭處不淨，心懷羞慙，極惡穢之。世尊！若無身身念者，彼便輕慢於一梵行而遊人間。世尊！我善有身身念，我當云何輕慢一梵行而遊人間？」

> 世尊よ、たとえば、ある若者が自らを喜び、沐浴し、塗香を薫らせ、白く清らかな衣をまとい、瓔珞で身を飾り、髭を剃り髪を整え、頭には花の冠をいただいているとしましょう。しかし、もしその首に、三つの屍——死んだ蛇、死んだ犬、そして死んだ人——が、青く変色し、膨れ上がり、ひどく腐敗して悪臭を放ち、不浄なものが流れ出ているものを結びつけられたなら、その若者は恥ずかしさと嫌悪に満ち、この穢れたものをひどく憎むことでしょう。 世尊よ、私もまた同じです。常にこの身体の不浄で臭いところを観察し、心に恥ずかしさと嫌悪を抱き、これをひどく穢れたものと憎んでいます。世尊よ、もし身体に対する正しい気づきがなければ、人は清らかな行いを軽んじ、世間を歩むことでしょう。しかし、世尊よ、私は身体に対する正しい気づきをしっかりと持っています。どうして、清らかな行いを軽んじて、世間を歩むことができましょうか。

於是，彼比丘即從坐起，稽首佛足，白世尊曰：「悔過，世尊！自首，善逝！如愚如癡，如不定，如不善。所以者何？謂我以虛妄言誣謗清淨梵行舍梨子比丘。世尊！我今悔過，願為受之，見已發露，後不更作。」

> そこで、その比丘はすぐに座から立ち上がり、仏陀の足に額をつけて礼拝し、世尊に申し上げました。「お悔み申し上げます、世尊よ！　自ら過ちを認めます、善逝よ！　愚かであり、迷い、心定まらず、不善であったからです。なぜなら、私は虚偽の言葉をもって清らかな梵行を実践する舎利子比丘を誹謗したからです。世尊よ！　今、私は悔い改めます。どうかお受け取りください。過ちを明らかにし、今後は二度と繰り返しません。」

世尊告曰：「如是。比丘！汝實如愚如癡，如不定，如不善。所以者何？謂汝以虛妄言空無真實，誣謗清淨梵行舍梨子比丘。汝能悔過，見已發露，後不更作。若有悔過，見已發露，後不更作者，如是長養於聖法、律則不衰退。」

> 世尊はおっしゃいました。「その通りです。比丘よ、あなたはまことに愚かであり、迷い、定まらず、善くありません。なぜなら、あなたは虚偽の言葉で、真実がなく空しいと、清らかな梵行を実践する舎利子比丘を誹謗したからです。あなたは過ちを悔い、それを明らかにし、二度と繰り返さないようにしなさい。もし過ちを悔い、それを明らかにし、二度と繰り返さないなら、そうして聖なる法と戒律を育むことは、決して衰えることはありません。」

於是，佛告尊者舍梨子：「汝速受彼癡人悔過，莫令彼比丘即於汝前頭破七分。」

> そこで、仏は尊者舎利子にお告げになりました。「あなたは早くあの愚かな者の悔い改めを受け入れなさい。あの比丘があなたの目の前で頭が七つに割れることのないように」

尊者舍梨子即為哀愍彼比丘故，便受悔過。

> 尊者シャーリプトラは、その比丘を哀れみ、悔過を受け入れました。

佛說如是。尊者舍梨子及諸比丘，聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。尊者舎利子と諸比丘たちは、仏が説かれたことを聞き、歓喜して教えを奉じ行いました。

師子吼經第四竟千九百七十七字

> 師子吼経　第四巻　終わり<note>千九百七十七字</note>