---
title: "中阿含經 · 55 涅槃經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma7j417n022ljl0as11i6a9e"
---

### （五五）中阿含習相應品涅槃經第十四初一日誦

> 中阿含経　習相応品　涅槃経第十四

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦様は舎衛国におられ、勝林給孤独園に滞在されていました。

爾時，世尊告諸比丘：「涅槃有習，非無習。何謂涅槃習？答曰解脫為習。解脫亦有習，非無習。何謂解脫習？答曰無欲為習。無欲亦有習，非無習。何謂無欲習？答曰厭為習。厭亦有習，非無習。何謂厭習？答曰見如實、知如真為習。見如實、知如真亦有習，非無習。何謂見如實、知如真習？答曰定為習。定亦有習，非無習。何謂定習？答曰樂為習。樂亦有習，非無習。何謂樂習？答曰止為習。止亦有習，非無習。何謂止習？答曰喜為習。喜亦有習，非無習。何謂喜習？答曰歡悅為習。歡悅亦有習，非無習。何謂歡悅習？答曰不悔為習。不悔亦有習，非無習。何謂不悔習？答曰護戒為習。護戒亦有習，非無習。何謂護戒習？答曰護諸根為習。護諸根亦有習，非無習。何謂護諸根習？答曰正念、正智為習。正念、正智亦有習，非無習。何謂正念、正智習？答曰正思惟為習。正思惟亦有習，非無習。何謂正思惟習？答曰信為習。信亦有習，非無習。何謂信習？答曰苦為習。苦亦有習，非無習。何謂苦習？答曰老死為習。老死亦有習，非無習。何謂老死習？答曰生為習。生亦有習，非無習。何謂生習？答曰有為習。有亦有習，非無習。何謂有習？答曰受為習。受亦有習，非無習。何謂受習？答曰愛為習。愛亦有習，非無習。何謂愛習？答曰覺為習。覺亦有習，非無習。何謂覺習？答曰更樂為習。更樂亦有習，非無習。何謂更樂習？答曰六處為習。六處亦有習，非無習。何謂六處習？答曰名色為習。名色亦有習，非無習。何謂名色習？答曰識為習。識亦有習，非無習。何謂識習？答曰行為習。行亦有習，非無習。何謂行習？答曰無明為習。

> その時、世尊は比丘たちに告げられた。 「涅槃には因縁がある。因縁がないのではない。 涅槃の因縁とは何か。解脱が因縁である。 解脱にも因縁がある。因縁がないのではない。 解脱の因縁とは何か。無欲が因縁である。 無欲にも因縁がある。因縁がないのではない。 無欲の因縁とは何か。厭離（えんり）が因縁である。 厭離にも因縁がある。因縁がないのではない。 厭離の因縁とは何か。ありのままに見て、ありのままに知ることが因縁である。 ありのままに見て、ありのままに知ることにも因縁がある。因縁がないのではない。 その因縁とは何か。禅定が因縁である。 禅定にも因縁がある。因縁がないのではない。 禅定の因縁とは何か。安楽が因縁である。 安楽にも因縁がある。因縁がないのではない。 安楽の因縁とは何か。寂静が因縁である。 寂静にも因縁がある。因縁がないのではない。 寂静の因縁とは何か。喜びが因縁である。 喜びにも因縁がある。因縁がないのではない。 喜びの因縁とは何か。歓悦が因縁である。 歓悦にも因縁がある。因縁がないのではない。 歓悦の因縁とは何か。後悔しないことが因縁である。 後悔しないことにも因縁がある。因縁がないのではない。 後悔しないことの因縁とは何か。戒律を守ることが因縁である。 戒律を守ることにも因縁がある。因縁がないのではない。 戒律を守ることの因縁とは何か。諸根（しょこん）を守ることが因縁である。 諸根を守ることにも因縁がある。因縁がないのではない。 諸根を守ることの因縁とは何か。正念と正知が因縁である。 正念と正知にも因縁がある。因縁がないのではない。 正念と正知の因縁とは何か。正思惟が因縁である。 正思惟にも因縁がある。因縁がないのではない。 正思惟の因縁とは何か。信仰が因縁である。 信仰にも因縁がある。因縁がないのではない。 信仰の因縁とは何か。苦しみが因縁である。 苦しみにも因縁がある。因縁がないのではない。 苦しみの因縁とは何か。老死が因縁である。 老死にも因縁がある。因縁がないのではない。 老死の因縁とは何か。生が因縁である。 生にも因縁がある。因縁がないのではない。 生の因縁とは何か。有（う）が因縁である。 有にも因縁がある。因縁がないのではない。 有の因縁とは何か。受（じゅ）が因縁である。 受にも因縁がある。因縁がないのではない。 受の因縁とは何か。愛（あい）が因縁である。 愛にも因縁がある。因縁がないのではない。 愛の因縁とは何か。覚（かく）が因縁である。 覚にも因縁がある。因縁がないのではない。 覚の因縁とは何か。触（そく）が因縁である。 触にも因縁がある。因縁がないのではない。 触の因縁とは何か。六処（ろくしょ）が因縁である。 六処にも因縁がある。因縁がないのではない。 六処の因縁とは何か。名色（みょうしき）が因縁である。 名色にも因縁がある。因縁がないのではない。 名色の因縁とは何か。識（しき）が因縁である。 識にも因縁がある。因縁がないのではない。 識の因縁とは何か。行（ぎょう）が因縁である。 行にも因縁がある。因縁がないのではない。 行の因縁とは何か。無明が因縁である。」

「是為緣無明行，緣行識，緣識名色，緣名色六處，緣六處更樂，緣更樂覺，緣覺愛、緣愛受，緣受有，緣有生，緣生老死，緣老死苦。習苦，便有信。習信，便有正思惟。習正思惟，便有正念正智。習正念正智，便有護諸根、護戒、不悔、歡悅、喜、止、樂、定、見如實、知如真、厭、無欲、解脫。習解脫，便得涅槃。」

> これは、無明を縁として行が生じ、行を縁として識が生じ、識を縁として名色が生じ、名色を縁として六処が生じ、六処を縁として触が生じ、触を縁として受が生じ、受を縁として愛が生じ、愛を縁として取が生じ、取を縁として有が生じ、有を縁として生が生じ、生を縁として老死が生じ、老死を縁として苦が生じるという縁起の道理です。 苦を深く観じると、信仰が生まれます。信仰を深めると、正しい考え方が生まれます。正しい考え方を深めると、正しい気づきと正しい智慧が生まれます。正しい気づきと智慧を深めると、諸根を護り、戒を守り、後悔せず、歓喜し、喜び、心が静まり、安楽を得て、心が定まり、物事をありのままに見て、真実を知り、厭離し、欲望を離れ、解脱します。解脱を深めると、涅槃を得ることができるのです。

佛說如是。彼諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取りになりました。

涅槃經第十四竟六百六十三字

> 涅槃経第十四巻終わり<note>六百六十三字</note>