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title: "中阿含經 · 60 四洲經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （六〇）中阿含王相應品四洲經第三初一日誦

> （六〇）中阿含 王相応品 四洲経 第三<note>初一日誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，尊者阿難在安靜處，燕坐思惟而作是念：「世人甚少少能於欲有滿足意，少有厭患於欲而命終者；世人於欲有滿足意，厭患於欲而命終者，為甚難得。」

> その時、尊き阿難尊者は静かな場所で坐禅を組み、次のように考えました。 「世の中の人々は、欲望に対して満足する心を持つ者はごくわずかであり、欲望に厭う気持ちを持って命を終える者もまた少ない。欲望に満足し、厭い離れて命を終える者は、実に得難いものである。」

尊者阿難則於晡時從燕坐起，往詣佛所，到已作禮，却住一面，白曰：「世尊！我今在安靜處，燕坐思惟而作是念：『世人甚少少能於欲有滿足意，少有厭患於欲而命終者；世人於欲有滿足意，厭患於欲而命終者，為甚難得。』」

> 尊者アーナンダは、夕方の休息から立ち上がり、仏のもとへ向かいました。到着して礼拝を済ませると、一方に立って言いました。「世尊よ、私は今、静かな場所で座って瞑想しながら、こう考えました。『世の人々の中で、欲望に満足する心を持つ者は非常に少なく、欲望を厭い患いて命を終える者もまた少ない。欲望に満足し、欲望を厭い患いて命を終える者は、実に得がたいものである。』」

佛告阿難：「如是，如是。世人甚少少能於欲有滿足意，少有厭患於欲而命終者。阿難！世人於欲有滿足意，厭患於欲而命終者，為甚難得。阿難！世人極甚難得，極甚難得於欲有滿足意，厭患於欲而命終者。阿難！但世間人甚多甚多，於欲無滿足意，不厭患欲而命終也。所以者何？阿難！往昔有王名曰頂生，作轉輪王，聰明智慧，有四種軍，整御天下，由己自在，如法法王成就七寶，彼七寶者，輪寶、象寶、馬寶、珠寶、女寶、居士寶、主兵臣寶，是為七，千子具足，顏貌端正，勇猛無畏，能伏他眾，彼必統領此一切地乃至大海，不以刀杖，以法教令，令得安樂。阿難！彼頂生王而於後時極大久遠，便作是念：『我有閻浮洲，極大富樂，多有人民，我有七寶，千子具足，我欲於宮雨寶七日，積至于膝。』阿難！彼頂生王有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神，適發心已，即於宮中雨寶七日，積至于膝。

> 仏が阿難に告げられた。「その通り、その通りです。世の人々で、欲望に満足する心を持ち、欲望を厭い嫌って命を終える者は、非常に少ないのです。阿難よ、欲望に満足する心を持ち、欲望を厭うて命を終える者は、実に得難いのです。阿難よ、世の人々の中で、欲望に満足し、それを厭うて命を終えることは、極めて稀であり、極めて得難いことなのです。阿難よ、しかし世間の人々の多くは、欲望に満足せず、それを厭うことなく命を終えていきます。なぜでしょうか。阿難よ、昔、頂生という名の王がおりました。彼は転輪王となり、聡明で智慧があり、四種の軍勢を備え、天下を自在に統べ治め、正法に従う法王として七宝を成就していました。その七宝とは、輪宝・象宝・馬宝・珠宝・女宝・居士宝・主兵臣宝の七つであり、また千人の王子たちを従え、皆、顔かたちは端整で、勇猛にして恐れるところがなく、他の軍勢を打ち負かす力がありました。彼はこの全地を、大海に至るまで、刀や杖を使うことなく、法の教えによって治め、人々を安楽にさせました。阿難よ、その頂生王は、非常に長い時が過ぎた後、こう考えました。『私は閻浮洲（人間界）を持ち、非常に豊かで楽しく、多くの人々を有している。私は七宝を持ち、千人の王子もいる。今、宮殿の中に七日間、宝を降り積もらせ、膝の高さまでにしたいものだ。』阿難よ、その頂生王は、大きな如意足（思いのままに叶える力）と、大きな威徳と、大きな福徳と、大きな威神力を持っていて、その心がけた途端に、宮殿の中に七日間、宝を降り積もらせ、膝の高さにまで至らせたのです。」

「阿難！彼頂生王而於後時極大久遠，復作是念：『我有閻浮洲，極大富樂，多有人民，我有七寶，千子具足，及於宮中雨寶七日，積至于膝。我憶曾從古人聞之，西方有洲名瞿陀尼，極大富樂，多有人民。我今欲往見瞿陀尼洲，到已整御。』阿難！彼頂生王有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神，適發心已，即以如意足乘虛而去，及四種軍。阿難！彼頂生王即時往到住瞿陀尼洲。阿難！彼頂生王住已整御瞿陀尼洲，乃至無量百千萬歲。

> 「アーナンダよ、かの頂生王は、その後、極めて長い年月を経て、またこう考えた。『私は閻浮洲（えんぶしゅう）を得て、非常に豊かで栄え、多くの民がいる。また七宝と千人の子宝にも恵まれ、宮殿には七日間にわたって宝が雨のように降り注ぎ、膝の高さまで積もった。昔、人の話に聞いたところによれば、西方に瞿陀尼洲（くだにしゅう）という洲があり、非常に豊かで栄え、多くの民がいるという。私は今、その瞿陀尼洲を見に行き、そこを統治したい。』アーナンダよ、頂生王には大きな自在の力があり、大きな威徳と大きな福徳、そして大きな神通力があった。そう心に思うや、たちまち自在の力によって空に乗り、四種の軍勢と共に飛び去った。アーナンダよ、頂生王はすぐに瞿陀尼洲に到着し、そこに留まって統治した。そして無量の百千万年の歳月を過ごした。」

「阿難！彼頂生王而於後時極大久遠，復作是念：『我有閻浮洲，極大富樂，多有人民，我有七寶，千子具足，及於宮中雨寶七日，積至于膝，我亦復有瞿陀尼洲。我復曾從古人聞之，東方有洲名弗婆鞞陀提，極大富樂，多有人民。我今欲往見弗婆鞞陀提洲，到已整御。』阿難！彼頂生王有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神，適發心已，即以如意足乘虛而去，及四種軍。阿難！彼頂生王即時往到住弗婆鞞陀提洲。阿難！彼頂生王住已整御弗婆鞞陀提洲，乃至無量百千萬歲。

> 「阿難よ、その頂生王は、その後、はるかに長い年月が過ぎてから、再びこう思いました。『私は閻浮洲（えんぶしゅう）を持ち、それは非常に豊かで繁栄し、多くの民がいる。私は七宝を有し、千人の子らに恵まれ、宮殿には七日間にわたって宝が雨のように降り注ぎ、膝の高さまで積もった。また、私は瞿陀尼洲（くだにしゅう）も手に入れている。さらに、昔の人から聞いたことがある。東の洲に弗婆鞞陀提洲（ふばびょうだいしゅう）というものがあり、それは非常に豊かで繁栄し、多くの民がいるという。私は今、その弗婆鞞陀提洲を見に行き、そこを治めたいものだ。』 阿難よ、その頂生王は、大いなる自在の力、大いなる威徳、大いなる福徳、大いなる神力を持っていました。その心が決まるとすぐに、自在の力によって虚空を飛び、四種の軍勢も共に従いました。阿難よ、頂生王はすぐに弗婆鞞陀提洲に到着し、そこに留まりました。阿難よ、頂生王はそこに留まって弗婆鞞陀提洲を治め、そのまま無量百千万年の歳月が過ぎました。」

「阿難！彼頂生王而於後時極大久遠，復作是念：『我有閻浮洲，極大富樂，多有人民，我有七寶，千子具足，及於宮中雨寶七日，積至于膝，我亦復有瞿陀尼洲，亦有弗婆鞞陀提洲。我復曾從古人聞之，北方有洲名欝單曰，極大富樂，多有人民，彼雖無我想亦無所受。我今欲往見欝單曰洲，到已整御，及諸眷屬。』阿難！彼頂生王有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神，適發心已，即以如意足乘虛而去，及四種軍。

> 「阿難よ、その頂生王は、さらに長い年月が過ぎた後、再びこう考えました。『我は閻浮洲（えんぶしゅう）を有し、大きな富と楽しみ、多くの人々がいる。また、七宝と千人の子、宮殿に七日間雨のように降り積もり膝に達するほどの宝も持つ。我はさらに瞿陀尼洲（くだにしゅう）と弗婆鞞陀提洲（ふっぱびょうだたいしゅう）も有している。かつて古人から、北方に欝単曰洲（うったんにゃくしゅう）という大陸があり、そこは非常に豊かで幸せ、多くの人々が住むと聞いた。そこには私（自我）という概念はなく、執着の対象もないという。私は今、その欝単曰洲を見に行き、自らの手で治め、また眷属たちと共にいたい』と。 阿難よ、その頂生王は、大きな如意足（自由に行動できる神通力）を持ち、大きな威徳と大きな福徳、大きな神威を備えていました。そのように思い立った瞬間、如意足の力によって虚空に乗り、四つの軍勢とともに飛んでいきました。」

「阿難！彼頂生王遙見平地白，告諸臣曰：『卿等見欝單曰平地白耶？』諸臣對曰：『見也。天王！』王復告曰：『卿等知不？彼是欝單曰人自然粳米，欝單曰人常所食者，卿等亦應共食此食。』阿難！彼頂生王復遙見欝單曰洲中，若干種樹，淨妙嚴飾，種種綵色，在欄楯裏，告諸臣曰：『卿等見欝單曰洲中，若干種樹，淨妙嚴飾，種種綵色，在欄楯裏耶？』諸臣對曰：『見也。天王！』王復告曰：『卿等知不？是欝單曰人衣樹，欝單曰人取此衣著，卿等亦應取此衣著。』阿難！彼頂生王即時往到住欝單曰洲。阿難！彼頂生王住已整御欝單曰洲，乃至無量百千萬歲，及諸眷屬。

> 「阿難よ。頂生王は遠くに平地が白く見えるのを認めて、臣たちに告げた。『諸君、欝単曰（うたんじょ）の平地が白く見えるのがわかるか？』臣たちは答えた。『見えます、天王。』王はさらに告げた。『諸君、知っているか？あれは欝単曰人の自然の粳米（うるちまい）であり、欝単曰人が常に食べているものだ。諸君もこの食物を共に食べるべきである。』 阿難よ。頂生王はまた遠くに欝単曰の洲の中に、様々な種類の木々があり、清らかで見事に飾られ、さまざまな色彩が欄干の中にあるのを見て、臣たちに告げた。『諸君、欝単曰の洲の中に、様々な種類の木々があり、清らかで見事に飾られ、さまざまな色彩が欄干の中にあるのが見えるか？』臣たちは答えた。『見えます、天王。』王はさらに告げた。『諸君、知っているか？それは欝単曰人の衣樹（えじゅ）であり、欝単曰人はこれから衣を取って着ている。諸君もこの衣を取って着るべきである。』 阿難よ。頂生王はすぐに欝単曰の洲に赴いてとどまった。阿難よ。頂生王はとどまってから欝単曰の洲を統治し、無量百千万歳の間、多くの臣従を従えたのである。」

「阿難！彼頂生王而於後時極大久遠，復作是念：『我有閻浮洲，極大富樂，多有人民，我有七寶，千子具足，及於宮中雨寶七日，積至于膝，我亦復有瞿陀尼洲，亦有弗婆鞞陀提洲，亦有欝單曰洲。我復曾從古人聞之，有天名曰三十三天。我今欲往見三十三天。』阿難！彼頂生王有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神，適發心已，即以如意足乘虛而往，及四種軍，向日光去。

> 「阿難よ。その後、非常に長い時が過ぎてから、頂生王はこう考えました。『私は閻浮洲（えんぶしゅう）を有し、非常に豊かで繁栄し、多くの人民を擁している。また、私は七宝を有し、千人もの息子たちに恵まれ、宮殿の中には七日の間、宝が膝の高さまで降り積もった。さらに、私は瞿陀尼洲（くだにしゅう）も、弗婆鞞陀提洲（ふっぱびょうだたいしゅう）も、欝単曰洲（うったんえつしゅう）も有している。私は昔、人から、三十三天（とりとりてん）という天の存在を聞いたことがある。今、私はその三十三天に行ってみたいものだ』と。 阿難よ。頂生王は、大いなる自在の神通力、大いなる威徳、大いなる福徳、大いなる威力を有していました。その思いを起こすや否や、神通力によって虚空に乗り、四種の軍勢を従えて、太陽の方角へと向かっていったのです。」

「阿難！彼頂生王遙見三十三天中，須彌山王上猶如大雲，告諸臣曰：『卿等見三十三天中，須彌山王上猶如大雲耶？』諸臣對曰：『見也。天王！』王復告曰：『卿等知不？是三十三天晝度樹也。三十三天在此樹下，於夏四月，具足五欲，而自娛樂。』阿難！彼頂生王復遙見三十三天中，須彌山王上近於南邊猶如大雲，告諸臣曰：『卿等見三十三天中，須彌山王上近於南邊猶如大雲耶？』諸臣對曰：『見也。天王！』王復告曰：『卿等知不？是三十三天正法之堂，三十三天於此堂中，八日、十四日、十五日，為天為人，思法思義。』

> 「阿難よ、あの頂生王は、遠くに三十三天にある須弥山の上に、大きな雲のようなものがあるのを見て、家臣たちに言いました。『卿たちは、三十三天の須弥山の上に、大きな雲のようなものがあるのを見るか？』家臣たちは答えました。『はい、天の王よ、見えます。』王はさらに言いました。『卿たちは知っているか？あれは三十三天の昼度樹という木だ。三十三天の天人は、この木の下で、夏の四ヶ月の間、五欲を満たして楽しむのだ。』 阿難よ、また、あの頂生王は、遠くに三十三天にある須弥山の上の南側に、大きな雲のようなものがあるのを見て、家臣たちに言いました。『卿たちは、三十三天の須弥山の上の南側に、大きな雲のようなものがあるのを見るか？』家臣たちは答えました。『はい、天の王よ、見えます。』王はさらに言いました。『卿たちは知っているか？あれは三十三天の正法の堂だ。三十三天の天人は、この堂の中で、八日、十四日、十五日に、天と人のために、法と思いやりについて考えるのだ。』」

「阿難！彼頂生王即到三十三天。彼頂生王到三十三天已，即入法堂。於是，天帝釋便與頂生王半座令坐，彼頂生王即坐天帝釋半座。於是，頂生王及天帝釋都無差別，光光無異，色色無異，形形無異，威儀禮節及其衣服亦無有異，唯眼眴異。

> 「阿難よ、その頂生王はたちまち三十三天に至りました。頂生王が三十三天に至ると、すぐに法堂に入りました。そこで、天帝釋は頂生王に自らの半座を譲って坐らせました。頂生王は天帝釋の半座に坐りました。ここにおいて、頂生王と天帝釋の間には何の違いもなく、輝きも、色も、姿形も、威儀や礼節、さらには衣服に至るまで、まったく同じであり、ただまばたきの仕方だけが異なっていたのです。」

「阿難！彼頂生王而於後時極大久遠，復作是念：『我有閻浮洲，極大富樂，多有人民，我有七寶，千子具足，及於宮中雨寶七日，積至于膝。我亦復有瞿陀尼洲，亦有弗婆鞞陀提洲，亦有欝單曰洲。我又已見三十三天雲集大會，我已得入諸天法堂。又天帝釋與我半座，我已得坐帝釋半座，我與帝釋都無差別，光光無異，色色無異，形形無異，威儀禮節及其衣服亦無有異，唯眼眴異。我今寧可驅帝釋去，奪取半座，作天人王，由己自在。』

> 「阿難よ、その頂生王は、その後、非常に長い年月を経て、再びこう思った。『私は閻浮洲を有し、それは非常に豊かで幸せで、多くの人々がいる。私は七宝を持ち、一千人の子息を備え、宮中では七日間宝の雨が降り、膝の高さまで積もった。私はまた、瞿陀尼洲も有し、弗婆鞞陀提洲も有し、鬱単曰洲も有する。私はまた、三十三天の雲集する集会を見たことがあり、諸天の法堂に入ることもできた。さらに、天帝釈は私に半座を与え、私は帝釈の半座に座ることができた。私は帝釈と全く差がなく、光も同じ、色も同じ、形も同じ、威儀や礼節、衣服さえも異なるところはない。ただ、まばたきの仕方だけが異なる。私は今こそ、帝釈を追い払い、半座を奪い取り、天人王となって、己の思いのままに支配するがよい』」

「阿難！彼頂生王適發此念，不覺已下在閻浮洲，便失如意足，生極重病。命將終時，諸臣往詣頂生王所白曰：『天王！若有梵志、居士及臣人民，來問我等：「頂生王臨命終時說何等事？天王！我等當云何答梵志、居士及臣人民？」』

> 「アーナンダ、その頂生王がこのように思った瞬間、気づかないうちに閻浮洲に降りてしまい、如意足を失い、深刻な病に陥った。命が終わろうとする時、臣下たちが頂生王のもとに来て申し上げた。『天王よ、もしバラモンや在家信者、家臣や民衆が来て、私どもに「頂生王は臨終の際にどのようなことをおっしゃいましたか」と尋ねましたら、天王よ、私どもはどうお答えすべきでしょうか。』」

「時，頂生王告諸臣曰：『若梵志、居士及臣人民，來問卿等：「頂生王臨命終時說何等事？」卿等應當如是答之：「頂生王得閻浮洲，意不滿足而命終。頂生王得七寶，意不滿足而命終。千子具足，意不滿足而命終。頂生王七日雨寶，意不滿足而命終。頂生王得瞿陀尼洲，意不滿足而命終。頂生王得弗婆鞞陀提洲，意不滿足而命終。頂生王得欝單曰洲，意不滿足而命終。頂生王見諸天集會，意不滿足而命終。頂生王具足五欲功德色、聲、香、味、觸，意不滿足而命終。」若梵志、居士及臣人民，來問卿等：「頂生王臨命終時說何等事？」卿等應當如是答之。』」

> その時、頂生王は家臣たちに告げました。 「もしバラモンや在家信者、あるいは臣下や民衆が、お前たちに『頂生王は臨終の際、どのようなことを言い残したのか』と尋ねたら、お前たちはこう答えよ。 『頂生王は閻浮洲（インドの大陸）を手に入れたが、満足せずに命を終えた。 頂生王は七宝を手に入れたが、満足せずに命を終えた。 千人の王子に恵まれても、満足せずに命を終えた。 頂生王は七日間にわたって宝の雨を降らせたが、満足せずに命を終えた。 頂生王は瞿陀尼洲（西方の大陸）を手に入れたが、満足せずに命を終えた。 頂生王は弗婆鞞陀提洲（東方の大陸）を手に入れたが、満足せずに命を終えた。 頂生王は欝単曰洲（北方の大陸）を手に入れたが、満足せずに命を終えた。 頂生王は天人の集まりを見たが、満足せずに命を終えた。 頂生王は五つの欲の対象（色・声・香・味・触）をすべて手に入れたが、満足せずに命を終えた。』 もしバラモンや在家信者、臣下や民衆が、お前たちに『頂生王は臨終の際、どのようなことを言い残したのか』と尋ねたら、お前たちはまさにそのように答えよ。」

於是，世尊而說頌曰：

> そこで、世尊は次のように偈を説かれました。

「天雨妙珍寶， 欲者無厭足，欲苦無有樂， 慧者應當知。若有得金積， 猶如大雪山，一一無有足， 慧者作是念。得天妙五欲， 不以此五樂，斷愛不著欲， 等正覺弟子。」

> 天より妙なる宝が降り注いでも、 欲深い者は決して満足することなく、 欲望は苦しみをもたらし、真の楽しみはない── 智慧ある者はこれを知るべきである。 たとえ金を積み上げて、 大きな雪山のごとくにしても、 一つひとつに足ることを知らず、 智慧ある者はこう考える。 たとえ天の素晴らしい五つの欲を得ようとも、 この五つの楽しみに心を寄せず、 愛執を断ち、欲望に執着しない── それが正しく目覚めた者の弟子である。

於是，世尊告曰：「阿難！昔頂生王，汝謂異人耶？莫作斯念，當知即是我也。阿難！我於爾時為自饒益，亦饒益他，饒益多人，愍傷世間，為天、為人求義及饒益，求安隱快樂。爾時說法不至究竟，不究竟白淨，不究竟梵行，不究竟梵行訖。爾時不離生老病死、啼哭憂慼，亦未能得脫一切苦。阿難！我今出世，如來、無所著、等正覺、明行成為、善逝、世間解、無上士、道法御、天人師，號佛、眾祐。我今自饒益，亦饒益他，饒益多人，愍傷世間，為天、為人求義及饒益，求安隱快樂。我今說法得至究竟，究竟白淨，究竟梵行，究竟梵行訖。我今得離生老病死、啼哭憂慼，我今已得脫一切苦。」

> そこで、世尊はお告げになりました。「阿難よ、昔の頂生王というのは、あなたは他人だと思うか。そのように思ってはならない。知るがよい、それはまさに私であったのだ。阿難よ、私はその時、自らの益のため、また他者の益のため、多くの人々の益のため、世の中を哀れみ、天や人のために意義と利益を求め、安らぎと楽を求めていた。しかし、その時に説いた法は究極には至らず、究極の清らかさには至らず、究極の梵行（清らかな行い）には至らず、究極の梵行を成し遂げることはなかった。その時は、生・老・病・死、泣き悲しみ、憂いから離れておらず、あらゆる苦しみから解脱することもできなかった。 阿難よ、私は今、この世に出現し、如来・無所著・等正覚・明行成就・善逝・世間解・無上士・道法御・天人師・仏・衆祐と称される存在となった。私は今、自らの益のため、また他者の益のため、多くの人々の益のため、世の中を哀れみ、天や人のために意義と利益を求め、安らぎと楽を求めている。私は今、説く法が究極に至り、究極の清らかさに至り、究極の梵行に至り、究極の梵行を成し遂げている。私は今、生・老・病・死、泣き悲しみ、憂いから離れ、あらゆる苦しみからすでに解脱したのである。」

佛說如是。尊者阿難及諸比丘，聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。尊者アーナンダと諸々の比丘たちは、仏の説かれたことを聞き、歓喜してこれを行いました。

四洲經第三竟二千三百五十三字

> 四つの洲の経　第三　了<note>二千三百五十三字</note>