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title: "中阿含經 · 63 鞞婆陵耆經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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## 中阿含經卷第十二

> 中阿含経 第十二巻

東晉罽賓三藏瞿曇僧伽提婆譯

> 東晋・罽賓三蔵・瞿曇僧伽提婆 訳

### （六三）中阿含王相應品鞞婆陵耆經第六初一日誦

> （六三）中阿含 王相应品 鞞婆陵耆経 第六<note>初一日誦</note

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊拘薩羅國。

> ある時、ブッダはコーサラ国を旅しておられた。

爾時，世尊與大比丘眾俱行道，中路欣然而笑。尊者阿難見世尊笑，叉手向佛，白曰：「世尊！何因緣笑？諸佛如來、無所著、等正覺若無因緣，終不妄笑。願聞其意。」

> ある時、世尊は大勢の修行僧たちと共に道を歩いておられました。途中で、世尊は嬉しそうに微笑まれました。尊者アーナンダはその笑顔を見て、合掌し、仏に向かって申し上げました。「世尊よ、どのような因縁でお笑いになられたのですか。諸仏・如来・阿羅漢・正等覚者は、理由なくして決して笑われることはありません。どうかそのお心をお聞かせください。」

彼時，世尊告曰：「阿難！此處所中，迦葉如來、無所著、等正覺在此處坐，為弟子說法。」

> その時、世尊はおっしゃいました。「アーナンダよ、この場所で、カシャパ如来（完全に目覚めた方）が弟子たちに説法をしながら座っておられたのです。」

於是，尊者阿難即在彼處速疾敷座，叉手向佛，白曰：「世尊！唯願世尊亦坐此處，為弟子說法，如是此處為二如來、無所著、等正覺所行。」

> そこで、尊者アーナンダは、その場に素早く座を整え、手を組み仏に向かって申し上げた。「世尊よ、どうか世尊もこちらにお座りください。弟子たちのために法を説いてください。そうすれば、この地は二人の如来・阿羅漢・正等覚者の足跡が宿る所となります。」

爾時，世尊便於彼處坐尊者阿難所敷之座，坐已，告曰：「阿難！此處所中，迦葉如來、無所著、等正覺有講堂，迦葉如來、無所著、等正覺於中坐已，為弟子說法。阿難！此處所中昔有村邑，名鞞婆陵耆，極大豐樂，多有人民。阿難！鞞婆陵耆村邑之中有梵志大長者，名曰無恚，極大富樂，資財無量，畜牧產業不可稱計，封戶食邑種種具足。阿難！梵志大長者無恚有子，名優多羅摩納，為父母所舉，受生清淨，乃至七世父母不絕種族，生生無惡，博聞總持，誦過四典經，深達因、緣、正、文、戲五句說。阿難！優多羅童子有善朋友，名難提波羅陶師，常為優多羅童子之所愛念，喜見無厭。

> その時、世尊は尊者アーナンダが敷いた座に坐り、こう告げられた。「アーナンダよ、この場所には、過去にカッサパ如来、阿羅漢、正等覚者が講堂をお持ちであり、その中で坐り、弟子たちのために法を説かれたのである。アーナンダよ、この場所には昔、ヴェーパリンガという村があり、非常に繁栄し、多くの人々が住んでいた。アーナンダよ、そのヴェーパリンガ村には、無恚という名のバラモンの大長者がいた。彼は極めて裕福で、財宝は無量、家畜や財産は計り知れず、領地や収入も十分に備えていた。アーナンダよ、そのバラモンの大長者・無恚には、ウッタラという名の子がいた。彼は両親に大切に育てられ、生まれながらに清らかで、七代前の祖父母に至るまで、善い家系を絶やすことなく、生まれながらに悪はなかった。広く学問を修め、四つのヴェーダを暗誦し、原因、縁起、正文、戯れの五つの句説を深く理解していた。アーナンダよ、そのウッタラ童子には、ダニヤパーラという陶工の良き友がいた。ウッタラ童子はいつも彼を愛し、喜んで会い、飽きることがなかった。

「阿難！難提波羅陶師歸佛、歸法、歸比丘眾，不疑三尊，不惑苦、習、滅、道，得信、持戒、博聞、惠施、成就智慧，離殺、斷殺、棄捨刀杖，有慚有愧，有慈悲心，饒益一切乃至蜫蟲，彼於殺生淨除其心。阿難！難提波羅陶師離不與取，斷不與取，與之乃取，樂於與取，常好布施，歡喜無悋，不望其報，彼於不與取淨除其心。阿難！難提波羅陶師離非梵行，斷非梵行，勤修梵行，精勤妙行，清淨無穢，離欲斷婬，彼於非梵行淨除其心。

> 「阿難よ。難提波羅陶師は、仏に帰依し、法に帰依し、僧伽に帰依した。三宝に疑いを持たず、苦・集・滅・道の四諦に惑わされることもなかった。彼は確かな信心を得て、戒を保ち、広く教えを聞き、施しを行い、智慧を成就していた。殺生から離れ、殺すことを断ち、刀や杖を捨て、慚愧の心を持ち、慈悲の心をもって、小さな虫に至るまで一切の生きとし生けるものを利益した。彼は殺生に対して心を清らかにしたのである。 阿難よ。難提波羅陶師は、不与取（盗み）から離れ、不与取を断ち、与えられてから受け取った。彼は与え取ることを喜び、常に布施を好み、喜び惜しみなく、見返りを望まなかった。彼は不与取に対して心を清らかにしたのである。 阿難よ。難提波羅陶師は、非梵行（不浄行）から離れ、非梵行を断ち、努めて梵行を修め、精進して優れた行いをし、清らかで汚れなく、欲望を離れ婬を断った。彼は非梵行に対して心を清らかにしたのである。」

「阿難！難提波羅陶師離妄言，斷妄言，真諦言，樂真諦，住真諦不移動，一切可信，不欺世間，彼於妄言淨除其心。阿難！難提波羅陶師離兩舌，斷兩舌，行不兩舌，不破壞他，不聞此語彼，欲破壞此，不聞彼語此，欲破壞彼，離者欲合，合者歡喜，不作群黨，不樂群黨，不稱群黨，彼於兩舌淨除其心。阿難！難提波羅陶師離麤言，斷麤言。若有所言辭氣麤獷，惡聲逆耳，眾所不喜，眾所不愛，使他苦惱，令不得定，斷如是言。若有所說清和柔潤，順耳入心，可喜可愛，使他安樂，言聲具了，不使人畏，令他得定，說如是言，彼於麤言淨除其心。阿難！難提波羅陶師離綺語，斷綺語。時說、真說、法說、義說、止息說、樂止息說，事順時得宜，善教善訶，彼於綺語淨除其心。

> 阿難、難提波羅の陶師は、虚偽の言葉を離れ、虚偽の言葉を断ちました。彼は真実の言葉を語り、真実を喜び、真実に揺るがずに留まり、すべての人から信頼され、世の中を欺きませんでした。彼は虚偽の言葉から心を清めたのです。 阿難、難提波羅の陶師は、両舌（中傷）を離れ、両舌を断ちました。彼は中傷せず、人々を分裂させず、こちらで聞いた言葉をあちらで語って分裂させようとせず、あちらで聞いた言葉をこちらで語って分裂させようとしませんでした。離れた者たちを結びつけ、結ばれた者たちを喜ばせ、集団を作らず、集団を好まず、集団を称えませんでした。彼は両舌から心を清めたのです。 阿難、難提波羅の陶師は、粗い言葉を離れ、粗い言葉を断ちました。もし言葉に荒々しさがあり、聞く耳に痛く、人々に喜ばれず、愛されず、人を苦しめ、心の平安を得させないような言葉は、そのような言葉を断ちました。もし語る言葉が穏やかで柔らかく、耳に心地よく、心に響き、喜ばれ愛され、人を安楽にし、言葉が明瞭で、人を怖がらせず、心の平安をもたらすのであれば、そのような言葉を語りました。彼は粗い言葉から心を清めたのです。 阿難、難提波羅の陶師は、綺語（無駄話）を離れ、綺語を断ちました。時宜にかなった話、真実の話、教えにかなった話、意義ある話、静寂をもたらす話をし、静寂を喜ぶ話をし、道理にかなった適切なタイミングで、善く教え善く戒めました。彼は綺語から心を清めたのです。

「阿難！難提波羅陶師離治生，斷治生，棄捨稱量及斗斛，棄捨受貨，不縛束人，不望折斗量，不以小利侵欺於人，彼於治生淨除其心。阿難！難提波羅陶師離受寡婦、童女，斷受寡婦、童女，彼於受寡婦、童女淨除其心。阿難！難提波羅陶師離受奴婢，斷受奴婢，彼於受奴婢淨除其心。阿難！難提波羅陶師離受象、馬、牛、羊，斷受象、馬、牛、羊，彼於受象、馬、牛、羊淨除其心。阿難！難提波羅陶師離受雞、猪，斷受雞、猪，彼於受雞、猪淨除其心。阿難！難提波羅陶師離受田業、店肆，斷受田業、店肆，彼於受田業、店肆淨除其心。阿難！難提波羅陶師離受生稻、麥、豆，斷受生稻、麥、豆，彼於受生稻、麥、豆淨除其心。

> 阿難よ。陶工のナンディパーラは、商売から離れ、商売を断ちました。はかりや枡を使うことを捨て、品物を受け取ることを捨て、人を縛ることなく、枡でごまかすことを望まず、小さな利で人を欺くこともありませんでした。こうして彼は、商売に対して心を清らかにしたのです。 阿難よ。陶工のナンディパーラは、やもめや少女を召し使うことから離れ、それを断ちました。こうして彼は、やもめや少女を召し使うことに対して心を清らかにしたのです。 阿難よ。陶工のナンディパーラは、奴隷を使うことから離れ、それを断ちました。こうして彼は、奴隷を使うことに対して心を清らかにしたのです。 阿難よ。陶工のナンディパーラは、象、馬、牛、羊を所有することから離れ、それを断ちました。こうして彼は、それらの動物を所有することに対して心を清らかにしたのです。 阿難よ。陶工のナンディパーラは、鶏や豚を飼うことから離れ、それを断ちました。こうして彼は、鶏や豚を飼うことに対して心を清らかにしたのです。 阿難よ。陶工のナンディパーラは、田畑や店舗を所有することから離れ、それを断ちました。こうして彼は、それらを所有することに対して心を清らかにしたのです。 阿難よ。陶工のナンディパーラは、生の稲、麦、豆をため込むことから離れ、それを断ちました。こうして彼は、それらをため込むことに対して心を清らかにしたのです。

「阿難！難提波羅陶師離酒、斷酒，彼於飲酒淨除其心。阿難！難提波羅陶師離高廣大床，斷高廣大床，彼於高廣大床淨除其心。阿難！難提波羅陶師離華鬘、瓔珞、塗香、脂粉，斷華鬘、瓔珞、塗香、脂粉，彼於華鬘、瓔珞、塗香、脂粉淨除其心。阿難！難提波羅陶師離歌舞倡妓及往觀聽，斷歌舞倡妓及往觀聽，彼於歌舞倡妓及往觀聽淨除其心。阿難！難提波羅陶師離受生色像寶，斷受生色像寶，彼於生色像寶淨除其心。阿難！難提波羅陶師離過中食，斷過中食，常一食，不夜食，學時食，彼於過中食淨除其心。

> 「アーナンダよ、陶工のナンディパーラは酒を遠ざけ、酒を断ち、飲酒に対して心を清めました。アーナンダよ、陶工のナンディパーラは大きな高bedを遠ざけ、それを断ち、大きな高bedに対して心を清めました。アーナンダよ、陶工のナンディパーラは花飾りや首飾り、塗り香、白粉を遠ざけ、それらを断ち、それらに対して心を清めました。アーナンダよ、陶工のナンディパーラは歌や舞、演奏を遠ざけ、それらを見聞きすることを断ち、それらに対して心を清めました。アーナンダよ、陶工のナンディパーラは生きている色や形のある宝物（貴金属類）を受け取ることを遠ざけ、それを受け取ることを断ち、それに対して心を清めました。アーナンダよ、陶工のナンディパーラは昼食（正午）以降の食事を遠ざけ、それを断ち、常に一食しかとらず、夜食をとらず、時を守って食べることを学び、それに対して心を清めました。」

「阿難！難提波羅陶師盡形壽手離鏵鍬，不自掘地，亦不教他，若水岸崩土及鼠傷土，取用作器，舉著一面，語買者曰：『汝等若有豌豆、稻、麥、大小麻豆、豍豆、芥子，瀉已持器去，隨意所欲。』阿難！難提波羅陶師盡形壽供侍父母，父母無目，唯仰於人，是故供侍。

> 「阿難よ。難提波羅陶師は、生涯にわたって鋤や鍬を手にせず、自ら地面を掘ることもなければ、他人に掘らせることもなかった。もし水辺の岸が崩れた土や、鼠が傷つけた土があれば、それを取って器を作り、片側に並べて、買い手にこう言った。『あなたがたは、えんどう豆、稲、麦、大粒・小粒の麻豆、豇豆、芥子などがあるなら、それらをここに入れて器を持っていきなさい。あなたの望むままに。』 阿難よ。難提波羅陶師は、生涯にわたって父母に仕え養った。父母には目がなく、ただ他人に頼るほかなかった。それゆえに、彼は仕え養ったのである。」

「阿難！難提波羅陶師過夜平旦，往詣迦葉如來、無所著、等正覺所，到已作禮，却坐一面。迦葉如來、無所著、等正覺為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已，默然而住。阿難！於是，難提波羅陶師，迦葉如來、無所著、等正覺為其說法，勸發渴仰，成就歡喜已，即從坐起，禮迦葉如來、無所著、等正覺足已，繞三匝而去。

> 阿難よ。かの難提波羅という陶工は、夜が明けて朝になると、迦葉如来（完全に悟りを開き、何ものにも執着しない正しい覚者）のもとへと向かいました。到着して礼拝を終えると、彼は一方の側に座りました。そこで迦葉如来は、その陶工のために説法をし、彼の心に深い敬慕の念を呼び起こし、歓喜を成就させました。様々な巧みな方法で説法をし、敬慕の念を起こさせ、歓喜を成就させた後、如来は静かに坐したままでした。 阿難よ。このようにして、迦葉如来が難提波羅陶工のために説法をし、敬慕と歓喜を成就させた後、陶工はその場から立ち上がり、迦葉如来の足元に礼拝をしました。そして、如来の周りを三度右回りに巡ってから、その場を立ち去りました。

「爾時，優多羅童子乘白馬車，與五百童子俱，過夜平旦，從鞞婆陵耆村邑出，往至一無事處，欲教若干國來諸弟子等，令讀梵志書。於是，優多羅童子遙見難提波羅陶師來，見已便問：『難提波羅！汝從何來？』難提波羅答曰：『我今從迦葉如來、無所著、等正覺所供養禮事來。優多羅！汝可共我往詣迦葉如來、無所著、等正覺所供養禮事。』於是，優多羅童子答曰：『難提波羅！我不欲見禿頭沙門，禿沙門不應得道，道難得故。』於是，難提波羅陶師捉優多羅童子頭髻，牽令下車。於是，優多羅童子便作是念：『此難提波羅陶師常不調戲，不狂不癡，今捉我頭髻，必當有以。』念已，語曰：『難提波羅！我隨汝去，我隨汝去。』難提波羅喜，復語曰：『去者甚善。』

> ある時、ウッタラという若者が白馬の車に乗り、五百人の若者たちと共に、夜が明けて間もなく、ヴェーバリンギの村を出て、ある静かな場所へ向かった。それは、様々な国から来た多くの弟子たちにバラモンの聖典を教えようというためであった。そこへ、ウッタラは遠くから、陶芸家のナンディパーラがやって来るのを見つけ、尋ねた。「ナンディパーラよ、あなたはどこから来たのですか？」ナンディパーラは答えた。「私は今、迦葉（かしょう）如来、阿羅漢、正等覚者（しょうとうかくしゃ）のもとから、供養と礼拝をして来たのです。ウッタラよ、あなたも私と一緒に、迦葉如来、阿羅漢、正等覚者のもとへ、供養と礼拝に参りましょう。」すると、ウッタラは答えた。「ナンディパーラよ、私はあのような坊主頭の沙門（しゃもん）には会いたくありません。坊主頭の沙門が悟りを得られるはずがない。悟りを得るのは難しいからです。」そこで、陶芸家のナンディパーラは、ウッタラの頭の髻（もとどり）を掴み、車から引きずり下ろした。その時、ウッタラは思った。「このナンディパーラは、いつも真面目で、乱暴でもなく、愚かでもない。それが私の髻を掴むのは、きっと何か理由があるに違いない。」そう思って、ウッタラは言った。「ナンディパーラよ、あなたについて行きましょう。あなたについて行きます。」ナンディパーラは喜び、こう言った。「来てくれるなら、それはとても良いことです。」

「於是，難提波羅陶師與優多羅童子共往詣迦葉如來、無所著、等正覺所，到已作禮，却坐一面。難提波羅陶師白迦葉如來、無所著、等正覺曰：『世尊！此優多羅童子是我朋友，彼常見愛，常喜見我，無有厭足。彼於世尊無信敬心，唯願世尊善為說法，令彼歡喜得信敬心。』於是，迦葉如來、無所著、等正覺為難提波羅陶師及優多羅童子說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已，默然而住。於是，難提波羅陶師及優多羅童子，迦葉如來、無所著、等正覺為其說法，勸發渴仰，成就歡喜已，即從坐起，禮迦葉如來、無所著、等正覺足，繞三匝而去。

> そこで、陶工のナンディパーラと少年のウッタラは共に、供養されるべき方・阿羅漢・正等覚者であるカッサパ如来のもとへ向かい、到着して礼拜し、一側に座りました。 ナンディパーラ陶工がカッサパ如来に申し上げました。 「世尊よ、このウッタラ少年は私の友であります。彼は常に私を慕い、私に会うことを常に喜び、決して飽きることがありません。しかし彼は世尊に対して信心の心を持っておりません。どうか世尊がよく教えを説いてくださり、彼を喜ばせ、信心の心を得させてください。」 そこでカッサパ如来はナンディパーラ陶工とウッタラ少年のために説法をし、信仰の心を呼び起こし、喜びを成就させました。無数の方便をもって彼らのために説法をし、信仰の心を呼び起こし、喜びを成就させた後、沈黙しておられました。 ナンディパーラ陶工とウッタラ少年は、カッサパ如来による説法と信仰の心の呼び起こし、喜びの成就を受け、その場から立ち上がり、カッサパ如来の足を礼拜し、三度右繞してから立ち去りました。

「於是，優多羅童子還去不遠，問曰：『難提波羅！汝從迦葉如來、無所著、等正覺得聞如是微妙之法，何意住家？不能捨離學聖道耶？』於是，難提波羅陶師答曰：『優多羅！汝自知我盡形壽供養父母，父母無目，唯仰於人，我以供養侍父母故。』於是，優多羅童子問難提波羅：『我可得從迦葉如來、無所著、等正覺出家學道，受於具足，得作比丘，行梵行耶？』於是，難提波羅陶師及優多羅童子即從彼處復往詣迦葉如來、無所著、等正覺所，到已作禮，却坐一面。

> そこで、優多羅童子は遠くへ行かずに問いかけた。「難提波羅よ、あなたは迦葉如来・無所著・等正覚からこのような微妙な法を聞いたのに、なぜ在家のままでいるのか。どうして世俗を離れて聖なる道を学ばないのか。」 すると、難提波羅陶師は答えた。「優多羅よ、あなたも知っている通り、私は生涯をかけて父母を養い仕えている。父母は目が見えず、ただ人に頼るしかない。だから私は父母を養い世話するためにここにいるのだ。」 そこで優多羅童子は難提波羅に尋ねた。「私は迦葉如来・無所著・等正覚のもとで出家し、修行の道に入り、具足戒を受けて比丘となり、清らかな行いを実践することはできるだろうか。」 そこで難提波羅陶師と優多羅童子は、その場から再び迦葉如来・無所著・等正覚のもとへ向かった。到着して礼拝し、一方に座った。

「難提波羅陶師白迦葉如來、無所著、等正覺曰：『世尊！此優多羅童子還去不遠，而問我言：「難提波羅！汝從迦葉如來、無所著、等正覺得聞如是微妙之法，何意住家？不能捨離學聖道耶？」世尊！我答彼曰：「優多羅！汝自知我盡形壽供養父母，父母無目，唯仰於人，我以供養侍父母故。」優多羅復問我曰：「難提波羅！我可得從迦葉如來、無所著、等正覺出家學道，受於具足，得作比丘，行梵行耶？」願世尊度彼出家學道，授與具足，得作比丘。』迦葉如來、無所著、等正覺為難提波羅默然而受。於是，難提波羅陶師知迦葉如來、無所著、等正覺默然受已，即從坐起，稽首作禮，繞三匝而去。

> 難提波羅という陶工が、迦葉如来（煩悩を離れた正しい覚者）に申し上げました。 「世尊よ。あの優多羅という童子が、まだ遠くへ行かずに私に問うたのです。『難提波羅よ、あなたは迦葉如来から、このような微妙な法を聞きながら、なぜ家に留まり、聖なる道を学ぶために出家しないのですか？』と。 世尊よ、私は彼にこう答えました。『優多羅よ、あなたも知っての通り、私は一生涯、両親に尽くすと決めています。両親は目が見えず、私に頼るほかありません。私は両親を養い、お世話するために家にいるのです。』 すると優多羅はさらに私に問いました。『難提波羅よ、私は迦葉如来のもとで出家し、具足戒を受けて比丘となり、清らかな修行をすることはできるでしょうか？』と。 どうか世尊よ、彼を出家させ、具足戒を授け、比丘の道をお許しください。」 迦葉如来（煩悩を離れた正しい覚者）は、難提波羅の願いを黙ってお受けになりました。 すると難提波羅陶工は、迦葉如来が黙ってお受けになったことを悟り、座を立って、頭を地につけて礼拝し、三度右に回ってからおいとまいたしました。

「於是，迦葉如來、無所著、等正覺，難提波羅去後不久，度優多羅童子出家學道，授與具足，出家學道。授與具足已，於鞞婆陵耆村邑隨住數日，攝持衣鉢，與大比丘眾俱共遊行，欲至波羅㮈迦私國邑，展轉遊行，便到波羅㮈迦私國邑，遊波羅㮈住仙人處鹿野園中。

> そこで、迦葉如来（完全に悟りを開かれた方、煩悩のない正しい覚者）は、難提波羅が去って間もなく、優多羅童子を出家させて修行の道に入らせ、具足戒（正式な僧侶としての戒律）を授けました。出家させ戒を授けた後、鞞婆陵耆の村や町に数日の間滞在し、衣鉢（衣服と托鉢の器）を整えて、大勢の比丘（修行僧）たちと共に旅立ち、波羅奈と迦私の国々へと向かいました。あちこちを巡って歩き、ついに波羅奈の地に到着し、仙人が住む鹿野園（鹿野苑）と呼ばれる場所に滞在されました。

「於是，頰鞞王聞迦葉如來、無所著、等正覺遊行迦私國，與大比丘眾俱，到此波羅㮈住仙人處鹿野園中。頰鞞王聞已，告御者曰：『汝可嚴駕，我今欲往詣迦葉如來、無所著、等正覺所。』時，彼御者受王教已，即便嚴駕。嚴駕已訖，還白王曰：『已嚴好車，隨天王意。』

> そこで、頬鞞王は、迦葉如来、無上正等覚者が、大いなる比丘たちと共に、カーシー国を遊行し、バラナシーの仙人が住む鹿野苑に滞在されていると聞きました。 これを聞いた王は、御者に言いました。「車を整えなさい。今から私は、迦葉如来、無上正等覚者のもとへ赴きたい。」 その時、御者は王の命を受け、すぐに車を整えました。そして、整え終わると王に申し上げました。「車は既に整いました。どうぞ、大王の思し召しのままに。」

「於是，頰鞞王乘好車已，從波羅㮈出，往詣仙人住處鹿野園中。時，頰鞞王遙見樹間迦葉如來、無所著、等正覺，端正姝好，猶星中月，光耀煒曄，晃若金山，相好具足，威神巍巍，諸根寂定，無有蔽礙，成就調御，息心靜默。見已下車，步詣迦葉如來、無所著、等正覺所，到已作禮，却坐一面。頰鞞王坐一面已，迦葉如來、無所著、等正覺為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已，默然而住。

> そこで、頬鞞王は美しい車に乗り、波羅㮈を出発して、仙人たちの住む鹿野苑へと向かいました。その時、頬鞞王は遠くに林の中に迦葉如来（完全に悟りを開き、煩わしさのない、正しく覚った方）をお見かけしました。その姿は大変整って美しく、まるで夜空の星々の中の月のように輝き、光り輝く様は金山のようであり、相好を完全に備え、威厳は高く、すべての感覚は静かに落ち着き、障害や曇りがなく、調御を成就し、心は静まり静かに瞑想されていました。これを見て王は車から降り、歩いて迦葉如来の元へと進み、到着すると礼拝し、端座して一方に坐りました。頬鞞王が坐ると、迦葉如来は彼のために法を説き、敬慕の心を起こさせ、歓喜を成就させ、無数の方便を用いて法を説き、敬慕の心を起こさせ、歓喜を成就させた後、静かにそのままでいました。

「於是，頰鞞王，迦葉如來、無所著、等正覺為其說法，勸發渴仰，成就歡喜已，即從坐起，偏袒著衣，叉手而向，白迦葉如來、無所著、等正覺曰：『唯願世尊明受我請，及比丘眾。』迦葉如來、無所著、等正覺為頰鞞王默然受請。於是，頰鞞王知迦葉如來、無所著、等正覺默然受已，稽首作禮，繞三匝而去，還歸其家。於夜施設極美淨妙種種豐饒食噉含消，即於其夜供辦已訖，平旦敷床唱曰：『世尊！今時已到，食具已辦，唯願世尊以時臨顧。』

> そこで、頬鞞王は、迦葉如来・無所著・等正覚が彼のために説法し、敬慕の心を起こさせ、歓喜を成就させられた後、すぐに座を立ち、衣を偏袒に着け、合掌して迦葉如来・無所著・等正覚に向かって申し上げました。「どうか世尊よ、私の供養をお受け入れください。比丘たちも共に。」迦葉如来・無所著・等正覚は、頬鞞王の請いを黙ってお受けになりました。そこで、頬鞞王は、迦葉如来・無所著・等正覚が黙ってお受けになったことを知り、頭を地につけて礼拝し、三度右回りに巡ってから、自らの家に帰りました。そして夜の間に、極めて美しく清らかな、さまざまな豊かな飲食物や菓子を用意しました。その夜のうちに供養の準備を整え終え、明け方に座を敷いて叫びました。「世尊よ、ただいま時刻がまいりました。食事の用意も整いました。どうか世尊よ、お時間に臨んでお越しくださいませ。」

「於是，迦葉如來、無所著、等正覺過夜平旦，著衣持鉢，諸比丘眾侍從世尊，往詣頰鞞王家，在比丘眾上敷座而坐。於是，頰鞞王見佛及比丘眾坐已，自行澡水，以極美淨妙種種豐饒食噉含消，手自斟酌，令得飽滿，食訖收器，行澡水竟，敷一小床，別坐聽法。頰鞞王坐已，迦葉如來、無所著、等正覺為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已，默然而住。

> そこで、迦葉如来（迷いのない完全な覚者）は夜が明けると、衣を身にまとい鉢を持ち、比丘たちに従われて頰鞞王の許へ向かいました。比丘たちの上座に座を敷いておられると、頰鞞王は仏と比丘たちが座ったのを見て、自ら手を洗う水を用意し、極上の美しく清らかな様々な豊かな食べ物や飲み物を自らの手で盛り付け、皆が満ち足りるように供養しました。食事が終わり、片付けと手洗いの水が終わると、小さな床几を用意して別に座り、説法を聞きました。頰鞞王が座ると、迦葉如来は彼のために教えを説き、敬慕の心を起こさせ、歓喜を成就させました。無数の方法で教えを説き、敬慕と歓喜を成就させた後、静かに言葉を止められました。

「於是，頰鞞王，迦葉如來、無所著、等正覺為其說法，勸發渴仰，成就歡喜已，即從坐起，偏袒著衣，叉手而向，白迦葉如來、無所著、等正覺曰：『唯願世尊於此波羅㮈受我夏坐，及比丘眾，我為世尊作五百房、五百床褥，及施拘執如此白粳米。王之所食種種諸味，飯飼世尊及比丘眾。』迦葉如來、無所著、等正覺告頰鞞王曰：『止！止！大王！但心喜足。』頰鞞王如是至再三，叉手而向，白迦葉如來、無所著、等正覺曰：『唯願世尊於此波羅㮈受我夏坐，及比丘眾，我為世尊作五百房、五百床褥，及施拘執如此白粳米。王之所食種種諸味，飯飼世尊及比丘眾。』迦葉如來、無所著、等正覺亦再三告頰鞞王曰：『止！止！大王！但心喜足。』

> そこで、頰鞞王は、迦葉如来（完全に悟った方）の説法を聞き、深く敬い、喜びを満たしました。そして、席を立ち、衣を片方の肩に掛け、両手を合わせて迦葉如来に申し上げました。「どうか世尊よ、この波羅奈の地で、比丘たちと共に夏の安居をお過ごしください。私は世尊のために五百の部屋と五百の寝具、そしてこのような白米や、王が食べる様々な味わいの食べ物をご用意いたします。それらを世尊と比丘たちにお捧げいたします。」 迦葉如来は頰鞞王に告げました。「やめなさい、やめなさい、大王よ。ただ心に満足と喜びを抱くだけで十分です。」 頰鞞王は三度にわたり、両手を合わせて迦葉如来に同じ願いを繰り返しました。「どうか世尊よ、この波羅奈の地で…（同文）…お捧げいたします。」 迦葉如来もまた三度、頰鞞王に告げました。「やめなさい、やめなさい、大王よ。ただ心に満足と喜びを抱くだけで十分です。」

「於是，頰鞞王不忍不欲，心大憂慼：『迦葉如來、無所著、等正覺不能為我於此波羅㮈而受夏坐，及比丘眾。』作是念已，頰鞞王白迦葉如來、無所著、等正覺曰：『世尊！頗更有在家白衣，奉事世尊如我者耶？』

> そこで、頬鞞王は耐え難く、心に大きな憂いを抱いた。 「迦葉如来、無所著、等正覚は、私のためにこの波羅奈にて夏安居をお受けにならず、比丘の皆さまも同じくしてくださらないのか。」 こう考えた後、頬鞞王は迦葉如来、無所著、等正覚に申し上げた。 「世尊よ。世尊に仕える、私のような在家の信者は、他にもいるのでしょうか。」

「迦葉如來、無所著、等正覺告頰鞞王曰：『有，在王境界鞞婆陵耆村極大豐樂，多有人民。大王！彼鞞婆陵耆村中有難提波羅陶師。大王！難提波羅陶師歸佛、歸法、歸比丘眾，不疑三尊，不惑苦、習、滅、道，得信、持戒、博聞、惠施、成就智慧，離殺、斷殺，棄捨刀杖，有慙有愧，有慈悲心，饒益一切乃至蜫蟲，彼於殺生淨除其心。大王！難提波羅陶師離不與取，斷不與取，與之乃取，樂於與取，常好布施，歡喜無悋，不望其報，彼於不與取淨除其心。大王！難提波羅陶師離非梵行，斷非梵行，勤修梵行，精懃妙行，清淨無穢，離欲斷婬，彼於非梵行淨除其心。

> 迦葉如来（完全に煩悩を滅尽し、正しく悟りを開かれた如来）は、頰鞞王に告げて言われた。「大王、あなたの治める国土にある鞞婆陵耆という村は、非常に豊かで人々も多く住み、大いに繁栄しています。大王、その鞞婆陵耆の村には、難提波羅という陶器職人がおります。大王、難提波羅という陶器職人は、仏に帰依し、法に帰依し、僧団に帰依しております。三宝に対して疑いを持たず、苦・集・滅・道の四つの真理についても迷いがありません。彼は確かな信心を持ち、戒律を守り、多くの教えを聞き、惜しみなく施しを行い、智慧を成就しています。殺生を離れ、殺生を断ち、刃物や棍棒を捨て去り、恥じる心と慎む心を持ち、慈悲の心を抱き、すべての生きとし生けるもの、小さな虫にいたるまで利益を施し、殺生に対しては心を清らかにしております。大王、難提波羅という陶器職人は、与えられないものを取ることを離れ、与えられないものを取ることを断ち、与えられてから取るようにし、与えられることを喜び、常に施すことを好み、喜んで惜しむことなく、その報いを期待しません。彼は他人の物を取らないことに対して、心を清らかにしております。大王、難提波羅という陶器職人は、不善の行い（特に不貞などの性的な悪行）を離れ、不善の行いを断ち、努めて清らかな行いを修行し、精進して素晴らしい行いを実践し、清らかで汚れがなく、欲望を離れ、性的な欲望を断っております。彼は不善の行いに対して、心を清らかにしております。

「『大王！難提波羅陶師離妄言，斷妄言，真諦言，樂真諦，住真諦不移動，一切可信，不欺世間，彼於妄言淨除其心。大王！難提波羅陶師離兩舌，斷兩舌，行不兩舌，不破壞他，不聞此語彼，欲破壞此，不聞彼語此，欲破壞彼，離者欲合，合者歡喜，不作群黨，不樂群黨，不稱群黨，彼於兩舌淨除其心。大王！難提波羅陶師離麤言，斷麤言。若有所言辭氣麤獷，惡聲逆耳，眾所不喜，眾所不愛，使他苦惱，令不得定，斷如是言。若有所說清和柔潤，順耳入心，可喜可愛，使他安樂，言聲具了，不使人畏，令他得定，說如是言，彼於麤言淨除其心。大王！難提波羅陶師離綺語，斷綺語，時說、真說、法說、義說、止息說、樂止息說，事順時得宜，善教善訶，彼於綺語淨除其心。

> 「大王、難提波羅陶工は虚偽の言葉を離れ、虚偽の言葉を断ち切りました。彼は真実を語り、真実を喜び、真実に揺るぎなく安住し、一切の信頼に値し、世間を欺くことがありません。彼は心から虚偽の言葉を清めました。大王、難提波羅陶工は離間の言葉を離れ、離間の言葉を断ち切りました。彼は不和を生じさせることをせず、こちらで聞いたことをあちらに伝えてこの関係を破壊しようとしたり、あちらで聞いたことをこちらに伝えてその関係を破壊しようとしたりしません。離れた者を結びつけ、結びついた者を喜ばせ、仲間を作らず、仲間を作ることを楽しまず、仲間を作ることを褒めません。彼は心から離間の言葉を清めました。大王、難提波羅陶工は粗暴な言葉を離れ、粗暴な言葉を断ち切りました。もし言葉遣いが荒々しく、耳に逆らって不快であり、多くの人が好まず愛さず、他者を苦しめ、心の安定を得られなくさせるような言葉であれば、そのような言葉は述べません。一方、彼が語る言葉は、清らかで柔らかく潤いがあり、耳に優しく心に届き、喜ばしく愛しく、他者を安楽にし、言葉は明瞭で、人を畏れさせず、他者に心の安定をもたらします。彼はそのような言葉を語ります。彼は心から粗暴な言葉を清めました。大王、難提波羅陶工は無駄話を離れ、無駄話を断ち切りました。彼は時宜にかなった言葉、真実の言葉、法にかなった言葉、意義ある言葉、静寂を促す言葉、静寂を喜ぶ言葉を語ります。事柄は時機に適い道理にかなっており、よく教え、よく戒めます。彼は心から無駄話を清めました。」

「『大王！難提波羅陶師離治生，斷治生，棄捨稱量及斗斛，亦不受貨，不縛束人，不望折斗量，不以小利侵欺於人，彼於治生淨除其心。大王！難提波羅陶師離受寡婦、童女，斷受寡婦、童女，彼於受寡婦、童女淨除其心。大王！難提波羅陶師離受奴婢，斷受奴婢，彼於受奴婢淨除其心。大王！難提波羅陶師離受象、馬、牛、羊，斷受象、馬、牛、羊，彼於受象、馬、牛、羊淨除其心。大王！難提波羅陶師離受雞、猪，斷受雞、猪，彼於受雞、猪淨除其心。大王！難提波羅陶師離受田業、店肆，斷受田業、店肆，彼於受田業、店肆淨除其心。大王！難提波羅陶師離受生稻、麥、豆，斷受生稻、麥、豆，彼於受生稻、麥、豆淨除其心。

> 「大王、難提波羅陶師は商売を離れ、商売を断ちました。秤や枡を捨て、物品を受け取らず、人を縛らず、枡でごまかそうとせず、小さな利益で人を欺くことはありませんでした。彼は商売において、心を清らかにしたのです。大王、難提波羅陶師は寡婦や若い娘を受け取ることを離れ、それを受け取ることを断ちました。彼は寡婦や若い娘を受け取ることを離れ、心を清らかにしたのです。大王、難提波羅陶師は奴婢を受け取ることを離れ、それを受け取ることを断ちました。彼は奴婢を受け取ることを離れ、心を清らかにしたのです。大王、難提波羅陶師は象、馬、牛、羊を受け取ることを離れ、それらを受け取ることを断ちました。彼は象、馬、牛、羊を受け取ることを離れ、心を清らかにしたのです。大王、難提波羅陶師は鶏や豚を受け取ることを離れ、それらを受け取ることを断ちました。彼は鶏や豚を受け取ることを離れ、心を清らかにしたのです。大王、難提波羅陶師は田畑や店舗を受け取ることを離れ、それらを受け取ることを断ちました。彼は田畑や店舗を受け取ることを離れ、心を清らかにしたのです。大王、難提波羅陶師は生の稲、麦、豆を受け取ることを離れ、それらを受け取ることを断ちました。彼は生の稲、麦、豆を受け取ることを離れ、心を清らかにしたのです。」

「『大王！難提波羅陶師離酒、斷酒，彼於飲酒淨除其心。大王！難提波羅陶師離高廣大床，斷高廣大床，彼於高廣大床淨除其心。大王！難提波羅陶師離華鬘、瓔珞、塗香、脂粉，斷華鬘、瓔珞、塗香、脂粉，彼於華鬘、瓔珞、塗香、脂粉淨除其心。大王！難提波羅陶師離歌舞倡妓及往觀聽，斷歌舞倡妓及往觀聽，彼於歌舞倡妓及往觀聽淨除其心。大王！難提波羅陶師離受生色像寶，斷受生色像寶，彼於受生色像寶淨除其心。大王！難提波羅陶師離過中食，斷過中食，常一食，不夜食，學時食，彼於過中食淨除其心。

> 「大王。難提波羅という陶工は、酒を遠ざけ、酒を断ちました。彼は、飲酒に対して心を清らかにしたのです。大王。難提波羅という陶工は、高く広い大きな寝台を遠ざけ、それを断ちました。彼は、高く広い大きな寝台に対して心を清らかにしたのです。大王。難提波羅という陶工は、花飾りや瓔珞、塗香や白粉を遠ざけ、それらを断ちました。彼は、それらのものに対して心を清らかにしたのです。大王。難提波羅という陶工は、歌や舞、演奏や見物を遠ざけ、それらを断ちました。彼は、歌や舞、演奏や見物に対して心を清らかにしたのです。大王。難提波羅という陶工は、生き生きとした形ある宝を受け取ることを遠ざけ、それを断ちました。彼は、生き生きとした形ある宝を受け取ることに対して心を清らかにしたのです。大王。難提波羅という陶工は、昼を過ぎてからの食事を遠ざけ、それを断ちました。常に一日一食とし、夜には食べず、定められた時にのみ食事を学びました。彼は、昼を過ぎてからの食事に対して心を清らかにしたのです。」

「『大王！難提波羅陶師盡形壽手離鏵鍬，不自掘地，亦不教他，若水岸崩土及鼠傷土，取用作器，舉著一面，語買者言：「汝等若有豌豆、稻、麥、大小麻豆、豍豆、芥子，瀉已持器去，隨意所欲。」大王！難提波羅陶師盡形壽供侍父母，父母無目，唯仰於人，是故供侍。』

> 「大王。ナンディパーラという陶工は、生涯にわたって鋤や鍬を手に取りませんでした。自ら地面を掘ることも、他の者に掘らせることもありませんでした。もし水辺の崩れた土や、鼠が掘った土があれば、それを使って器を作り、それを一か所に並べて、買い手にこう言いました。『あなた方がもし豌豆、稲、麦、大小の麻豆、豍豆、芥子を持っていたなら、それをここに入れて、器を持って行きなさい。あなたの思いのままに。』大王。ナンディパーラという陶工は、生涯にわたって父母に仕えました。父母は目が見えず、ただ人に頼るしかなかったので、こうして仕えたのです。」

「『大王！我憶昔時依鞞婆陵耆村邑遊行。大王！我爾時平旦著衣持鉢，入鞞婆陵耆村邑乞食，次第乞食，往到難提波羅陶師家。爾時，難提波羅為小事故，出行不在。大王！我問難提波羅陶師父母曰：「長老！陶師今在何處？」彼答我曰：「世尊！侍者為小事故，暫出不在。善逝！侍者為小事故，暫出不在。世尊！籮中有麥飯，釜中有豆羹，唯願世尊為慈愍故隨意自取。」大王！我便受鬱單曰法，即於籮釜中取羹飯而去。

> 「大王よ、私は昔、鞞婆陵耆（びばりょうぎ）という村の近くを巡ったことがあります。ある朝、衣を整え鉢を持って、その村へ托鉢に出かけました。順に家々を訪ねながら、難提波羅（なんだいはら）という陶工の家に着きました。ちょうどその時、難提波羅はちょっとした用事で外出していました。私は彼の両親に尋ねました。『ご長老方、陶工は今どこにいらっしゃいますか？』すると両親はこう答えました。『世尊よ、お仕えする者がちょっとした用で、たった今出かけております。善逝（ぜんぜい）よ、すぐに戻ります。どうか世尊様、お慈悲をもって、籠の中の麦飯と釜の中の豆の汁物を、お好きなだけお召し上がりください。』大王よ、私は鬱単曰（うたんいつ）の国の作法に従い、籠と釜から直接、飯と汁をいただいて去りました。」

「『難提波羅陶師於後還家，見籮中飯少，釜中羹減，白父母曰：「誰取羹飯？」父母答曰：「賢子！今日迦葉如來、無所著、等正覺至此乞食，彼於籮釜中取羹飯去。」難提波羅陶師聞已，便作是念：「我有善利，有大功德，迦葉如來、無所著、等正覺於我家中隨意自在。」彼以此歡喜結跏趺坐，息心靜默，至于七日，於十五日中而得歡樂，其家父母於七日中亦得歡樂。

> 「難提波羅という陶工が後日家に帰ると、籠の中の飯が減り、鍋の中の汁も減っているのを見て、父母に尋ねました。『誰がご飯と汁を取ったのですか？』すると父母は答えました。『賢い子よ、今日、迦葉如来（かしょうにょらい）、無所著（むしょじゃく）、等正覚（とうしょうがく）のお方が托鉢に来られて、あの籠や鍋から飯と汁をお取りになったのだよ。』難提波羅陶工はこれを聞いて、こう思いました。『私は善い利益を得た。大きな功徳がある。迦葉如来、無所著、等正覚のお方が、私の家で自由に振る舞われたのだ。』彼はその喜びのままに結跏趺坐（けっかふざ）し、心を静めて黙想し、七日間そのままで、十五日の間に歓楽を得ました。彼の家の父母もまた、七日間にわたって歓楽を得ました。」

「『復次，大王！我憶昔時依鞞婆陵耆村邑遊行。大王！我爾時平旦著衣持鉢，入鞞婆陵耆村邑乞食，次第乞食，往到難提波羅陶師家。爾時，難提波羅為小事故，出行不在。大王！我問難提波羅陶師父母曰：「長老！陶師今在何處？」彼答我曰：「世尊！侍者為小事故，暫出不在。善逝！侍者為小事故，暫出不在。世尊！大釜中有粳米飯，小釜中有羹，唯願世尊為慈愍故隨意自取。」大王！我便受欝單曰法，即於大小釜中取羹飯去。

> 「また、大王よ。私はかつて、鞞婆陵耆という村の近くを托鉢して歩いていた時のことを思い出します。大王よ。その時、私は早朝に衣を整え、鉢を持って、鞞婆陵耆の村へ托鉢に入りました。順に家々を巡り、難提波羅という陶工の家にたどり着きました。その時、難提波羅はちょっとした用事で外出しており、家にはいませんでした。大王よ。私は難提波羅の両親に尋ねました。「長者よ。陶工は今、どこにおられますか。」すると彼らは私に答えました。「世尊よ。お供の者は、ちょっとした用事で、ちょっと出かけております。善逝よ。お供の者は、ちょっとした用事で、ちょっと出かけております。世尊よ。大きな釜には粳米のご飯が、小さな釜には汁物がございます。どうか世尊は、慈しみの心で、お好きなだけお取りください。」大王よ。私は、鬱単曰の作法に従い、大きな釜と小さな釜から、ご飯と汁物を取りました。」

「『難提波羅陶師於後還家，見大釜中飯少，小釜中羹減，白父母曰：「誰大釜中取飯，小釜中取羹？」父母答曰：「賢子！今日迦葉如來、無所著、等正覺至此乞食，彼於大小釜中取羹飯去。」難提波羅陶師聞已，便作是念：「我有善利，有大功德，迦葉如來、無所著、等正覺於我家中隨意自在。」彼以此歡喜結跏趺坐，息心靜默，至于七日，於十五日中而得歡樂，其家父母於七日中亦得歡樂。

> 「ナンディパーラ陶工は後に家に帰り、大きな釜の中の飯が減っているのを見、また小さな釜の中の羹も減っているのを見て、父母に尋ねました。『誰が大きな釜から飯を取り、小さな釜から羹を取ったのですか？』父母は答えて言いました。『賢い子よ、今日、迦葉如来（かしょうにょらい）、無所著（むしょじゃく）、等正覚（とうしょうがく）の方がここに托鉢に来られ、その大小の釜から羹と飯をお取りになったのだよ。』ナンディパーラ陶工はこれを聞いて、こう思いました。『私には善い利益があり、大きな功徳がある。迦葉如来、無所著、等正覚の方が、私の家で自由気ままにされたのだ。』彼はこの喜びのもと、結跏趺坐（けっかふざ）を組み、心を静めて黙想し、七日間にわたってその状態を続け、十五日の間、歓楽を得ました。彼の家の父母も、その七日間、同じく歓楽を得ました。」

「『復次，大王！我憶昔時依鞞婆陵耆村邑而受夏坐。大王！我爾時新作屋未覆，難提波羅陶師故陶屋新覆。大王！我告瞻侍比丘曰：「汝等可去壞難提波羅陶師故陶屋，持來覆我屋。」瞻侍比丘即受我教，便去往至難提波羅陶師家，挽壞故陶屋，作束持來用覆我屋。難提波羅陶師父母聞壞故陶屋，聞已，問曰：「誰壞難提波羅故陶屋耶？」比丘答曰：「長老！我等是迦葉如來、無所著、等正覺瞻侍比丘，挽壞難提波羅陶師故陶屋，作束用覆迦葉如來、無所著、等正覺屋。」難提波羅父母語曰：「諸賢！隨意持去，無有制者。」

> 「さらに、大王よ。私はかつて、ヴェッパブランガの村で雨安居（うあんご）を行ったことを思い出します。大王よ。その時、私は新しい小屋を作ったばかりですが、まだ屋根を覆っていませんでした。そこで、ナンディパーラという陶工の古い陶器小屋が新しく屋根を葺き替えたものであることに気づきました。大王よ。私は、お世話をしてくれていた比丘たちに言いました。『あなたがたは行って、ナンディパーラ陶工の古い陶器小屋を壊し、その材料を持ってきて私の小屋の屋根を覆いなさい。』すると、お世話の比丘たちは私の教えを受け、ナンディパーラ陶工の家へ行き、古い陶器小屋を壊して束にし、持ってきて私の小屋の屋根を覆いました。ナンディパーラ陶工の両親は、古い陶器小屋が壊されたと聞いて、『誰がナンディパーラの古い陶器小屋を壊したのか？』と尋ねました。比丘たちは答えました。『長老方よ。私たちは迦葉如来（かしょうにょらい）、阿羅漢（あらかん）、正等覚者（しょうとうかくしゃ）のお世話をする比丘です。ナンディパーラ陶工の古い陶器小屋を壊し、束にして迦葉如来、阿羅漢、正等覚者の小屋の屋根を覆うために使いました。』ナンディパーラの両親は言いました。『皆さま、どうぞお好きなようにお持ちください。誰もお止めしません。』」

「『難提波羅陶師於後還家，見挽壞故陶屋，白父母曰：「誰挽壞我故陶屋耶？」父母答曰：「賢子！今日迦葉如來、無所著、等正覺瞻侍比丘挽壞故陶屋，作束持去，用覆迦葉如來、無所著、等正覺屋。」難提波羅陶師聞已，便作是念：「我有善利，有大功德，迦葉如來、無所著、等正覺於我家中隨意自在。」彼以此歡喜結加趺坐，息心靜默，至于七日，於十五日中而得歡樂，其家父母於七日中亦得歡樂。

> ある日、難提波羅という陶工が家に帰ると、古い陶器作りの小屋が壊されているのを見て、両親に尋ねました。「誰が私の古い陶器小屋を壊したのですか？」 両親は答えました。「賢い子よ、今日、迦葉如来（かしょうにょらい）＝煩悩を離れ、正しく悟りを開かれた方が、お付きの修行者と共にその古い小屋を壊し、束にして持ち帰り、迦葉如来のお堂の屋根を覆うために使われたのだよ。」 これを聞いた難提波羅陶工は、こう思いました。「私は素晴らしい利益を得た。大きな功徳がある。迦葉如来が、私の家で自由に自在に行動されたのだから。」 彼はこの喜びのあまり、両脚を組んで座り、心を静め沈黙し、七日間そのままでした。その十五日の間に彼は喜びを得ました。そして彼の家族の両親もまた、七日間の間に同じく喜びを得たのです。

「『大王！難提波羅陶師故陶屋，竟夏四月都不患漏。所以者何？蒙佛威神故。大王！難提波羅陶師無有不忍，無有不欲，心無憂慼：「迦葉如來、無所著、等正覺於我家中隨意自在。」大王！汝有不忍，汝有不欲，心大憂慼：「迦葉如來、無所著、等正覺不受我請，於此波羅㮈而受夏坐，及比丘眾。」於是，迦葉如來、無所著、等正覺為頰鞞王說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已，從坐起去。

> 「大王様。難提波羅という陶工の古い作業小屋は、夏の四ヶ月間まったく雨漏りしませんでした。なぜでしょうか。それは仏の威神力のおかげです。大王様。難提波羅には何の不満も嫌な思いもなく、心に憂いもありませんでした。『迦葉如来、無所著、等正覚（かしょうにょらい、むしょちゃく、とうしょうがく）であられる方が、私の家で自由に過ごされる』と。ところが大王様には、不満があり、嫌な思いがあり、心に大きな憂いがありました。『迦葉如来、無所著、等正覚であられる方が、私の供養をお受けにならず、比丘の僧侶たちと共に、このバラーナシーで夏の安居を行われる』と。そこで、迦葉如来、無所著、等正覚であられる方は、頰鞞王に説法をされ、その心に深い仰慕を起こさせ、喜びを成就させられました。様々な方便を用いて説法をされ、深い仰慕を起こさせ、喜びを成就させられた後、座を立ってお去りになりました。」

「『時，頰鞞王於迦葉如來、無所著、等正覺去後不久，便勅侍者：「汝等可以五百乘車載滿白粳米，王之所食種種諸味，載至難提波羅陶師家，而語之曰：『難提波羅！此五百乘車載滿白粳米，王之所食種種諸味，頰鞞王送來餉汝，為慈愍故，汝今當受。』」時，彼侍者受王教已，以五百乘車載滿白粳米，王之所食種種諸味，送詣難提波羅陶師家。到已，語曰：「難提波羅陶師！此五百乘車載滿白粳米，王之所食種種諸味，頰鞞王送來餉汝，為慈愍故，汝今當受。」於是，難提波羅陶師辭讓不受，語侍者曰：「諸賢！頰鞞王家國大事多，費用處廣，我知如此，以故不受。」』」

> 「さて、頬鞞王は迦葉如来、無所著、等正覚がお亡くなりになった後、間もなく侍者に命じました。『お前たちは五百台の車に、王が食べる様々な味わいの白米を満載し、難提波羅という陶工の家に届けなさい。そしてこう伝えなさい。「難提波羅よ、この五百台の車には王が食べる様々な味わいの白米が満載されています。頬鞞王があなたを慈しみ、これを贈ります。どうか受け取ってください。」』と。 そこで侍者たちは王の命を受け、五百台の車に白米を満載し、難提波羅陶工の家に届けました。到着してから言いました。「難提波羅陶工よ、この五百台の車には王が食べる様々な味わいの白米が満載されています。頬鞞王があなたを慈しみ、これを贈ります。どうか受け取ってください。」 しかし、難提波羅陶工は辞退して受け取らず、侍者にこう言いました。「皆さま、頬鞞王家には国の大事が多く、費用の掛かる所も広範囲にわたります。私はそのことをよく知っています。ですから受け取らないのです。」」

佛告阿難：「於意云何？爾時童子優多羅者，汝謂異人耶？莫作斯念，當知即是我也。阿難！我於爾時為自饒益，亦饒益他，饒益多人，愍傷世間，為天、為人求義及饒益，求安隱快樂。爾時說法不至究竟，不究竟白淨，不究竟梵行，不究竟梵行訖。爾時不離生老病死、啼哭憂慼，亦未能得脫一切苦。阿難！我今出世，如來、無所著、等正覺、明行成為、善逝、世間解、無上士、道法御、天人師，號佛、眾祐，我今自饒益，亦饒益他，饒益多人，愍傷世間，為天、為人求義及饒益，求安隱快樂。我今說法得至究竟，究竟白淨，究竟梵行，究竟梵行訖。我今已離生老病死、啼哭憂慼，我今已得脫一切苦。」

> 仏は阿難に告げられた。「どう思うか。あの時の童子ウッタラという者は、別人だと思うか。そう思ってはならない。まさにそれが私なのである。阿難よ、私はその時、自らの利益のため、また他者の利益のため、多くの人々の利益のため、世の中を哀れみ、天や人のために義と利益を求め、安穏で楽しい暮らしを求めた。しかし、その時の説法は究極には至らず、完全に清らかにはならず、完全な梵行（清らかな行い）には至らず、梵行を完成させることもなかった。その時は、生・老・病・死、泣き悲しみ憂えることから離れておらず、あらゆる苦しみからも脱することができなかった。阿難よ、私は今、この世に現れ出でた。如来、無所著、等正覚、明行成就、善逝、世間解、無上士、道法御、天人師、仏、衆祐と名づけられる。私は今、自らの利益のため、また他者の利益のため、多くの人々の利益のため、世の中を哀れみ、天や人のために義と利益を求め、安穏で楽しい暮らしを求める。私は今、説法して究極に至り、完全に清らかになり、完全な梵行に至り、梵行を完成させた。私は今、すでに生・老・病・死、泣き悲しみ憂えることから離れ、すでにあらゆる苦しみから脱することができたのである。」

佛說如是。尊者阿難及諸比丘，聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。尊者アーナンダと諸々の比丘たちは、仏の説かれたことを聞き、歓喜してこれを行いました。

鞞婆陵耆經第六竟五千七百三十四字

> 第六経「鞞婆陵耆経」終わり<note>五千七百三十四字</note>