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title: "中阿含經 · 70 轉輪王經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （七〇）中阿含王相應品轉輪王經第六第二小土城誦

> （七十）中阿含 王相応品 転輪王経 第六<note>第二小土城誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊摩兜麗剎利，在㮈林駛河岸。

> ある時、仏陀はマハーサーラ・クシャトリヤ国を訪れ、ネーランジャラー河の岸辺のニグローダ林に滞在されました。

爾時，世尊告諸比丘：「諸比丘！當自然法燈，自歸己法，莫然餘燈，莫歸餘法。諸比丘！若自然法燈，自歸己法，不然餘燈，不歸餘法者，便能求學得利，獲福無量。所以者何？比丘！昔時有王名曰堅念，為轉輪王，聰明智慧，有四種軍整御天下，由己自在，如法法王，成就七寶，得人四種如意之德。云何成就七寶，得人四種如意之德？如前所說成就七寶，得人四種如意之德。

> その時、世尊は比丘たちに告げられた。「比丘たちよ、自らを灯火とし、自らをよりどころとせよ。他の灯火に頼らず、他の教えに帰依してはならない。比丘たちよ、自らを灯火とし、自らをよりどころとし、他の灯火に頼らず、他の教えに帰依しないならば、修行によって利益を得、無量の福徳を積むことができるであろう。 なぜならば、比丘たちよ、昔、堅念という名の王がいた。彼は転輪王であり、聡明で智慧があり、四種の軍勢を整えて天下を治め、自在にふるまい、法に従う法王として、七宝を成就し、人としての四つの如意の徳を備えていた。 どのようにして七宝を成就し、人としての四つの如意の徳を得たのか。それは、先に述べたように、七宝を成就し、人としての四つの如意の徳を得たのである。」

「於是，堅念王而於後時，天輪寶移，忽離本處。有人見之，詣堅念王白曰：『天王！當知天輪寶移離於本處。』堅念王聞已，告曰：『太子！我天輪寶移離於本處。太子！我自曾從古人聞之，若轉輪王天輪寶移離本處者，彼王必不久住，命不久存。太子！我已得人間之欲，今當復求於天上欲。太子，我欲剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道。太子！我今以此四天下付授於汝，汝當如法治化，莫以非法，無令國中有諸惡業、非梵行人。太子！汝後若見天輪寶移離本處者，汝亦當復以此國政授汝太子，善教勅之。授太子國已，汝亦當復剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道於是。』堅念王授太子國，善教勅已，便剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道。

> そこで、堅念王の統治するある時、天の輪宝が動き出し、突然もとの場所から離れてしまいました。それを見た人が堅念王のもとへ行き、申し上げました。「天王よ、お知らせいたします。天の輪宝がもとの場所から離れました。」これを聞いた堅念王は、太子に告げました。「太子よ、私の天の輪宝がもとの場所から離れてしまった。太子よ、私は昔から年長者の話を聞いてきたが、もし転輪王の天の輪宝がもとの場所から離れたならば、その王は長くはとどまらず、命も長くはないという。太子よ、私はすでに人間の欲を得た。今、さらに天上の欲を求めることにしよう。太子よ、私は剃髪し、袈裟をまとい、確かな信心をもって家を捨て、家なき者として修行の道に入りたい。太子よ、私は今、この四つの天下をあなたに託す。あなたは正しい法に従って統治しなさい。非法であってはならない。国の中に悪業をなす者や、清らかな行いをしない者がいてはいけない。太子よ、あなたも後日、天の輪宝がもとの場所から離れるのを見たならば、その際にはあなたもまた、この国政をあなたの太子に授け、よく教え諭しなさい。太子に国を譲ったならば、あなたもまた剃髪し、袈裟をまとい、確かな信心をもって家を捨て、家なき者として修行の道に入りなさい。」こうして堅念王は太子に国を授け、よく教え諭した後、自ら剃髪し、袈裟をまとい、確かな信心をもって家を捨て、家なき者として修行の道に入ったのです。

「時，堅念王出家學道七日之後，彼天輪寶即沒不現，失天輪已，剎利頂生王便大憂惱，愁慼不樂，剎利頂生王即詣父堅念王仙人所。到已，白曰：『天王！當知天王學道七日之後，彼天輪寶便沒不現。』父堅念王仙人告子剎利頂生王曰：『汝莫以失天輪寶故而懷憂慼。所以者何？汝不從父得此天輪。』剎利頂生王復白父曰：『天王！我今當何所為？』

> 時に、堅念王が出家して修行を始めてから七日後、かの天の輪宝は忽然と姿を消した。天の輪宝を失ったことで、頂生王は大いに悩み悲しみ、憂いに沈んだ。そこで頂生王は父である堅念王仙人のもとへ参った。そして申し上げた。「天王よ、お知らせください。天王が修行を始められてから七日後、かの天の輪宝が忽然と姿を消しました」。父である堅念王仙人は子の頂生王に告げた。「天の輪宝を失ったからといって、悲しみ憂いてはならない。なぜなら、お前は父からこの天の輪宝を受け継いだわけではないからだ」。頂生王は再び父に申し上げた。「天王よ、それでは私は今、どうすればよいのでしょうか」。

「父堅念王仙人告其子曰：『汝當應學相繼之法，汝若學相繼之法者，於十五日說從解脫時，沐浴澡洗，昇正殿已，彼天輪寶必從東方來，輪有千輻，一切具足，清淨自然，非人所造，色如火㷿，光明昱爍。』剎利頂生王復白父曰：『天王！云何相繼之法欲令我學？令我學已，於十五日說從解脫時，沐浴澡洗，昇正殿已，彼天輪寶從東方來，輪有千輻，一切具足，清淨自然，非人所造，色如火㷿，光明昱爍。』

> 父王である堅念王は仙人として、その子に告げて言った。 「そなたは、王位を受け継ぐ正しい道を学ぶべきである。もしその道を学べば、十五日に説戒（ほどき）の時、沐浴し清めて高殿に上がったなら、その天の輪宝は必ず東方より来たるであろう。その輪には千の輻（や）があり、全てを備え、清らかで自然であり、人の手によるものではない。その色は火の輝きのごとく、光は燦然と輝くのである。」 すると、頂生王である刹利（せつり）の王は父に申し上げた。 「天王よ、その王位を受け継ぐ道とはいかなるものなのでしょうか。私にその道をお教えください。私がそれを学び、十五日に説戒の時、沐浴し清めて高殿に上がったなら、天の輪宝が東方より来たり、輪には千の輻があり、全てを備え、清らかで自然であり、人の手によるものではなく、その色は火の輝きのごとく、光は燦然と輝くようになるということを。」

「父堅念王仙人復告子曰：『汝當觀法如法，行法如法，當為太子、后妃、婇女，及諸臣民、沙門、梵志，乃至蜫蟲奉持法齋，月八日、十四日、十五日修行布施，施諸窮乏沙門、梵志、貧窮、孤獨、遠來乞者，以飲食、衣被、車乘、華鬘、散華、塗香、屋舍、床褥、氍𭯫、綩綖、給使、明燈。若汝國中有上尊、名德、沙門、梵志者，汝當隨時往詣彼所，問法受法：「諸尊！何者善法？何者不善法？何者為罪？何者為福？何者為妙？何者非妙？何者為黑？何者為白？黑白之法從何而生？何者現世義？何者後世義？云何作行受善不受惡？」從彼聞已，行如所說。若汝國中有貧窮者，當出財物，以給恤之。子！是謂相繼之法，汝當善學。汝善學已，於十五日說從解脫時，沐浴澡洗，昇正殿已，彼天輪寶必從東方來，輪有千輻，一切具足，清淨自然，非人所造，色如火焰，光明昱爍。』

> 父なる堅念王は仙人に対し、再び子に告げて言った。 「汝は、法を法のままに観察し、法を法のままに行え。そうすれば、太子、后妃、女官たち、家臣や民、沙門や梵志、さらに虫や虫けらに至るまで、皆を法の斎戒に従わせることができる。 毎月八日、十四日、十五日には、布施を行いなさい。困っている人々、沙門、梵志、貧しい人、孤独な人、遠くから来た乞食の人々に、食べ物や飲み物、衣服、乗り物、花飾り、散花、塗香、家屋、寝具、敷物、枕、召使い、灯明を施しなさい。 また、もし汝の国に、高名な徳の高い沙門や梵志がいるならば、汝は適宜そのもとを訪れ、法について問い、法を受けるべきである。 「諸尊よ、何が善なる法か？ 何が不善なる法か？ 何が罪か？ 何が福か？ 何が優れたものか？ 何が優れていないものか？ 何が黒か？ 何が白か？ 黒と白の法はどこから生じるのか？ 現世の意義は何か？ 来世の意義は何か？ どのように行い、どのように受ければ、善を受け悪を受けないのか？」 彼らからその教えを聞いたならば、その説くところに従って行いなさい。 もし汝の国に貧しい者たちがいるならば、財物を出して、彼らを救い支えなさい。 子よ。これが継承していくべき道である。汝はこれをよく学びなさい。汝がよく学んだならば、毎月十五日の説戒の日に、沐浴し身を清めて、大殿に上ったならば、その天の輪宝が必ず東方から来るであろう。その輪は千の輻（や）をそなえ、すべて完全に整い、清らかで自然であり、人の手で作られたものではない。その色は炎のようで、光は明るく輝いている。」

「剎利頂生王便於後時觀法如法，行法如法，而為太子、后妃、婇女及諸臣民、沙門、梵志，乃至蜫蟲奉持法齋，月八日、十四日、十五日修行布施，施諸窮乏沙門、梵志、貧窮、孤獨、遠來乞者，以飲食、衣被、車乘、華鬘、散華、塗香、屋舍、床褥、氍𭯫、綩綖，給使、明燈。若其國中有上尊、名德、沙門、梵志者，便自隨時往詣彼所，問法受法：『諸尊！何者善法？何者不善法？何者為罪？何者為福？何者為妙？何者非妙？何者為黑？何者為白？黑白之法從何而生？何者現世義？何者後世義？云何作行受善不受惡？』從彼聞已，行如所說。若其國中有貧窮者，即出財物，隨時給恤。剎利頂生王於後十五日說從解脫時，沐浴澡洗，昇正殿已，彼天輪寶從東方來，輪有千輻，一切具足，清淨自然，非人所造，色如火㷿，光明昱爍，彼亦得轉輪王，亦成就七寶，亦得人四種如意之德。云何成就七寶、得人四種如意之德？亦如前說。

> 刹利頂生王は、のちのち法を観じて法のままにし、法を行じて法のままにし、太子、后妃、女官たち、臣民、沙門、梵志、さらには虫にいたるまで、法の斎（とき）を持たせました。毎月八日、十四日、十五日には布施を行い、貧しい人々、沙門、梵志、孤独な者、遠方から来た乞食に、飲食、衣服、車馬、花飾り、散華、塗香、家屋、寝具、敷物、枕、召使い、灯明を施しました。 もしその国に高徳の沙門や梵志がいれば、自らそのもとを訪ねて教えを請いました。 「尊き方々、何が善法ですか？何が不善法ですか？何が罪ですか？何が福ですか？何が優れたものか？何が劣ったものか？何が黒か？何が白か？黒白の法は何から生じるのか？何が現世の利益か？何が来世の利益か？どのように行えば善を受け、悪を受けないか？」 その教えを聞いて、その通りに実践しました。 もし国に貧しい者がいれば、財物を取り出して、その時々に施しを与えました。 刹利頂生王が、その後十五日目に「説解脱」を行う時、沐浴して身を清め、正殿に上ると、東方から天輪宝（てんりんぼう）が現れました。その輪には千本の輻（や）があり、すべてが備わり、清らかで自然に生じ、人の手によるものではなく、色は火のように輝き、光明が燦然と照りました。王は転輪王となり、七宝を成就し、また人として四種の如意の徳を得ました。 「どのように七宝を成就し、人として四種の如意の徳を得るのか？」ということは、先に述べた通りです。

「彼轉輪王而於後時，天輪寶移，忽離本處。有人見之，詣轉輪王白曰：『天王！當知天輪寶移離於本處。』轉輪王聞已，告曰：『太子！我天輪寶移離本處。太子！我曾從父堅念王仙人聞之：若轉輪王天輪寶移離本處者，彼王必不久住，命不久存。太子！我已得人間之欲，今當復求於天上欲。太子！我欲剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道。太子！我今以此四天下付授於汝，汝當如法治化，莫以非法，無令國中有諸惡業、非梵行人。太子！汝後若見天輪寶移離本處者，汝亦當復以此國政授汝太子，善教勅之。授太子國已，汝亦當復剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道於是。』轉輪王授太子國，善教勅已，便剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道。

> ある時、その転輪王のもとで、天の輪宝が動き、突然元の場所から離れてしまいました。それを見た人が王のもとへ行き、こう申し上げました。「大王よ、お知らせ申し上げます。天の輪宝が元の場所から動いてしまいました。」これを聞いた転輪王は、太子に告げました。「太子よ、私の天の輪宝が元の場所から動いてしまった。太子よ、私はかつて父である堅念王仙人から聞いたことがある。もし転輪王の天の輪宝が元の場所から動いたならば、その王は長く留まらず、命も長くないと。太子よ、私はすでに人間の楽しみを得た。今また天上の楽しみを求めようと思う。太子よ、私は髪やひげを剃り、袈裟を身にまとい、清らかな信仰をもって家を捨て、家なき者として修行の道に入りたい。太子よ、私は今この四つの天下をあなたに託す。あなたは法に従って正しく治め、法に反することをしてはならない。また国内に悪い行いや、清らかでない行いをする者がいてはならない。太子よ、あなたが後に天の輪宝が元の場所から動くのを見たら、あなたもまたこの国政を自分の太子に授け、よく教え諭すがよい。太子に国を授けたなら、あなたもまた髪やひげを剃り、袈裟を身にまとい、清らかな信仰をもって家を捨て、家なき者として修行の道に入るがよい。」こうして転輪王は太子に国を授け、よく教え諭した後、髪やひげを剃り、袈裟を身にまとい、清らかな信仰をもって家を捨て、家なき者として修行の道に入ったのです。

「彼轉輪王出家學道七日之後，彼天輪寶即沒不現，失天輪已，剎利頂生王而不憂慼，但染欲著欲，貪欲無厭，為欲所縛，為欲所觸，為欲所使，不見灾患，不知出要，便自出意治國，以自出意治國故，國遂衰減，不復增益，猶如昔時諸轉輪王學相繼法，國土人民轉增熾盛，無有衰減。剎利頂生王亦復如是，自出意治國，以自出意治國故，國遂衰減，不復增益。

> その転輪王が出家して修行を始めてから七日後、天の宝輪は忽然と姿を消し、現れなくなりました。天の宝輪を失ったにもかかわらず、クシャトリヤ出身の頂生王は憂え悲しむことはありませんでした。しかし、彼は欲望に染まり、欲望に執着し、貪欲に飽くことを知らず、欲望に縛られ、欲望に触れられ、欲望に使役されていました。欲望に潜む災いを見極めることができず、その束縛から逃れる方法も知りませんでした。そこで彼は自分の考えだけで国を治め始めました。自分の考えだけで治めた結果、国は衰退し、かつてのように栄えることはなくなりました。昔、多くの転輪王が先王の教えを継承して国を治めた時には、国土も民もますます繁栄し、衰退することはありませんでした。しかし、クシャトリヤ出身の頂生王もまた同じように、自分の考えだけで国を治めたために、国は衰え、二度と盛り返すことはなかったのです。

「於是，國師梵志案行國界，見國人民轉就衰減，不復增益，便作是念：『剎利頂生王自出意治國，以自出意治國故，國土人民轉就衰減，不復增益，猶如昔時諸轉輪王學相繼法，國土人民轉增熾盛，無有衰減。此剎利頂生王亦復如是，自出意治國，以自出意治國故，國土人民轉就衰減，不復增益。』

> そこで国師のバラモンは国中を巡り歩き、国の民がだんだんと減り続け、増えることがないのを見て、こう思った。 「転輪聖王（チャクラヴァルティン）が治国の道を学び継いでいた時は、国も民も栄え盛んになり、衰えることはなかった。ところが、この刹帝利の頂生王は自分の考えだけで国を治めている。そのために国と民が衰え続け、増えることがないのだ。」

「國師梵志即共往詣剎利頂生王，白曰：『天王！當知天王自出意治國，以自出意治國故，國土人民轉就衰減，不復增益，猶如昔時諸轉輪王學相繼法，國土人民轉增熾盛，無有衰減。今天王亦復如是，自出意治國，以自出意治國故，國土人民轉就衰減，不復增益。』剎利頂生王聞已告曰：『梵志！我當云何？』國師梵志白曰：『天王！國中有人聰明智慧，明知算數，國中有大臣眷屬學經明經，誦習受持相繼之法，猶如我等一切眷屬。天王！當學相繼之法。學相繼法已，於十五日說從解脫時，沐浴澡洗，昇正殿已，彼天輪寶必從東方來，輪有千輻，一切具足，清淨自然，非人所造，色如火㷿，光明昱爍。』

> 国師である梵志は、すぐに共に刹利頂生王のもとへ行き、申し上げました。「天王よ、お知らせいたします。天王がご自身の考えだけで治国なさるため、国土の民は衰退し、かつてのように栄えることがなくなりました。これはあたかも、昔の転輪王たちが互いに継承する方法を学び、国土の民がますます栄え、衰退することがなかったのとは対照的です。今、天王もまた同様に、ご自身の考えだけで治国なさるため、国土の民は衰退し、栄えることがありません。」刹利頂生王はこれを聞いて、「梵志よ、私はどうすればよいのか？」とお尋ねになりました。国師である梵志が申し上げました。「天王よ、国には聡明で智慧があり、計算に明るい者がおります。また、大臣の一族の中には経典を学び、経典に精通し、それを読み習い、受け継いでいる者たちがおります。それは、私たちすべての一族と同じです。天王よ、どうか互いに継承する方法をお学びください。その方法をお学びになった後、十五日目に解脱を説く時が来ましたら、沐浴し、身を清めて正殿に登られますと、必ず東方から天の輪宝がやってまいります。その輪には千本の輻（スポーク）があり、すべてが備わり、清らかで自然なものであり、人の手によるものではありません。その色は火のように輝き、光り輝いております。」

「剎利頂生王復問曰：『梵志！云何相繼之法欲令我學？令我學已，於十五日說從解脫時，沐浴澡洗，昇正殿已，彼天輪寶必從東方來，輪有千輻，一切具足，清淨自然，非人所造，色如火㷿，光明昱爍。』國師梵志白曰：『天王！當觀法如法，行法如法，當為太子、后妃、婇女及諸臣民、沙門、梵志乃至蜫蟲奉持法齋，月八日、十四日、十五日修行布施，施諸窮乏沙門、梵志、貧窮、孤獨、遠來乞者，以飲食、衣被、車乘、華鬘、散華、塗香、屋舍、床褥、氍𭯫、綩綖，給使、明燈。若王國中有上尊、名德、沙門、梵志者，當自隨時往詣彼所，問法受法：「諸尊！何者善法？何者不善法？何者為罪？何者為福？何者為妙？何者非妙？何者為黑？何者為白？黑白之法從何而生？何者現世義？何者後世義？云何作行受善不受惡？」從彼聞已，行如所說。若王國中有貧窮者，當出財物，用給恤之。天王！是謂相繼之法，當善取學。善取學已，於十五日說從解脫時，沐浴澡洗，昇正殿已，彼天輪寶必從東方來，輪有千輻，一切具足，清淨自然，非人所造，色如火㷿，光明昱爍。』

> 刹利頂生王がさらに尋ねた。「バラモンよ。『相継の法』とやらを、どのように学べばよいのか。私がそれを学び終えたならば、十五日に戒律を説く時、沐浴し身を清め、正殿に登るとき、天の輪宝が必ず東方より現れるという。その輪は千の輻を持ち、すべてがそろい、清らかで自然に生じ、人為によるものではなく、その色は火の輝きのようであり、光は燦然と照り輝くというが。」 国師バラモンは申し上げた。「天王よ。法を法のままに見、法を法のままに行いなさい。太子、后妃、宮女たち、臣民、沙門、バラモン、さらには虫けらに至るまで、法の斎戒を守らせなさい。毎月八日、十四日、十五日に布施を行い、貧しい人々、沙門、バラモン、貧困者、孤独な者、遠方から来た乞食に施しなさい。すなわち、飲食、衣服、乗り物、花飾り、散華、塗香、家屋、寝具、敷物、枕、召使い、灯明などを与えなさい。 もし王の国に尊い徳のある沙門やバラモンがいるならば、自ら時に応じてそのもとを訪れ、法を問い、法を受けなさい。『尊き方々。何が善い法でしょうか？何が不善な法でしょうか？何が罪でしょうか？何が福でしょうか？何が妙でしょうか？何が妙でないでしょうか？何が黒でしょうか？何が白でしょうか？黒と白の法は何から生じるのでしょうか？何が現世の利益でしょうか？何が来世の利益でしょうか？どのように行いをなせば、善を受け、悪を受けないのでしょうか？』と。彼らから聞いた後は、説かれた通りに行いなさい。 もし王の国に貧しい者がいるならば、財物を出して、それを哀れんで与えなさい。 天王よ。これが相継の法でございます。どうかよく学び取ってください。よく学び取ったならば、十五日に戒律を説く時、沐浴し身を清め、正殿に登るとき、天の輪宝は必ず東方より現れましょう。その輪は千の輻を持ち、すべてがそろい、清らかで自然に生じ、人為によるものではなく、その色は火の輝きのようであり、光は燦然と照り輝くでありましょう。」

「剎利頂生王便於後時觀法如法，行法如法，而為太子、后妃、婇女及諸臣民、沙門、梵志乃至蜫蟲奉持法齋，月八日、十四日、十五日修行布施，施諸窮乏沙門、梵志、貧窮、孤獨、遠來乞者，以飲食、衣被、車乘、華鬘、散華、塗香、屋舍、床褥、氍𭯫、綩綖，給使、明燈。若其國中有上尊、名德、沙門、梵志者，便自隨時往詣彼所，問法受法：『諸尊！何者善法？何者不善法？何者為罪？何者為福？何者為妙？何者非妙？何者為黑？何者為白？黑白之法從何而生？何者現世義？何者後世義？云何作行受善不受惡？』從彼聞已，行如所說。

> 刹利頂生王は、その後、時に応じて法を観じ、法に従って行動しました。そして、太子、后妃、女官たち、臣民、沙門、梵志、さらには昆虫に至るまで、法の斎（精進）を守らせました。毎月の八日、十四日、十五日には布施を行い、貧しい人々や沙門、梵志、貧困者、孤独な人、遠方から来た乞食に、飲食、衣服、車乗、花飾り、散華、塗香、家屋、寝具、敷物、枕、召使い、灯明などを施しました。 また、その国に高徳の沙門や梵志がいるならば、自ら進んでそのもとを訪れ、法を尋ね、教えを受けました。「尊師よ、何が善い法でしょうか。何が不善の法でしょうか。何が罪でしょうか。何が福でしょうか。何が優れたものでしょうか。何が優れていないものでしょうか。何が黒（悪）でしょうか。何が白（善）でしょうか。黒と白の法は何から生じるのでしょうか。現世における利益は何でしょうか。来世における利益は何でしょうか。どのように行えば、善を受け、悪を受けないのでしょうか。」と問い、その教えを聞いた後は、説かれた通りに行いました。

「然國中民有貧窮者，不能出物，用給恤之，是為困貧無財物者不能給恤，故人轉窮困，因窮困故，便盜他物；因偷盜故，其主捕伺收縛，送詣剎利頂生王，白曰：『天王！此人盜我物，願天王治。』剎利頂生王問彼人曰：『汝實盜耶？』彼人白曰：『天王！我實偷盜。所以者何？天王！以貧困故，若不盜者，便無以自濟。』剎利頂生王即出財物而給與之，語盜者曰：『汝等還去，後莫復作。』於是，國中人民聞剎利頂生王若國中人有行盜者，王便出財物而給與之。由斯之故，人作是念：『我等亦應盜他財物。』於是，國人各各競行盜他財物。是為困貧無財物者，不能給恤，故人轉窮困；因窮困故，盜轉滋甚。因盜滋甚故，彼人壽轉減，形色轉惡。彼壽轉減色轉惡已，比丘！父壽八萬歲，子壽四萬歲。比丘！彼人壽四萬歲時，有人便行盜他財物，其主捕伺收縛，送詣剎利頂生王，白曰：『天王！此人盜我物，願天王治。』剎利頂生王問彼人曰：『汝實盜耶？』彼人白曰：『天王！我實偷盜。所以者何？以貧困故，若不盜者，便無以自濟。』剎利頂生王聞已，便作是念：『若我國中有盜他物，更出財物盡給與者，如是唐空竭國藏，盜遂滋甚。我今寧可作極利刀，若我國中有偷盜者，便收捕取，坐高標下，斬截其頭。』

> 「しかし、国の民の中に貧しい者たちがおり、物を出して彼らを救済することができない。これは貧しくて財物がない者が救済できないために、人々はますます貧しくなっていくことを意味する。貧しさゆえに、他人の物を盗むようになる。盗みによって、その物の主は彼を捕まえて縛り上げ、刹利頂生王のところへ連れて行き、こう申し立てる。『大王よ、この者は私の物を盗みました。どうか大王がお裁きください。』刹利頂生王はその者に問う。『お前は本当に盗んだのか？』その者は答える。『大王よ、私は確かに盗みました。なぜなら、貧しいからです。盗まなければ、自分を養うすべがないのです。』刹利頂生王はすぐに財物を出してその者に与え、盗人に言った。『お前たちは帰れ。以後、再びそのようなことをしてはならない。』 こうして、国の民は刹利頂生王が、もし国の中で盗みを行う者がいれば、王が財物を出して与えると聞いた。そのため、人々はこう考えるようになった。『我々も他人の財物を盗むべきだ。』そして、国の人々はこぞって他人の財物を盗み合うようになった。これが、貧しくて財物がない者が救済できないために、人々がますます貧しくなり、貧しさゆえに盗みがますます増える理由である。盗みが増えるにつれて、人々の寿命は減り、容姿は悪くなる。寿命が減り、容姿が悪くなると、比丘よ、父の寿命が八万歳だったのに対し、子の寿命は四万歳となった。 比丘よ、人々の寿命が四万歳の時、ある人が他人の財物を盗んだ。その物の主は彼を捕まえて縛り上げ、刹利頂生王のところへ連れて行き、こう申し立てた。『大王よ、この者は私の物を盗みました。どうか大王がお裁きください。』刹利頂生王はその者に問う。『お前は本当に盗んだのか？』その者は答える。『大王よ、私は確かに盗みました。なぜなら、貧しいからです。盗まなければ、自分を養うすべがないのです。』これを聞いて刹利頂生王はこう考えた。『もし我が国で盗みを犯す者があれば、また財物を出してすべて与えているのでは、国庫を空にし、盗みはますます増えるばかりだ。今、私は極めて鋭利な刀を用意し、我が国で盗みを犯す者があれば、捕らえて高い柱の下に座らせ、その首を刎ねることにしよう。』」

「於是，剎利頂生王後便勅令，作極利刀：『若國中有盜他物者，即勅捕取，坐高標下，斬截其頭。』國中人民聞剎利頂生王勅作利刀，若國中有盜他物者，即便捕取，坐高標下，斬截其頭。『我亦寧可效作利刀，持行劫物，若從劫物者，捉彼物主而截其頭。』於是，彼人則於後時効作利刀，持行劫物，捉彼物主，截斷其頭。是為困貧無財物者，不能給恤故，人轉窮困；因窮困故，盜轉滋甚；因盜滋甚故，刀殺轉增。因刀殺增故，彼人壽轉減，形色轉惡。彼壽轉減，色轉惡已，比丘！父壽四萬歲，子壽二萬歲。

> そこで、クシャトリア族の頂生王（ちょうじょうおう）は後に命令を下し、非常に鋭い刀を作らせました。「もし国中に他人の物を盗む者がいれば、すぐに捕らえ、高い台の下に座らせて、その首を切れ。」国中の人々は、頂生王が鋭い刀を作るよう命じたこと、そして国中で盗みを働く者があれば、すぐに捕らえられ、高い台の下で首を切られることを聞きました。そこで彼らは、「我々も鋭い刀を作り、それを持って強盗をしよう。もし強盗をすれば、その物の主を捕らえて首を切ってしまおう。」と考えました。その後、ある者が鋭い刀を作り、強盗を働き、物の主を捕らえて首を切りました。 これは、貧しく財産のない者たちが、十分な施しを受けられなかったために、人々がますます貧しくなったからです。貧しさが増したために、盗みがさらに激しくなりました。盗みが激しくなったために、刃物による殺人が増えました。刃物による殺人が増えたために、人々の寿命は短くなり、容姿は悪くなりました。寿命が短くなり、容姿が悪くなった結果、比丘（びく）よ、父の寿命は四万歳であったのに、子の寿命は二万歳となりました。

「比丘！人壽二萬歲時，有人盜他財物，其主捕伺收縛，送詣剎利頂生王，白曰：『天王！此人盜我財物，願天王治。』剎利頂生王問彼人曰：『汝實盜耶？』時，彼盜者便作是念：『剎利頂生王若知其實，或縛鞭我，或拋或擯，或罰錢物，或種種苦治，或貫標上，或梟其首，我寧可以妄言欺誑剎利頂生王耶？』念已，白曰：『天王！我不偷盜，是為困貧無財物者，不能給恤故。』人轉窮困，因窮困故，盜轉滋甚；因盜滋甚故，刀殺轉增；因刀殺增故，便妄言、兩舌轉增。因妄言、兩舌增故，彼人壽轉減，形色轉惡。彼壽轉減，色轉惡已，比丘！父壽二萬歲，子壽一萬歲。

> 比丘よ、人間の寿命が二万歳だった時代、ある人が他人の財物を盗んだ。被害者は彼を捕らえ、王のもとへ連れて行き、こう申し立てた。「王よ、この者が私の財物を盗みました。どうかお裁きを。」すると、王はその盗人に問いただした。「お前は本当に盗んだのか。」その時、盗人は考えた。「王が真実を知れば、私を縛り鞭打ち、追放し、罰金を科し、あるいは様々な苦しみを与え、さらし首にするかもしれない。ならば、偽りをもって王を欺く方がよいのではないか。」そう思って、彼は言った。「王よ、私は盗んでおりません。貧しくて何も持たず、身寄りもない者でございます。」人々はますます貧しくなり、貧しさゆえに盗みはさらに増えた。盗みが増えたことで、殺戮もまた増えた。殺戮が増えたことで、虚偽の言葉と中傷がさらに増えた。虚偽と中傷が増えたことで、人間の寿命は短くなり、容姿も醜くなった。寿命が短くなり、容姿が衰えた結果、比丘よ、父の寿命が二万歳であったのに、子の寿命は一万歳となったのである。

「比丘！人壽萬歲時，人民或有德，或無德，若無德者，彼為有德人起嫉妬意而犯其妻。是為困貧無財物者，不能給恤故，人轉窮困；因窮困故，盜轉滋甚；因盜滋甚故，刀殺轉增；因刀殺增故，便妄言，兩舌轉增；因妄言、兩舌增故，便嫉妬、邪婬轉增。因嫉妬、邪婬增故，彼人壽轉減，形色轉惡。彼壽轉減，色轉惡已，比丘！父壽萬歲，子壽五千歲。

> 比丘たちよ、人の寿命が一万歳であった時代には、民の間に徳のある者とない者がいた。徳のない者は、徳ある者に対して嫉妬の心を起こし、その妻を犯した。これが貧しくて財産のない者への救済が行われなかった原因である。救済が行われなかったため、人々はますます貧窮に陥った。貧窮が進んだため、盗みがますます増大した。盗みが増大したため、殺害が増えた。殺害が増えたため、虚偽の言説と二枚舌が増えた。虚偽の言説と二枚舌が増えたため、嫉妬と邪な淫欲が増えた。嫉妬と邪な淫欲が増えた結果、人々の寿命は減少し、容色は悪化した。このように寿命が減少し、容色が悪化した結果、比丘たちよ、父の寿命が一万歳であったのに対し、子の寿命は五千歳となった。

「比丘！人壽五千歲時，三法轉增，非法、欲、惡貪、邪法。因三法增故，彼人壽轉減，形色轉惡。彼壽轉減，色轉惡已，比丘！父壽五千歲，子壽二千五百歲。比丘！人壽二千五百歲時，復三法轉增，兩舌、麤言、綺語。因三法增故，彼人壽轉減，形色轉惡。彼壽轉減，色轉惡已，比丘！父壽二千五百歲，子壽千歲。比丘！人壽千歲時，一法轉增，邪見是也。因一法增故，彼人壽轉減，形色轉惡。彼壽轉減，色轉惡已，比丘！父壽千歲，子壽五百歲。

> 比丘たちよ、人間の寿命が五千年あった時代には、三つの悪い法が増えていきました。それは、正しくないこと、欲、悪い貪り、邪な行いです。この三つの法が増えたために、人々の寿命は減り、容姿は醜くなりました。寿命が減り、容姿が衰えた後、比丘たちよ、父の寿命は五千年だったのに、子の寿命は二千五百年になりました。 比丘たちよ、人間の寿命が二千五百年になった時代には、さらに三つの法が増えました。それは、二枚舌、荒い言葉、無駄話です。この三つの法が増えたために、人々の寿命は減り、容姿は醜くなりました。寿命が減り、容姿が衰えた後、比丘たちよ、父の寿命は二千五百年だったのに、子の寿命は千年になりました。 比丘たちよ、人間の寿命が千年になった時代には、一つの法が増えました。それは邪見です。この一つの法が増えたために、人々の寿命は減り、容姿は醜くなりました。寿命が減り、容姿が衰えた後、比丘たちよ、父の寿命は千年だったのに、子の寿命は五百年になりました。

「比丘！人壽五百歲時，彼人盡壽不孝父母，不能尊敬沙門、梵志，不行順事，不作福業，不見後世罪。彼因不孝父母，不能尊敬沙門、梵志，不行順事，不作福業，不見後世罪故，比丘！父壽五百歲，子壽或二百五十、或二百歲。比丘！今若有長壽，或壽百歲，或不啻者。」

> 比丘たちよ、人が五百年の寿命を持つ時代には、その人々は生涯にわたって両親に孝行せず、修行者や聖者を敬うことをせず、順じた行いもせず、善い行いも積まず、来世の罪の報いを見ることもありません。そのため、比丘たちよ、父親の寿命が五百年であっても、その子の寿命は二百五十年、あるいは二百年になってしまいます。比丘たちよ、現在はもし長寿を得る者があれば、寿命は百年であるか、あるいはそれ以上に及ばないのです。

佛復告曰：「比丘！未來久遠時，人壽十歲。比丘！人壽十歲時，女生五月，即便出嫁。比丘！人壽十歲時，有穀名稗子，為第一美食，猶如今人，粳粮為上饌。比丘！如是人壽十歲時，有穀名稗子，為第一美食。比丘！人壽十歲時，若今日所有美味，酥油、鹽、蜜、甘蔗、糖，彼一切盡沒。比丘！人壽十歲時，若行十惡業道者，彼便為人所敬重，猶如今日若行十善業道者，彼便為人所敬重。比丘！人壽十歲時亦復如是，若行十惡業道者，彼便為人之所敬重。比丘！人壽十歲時都無有善名，況復有行十善業道？

> さらに、仏はおっしゃいました。「比丘よ、遠い未来、人の寿命が十歳になる時代が来る。比丘よ、その時代には、女子は生後五か月で結婚する。比丘よ、その時代には、『ひえ』という穀物が最も美味な食べ物となり、ちょうど今の時代に粳米が最高のご馳走とされているのと同じようになる。比丘よ、人の寿命が十歳の時代には、この『ひえ』という穀物が第一の美食となる。比丘よ、その時代には、今日あるような酥油、塩、蜜、甘蔗、砂糖といったすべての美味は、完全に消え失せる。比丘よ、人の寿命が十歳の時代には、十の悪い行い（十悪業道）を実践する者が人々から尊敬される。それは、ちょうど今日、十の善い行い（十善業道）を実践する者が人々から尊敬されるのと同じである。比丘よ、人の寿命が十歳の時代もまた同じで、十の悪い行いを実践する者が人々から尊敬される。比丘よ、人の寿命が十歳の時代には、『善い』という名のもとになるものさえ存在しない。ましてや、十の善い行いを実践する者など、いるはずもない。」

「比丘！人壽十歲時，有人名彈罰，周行遍往，家家彈罰。比丘！人壽十歲時，母於其子極有害心，子亦於母極有害心，父子、兄弟、姉妹、親屬，展轉相向，有賊害心，猶如獵師見彼鹿已，極有害心。比丘！人壽十歲時亦復如是，母於其子極有害心，子亦於母極有害心，父子、兄弟、姉妹、親屬，展轉相向，有賊害心。比丘！人壽十歲時，當有七日刀兵劫，彼若捉草，即化成刀，若捉樵木，亦化成刀，彼以此刀各各相殺，彼於七日刀兵劫，過七日便止。

> 比丘よ、人の寿命が十歳になるとき、「弾罰」という名の人が現れ、あまねく家々を巡り、罰を下します。比丘よ、人の寿命が十歳になるとき、母は子に対して極めて害そうとする心を抱き、子もまた母に対して極めて害そうとする心を抱きます。父と子、兄弟、姉妹、親族も互いに相手に対して、害そうとする心を持つようになります。それはまるで猟師が鹿を見たときに極めて害そうとする心を抱くのと同じです。比丘よ、人の寿命が十歳になるときもまた同様に、母は子に対して極めて害そうとする心を抱き、子もまた母に対して極めて害そうとする心を抱きます。父と子、兄弟、姉妹、親族も互いに相手に対して、害そうとする心を持つようになります。比丘よ、人の寿命が十歳になるとき、七日間の刀兵劫が起こります。彼らは草を取ればそれがすぐに刀となり、薪を取ればそれも刀となります。彼らはその刀で互いに殺し合います。この刀兵劫は七日間続き、七日が過ぎれば止みます。

「爾時，亦有人生慙耻羞愧，厭惡不愛，彼人七日刀兵劫時，便入山野，在隱處藏，過七日已，則從山野於隱處出，更互相見，生慈愍心，極相愛念。猶如慈母，唯有一子，與久離別，從遠來還，安隱歸家，相見喜歡，生慈愍心，極相愛念。如是彼人過七日後，則從山野於隱處出，更互相見，生慈愍心，極相愛念，共相見已，便作是語：『諸賢！我今相見，今得安隱，我等坐生不善法故，今值見此，親族死盡，我等寧可共行善法。云何當共行善法耶？我等皆是殺生之人，今寧可共離殺、斷殺，我等應共行是善法。』彼便共行如是善法。行善法已，壽便轉增，形色轉好。彼壽轉增，色轉好已，比丘！壽十歲人生子壽二十。比丘！壽二十歲人復作是念：『若求學善者，壽便轉增，形色轉好，我等應共更增行善。云何當共更增行善？我等已共離殺、斷殺，然故共行不與而取。我等寧可離不與取、斷不與取，我等應共行是善法。』彼便共行如是善法。行善法已，壽便轉增，形色轉好。彼壽轉增，色轉好已，比丘！壽二十歲人生子壽四十。

> その時、また心に恥じ、慚じ、嫌悪し愛さない人々がいた。彼らは七日間の刀兵の劫の時に、山野に入り隠れ場に身を潜めた。七日が過ぎて、山野の隠れ場から出て来て、互いに見合い、慈しみの心を生じ、深く愛しみ合った。ちょうどこころみ、ただ一人の子を持つ慈母が、長く別れていたその子が遠くから無事に帰宅し、再会して喜び、慈しみの心を生じ深く愛しみ合うようなものであった。 彼らもまた七日後、山野の隠れ場から出て来て、互いに見合い、慈しみの心を生じ深く愛しみ合い、共に見合ってから、こう言った。 「諸君よ、私は今こうして皆に会え、安らかでいられる。私たちは悪しき法を起こしたために、このような事態に遭い、親族を全て失ってしまった。今こそ共に善い法を実践しようではないか。ではどのような善い法を共に実践すべきか。私たちは皆、命を奪う者であった。今こそ共に殺生を離れ、断ち切ろうではないか。私たちは共にこの善い法を実践すべきである。」 彼らは共にそのような善い法を実践した。善い法を実践すると、寿命は増し、姿形も良くなった。寿命が増し、姿形が良くなると、比丘よ、寿命十歳の人から生まれた子は寿命二十歳となった。 比丘よ、寿命二十歳の人々はまたこう考えた。「もし善を学び求めるなら、寿命は増し、姿形も良くなる。私たちは共にさらに善を増し行うべきだ。ではどのようにさらに善を増し行うべきか。私たちは既に共に殺生を離れ断ち切ったが、しかし依然として共に与えられずに取ることを行っている。私たちは不與取を離れ断ち切るべきではないか。私たちは共にこの善い法を実践すべきである。」 彼らは共にそのような善い法を実践した。善い法を実践すると、寿命は増し、姿形も良くなった。寿命が増し、姿形が良くなると、比丘よ、寿命二十歳の人から生まれた子は寿命四十歳となった。

「比丘！壽四十歲人亦作是念：『若求學善者，壽便轉增，形色轉好，我等應共更增行善。云何當共更增行善？我等已離殺、斷殺，離不與取、斷不與取，然故行邪婬。我等寧可離邪婬、斷邪婬，我等應共行是善法。』彼便共行如是善法。行善法已，壽便轉增，形色轉好。彼壽轉增，色轉好已，比丘！壽四十歲人生子壽八十。

> 比丘たちよ、寿命が40歳の者もこう考えます。 「もし善を学び求めるならば、寿命はさらに増し、容姿も良くなるだろう。だから私たちは共に、さらに善行を積むべきだ。ではどのようにして共に善行を積めばよいのか？私たちはすでに殺生を離れ、殺生を断った。また、与えられないものを取ることを離れ、それを断った。しかし、まだ邪な性行為を行っている。私たちはむしろ、邪な性行為を離れ、それを断つべきではないか。そうすれば、共にこの善い行いを実践できるのだ。」 彼らは共にそのような善い行いを実践します。 善い行いを実践した後、寿命はさらに増し、容姿も良くなりました。 寿命が増し、容姿が良くなった後、比丘たちよ、寿命が40歳の者から生まれた子は、寿命80歳になります。

「比丘！壽八十歲人亦作是念：『若求學善者，壽便轉增，形色轉好，我等應共更增行善。云何當共更增行善？我等已離殺、斷殺，離不與取、斷不與取，離邪婬、斷邪婬，然故行妄言。我等寧可離妄言、斷妄言，我等應共行是善法。』彼便共行如是善法。行善法已，壽便轉增，形色轉好。彼壽轉增，色轉好已，比丘！壽八十歲人生子壽百六十。

> 「比丘たちよ。八十歳の寿命を持つ人も、このように考えます。『もし善を学び求めるならば、寿命はさらに延び、容色も優れていく。だから私たちも共にさらに善行を積むべきだ。ではどのように共に善行を積めばよいのか。私たちはすでに殺生を離れ、殺生を断ち、盗みを離れ、盗みを断ち、邪淫を離れ、邪淫を断った。しかし、依然として虚偽の言葉を語っている。私たちは虚偽の言葉を離れ、虚偽の言葉を断つべきだ。そうして共にこの善法を行おう。』彼らは共にそのような善法を行い、善法を実践した後、寿命はさらに延び、容色も優れていきます。 彼らの寿命が延び、容色が良くなった後、比丘たちよ。八十歳の寿命を持つ人の子は、百六十歳の寿命を持つのです。」

「比丘！壽百六十歲人亦作是念：『若求學善者，壽便轉增，形色轉好，我等應共更增行善。云何當共更增行善？我等已離殺、斷殺，離不與取、斷不與取，離邪婬、斷邪婬，離妄言、斷妄言，然故行兩舌。我等寧可離兩舌、斷兩舌，我等應共行是善法。』彼便共行如是善法。行善法已，壽便轉增，形色轉好。彼壽轉增，色轉好已，比丘！壽百六十歲人生子壽三百二十歲。

> 「比丘たちよ、例えば人が百六十歳まで生きるとします。その人はこう考えます。『もし善い行いを学び実践するならば、寿命はさらに延び、容姿も良くなるだろう。だから私たちは共に善行をさらに積もう。では、どのようにして善行をさらに積むべきか。私たちはすでに殺生を離れ、断ち、与えられていないものを取ることを離れ、断ち、不倫を離れ、断ち、虚偽の言葉を離れ、断ってきた。しかし今もなお、中傷する言葉（両舌）を用いている。私たちは中傷する言葉を離れ、断つべきではないか。そうすれば、共にこの善法を行うことができる。』そこで彼らは共にその善法を実践します。善法を実践した後、寿命はさらに延び、容姿も良くなります。寿命が延び、容姿が良くなった後には、比丘たちよ、百六十歳まで生きた人の子は、三百二十歳まで生きるのです。」

「比丘！壽三百二十歲人亦作是念：『若求學善者，壽便轉增，形色轉好，我等應共更增行善。云何當共更增行善？我等已離殺、斷殺，離不與取、斷不與取，離邪婬、斷邪婬，離妄言、斷妄言，離兩舌、斷兩舌，然故行麤言。我等寧可離麤言、斷麤言，我等應共行是善法。』彼便共行如是善法。行善法已，壽便轉增，形色轉好。彼壽轉增，色轉好已，比丘！壽三百二十歲人生子壽六百四十。

> 比丘たちよ、寿命が320歳の時代の人々もこう考えました。『もし善い行いを学ぶなら、寿命はさらに延び、容姿も良くなるだろう。だから、私たちは共に善行を積むようにしよう。では、どのように善行を積めばよいのだろうか？私たちはすでに殺生を離れ、殺生を断った。盗みを離れ、盗みを断った。邪淫を離れ、邪淫を断った。虚偽の言葉を離れ、虚偽の言葉を断った。二枚舌を離れ、二枚舌を断った。しかし、まだ荒々しい言葉を使っている。だから、私たちは荒々しい言葉を離れ、荒々しい言葉を断つべきではないだろうか。そうして、共にこの善法を行うべきだ。』 そこで彼らは共にその善法を行いました。善法を行ったので、寿命はさらに延び、容姿も良くなりました。寿命が延び、容姿が良くなった後、比丘たちよ、寿命320歳の人々の間に生まれた子は寿命640歳となりました。

「比丘！壽六百四十歲人亦作是念：『若求學善者，壽便轉增，形色轉好，我等應共更增行善。云何當共更增行善？我等已離殺、斷殺，離不與取、斷不與取，離邪婬、斷邪婬，離妄言、斷妄言，離兩舌、斷兩舌，離麤言、斷麤言，然故行綺語。我等寧可離綺語、斷綺語，我等應共行是善法。』彼便共行如是善法。行善法已，壽便轉增，形色轉好。彼壽轉增，色轉好已，比丘！壽六百四十歲人生子壽二千五百。

> 比丘たちよ、寿命が六百四十歳の人々もまたこう考えます。「もし善を学び求めるならば、寿命はさらに延び、容姿はさらに美しくなるだろう。だから私たちは共に、さらに善行を積むべきだ。どのようにして共に善行を積むべきか？私たちはすでに殺生を離れ、断ち、与えられていないものを取ることを離れ、断ち、邪な淫行を離れ、断ち、虚偽の言葉を離れ、断ち、両舌（仲違いさせる言葉）を離れ、断ち、粗野な言葉を離れ、断った。しかし、まだ無意味な言葉（綺語）を行っている。だから私たちは、無意味な言葉を離れ、断つべきだ。このようにして、私たちは共にこの善い行いを実践しよう。」こうして彼らは共に、そのような善い行いを実践します。善い行いを実践したので、寿命はさらに延び、容姿はさらに美しくなりました。寿命が延び、容姿が美しくなったので、比丘たちよ、寿命六百四十歳の人々から、寿命二千五百歳の子が生まれるのです。

「比丘！壽二千五百歲人亦作是念：『若求學善者，壽便轉增，形色轉好，我等應共更增行善。云何當共更增行善？我等已離殺、斷殺，離不與取、斷不與取，離邪婬、斷邪婬，離妄言、斷妄言，離兩舌、斷兩舌，離麤言、斷麤言，離綺語、斷綺語，然故行貪嫉。我等寧可離貪嫉、斷貪嫉，我等應共行是善法。』彼便共行如是善法。行善法已，壽便轉增，形色轉好。彼壽轉增，色轉好已，比丘！壽二千五百歲人生子壽五千。

> 比丘たちよ、寿命が二千五百歳の人々もまたこう考えたのです。『もし善い行いを学び求めれば、寿命はさらに増し、容姿もより良くなるであろう。ならば、私たちは共に一層善行を積むべきだ。どのようにして共にさらに善行を積むべきか。私たちはすでに殺生を離れ、それを断ち、与えられないものを取ることを離れ、それを断ち、邪な淫行を離れ、それを断ち、虚偽の言葉を離れ、それを断ち、二枚舌を離れ、それを断ち、乱暴な言葉を離れ、それを断ち、飾った言葉を離れ、それを断ってきた。しかしなお、貪りと嫉妬の心を持つ。私たちはむしろ貪りと嫉妬を離れ、それを断ち切ろうではないか。私たちは共にこの善い行いを実践しよう。』そうして彼らは共にそのような善い行いを実践しました。 善い行いを実践した後、寿命はさらに増し、容姿もより良くなりました。寿命が増し、容姿が良くなったので、比丘たちよ、寿命二千五百歳の人々から、寿命五千歳の子が生まれたのです。

「比丘！壽五千歲人亦作是念：『若求學善者，壽便轉增，形色轉好，我等應共更增行善。云何當共更增行善？我等已離殺、斷殺，離不與取、斷不與取，離邪婬、斷邪婬，離妄言、斷妄言，離兩舌、斷兩舌，離麤言、斷麤言，離綺語、斷綺語，離貪嫉、斷貪嫉，然故行瞋恚。我等寧可離瞋恚、斷瞋恚，我等應共行是善法。』彼便共行如是善法。行善法已，壽便轉增，形色轉好。彼壽轉增，色轉好已，比丘！壽五千歲人生子壽一萬。

> 比丘よ、寿命が五千歳の人々もまた、こう考えました。 「もし善を学び求めるならば、寿命はさらに延び、姿形もより美しくなるだろう。だから私たちは力を合わせて、さらに善行を積むべきだ。では、どのようにして共に善行を増やしていけばよいのか？私たちはすでに、殺すことを離れ、殺すことを断った。与えられていないものを取ることを離れ、それを断った。邪な行いを離れ、それを断った。偽りの言葉を離れ、それを断った。離間の言葉を離れ、それを断った。荒々しい言葉を離れ、それを断った。無駄話を離れ、それを断った。貪りと妬みを離れ、それらを断った。しかし、それでもまだ怒りの心がある。私たちは、怒りを離れ、怒りを断ち切るべきではないか。この善い行いを共に行おう」 彼らは、このように善い行いを共に行いました。善い行いを行った後、寿命はさらに延び、姿形もより美しくなりました。こうして寿命が延び、容姿が良くなった後、比丘よ、寿命が五千歳の人々から生まれた子は、寿命が一万歳となりました。

「比丘！壽萬歲人亦作是念：『若求學善者，壽便轉增，形色轉好，我等應共更增行善。云何當共更增行善？我等已離殺、斷殺，離不與取、斷不與取，離邪婬、斷邪婬，離妄言、斷妄言，離兩舌、斷兩舌，離麤言、斷麤言，離綺語、斷綺語，離貪嫉、斷貪嫉，離瞋恚、斷瞋恚，然故行邪見。我等寧可離邪見、斷邪見，我等應共行是善法。』彼便共行如是善法。行善法已，壽便轉增，形色轉好。彼壽轉增，色轉好已，比丘！壽萬歲人生子壽二萬。

> 比丘よ、寿命が万年の人間もまた、こう思うでしょう。 「もし善を学び求めるなら、寿命はさらに延び、容姿はさらに良くなるだろう。だから私たちは共に、さらに善行を増すべきだ。では、どうやって共に善行を増すのか？私たちはすでに殺生を離れ、断ち切った。与えられて取らないことを離れ、断ち切った。邪な淫欲を離れ、断ち切った。偽りの言葉を離れ、断ち切った。陰口を離れ、断ち切った。荒々しい言葉を離れ、断ち切った。無駄話を離れ、断ち切った。貪りと嫉みを離れ、断ち切った。怒りと憎しみを離れ、断ち切った。それでもなお、私たちは間違った見解を持っている。私たちはむしろ、間違った見解を離れ、断ち切るべきではないか。私たちは共に、このような善い教えを行うべきだ。」 彼らは共に、そのように善い教えを行ったのです。善い教えを行った後、寿命はさらに延び、容姿はさらに良くなりました。寿命が延び、容姿が良くなった後、比丘よ、寿命万年の人間から生まれた子は、寿命二万年となりました。

「比丘！壽二萬歲人亦作是念：『若求學善者，壽便轉增，形色轉好，我等應共更增行善。云何當共更增行善？我等已離殺、斷殺，離不與取、斷不與取，離邪婬、斷邪婬，離妄言、斷妄言，離兩舌、斷兩舌，離麤言、斷麤言，離綺語、斷綺語，離貪嫉、斷貪嫉，離瞋恚、斷瞋恚，離邪見、斷邪見，然故有非法、欲惡、貪行邪法。我等寧可離此三惡不善法、斷三惡不善法，我等應共行是善法。』彼便共行如是善法。行善法已，壽便轉增，形色轉好。彼壽轉增，色轉好已，比丘！壽二萬歲人生子壽四萬。

> 「比丘よ、寿命が二万歳の人々もまたこう考えました。『もし善を求めて学ぶならば、寿命はさらに延び、容姿はますます美しくなるだろう。私たちも共に善行をさらに積むべきではないか。どのようにして共に善行をさらに積むべきか。私たちはすでに殺生を離れ、断ち、盗みを離れ、断ち、邪淫を離れ、断ち、偽りの言葉を離れ、断ち、二枚舌を離れ、断ち、荒い言葉を離れ、断ち、無駄話を離れ、断ち、貪りや嫉みを離れ、断ち、怒りを離れ、断ち、邪見を離れ、断った。しかし、なおも正しくない法や、欲にまみれた貪りの行い、邪な法が存在する。私たちはこの三つの悪しき善ならざる法から離れ、断ち切るべきではないか。そして、共にこの善い法を実践しよう。』彼らは共にそのように善い法を行いました。善い法を行ったので、寿命はさらに延び、容姿はますます美しくなりました。彼らの寿命が延び、容姿が美しくなったので、比丘よ、寿命二万歳の人々から生まれた子の寿命は四万歳となりました。」

「比丘！人壽四萬歲時孝順父母，尊重恭敬沙門、梵志，奉行順事，修習福業，見後世罪。彼因孝順父母，尊重恭敬沙門、梵志，奉行順事，修習福業，見後世罪故，比丘！壽四萬歲人生子壽八萬。比丘！人壽八萬歲時，此閻浮洲極大豐樂，多有人民，村邑相近，如雞一飛。比丘！人壽八萬歲時，女年五百乃當出嫁。比丘！人壽八萬歲時，唯有如是病，寒熱、大小便、欲、不食、老，更無餘患。

> 比丘よ、人間の寿命が四万歳の時、人々は父母に孝行し、沙門や梵志を敬い尊び、教えに従い善行を積み、来世の罪を恐れて生きていました。その善行によって、寿命四万歳の時代の人々から生まれた子供は、寿命八万歳になりました。 比丘よ、人間の寿命が八万歳の時、この閻浮提（人間世界）は非常に豊かで平和であり、人々は多く、村々は鶏が一度に飛ぶほどの距離に隣接していました。また、女性は五百歳になって初めて結婚しました。そして、この時代には、寒熱・大小便・欲・不食・老いといったわずかな病があるだけで、他の病気は全くありませんでした。

「比丘！人壽八萬歲時有王名螺，為轉輪王，聰明智慧，有四種軍整御天下，由己自在。如法法王，成就七寶，彼七寶者，輪寶、象寶、馬寶、珠寶、女寶、居士寶、主兵臣寶，是謂為七。千子具足，顏貌端正，勇猛無畏，能伏他眾，彼必統領此一切地，乃至大海，不以刀杖，以法教令，令得安樂。比丘！諸剎利頂生王得為人主，整御天下，行自境界，從父所得，彼因行自境界，從父所得，壽不轉減，形色不惡，未曾失樂，力亦不衰。諸比丘！汝等亦應如是，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，行自境界，從父所得。諸比丘！汝等因行自境界，從父所得，壽不轉減，形色不惡，未曾失樂，力亦不衰。

> 「比丘たちよ、人の寿命が八万歳の時代に、螺（ら）という名の転輪聖王がいました。彼は聡明で智慧があり、四種の軍勢を備えて天下を統べ、自在に振る舞いました。法に従う正しい王として、七宝を成就しました。その七宝とは、輪宝、象宝、馬宝、珠宝、女宝、居士宝、主兵臣宝です。これらを七宝といいます。また、千人の子を有し、皆、容貌は端正で、勇猛果敢、恐れることなく、他者を従える力がありました。彼はこの全地を、大海に至るまで、刀杖を用いず、法をもって教え導き、安楽をもたらしました。 比丘たちよ、諸々の刹帝利（せつたいり）の頂生王（ちょうじょうおう）は、人の主となり、天下を統べ、自らの領域である父から受け継いだ道を歩みます。そのために、寿命は減ることなく、容色は衰えず、楽しみを失うことなく、力も衰えることがありません。 比丘たちよ、あなたたちもまた、同じようにすべきです。すなわち、鬚髪を剃り、袈裟衣をまとい、信仰によって家を出て、家なき状態で学道し、自らの領域である父から受け継いだ道を歩むのです。比丘たちよ、あなたたちが自らの領域である父から受け継いだ道を歩むならば、寿命は減ることなく、容色は衰えず、楽しみを失うことなく、力も衰えることがないでしょう。」

「云何比丘行自境界，從父所得？此比丘觀內身如身，觀內覺、心、法如法，是謂比丘行自境界，從父所得。云何比丘壽？此比丘修欲定如意足，依遠離，依無欲，依滅盡，趣向出要；修精進定，修心定，修思惟定如意足，依遠離，依無欲，依滅盡，趣向出要，是謂比丘壽。云何比丘色？此比丘修習禁戒，守護從解脫，又復善攝威儀禮節，見纖介罪，常懷畏怖，受持學戒，是謂比丘色。云何比丘樂？此比丘離欲、離惡不善之法，乃至得第四禪成就遊，是謂比丘樂。云何比丘力？此比丘諸漏已盡，得無漏，心解脫、慧解脫，於現法中自知自覺，自作證成就遊，生已盡，梵行已立，所作已辦，不更受有，知如真，是謂比丘力。

> 比丘が自らの領域を行じ、父から得たものとは何か？ この比丘は、内なる身を身として観じ、内なる受・心・法を法として観ずる。これを、比丘が自らの領域を行じ、父から得たものと謂う。 比丘の寿命とは何か？ この比丘は、欲定による如意足を修し、遠離に依り、無欲に依り、滅尽に依り、出離へと趣く。精進定・心定・思惟定による如意足を修し、遠離に依り、無欲に依り、滅尽に依り、出離へと趣く。これを、比丘の寿命と謂う。 比丘の色とは何か？ この比丘は、禁戒を習修し、解脱に従って守護し、またよく威儀・礼節を善く攝し、微細な罪を見ても常に畏怖の念を懷き、学戒を受持する。これを、比丘の色と謂う。 比丘の楽とは何か？ この比丘は、欲を離れ、悪・不善の法を離れ、乃至、第四禅を成就して遊戯する。これを、比丘の楽と謂う。 比丘の力とは何か？ この比丘は、もろもろの漏（煩悩）がすでに尽き、無漏を得、心解脱・慧解脱を成し、現世において自ら知り自ら覚り、自作証して成就して遊戯する。すなわち、生は盡き、梵行は立ち、なすべきことはなされ、再び有を受けることはないと、如実に知る。これを、比丘の力と謂う。

「比丘！我不更見有力不可降伏如魔王力，彼漏盡比丘則以無上聖慧之力而能降伏。」

> 比丘たちよ、私は、魔王の力のように降伏しがたい力を持つものを他に見いださない。しかし、煩悩を尽くした比丘は、この上ない聖なる智慧の力によって、それを降伏することができるのである。

佛說如是。彼諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取りになりました。

轉輪王經第六竟六千三百一十三字

> 転輪王経 第六 終わり<note>六千三百十三字</note>

## 中阿含經卷第十五八千七百二十一字

> 中阿含経 第十五巻