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title: "中阿含經 · 76 郁伽支羅經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （七六）中阿含長壽王品郁伽支羅經第五第二小土城誦

> （七六）『中阿含経』長壽王品 郁伽支羅経 第五<note>第二小土城

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊郁伽支羅，在恒水池岸。

> ある時、仏様はウルビルヴァーにおられ、恒河（ガンジス）のほとりにおいででした。

爾時，一比丘則於晡時從燕坐起，往詣佛所，稽首佛足，却坐一面，白曰：「世尊！唯願為我善略說法。從法世尊聞已，在遠離獨住，心無放逸，修行精勤。因在遠離獨住，心無放逸，修行精勤故，族姓子所為，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，唯無上梵行訖，於現法中自知自覺，自作證成就遊，生已盡，梵行已立，所作已辦，不更受有，知如真。」

> ある時、一人の比丘が夕方の坐禅から起き上がり、仏のもとへ赴き、仏の足に頭を礼し、一方に座って申し上げました。「世尊よ、どうか私のために簡潔に法を説いてください。世尊から法を聞いたならば、遠く離れて独り住み、心を放逸にせず、修行に精進いたします。遠く離れて独り住み、心を放逸にせず、修行に精進するゆえに、良家の子息が行うように、髪やひげを剃り、袈裟を着け、信心を起こして家を捨て、家なき道を学ぶ者として、ただ無上の梵行を完成させ、現世において自ら知り、自ら覚り、自ら証を得て遊行し、生は尽き、梵行は既に立ち、なすべきことは既になし、再び存在を受けることはなく、その通りに知るのです。」

世尊告曰：「比丘！當如是學，令心得住，在內不動無量善修，復觀內身如身，行極精勤，立正念、正智，善自御心，令離慳貪，意無憂慼。復觀外身如身，行極精勤，立正念、正智，善自御心，令離慳貪，意無憂慼。復觀內外身如身，行極精勤，立正念、正智，善自御心，令離慳貪，意無憂慼。比丘！如此之定，去時、來時當善修習，住時、坐時、臥時、眠時、寤時、眠寤時亦當修習。復次，亦當修習有覺有觀定、無覺少觀定，修習無覺無觀定，亦當修習喜共俱定、樂共俱定、定共俱定，修習捨共俱定。

> 世尊はお告げになりました。「比丘たちよ、このように学びなさい。心をとどめて、内に動かず、無量に善く修めなさい。また、内身を身として観察し、極めて精進に励み、正念・正知を立て、よく自らの心を御して、慳吝と貪りを離れ、心に憂いや苦しみがないようにしなさい。また、外身を身として観察し、極めて精進に励み、正念・正知を立て、よく自らの心を御して、慳吝と貪りを離れ、心に憂いや苦しみがないようにしなさい。また、内外身を身として観察し、極めて精進に励み、正念・正知を立て、よく自らの心を御して、慳吝と貪りを離れ、心に憂いや苦しみがないようにしなさい。 比丘たちよ、このような定は、歩く時、来る時にも善く修習し、立つ時、座る時、横になる時、眠る時、覚めている時、眠りと覚醒の間にも修習しなさい。さらに、また、尋と伺を伴う定、尋のみ少なく伺を伴う定、尋も伺もない定をも修習しなさい。また、喜びを伴う定、楽を伴う定、心の統一を伴う定、そして捨を伴う定をも修習しなさい。」

「比丘！若修此定極善修者，比丘！當復更修觀內覺如覺，行極精勤，立正念、正智，善自御心，令離慳貪，意無憂慼。復觀外覺如覺，行極精勤，立正念、正智，善自御心，令離慳貪，意無憂慼。復觀內外覺如覺，行極精勤，立正念、正智，善自御心，令離慳貪，意無憂慼。比丘！如此之定，去時、來時當善修習，住時、坐時、臥時、眠時、寤時、眠寤時亦當修習。復次，亦當修習有覺有觀定、無覺少觀定，修習無覺無觀定，亦當修習喜共俱定、樂共俱定、定共俱定，修習捨共俱定。

> 比丘たちよ、この心の統一（定）をよく修行し、完全に修めたならば、さらに内的な感覚（内覚）を、あるがままに観察しなさい。懸命に努力し、正しい注意（正念）と正しい智慧（正智）を確立し、心をよく制御して、貪りや惜しみから離れ、心に憂いや悲しみのない状態にしなさい。 さらに、外的な感覚（外覚）を、あるがままに観察しなさい。懸命に努力し、正しい注意と正しい智慧を確立し、心をよく制御して、貪りや惜しみから離れ、心に憂いや悲しみのない状態にしなさい。 さらに、内的・外的な感覚（内外覚）を、あるがままに観察しなさい。懸命に努力し、正しい注意と正しい智慧を確立し、心をよく制御して、貪りや惜しみから離れ、心に憂いや悲しみのない状態にしなさい。 比丘たちよ、このような心の統一（定）は、歩く時も来る時も、よく修行しなさい。立つ時、座る時、横になる時、眠っている時、目覚めている時、眠りと覚醒の間にある時も、よく修行しなさい。 さらにまた、思考と観察を伴う心の統一、思考はないがわずかな観察を伴う心の統一、思考も観察もない心の統一も修行しなさい。喜びを伴う心の統一、楽を伴う心の統一、心の統一そのものを伴う定、そして平静（捨）を伴う心の統一も修行しなさい。

「比丘！若修此定極善修者，比丘！當復更修觀內心如心，行極精勤，立正念、正智，善自御心，令離慳貪，意無憂慼。復觀外心如心，行極精勤，立正念、正智，善自御心，令離慳貪，意無憂慼。復觀內外心如心，行極精勤，立正念、正智，善自御心，令離慳貪，意無憂慼。比丘！如此之定，去時、來時當善修習，住時、坐時、臥時、眠時、寤時、眠寤時亦當修習。復次，亦當修習有覺有觀定、無覺少觀定，修習無覺無觀定，亦當修習喜共俱定、樂共俱定、定共俱定，修習捨共俱定。

> 比丘たちよ、この心の統一を十分に修行したならば、さらに心を内側から観察する修行をすべきです。精進を怠らず、正しい気づきと正しい智慧を確立し、自分の心をよく制御して、貪りや惜しみから離れ、心に憂いや苦しみがないようにしなさい。 さらに、心を外側からも観察しなさい。精進を怠らず、正しい気づきと正しい智慧を確立し、自分の心をよく制御して、貪りや惜しみから離れ、心に憂いや苦しみがないようにしなさい。 さらに、心を内側と外側の両方から観察しなさい。精進を怠らず、正しい気づきと正しい智慧を確立し、自分の心をよく制御して、貪りや惜しみから離れ、心に憂いや苦しみがないようにしなさい。 比丘たちよ、このような心の統一は、歩くときも、止まるときも、座るときも、横になるときも、眠るときも、目覚めているときも、眠りと覚醒の間も、よく修行すべきです。 さらに、思考と分析を伴う統一、思考はなく分析だけがある統一、そして思考も分析もない統一も修行しなさい。 また、喜びを伴う統一、楽を伴う統一、心の統一そのものを伴う統一、そして平静を伴う統一も修行しなさい。

「比丘！若修此定極善修者，比丘！當復更修觀內法如法，行極精勤，立正念、正智，善自御心，令離慳貪，意無憂慼。復觀外法如法，行極精勤，立正念、正智，善自御心，令離慳貪，意無憂慼。復觀內外法如法，行極精勤，立正念、正智，善自御心，令離慳貪，意無憂慼。比丘！如此之定，去時、來時當善修習，住時、坐時、臥時、眠時、寤時、眠寤時亦當修習。復次，亦當修習有覺有觀定、無覺少觀定，修習無覺無觀定，亦當修習喜共俱定、樂共俱定、定共俱定，修習捨共俱定。

> 「比丘たちよ、この定をよく修め、極めて善く修めるならば、さらに内なる法をあるがままに観察せよ。精進に励み、正念と正知を確立し、よく心を制御して、慳貪（けんどん）を離れ、心に憂いや悩みなきようにせよ。さらに外なる法をあるがままに観察せよ。精進に励み、正念と正知を確立し、よく心を制御して、慳貪を離れ、心に憂いや悩みなきようにせよ。さらに内外の法をあるがままに観察せよ。精進に励み、正念と正知を確立し、よく心を制御して、慳貪を離れ、心に憂いや悩みなきようにせよ。比丘たちよ、このような定は、歩く時にも来るときにもよく修習し、立つ時、座る時、臥す時、眠る時、覚める時、眠りから覚める時にも修習すべきである。さらにまた、有覚有観の定、無覚少観の定、無覚無観の定をも修習し、喜びを共にする定、楽を共にする定、定そのものを共にする定、そして捨を共にする定をも修習すべきである。」

「比丘！若修此定極善修者，比丘！心當與慈俱，遍滿一方成就遊，如是二三四方、四維上下，普周一切，心與慈俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊；如是悲、喜心與捨俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。

> 修行者たちよ、この瞑想をよく修めて完成させたなら、その心は慈しみと共にあり、まず一つの方向全体を満たして安住します。同様に、第二、第三、第四の方向、さらに上下、四方八方、あらゆる場所に至るまで、心は慈しみと共にあり、わだかまりもなく、怒りもなく、憎しみも争いもなく、極めて広大で限りなく、よく修められた状態で、あらゆる世界を満たして安住します。 同じように、悲しみ、喜び、そして捨てる心もまた、わだかまりもなく、怒りもなく、憎しみも争いもなく、極めて広大で限りなく、よく修められた状態で、あらゆる世界を満たして安住するのです。

「比丘！若汝修習此定極善修者，若遊東方，必得安樂，無眾苦患；若遊南方、西方、北方者，必得安樂，無眾苦患。比丘！若汝修習此定極善修者，我尚不說汝諸善法住，況說衰退？但當晝夜增長善法而不衰退。比丘！若汝修習此定極善修者，汝於二果必得其一，或於現世得究竟智，或復有餘得阿那含。」

> 比丘よ、あなたがこの定を修習し、極めて善く修めるならば、東方に遊んでも必ず安楽を得て、苦しみの悩みはありません。南方、西方、北方に遊んでも、必ず安楽を得て、苦しみの悩みはありません。比丘よ、あなたがこの定を修習し、極めて善く修めるならば、私はあなたの善法がとどまることすら言いません。ましてや衰退することはなおさらありません。ただ昼夜に善法が増長し、衰退することはないでしょう。比丘よ、あなたがこの定を修習し、極めて善く修めるならば、あなたは二つの果のうち必ず一つを得るでしょう。すなわち、現世において究竟の智を得るか、または残りの有において阿那含を得るかです。

於是，彼比丘聞佛所說，善受善持，即從坐起，稽首佛足，繞三匝而去，受持佛教，在遠離獨住，心無放逸，修行精勤。因在遠離獨住，心無放逸，修行精勤故，族姓子所為，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，唯無上梵行訖，於現法中自知自覺，自作證成就遊，生已盡，梵行已立，所作已辦，不更受有，知如真。彼尊者知法已至，得阿羅訶。

> そこで、その比丘は仏の説法を聞いて、よく理解し、よく心に留めた。すぐに座を立ち、仏の足に頭を捧げて礼拝し、三度右繞してから去っていった。仏の教えを受けて、遠離して独り住み、心を放逸にせず、修行に精進した。遠離して独り住み、心を放逸にせず、修行に精進したことにより、良家の子息が剃髪し、袈裟を着て、深く信じて家を捨て、無家の学道者となる、その目的である無上の梵行を完成させた。現世において自ら知り、自ら覚り、自ら証して成就し、生は尽き、梵行は既に立ち、なすべきことは既に成し遂げ、再び迷いの生存を受けることはない、と如実に知った。その尊者は法を悟り、阿羅漢となった。

佛說如是。彼諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取りになりました。

郁伽支羅經第五竟千二百六字

> 「ウッカチラーの経」第五　終わり<note>千二百六字</note>