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title: "中阿含經 · 77 娑雞帝三族姓子經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （七七）中阿含長壽王品娑雞帝三族姓子經第六第二小土城誦

> （七七）中阿含経 長壽王品 娑雞帝三族姓子経 第六

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊娑雞帝，在青林中。

> ある時、仏陀はサーケータ地方の青の林に滞在されました。

爾時，娑雞帝有三族姓子，尊者阿那律陀、尊者難提、尊者金毘羅，並皆年少新出家學，共來入此正法不久。爾時，世尊問諸比丘：「此三族姓子並皆年少新出家學，共來入此正法不久，此三族姓子頗樂於此正法、律中行梵行耶？」時，諸比丘嘿然不答。

> その時、サーケータに三人の良家の若者たちがいました。尊者アヌルッダ、尊者ナンディヤ、尊者キンビラです。彼らは皆若く、出家して間もなく、この正しい教えに入ってから日が浅い者たちでした。 そこで、世尊は比丘たちに問われました。 「この三人の良家の若者たちは、皆若く、出家して間もなく、この正しい教えに入ってから日が浅い。この三人の良家の若者たちは、この正しい教えと戒律のもとで、清らかな修行を喜んで行っているか？」 すると、比丘たちは沈黙して答えませんでした。

世尊復再三問諸比丘：「此三族姓子並皆年少新出家學，共來入此正法不久，此三族姓子頗樂於此正法、律中行梵行耶？」時，諸比丘亦復再三嘿然不答。

> 世尊はさらに何度も比丘たちに尋ねられた。「この三組の姓を持つ若者たちは、みな若くして新たに出家し、この正法に入って間もない。この若者たちは、この正法と律に従って清らかな修行を喜んで行っているだろうか？」その時、比丘たちは何度尋ねられても、黙って答えなかった。

於是，世尊自問三族姓子，告尊者阿那律陀：「汝等三族姓子並皆年少新出家學，共來入此正法不久，阿那律陀！汝等頗樂此正法、律中行梵行耶？」

> そこで、世尊は三人の若者に自ら問いかけ、尊者アヌルッダに告げられた。「お前たち三人は、皆、若くして新たに出家し、この正しい教えに入ってから間もない。アヌルッダよ、お前たちはこの正しい教えと戒律のもとで、清らかな修行を喜んで行っているか。」

尊者阿那律陀白曰：「世尊！如是。我等樂此正法，修行梵行。」

> 尊者アールリヤが申し上げました。「世尊よ、その通りです。私たちはこの正しい教えを喜び、清らかな修行に励んでおります。」

世尊問曰：「阿那律陀！汝等小時年幼童子，清淨黑髮，身體盛壯，樂於遊戲，樂數澡浴，嚴愛其身，於後親親及其父母皆相愛戀，悲泣啼哭，不欲令汝出家學道。汝等故能剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，阿那律陀！汝等不畏王而行學道，亦不畏賊，不畏負債，不畏恐怖，不畏貧窮不得活故而行學道，但厭生、老、病、死、啼哭、憂苦，或復欲得大苦聚邊。阿那律陀！汝等不以如是心故出家學道耶？」

> 世尊がお尋ねになりました。「阿那律陀よ、あなたがたは幼い頃、若くして清らかな黒髪を持ち、体も盛んで、遊びを好み、よく体を洗い、その身を大事にしていました。その後、親族や父母があなたがたを深く愛し、涙を流して泣き悲しみ、出家学道させまいとしました。それでもあなたがたは、髪やひげを剃り、袈裟をまとい、深く信じて家を捨て、家なき道に入りました。阿那律陀よ、あなたがたは王を畏れて学道したのでもなく、賊を恐れてでもなく、借金や恐怖や貧しさに耐えられなかったからでもありません。ただ、生・老・病・死、嘆き、苦しみを厭い、あるいは大きな苦しみの集まりの終わりを得たいと願ったのです。阿那律陀よ、あなたがたはそのような心から出家学道したのではありませんか？」

答曰：「如是。」

> 「その通りです。」

「阿那律陀！若族姓子以如是心出家學道者，為知所由，得無量善法耶？」

> 「アヌルッダよ、もし立派な家の若者が、そのような心持ちで出家して道を学ぶならば、その道筋をよく知り、無量の善い法を得ることができるであろう。」

尊者阿那律陀白世尊曰：「世尊為法本，世尊為法主，法由世尊，唯願說之，我等聞已，得廣知義。」

> 尊者アヌルッダが世尊に申し上げました。「世尊こそが法の根本であり、世尊こそが法の主であり、法は世尊より生じます。どうかお説きください。私たちがそれを聞いて、広くその意味を理解することができますように。」

佛便告曰：「阿那律陀！汝等諦聽，善思念之，我當為汝分別其義。」阿那律陀等受教而聽。

> そこで仏はお告げになりました。「阿那律陀よ、あなた方はよく聞き、よく考えなさい。私はその意味を詳しく説き明かしましょう。」阿那律陀たちはその教えを受け、耳を傾けました。

世尊告曰：「阿那律陀！若為欲所覆、惡法所纏者，不得捨樂、無上止息，彼心生增伺、瞋恚、睡眠，心生不樂，身生頻伸，多食心憂；彼比丘便不能忍飢渴、寒熱、蚊虻、蠅蚤、風日所逼，惡聲、捶杖亦不能忍，身遇諸疾極為苦痛，至命欲絕，諸不可樂，皆不堪耐。所以者何？以為欲所覆、惡法所纏，不得捨樂、無上止息故。若有離欲，非為惡法之所纏者，必得捨樂及無上止息，彼心不生增伺、瞋恚、睡眠、心不生不樂，身不生頻伸，亦不多食，心不愁憂；彼比丘便能忍飢渴、寒熱、蚊虻、蠅蚤、風日所逼，惡聲、捶杖亦能忍之，身遇諸疾極為苦痛，至命欲絕，諸不可樂，皆能堪耐。所以者何？以非為欲所覆故，不為惡法之所纏故，又得捨樂、無上止息故。」

世尊問曰：「阿那律陀！如來以何義故？或有所除，或有所用，或有所堪，或有所止，或有所吐耶？」

> 世尊がお尋ねになりました。「阿那律陀よ、如来が、あるものを除き、あるものを使い、あるものに耐え、あるものを止め、あるものを吐き出すのは、どのような意味があるからなのか。」

阿那律陀白世尊曰：「世尊為法本，世尊為法主，法由世尊，唯願說之，我等聞已，得廣知義。」

> アヌルッダ（阿那律陀）が世尊に申し上げました。 「世尊こそが教えの根本です。世尊こそが教えの主であり、教えは世尊から生まれます。どうかお説きください。私たちはそれを聞いて、その意味を深く理解いたします。」

佛便告曰：「阿那律陀！汝等諦聽，善思念之，我當為汝分別其義。」阿那律陀等受教而聽。

> そこで仏はお告げになりました。「阿那律陀よ、あなた方はよく聞き、よく考えなさい。私はその意味を詳しく説き明かしましょう。」阿那律陀たちはその教えを受け、耳を傾けました。

世尊告曰：「阿那律陀！諸漏穢污為當來有本，煩熱苦報，生、老、病、死因，如來非不盡，非不知故，或有所除，或有所用，或有所堪，或有所止，或有所吐。阿那律陀！如來但因此身故，因六處故，因壽命故，或有所除，或有所用，或有所堪，或有所止，或有所吐。阿那律陀！如來以此義故，或有所除，或有所用，或有所堪，或有所止，或有所吐。」

> 世尊はお告げになりました。「阿那律陀よ、あらゆる煩悩や汚れは、未来に苦しみをもたらすもとであり、熱悩や苦しみの報いであり、生・老・病・死の原因である。如来は、これを完全に尽くさないわけではなく、知らないわけでもない。そのため、あるものを除き、あるものを用い、あるものに耐え、あるものを止め、あるものを吐き出すのである。阿那律陀よ、如来は、ただこの身体のゆえに、六つの認識の場のゆえに、寿命のゆえに、あるものを除き、あるものを用い、あるものに耐え、あるものを止め、あるものを吐き出すのである。阿那律陀よ、如来はこのような意味から、あるものを除き、あるものを用い、あるものに耐え、あるものを止め、あるものを吐き出すのである。」

世尊問曰：「阿那律陀！如來以何義故，住無事處、山林樹下，樂居高巖，寂無音聲，遠離，無惡，無有人民，隨順燕坐耶？」

> 世尊がお尋ねになりました。「阿那律陀よ、如来はどのような理由で、人のいない場所や山林の木陰に住み、高い岩場を好み、静寂で音がなく、静かに遠く離れ、悪いものがなく、人のいないところで、静かに坐禅をするのでしょうか。」

尊者阿那律陀白世尊曰：「世尊為法本，世尊為法主，法由世尊，唯願說之，我等聞已，得廣知義。」

> 尊者アヌルッダが世尊に申し上げました。「世尊こそが法の根本であり、世尊こそが法の主であり、法は世尊より生じます。どうかお説きください。私たちがそれを聞いて、広くその意味を理解することができますように。」

佛便告曰：「阿那律陀！汝等諦聽，善思念之，我當為汝分別其義。」阿那律陀等受教而聽。

> そこで仏はお告げになりました。「阿那律陀よ、あなた方はよく聞き、よく考えなさい。私はその意味を詳しく説き明かしましょう。」阿那律陀たちはその教えを受け、耳を傾けました。

世尊告曰：「阿那律陀！如來非為未得欲得、未獲欲獲、未證欲證故，住無事處、山林樹下，樂居高巖，寂無音聲，遠離，無惡，無有人民，隨順燕坐。阿那律陀！如來但以二義故，住無事處、山林樹下，樂居高巖，寂無音聲，遠離，無惡，無有人民，隨順燕坐：一者為自現法樂居故，二者為慈愍後生人故。或有後生人效如來住無事處、山林樹下，樂居高巖，寂無音聲，遠離，無惡，無有人民，隨順燕坐。阿那律陀！如來以此義故，住無事處、山林樹下，樂居高巖，寂無音聲，遠離，無惡，無有人民，隨順燕坐。」

> 世尊はおっしゃいました。「阿那律陀よ、如来はまだ得ていないものを得ようとして、まだ手に入れていないものを手に入れようとして、まだ悟っていないものを悟ろうとして、人里離れた場所や山林の木の下に住み、高い岩場を楽しみ、静けさの中で音もなく、遠く離れ、悪もなく、人々もいない場所で、静かに坐っているのではないのです。 阿那律陀よ、如来が人里離れた場所や山林の木の下に住み、高い岩場を楽しみ、静けさの中で音もなく、遠く離れ、悪もなく、人々もいない場所で、静かに坐っているのには、ただ二つの理由があるのです。一つは、自らの現世における安らかな法の楽しみのためであり、もう一つは、後世に生まれる人々に対する慈しみの心からです。なぜなら、後世に生まれる人々が、如来のように人里離れた場所や山林の木の下に住み、高い岩場を楽しみ、静けさの中で音もなく、遠く離れ、悪もなく、人々もいない場所で、静かに坐ることを学ぶからです。 阿那律陀よ、如来はこの意味をもって、人里離れた場所や山林の木の下に住み、高い岩場を楽しみ、静けさの中で音もなく、遠く離れ、悪もなく、人々もいない場所で、静かに坐っているのです。」

世尊問曰：「阿那律陀！如來以何義故，弟子命終，記說某生某處、某生某處？」

> 世尊がお尋ねになりました。「アヌルッダよ、如来が弟子の臨終にあたり、『某所に生まれる』『某所に生まれる』とお告げになるのは、どのような意味があるのですか？」

尊者阿那律陀白世尊曰：「世尊為法本，世尊為法主，法由世尊，唯願說之，我等聞已，得廣知義。」

> 尊者アヌルッダが世尊に申し上げました。「世尊こそが法の根本であり、世尊こそが法の主であり、法は世尊より生じます。どうかお説きください。私たちがそれを聞いて、広くその意味を理解することができますように。」

佛便告曰：「阿那律陀！汝等諦聽，善思念之，我當為汝分別其義。」阿那律陀等受教而聽。

世尊告曰：「阿那律陀！如來非為趣為人說，亦不欺誑人，亦不欲得人歡樂故，弟子命終，記說某生某處、某生某處。阿那律陀！如來但為清信族姓男、族姓女，極信極愛，極生喜悅，聞此正法、律已，或心願效如是如是，故弟子命終，記說某生某處、某生某處。若比丘聞某尊者於某處命終，彼為佛所記，得究竟智，生已盡，梵行已立，所作已辦，不更受有，知如真。或自見彼尊者，或復從他數數聞之，彼尊者如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼尊者有信、持戒、博聞、惠施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是比丘必得差降安樂住止。

> 世尊はおっしゃいました。「阿那律陀よ、如来は人をからかったり、欺いたりするために説くのではありません。また、人の歓びを得るために、弟子が亡くなった後に『某所に生まれた』『某所に生まれた』と記すのでもありません。 阿那律陀よ、如来はただ、信心清らかな氏族の男子や女子が、深く信じ、深く愛し、深く喜び、この正しい教えと戒律を聞いて、そのように生きたいと願う心を起こすことができるようにするために、弟子が亡くなった後に『某所に生まれた』『某所に生まれた』と記すのです。 ある比丘が、『某という尊い方が某所で亡くなられた。その方は仏陀によって、究竟の智慧を得た方、生は尽き、梵行は立てられ、なすべきことは成し遂げられ、もはや再び迷いの生存を受けることはないと、あるがままに知られた方である』と聞くことがあります。 その比丘は、自らその尊い方を見たことがあるか、または他の人から繰り返し聞いて、その尊い方がこのような信心を持ち、このような戒を保ち、このような博識であり、このような施しを行い、このような智慧を持っておられることを知っています。 その人はそれを聞いて、その尊い方の信心、戒、博識、施し、智慧を思い浮かべ、この正しい教えと戒律を聞いて、そのように生きたいと願う心を起こすのです。 阿那律陀よ、このようにして比丘は必ず、安らかな境地へと進み、そこに安住することができるのです。」

「阿那律陀！復次，比丘聞某尊者於某處命終，彼為佛所記，五下分結已盡，生於彼間而般涅槃，得不退法，不還此世。或自見彼尊者，或復從他數數聞之，彼尊者如是有信、如是持戒、如是博聞、如是慧施、如是智慧。其人聞已，憶彼尊者有信、持戒、博聞、惠施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是比丘必得差降安樂住止。

> 「アーナルダよ、さらに、ある比丘が、どこかの尊者が某所で亡くなったと聞く。その方は仏によって記され、五下分結が尽き、その場に生まれて般涅槃し、不退転の法を得て、この世に還らない。あるいは自らその尊者を見、あるいは他から繰り返し聞く。その尊者はこのような信、このような戒、このような博聞、このような慧施、このような智慧を持つと。その人は聞いて、その尊者が持つ信・戒・博聞・恵施・智慧を思い起こし、この正しい法と律を聞いて、あるいは心の中で『このようにありたい』と願う。アーナルダよ、このような比丘は、必ず優れた安楽のある境地を得るのである。」

「阿那律陀！復次，比丘聞某尊者於某處命終，彼為佛所記，三結已盡，婬怒癡薄，得一往來天上人間，一往來已而得苦際。或自見彼尊者，或復從他數數聞之，彼尊者如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼尊者有信、持戒、博聞、惠施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是比丘必得差降安樂住止。

> アーナンダよ、さらに、ある比丘が「某尊者が某所で命終した。その方は仏陀によって記別され、三つの結縛が尽き、貪・瞋・痴は薄くなり、一度だけ天界と人間界に還り来て、その後苦しみの果てに至る」と聞く。あるいは、その尊者を自ら見たり、他の人から繰り返し聞いたりする。その尊者には、このような信心、このような戒律、このような多聞、このような布施、このような智慧があると。その人はそれを聞き、彼の尊者に対する信心、戒律、多聞、布施、智慧を憶念し、この正しい法と律を聞いて、そのように在りたいと心に願う。アーナンダよ、このような比丘は、必ずこの安楽の境地に達するであろう。

「阿那律陀！復次，比丘聞某尊者於某處命終，彼為佛所記，三結已盡，得須陀洹，不墮惡法，定趣正覺，極受七有，天上人間七往來已而得苦際。或自見彼尊者，或復從他數數聞之，彼尊者如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼尊者有信、持戒、博聞、惠施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是比丘必得差降安樂住止。

> 「アーナンダよ。さらに、ある比丘がこう聞いたとする。『あの尊者が某所で亡くなられた。その方は覚者（ブッダ）によって、三つの束縛（三結）を尽くし、預流果（シュダオン）を得たと記されている。もはや悪い境地に落ちることはなく、必ず正しい覚りへと向かい、最大でも七回、天界と人間界を往復して苦しみの終わりに達するだろう』と。 その比丘は、その尊者を自ら見たことがあるかもしれない。あるいは他の人から繰り返し聞いているかもしれない。『あの尊者は、これほどの信心があり、これほどの戒律を守り、これほど多くの教えを聞き、これほど施しを施し、これほどの智慧がある』と。 その話を聞いた比丘は、その尊者が持っていた信心、戒律、聴聞、施し、智慧を思い起こし、この正しい教えと掟（ダンマ・ヴィナヤ）を聞いて、心の中で『私もこのようにありたい』と願うのである。 アーナンダよ、このようにして、その比丘は必ず劣った境地から脱し、安らかに住することができるのである。」

「阿那律陀！若比丘尼聞某比丘尼於某處命終，彼為佛所記，得究竟智，生已盡，梵行已立，所作已辦，不更受有，知如真。或自見彼比丘尼，或復從他數數聞之，彼比丘尼如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼比丘尼有信、持戒、博聞、惠施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是比丘尼必得差降安樂住止。

> 「阿那律陀よ。もし比丘尼が、ある比丘尼が某所で亡くなり、世尊から記別され、究極の智慧を得て、生は尽き、梵行は立ち、なされるべきことは成し遂げられ、もはや再有することはなく、そのことを如実に知ったと聞いたとする。その比丘尼を自ら見たことがあるか、または他から繰り返し聞いて、その比丘尼がこのように信あり、このように戒を保ち、このように多聞であり、このように布施を行い、このように智慧があることを知っている。その人がそれを聞いて、その比丘尼の信・戒・多聞・布施・智慧を思い起こし、この正しい法と律を聞いて、心から『このようにありたい』と願う。阿那律陀よ。このようにして、その比丘尼は必ず差別なく安楽に安住するであろう。」

「阿那律陀！復次，比丘尼聞某比丘尼於某處命終，彼為佛所記，五下分結已盡，生於彼間而般涅槃，得不退法，不還此生。或自見彼比丘尼，或復從他數數聞之，彼比丘尼如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼比丘尼有信、持戒、博聞、惠施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是比丘尼必得差降安樂住止。

> アーナルダよ。また、ある比丘尼が、他の比丘尼がどこかで亡くなったと聞く。その比丘尼は仏陀によって、五下分結（下位の五つの束縛）をすべて断ち切り、その境地に生まれて涅槃に入り、退転しない法を得て、この世に戻ってこないと記されている。その比丘尼がその亡き比丘尼を直接見るか、あるいは他の人から繰り返し聞いて、その比丘尼にはこのような信仰があり、このような戒律を守り、このような広い学問があり、このような施しがあり、このような智慧があると知る。それを聞いたその比丘尼は、その亡き比丘尼の信仰、戒律、広い学問、施し、智慧を思い起こし、この正しい法と戒律を聞いて、心の中で「このようにありたい」と願うようになる。アーナルダよ、このようにして比丘尼は必ず、より穏やかで安らかな境地へと進むことができるのだ。

「阿那律陀！復次，比丘尼聞某比丘尼於某處命終，彼為佛所記，三結已盡，婬怒癡薄，得一往來天上人間，一往來已而得苦際。或自見彼比丘尼，或復從他數數聞之，彼比丘尼如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼比丘尼有信、持戒、博聞、惠施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是比丘尼必得差降安樂住止。

> 「アール王律陀よ。さらに、ある比丘尼が、他の比丘尼がどこかで命を終えたと聞いたとする。その比丘尼は仏によって、三つの束縛（三結）を完全に断ち、欲望・怒り・無知（婬怒癡）が薄らいだため、あと一度だけ天界と人間界を往来し、その一度の往来の後に苦しみの終わりを得る者であると記されていた。 彼女はその比丘尼を自ら見たか、あるいは他の人から繰り返し聞いて、その比丘尼がこのような確かな信仰を持ち、このような戒律を守り、このような広い学識があり、このような施しを行い、このような智慧（智慧）を有していることを知った。 それを聞いた彼女は、その比丘尼の信仰・戒律・学識・施し・智慧を思い起こし、この正しい教えと律法を聞いて、「私もそのようにありたい」と心から願うようになる。 アール王律陀よ。このようにして、その比丘尼は必ず段階を経て、安らかな境地に至るのである。」

「阿那律陀！復次，比丘尼聞某比丘尼於某處命終，彼為佛所記，三結已盡，得須陀洹，不墮惡法，定趣正覺，極受七有，天上人間七往來已而得苦際。或自見彼比丘尼，或復從他數數聞之，彼比丘尼如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼比丘尼有信、持戒、博聞、惠施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是比丘尼必得差降安樂住止。

> 阿那律陀よ。さらに、ある比丘尼が「どこそこの比丘尼が、どこそこにて亡くなった」と聞くとする。その比丘尼は、仏によってすでに「三つの結び目（三結）を断ち尽くし、預流果（須陀洹）を得た。もはや悪しき境地に堕ちることはなく、必ず正覚に向かい、最大でも七回の生存、すなわち天上と人間の間を七回往来したのちに苦しみの終わりに達する」と記されている。 あるいは、自らその比丘尼を直接見るか、または他の人から繰り返し聞くことによって、その比丘尼がこれほどの信仰心を持ち、これほどの戒を保ち、これほどの学識があり、これほどの布施を行い、これほどの智慧をそなえていたことを知る。 その人はそれを聞いて、その比丘尼の信仰・戒律・学識・布施・智慧を心に思い浮かべ、「私もかくありたい」と願うのである。ア那律陀よ、このようにして、その比丘尼は必ず、より低い境涯からより安楽な境涯へと導かれて、安らかにとどまることができるのである。

「阿那律陀！若優婆塞聞某優婆塞於某村命終，彼為佛所記，五下分結已盡，生於彼間而般涅槃，得不退法，不還此世。或自見彼優婆塞，或復從他數數聞之，彼優婆塞如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼優婆塞有信、持戒、博聞、惠施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是優婆塞必得差降安樂住止。

> 「アーナンダよ、もし在家信者が、ある村の在家信者が亡くなったと聞き、その人が如来によって、五つの下位の束縛（五下分結）を断ち切り、その境地で涅槃に入り、不退転の境地を得て、この世に戻ってこないと記されたと聞いたとする。その在家信者は、自らその人を見たか、あるいは繰り返し他の人からその人のことを聞いて、その在家信者には確かな信仰があり、戒律を守り、豊かな学識があり、施しを行い、智慧があることを知る。それを聞いた者は、その在家信者の信仰、戒律、学識、施し、智慧を思い起こし、この正しい教えと律を聞いて、「どうか私もそのようにありたい」と心から願う。アーナンダよ、このようにして在家信者は必ず安楽で確かな境地に至るのである。」

「阿那律陀！復次，優婆塞聞某優婆塞於某村命終，彼為佛所記，三結已盡，婬怒癡薄，得一往來天上人間，一往來已而得苦際。或自見彼優婆塞，或復從他數數聞之，彼優婆塞如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼優婆塞有信、持戒、博聞、惠施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是彼優婆塞必得差降安樂住止。

> 「阿那律陀よ、さらに、ある優婆塞が他の優婆塞について、『あの村で命終した者が、世尊によって記別され、三つの結縛が尽き、貪り・怒り・愚かさが薄くなったため、一度だけ天上・人間に往来して、その一往来の後に苦の終わりを得るであろう』と聞くことがあります。あるいは自らその優婆塞を見、あるいは他から繰り返し聞いて、『その優婆塞はこのような信仰を持ち、このような戒を保ち、このような博識があり、このような布施を行い、このような智慧がある』と知るのです。その人がそれを聞き、その優婆塞の信仰、戒、博識、布施、智慧を思い起こし、この正しい法と律を聞いて、『自分もそのようにありたい』と心から願うのです。阿那律陀よ、このようにその優婆塞は必ず、より優れた安楽な境地に至るのです。」

「阿那律陀！復次，優婆塞聞某優婆塞於某村命終，彼為佛所記，三結已盡，得須陀洹，不墮惡法，定趣正覺，極受七有，天上人間七往來已而得苦際。或自見彼優婆塞，或復從他數數聞之，彼優婆塞如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼優婆塞有信、持戒、博聞、惠施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是優婆塞必得差降安樂住止。

> 阿那律陀よ、さらにまた、ある在家の信者が別の在家の信者について、ある村で亡くなったことを聞くとします。その亡くなった人は仏によって、「三つの束縛（三結）が尽き、預流果（須陀洹）を得て、悪い状態に落ちることはなく、確実に正しい悟りへと向かい、あと七回までの生存（七有）を繰り返し、天上と人間の間を七回往復した後に苦しみの終わり（苦際）に達する」と記されていました。 その人は、自らその在家の信者を見たか、あるいは他の人から繰り返し聞いて、その人が確かにそのような信心を持ち、戒を守り、多くを聞き、布施を行い、智慧を具えていたことを知ります。それを聞いた後、その人は、その在家の信者の持っていた信心、戒律、広い学識、布施、智慧を思い起こし、この正しい教えと戒律を聞いて、「私もぜひ同じようにありたい」と心から願うのです。 阿那律陀よ、このようにして、その在家の信者は確実に、向上した安楽な境地（差降安楽住止）に達するのです。

「阿那律陀！若優婆私聞某優婆私於某村命終，彼為佛所記，五下分結已盡，生於彼間而般涅槃，得不退法，不還此世。或自見彼優婆私，或復從他數數聞之，彼優婆私如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼優婆私有信、持戒、博聞、慧施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是優婆私必得差降安樂住止。

> 阿那律陀よ、ある優婆塞（在家の男性信者）が、別の優婆塞が某村で命を終えたと聞き、その者が仏によって「五下分結（五つの下位の束縛）を尽くし、そこに生まれて般涅槃（完全な涅槃）に入り、退転しない法を得て、この世に戻らない」と記されたとする。その優婆塞自身が直接その方を見るか、あるいは何度も他人から聞いて、あの優婆塞はこのように信仰があり、このように戒律を守り、このように博く学び、このように布施を行い、このように智慧があると知る。その人はこれを聞いて、あの優婆塞の信仰、戒律、博学、布施、智慧を思い起こし、この正しい教えと律（ダルマとヴィナヤ）を聞いて、「私もぜひそのようにありたい」と心から願う。阿那律陀よ、このように優婆塞は必ず、安楽な境地に落ち着くようになるのである。

「阿那律陀！復次，優婆私聞某優婆私於某村命終，彼為佛所記，三結已盡，婬怒癡薄，得一往來天上人間，一往來已而得苦際。或自見彼優婆私，或復從他數數聞之，彼優婆私如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼優婆私有信、持戒、博聞、慧施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是優婆私必得差降安樂住止。

> 「アヌルッダよ、また、ある優婆塞が別の優婆塞がとある村で亡くなったと聞き、その者は仏陀によって記別された——三つの結縛が尽き、貪・瞋・痴が薄くなり、一度だけ天界と人間界を往来した後、苦しみの終わりに達する者であると。あるいは自らその優婆塞を目にし、あるいは他の者から繰り返し聞いて、その優婆塞がこのような信仰、このような戒律、このような多聞、このような布施、このような智慧を持つ者であると知る。その人はこれを聞き、その優婆塞の信仰、戒律、多聞、布施、智慧を思い起こし、この正しい法と律を聞いて、あるいは心の中でそのようにあらんと願う。アヌルッダよ、そのようにして優婆塞は必ず劣らぬ安楽な境地に至るのである。」

「阿那律陀！復次，優婆私聞某優婆私於某村命終，彼為佛所記，三結已盡，得須陀洹，不墮惡趣，定趣正覺，極受七有，天上人間七往來已而得苦際。或自見彼優婆私，或復從他數數聞之，彼優婆私如是有信、如是持戒、如是博聞、如是惠施、如是智慧。其人聞已，憶彼優婆私有信、持戒、博聞、惠施、智慧，聞此正法、律已，或心願效如是如是。阿那律陀！如是優婆私必得差降安樂住止。

> アーナンダよ、さらに、ある女性在家信者が、別の女性在家信者が村で亡くなったとの知らせを聞く。その女性信者に対し、仏陀は「彼女は三つの束縛（結）を完全に断ち切り、須陀洹（預流果）を得た。もはや悪道に堕ちることはなく、必ず正覚に向かい、あと七回、天と人間の間を生死往復した後、苦しみの終わりを得るであろう」と記された。彼女はその女性信者を自ら見たこともあれば、他の人々から繰り返し聞いたこともあるだろう——あの女性信者は、このような確かな信仰を持ち、このような戒律を保ち、このような広い学識を持ち、このような施しを行い、このような智慧を持っていたと。それを聞いた彼女は、あの女性信者の信仰、戒律、学識、施し、智慧を思い起こし、この正しい教えと戒律を聞いて、その心に「私もあのようにありたい」と願うのである。アーナンダよ、このようにして、その女性在家信者は必ず功徳を積み、安楽に暮らすことができるのである。

「阿那律陀！如來以此義故，弟子命終，記說某生某處、某生某處。」

> 阿那律陀よ、如来はこのような意味をもって、弟子が命を終えた後、その者がどこに生まれ変わったかを示し、「某所に生まれた、某所に生まれた」と説かれるのである。

佛說如是。尊者阿那律陀及諸比丘，聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏はこのように説かれた。尊者アヌルッダ（阿那律陀）と比丘たちは、仏の説法を聞いて、喜び、その教えの通りに実践した。

娑雞帝三族姓子經第六竟三千四百六字

> 娑雞帝三族姓子経　第六　おわり<note>三千四百六字</note>

## 中阿含經卷第十八萬一百二十七字第二小土城誦

> 中阿含経 巻第十八