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title: "中阿含經 · 78 梵天請佛經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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## 中阿含經卷第十九

> 中阿含経 巻第十九

東晉罽賓三藏瞿曇僧伽提婆譯

### （七八）中阿含長壽王品梵天請佛經第七第二小土城誦

> （七八）中阿含 長寿王品 梵天請佛経 第七 <note>第二小土城誦</note

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

爾時，有一梵天住梵天上，生如是邪見：「此處有常，此處有恒，此處長存，此處是要，此處不終法，此處出要，此出要更無出要過其上，有勝、有妙、有最者。」

於是，世尊以他心智，知彼梵天心之所念，即入如其像定，以如其像定，猶若力士屈申臂頃，於舍衛國勝林給孤獨園忽沒不現，往梵天上。

> そこで、世尊は他者の心を知る智慧によって、その梵天の心の思いを知り、すぐにその境地に応じた定に入られた。そして、その定に入ると、まるで力士が腕を伸ばしたり曲げたりするような一瞬のうちに、舎衛国の勝林給孤独園から忽然と姿を消し、梵天の世界に現れられた。

時，彼梵天見世尊來，即請世尊：「善來大仙人！此處有常，此處有恒，此處長存，此處是要，此處不終法，此處出要，此出要更無出要過其上，有勝、有妙、有最者。」

> その時、梵天（ぼんてん）は世尊（せそん）が来られるのを見て、こう招きました。「ようこそ、大仙人よ。ここには永遠があり、ここには不変があり、ここには変わらぬものがある。ここは極めて重要な場所であり、ここには終わりのない教えがあり、ここから出離（しゅつり）できる。この出離の道より優れたもの、素晴らしいもの、最高のものは、他にはない。」

於是，世尊告曰：「梵天！汝無常稱說常，不恒稱說恒，不存稱說存，不要稱說要，終法稱說不終法，非出要稱說出要，此出要更無出要過其上，有勝、有妙、有最者。梵天！汝有是無明。梵天！汝有是無明。」

> そこで、世尊はお告げになりました。「梵天よ、あなたは無常のものを常であると言い、不変でないものを不変であると言い、永続しないものを永続すると言い、大切でないものを大切だと言い、やがて終わるものを終わらないものと言い、真の救いではないものを真の救いであると言っている。この真の救いより以上に、優れ、素晴らしく、最も優れたものは他にないのだ。梵天よ、あなたにはこの無明がある。梵天よ、あなたにはこの無明があるのだ。」

時，魔波旬在彼眾中。於是，魔波旬語世尊曰：「比丘！莫違此梵天所說，莫逆此梵天所說。比丘！若汝違此梵天所說，逆此梵天所說者，是為比丘猶如有人吉祥事來，而排却之。比丘所說亦復如是，是故，比丘！我語汝莫違此梵天所說，莫逆此梵天所說。比丘！若汝違此梵天所說，逆此梵天所說者，是為，比丘！猶如有人從山上墮，雖以手足捫摸於空而無所得。比丘所說亦復如是，是故，比丘！我語汝莫違此梵天所說，莫逆此梵天所說。比丘！若汝違此梵天所說，逆此梵天所說者，是為，比丘！猶如有人從樹上墮，雖以手足捫摸枝葉而無所得。比丘所說亦復如是，是故，比丘！我語汝莫違此梵天所說，莫逆此梵天所說。所以者何？此梵天梵，福祐、能化、最尊、能作、能造、是父，已有、當有一切眾生皆從是生，此所知盡知、所見盡見。

> その時、悪魔パーピマンがその集会の中にいた。そこで、悪魔パーピマンは世尊にこう語った。「比丘よ、この梵天の言葉に背いてはならない。この梵天の言葉に逆らってはならない。比丘よ、もしあなたがこの梵天の言葉に背き、逆らうならば、それはまるで、幸運が訪れたのにそれを拒むようなものだ。比丘の言葉もまた同じである。だから、比丘よ、私はあなたに言う。この梵天の言葉に背くな、逆らうな。比丘よ、もしあなたがこの梵天の言葉に背き、逆らうならば、それはまるで、人が山から落ち、手や足で空を掴もうとしても何も得られないようなものだ。比丘の言葉もまた同じである。だから、比丘よ、私はあなたに言う。この梵天の言葉に背くな、逆らうな。比丘よ、もしあなたがこの梵天の言葉に背き、逆らうならば、それはまるで、人が木から落ち、手や足で枝や葉を掴もうとしても何も得られないようなものだ。比丘の言葉もまた同じである。だから、比丘よ、私はあなたに言う。この梵天の言葉に背くな、逆らうな。なぜなら、この梵天は梵であり、福をもたらし、自在に変化し、最も尊く、創造し、生み出し、父であり、すでに存在する者も、これから存在する者も、あらゆる衆生はすべてこの梵天から生まれるからである。この梵天は、知るべきことは全て知り、見るべきことは全て見ているのだ。」

「大仙人！若有沙門、梵志，憎惡地、毀呰地者，彼身壞命終，必生餘下賤妓樂神中，如是水、火、風、神、天、生主，憎惡梵天、毀呰梵天者，彼身壞命終，必生餘下賤妓樂神中。大仙人！若有沙門、梵志，愛樂地、稱歎地者，彼身壞命終，必生最上尊梵天中，如是水、火、風、神、天、生主，愛樂梵天、稱歎梵天者，彼身壞命終，必生最上尊梵天中。大仙人！汝不見此梵天大眷屬坐如我輩耶？」

> 「大仙よ。もしも修行者やバラモンの中に、地を嫌い、地を誹謗する者がいるなら、その者は命終わった後、必ず下賤な芸能神（ガンダルヴァ）の身に生まれ変わります。同様に、水、火、風、神々、生主を嫌い、梵天を嫌い、梵天を誹謗する者も、命終わった後、必ず下賤な芸能神の身に生まれ変わります。 大仙よ。もしも修行者やバラモンの中に、地を愛し、地を称賛する者がいるなら、その者は命終わった後、必ず最上の尊い梵天の世界に生まれます。同様に、水、火、風、神々、生主を愛し、梵天を愛し、梵天を称賛する者も、命終わった後、必ず最上の尊い梵天の世界に生まれます。 大仙よ。あなたは、この梵天の大いなる眷属が私どものように座っているのをご覧になりませんか？」

彼魔波旬非是梵天，亦非梵天眷屬，然自稱說我是梵天。爾時，世尊便作是念：「此魔波旬非是梵天，亦非梵天眷屬，然自稱說我是梵天；若說有魔波旬者，此即是魔波旬。」

> あの魔の波旬（まのはじゅん）は梵天（ぼんてん）でもなく、梵天の仲間でもないのに、「私は梵天だ」と自称している。その時、世尊（せそん）はこうお考えになった。「この魔の波旬は梵天でもなく、梵天の仲間でもないのに、『私は梵天だ』と自称している。もし『魔の波旬』という者がいるとするならば、これこそが魔の波旬である。」

世尊知已，告曰：「魔波旬！汝非梵天，亦非梵天眷屬，然汝自稱說我是梵天；若說有魔波旬者，汝即是魔波旬。」於是，魔波旬而作是念：「世尊知我，善逝見我。」知已愁憂，即於彼處忽沒不現。

> 世尊はそれを知って告げられた。「魔波旬よ、汝は梵天でもなく、梵天の眷属でもない。それなのに、汝は自ら『私は梵天である』と言っている。もし魔波旬という者がいるならば、汝こそが魔波旬である。」そこで、魔波旬はこう思った。「世尊は私を知っておられる。善逝は私を見ておられる。」そう思って憂い悲しみ、その場に忽然と姿を消した。

時，彼梵天至再三請世尊：「善來大仙人！此處有常，此處恒有，此處長存，此處是要，此處不終法，此處出要，此出要更無出要過其上，有勝、有妙、有最者。」

> その時、かの梵天は三度にわたり世尊に請うた。「よくおいでくださいました、大仙人よ。ここには常住があります。ここには永遠があります。ここには長く存するものがあります。ここは要であり、ここには終わらない法があります。ここは真の要であり、この要を超えるものはなく、より優れ、より妙であり、最もすぐれたものがあります。」

世尊亦至再三告曰：「梵天！汝無常稱說常，不恒稱說恒，不存稱說存，不要稱說要，終法稱說不終法，非出要稱說出要，此出要更無出要過其上，有勝、有妙、有最者。梵天！汝有是無明。梵天！汝有是無明。」

> 世尊はさらに繰り返しお説きになりました。 「梵天よ、あなたは無常なるものを常と言い、移り変わるものを変わらぬものと言い、ないものをあると言い、価値ないものを価値あるものと言い、終わる法を終わらない法と言い、真の救いではないものを真の救いであると言う。この真の救いの道より上に、より勝れ、より妙なるものはないのだ。梵天よ、あなたにはこの無明がある。梵天よ、あなたにはこの無明があるのだ。」

於是，梵天白世尊曰：「大仙人！昔有沙門、梵志，壽命極長，存住極久。大仙人！汝壽至短，不如彼沙門、梵志一燕坐頃。所以者何？彼所知盡知、所見盡見，若實有出要者，更無餘出要過其上，有勝、有妙、有最者；若無有實出要者，更無餘出要過其上，有勝、有妙、有最者。大仙人！汝於出要不出要想，不出要出要想，如是汝不得出要，便成大癡。所以者何？以無境界故。大仙人！若有沙門、梵志，愛樂地、稱歎地者，彼為我自在，為隨我所欲，為隨我所使。如是水、火、風、神、天、生主，愛樂梵天、稱歎梵天者，彼為我自在，為隨我所欲，為隨我所使。大仙人！若汝愛樂地、稱歎地者，汝亦為我自在，為隨我所欲，為隨我所使。如是水、火、風、神、天、生主，愛樂梵天、稱歎梵天者，汝亦為我自在，為隨我所欲，為隨我所使。」

> そこで梵天は世尊に申し上げた。「大仙人よ。昔、修行者や聖者たちの中には、極めて長い寿命を持ち、非常に長く存続する者がいました。大仙人よ、あなたの寿命は非常に短く、彼ら修行者や聖者たちの一回の座禅の時間にも及びません。なぜなら、彼らの知るべきことは全て知り、見るべきことは全て見ているからです。もし真の解脱（出離）の道があるならば、それを超える他の解脱の道はなく、それより優れたもの、素晴らしいもの、最高のものはありません。もし真の解脱の道がないならば、それを超える他の解脱の道はなく、それより優れたもの、素晴らしいもの、最高のものはありません。大仙人よ、あなたは解脱すべきでないものを解脱と思う心を起こし、解脱すべきものを解脱と思わない心を起こしています。このようにして、あなたは解脱を得られず、大いに愚かとなるでしょう。なぜなら、智慧の境涯が欠けているからです。大仙人よ、もし修行者や聖者たちが地を愛好し、地を称賛するならば、彼らは私の支配下にあり、私の望みのままに従い、私の使役のままに動きます。同様に、水・火・風・神々・天・生主を愛好し、梵天を愛好し、梵天を称賛する者たちも、私の支配下にあり、私の望みのままに従い、私の使役のままに動きます。大仙人よ、もしあなたが地を愛好し、地を称賛するならば、あなたもまた私の支配下にあり、私の望みのままに従い、私の使役のままに動くのです。同様に、水・火・風・神々・天・生主を愛好し、梵天を愛好し、梵天を称賛するならば、あなたも私の支配下にあり、私の望みのままに従い、私の使役のままに動くことになるでしょう。」

於是，世尊告曰：「梵天！如是梵天所說真諦：『若有沙門、梵志，愛樂地、稱歎地者，彼為汝自在，為隨汝所欲，為隨汝所使。如是水、火、風、神、天、生主，愛樂梵天、稱歎梵天者，彼為汝自在，為隨汝所欲，為隨汝所使。』梵天！若我愛樂地、稱歎地者，我亦為汝自在，為隨汝所欲，為隨汝所使。如是水、火、風、神、天、生主，愛樂梵天、稱歎梵天者，我亦為汝自在，為隨汝所欲，為隨汝所使。

> そこで、世尊はお告げになりました。「梵天よ、あなたが語った真実とは次のようなものだ。『もしも修行者やバラモンたちが、地を愛し喜び、地を称賛するならば、その者はあなたの意のままになり、あなたの望み通りになり、あなたの思いのままに動かされる。同じように、水・火・風・神々・天・生主（プラジャーパティ）を愛し喜び、梵天を称賛する者も、あなたの意のままになり、あなたの望み通りになり、あなたの思いのままに動かされる。』梵天よ、しかし、もし私が地を愛し喜び、地を称賛するならば、私もまたあなたの意のままになり、あなたの望み通りになり、あなたの思いのままに動かされることになる。同じように、水・火・風・神々・天・生主を愛し喜び、梵天を称賛するならば、私もまたあなたの意のままになり、あなたの望み通りになり、あなたの思いのままに動かされることになるのだ。」

「梵天！若此八事，我隨其事愛樂稱歎者，彼亦有如是。梵天！我知汝所從來處、所往至處、隨所住、隨所終、隨所生。若有梵天有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神。」

> 梵天よ、この八つの事柄について、私がそれに従い愛好し称賛するならば、その者にもまた同じことがあるであろう。 梵天よ、私はあなたがどこから来たのか、どこへ行くのか、どこに留まるのか、どこで終わるのか、どこで生まれるのかを知っている。もしも梵天に大きな自在力があり、大きな威徳があり、大きな福徳があり、大きな威神力があるとしても、私はそれをも知っている。

於是，梵天白世尊曰：「大仙人！汝云何知我所知、見我所見。云何識悉我？如日自在，明照諸方，是為千世界，於千世界中，汝得自在耶？知彼彼處無有晝夜，大仙人曾更歷彼，數經歷彼耶？」

> そこで、梵天（ブラフマー）が世尊に申し上げました。「大いなる仙人よ、あなたはどうして私の知るところを知り、私の見るところを見るのでしょうか。どうして私のことを完全に理解しておられるのですか？太陽が自在に輝き、あらゆる方向を照らすように、これが千の世界です。この千の世界において、あなたは自在なる力を得ておられるのですか？そして、あちらこちらに昼も夜もない場所があるのをご存じで、大いなる仙人よ、あなたは実際にそこを経験し、何度もそこを訪れたことがあるのですか？」

世尊告曰：「梵天！如日自在，明照諸方，是為千世界，於千世界中，我得自在，亦知彼彼處無有晝夜。梵天！我曾更歷彼，我數經歷彼。梵天！有三種天，光天、淨光天、遍淨光天。梵天！若彼三種天有知有見者，我亦有彼知見。梵天！若彼三種天無知無見者，我亦自有知見。梵天！若彼三種天及眷屬有知有見者，我亦有彼知見。梵天！若彼三種天及眷屬無知無見者，我亦自有知見。梵天！若汝有知有見者，我亦有此知見。梵天！若汝無知無見者，我亦自有知見。梵天！若汝及眷屬有知有見者，我亦有此知見。梵天！若汝及眷屬無知無見者，我亦自有知見。梵天！汝不與我一切等，不與我盡等，但我於汝最勝最上。」

> 世尊はお告げになりました。「梵天よ、太陽が自ら輝き、あらゆる方向を明るく照らすように、それが千の世界である。その千の世界において、私は自在であり、また、その一つ一つに昼も夜もないことを知っている。梵天よ、私はかつてそれらの世界を巡り、幾度もそこを訪れたのだ。梵天よ、三種の天がある。光天、浄光天、遍浄光天である。梵天よ、もしそれら三種の天に知覚があるならば、私にもその知覚がある。梵天よ、もしそれら三種の天に知覚がなくとも、私には自らの知覚がある。梵天よ、もしそれら三種の天とその眷属に知覚があるならば、私にもその知覚がある。梵天よ、もしそれら三種の天とその眷属に知覚がなくとも、私には自らの知覚がある。梵天よ、もしあなたに知覚があるならば、私にもその知覚がある。梵天よ、もしあなたに知覚がなくとも、私には自らの知覚がある。梵天よ、もしあなたとその眷属に知覚があるならば、私にもその知覚がある。梵天よ、もしあなたとその眷属に知覚がなくとも、私には自らの知覚がある。梵天よ、あなたは決して私と全てにおいて等しいわけではなく、私と完全に等しいわけでもない。私はあなたよりも最も優れ、最も優位に立つのである。」

於是，梵天白世尊曰：「大仙人！何由得彼三種天有知有見者，汝亦有彼知見；若彼三種天無知無見者，汝亦自有知見；若彼三種天及眷屬有知有見者，汝亦有彼知見，若彼三種天及眷屬無知無見者，汝亦自有知見。若我有知有見者，汝亦有此知見；若我無知無見者，汝亦自有知見；若我及眷屬有知有見者，汝亦有此知見；若我及眷屬無知無見者，汝亦自有知見。大仙人！非為愛言耶？問已不知增益愚癡。所以者何？以識無量境界故，無量知、無量見、無量種別，我各各知別，是地知地，水、火、風、神、天、生主，是梵天知梵天。」

> そこで梵天は世尊に申し上げました。「大仙人よ。どのようにして、それら三種の天の存在について、あなたは知り、見ているのですか。もし彼らが知り、見ているなら、あなたもまたその知見を持っているのですか。もし彼らが知らず、見ていないなら、あなたは独自に知見を持っているのですか。あるいは、それら三種の天とその眷属が知り、見ているなら、あなたもまたその知見を持っているのですか。もし彼らが知らず、見ていないなら、あなたは独自に知見を持っているのですか。また、私が知り、見ているなら、あなたもその知見を持っているのですか。もし私が知らず、見ていないなら、あなたは独自に知見を持っているのですか。さらに、私と眷属が知り、見ているなら、あなたもその知見を持っているのですか。もし私と眷属が知らず、見ていないなら、あなたは独自に知見を持っているのですか。 大仙人よ。それは、愛着から語っているのではありませんか？問われてもなお、答えられず、愚かさが増すばかりです。なぜなら、認識の対象は無限であり、それに応じて知ることも、見ることも、その種類も無限だからです。私はそれぞれを個別に知っています。地は地として、水、火、風、神々、生主、梵天は梵天として、それぞれを、そのものとして知っているのです。」

於是，世尊告曰：「梵天！若有沙門、梵志於地有地想，地是我，地是我所，我是地所；彼計地是我已，便不知地。如是於水、火、風、神、天、生主、梵天、無煩、無熱，淨有淨想，淨是我，淨是我所，我是淨所；彼計淨是我已，便不知淨。梵天！若有沙門、梵志，地則知地，地非是我，地非我所，我非地所；彼不計地是我已，彼便知地。如是水、火、風、神、天、生主、梵天、無煩、無熱，淨則知淨，淨非是我，淨非我所，我非淨所；彼不計淨是我已，彼便知淨。梵天！我於地則知地，地非是我，地非我所，我非地所；我不計地是我已，我便知地。如是水、火、風、神、天、生主、梵天、無煩、無熱，淨則知淨，淨非是我，淨非我所，我非淨所；我不計淨是我已，我便知淨。」

> そこで、世尊はお告げになりました。「梵天よ、もしも修行者やバラモンが、地について『地である』という思いにとらわれ、『地は私である』『地は私のものである』『私は地のものである』と考えるなら、そのように『地は私である』と執着するゆえに、彼は地を本当に知ることができない。同様に、水、火、風、神々、天、生主、梵天、無煩天、無熱天についても、清らかなものについて『清らかである』と思い、『清らかは私である』『清らかは私のものである』『私は清らかのものである』と考えるなら、そのように執着するゆえに、彼は清らかを本当に知ることができない。 梵天よ、もしも修行者やバラモンが、地について『地である』と知り、『地は私ではない』『地は私のものではない』『私は地のものではない』と考えるなら、そのように『地は私である』と執着しないゆえに、彼は地を本当に知ることができる。同様に、水、火、風、神々、天、生主、梵天、無煩天、無熱天についても、清らかなものについて『清らかである』と知り、『清らかは私ではない』『清らかは私のものではない』『私は清らかのものではない』と考えるなら、そのように執着しないゆえに、彼は清らかを本当に知ることができる。 梵天よ、私は地について『地である』と知り、『地は私ではない』『地は私のものではない』『私は地のものではない』と考える。私は『地は私である』と執着しないゆえに、私は地を本当に知っている。同様に、水、火、風、神々、天、生主、梵天、無煩天、無熱天についても、清らかなものについて『清らかである』と知り、『清らかは私ではない』『清らかは私のものではない』『私は清らかのものではない』と考える。私は『清らかは私である』と執着しないゆえに、私は清らかを本当に知っている。」

於是，梵天白世尊曰：「大仙人！此眾生愛有、樂有、習有，汝已拔有根本。所以者何？謂如來、無所著、等正覺故。」便說頌曰：

> そこで、梵天は世尊に申し上げました。「大いなる仙人よ、この世の衆生は『有』（存在）を愛し、『有』を喜び、『有』に慣れ親しんでおります。あなたはその『有』の根本をすでに断ち切られました。それはなぜかといえば、あなたは如来、執着なき者、正しく目覚めた方であるからです。」そして、次の偈を唱えました。

「於有見恐怖， 無有見不懼，是故莫樂有， 有何不可斷。

> 「存在」を恐れ、 「ないこと」を怖がらない。 だから、「ある」に執着せず、 「ある」をどうして断たないことがあろうか。

「大仙人！我今欲自隱形。」

> 「大いなる仙人よ、私は今、姿を隠そうと思います。」

世尊告曰：「梵天！汝若欲自隱形者，便隨所欲。」

> 世尊がおっしゃいました。「梵天よ、もしあなたが自分の姿を隠したいと思うなら、その思いのままにしなさい。」

於是，梵天即隨所處自隱其形。世尊即知，「梵天！汝在彼，汝在此，汝在中。」

> そこで、梵天は自らの姿を隠した。すると世尊はすぐに察知して言った。「梵天よ、汝はそこにおり、ここにおり、その間におる。」

於是，梵天盡現如意，欲自隱形而不能隱，還住梵天中。於是，世尊告曰：「梵天！我今亦欲自隱其形。」

> そこで梵天は思いのままに姿を隠そうと試みましたが、隠れることができず、そのまま梵天の世界に留まりました。 そこで、世尊はお告げになりました。「梵天よ、私も今、自らの姿を隠そうと思う。」 （\* \* \*\*意訳のポイント\*\*: \* 「盡現如意」を「思いのままに姿を隠そうと試みました」と、行為の意図を明確にしました。 \* 「還住梵天中」を「そのまま梵天の世界に留まりました」と、自然な日本語にしました。 \* 世尊の言葉は、原文に忠実に、かつ流暢な会話文にしました。 \*)

梵天白世尊曰：「大仙人！若欲自隱形者，便隨所欲。」

> 梵天が世尊に申し上げました。「大いなる仙人よ、もし御自身をお隠しになりたいのであれば、お望みのままになさってください。」

於是，世尊而作是念：「我今寧可現如其像如意足，放極妙光明，照一切梵天而自隱住，使諸梵天及梵天眷屬但聞我聲而不見形。」於是，世尊即現如其像如意足，放極妙光明，照一切梵天，便自隱住，使諸梵天及梵天眷屬但聞其聲而不見其形。於是，梵天及梵天眷屬各作是念：「沙門瞿曇甚奇！甚特！有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神。所以者何？謂放極妙光明，照一切梵天而自隱住，使我等及眷屬但聞彼聲而不見形。」

> そこで、世尊はこうお考えになりました。「さて、私は如意足の働きを現して、極めて素晴らしい光明を放ち、すべての梵天を照らした上で、自らの姿を隠そう。そうすれば、梵天とその眷属たちは、私の声だけを聞いて、姿は見えなくなるであろう。」そこで、世尊は如意足の働きを現し、極めて素晴らしい光明を放って、すべての梵天を照らし、自らの姿を隠されました。それにより、梵天とその眷属たちは、その声だけを聞いて、姿を見ることができませんでした。 そこで、梵天とその眷属たちは、それぞれこう思いました。「沙門ゴータマは、実に稀有で、実に特別である。大きな如意足の力を持ち、大きな威徳があり、大きな福徳があり、大きな神通力がある。なぜなら、極めて素晴らしい光明を放ち、すべての梵天を照らした上で、自らの姿を隠し、私たちと眷属たちに、その声だけを聞かせて、姿を見せないからである。」

於是，世尊復作是念：「我已化此梵天及梵天眷屬，我今寧可攝如意足。」世尊便攝如意足，還住梵天中。

> そこで、世尊はこうお考えになりました。「私はすでに梵天とその眷属たちを教化した。今こそ、私は自在な神通力を収めよう。」そうして世尊は自在な神通力を収め、再び梵天の中に留まられた。

於是，魔王亦至再三在彼眾中。爾時，魔王白世尊曰：「大仙人善見、善知、善達，然莫訓誨教呵弟子，亦莫為弟子說法，莫著弟子；莫為著弟子故，身壞命終，生餘下賤妓樂神中。行無為，於現世受安樂。所以者何？大仙人！此唐自煩勞。大仙人！昔有沙門、梵志訓誨弟子，教呵弟子，亦為弟子說法，樂著弟子；彼以著弟子故，身壞命終，生餘下賤妓樂神中。大仙人！是故我語汝，莫得訓誨教呵弟子，亦莫為弟子說法，莫著弟子；莫為著弟子故，身壞命終，生餘下賤妓樂神中。行無為，於現世受安樂。所以者何？大仙人！汝唐自煩勞。」

> すると、魔王は三度までその群れの中に現れました。その時、魔王は世尊に申し上げました。「大仙人よ、あなたは善く見、善く知り、善く達しておられます。しかし、どうか弟子たちを教え導いたり、弟子たちに法を説いたりしてはなりません。弟子に執着してはなりません。弟子に執着したがゆえに、この身が壊れ命が終わった後に、低賤な妓楽の神々の世界に生まれることになります。何もせずに、現世において安楽をお受けになりなさい。なぜなら、大仙人よ、これはまったくの無駄骨折りだからです。大仙人よ、昔、沙門や梵志が弟子たちを教え導き、弟子たちに法を説き、弟子たちに執着しました。彼らはその執着のゆえに、この身が壊れ命が終わった後に、低賤な妓楽の神々の世界に生まれました。大仙人よ、それゆえ私はあなたに申し上げます。どうか弟子たちを教え導いたり、弟子たちに法を説いたりしてはなりません。弟子に執着してはなりません。弟子に執着したがゆえに、この身が壊れ命が終わった後に、低賤な妓楽の神々の世界に生まれることになります。何もせずに、現世において安楽をお受けになりなさい。なぜなら、大仙人よ、あなたはまったくの無駄骨折りをしているからです。」

於是，世尊告曰：「魔波旬！汝不為我求義故說，非為饒益故，非為樂故，非為安隱故：『莫得訓誨教呵弟子，莫為弟子說法，莫著弟子，莫為著弟子故，身壞命終，生餘下賤妓樂神中。行無為，於現世受安樂。所以者何？大仙人！汝唐自煩勞。』魔波旬！汝作是念：『此沙門瞿曇為弟子說法，彼弟子聞法已，出我境界。』魔波旬！是故汝今語我：『莫得訓誨教呵弟子，亦莫為弟子說法，莫著弟子；莫為著弟子故，身壞命終，生餘下賤妓樂神中。行無為，於現世受安樂。所以者何？大仙人！汝唐自煩勞。』

> そこで、世尊はおっしゃった。「魔王よ、あなたは私の利益のために語っているのではない。私を豊かにするためでもなく、私に楽しみを与えるためでもなく、私を安らかにするためでもない。『弟子たちを教え導くな、弟子たちに法を説くな、弟子たちに執着するな。執着のゆえに、この身が壊れ、命が終わった後には、低賤な遊戯の神々の世界に生まれ変わることになる。何もしないで、現世で安楽に過ごしなさい。なぜなら、大いなる仙人よ、あなたはただ無駄に苦労しているだけなのだから』と。 魔王よ、あなたはこう考えているのだ。『この沙門ゴータマは弟子たちに法を説いている。彼の弟子たちはその法を聞いて、私の支配の領域から出て行ってしまう』と。魔王よ、だからこそ、あなたは今、私にこう言うのだ。『弟子たちを教え導くな、弟子たちに法を説くな、弟子たちに執着するな。執着のゆえに、この身が壊れ、命が終わった後には、低賤な遊戯の神々の世界に生まれ変わることになる。何もしないで、現世で安楽に過ごしなさい。なぜなら、大いなる仙人よ、あなたはただ無駄に苦労しているだけなのだから』と。」

「魔波旬！若有沙門、梵志訓誨弟子，教呵弟子，為弟子說法，樂著弟子；為著弟子故，身壞命終，生餘下賤妓樂神中。彼沙門、梵志，彼非沙門稱說沙門，非梵志稱說梵志，非阿羅訶稱說阿羅訶，非等正覺稱說等正覺。魔波旬！我實沙門稱說沙門，實梵志稱說梵志，實阿羅訶稱說阿羅訶，實等正覺稱說等正覺。魔波旬！若我為弟子說法，若不說者，汝且自去，我今自知應為弟子說法、不應為弟子說法。」

> 「悪魔よ。もし或る修行者やバラモンが、弟子を訓え諭し、叱り指導し、法を説き、弟子に執着し、弟子への執着ゆえに命終えた後に、卑しい下賤な芸能神（音楽神）の世界に生まれ落ちるならば、そのような修行者やバラモンは、修行者と称されながら実は修行者ではなく、バラモンと称されながら実はバラモンではなく、阿羅漢と称されながら実は阿羅漢ではなく、正等覚者と称されながら実は正等覚者ではないのです。 悪魔よ。しかし私は、まさしく修行者と称されるにふさわしい修行者であり、まさしくバラモンと称されるにふさわしいバラモンであり、まさしく阿羅漢と称されるにふさわしい阿羅漢であり、まさしく正等覚者と称されるにふさわしい正等覚者であります。 悪魔よ。私が弟子のために法を説こうと説くまいと、あなたは立ち去りなさい。私は今や、弟子のために法を説くべきかどうかを、自らの智慧で知っているのです。」

是為梵天請，魔波旬違逆世尊隨順說，是故此經名梵天請佛。

> これが梵天の請願であり、悪魔の波旬は世尊に逆らったが、世尊はこれに従って説かれた。ゆえに、この経典を「梵天請仏」と名付ける。

佛說如是。梵天及梵天眷屬，聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏がこのようにお説きになった。梵天およびその眷属たちは、仏の教えを聞いて、喜びをもって実践した。

梵天請佛經第七竟三千九十字

> 梵天による仏陀への請願の経典　第七　終わり<note>三千九百字</note>