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title: "中阿含經 · 79 有勝天經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （七九）中阿含長壽王品有勝天經第八第二小土城誦

> 長壽王品 有勝天經 第八

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

於是，仙餘財主告一使人：「汝往詣佛，為我稽首，禮世尊足，問訊世尊聖體康強，安快無病，起居輕便，氣力如常耶？作如是語：『仙餘財主稽首佛足，問訊世尊聖體康強，安快無病，起居輕便，氣力如常耶？』汝既為我問訊佛已，往詣尊者阿那律陀所，為我稽首禮彼足已，問訊尊者聖體康強，安快無病，起居輕便，氣力如常不？作如是語：『仙餘財主稽首尊者阿那律陀足，問訊尊者聖體康強，安快無病，起居輕便，氣力如常不？仙餘財主請尊者阿那律陀四人俱，供明日食。』若受請者，復作是語：『尊者阿那律陀！仙餘財主多事多為，為王眾事斷理臣佐，唯願尊者阿那律陀為慈愍故，與四人俱，明日早來至仙餘財主家。』」

> そこで、仙餘財主は使いの者にこう言いました。「そなた、私の代わりに仏のもとへ行き、私の名で頭を地につけて仏の足を礼拝し、世尊の御身体は健やかで、安楽で、お変わりなく、お元気でいらっしゃいますかとお伺いしなさい。こう申し上げよ。『仙餘財主は仏の御足に頭を地につけて礼拝し、世尊の御身体が健やかで安楽であり、お変わりなく、お元気でいらっしゃるかとお伺いいたします』と。私のために仏にこのお問い合わせをした後、尊者の阿那律陀のもとへ行き、私の代わりに頭を地につけてその足を礼拝し、尊者の御身体は健やかで安楽であり、お変わりなく、お元気でいらっしゃいますかとお伺いしなさい。こう申し上げよ。『仙餘財主は尊者の阿那律陀の御足に頭を地につけて礼拝し、尊者の御身体が健やかで安楽であり、お変わりなく、お元気でいらっしゃるかとお伺いいたします。それから、仙餘財主は尊者阿那律陀とその方を含むお四人様を明日の昼食にお招きしております』と。もしお受け入れいただけたら、さらにこう申し上げよ。『尊者阿那律陀様、仙餘財主は様々な用事をお抱えで、王様の公務で大臣として忙しくしております。どうか尊者阿那律陀様、お慈悲の心から、お四人様と共に明日の朝、仙餘財主の家へおいでいただけますでしょうか。』」

於是，使人受仙餘財主教已，往詣佛所，稽首佛足，却住一面，白曰：「世尊！仙餘財主稽首佛足，問訊世尊聖體康強，安快無病，起居輕便，氣力如常耶？」

> そこで使いの者は、仙人余財主から教えを受けた後、仏のもとへ向かい、仏の足に頭を触れて礼拝し、片側に立って申し上げました。「世尊よ。仙人余財主は仏の足に礼拝し、世尊の聖体が康強で、安らかで快く、病気もなく、起居も軽やかで、気力が常の如くであるかとお尋ね申しております。」

爾時，世尊告使人曰：「令仙餘財主安隱快樂，令天及人、阿修羅、揵塔和、羅剎及餘種種身安隱快樂。」

> その時、世尊は使いの人にこう告げられました。 「仙人の残した財の主よ、安らかで幸せであれ。そして、天や人々、阿修羅、乾闥婆、羅刹、その他さまざまなものたちも、皆、安らかで幸せでありますように。」

於是，使人聞佛所說，善受善持，稽首佛足，繞三匝而去，往詣尊者阿那律陀所，稽首禮足，却坐一面，白曰：「尊者阿那律陀！仙餘財主稽首尊者阿那律陀足，問訊尊者聖體康強，安快無病，起居輕便，氣力如常不？仙餘財主請尊者阿那律陀四人俱，供明日食。」

是時，尊者真迦旃延去尊者阿那律陀不遠而燕坐也。於是，尊者阿那律陀告曰：「賢者迦旃延！我向所道，明日我等為乞食故，入舍衛國，正謂此也。今仙餘財主遣人請我等四人，供明日食。」

> その時、尊者マハーカッチャーナは、尊者アヌルッダから遠くない場所で静かに坐っていました。 そこで、尊者アヌルッダが告げました。「カッチャーナ尊者よ。私が先ほど、『明日、托鉢のために舎衛城に入ろう』と言ったのは、まさにこのことなのです。今、仙餘という資産家が使いの者を派遣し、私たち四人を明日の食事に招待しているのです。」

尊者真迦旃延即時白曰：「願尊者阿那律陀為彼人故，默然受請。我等明日出此闇林，為乞食故，入舍衛國。」尊者阿那律陀為彼人故，默然而受。

> 尊者マハーカーティヤーヤナがすぐにこう言いました。「尊者アヌルッダよ、その方のために、どうかお静かにお受け入れください。明日、私たちはこの暗い林を出て、托鉢のために舎衛国に入ります。」尊者アヌルッダは、その方のために、黙って受け入れられました。

於是，使人知尊者阿那律陀默然受已，尋復白曰：「仙餘財主白尊者阿那律陀！仙餘財主多事多為，為王眾事斷理臣佐，願尊者阿那律陀為慈愍故，與四人俱，明日早來，至仙餘財主家。」

> そこで、使者は尊きアヌルッダが黙って受け入れられたことを知り、すぐにまた申し上げた。 「仙餘の長者が尊者アヌルッダにこう申しております。『仙餘の長者は多くの用事を抱え、王の政務を執り行う臣として多忙を極めております。どうか尊者アヌルッダは、慈しみの心をもって、四人の方々と共に、明日の朝、仙餘の長者のお宅へお越しくださいますよう』と。」

尊者阿那律陀告使人曰：「汝便還去，我自知時。」於是，使人即從坐起，稽首作禮，繞三匝而去。

> 尊者アヌルッダは使いの人に言った。「あなたはお帰りなさい。私が時を知っていますから。」そこで、使いの人はすぐに席を立ち、頭を地につけて礼拝し、三度右に回ってから去って行きました。

於是，尊者阿那律陀過夜平旦，著衣持鉢，四人共俱，往詣仙餘財主家。爾時，仙餘財主婇女圍遶，住中門下，待尊者阿那律陀。仙餘財主遙見尊者阿那律陀來，見已，叉手向尊者阿那律陀，讚曰：「善來尊者阿那律陀！尊者阿那律陀久不來此。」於是，仙餘財主敬心扶抱尊者阿那律陀，將入家中，為敷好床，請使令坐。

> 翌朝、尊きアーナンダよ（尊者阿那律陀）は夜明けに衣と鉢を整え、四人の仲間と共に仙餘（センよ）という金持ちの家を訪れました。その時、仙餘は女性たちに囲まれて門の下に立ち、尊者アーナンダを待っていました。遠くから尊者アーナンダが来るのを見て、手を合わせて「ようこそ、尊きアーナンダよ、あなたは長らくここに訪れませんでしたね」と歓迎しました。そして、敬いの心で尊者アーナンダを抱きかかえるように家の中に招き入れ、立派な床を敷いて座らせました。

尊者阿那律陀即坐其床，仙餘財主稽首尊者阿那律陀足，却坐一面，坐已，白曰：「尊者阿那律陀！欲有所問，唯願見聽。」

> 尊者アヌルッダ（阿那律陀）がその床に座ると、仙餘財主は尊者アヌルッダの足に額を付け、一辺に退いて座り、座り終えてから申し上げた。「尊者アヌルッダよ、お尋ねしたいことがございます。どうかお聞き入れくださいませ。」

尊者阿那律陀告曰：「財主！隨汝所問，聞已當思。」

> 尊者アー・ノー・リューダが言いました。「あるじよ。あなたの質問に応じて、聞いてからよく考えましょう。」

仙餘財主便問尊者阿那律陀：「或有沙門、梵志來至我所，語我：『財主！汝當修大心解脫。』尊者阿那律陀！復有沙門、梵志來至我所，語我：『財主！汝當修無量心解脫。』尊者阿那律陀！大心解脫、無量心解脫，此二解脫，為文異義異耶？為一義文異耶？」

> ある富豪が尊者アーナンダに尋ねました。 「尊者よ、ある修行者や僧侶が私のところに来て、『富豪よ、あなたは大いなる心の解放を修めるべきです』と言いました。また別の修行者や僧侶が来て、『富豪よ、あなたは無量の心の解放を修めるべきです』と言いました。尊者よ、この『大いなる心の解放』と『無量の心の解放』という二つの解放は、言葉が違えば意味も異なるのでしょうか、それとも意味は同じで言葉だけが異なるのでしょうか？」

尊者阿那律陀告曰：「財主！汝前問此事，汝先自答，我當後答。」

仙餘財主白曰：「尊者阿那律陀！大心解脫、無量心解脫，此二解脫一義文異，仙餘財主不能答此事。」

> 仙餘の長者が申し上げました。「尊者アヌルッダよ。『大いなる心の解脱』と『無量の心の解脱』、この二つの解脱は、意味は同じで言葉が異なるのでしょうか。私はそのことを答えることができません。」

尊者阿那律陀告曰：「財主！當聽我為汝說大心解脫、無量心解脫。大心解脫者，若有沙門、梵志在無事處，或至樹下空安靜處，依一樹意解大心解脫遍滿成就遊，彼齊限是心解脫不過是。若不依一樹者，當依二三樹，意解大心解脫遍滿成就遊，彼齊限是心解脫不過是。若不依二三樹者，當依一林，若不依一林者，當依二三林，若不依二三林者，當依一村，若不依一村者，當依二三村，若不依二三村者，當依一國，若不依一國者，當依二三國，若不依二三國者，當依此大地乃至大海。意解大心解脫遍滿成就遊，彼齊限是心解脫不過是，是謂大心解脫。

> 尊者アールンタが言いました。「財主よ、あなたに大心解脱と無量心解脱についてお話ししましょう。 大心解脱とは、修行者や聖者が人里離れた場所や木の下、静かな空き地で、一本の木に心を集中し『大いなる心』による解脱を実現し、その状態を完全に満たしながら過ごすことです。しかしその解脱には限界があり、それを超えることはありません。 もし一本の木でなければ、二〜三本の木。それもだめなら、一つの林。それもだめなら、二〜三の林。それもだめなら、一つの村。それもだめなら、二〜三の村。それもだめなら、一つの国。それもだめなら、二〜三の国。それもだめなら、この大地や海全体に心を広げて『大いなる心』による解脱を実現し、完全に満たしながら過ごします。しかしその解脱には限界があり、それを超えることはありません。これが大心解脱です。」

「財主！云何無量心解脫？若有沙門、梵志在無事處，或至樹下空安靜處，心與慈俱，遍滿一方成就遊，如是二三四方、四維上下，普周一切，心與慈俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修遍滿一切世間成就遊；如是悲、喜心與捨俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修遍滿一切世間成就遊，是謂無量心解脫。財主！大心解脫，無量心解脫，此二解脫為義異文異，為一義文異耶？」

> 「財主よ。では、無量心解脱とは何か。もし修行者や僧侶が、人里離れた場所や、木の下や静かなところにいて、心を慈しみと共にするならば、その慈しみをまず一方向に満たし、続けて二方向、三方向、四方向、さらに上下四方のあらゆる場所へと広げていく。その心は、こだわりも恨みもなく、怒りも争いもなく、限りなく広大で、計り知れないほど深く修行され、全世界を慈しみで満たして安住する。同じように、悲しみ、喜び、そして捨（平静）の心もまた、こだわりも恨みもなく、怒りも争いもなく、限りなく広大で、計り知れないほど深く修行され、全世界を満たして安住する。これが無量心解脱である。財主よ。大心解脱と無量心解脱、この二つの解脱は、意味が異なるために言葉が違うのか、それとも同じ意味を異なる言葉で表しているのか。」

仙餘財主白尊者阿那律陀曰：「如我從尊者聞，則解其義，此二解脫義既異文亦異。」

> 仙餘財主が尊者アヌルッダに申し上げた。「私が尊者からお聞きしたところによれば、その意味を理解しました。この二つの解脱の意味は異なり、その言葉もまた異なっております。」

尊者阿那律陀告曰：「財主！有三種天，光天、淨光天、遍淨光天。於中光天者，彼生在一處，不作是念：『此我所有，彼我所有。』但光天隨其所往，即樂彼中。財主！猶如蠅在肉段，不作是念：『此我所有，彼我所有。』但蠅隨肉段去，即樂彼中。如是彼光天不作是念：『此我所有，彼我所有。』但光天隨其所往，即樂彼中。有時光天集在一處，雖身有異而光不異。財主！猶如有人然無量燈，著一室中，彼燈雖異而光不異。如是彼光天集在一處，雖身有異而光不異。有時光天各自散去，彼各散去時，其身既異，光明亦異。財主！猶如有人從一室中出眾多燈，分著諸室，彼燈即異，光明亦異。如是彼光天各自散去，彼各散去時，其身既異，光明亦異。」

> 尊者アールヤシンハが言いました。「財主よ、三種の天があります。光天、浄光天、遍浄光天です。その中で、光天は一つの場所に生まれますが、『これは私のもの、あれは私のもの』とは思いません。ただ、光天は行く先々で、その場所を楽しむのです。財主よ、例えばハエが肉片にいても、『これは私のもの、あれは私のもの』とは思わず、ただ肉片と共に動き、その場所を楽しむようなものです。そのように、光天は『これは私のもの、あれは私のもの』と思わず、ただ行く先々でその場所を楽しむのです。時には、光天たちが一か所に集まることがあります。その時、体は異なっていても、光に違いはありません。財主よ、例えば誰かが無数の灯をともし、一つの部屋に置いたとします。その灯は異なっていても、光に違いはありません。そのように、光天たちが一か所に集まる時、体は異なっていても、光に違いはありません。また、時には光天たちがそれぞれ散っていくことがあります。その時、彼らの体が異なれば、光も異なります。財主よ、例えば誰かが一つの部屋から多くの灯を取り出し、それぞれ別の部屋に置いたとします。その灯が異なれば、光も異なります。そのように、光天たちがそれぞれ散っていく時、彼らの体が異なれば、光も異なるのです。」

於是，尊者真迦旃延白曰：「尊者阿那律陀！彼光天生在一處，可知有勝如、妙不妙耶？」

> そこで、尊者マハーカッチャーナが尊者アヌルッダに尋ねました。「尊者アヌルッダよ、その光音天の者たちは、一つの場所に生まれたとしても、優れているかどうか、素晴らしいかどうかという違いがあるのでしょうか？」

尊者阿那律陀答曰：「賢者迦旃延！可說彼光天生在一處，知有勝如、妙與不妙。」

> 阿那律尊者が答えました。「迦旃延尊者よ、光天という天の世界に生まれても、そこには優れた者とそうでない者、素晴らしい状態とそうでない状態の違いがあると知ることができるのです。」

尊者真迦旃延復問曰：「尊者阿那律陀！彼光天生在一處，何因何緣知有勝如、妙與不妙耶？」

> 尊者マハーカッチャーヤナがまた尋ねました。「尊者アヌルッダよ、その光の天の者たちが一つの場所に生まれるのに、どのような理由や条件によって、優れていたり、そうでなかったり、素晴らしかったり、そうでなかったりする違いがあると知られるのですか？」

尊者阿那律陀答曰：「賢者迦旃延。若有沙門、梵志在無事處，或至樹下空安靜處，依一樹，意解作光明想成就遊，心作光明想極盛，彼齊限是心解脫不過是。若不依一樹者，或依二三樹，意解作光明想成就遊，心作光明想極盛，彼齊限是心解脫不過是。賢者迦旃延！此二心解脫，何解脫為上、為勝、為妙、為最耶？」

> 尊者阿那律がお答えになりました。「カーティヤーヤナ賢者よ、ある修行者やバラモンが、人里離れた場所、あるいは木の下や静かな空き地で、一本の木に依って、心に光明の想いを起こして実践し、その光明の想いを極めて盛んにします。しかし、彼の心の解脱は、その範囲を超えることはできません。もし一本の木に依らず、二、三本の木に依って同じように実践しても、その心の解脱はやはり限界を超えません。カーティヤーヤナ賢者よ、この二つの心の解脱のうち、どちらがより優れ、より勝れ、より素晴らしく、最上なのでしょうか？」

尊者真迦旃延答曰：「尊者阿那律陀！若有沙門、梵志不依一樹者，或依二三樹，意解作光明想成就遊，心作光明想極盛，彼齊限是心解脫不過是。尊者阿那律陀！二解脫中，此解脫為上、為勝、為妙、為最。」

> 尊師である真迦旃延がお答えになりました。 「尊師アヌルッダよ。もし修行者や修行僧が、一本の木に依らず、あるいは二本、三本の木に依って、心によって光のイメージを作り出し、その光明想に成就して遊ぶならば、その心は光のイメージによって極めて盛んになります。しかし、その心の解脱には限界があり、それを超えることはありません。 尊師アヌルッダよ。二つの解脱のうち、この解脱こそがより優れ、より勝れ、より妙であり、最も優れたものなのです。」

尊者阿那律陀復問曰：「賢者迦旃延！若不依二三樹者，或依一林，若不依一林者，或依二三林，若不依二三林者，或依一村，若不依一村者，或依二三村，若不依二三村者，或依一國，若不依一國者，或依二三國，若不依二三國者，或依此大地乃至大海。意解作光明想成就遊，心作光明想極盛，彼齊限是心解脫不過是。賢者迦旃延！此二解脫，何解脫為上、為勝、為妙、為最？」

> 尊者アールリタはさらに尋ねました。「賢者カーティヤーヤナよ。もし二、三の木に依らなければ、あるいは一つの林に依る。もし一つの林に依らなければ、あるいは二、三の林に依る。もし二、三の林に依らなければ、あるいは一つの村に依る。もし一つの村に依らなければ、あるいは二、三の村に依る。もし二、三の村に依らなければ、あるいは一つの国に依る。もし一つの国に依らなければ、あるいは二、三の国に依る。もし二、三の国に依らなければ、あるいはこの大地や大海に至るまでを境として、意によって光明の想を作り出し、成就して遊ぶのです。心は光明の想を極めて盛んにし、その範囲に限られた心の解脱で、それを超えることはありません。賢者カーティヤーヤナよ。この二つの解脱のうち、どちらの解脱がより優れ、より勝れ、より妙で、より最上なのでしょうか？」

尊者真迦旃延答曰：「尊者阿那律陀！若有沙門、梵志不依二三樹者，或依一林，若不依一林者，或依二三林，若不依二三林者，或依一村，若不依一村者，或依二三村，若不依二三村者，或依一國，若不依一國者，或依二三國，若不依二三國者，或依此大地乃至大海。意解作光明想成就遊，心作光明想極盛，彼齊限是心解脫不過是。尊者阿那律陀！二解脫中此解脫為上、為勝、為妙、為最。」

> 尊師・真迦旃延が答えた。「尊師・阿那律陀よ。もしある沙門や梵志が、二、三の木々に依らず、あるいは一つの林に依り、もし一つの林に依らずとも、二、三の林に依る。もし二、三の林に依らずとも、一つの村に依り、もし一つの村に依らずとも、二、三の村に依る。もし二、三の村に依らずとも、一つの国に依り、もし一つの国に依らずとも、二、三の国に依る。もし二、三の国に依らずとも、この大地から大海に至るまでを対象として、心によって光明想を作り出し、それを成就して遊ぶのです。心は光明想を極めて盛んにしますが、彼の心の解脱はその範囲に限られ、それを超えることはありません。尊師・阿那律陀よ。二つの解脱のうち、この解脱こそが上であり、勝れ、妙であり、最上なのです。」

尊者阿那律陀告曰：「迦旃延！因是緣是，彼光天生在一處，知有勝如、妙與不妙。所以者何？因人心勝如故，修便有精麤，因修有精麤故，得人則有勝如。賢者迦旃延！世尊亦如是說，人有勝如。」

> 尊者アールリュッタは言いました。「カーチャーヤナよ、このように因と縁によって、ある光天の世界に生まれた者たちは、優劣や素晴らしさ、そうでなさを知るのです。なぜなら、人の心の優劣によって修行に精粗があり、修行に精粗があるため、得られる境地にも優劣が生じるからです。賢者カーチャーヤナよ、世尊もまた次のようにお説きになりました。『人には優劣がある』と。」

尊者真迦旃延復問曰：「尊者阿那律陀！彼淨光天生在一處，可知有勝如、妙與不妙耶？」

> 尊者真迦旃延がさらに尋ねました。「尊者アヌルッダよ、その浄光天という場所に生まれた者たちは、優れているとか劣っているとか、素晴らしいとかそうでないとか、そういった違いがあると知ることができるのですか？」

尊者阿那律陀答曰：「賢者迦旃延！可說彼淨光天生在一處，知有勝如、妙與不妙。」

> 「尊者アールラ（阿那律陀）がお答えになりました。『賢者カーティヤーヤナ（迦旃延）よ、あの清らかな光の天に生まれた者たちは、それぞれに優れたところや劣ったところがあり、素晴らしい面もそうでない面もあると知っております。』」

尊者真迦旃延復問曰：「尊者阿那律陀！彼淨光天生在一處，何因何緣，知有勝如、妙與不妙耶？」

> 尊者真迦旃延がさらに尋ねました。「尊者アヌルッダよ、その浄光天がある一つの所に生まれながら、どのような理由や条件によって、勝れているとか劣っているとか、優れているとかそうでないとかを知るのでしょうか？」

尊者阿那律陀答曰：「賢者迦旃延！若有沙門、梵志在無事處，或至樹下空安靜處，意解淨光天遍滿成就遊，彼此定不修、不習、不廣，不極成就。彼於後時，身壞命終，生淨光天中。彼生已，不得極止息，不得極寂靜，亦不得盡壽訖。賢者迦旃延！猶青蓮華，紅、赤、白蓮，水生水長，在水底時，爾時根、莖、葉、華，彼一切水漬水澆，水所潤，無處不漬。賢者迦旃延！若有沙門、梵志在無事處，或至樹下空安靜處，意解淨光天遍滿成就遊，彼此定不修、不習、不廣，不極成就，彼身壞命終，生淨光天中。彼生已，不得極止息，不得極寂靜，亦不得盡壽訖。

> 尊者阿那律陀がお答えになりました。「賢者カーティヤーヤナよ、もしも修行者やバラモンが、人里離れた場所や、木の下、静かな空地において、清らかな光の天界の観想を心に満たして実践しても、その禅定を十分に修めず、繰り返し行わず、広げず、極めきらないならば、のちに身体が壊れ命が終わるとき、清らかな光の天界に生まれます。しかし生まれた後、完全な安息を得られず、完全な静寂を得られず、寿命の終わりまでその状態を保つことができません。 賢者カーティヤーヤナよ、例えば、青蓮華や紅蓮華、赤蓮華、白蓮華が水の中で生え、水の中で育ち、水中にある間、その根も茎も葉も花も、すべて水に浸され、水に潤され、水に満たされ、浸されていないところがないようなものです。 賢者カーティヤーヤナよ、同様に、修行者やバラモンが、人里離れた場所や、木の下、静かな空地において、清らかな光の天界の観想を心に満たして実践しても、その禅定を十分に修めず、繰り返し行わず、広げず、極めきらないならば、のちに身体が壊れ命が終わるとき、清らかな光の天界に生まれます。しかし生まれた後、完全な安息を得られず、完全な静寂を得られず、寿命の終わりまでその状態を保つことができません。」

「賢者迦旃延！復有沙門、梵志意解淨光天遍滿成就遊，彼此定數修、數習、數廣，極成就，彼身壞命終，生淨光天中。彼生已，得極止息，得極寂靜，亦得壽盡訖。賢者迦旃延！猶青蓮華，紅、赤、白蓮，水生水長，出水上住，水所不漬。賢者迦旃延！如是復有沙門、梵志在無事處，或至樹下空安靜處，意解淨光天遍滿成就遊，彼此定數修、數習、數廣，極成就，彼身壞命終，生淨光天中。彼生已，得極止息，得極寂靜，亦得壽盡訖。

> 「賢者のカーティヤーヤナよ。さらに、ある修行者やバラモンたちがいます。彼らは心で浄光天（じょうこうてん）という天界を観想し、その世界をありありと思い描き、その境地を広げていきます。この禅定を繰り返し修め、繰り返し慣れ親しみ、繰り返し広め、完全に極めると、その修行者は命終わった後、浄光天に生まれ変わります。生まれた後は、完全に安らぎを得、完全な静寂を得、寿命が尽きるまでその状態にあります。 賢者のカーティヤーヤナよ。例えば、青い蓮の花や、紅、赤、白の蓮の花が水中で生まれ育ち、水面に上がって留まり、水に濡れないようなものです。賢者のカーティヤーヤナよ。それと同じように、ある修行者やバラモンたちは、静かな場所や、木の下の静かな空間で、心で浄光天を観想し、その世界をありありと思い描き、その境地を広げていきます。この禅定を繰り返し修め、繰り返し慣れ親しみ、繰り返し広め、完全に極めると、その修行者は命終わった後、浄光天に生まれ変わります。生まれた後は、完全に安らぎを得、完全な静寂を得、寿命が尽きるまでその状態にあります。」

「賢者迦旃延！因是緣是，彼淨光天生在一處，知有勝如、妙與不妙。所以者何？因人心勝如故，修便有精麤，因修有精麤故，得人則有勝如。賢者迦旃延！世尊亦如是說，人有勝如。」

> 賢者カッチャーヤナよ、こうした因縁によって、あの浄光天は一つの所に生まれながらも、優劣や妙・不妙があるのを知るのです。 なぜかと言えば、人の心に優劣があるからこそ、修行にも粗雑・精妙があり、修行に粗雑・精妙があるからこそ、得られる人に優劣が生じるからです。 賢者カッチャーヤナよ、世尊もこのようにお説きになりました――「人には優劣がある」と。

尊者真迦旃延復問曰：「尊者阿那律陀！彼遍淨光天生在一處，可知有勝如、妙與不妙耶？」

> 尊者真迦旃延が尋ねました。「尊者アヌルッダよ、遍浄光天に生まれた者たちは、同じ場所にいながら、優れた者とか劣った者とか、素晴らしいとかそうでないとか、そういう違いがあると知ることができるのでしょうか？」

尊者阿那律陀答曰：「賢者迦旃延！可說彼遍淨光天生在一處，知有勝如、妙與不妙。」

> 尊者在る阿那律陀が答えて言った。「賢者カーティヤーヤナよ、かの遍浄光天（遍く清らかな光の天）に生まれた者たちは、同じ場所にいながらも、優劣や、素晴らしさ、そうでなさを知っていると説くことができます。」

尊者真迦旃延復問曰：「尊者阿那律陀！彼遍淨光天生在一處，何因何緣知有勝如、妙與不妙耶？」

> 尊者真迦旃延がさらに尋ねました。「尊者アヌルッダよ。遍浄光天（へんじょうこうてん）に生まれた者たちが同じ場所にいるのに、なぜ優れた者や劣った者、素晴らしい者とそうでない者の違いを知ることができるのでしょうか？」

尊者阿那律陀答曰：「賢者迦旃延！若有沙門、梵志在無事處，或至樹下空安靜處，意解遍淨光天遍滿成就遊。彼不極止睡眠，不善息調悔，彼於後時身壞命終，生遍淨光天中。彼生已，光不極淨。賢者迦旃延！譬如燃燈，因緣油炷，若油有滓，炷復不淨，因是燈光生不明淨。賢者迦旃延！如是若有沙門、梵志在無事處，或至樹下空安靜處，意解遍淨光天遍滿成就遊，彼不極止睡眠，不善息調悔，彼身壞命終，生遍淨光天中。彼生已，光不極淨。

> 尊者アヌルッダが答えた：「賢者カーティヤーヤナよ、もしある修行者や梵志が、人のいない場所や木の下、静かな空き地に赴き、遍浄光天（全てが清らかな光の天界）が心に満ちるような境地を成就して過ごすとしよう。しかし、彼らが睡眠を十分に鎮めておらず、心のざわつきや後悔をしっかり静めていなければ、のちに身体が壊れ命が終わるとき、遍浄光天に生まれ変わる。生まれた後も、その光は完全には清らかではない。 賢者カーティヤーヤナよ、例えて言うなら、油と灯心によって灯をともすとき、油に滓（かす）があり、灯心も汚れていれば、その灯の光は明るく清らかにはならない。そのように、もしある修行者や梵志が、人のいない場所や木の下、静かな空き地に赴き、遍浄光天が心に満ちるような境地を成就して過ごしても、睡眠を十分に鎮めておらず、心のざわつきや後悔をしっかり静めていなければ、身体が壊れ命が終わるとき、遍浄光天に生まれ変わる。生まれた後も、その光は完全には清らかではない。」

「賢者迦旃延！復有沙門、梵志在無事處，或至樹下空安靜處，意解遍淨光天遍滿成就遊。彼極止睡眠，善息調悔，彼身壞命終，生遍淨光天中。彼生已，光極明淨。賢者迦旃延！譬如然燈，因緣油炷，若油無滓，炷復極淨，因是燈光生極明淨。

> 賢者カーティヤーヤナよ。さらにまた、修行者やバラモンの中には、人里離れた場所や木の下の静かなところで、心を解き放ち、遍く清らかな光の天界に満ち足りて留まる者がある。彼らは睡眠をよく鎮め、後悔をよく静める。そして、その身が壊れ命が終わると、遍く清らかな光の天界に生まれる。生まれた後、その光は極めて明るく清らかである。賢者カーティヤーヤナよ。例えば、灯明を灯す時、油と灯芯の縁により、油に濁りがなく、灯芯が極めて清らかであれば、その灯明の光は極めて明るく清らかに生じる。

「賢者迦旃延！如是復有沙門、梵志在無事處，或至樹下空安靜處，意解遍淨光天遍滿成就遊。彼極止睡眠，善息調悔，彼身壞命終，生遍淨光天中。彼生已，光極明淨。

> 「賢者の迦旃延よ、さらにまた、ある沙門や梵志たちが、人里離れた場所や、木の下や静かな空き地で、心を解き放ち、遍浄光天に遍く満ち渡らせ、成就して遊ぶことがある。彼らは眠りを極めて止め、後悔や動揺をよく鎮め、その身が壊れ命が終わるとき、遍浄光天に生まれる。生まれた後、その光は極めて明らかに清らかである。」

「賢者迦旃延！因是緣是，彼遍淨光天生在一處，知有勝如、妙與不妙。所以者何？因人心勝如故，修便有精麤，因修有精麤故，得人則有勝如。賢者迦旃延！世尊亦如是說，人有勝如。」

> 「賢者カーチャーヤナよ、このような因縁によって、遍浄光天という一つの場所に生まれた者たちも、互いに優劣や素晴らしさ、そうでなさを感じ取るのです。なぜなら、人の心の優劣によって修行にも粗雑さと繊細さが生じ、修行に粗雑さと繊細さがあるからこそ、得られる境遇にも優劣が生じるからです。賢者カーチャーヤナよ、世尊もまた、人には優劣があるとこのように説かれました。」

於是，尊者真迦旃延歎仙餘財主曰：「善哉！善哉！財主！汝為我等多所饒益。所以者何？初問尊者阿那律陀有勝天，我等未曾從尊者阿那律陀聞如是義，是謂彼天、有彼天、如是彼天。」

> そこで、尊者マハーカッチャーヤナは仙人の遺産を持つ長者にこう語りかけました。「善きかな、善きかな、長者よ。あなたは私たちにとって大いなる利益をもたらしてくれる。なぜなら、まず尊者アヌルッダに天の存在を問うた際に、私たちは尊者アヌルッダからこのような教えを聞いたことがなかったからである。即ち『あの天が存在し、あの天々がいて、そのように天がある』と」と。

於是，尊者阿那律陀告曰：「賢者迦旃延！多有彼天，謂此日月如是有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神，以光不及光，彼與我集，共相慰勞，有所論說，有所答對，然我不如是說，是謂彼天、有彼天、如是彼天。」

> そこで、尊者のアヌルッダは語りました。「賢者のカーチャーヤナよ。多くの天の存在がいるのです。太陽や月のように、このように大きな自在力を持ち、大きな威徳を持ち、大きな福徳を持ち、大きな威力を持つものたちですが、その光は互いに及ばずとも、彼らは私のもとに集まり、互いに労をねぎらい、語り合い、問答を行うのです。しかし、私はそのように語りません。すなわち、『あの天々がいる、あのような天々がいる』と、そう語るのです。」

爾時，仙餘財主知彼尊者所說已訖，即從坐起，自行澡水，以極淨美種種豐饒食噉含消，手自斟酌，令得飽滿。食訖舉器，行澡水已，取一小床，別坐聽法。仙餘財主坐已，尊者阿那律陀而為說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已，從坐起去。

尊者阿那律陀所說如是。仙餘財主及諸比丘，聞尊者阿那律陀所說，歡喜奉行。

> 尊者アヌルッダがこのようにお説きになりました。すると、仙人の残した財産の長者と比丘たちは、尊者アヌルッダのお説きになったことを聞いて、喜び、教えのままに実践しました。

有勝天經第八竟三千五百九十九字

> 勝天経 第八（終わり）<note>三千五百九十九字</note>