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title: "中阿含經 · 82 支離彌梨經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （八二）中阿含長壽王品支離彌梨經第十一第二小土城誦

> （八二）中阿含　長壽王品　支離彌梨経　第十一

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊王舍城，在竹林加蘭哆園。

> ある時、ブッダは王舎城に滞在し、竹林の精舎にいました。

爾時，眾多比丘於中食後少有所為，集坐講堂，欲斷諍事，謂論此法、律，此佛之教。彼時，質多羅象子比丘亦在眾中。於是，質多羅象子比丘，眾多比丘論此法、律，此佛教時，於其中間競有所說，不待諸比丘說法訖竟，又不以恭敬、不以善觀問諸上尊長老比丘。

> その時、多くの比丘たちは午後の食事の後、用事があって講堂に集まり、争いごとを解決しようとしていました。彼らは「これこそが法と律であり、これこそが仏の教えである」と議論していました。そこには、チャッタというゾウ使いの子である比丘も仲間に加わっていました。そこで、チャッタ・ゾウ使いの子比丘は、多くの比丘たちがこの法と律、この仏の教えについて議論している最中に、その話の途中で口を挟み、他の比丘たちが話し終わるのを待たず、しかも敬いの心やよく考えた上での問いかけもせずに、尊い長老の比丘たちに発言しました。

是時，尊者大拘絺羅在彼眾中。於是，尊者大拘絺羅告質多羅象子比丘曰：「賢者！當知眾多比丘說此法、律，此佛教時，汝莫於中競有所說，若諸比丘所說訖已，然後可說。汝當以恭敬，當以善觀問諸上尊長老比丘，莫不恭敬，莫不善觀問諸上尊長老比丘。」

> そのとき、尊者マハーコーティカはその集まりの中にいました。 そこで、尊者マハーコーティカは質多羅象子比丘に告げて言いました。 「賢者よ、知るべきです。多くの比丘たちがこの法と律、この仏の教えについて語っているとき、あなたはその中で争って発言してはなりません。諸々の比丘たちの語りが終わった後で、初めて語ることができます。 あなたは敬意をもって、よく観察して、尊い長老の比丘たちに問いなさい。敬意なく、よく観察しないで尊い長老の比丘たちに問うてはなりません。」

爾時，質多羅象子比丘諸親朋友悉在眾中。於是，質多羅象子比丘諸親朋友語尊者大拘絺羅曰：「賢者大拘絺羅！汝莫大責數質多羅象子比丘。所以者何？質多羅象子比丘戒德多聞，似如懈怠，然不貢高。賢者大拘絺羅！質多羅象子比丘，諸比丘隨所為時而能佐助。」

> その時、チッタラ・ハッティプッタ比丘の親族や友人は皆、集会の中にいました。 そこで、チッタラ・ハッティプッタ比丘の親族や友人は、尊者マハー・コッティカにこう言いました。「賢者マハー・コッティカよ、どうかチッタラ・ハッティプッタ比丘をあまり強く非難しないでください。なぜなら、チッタラ・ハッティプッタ比丘は戒律と学識に優れていますが、やや懈怠に見えるだけで、決して高慢ではありませ。賢者マハー・コッティカよ、チッタラ・ハッティプッタ比丘は、比丘たちが必要とする時に、いつも進んで助力するのです。」

於是，尊者大拘絺羅語質多羅象子比丘諸親朋友曰：「諸賢！不知他心者，不得妄說稱不稱。所以者何？或有一人在世尊前時，及諸上尊長老梵行可慙可愧、可愛可敬前，彼便善守善護；若於後時離世尊前，及離諸上尊長老梵行可慙可愧、可愛可敬前，彼便數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁；彼數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁已，心便生欲。彼心生欲已，便身熱心熱。彼身心熱已，便捨戒罷道。諸賢！猶若如牛，入他田中，守田人捉，或以繩繫，或著欄中。諸賢！若有作是說，此牛不復入他田中，如是彼為正說耶？」

> そこで、尊者マハーコッティカ（大拘絺羅）は、チッタという在家信者の息子である比丘の親しい友人たちにこう語った。「皆さん、他者の心を知らない者は、軽率に称賛したり否定したりしてはなりません。なぜなら、ある人は世尊の御前や、尊敬すべき長老や清らかな修行者たちの前では、恥じらい慎み、愛され敬われる存在として善く振る舞い、身を守ります。しかし、後に世尊やそのような方々の前を離れると、しばしば在家者と交わり、ふざけ、高慢になり、様々な無駄話に興じます。そのように在家者と交わり、ふざけ、高慢になり、様々な無駄話に興じた後には、心に欲望が生じます。心に欲望が生じると、身体も心も熱くなります。身体と心が熱くなった後には、戒律を捨て、修行を放棄してしまいます。皆さん、例えば牛が他人の田んぼに入り込んだとします。田んぼの持ち主がそれを捕まえ、縄で繋いだり、柵の中に入れたりします。皆さん、もし誰かが『この牛は二度と他人の田んぼに入ることはない』と言ったなら、その言葉は正しいでしょうか？」

答曰：「不也。所以者何？謂彼牛者，為繩所繫，或斷或解，為欄所遮，或破或跳出，復入他田，如前無異。」

> 答え：そうではない。なぜか？その牛は、縄でつながれている。その縄を断つか、解くか、柵を壊すか、あるいは飛び越えるかして、他の田んぼに入っても、結局はまた元の場所に戻ってしまい、以前と何も変わらないからである。

「諸賢！或有一人在世尊前時，及諸上尊長老梵行可慙可愧、可愛可敬前，彼便善守善護；若於後時離世尊前，及離諸梵行可慙可愧、可愛可敬前，彼便數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁；彼數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁已，心便生欲。彼心生欲已，便身熱心熱。彼身心熱已，便捨戒罷道。諸賢！是謂有一人。

> 「皆さん、ある人は、世尊の御前や、尊敬すべき高徳の長老たちなど、恥じ慎むべき方々がおられる前では、しっかりと身を慎み、よく心を守ります。しかし、のちに世尊やそのような方々から離れると、在家の人々と頻繁に交わり、ふざけたり、高ぶったり、さまざまな無駄話をします。そうした交わりを重ねるうちに、心に欲望が生じます。欲望が生じると、身も心も熱くなります。そして、身も心も熱くなった結果、戒律を捨てて修行の道を退いてしまいます。皆さん、これが一人目の人のあり方です。」

「復次，諸賢！或有一人逮得初禪，彼得初禪已，便自安住，不復更求未得欲得、不獲欲獲、不作證欲作證。彼於後時，便數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁；彼數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁已，心便生欲。彼心生欲已，便身熱心熱。彼身心熱已，便捨戒罷道。諸賢！猶大雨時，村間湖池水滿其中，彼若本時所見沙石、草木、甲蟲、魚鼈、蝦蟆及諸水性，去時來時，走時住時，後水滿已，盡不復見。諸賢！若有作是說，彼湖池中終不復見沙石、草木、甲蟲、魚鼈、蝦蟆及諸水性，去時來時，走時住時，如是彼為正說耶？」

> 「また、皆さん。ある人が初禅を獲得したとします。その人は初禅を得た後、そこに満足して安住し、まだ得ていないものを得ようとせず、まだ到達していないものに到達しようとせず、まだ証明していないものを証明しようとしません。その人は後になって、在家の人々と頻繁に交わり、ふざけ合い、高ぶり、さまざまな雑談をします。在家の人々と頻繁に交わり、ふざけ合い、高ぶり、さまざまな雑談をするようになると、心に欲望が生じます。心に欲望が生じると、身体が熱くなり、心も熱くなります。身心が熱くなると、戒律を捨てて出家をやめてしまいます。 皆さん。例えば、大雨が降った時、村の池が水でいっぱいになったとします。以前に池の中で見えていた砂利や石、草や木、甲虫、魚や亀、蛙、そして水中の生き物たちが、行ったり来たり、走ったり止まったりしていた姿も、水で満たされた後は、全く見えなくなります。皆さん。もし誰かが、『あの池の中には、もはや砂利や石、草や木、甲虫、魚や亀、蛙、そして水中の生き物たちが、行ったり来たり、走ったり止まったりする姿は二度と見えない』と言ったなら、その言い方は正しいでしょうか？」

答曰：「不也。所以者何？彼湖池水，或象飲馬飲，駱駝、牛、驢、猪、鹿、水牛飲，或人取用，風吹日炙；彼若本時不見沙石、草木、甲蟲、魚鼈、蝦蟆及諸水性，去時來時，走時住時，後水減已，還見如故。」

> 答え：「そうではありません。なぜでしょうか？ あの湖や池の水は、象や馬が飲み、ラクダ、牛、ロバ、豚、鹿、水牛が飲み、あるいは人が汲み取り、風に吹かれ、日差しにさらされます。そのため、もともと見えなかった砂利や小石、草や木々、甲殻類、魚やスッポン、カエル、そして水に棲む生き物たちも、水が引いていく時に現れ、水かさが減った後には、もとのように再び見えるようになるのです。」

「如是，賢者！或有一人逮得初禪，彼得初禪已，便自安住，不復更求未得欲得、不獲欲獲、不作證欲作證；彼於後時，便數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁；彼數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁已，心便生欲。彼心生欲已，便身熱心熱。彼身心熱已，便捨戒罷道。諸賢！是謂有一人。

> 「賢者よ、こういうことがあります。ある人が初禅を得ました。その人は初禅を得た後、ただそこに安住してしまい、まだ得ていないものを得ようとせず、まだ体得していないものを体得しようとせず、まだ証得していないものを証得しようとしません。その後、その人は在家の人々と頻繁に交わり、冗談を言い、高ぶり、さまざまな無駄話に興じます。在家の人々と頻繁に交わり、冗談を言い、高ぶり、さまざまな無駄話に興じた後、心に欲が生じます。心に欲が生じると、身体が熱くなり心も熱くなります。身体と心が熱くなった後、戒律を捨てて出家をやめてしまいます。賢者よ、これが一人の人のあり方です。」

「復次，諸賢！或有一人得第二禪，彼得第二禪已，便自安住，不復更求未得欲得、不獲欲獲、不作證欲作證。彼於後時，便數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁；彼數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁已，心便生欲。彼心生欲已，便身熱心熱。彼身心熱已，便捨戒罷道。諸賢！猶大雨時，四衢道中塵滅作泥。諸賢！若有作是說，此四衢道泥終不燥，不復作塵，如是彼為正說耶？」

> 「さらに、皆さん。ある人が第二禅を得たとします。その第二禅を得て安らかに留まり、まだ得ていないものを得よう、まだ証得していないものを証得しようとは、もはや求めなくなります。ところがその後、在家の人々としばしば交わり、ふざけたり、高ぶったり、様々なおしゃべりをします。そうして在家の人々と交わり、ふざけ、高ぶり、様々なおしゃべりをした後には、心に欲が生じます。心に欲が生じると、身も心も熱くなります。身も心も熱くなったならば、戒を捨てて道を捨ててしまうのです。皆さん。例えば大雨の時、四つ辻の道の埃が消えて泥になるようなものです。皆さん。もし誰かが『この四つ辻の泥は決して乾かず、再び埃になることはない』と言ったなら、それは正しい言葉でしょうか？」

答曰：「不也。所以者何？此四衢道，或象行馬行，駱駝、牛、驢、猪、鹿、水牛及人民行，風吹日炙，彼四衢道泥乾燥已，還復作塵。」

> 答え：「そうではない。なぜかと言えば、この四つ辻は、象や馬が通り、ラクダ、牛、ロバ、豚、鹿、水牛、そして人々が通る道である。風にさらされ、日差しに焼かれて、その四つ辻の泥が乾けば、また塵に戻ってしまうからだ。」

「如是，諸賢！或有一人得第二禪，彼得第二禪已，便自安住，不復更求未得欲得、不獲欲獲、不作證欲作證。彼於後時，便數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁；彼數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁已，心便生欲。彼心生欲已，便身熱心熱。彼身心熱已，便捨戒罷道。諸賢！是謂有一人。

> 「このように、皆さん。ある修行者が第二禅を得ることがあります。その第二禅を得た後、その境地に安住して、『まだ得ていないものを得よう』とか『まだ証得していないものを証得しよう』とさらに求めることはありません。しかし、その人が後に、在家者と何度も交わり、ふざけたり、高ぶったり、さまざまな無駄話をするようになります。在家者と交わり、ふざけ、高ぶり、無駄話を繰り返すうちに、心に欲望が生じます。心に欲望が生じると、身体も心も熱くなります。身心が熱くなった結果、戒律を捨て、修行の道を退いてしまいます。皆さん、これが一人目の場合です。」

「復次，諸賢！或有一人得第三禪，彼得第三禪已，便自安住，不復更求未得欲得、不獲欲獲、不作證欲作證。彼於後時，便數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁；彼數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁已，心便生欲。彼心生欲已，便身熱心熱。彼身心熱已，便捨戒罷道。諸賢！猶山泉湖水，澄清平岸，定不動搖，亦無波浪。諸賢！若有作是說，彼山泉湖水終不復動，亦無波浪，如是彼為正說耶？」

> 「また、諸々の賢者よ、ある人が第三禅を得ることがあります。その第三禅を得た後、自ら安らかにとどまり、未だ得ていないものを得ようと求めず、未だ獲得していないものを獲得しようとせず、未だ証得していないものを証得しようとしません。その人は後に、しばしば在家の者と交わり、ふざけ、高慢に振る舞い、様々な無駄話に興じます。そのように在家人と交わり、ふざけ、高慢に振る舞い、様々な無駄話に興じるうちに、心に欲が生じます。その心に欲が生じると、身体も心も熱くなります。そのように身心が熱くなると、戒律を捨てて修行をやめてしまいます。 諸々の賢者よ、譬えば山間の泉や湖水が、岸いっぱいに澄んで静まり、まったく動揺せず、さざ波も立たないようなものです。諸々の賢者よ、もし人が『その山の泉や湖水は、もはや再び動くこともなく、波立つこともない』と言うとしたら、それは正しい言葉でしょうか？」

答曰：「不也。所以者何？或於東方大風卒來，吹彼湖水，動涌波浪；如是南方、西方、北方大風卒來，吹彼湖水，動涌波浪。」

> 答え：そうではない。なぜなら、東方から突然大風が吹いてきて、その湖の水を揺らし波を立てる。同じように、南方、西方、北方からも突然大風が吹いてきて、その湖の水を揺らし波を立てるからだ。

「如是，諸賢！或有一人得第三禪，彼得第三禪已，便自安住，不復更求未得欲得、不獲欲獲、不作證欲作證。彼於後時，便數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁；彼數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁已，心便生欲。彼心生欲已，便身熱心熱。彼身心熱已，便捨戒罷道。諸賢！是謂有一人。

> 「このように、皆さん。ある人は第三禅を得たとします。その第三禅を得た後、その境地に安住し、まだ得ていないものを得ようとせず、まだ証していないものを証そうと求めなくなります。その後、その人は在家者としばしば交わり、共に笑い、高ぶり、さまざまな雑談に興じます。在家者と繰り返し交流し、笑い合い、慢心し、雑談にふけるうちに、心に欲が生じます。心に欲が生じると、身も心も熱くなります。身も心も熱くなった結果、戒めを捨てて出家をやめてしまいます。皆さん、これが一人の人のあり方です。」

「復次，諸賢！或有一人得第四禪，彼得第四禪已，便自安住，不復更求未得欲得、不獲欲獲、不作證欲作證。彼於後時，便數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁；彼數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁已，心便生欲。彼心生欲已，便身熱心熱。彼身心熱已，便捨戒罷道。諸賢！猶如居士、居士子，食微妙食，充足飽滿已，本欲食者，則不復欲。諸賢！若有作是說，彼居士、居士子，終不復欲得食，如是彼為正說耶？」

> さらに、皆さん、ある人が第四禅に達したとしましょう。その人は第四禅を得て、そこに安住し、まだ得ていないものを得ようとしたり、まだ得ていないものを獲得しようとしたり、まだ体験していないことを体験しようとしたりすることはありません。しかし、その後、その人は在家の人々としばしば交わり、冗談を言い、高ぶり、さまざまな話に興じるようになります。そうして在家の人々と交流を重ねるうちに、心に欲望が生じます。心に欲望が生じると、体と心が熱くなります。体と心が熱くなった結果、戒律を捨てて修行の道を離れてしまうのです。 皆さん、これは例えば、ある在家の者やその子が、非常に美味しい食事を十分に食べ、満腹した後には、もはやそれ以上食べたいと思わなくなるようなものです。もし「その在家の者やその子は、その後まったく食べ物を欲しなくなる」と言う人がいたら、それは正しい言葉でしょうか？

答曰：「不也。所以者何？彼居士、居士子，過夜飢已，彼若本所不用食者，還復欲得。」

> 答え：そうではありません。なぜならば、その在家の男性や女性は、夜が明けて空腹になったとき、以前に食べなかった食物を再び欲しがるからです。

「如是，諸賢！或有一人得第四禪，彼得第四禪已，便自安住，不復更求未得欲得、不獲欲獲、不作證欲作證。彼於後時，便數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁；彼數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁已，心便生欲。彼心生欲已，便身熱心熱。彼身心熱已，便捨戒罷道。諸賢！是謂有一人。

> 「このように、皆さん。ある人が第四禅を成就したとします。その第四禅を得た後、そこに安住し、まだ得ていないものを得たい、まだ得ていないものを得たい、まだ自ら証明していないものを証明したいとは、もはや求めません。ところが、その後、その人はしばしば在家の人々と交わり、ふざけ合い、高ぶり、様々な無駄話をします。在家の人々と交わり、ふざけ合い、高ぶり、様々な無駄話をするようになると、心に欲が生じます。心に欲が生じると、身体が熱くなり心が熱くなります。そうして身心が熱くなると、戒律を捨て、修行をやめてしまいます。皆さん、これを『ある人』と呼びます。」

「復次，諸賢！或有一人得無想心定，彼得無想心定已，便自安住，不復更求未得欲得、不獲欲獲、不作證欲作證。彼於後時，便數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁；彼數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁已，心便生欲。彼心生欲已，便身熱心熱。彼身心熱已，便捨戒罷道。諸賢！猶如一無事處，聞支離彌梨蟲聲，彼無事處，或王或王大臣夜止宿，彼象聲、馬聲、車聲、步聲、螺聲、鼓聲、細腰鼓聲、妓鼓聲、舞聲、歌聲、琴聲、飲食聲，彼若本聞支離彌梨蟲聲便不復聞。諸賢！若有作是說，彼無事處，終不復聞支離彌梨蟲聲，如是彼為正說耶？」

> 「さらに、皆さん。ある人が無想心定を得たとします。その人は無想心定を得て、それに安住し、まだ得ていないものを得ようと求めず、まだ得ていないものを得ようと欲せず、まだ証得していないものを証得しようと欲しません。やがて、その人は在家の人々と頻繁に交わり、ふざけ合い、高ぶり、様々なおしゃべりをします。在家の人々と頻繁に交わり、ふざけ合い、高ぶり、様々なおしゃべりをした後、心に欲望が生じます。心に欲望が生じると、体が熱くなり心も熱くなります。体も心も熱くなると、戒律を捨てて修行をやめてしまいます。 皆さん。例えば、何もない場所でキリギリスの声を聞いているとします。そこに王様や大臣が夜に泊まりに来ると、象の声、馬の声、車の声、足音、ほら貝の音、太鼓の音、細腰鼓の音、舞の音、歌の声、琴の音、飲食の声などが聞こえてきます。すると、以前聞こえていたキリギリスの声は、もう聞こえなくなります。皆さん。もし誰かが「あの何もない場所では、もうキリギリスの声を聞くことは決してない」と言ったら、それは正しい言葉でしょうか？」

答曰：「不也。所以者何？彼王及王大臣過夜平旦，各自還歸，彼若聞象聲、馬聲、車聲、步聲、螺聲、鼓聲、細腰鼓聲、妓鼓聲、舞聲、歌聲、瑟聲、飲食聲故，不聞支離彌梨蟲聲，彼既去已，還聞如故。」

> 答え：いいえ、違います。なぜなら、王や大臣たちは夜が明けて朝になると、それぞれ自国へ帰って行くからです。彼らは象の声、馬の声、車の声、歩く音、法螺貝の音、太鼓の音、細腰鼓の音、舞楽の太鼓の音、舞の音、歌の音、琴の音、飲食の音などのために、支離弥梨虫の声が聞こえなかったのです。彼らが去ってしまうと、再び以前のように聞こえるのです。

「如是。諸賢！得無想心定，得無想心定已，便自安住、不復更求未得欲得、不獲欲獲、不作證欲作證。彼於後時，便數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁；彼數與白衣共會，調笑貢高，種種談譁已，便心生欲。心生欲已，便身熱心熱。彼身心熱已，便捨戒罷道。諸賢！是謂有一人。」

> 「そうです、皆さん。無想心定を得て、その無想心定に安住すると、まだ得ていないものを得ようとしたり、まだ手に入れていないものを手に入れようとしたり、まだ証得していないものを証得しようと、さらに求めることはありません。しかしその後、その人は在家の人々と頻繁に交わり、ふざけ合い、驕り高ぶり、様々な無駄話をするようになります。在家の人々と頻繁に交わり、ふざけ合い、驕り高ぶり、様々な無駄話をするようになると、心に欲が生じます。心に欲が生じると、体が熱くなり心も熱くなります。そのように身心が熱くなると、戒律を捨てて還俗します。皆さん、これが一人目の人です。」

爾時，質多羅象子比丘尋於其後捨戒罷道，質多羅象子比丘諸親朋友聞質多羅象子比丘捨戒罷道已，往詣尊者大拘絺羅所，到已，白曰：「尊者大拘絺羅！為知質多羅象子比丘心，為因餘事知。所以者何？今質多羅象子比丘已捨戒罷道。」

> その時、質多羅象子比丘はその後すぐに戒律を捨てて還俗しました。 質多羅象子比丘の親族や友人たちは、彼が還俗したことを聞き、大拘絺羅尊者（マハーコーティカ尊者）のもとへ訪ねて行きました。 到着して、こう言いました。「大拘絺羅尊者よ、あなたは、質多羅象子比丘の心をお見通しだったのですか？それとも、他の事情から知っておられたのですか？ というのも、今、質多羅象子比丘は、すでに戒律を捨てて還俗してしまったのですから。」

尊者大拘絺羅告彼親朋友曰：「諸賢！此事正應爾。所以者何？以不知如真，不見如真。所以者何？因不知如真，不見如真故。」

> 尊者・大拘絺羅はその友人たちに告げて言いました。「皆さん、まさにその通りです。なぜなら、私たちは真理をあるがままに知らず、あるがままに見ないからです。では、なぜそうなるのか？それは、真理をあるがままに知らず、あるがままに見ないことに原因があるのです。」

尊者大拘絺羅所說如是。彼諸比丘聞尊者大拘絺羅所說，歡喜奉行。

> 尊者マハーコーティカがこのように説きました。それを聞いた比丘たちは大いに喜び、その教えを尊重して実践しました。

支離彌梨經第十一竟二千四百四十七字

> 支離彌梨経 第十一<note>二千四百四十七字</note>