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title: "中阿含經 · 90 知法經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （九〇）中阿含穢品知法經第四第二小土城誦

> （九〇）中阿含 穢品 知法経 第四<note>第二小土城誦</note>

我聞如是：一時，佛遊拘舍彌在瞿師羅園。

> 私はこのようにお聞きしました。ある時、仏様は拘舎弥（コーサンビー）の瞿師羅園（ゴーシタの園）に滞在されていました。

爾時，尊者周那告諸比丘：「若有比丘作如是說：『我知諸法所可知法而無增伺。』然彼賢者心生惡增伺而住，如是諍訟、恚恨、瞋纏、不語結、慳、嫉、欺誑、諛諂、無慙、無愧，無惡欲、惡見；然彼賢者心生惡欲、惡見而住。諸梵行人知彼賢者不知諸法所可知法而無增伺。所以者何？以彼賢者心生增伺而住，如是諍訟、恚恨、瞋纏、不語結、慳、嫉、欺誑、諛諂、無慙、無愧，無惡欲、惡見。所以者何？以彼賢者心生惡欲、惡見而住。

> ある時、尊者ジュンナ（周那）が比丘たちに告げました。「もし比丘がこう言ったとします。『私は、すべての法において知られるべきことを知り尽くしており、もはや煩わしさはない。』ところが、その尊者は心のうちに煩わしさを生じさせながら暮らしています。同様に、争い、怒り、恨み、嗔りの束縛、無言のこだわり、物惜しみ、嫉妬、欺き、お世辞、恥知らず、後ろめたさのなさ、悪い欲望や誤った見解がないと言いながら、その尊者は心のうちに悪い欲望や誤った見解を生じさせながら暮らしています。修行者たちは、その尊者が『すべての法において知られるべきことを知り尽くしており、もはや煩わしさはない』ということを、実は理解していないと知っています。なぜでしょうか？ その尊者が心のうちに煩わしさを生じさせながら暮らしているからです。同様に、争い、怒り、恨み、嗔りの束縛、無言のこだわり、物惜しみ、嫉妬、欺き、お世辞、恥知らず、後ろめたさのなさ、悪い欲望や誤った見解がないと言いながらも、その尊者が心のうちに悪い欲望や誤った見解を生じさせながら暮らしているからです。なぜでしょうか？ その尊者が心のうちに悪い欲望や誤った見解を生じさせながら暮らしているからです。」

「諸賢！猶人不富自稱說富，亦無國封說有國封，又無畜牧說有畜牧，若欲用時，則無金、銀、真珠、琉璃、水精、琥珀，無畜牧、米穀，亦無奴婢。諸親朋友往詣彼所，而作是說：『汝實不富自稱說富，亦無國封說有國封，又無畜牧說有畜牧，然欲用時，則無金、銀、真珠、琉璃、水精、琥珀，無畜牧、米穀，亦無奴婢。』如是。諸賢！若有比丘作如是說：『我知諸法所可知法而無增伺。』然彼賢者心生惡增伺而住，如是諍訟、恚恨、瞋纏、不語結、慳、嫉、欺誑、諛諂、無慙、無愧，無惡欲、惡見；然彼賢者心生惡欲、惡見而住。諸梵行人知彼賢者不知諸法所可知法而無增伺。所以者何？以彼賢者心不向增伺盡、無餘涅槃，如是諍訟、恚恨、瞋纏、不語結、慳、嫉、欺誑、諛諂、無慙、無愧，無惡欲、惡見。所以者何？以彼賢者心不向惡見法盡、無餘涅槃。

> 皆さん、よくお聞きください。たとえば、ある人が本当は富んでいないのに「私は裕福だ」と自称し、領地もないのに「領地がある」と言い、家畜もないのに「家畜がいる」と言い、さあ必要な時に金や銀、真珠、瑠璃、水晶、琥珀といった財宝もなければ、家畜や穀物もなく、召使いすらいないとします。そうした親戚や友人が彼のもとを訪ねてこう言います。「あなたは本当は富んでいないのに裕福だと自称し、領地もないのに領地があると言い、家畜もないのに家畜がいると言っている。しかし必要になった時には金や銀、真珠、瑠璃、水晶、琥珀もなく、家畜も穀物もなく、召使いすらいないではないか。」と。 全く同じように、皆さん、ある比丘が「私はあらゆる認識すべき法を正しく知っているが、そこには欲望による執着はない」と宣言しても、その尊者は心の内に悪しき欲望による執着を抱えて生きています。また、争いや怒り、憎しみへの執着、無言の僵直、物惜しみ、ねたみ、欺き、お世辞、恥じることのなさ、はじることのなさ、悪しき欲求や悪しき見解がないと言いながら、その尊者は心の内に悪しき欲求や悪しき見解を抱えて生きています。 修行仲間たちは、その尊者が「認識すべき法を正しく知っていて、欲望による執着がない」わけではないと知っています。なぜなら、その尊者は心が欲望の執着を完全に滅ぼす涅槃へと向かっていないからです。同様に、争いや怒り、憎しみへの執着、無言の僵直、物惜しみ、ねたみ、欺き、お世辞、恥じることのなさ、はじることのなさ、悪しき欲求や悪しき見解がなくとも、その尊者は心が悪しき見解の法を完全に滅ぼす涅槃へと向かっていないのです。

「諸賢！或有比丘不作是說：『我知諸法所可知法而無增伺。』然彼賢者心不生惡增伺而住，如是諍訟、恚恨、瞋纏、不語結、慳、嫉、欺誑、諛諂、無慙、無愧，無惡欲、惡見，然彼賢者心不生惡欲、惡見而住。諸梵行人知彼賢者實知諸法所可知法而無增伺。所以者何？以彼賢者心不生惡增伺而住，如是諍訟、恚恨、瞋纏、不語結、慳、嫉、欺誑、諛諂、無慙、無愧，無惡欲、惡見。所以者何？以彼賢者心不生惡欲、惡見而住。

> 皆さん、こういう比丘がいます。「私は諸々の法において、知るべきことを知りながら、悪い増上慢（おごり）は起こさない」と言わないのです。しかし、その尊者は心に悪い増上慢を起こさずに安住しています。同様に、争い、恨み、怒りに縛られること、無言の頑なさ、物惜しみ、妬み、偽り、お世辞、恥知らず、無反省、悪い欲望、悪い見解を起こさずに安住しています。 他の修行者たちは、その尊者が確かに諸々の法において、知るべきことを知りながら、悪い増上慢がないことを知ります。なぜなら、その尊者は心に悪い増上慢を起こさずに安住し、こうした争いなども起こさないからです。また、心に悪い欲望や悪い見解を起こさずに安住しているからです。

「諸賢！猶人大富自說不富，亦有國封說無國封，又有畜牧說無畜牧，若欲用時，則有金、銀、真珠、琉璃、水精、琥珀，有畜牧、米穀，亦有奴婢。諸親朋友往詣彼所，作如是說：『汝實大富自說不富，亦有國封說無國封，又有畜牧說無畜牧，然欲用時，則有金、銀、真珠、琉璃、水精、琥珀，有畜牧、米穀，亦有奴婢。』如是。諸賢！若有比丘不作是說：『我知諸法所可知法而無增伺。』然彼賢者心不生惡增伺而住，如是諍訟、恚恨、瞋纏、不語結、慳、嫉、欺誑、諛諂、無慙、無愧，無惡欲、惡見，然彼賢者心不生惡欲、惡見而住。諸梵行人知彼賢者知諸法所可知法而無增伺。所以者何？以彼賢者心向增伺盡、無餘涅槃，如是諍訟、恚恨、瞋纏、不語結、慳、嫉、欺誑、諛諂、無慙、無愧，無惡欲、惡見。所以者何？以彼賢者心向惡見法盡、無餘涅槃。」

> 「皆さん、考えてみてください。ある人がとても裕福でありながら、『私は貧しい』と言い、領地を持っていながら『領地はない』と言い、家畜を持っていながら『家畜はいない』と言うとします。しかし実際に何かを使おうとすれば、金、銀、真珠、瑠璃、水晶、琥珀、家畜、穀物、さらには召使いまで持っているのです。すると親戚や友人が彼のところに来て、こう言います。『あなたは確かに裕福なのに貧しいと言い、領地があるのにないと言い、家畜があるのにないと言う。しかし実際に使おうとすれば、それらはすべてあるではないか』と。 同じように、皆さん、ある修行者が『私は知るべき法をすべて知っているが、心の闇はない』と言わないとしても、その修行者は実際には心に悪い闇を起こさずに安住しています。さらに、争い、怒り、憎しみ、無言の結びつき、吝嗇、嫉妬、欺瞞、お世辞、恥知らず、後ろめたさのなさ、さらには悪い欲や悪い見解もありません。しかしその修行者は、心に悪い欲や悪い見解を起こさずに安住しているのです。 他の修行者たちは、その修行者が知るべき法をすべて知っていて、心の闇がないことを知っています。なぜなら、その修行者の心は、心の闇を完全に滅ぼし尽くす涅槃へと向かっているからです。同様に、争い、怒り、憎しみ、無言の結びつき、吝嗇、嫉妬、欺瞞、お世辞、恥知らず、後ろめたさのなさ、悪い欲や悪い見解も同様です。なぜなら、その修行者の心は、悪い見解の法を完全に滅ぼし尽くす涅槃へと向かっているからです。」

尊者周那所說如是。彼諸比丘聞尊者周那所說，歡喜奉行。

> 尊者ジュンナはこのように説いた。それを聞いた比丘たちは喜び、その教えを実践した。

知法經第四竟八百八十一字

> 法を知る経　第四　終わり