---
title: "中阿含經 · 92 青白蓮華喻經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma7j43fb0323jl0ahntza367"
---

### （九二）中阿含穢品青白蓮華喻經第六第二小土城誦

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，世尊告諸比丘：「或有法從身滅，不從口滅；或有法從口滅，不從身滅；或有法不從身口滅，但以慧見滅。

> そのとき、世尊は比丘たちに告げられた。 「ある煩悩は、身体の行いによって滅するが、言葉の行いによっては滅さない。 また、ある煩悩は、言葉の行いによって滅するが、身体の行いによっては滅さない。 さらに、ある煩悩は、身体や言葉の行いによっては滅さず、智慧による見解によってのみ滅するのである。」

「云何法從身滅，不從口滅？比丘者，有不善身行充滿，具足受持著身，諸比丘見已，訶彼比丘：『賢者！不善身行充滿，具足受持，何為著身？賢者！可捨不善身行，修習善身行。』彼於後時，捨不善身行，修習善身行，是謂法從身滅，不從口滅。

> 「どのような教えが、言葉によるのでなく、行いによって消え去るのでしょうか。 比丘（修行僧）の中には、不善の身体的行為を身に満ち満ちさせ、それをしっかりと受け止めて固執している者がいます。他の比丘たちはそれを見て、その比丘を戒めます。 『友よ、あなたは不善の身体的行為で満ち満ち、それをしっかり受け止めて、なぜそんなに固執しているのですか。どうか不善の身体的行為を捨て、善い身体的行為を修めなさい。』 その比丘は後になって、不善の身体的行為を捨て、善い身体的行為を修めるようになります。これが、言葉でなく行いによって教えが消え去る、ということです。」

「云何法從口滅，不從身滅？比丘者，不善口行充滿，具足受持著口，諸比丘見已呵彼比丘：『賢者！不善口行充滿，具足受持，何為著口？賢者！可捨不善口行，修習善口行。』彼於後時，捨不善口行，修習善口行，是謂法從口滅，不從身滅。

> 「どのような法が口から滅び、身体から滅びないのか。比丘（修行者）の中に、不善な口の行いで満ち、その行いをしっかりと身につけ、口に執着している者がいる。他の比丘たちはそれを見て、その比丘をこう戒める。『尊者よ、あなたは不善な口の行いで満ち、それをしっかりと身につけ、口に執着している。どうか不善な口の行いを捨て、善い口の行いを修めなさい。』その後、その比丘は不善な口の行いを捨て、善い口の行いを修める。これが法が口から滅び、身体から滅びないという意味である。」

「云何法不從身口滅，但以慧見滅？增伺不從身口滅，但以慧見滅，如是諍訟、恚恨、瞋纏、不語結、慳、嫉、欺誑、諛諂、無慙、無愧，惡欲、惡見，不從身口滅，但以慧見滅。是謂法不從身口滅，但以慧見滅。

> 「では、どのような法が身体や言葉の行為によって消え去るのではなく、智慧による見解によってのみ消え去るのでしょうか。増上慢や競い争い、怒り、恨み、瞋恚の煩悩、言葉を交わさない結びつき、慳吝、嫉妬、欺瞞、お世辞、慚愧のなさ、悪しき欲望、誤った見解――これらの法は、身体や言葉の行為によって消え去るのではなく、智慧による見解によってのみ消え去ります。これがすなわち、身体や言葉の行為によってではなく、智慧による見解によってのみ消え去る法というものです。」

「如來或有觀，觀他人心，知此人不如是修身、修戒、修心、修慧，如修身，修戒、修心、修慧，得滅增伺。所以者何？以此人心生惡增伺而住，如是諍訟、恚恨、瞋纏、不語結、慳、嫉、欺誑、諛諂、無慙、無愧，得滅惡欲、惡見。所以者何？以此人心生惡欲、惡見而住。知此人如是修身、修戒、修心、修慧，如修身，修戒、修心、修慧，得滅增伺。所以者何？以此人心不生惡增伺而住，如是諍訟、恚恨、瞋纏、不語結、慳、嫉、欺誑、諛諂、無慙、無愧，得滅惡欲、惡見。所以者何？以此人心不生惡欲、惡見而住。猶如青蓮華，紅、赤、白蓮花，水生水長，出水上，不著水。如是，如來世間生、世間長，出世間行，不著世間法。所以者何？如來、無所著、等正覺，出一切世間。」

> 如来は、ある人の心を観察して、この人が身体の修行、戒律の修行、心の修行、智慧の修行を正しく行っておらず、それによって欲望や争いを滅ぼすことができていないと知る。なぜなら、この人の心には悪しき欲望や争いが生じ、とどまっているからである。同様に、争い、怒り、恨み、執念、無言の頑固さ、吝嗇、嫉妬、欺瞞、お世辞、厚かましさ、恥知らずといった煩悩も、悪しき欲望や悪しき見解によって滅ぼされることがない。なぜなら、この人の心には悪しき欲望や悪しき見解が生じ、とどまっているからである。 また、この人が身体の修行、戒律の修行、心の修行、智慧の修行を正しく行い、それによって欲望や争いを滅ぼすことができていると知る。なぜなら、この人の心には悪しき欲望や争いが生じず、とどまらないからである。同様に、争い、怒り、恨み、執念、無言の頑固さ、吝嗇、嫉妬、欺瞞、お世辞、厚かましさ、恥知らずといった煩悩も、悪しき欲望や悪しき見解によって滅ぼされる。なぜなら、この人の心には悪しき欲望や悪しき見解が生じず、とどまらないからである。 それはちょうど、青い蓮、紅い蓮、白い蓮が、水の中で生まれ、水の中で育ちながらも、水面より上に伸びて、水に汚されないのと同じである。このように、如来は、世間に生まれ、世間で育ちながらも、世間を超えて歩み、世間の法則に執着することがない。なぜなら、如来は、執着なく、正しく目覚めた者であり、あらゆる世間を超えているからである。

爾時，尊者阿難執拂侍佛。於是，尊者阿難叉手向佛，白曰：「世尊！此經當名何？云何受持？」

> その時、尊き阿難尊者が仏陀のそばで扇子を捧げてお仕えしていました。そこで阿難尊者は合掌し仏陀に向かって申し上げました。「世尊よ、この経の名前は何としましょうか。どのようにして受け止め、保持すればよいのでしょうか。」

於是，世尊告曰：「阿難！此經名為『青白蓮華喻』，汝當如是善受持誦。」

> そこで、世尊はおっしゃいました。「阿難よ、この経の名は『青白蓮華のたとえ』という。汝は、そのようにしてよく受持し、誦せるべきである。」

爾時，世尊告諸比丘：「汝等當共受此青白蓮花喻經，誦習守持。所以者何？此青白蓮華喻經，如法有義，是梵行本，致通、致覺，亦致涅槃。若族姓子，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，應當受此青白蓮華喻經，善諷誦持。」

> この時、世尊は比丘たちにお告げになりました。「あなたたちは皆、この『清白蓮華のたとえの経』を受け止め、読誦し、しっかりと守りなさい。なぜなら、この経は道理にかなって意味があり、清らかな修行の基盤であり、悟りへと至り、涅槃へと導くものだからです。もし良家の子息が、髪やひげを剃り、袈裟をまとい、真摯に家を離れて出家し、修行の道に入ろうとするなら、この『清白蓮華のたとえの経』を受け止め、よく読誦し、守りなさい。」

佛說如是。尊者阿難及諸比丘。聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏様はこのようにお説きになりました。尊者アーナンダと比丘たちは、仏様の説法を聞いて、喜んでその教えのままに実践しました。

青白蓮華喻經第六竟七百三字

> 青白蓮華経 第六 終わり<note>七百三字</note>