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title: "中阿含經 · 109 自觀心經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一〇九）中阿含林品自觀心經第三第二小土城誦

> （一〇九）中阿含林品 自観心経 第三<note>第二小土城誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

爾時，世尊告諸比丘：「若有比丘不能善觀於他心者，當自善觀察於己心，應學如是。云何比丘善自觀心？比丘者，若有此觀，必多所饒益：我為得內止，不得最上慧觀法耶？我為得最上慧觀法，不得內止耶？我為不得內止，亦不得最上慧觀法耶？我為得內止，亦得最上慧觀法耶？

> ある時、世尊は比丘たちにこう告げられた。 「比丘たちよ、もし他者の心をよく観察できない比丘がいるなら、自らの心をよく観察することを学ぶべきである。では、比丘はどのようにして自らの心をよく観察するのか。比丘は、次のような観察を行うと、必ず大きな利益を得るだろう。 『私は心の静けさ（内止）を得ているが、最も優れた智慧の観察法（最上慧観法）を得ていないのだろうか。 私は最も優れた智慧の観察法を得ているが、心の静けさを得ていないのだろうか。 私は心の静けさも得ておらず、最も優れた智慧の観察法も得ていないのだろうか。 私は心の静けさも得ており、最も優れた智慧の観察法も得ているのだろうか。』」

「若比丘觀已，則知我得內止，不得最上慧觀法者，彼比丘得內止已，當求最上慧觀法，彼於後時得內止，亦得最上慧觀法。若比丘觀已，則知我得最上慧觀法，不得內止者，彼比丘住最上慧觀法已，當求內止，彼於後時得最上慧觀法，亦得內止。若比丘觀已，則知我不得內止，亦不得最上慧觀法者，如是比丘不得此善法，為欲得故，便以速求方便，學極精勤，正念正智，忍不令退。猶人為火燒頭、燒衣，急求方便救頭、救衣。如是，比丘不得此善法，為欲得故，便以速求方便，學極精勤，正念正智，忍不令退，彼於後時即得內止，亦得最上慧觀法。若比丘觀已，則知我得內止，亦得最上慧觀法。彼比丘住此善法已，當求漏盡智通作證。所以者何？我說不得畜一切衣，亦說得畜一切衣。云何衣我說不得畜？若畜衣便增長惡不善法、衰退善法者，如是衣我說不得畜。云何衣我說得畜？若畜衣便增長善法、衰退惡不善法者，如是衣我說得畜。如衣、飲食、床榻村邑亦復如是，我說不得狎習一切人，亦說得狎習一切人。云何人我說不得狎習？若狎習人便增長惡不善法、衰退善法者，如是人我說不得狎習。云何人我說得與狎習？若狎習人便增長善法、衰退惡不善法者，如是人我說得與狎習。

> もし比丘が観察して、「自分には心の安らぎ（内止）はあるが、最上の智慧による観察（最上慧観法）はない」と知ったなら、その比丘は内止を得た上で、最上の慧観法を求めるべきである。そうすれば、のちに内止も最上の慧観法も共に得ることができる。 もし比丘が観察して、「自分には最上の慧観法はあるが、内止はない」と知ったなら、その比丘は最上の慧観法に安住した上で、内止を求めるべきである。そうすれば、のちに最上の慧観法も内止も共に得ることができる。 もし比丘が観察して、「自分には内止もなく、最上の慧観法もない」と知ったなら、その比丘はこれらの善い法を得ていない。それを得たいと願うなら、速やかに努力し、精進に励み、正しい念と正しい智慧をもって忍耐強く退かないようにすべきである。あたかも人が頭や衣に火がついたとき、急いでそれを消そうとするように。同様に、比丘も善い法を得ていないなら、それを得るために速やかに努力し、精進に励み、正しい念と正しい智慧をもって忍耐強く退かないようにすべきである。そうすれば、のちに内止も最上の慧観法も共に得ることができる。 もし比丘が観察して、「自分には内止も最上の慧観法もある」と知ったなら、その比丘はこれらの善い法に安住した上で、煩悩を滅尽する智慧による悟りを目指すべきである。 なぜなら、私は、「すべての衣を所有してはならない」とも説き、「すべての衣を所有してもよい」とも説くからである。どのような衣を所有してはならないと言うのか。もし衣を所有することで悪しき不善の法が増え、善い法が減退するなら、そのような衣は所有すべきでない。どのような衣を所有してもよいと言うのか。もし衣を所有することで善い法が増え、悪しき不善の法が減退するなら、そのような衣は所有してもよい。 衣だけでなく、飲食や寝具や住居、さらには村や町に至るまで、同じである。 また、「すべての人と親しくしてはならない」とも説き、「すべての人と親しくしてもよい」とも説く。どのような人と親しくしてはならないと言うのか。もしその人と親しくすることで悪しき不善の法が増え、善い法が減退するなら、そのような人とは親しくすべきでない。どのような人と親しくしてもよいと言うのか。もしその人と親しくすることで善い法が増え、悪しき不善の法が減退するなら、そのような人とは親しくしてもよい。

「彼可習法知如真、不可習法亦知如真。彼可習法、不可習法知如真已，不可習法便不習，可習法便習，彼不可習不習，可習法習已，便增長善法，衰退惡不善法。是謂比丘善自觀心，善自知心，善取善捨。」

> 「彼は、修行すべき法をありのままに知り、修行すべきでない法もありのままに知る。そうして、修行すべき法と修行すべきでない法をありのままに知ったならば、修行すべきでない法は修行せず、修行すべき法を修行する。修行すべきでない法を修行せず、修行すべき法を修行したならば、善い法は増え、悪しく善くない法は減っていく。これを、比丘がよく自らの心を観察し、よく自らの心を知り、よく取り、よく捨てるというのである。」

佛說如是。彼諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取りになりました。

自觀心經第三竟六百三十五字

> 自観心経 第三 終わり<note>六百三十五字</note>