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title: "中阿含經 · 113 諸法本經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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## 中阿含經卷第二十八

> 中阿含経 第二十八巻

東晉罽賓三藏瞿曇僧伽提婆譯

> 東晋・罽賓三蔵・瞿曇僧伽提婆 訳

### （一一三）中阿含林品諸法本經第七第二小土城誦

> （113）中阿含 林品 諸法本経 第七<note>第二小土城誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，世尊告諸比丘：「若諸異學來問汝等：『一切諸法以何為本？』汝等應當如是答彼：『一切諸法以欲為本。』彼若復問：『以何為和？』當如是答：『以更樂為和。』彼若復問：『以何為來？』當如是答：『以覺為來。』彼若復問：『以何為有？』當如是答：『以思想為有。』彼若復問：『以何為上主？』當如是答：『以念為上主。』彼若復問：『以何為前？』當如是答：『以定為前。』彼若復問：『以何為上？』當如是答：『以慧為上。』彼若復問：『以何為真？』當如是答：『以解脫為真。』彼若復問：『以何為訖？』當如是答：『以涅槃為訖。』是為，比丘！欲為諸法本，更樂為諸法和，覺為諸法來，思想為諸法有，念為諸法上主，定為諸法前，慧為諸法上，解脫為諸法真，涅槃為諸法訖。是故比丘當如是學。

> ある時、世尊は比丘たちにおっしゃいました。 「もし他の教えを説く者たちが、あなたがたに『すべてのものごとは、何を根本とするのか？』と尋ねてきたなら、こう答えなさい。『すべてのものごとは、欲（望み）を根本とします。』 さらに、『何によって結びつくのか？』と尋ねられたなら、こう答えなさい。『感受（じゅ）によって結びつきます。』 さらに、『何によってやってくるのか？』と尋ねられたなら、こう答えなさい。『感覚（覚）によってやってきます。』 さらに、『何によって存在するのか？』と尋ねられたなら、こう答えなさい。『思考（想い）によって存在します。』 さらに、『何が主（あるじ）となるのか？』と尋ねられたなら、こう答えなさい。『気づき（念）が主となります。』 さらに、『何が先立つのか？』と尋ねられたなら、こう答えなさい。『心の統一（定）が先立ちます。』 さらに、『何が最も優れているのか？』と尋ねられたなら、こう答えなさい。『智慧（慧）が最も優れています。』 さらに、『何が真実なのか？』と尋ねられたなら、こう答えなさい。『解脱が真実です。』 さらに、『何が終着点なのか？』と尋ねられたなら、こう答えなさい。『涅槃が終着点です。』 比丘たちよ、こういうことです。欲がすべてのものごとの根本であり、感受が結びつきであり、感覚がやってくるもの、思考が存在、気づきが主、心の統一が先立ち、智慧が最も優れ、解脱が真実であり、涅槃が終着点なのです。だからこそ、比丘たちよ、このように学びなさい。」

「習出家學道心，習無常想，習無常苦想，習苦無我想，習不淨想，習惡食想，習一切世間不可樂想，習死想。知世間好惡，習如是想心。知世間習有，習如是想心。知世間習、滅、味、患、出要如真，習如是想心。若比丘得習出家學道心者，得習無常想，得習無常苦想，得習苦無我想，得習不淨想，得習惡食想，得習一切世間不可樂想，得習死想。知世間好惡，得習如是想心。知世間習有，得習如是想心。知世間習、滅、味、患、出要如真，得習如是想心者，是謂比丘斷愛除結，正知正觀諸法已，便得苦邊。」

> 出家の心を修め、無常の想いを修め、無常は苦であるという想いを修め、苦には私という実体がないという想いを修め、不浄の想いを修め、食べ物の汚れを観じる想いを修め、世の中の一切は楽しいものではないという想いを修め、死の想いを修めるのです。 世の中の善し悪しを知り、そのような想いの心を修めます。世の中には執着があることを知り、そのような想いの心を修めます。世の中の執着の生起、消滅、その味わい、その過患、そしてそこからの出離の道をあるがままに知り、そのような想いの心を修めます。 もし比丘が、出家の心を修め、無常の想いを得、無常は苦であるという想いを得、苦には私という実体がないという想いを得、不浄の想いを得、食べ物の汚れを観じる想いを得、世の中の一切は楽しいものではないという想いを得、死の想いを得るならば、世の中の善し悪しを知り、そのような想いの心を得ます。世の中には執着があることを知り、そのような想いの心を得ます。世の中の執着の生起、消滅、その味わい、その過患、そしてそこからの出離の道をあるがままに知り、そのような想いの心を得るのです。 これを、比丘が愛執を断ち、煩悩を滅し、正しい知恵と正しい観察によって諸々の法を明らかにし、ついに苦しみの終わりに至った、と私は説くのです。

佛說如是。彼諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取りになりました。

諸法本經第七竟四百五十七字

> 諸法本経 第七 終わり<note>四百五十七字</note>