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title: "中阿含經 · 116 瞿曇彌經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一一六）中阿含林品瞿曇彌經第十第二小土城誦

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊釋羇瘦，在迦維羅衛尼拘類樹園，與大比丘眾俱受夏坐。

> ある時、仏陀は釈迦族の地を訪れ、カピラヴァストゥのニグローダ樹林に滞在されました。そして大勢の比丘たちと共に、雨期の修行（夏安居）に入られました。

爾時，瞿曇彌大愛往詣佛所，稽首佛足，却住一面，白曰：「世尊！女人可得第四沙門果耶？因此故，女人於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道耶？」

> そのとき、大愛道・瞿曇弥（ゴータミー）は仏のもとへ赴き、仏の足に額を付けて礼拝し、後に下がって一方に立ち、こう申し上げました。 「世尊よ。女性でも第四の沙門果（悟りの最終段階）を得ることはできるのでしょうか。そのゆえに、女性がこの正しい教えと律法において、深い信心から家を捨て、家なき者となって修行の道に入ることはできるのでしょうか。」

世尊告曰：「止！止！瞿曇彌！汝莫作是念：『女人於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道。』瞿曇彌！如是汝剃除頭髮，著袈裟衣，盡其形壽，淨修梵行。」

> 世尊がおっしゃいました。「待ちなさい、待ちなさい、ゴータミーよ。そのように考えてはいけません。『女性がこの正しい教えと戒律のもとで、深い信仰をもって家を捨て、家なき者として学びの道に入る』などと。ゴータミーよ、あなたは髪を剃り、袈裟をまとい、生涯をかけて清らかな修行に励みなさい。」

於是，瞿曇彌大愛為佛所制，稽首佛足，繞三匝而去。

> そこで、ゴータミー大愛は仏様の教えに従い、仏様の足に額をつけて礼拝し、三度右に回ってからお帰りになりました。

爾時，諸比丘為佛治衣，世尊不久於釋羇瘦受夏坐竟，補治衣訖，過三月已，攝衣持鉢，當遊人間。瞿曇彌大愛聞諸比丘為佛治衣，世尊不久於釋羇瘦受夏坐竟，補治衣訖，過三月已，攝衣持鉢，當遊人間。瞿曇彌大愛聞已，復詣佛所，稽首佛足，却住一面，白曰：「世尊！女人可得第四沙門果耶？因此故，女人於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道耶？」

> その頃、比丘たちは仏陀のために衣を整えていた。間もなく世尊は釋羇瘦での夏安居を終え、衣の補修を終え、三月が過ぎれば、衣と鉢を整えて人々の間を遊行されることであった。 瞿曇彌大愛は、比丘たちが仏陀のために衣を整え、世尊がまもなく釋羇瘦での夏安居を終え、衣の補修を終え、三月が過ぎれば、衣と鉢を整えて人々の間を遊行されることを聞いた。 これを聞いた瞿曇彌大愛は、再び仏陀のもとへ赴き、仏陀の足に額を付けて礼拝し、退いて一方に立ち、こう申し上げた。「世尊よ、女性でも第四の沙門の果報（阿羅漢果）を得ることはできるのでしょうか？ それゆえに、女性がこの正しい教えと戒律において、深い信仰から家を捨て、家のない生活（出家）をして、修行の道に入ることはできるのでしょうか？」

世尊亦再告曰：「止！止！瞿曇彌！汝莫作是念：『女人於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道。』瞿曇彌！如是汝剃除頭髮，著袈裟衣，盡其形壽，淨修梵行。」

> 世尊はさらに告げられました。「やめなさい、やめなさい、ゴータミーよ。そのように考えてはいけません。『女性はこの正しい教えと戒律のもとで、深い信を抱き、家を捨て、家なき者として修行の道に入ることができるのだろうか』と。ゴータミーよ、あなたはこうして髪を剃り、袈裟をまとい、生涯にわたって清らかな修行を完成させなさい。」

於是，瞿曇彌大愛再為佛所制，稽首佛足，遶三匝而去。

> そこで、大愛道・瞿曇彌は、再び仏の教えを受けました。仏の足に頭を付けて礼拝し、三度右に回ってから、そこを去って行きました。

彼時，世尊於釋羇瘦受夏坐竟，補治衣訖，過三月已，攝衣持鉢，遊行人間。瞿曇彌大愛聞世尊於釋羇瘦受夏坐竟，補治衣訖，過三月已，攝衣持鉢，遊行人間。瞿曇彌大愛即與舍夷諸老母，俱隨逐佛後，展轉往至那摩提，住那摩提揵尼精舍。於是，瞿曇彌大愛復詣佛所，稽首佛足，却住一面，白曰：「世尊！女人可得第四沙門果耶？因此故，女人於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道耶？」

> その時、世尊は釈羇瘦で夏の安居を終え、衣の補修を済ませ、三ヶ月が過ぎたので、衣と鉢を身にまとって遊行へと出かけられました。瞿曇彌大愛は、世尊が釈羇瘦で夏の安居を終え、衣の補修を済ませ、三ヶ月が過ぎて、衣と鉢を携え遊行に出られたと聞きました。そこで、瞿曇彌大愛は舎夷の老母たちと共に世尊の後を追い、次々と那摩提へと赴き、那摩提の揵尼精舎に滞在しました。その後、瞿曇彌大愛は再び世尊のもとへ参り、世尊の足に額を付けて礼拝し、退いて一方に立ち、こう申し上げました。「世尊よ、女性は第四の沙門果（阿羅漢果）を得ることはできますか？それゆえに、女性はこの正しい教えと戒律のもとで、深く信じて家を捨て、無家の修行者として学ぶ道に入ることができるのでしょうか？」

世尊至三告曰：「止！止！瞿曇彌！汝莫作是念：『女人於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道。』瞿曇彌大愛！如是汝剃除頭髮，著袈裟衣，盡其形壽，淨修梵行。」

> 世尊は三度目にこうおっしゃいました。 「やめなさい、やめなさい、ゴータミーよ。 『女性はこの正しい教えと戒めのもとで、真心から家を捨て、家のない修行者となって道を学ぶことができる』などと考えてはいけません。 ゴータミー大愛よ、それならば、あなたが髪を剃り、袈裟をまとい、生涯をかけて清らかな修行に励みなさい。」

於是，瞿曇彌大愛三為世尊所制，稽首佛足，繞三匝而去。

> そこで、大愛道・瞿曇弥（ゴータミー）は、世尊によって三度戒律を定められた後、仏の足に礼拝し、三度右繞してから立ち去りました。

彼時，瞿曇彌大愛塗跣污足，塵土坌體，疲極悲泣，住立門外。尊者阿難見瞿曇彌大愛塗跣污足，塵土坌體，疲極悲泣，住立門外，見已，問曰：「瞿曇彌！以何等故，塗跣污足，塵土坌體，疲極悲泣，住立門外？」

> その時、マハー・プラジャーパティー・ゴータミーは素足が泥で汚れ、体に埃が積もり、疲れ果てて悲しみに暮れながら門の外に立っていました。尊者アーナンダがこれを見て尋ねました。「ゴータミーよ、どうして素足が泥で汚れ、体に埃が積もるまで疲れ果て、悲しみながら門の外に立っているのですか？」

瞿曇彌大愛答曰：「尊者阿難！女人不得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道。」

> ゴータミー妃がお答えしました。「尊きアーナンダよ、女性はこの正しい教えと戒律において、真心からの信仰を持ち、家を捨て、家なき者となり、道を学ぶことは許されていないのです。」

尊者阿難語曰：「瞿曇彌！今且住此，我往詣佛，白如是事。」

> 尊者アーナンダがおっしゃいました。「ゴータミー様、今しばらくこちらにお待ちください。私がお釈迦様のもとへ参り、そのことをお伝えいたします。」

瞿曇彌大愛白曰：「唯然。尊者阿難！」

> ゴータミー大愛は申し上げました。「はい、尊い阿難よ。」

於是，尊者阿難往詣佛所，稽首佛足，叉手向佛，白曰：「世尊！女人可得第四沙門果耶？因此故，女人得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道耶？」

> そこで、尊者のアーナンダは仏のもとへ赴き、仏の足に礼拝し、合掌して仏に申し上げた。「世尊よ、女性は第四の沙門果（阿羅漢果）を得ることができるのでしょうか。そのゆえに、女性はこの正しい法と戒律において、深い信心をもって家を捨て、家なき修行の道に入ることができるのでしょうか。」

世尊告曰：「止！止！阿難！汝莫作是念：『女人得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道。』阿難！若使女人得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道者，令此梵行便不得久住。阿難！猶如人家多女少男者，此家為得轉興盛耶？」

> 世尊がお告げになりました。「やめなさい、やめなさい、阿難よ。あなたは『女性がこの正しい教えと戒律のもとで、深い信仰心から家を捨て、家庭生活を離れて修行の道に入ることができる』と考えてはなりません。阿難よ、もし女性がこの正しい教えと戒律のもとで、深い信仰心から家を捨て、家庭生活を離れて修行の道に入ることが許されるならば、この清らかな修行の道は長く続かなくなるでしょう。阿難よ、ちょうど、ある家に女性が多く男性が少ない場合、その家が繁栄するでしょうか？」

尊者阿難白曰：「不也。世尊！」

> アーナンダ尊者はこう答えた。「いいえ、世尊よ。」

「如是，阿難！若使女人得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道者，令此梵行不得久住。阿難！猶如稻田及麥田中，有穢生者必壞彼田。如是，阿難！若使女人得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道者，令此梵行不得久住。」

> 「阿難よ、このように、もしも女性がこの正しい教えと戒律において、深い信仰を持ち、家を捨てて無一物の修行者の道に入ることが許されるならば、この清らかな修行の道は長く続かないだろう。阿難よ、ちょうど稲田や麦畑の中に、雑草が生えれば必ずその田畑を荒らすように、阿難よ、これと同じく、もしも女性がこの正しい教えと戒律において、深い信仰を持ち、家を捨てて無一物の修行者の道に入ることが許されるならば、この清らかな修行の道は長く続かないだろう。」

尊者阿難復白曰：「世尊！瞿曇彌大愛為世尊多所饒益。所以者何？世尊母亡後，瞿曇彌大愛鞠養世尊。」

> 尊者アーナンダが再びお尋ねしました。「世尊よ、ゴータミー・マハープラジャーパティーは世尊にとって大いなる利益をもたらしました。なぜなら、世尊の母君が亡くなられた後、ゴータミー・マハープラジャーパティーが世尊を育てられたからです。」

世尊告曰：「如是，阿難！如是，阿難！瞿曇彌大愛多饒益我，謂母亡後，鞠養於我。阿難！我亦多饒益於瞿曇彌大愛。所以者何？阿難！瞿曇彌大愛因我故，得歸佛、歸法、歸比丘僧，不疑三尊及苦、習、滅、道，成就於信，奉持禁戒，修學博聞，成就布施而得智慧，離殺、斷殺、離不與取、斷不與取，離邪婬、斷邪婬，離妄言、斷妄言，離酒、斷酒。阿難！若使有人因人故，得歸佛、歸法、歸比丘僧，不疑三尊及苦、習、滅、道，成就於信，奉持禁戒，修學博聞，成就布施而得智慧，離殺、斷殺，離不與取、斷不與取，離邪婬、斷邪婬，離妄言、斷妄言，離酒、斷酒，阿難！設使此人為供養彼人衣被、飲食、臥具、湯藥、諸生活具，至盡形壽，不得報恩。

> 世尊はおっしゃいました。「その通りだ、阿難よ。その通りだ、阿難よ。大愛道（マハー・プラジャーパティー）は私にとって大いに助けとなった。母が亡くなった後、私を育て養ってくれた。阿難よ、私もまた、大愛道にとって大いに助けとなっている。なぜかというと、阿難よ、大愛道は私によって仏に帰依し、法に帰依し、僧伽（サンガ）に帰依するようになった。三宝（仏・法・僧）と苦しみ、苦しみの原因、苦しみの滅尽、滅尽に至る道を疑わず、信仰を成就し、戒律を守り、学問を修め、布施を成就し、智慧を得るようになった。殺生を離れ、殺生を断ち、盗みを離れ、盗みを断ち、邪な淫らを離れ、邪な淫らを断ち、虚偽の言葉を離れ、虚偽の言葉を断ち、酒を離れ、酒を断った。阿難よ、もしある人が他の人のおかげで、仏に帰依し、法に帰依し、僧伽に帰依するようになり、三宝と苦しみ、苦しみの原因、苦しみの滅尽、滅尽に至る道を疑わず、信仰を成就し、戒律を守り、学問を修め、布施を成就し、智慧を得るようになり、殺生を離れ、殺生を断ち、盗みを離れ、盗みを断ち、邪な淫らを離れ、邪な淫らを断ち、虚偽の言葉を離れ、虚偽の言葉を断ち、酒を離れ、酒を断ったとする。阿難よ、たとえこの人がその人のために、衣や食べ物、寝具、薬、その他生活に必要な品々を生涯にわたって供養したとしても、その恩に報いることはできないのだ。」

「阿難！我今為女人施設八尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。阿難！猶如魚師及魚師弟子，深水作塢，為守護水，不令流出。如是，阿難！我今為女人說八尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。云何為八？阿難！比丘尼當從比丘求受具足。阿難！我為女人施設此第一尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> 阿難よ、私は今、女性のために八つの尊師法を定めます。これは女性が犯してはならず、女性が生涯にわたって守り保つべきものです。阿難よ、ちょうど魚師やその弟子が深い水に堤防を築き、水を守って外に流れ出ないようにするようなものです。同じように、阿難よ、私は今、女性のために八つの尊師法を説きます。これは女性が犯してはならず、女性が生涯にわたって守り保つべきものです。その八つとは何でしょうか。 阿難よ、比丘尼は比丘から具足戒を受けなければなりません。阿難よ、私は女性のためにこれを第一の尊師法と定めます。これは女性が犯してはならず、女性が生涯にわたって守り保つべきものです。

「阿難！比丘尼半月半月往從比丘受教。阿難！我為女人施設此第二尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。」

> 「アーナンダ、比丘尼は半月ごとに比丘から教えを受けなさい。 アーナンダ、私は女性のためにこの第二番目の尊師の教えを定めました。 女性はこれを犯してはならず、一生の間、守り続けなければなりません。」

「阿難！若住止處設無比丘者，比丘尼便不得受夏坐。阿難！我為女人施設此第三尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> 阿難よ、もし住む場所に比丘がいないならば、比丘尼は夏の修行（安居）を行うことができません。 阿難よ、私は女性のために、この第三の尊師の教えを定めました。 これは女性が犯してはならず、女性が一生の間、守り続けるべき教えです。

「阿難！比丘尼受夏坐訖，於兩部眾中，當請三事，求見、聞、疑。阿難！我為女人施設此第四尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> 阿難よ、比丘尼が夏の安居（雨安居）を終えたなら、両方の僧団（比丘僧と比丘尼僧）において、三つのこと（見たこと・聞いたこと・疑ったこと）について懺悔し、指摘を求めるべきである。阿難よ、私は女性のために、この第四の尊師法（師として敬うべき教え）を定めた。すなわち、女性はこれを犯してはならず、女性はこれを奉じ守り、その生涯を尽くして実践するのである。

「阿難！若比丘不聽比丘尼問者，比丘尼則不得問比丘經、律、阿毘曇，若聽問者，比丘尼得問經、律、阿毘曇。阿難！我為女人施設此第五尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> 「阿難よ。もし比丘が比丘尼からの質問を許さないならば、比丘尼は比丘に経・律・阿毘曇を問うてはならない。もし許すならば、比丘尼は経・律・阿毘曇を問うことができる。阿難よ。私は女性のために、この第五の尊師法を定めた。すなわち、女性はこれを犯してはならず、生涯にわたって守り続けるべきである。」

「阿難！比丘尼不得說比丘所犯，比丘得說比丘尼所犯。阿難！我為女人施設此第六尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> 「阿難よ。比丘尼は比丘の過ちを語ってはならない。しかし比丘は比丘尼の過ちを語ることができる。阿難よ、私は女性のために、この第六番目の尊師の教えを定めた。すなわち、女性はこれを犯してはならず、生涯にわたって守り続けなさい。」

「阿難！比丘尼若犯僧伽婆尸沙，當於兩部眾中，十五日行不慢。阿難！我為女人施設此第七尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> アーナンダよ。もし比丘尼がサンガーヴァシェーシャの罪を犯したならば、両方の僧団（比丘・比丘尼の各僧伽）の中で十五日間、悔過の行をしなければならない。アーナンダよ。私は女性のために、この第七番目の尊師の法を定めた。すなわち、女性はこれに違反してはならず、生涯にわたってこれを守り実践しなさい。

「阿難！比丘尼受具足雖至百歲，故當向始受具足比丘極下意稽首作禮，恭敬承事，叉手問訊。阿難！我為女人施設此第八尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> 阿難よ、たとえ百歳になる比丘尼であっても、新しく正式に出家したばかりの比丘に対しては、心から頭を下げて礼拝し、敬い仕え、合掌して安否を問うべきである。阿難よ、私は女性のためにこの第八番目の尊師法を定めた。女性はこれを犯してはならず、命ある限り守り続けなければならない。

「阿難！我為女人施設此八尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。阿難！若瞿曇彌大愛奉持此八尊師法者，是此正法、律中，出家學道，得受具足，作比丘尼。」

> 阿難よ、私は女人のためにこの八つの尊師の法を定めた。女人はこれを犯してはならず、一生の間、これを守り続けなければならない。阿難よ、もしゴータミー大愛がこの八つの尊師の法を守り、これを奉持するならば、彼女はこの正しい法と律において出家して道を学び、具足戒を受け、比丘尼となることができるのである。

於是，尊者阿難聞佛所說，善受善持，稽首佛足，繞三匝而去，往詣瞿曇彌大愛所，語曰：「瞿曇彌！女人得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道。瞿曇彌大愛！世尊為女人施設此八尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。云何為八？瞿曇彌！比丘尼當從比丘求受具足。瞿曇彌！世尊為女人施設此第一尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> そこで尊者阿難は、仏陀の説法を聞き終え、よく理解し、よく心に留めた。そして仏陀の足に額を付け、三度右繞してから立ち去り、瞿曇彌（ゴータミー）大愛の許へ向かった。到着して彼女に告げた。「瞿曇彌よ、女人がこの正しい教えと戒律の中で、真理への確かな信頼を得て、家を捨て、無一物の修行者となり、学びの道に入ることができます。瞿曇彌大愛よ、世尊は女人のために八つの尊師法を定められました。女人はこれを犯してはならず、守るべきものであり、生涯にわたって実践すべきものです。その八つとは何か。 瞿曇彌よ、比丘尼は比丘から具足戒を受けなければなりません。瞿曇彌よ、世尊が女人のために定められたこれが第一の尊師法です。女人はこれを犯してはならず、守るべきものであり、生涯にわたって実践すべきものです。」

「瞿曇彌！比丘尼半月半月往從比丘受教，瞿曇彌！世尊為女人施設此第二尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> 「ゴータミーよ。比丘尼は半月ごとに比丘の教えを受けなさい。ゴータミーよ、世尊は女人のためにこの第二の尊師法を定められた。女人はこれを犯してはならず、一生の間、守り続けなさい。」

「瞿曇彌！若住止處無比丘者，比丘尼不得受夏坐。瞿曇彌！世尊為女人施設此第三尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> 「ゴータミーよ、もし住む場所に比丘がいなければ、比丘尼は安居（夏の修行期間）を受けてはなりません。 ゴータミーよ、世尊は女性のためにこの第三の尊師の法を定められました。これは女性が犯してはならず、女性が生涯にわたって守り続けるべきものです。」

「瞿曇彌！比丘尼受夏坐訖，於兩部眾中當請三事，求見、聞、疑。瞿曇彌！世尊為女人施設此第四尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> ゴータミーよ。夏安居（げあんご）が終わった比丘尼（びくに）は、両方の僧団（僧伽）の中で、三つのこと…見たこと、聞いたこと、疑ったことについて、懺悔（さんげ）を求めなさい。ゴータミーよ。世尊（せそん）は女人（にょにん）のために、この第四の尊師法（そんじほう）を定められました。女人はこれを犯してはならず、生涯にわたって守り続けるべきものです。

「瞿曇彌！若比丘不聽比丘尼問者，比丘尼不得問比丘經、律、阿毘曇，若聽問者，比丘尼得問經、律、阿毘曇。瞿曇彌！世尊為女人施設此第五尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> 「ゴータミーよ。もし比丘が比丘尼の質問を許さないならば、比丘尼は比丘に経・律・阿毘曇を尋ねてはなりません。もし質問を許すならば、比丘尼は比丘に経・律・阿毘曇を尋ねることができます。ゴータミーよ。世尊は女性のために、この第五番目の尊師の法を定められました。すなわち、女性がこれを犯してはならず、女性はこれを生涯にわたって守り続けるべきものなのです。」

「瞿曇彌！比丘尼不得說比丘所犯，比丘得說比丘尼所犯。瞿曇彌！世尊為女人施設此第六尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> 「ゴータミーよ。比丘尼は比丘の過失を告げてはならない。比丘は比丘尼の過失を告げることができる。ゴータミーよ。世尊は女人のために、この第六の尊師法を定められた。すなわち、女人はこれを犯してはならず、女人はこれを奉じ、その寿命の終わりまで守り続けねばならない。」

「瞿曇彌！比丘尼若犯僧伽婆尸沙，當於兩部眾中，十五日行不慢。瞿曇彌！世尊為女人施設此第七尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> 「ゴータミーよ。比丘尼が僧伽婆尸沙（サンガーヴァシェーシャ）の罪を犯したならば、両方の僧伽（両部の大衆）の前で十五日間、不慢の行をしなければなりません。 ゴータミーよ。世尊は女性のために、この第七の尊師法を定められました。すなわち、女性はこれを犯してはならず、生涯にわたって守り続けるべきものです。」

「瞿曇彌！比丘尼受具足雖至百歲，故當向始受具足比丘極下意稽首作禮，恭敬承事，叉手問訊。瞿曇彌！世尊為女人施設此第八尊師法，謂女人不當犯，女人奉持，盡其形壽。

> 「ゴータミーよ。たとえ百歳で具足戒を受けた比丘尼であっても、最初に具足戒を受けたばかりの比丘に対しては、 utmost にへりくだって頭を地につけて礼拝し、敬い、仕え、合掌して安否を問うべきである。ゴータミーよ、世尊は女性のためにこの第八の尊師法を定められた。すなわち、女性はこれを犯してはならず、命ある限り守り続けるべきものである。」

「瞿曇彌！世尊為女人施設此八尊師法，謂女人不當犯，女人奉持、盡其形壽。瞿曇彌！世尊如是說：『若瞿曇彌大愛奉持此八尊師法者，是此正法、律中，出家學道，得受具足，作比丘尼。』」

> ゴータミーよ。世尊は女人のために、この八つの尊師法を定められた。それは女人が犯してはならず、女人が生涯にわたって守り続けるべきものである。ゴータミーよ。世尊はこうおっしゃった。「もしゴータミー大愛がこの八つの尊師法を守り続けるならば、この正しい教えと戒律において、出家して学び、完全な戒を受け、比丘尼となることができる。」と。

於是，瞿曇彌大愛白曰：「尊者阿難！聽我說喻，智者聞喻則解其義。尊者阿難！猶剎利女，梵志、居士、工師女，端正姝好，極淨沐浴以香塗身，著明淨衣，種種瓔珞嚴飾其容。或復有人為念彼女，求利及饒益，求安隱快樂，以青蓮華鬚、或瞻蔔華鬘、或修摩那華鬚、或婆師華鬚、或阿提牟多華鬚，持與彼女。彼女歡喜，兩手受之，以嚴其頭。如是，尊者阿難！世尊為女人施設此八尊師法，我盡形壽頂受奉持。」

> そこで、大愛道・瞿曇彌は言いました。「尊き阿難よ、私のたとえ話をお聞きください。賢い者はたとえ話を聞けば、その意味を理解するものです。尊き阿難よ、例えば、王族の娘や、バラモン、豪商、職人の娘で、姿が美しく、入念に身を清めて香を塗り、輝く衣をまとい、様々な宝飾品で身を飾っているとします。ある人がその娘を思いやり、彼女の幸せと安穏を願って、青い蓮の花や、アラビアジャスミンの花環、マツリカの花、ジャスミンの花、さらには様々な花を彼女に差し出します。彼女は喜んでそれらを両手で受け取り、頭に飾ります。全く同じように、尊き阿難よ、世尊は女性のためにこの八つの尊い教えを定められました。私は一生を終えるまで、それを頂戴し、守り続けることを誓います。」

爾時，瞿曇彌大愛於正法、律中，出家學道，得受具足，作比丘尼。彼時瞿曇彌大愛於後轉成大比丘尼眾，與諸長老上尊比丘尼為王者所識，久修梵行，共俱往詣尊者阿難所，稽首作禮，却住一面，白曰：「尊者阿難！當知此諸比丘尼長老上尊為王者所識，久修梵行；彼諸比丘年少新學，晚後出家，入此正法、律甫爾不久。願令此諸比丘為諸比丘尼隨其大小稽首作禮，恭敬承事，叉手問訊。」

> その時、大愛道・瞿曇弥は、正しい教えと律のもとで出家し、修行道に入り、正式な戒めを受け、比丘尼となりました。後に大愛道は、立派な比丘尼たちの集まりを率いるようになり、王様からも認められた長老格で、長く清らかな行いを積んできた比丘尼たちと共に、尊者阿難のもとを訪れました。彼女たちは心から敬意を表して頭を下げ、一方に立ち、こう申し上げました。 「尊者阿難よ、ご承知の通り、これらの比丘尼は長老で、王様からも認められ、長く修行を積んでまいりました。一方で、あちらの比丘たちは若く、修行を始めたばかりで、この教えと律に入ってからまだ日が浅うございます。どうか、これら若い比丘たちが、私たち比丘尼に対して、年功の序列に従い、心から礼拝し、敬い、仕え、手を合わせてお尋ねすることができるよう、お取り計らいください。」

於是，尊者阿難語曰：「瞿曇彌！今且住此，我往詣佛，白如是事。」

> そこで、尊者アーナンダはこう言いました。「ゴータミーよ、今しばらくここに留まりなさい。私が仏のもとへ参り、そのことを申し上げましょう。」

瞿曇彌大愛白曰：「唯然。尊者阿難！」

> ゴータミー大愛は申し上げました。「はい、尊い阿難よ。」

於是，尊者阿難往詣佛所，稽首佛足，却住一面，叉手向佛，白曰：「世尊！今日瞿曇彌大愛與諸比丘尼長老上尊為王者所識，久修梵行，俱來詣我所，稽首我足，却住一面，叉手語我曰：『尊者阿難！此諸比丘尼長老上尊為王者所識，久修梵行；彼諸比丘年少新學，晚後出家，入此正法、律甫爾不久。願令此諸比丘為諸比丘尼隨其大小稽首作禮，恭敬承事，叉手問訊。』」

> そこで、尊者アーナンダは仏のもとへ赴き、仏の足に礼拝して、脇に立ち、合掌して仏に申し上げた。「世尊よ、今日、マハーパジャーパティーの大愛様が、多くの比丘尼たち――長老であり、上首であり、王にも知られ、長く梵行を修めてきた方々――を連れて、私のもとに来られました。彼女たちは私の足に礼拝し、脇に立ち、合掌して私にこう言いました。『尊者アーナンダよ、これらの比丘尼たちは長老にして上首、王にも知られ、長く梵行を修めてきました。しかし、あの比丘たちは年少で新しく学び、出家が遅く、この正しい教えと戒律に入って間もない者たちです。願わくは、これらの比丘たちが、これらの比丘尼たちに対して、年功の順に礼拝し、敬意を表し、恭しく仕え、合掌して挨拶するよう、お取り計らいください。』」

世尊告曰：「止！止！阿難！守護此言，慎莫說是。阿難！若使汝知如我知者，不應說一句，況復如是說？阿難！若使女人不得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道者，諸梵志、居士當以衣布地而作是說：『精進沙門可於上行，精進沙門難行而行，令我長夜得利饒益，安隱快樂。』阿難！若女人不得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道者，諸梵志、居士當以頭髮布施而作是說：『精進沙門可於上行，精進沙門難行而行，令我長夜得利饒益，安隱快樂。』

> 世尊はおっしゃいました。「やめなさい、やめなさい、阿難よ。その言葉を守り、慎んで語ってはならない。阿難よ、もしあなたが私の知る通りに知っていたならば、一言も語るべきではなかった。ましてや、そのように語るなどなおさらである。阿難よ、もし女性がこの正しい教えと戒律の中にあって、深い信を起こし、家を捨て、家なき者となり、道を学ぶことができなかったならば、バラモンや在家の信者たちは衣を地に敷いて、こう言ったであろう。『努力修行する沙門よ、その上をお歩きください。努力修行する沙門は、難しい行を為されます。どうか、我々が長い夜の間に利益と安楽を得られますように。』阿難よ、もし女性がこの正しい教えと戒律の中にあって、深い信を起こし、家を捨て、家なき者となり、道を学ぶことができなかったならば、バラモンや在家の信者たちは髪の毛を敷き布施をして、こう言ったであろう。『努力修行する沙門よ、その上をお歩きください。努力修行する沙門は、難しい行を為されます。どうか、我々が長い夜の間に利益と安楽を得られますように。』」

「阿難！若女人不得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道者，諸梵志、居士若見沙門、當以手奉種種飲食，住道邊待而作是說：『諸尊！受是食是，可持是去，隨意所用，令我長夜得利饒益，安隱快樂。』阿難！若女人不得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道者，諸信梵志見精進沙門，敬心扶抱，將入於內，持種種財物與精進沙門而作是說：『諸尊！受是可持是去，隨意所用，令我長夜得利饒益，安隱快樂。』

> 「阿難よ、もし女性がこの正しい教えと戒律において、深い信仰を持って家を捨て、家なき者として出家して修行することができなかったならば、婆羅門や在家の人々は修行者を見かけるたびに、自ら手で様々な飲食物を差し出し、道端に立って待ちながらこう言ったであろう。『尊い方々よ、これをお受けください。これを持って行き、好きなようにお使いください。どうか私が長い間、利益と安らぎと幸せを得られますように。』 阿難よ、もし女性がこの正しい教えと戒律において、深い信仰を持って家を捨て、家なき者として出家して修行することができなかったならば、信心深い婆羅門たちは修行者を見ると、敬いの心でその腕を支え、家の中に迎え入れ、様々な財物を修行者に与えてこう言ったであろう。『尊い方々よ、これをお受けください。これを持って行き、好きなようにお使いください。どうか私が長い間、利益と安らぎと幸せを得られますように。』」

「阿難！若女人不得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道者，此日月有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神，然於精進沙門威神之德猶不相及，況復死瘦異學耶？阿難！若女人不得於此正法、律中，至信、捨家、無家、學道者，正法當住千年，今失五百歲，餘有五百年。阿難！當知女人不得行五事，若女人作如來、無所著、等正覺，及轉輪王、天帝釋、魔王、大梵天者，終無是處。當知男子得行五事，若男子作如來、無所著、等正覺，及轉輪王、天帝釋、魔王、大梵天者，必有是處。」

佛說如是。尊者阿難及諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏様はこのようにお説きになりました。尊者アーナンダや修行者たちは、仏様の教えを聞いて、喜び、その通りに実践しました。

瞿曇彌經第十竟三千三百五十六字

> ゴータミー経 第十 終わり<note>三千三百五十六字</note>

## 中阿含經卷第二十八六千五百九十九字中阿含林品第五竟萬四千一百八十二字第二小土城誦

> 中阿含経 第二十八巻（6599字）