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title: "中阿含經 · 117 柔軟經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一一七）中阿含大品柔軟經第一

> 中阿含大品軟経第一

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，世尊告諸比丘：「自我昔日出家學道，為從優遊、從容閑樂、極柔輭來，我在父王悅頭檀家時，為我造作種種宮殿，春殿、夏殿及以冬殿，為我好遊戲故。去殿不遠，復造種種若干華池，青蓮華池、紅蓮華池、赤蓮華池、白蓮華池。於彼池中殖種種水華、青蓮華、紅蓮華、赤蓮華、白蓮華，常水常華，使人守護，不通一切，為我好遊戲故。於其池岸殖種種陸華，修摩那華、婆師華、瞻蔔華、修揵提華、摩頭揵提華、阿提牟多華、波羅頭華，為我好遊戲故。而使四人沐浴於我，沐浴我已，赤旃檀香用塗我身，香塗身已，著新繒衣，上下、內外、表裏皆新，晝夜常以繖蓋覆我，莫令太子夜為露所沾，晝為日所炙。如常他家麁󰎣、麥飯、豆羹、薑菜，為第一食，如是我父悅頭檀家最下使人，粳粮餚饌為第一食。

> その時、世尊は比丘たちに告げられた。 「私はかつて、出家して修行の道に入る前、実にのんびりと、ゆったりと、何不自由ない快適な生活を送っていた。 父王・浄飯王の家にいた時、私のために様々な宮殿が造られた。春の殿、夏の殿、冬の殿もあった。それは私が楽しく遊べるようにとのためだった。 その宮殿から遠くない場所に、また様々な蓮池が造られた。青蓮華の池、紅蓮華の池、赤蓮華の池、白蓮華の池である。 それらの池には、様々な水の花が植えられていた。青蓮華、紅蓮華、赤蓮華、白蓮華。いつも水があり、いつも花があった。人を置いて守らせ、誰にも立ち入らせなかった。私が楽しく遊べるようにとのためだった。 その池のほとりには、様々な陸の花が植えられていた。サマナの花、バーシカの花、チャムパカの花、サティチャの花、マトゥチャの花、アティムッタカの花、パータラの花などだ。私が楽しく遊べるようにとのためだった。 また、四人の者に私の沐浴をさせた。沐浴が終わると、赤栴檀の香りを私の体に塗った。香りを塗り終えると、新しい絹の衣を着せた。上下、内外、表裏すべて新品であった。昼夜、常に傘蓋で覆い、太子が夜に露に濡れたり、昼に日差しに焼かれたりしないようにした。 普通の家では、粗い麦飯、豆の汁物、生姜と野菜が最高のごちそうである。しかし、私の父・浄飯王の家では、最も下等な使用人でさえ、上等な米とごちそうを第一の食事としていたのだ。」

「復次，若有野田禽獸，最美禽獸，提帝邏惒吒、劫賓闍邏、奚米何犁泥奢施羅米，如是野田禽獸，最美禽獸，常為我設如是之食。

> さらにまた、野の鳥獣の中でも最も美しい鳥獣たち、すなわち、提帝邏惒吒、劫賓闍邏、奚米何犁泥奢施羅米といった鳥獣たちは、常に私のためにこのような食べ物を備えてくれます。

「我憶昔時父悅頭檀家，於夏四月昇正殿上，無有男子，唯有女妓而自娛樂，初不來下，我欲出至園觀之時，三十名騎，簡選上乘，鹵簿前後，侍從導引，況復其餘？我有是如意足，此最柔軟。

> 私は過去を思い起こします。父である浄飯王の館で、夏の四ヶ月の間、正殿の上に上がりました。そこには男子はおらず、ただ女性の楽人たちだけがいて、自ら楽しんでいました。一度も下に降りることはありませんでした。私が庭園に出かけようとした時には、三十人の騎馬の者たちが、最上の乗り物を選び、前後に行列を整え、従者たちが先導しました。ましてや、それ以外の時はなおさらです。私はこのような自由自在の力を備えていました。これは最も優しく、柔らかな力なのです。

「我復憶昔時看田作人止息田上，往詣閻浮樹下，結跏趺坐，離欲、離惡不善之法，有覺、有觀，離生喜、樂，得初禪成就遊。我作是念：『不多聞愚癡凡夫自有病法，不離於病，見他人病，憎惡薄賤、不愛不喜，不自觀己。』我復作是念：『我自有病法，不離於病，若我見他病而憎惡薄賤，不愛不喜者，我不宜然，我亦有是法故。』如是觀已，因不病起貢高者，即便自滅。我復作是念：『不多聞愚癡凡夫自有老法，不離於老，見他人老，憎惡薄賤，不愛不喜，不自觀己。』

> 私はかつて、田んぼで働く人々が休息している様子を見て、あるジャンブーの木の下に赴き、結跏趺坐して、欲望を離れ、悪く不善な法を離れ、思考と考察があり、離欲によって生じる喜びと楽を伴う、初禅の境地に達したことを思い出しました。その時、私はこう考えました。「多くの教えを聞かない愚かな凡夫は、自ら病の性質を持ちながら、病を離れてはいない。それなのに、他人が病にかかるのを見て、嫌悪し軽蔑し、愛さず喜ばず、自分自身を顧みない。」さらに、私はこう考えました。「私自身も病の性質を持ち、病を離れてはいない。もし私が他人の病を見て嫌悪し軽蔑し、愛さず喜ばないならば、それは適切ではない。私にもまた同じ性質があるからだ。」と。このように観察した後、病気でないことから高慢を起こす心は、自然に消え去りました。さらに、私はこう考えました。「多くの教えを聞かない愚かな凡夫は、自ら老いの性質を持ちながら、老いを離れてはいない。それなのに、他人が老いるのを見て、嫌悪し軽蔑し、愛さず喜ばず、自分自身を顧みない。」

「我復作是念：『我自有老法，不離於老，若我見他老而憎惡薄賤、不愛不喜者，我不宜然，我亦有是法故。』如是觀已，若因壽起貢高者，即便自滅。不多聞愚癡凡夫為不病貢高豪貴放逸，因欲生癡，不行梵行。不多聞愚癡凡夫為少壯貢高豪貴放逸，因欲生癡，不行梵行。不多聞愚癡凡夫為壽貢高豪貴放逸，因欲生癡，不行梵行。」

> 私はこう考えました。「私自身も老いるという性質を持ち、老いを免れない。もし私が他人の老いを見て嫌ったり、軽蔑したり、愛さず喜ばないなら、それは正しくない。なぜなら私も同じ性質を持っているからだ。」このように観察したならば、もし寿命を誇り高ぶる心が起きても、すぐに消え去る。無知な凡夫は病にかからないことに驕り高ぶり、贅沢にふけって放逸になり、欲望によって愚かさを生み、清らかな行いを実践しない。無知な凡夫は若さに驕り高ぶり、贅沢にふけって放逸になり、欲望によって愚かさを生み、清らかな行いを実践しない。無知な凡夫は寿命に驕り高ぶり、贅沢にふけって放逸になり、欲望によって愚かさを生み、清らかな行いを実践しない。

於是，世尊即說頌曰：

> そこで、世尊（仏陀）は次のような偈（うた）を説かれました。

「病法老法， 及死亡法，如法自有， 凡夫見惡。若我憎惡， 不度此法，我不宜然， 亦有是法。彼如是行， 知法離生，無病少壯， 為壽貢高。斷諸貢高， 見無欲安，彼如是覺， 無怖於欲，得無有想， 行淨梵行。」

> 「病になる法、老いる法、 そして死ぬ法がある。 このように法は自ずと備わっているが、 凡夫はそれを嫌がるほどに見る。 もし私が嫌い避けても、 この法を超えることはできない。 私もまた同じであり、 この法を持っているのだ。 彼はそのように修行して、 法を悟り、生を離れる。 病気なく、若く、 長寿であることに慢心する。 すべての高ぶりを断ち、 欲のない安らかさを見る。 彼はそのように覚り、 欲望に恐れることなく、 何も執着しない境地を得て、 清らかな梵行を行う。」

佛說如是。彼諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取りになりました。

柔軟經第一竟七百九十一字

> 第一「柔軟経」終わり