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title: "中阿含經 · 122 瞻波經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一二二）中阿含大品瞻波經第六第三念誦

> 第六品 瞻波経<note>第三誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊瞻波，在恒伽池邊。

> ある時、仏様はチャンパーの町を訪れ、ガンジス川のほとりにおられました。

爾時，世尊月十五日說從解脫時，於比丘眾前敷座而坐。世尊坐已，即便入定，以他心智觀察眾心，觀眾心已，至初夜竟，默然而坐。於是，有一比丘即從坐起，偏袒著衣，叉手向佛，白曰：「世尊！初夜已訖，佛及比丘眾集坐來久，唯願世尊說從解脫。」爾時，世尊默然不答。於是，世尊復至中夜默然而坐。

> ある時、世尊は満月の十五日に戒律の説示を行うため、比丘たちの前に座を設けておられた。世尊が座るとすぐに禅定に入り、他心通の智慧によって衆の心を観察された。心を観察されると、初夜が終わるまで黙って座っておられた。 そこで、一人の比丘が座を立ち、衣を右肩にかけ、合掌して仏に向かい申し上げた。「世尊よ、初夜はすでに終わりました。仏と比丘たちは長く坐ってお集まりです。どうか世尊よ、戒律の説示をお願いいたします。」その時、世尊は黙って何もお答えにならなかった。 そして、世尊は再び中夜になっても黙って座っておられた。

彼一比丘再從坐起，偏袒著衣，叉手向佛，白曰：「世尊！初夜已過，中夜將訖，佛及比丘眾集坐來久，唯願世尊說從解脫。」世尊亦再默然不答。於是，世尊復至後夜默然而坐。

> 一人の比丘が再び座を立ち、衣を片方の肩にかけ、合掌して仏に向かい、こう申し上げた。「世尊よ。初夜は過ぎ、中夜もまもなく終わろうとしております。仏と比丘たちは長く集まって坐っております。どうか世尊よ、『解脱の教え』をお説きください。」 しかし、世尊は再び静かに黙して答えられなかった。その後、世尊は後夜に至るまで黙って坐り続けられた。

彼一比丘三從坐起，偏袒著衣，叉手向佛，白曰：「世尊！初夜既過，中夜復訖，後夜垂盡，將向欲明，明出不久，佛及比丘眾集坐極久，唯願世尊說從解脫。」

> ある比丘が座を立ち、衣を整えて合掌し、仏に向かって申し上げました。「世尊よ。初夜が過ぎ、中夜も終わり、後夜もまもなく明けようとしております。夜明けが間近でございます。仏と比丘たちは長く集まって坐っております。どうか世尊は、解脱への教えをお説きくださいませ。」

爾時，世尊告彼比丘：「於此眾中有一比丘已為不淨。」

> そのとき、世尊はその比丘に告げて言われた。「この僧伽の中に、すでに清らかでない状態にある比丘が一人いる。」

彼時，尊者大目揵連亦在眾中。於是，尊者大目揵連便作是念：「世尊為何比丘而說此眾中有一比丘已為不淨？我寧可入如其像定，以如其像定他心之智觀察眾心。」

> その時、尊者の大目揵連もまた会衆の中にいた。そこで、尊者の大目揵連はこう思った：「世尊はどの比丘のことを指して、この集まりの中に一人、もはや清らかでない比丘がいるとおっしゃったのだろう。私はさっそく定に入り、その定の力による他心の智慧で、大衆の心を観察してみよう。」

尊者大目揵連即入如其像定，以如其像定他心之智觀察眾心，尊者大目揵連便知世尊所為比丘說此眾中有一比丘已為不淨。於是，尊者大目揵連即從定起，至彼比丘前，牽臂將出，開門置外：「癡人遠去，莫於此住，不復得與比丘眾會，從今已去，非是比丘。」閉門下鑰，還詣佛所，稽首佛足，却坐一面，白曰：「世尊所為比丘說此眾中有一比丘已為不淨者，我已逐出。世尊！初夜既過，中夜復訖，後夜垂盡，將向欲明，明出不久，佛及比丘眾集坐極久，唯願世尊說從解脫。」

> 尊者の大目犍連は、すぐにそのような定に入り、その定における他心の智慧をもって人々の心を観察した。すると、尊者の大目犍連は、世尊が比丘たちに語られた通り、この集まりの中にひとりの比丘が既に清らかでないことを知った。そこで、尊者の大目犍連は定から起ち上がり、その比丘のもとへ行き、その腕を掴んで引き出し、門を開けて外へ連れ出した。「愚か者よ、遠くへ去れ。ここに留まってはならぬ。もはや比丘の集まりに加わることはできない。今日より後、お前は比丘ではない。」そう言って門を閉め、鍵をかけた。そして仏のもとへ戻り、仏の足に頭を触れて礼をし、一方に座って申し上げた。「世尊が比丘たちに語られた、この集まりの中にひとりの比丘が既に清らかでない者がいるとのこと、その者を私はすでに追い出しました。世尊、初夜が過ぎ、中夜も終わり、後夜もまもなく明けようとしております。夜明けが近づき、間もなく陽が昇ります。仏と比丘の皆様は長い間座っておられます。どうか世尊、『解脱の経』をお説きください。」

世尊告曰：「大目揵連！彼愚癡人當得大罪，觸嬈世尊及比丘眾。大目揵連！若使如來在不淨眾說從解脫者，彼人則便頭破七分。是故，大目揵連！汝等從今已後說從解脫，如來不復說從解脫。所以者何？如是，大目揵連！或有癡人正知出入，善觀分別，屈申低仰，儀容庠序，善著僧伽梨及諸衣鉢，行住坐臥、眠寤語默，皆正知之，似如真梵行，至諸真梵行所，彼或不知。大目揵連！若諸梵行知者，便作是念：『是沙門污，是沙門辱，是沙門憎，是沙門刺。』知已，便當共擯棄之。所以者何？莫令污染諸梵行者。

> 世尊はおっしゃいました。「大目揆連よ、あの愚かな人は大きな罪を犯すことになる。なぜなら、如来と比丘たちを悩ませたからだ。大目揆連よ、もし如来が清らかでない集まりの中で『解脱の教え』を説いたならば、その人の頭は七つに割れるであろう。それゆえ、大目揆連よ、あなたたちは今後、『解脱の教え』を説きなさい。如来はもう『解脱の教え』を説かない。なぜそうするのか。大目揆連よ、ある愚かな人がいるとしよう。その人は出入りを正しく知り、見分けることをよく観察し、体を曲げ伸ばし、頭を上げ下げし、立ち居振る舞いが整って優雅で、僧伽梨（さんぎゃり）や衣鉢を正しく身につけ、歩く・立つ・座る・横になる、眠る・起きる・話す・黙る、そのすべてを正しく知っている。まるで真の清らかな行いをする人のようでありながら、真の清らかな行いをする人々のもとへ行っても（本当の姿を）彼らは知らないかもしれない。大目揆連よ、もし清らかな行いをする人々が（その正体を）知ったならば、こう思うだろう。『この修行者は汚れである。この修行者は恥辱である。この修行者は嫌われるべき者である。この修行者は刺（とげ）である。』そう思って、その人を共に追い出すべきである。なぜか。清らかな行いをする人々を汚してはならないからである。」

「大目揵連！猶如居士有良稻田，或有麥田，生草名穢麥，其根相似，莖、節、葉、花皆亦似麥，後生實已，居士見之，便作是念：『是麥污辱，是麥憎刺。』知已便拔，擲棄於外。所以者何？莫令污穢餘真好麥。如是，大目揵連！或有癡人正知出入，善觀分別，屈伸低仰，儀容庠序，善著僧伽梨及諸衣鉢，行住坐臥、眠寤語默，皆正知之，似如真梵行，至諸真梵行所，彼或不知。大目揵連！若諸梵行知者，便作是念：『是沙門污，是沙門辱，是沙門憎，是沙門刺。』知已，便當共擯棄之。所以者何？莫令污染諸梵行者。

> 「大目犍連よ。例えば、在家の人が立派な稲田や麦畑を持っていて、そこに『穢麦』という名の雑草が生えたとしよう。その雑草は根、茎、節、葉、花までもが麦にそっくりで、実をつけた後に、その在家の人はそれを見て『これは麦を汚すもの、麦を辱めるもの、麦を傷つける棘だ』と思い、抜き取って外に捨てる。なぜなら、他の良質な麦を汚してはならないからだ。 同じように、大目犍連よ。愚かな者の中には、出入りを正しく知り、よく観察し分別し、体の屈伸や俯き仰ぎ、威儀を整え、僧伽梨や衣鉢を正しく用い、行・住・坐・臥、眠り・目覚め・語り・沈黙のすべてを正しく知り、まるで真の修行者のようでありながら、真の修行者のところへ行っても、彼らはその者を見抜けないことがある。 大目犍連よ。もし修行者がその者を見抜いたならば、『この沙門は汚れだ、この沙門は辱めだ、この沙門は憎むべき棘だ』と考え、共に追い出すべきである。なぜなら、他の修行者たちを汚してはならないからだ。」

「大目揵連！猶如居士秋時揚穀，穀聚之中若有成實者，揚便止住，若不成實及粃糠者，便隨風去，居士見已，即持掃󰆠，掃治令淨。所以者何？莫令污雜餘淨好稻。如是，大目揵連！或有癡人正知出入，善觀分別，屈伸低仰，儀容庠序，善著僧伽梨及諸衣鉢，行住坐臥、眠寤語默，皆正知之，似如真梵行，至諸真梵行所，彼或不知。大目揵連！若諸梵行知者，便作是念：『是沙門污，是沙門辱，是沙門憎，是沙門刺。』知已，便當共擯棄之。所以者何？莫令污染諸梵行者。

> 「大目犍連よ。ちょうど、ある家の主人が秋に穀物をふるいにかけるようなものだ。穀物の山の中に実ったものがあれば、それはふるいに留まる。実らなかったものや、もみがらは風に乗って飛んでいく。主人はそれを見て、ほうきを取り、きれいに掃き清める。なぜか。他の清らかで良い稲穂を汚してはならないからだ。 同じように、大目犍連よ。ある愚かな人が、出入りを正しく知り、ものごとをよく観察し分別し、体を曲げ伸ばし、頭を下げ上げ、装いは整っていて、僧伽梨（さんぎゃり）や衣鉢（いはつ）をきちんと身につけ、行住坐臥（ぎょうじゅうざが）、眠りや目覚め、話すことや沈黙も、すべて正しくわきまえているように見える。あたかも真の梵行者（ぼんぎょうじゃ）であるかのように。しかし、彼が真の梵行者のもとへ行くと、彼らは彼の本当の姿を知らないかもしれない。 大目犍連よ。もしも梵行者たちが彼の実体を知ったなら、こう思うだろう。『この沙門（しゃもん）は汚れだ。この沙門は辱めだ。この沙門は憎むべきものだ。この沙門は棘（とげ）だ。』と。知ったならば、共に彼を追い払うべきだ。なぜか。他の梵行者たちを汚してはならないからだ。」

「大目揵連！猶如居士為過泉水故，作通水槽，持斧入林，扣打諸樹，若堅實者，其聲便小，若空中者，其聲便大，居士知已，便斫治節，擬作通水槽。如是，大目揵連！或有癡人正知出入，善觀分別，屈伸低仰，儀容庠序，善著僧伽梨及諸衣鉢，行住坐臥、眠寤語默，皆正知之，似如真梵行，至諸真梵行所，彼或不知。大目揵連！若諸梵行知者，便作是念：『是沙門污，是沙門辱，是沙門憎，是沙門刺。』知已，便當共擯棄之。所以者何？莫令污染諸梵行者。」

> 「大目犍連よ。例えば、ある在家の人が水を引くために水路を作ろうと、斧を持って森に入り、いろいろな木を叩いてみる。木が堅く詰まっていれば音は小さく、中が空洞であれば音は大きい。それを確かめてから、その節を切り落とし、水路材とする。これと同じように、大目犍連よ。中には愚かな者がいる。彼は出入りを正しく知り、物事をよく観察し分別し、手足の曲げ伸ばしやおじぎや顔の上げ下げ、振る舞いの落ち着きなど、見た目は整っている。袈裟や衣鉢の扱いも上手で、歩く・立つ・座る・横たわる、眠る・起きる・話す・黙する、すべてを正しくわきまえている。いかにも真の修行者のように見える。しかし真の修行者の集まりに行くと、彼らはその人物を見抜けないこともある。大目犍連よ。もし修行者たちが気づいたなら、こう思うだろう。『この沙門は穢れだ、この沙門は恥辱だ、この沙門は憎むべきものだ、この沙門はとげのようなものだ』と。そして知ったなら、共に追い出すべきである。なぜなら、他の修行者たちを汚してはならないからだ。」

於是，世尊說此頌曰：

> そこで、世尊は次の偈を説かれました。

「共會集當知， 惡欲憎嫉恚，不語結恨慳， 嫉妬諂欺誑。在眾詐言息， 屏處稱沙門，陰作諸惡行， 惡見不守護。欺誑妄語言， 如是當知彼，往集不與會， 擯棄不共止。欺詐誑說多， 非息稱說息，知時具淨行， 擯棄遠離彼。清淨共清淨， 常當共和合，和合得安隱， 如是得苦邊。」

> 一緒に集まる者たちよ、知るがよい。 悪しき欲望、憎しみ、嫉み、怒り、 黙り込み、恨み、けち、 嫉妬、お世辞、騙し、偽り。 大衆の中では嘘をついて「修行をやめた」と言い、 陰では沙門（修行者）と自称する。 隠れて様々な悪行を行い、 悪しき見解を持ち、戒めを守らない。 騙し、偽り、偽りの言葉を多く語る。 そのような者たちを、 集まりに加えず、 追放し、共に居らせてはならない。 欺き、偽り、嘘を多く語り、 修行をやめていないのに「やめた」と声称する者、 時を知り、清らかな行いを備えた者たちは、 そのような者を追放し、遠ざけるのだ。 清らかな者は清らかな者と共に、 常に和合すべきである。 和合すれば安らかになり、 このようにして苦しみの終わりに達するのである。

佛說如是。彼諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取りになりました。

瞻波經第六竟一千三百五十一字

> チャンパー経 第六 終了<note>千三百五十一字</note>