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title: "中阿含經 · 125 貧窮經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一二五）中阿含大品貧窮經第九第三念誦

> （一二五）中阿含経 大品 貧窮経 第九<note>第三念誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，世尊告諸比丘：「世有欲人貧窮，為大苦耶？」

> ある時、世尊（ブッダ）は修行者たちに告げられました。「この世で欲に執着する人が貧しいのは、大きな苦しみだろうか？」

諸比丘白曰：「爾也。世尊！」

> 比丘たちは答えた。「その通りです、世尊よ。」

世尊復告諸比丘曰：「若有欲人貧窮舉貸他家財物，世中舉貸他家財物，為大苦耶？」

> 世尊は再び比丘たちに告げられました。「もし貧しい人が他人から品物や金を借りるとしたら、世の中で他人から品物や金を借りることは、大きな苦しみとなるでしょうか？」

諸比丘白曰：「爾也。世尊！」

> 比丘たちは答えた。「その通りです、世尊よ。」

世尊復告諸比丘曰：「若有欲人舉貸財物，不得時還，白曰：『長息。』世中長息，為大苦耶？」

> 世尊はさらに比丘たちに告げられました。 「もし欲にかられた人が金や物を借りても、期日までに返せず、『利息を延ばしてください』と頼むことがあります。世の中で利息が延びていくことは、大きな苦しみではないでしょうか。」

諸比丘白曰：「爾也。世尊！」

> 比丘たちは答えた。「その通りです、世尊よ。」

世尊復告諸比丘曰：「若有欲人長息不還，財主責索，世中財主責索，為大苦耶？」

> そこで釈尊は再び比丘たちに言われた。「もし借金をした人が、長い間返済せずにいると、債権者が取り立てに来る。この世で債権者に返済を迫られるのは、大きな苦しみではないだろうか。」

諸比丘白曰：「爾也。世尊！」

> 比丘たちは答えた。「その通りです、世尊よ。」

世尊復告諸比丘曰：「若有欲人財主責索，不能得償，財主數往至彼求索，世中財主數往至彼求索，為大苦耶？」

> 世尊は再び比丘たちに告げられた。「もし借金をした人がいて、金主に返済を求められたが返せないとします。金主は何度もその人のもとへ取り立てに行きます。この世の中で、金主が何度も取り立てに来るのは、大きな苦しみでしょうか？」

諸比丘白曰：「爾也。世尊！」

> 比丘たちは答えた。「その通りです、世尊よ。」

世尊復告諸比丘曰：「若有欲人，財主數往至彼求索，彼故不還，便為財主之所收縛，世中為財主收縛，為大苦耶？」

> 世尊は再び諸々の比丘に告げられた。「もし、財産の持ち主が何度もその人（借金をしている人）のもとを訪ねて返済を求めても、それでも返さないなら、その人は財産の持ち主に捕らえられてしまいます。世の中で財産の持ち主に捕らえられることは、大きな苦しみではないでしょうか？」

諸比丘白曰：「爾也。世尊！」

> 比丘たちは答えた。「その通りです、世尊よ。」

「是為世中有欲人貧窮是大苦，世中有欲人舉貸財物是大苦，世中有欲人舉貸長息是大苦，世中有欲人財主責索是大苦，世中有欲人財主數往至彼求索是大苦，世中有欲人為財主收縛是大苦。如是若有於此聖法之中，無信於善法，無禁戒、無博聞、無布施、無智慧於善法，彼雖多有金、銀、琉璃、水精、摩尼、白珂、螺璧、珊瑚、琥珀、碼碯、瑇𤦛、硨渠、碧玉、赤石、琁珠，然彼故貧窮，無有力勢，是我聖法中說不善貧窮也。

> 世の中には、欲を持つ人にとって貧しさは大きな苦しみであり、欲を持つ人にとって物を借りることは大きな苦しみであり、欲を持つ人にとって借金の利息が増えることは大きな苦しみであり、欲を持つ人にとって債権者に返済を迫られることは大きな苦しみであり、欲を持つ人にとって債権者が幾度も借金を取り立てに来ることは大きな苦しみであり、欲を持つ人にとって債権者に拘束されることは大きな苦しみである。 このように、もし聖なる教えにおいて、善き法に対する信がなく、戒律を守らず、広く学ばず、施しを行わず、善き法に対する智慧がなければ、その人がたとえ多くの金、銀、琉璃、水晶、瑪瑙、白貝、螺鈿、珊瑚、琥珀、瑪瑙、玳瑁、硨磲、碧玉、赤石、宝珠を持っていたとしても、その人は依然として貧しく、力も勢いもない。これを私の聖なる教えにおいては、「不善の貧しさ」と言うのである。

「彼身惡行，口、意惡行，是我聖法中說不善舉貸也。彼欲覆藏身之惡行，不自發露，不欲道說，不欲令人訶責，不順求，欲覆藏口、意惡行，不自發露，不欲道說，不欲令人訶責，不順求，是我聖法中說不善長息也。彼或行村邑及村邑外，諸梵行者見已，便作是說：『諸賢！此人如是作、如是行、如是惡、如是不淨，是村邑刺。』彼作是說：『諸賢！我不如是作、不如是行、不如是惡、不如是不淨，亦非村邑刺，是我聖法中說不善責索也。』

> 身体を使った悪い行い、言葉を使った悪い行い、心を使った悪い行い、これらを私は聖なる教えにおいて『不善の借金』と呼びます。 その人は、身体の悪い行いを隠そうとし、自ら明らかにせず、語ろうとせず、他人に叱責されることも望まず、素直に認めようとしません。言葉と心の悪い行いについても同様です。これを私は聖なる教えにおいて『不善の利息』と呼びます。 また、その人が村や村の外で修行者たちに見つかると、彼らはこう言います。「尊者よ、この人はこのような行いをし、このような振る舞いをし、このように汚れた不善の人であり、村の棘のような存在です。」 するとその人はこう言い返します。「尊者よ、私はそのような行いもせず、振る舞いもせず、不善でもなく、汚れもなく、村の棘でもありません。」 これを私は聖なる教えにおいて『不善の取り立て』と呼びます。

「彼或在無事處，或在山林樹下，或在空閑居，念三不善念：欲念、恚念、害念，是我聖法中說不善數往求索也。彼作身惡行，口、意惡行，彼作身惡行，口、意惡行已，因此緣此，身壞命終，必至惡處，生地獄中，是我聖法中說不善收縛也。我不見縛更有如是苦、如是重、如是麤、如是不可樂，如地獄、畜生、餓鬼縛也。此三苦縛，漏盡阿羅訶比丘已知滅盡，拔其根本，永無來生。」

> ある者は、雑務のない場所や山林の樹下、あるいは閑静な場所にいても、三つの不善な思い——欲望の思い、怒りの思い、害心の思い——を抱く。これらは、私の聖なる教えにおいて「不善なるもの」と説かれ、幾度も追い求める対象である。その者は、身で悪行をなし、口で悪行をなし、意で悪行をなす。身・口・意の悪行をなした後、その因縁によって、命終わり身体が壊れる時、必ず悪しき場所、地獄に生まれ落ちる。これは、私の聖なる教えにおいて「不善なる束縛」と説かれる。 私は、地獄・畜生・餓鬼の束縛ほどに、これほど苦しく、重く、粗く、楽しみのない束縛を見たことがない。この三つの苦しみの束縛は、煩悩を尽くした阿羅漢の比丘によって、すでに悟られ、断ち尽くされ、根元から抜き去られ、永遠に再び生じることはない。

於是，世尊說此頌曰：

> そこで、世尊は次の偈を説かれました。

「世間貧窮苦， 舉貸他錢財，舉貸錢財已， 他責為苦惱。財主往求索， 因此收繫縛，此縛甚重苦， 世間樂於欲。於聖法亦然， 若無有正信，無慙及無愧， 作惡不善行。身作不善行， 口意俱亦然，覆藏不欲說， 不樂正教訶。若有數數行， 意念則為苦，或村或靜處， 因是必有悔。身口習諸行， 及意之所念，惡業轉增多， 數數作復作。彼惡業無慧， 多作不善已，隨所生畢訖， 必往地獄縛。此縛最甚苦， 雄猛之所離，如法得財利， 不負得安隱。施與得歡喜， 二俱皆獲利，如是諸居士， 因施福增多。如是聖法中， 若有好誠信，具足成慙愧， 庶幾無慳貪。已捨離五蓋， 常樂行精進，成就諸禪定， 滿具常棄樂。已得無食樂， 猶如水浴淨，不動心解脫， 一切有結盡。無病為涅槃， 謂之無上燈，無憂無塵安， 是說不移動。」

> 世の中の貧しく苦しむ人は、他者から金を借りる。 金を借りたならば、返済を迫られて苦しむ。 金主が取り立てに来れば、そのために捕らえられ縛られる。 この束縛は非常に苦しいものだが、世の人々は欲望に溺れている。 聖なる法においてもまた同じである。もし正しい信仰がなく、 恥じる心もなく、愧じる心もなければ、悪しき行いを為す。 身体で悪しき行いを為し、言葉と心もまた同様である。 それを隠して語ろうとせず、正しい教えや叱責を喜ばない。 もしそのような行いを繰り返せば、心の思いは苦しみとなる。 村にいようと静かな所にいようと、必ず後悔が生じる。 身体と言葉によって様々な行いを習い、心に思うこともまた、 悪業はますます増え、繰り返し繰り返し為される。 その悪業を為す者は智慧がなく、不善を多く為した後、 生まれ変わりを終えるとき、必ず地獄の束縛へと赴く。 この束縛は最も苦しいものであり、勇猛なる者はこれを離れる。 法に従って財を得れば、借金なく安穏である。 施しを行う者は欢喜を得、施す者と受ける者の双方が利益を得る。 このように在家の者たちは、施しによって福徳が増す。 聖なる法においてもまた、もし真実の誠実さがあり、 恥じる心と愧じる心を具え、吝嗇（けち）がなければ、 五つの蓋（悩み）を捨て去り、常に精進を喜び、 様々な禅定を成就し、常に捨てる楽を満たす。 すでに無食の楽（煩悩の糧のない喜び）を得て、水に浴して清らかなるが如く、 動かない心の解脱を得て、一切の結びつき（束縛）は尽きる。 病のないことが涅槃であり、それは無上の灯火という。 憂いもなく、塵もなく、安らかである。これこそが動かないものと説かれた。

佛說如是。彼諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取りになりました。

貧窮經第九竟一千一十字

> 貧窮経 第九 終わり

## 中阿含經卷第二十九八千八百三字

> 中阿含経　第二十九巻<note>八千八百三字</note>